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大罪の悪魔と滞在する悪魔  作者: 聖湾
第一部 第二章
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第十三話 正義の味方(3)

 悪魔が取り憑くのは決まって人としての何かを踏み外してしまった人間だ。

 それは必ずしも罪人であるという意味ではない。

 しかし、悪魔の存在は決して許してはならない。例え、死人を鞭打つ結果になろうとも。




「何だ、この女? この学校のモンじゃないな」

 リーダーらしき男が舌なめずりしいて笑い、私は眉を顰めた。

 確か鹿野崎だったか。弱者を虐げて自分が強者と思いたがる幼稚な子供だ。

「んなことどうでもいいじゃん。高校生か? 結構、ベッピンでね?」

「そだな。ここはあれだ、姉ちゃん、俺らと遊んでくれるのかって奴じゃね?」

「おい。ちょっと不味いんじゃないか?」

 馬鹿共が何やら勝手な事を言っているが、私は何の興味も感じなかった。

 そんな事よりも、悪魔憑きが見つからないことが問題だ。悪魔憑きがもうこの場に居ないにしろ、虐めの現場に二度も現れた以上無関係とは思えない。私がここに着く前に何があったかの情報を集める必要がある。

 その点では、この加害者共よりも被害者の方が訊きやすいだろう。なら、この加害者達にはさっさと退場してもらうべきだ。

 男達の数は4人。だが、あのリーダーの男を叩けば刃向かう気力は無くなるだろう。

 私は無造作にリーダーに向かって足を踏み出した。

 すると、リーダーの傍にいた男が反射的に殴りかかってくる。

 あまりにも大雑把で動きが丸分かりだった。私は僅かに体を捻って拳を避けると、打ち終わりを狙ってカウンターで殴り飛ばす。男は呆気なく吹き飛び、地面に崩れた。

「なっ! テメェ!!」

 リーダーの顔はあからさまに青ざめていた。怯えていることは丸分かりなのに、それでも虚勢を張って殴りかかってくる。

 これもまた大雑把だ。はっきり言ってしまえば、先程の男よりも動きが悪い。おそらく、実力ではなく押しの強さでリーダーになったタイプなのだろう。

 先程の男のように打ち終わりを狙うまでもなく、あっさりとカウンターが決まった。

 リーダーは腹を押さえてうずくまり、恐怖に顔を歪ませながら私を見上げた。

「バ、バケモノ!」

 リーダーが叫んで這いずるように逃げ出すと同時に、残りの男達も一斉に逃げ出した。

 だが、これで邪魔者は居なくなった。私は虐めに遭っていた少年に、ゆっくりと近付く。

「ひっ!」

 刺激しないように気を使ったつもりだったが、私の立ち回りを見て既に恐怖心を抱いてしまっていたようだ。

 私は舌打ちした。これからこの少年を宥めて話を聞こうとすると時間がかかりすぎる。先程派手に立ち回ったので、そのうち教師が駆けつけてくるかもしれない。

 力技で聞き出すしかない。私はそう判断した。

「そこの貴方」

「・・・え・・・あ?」

「貴方、聞いてるの!?」

 少年の鈍い反応に私は苛立った。威圧するためにわざわざ低い声を出している私が馬鹿みたいだ。

「もういい。私の聞いたことにだけ答えなさい」

「ひっ!」

 覗き込むようにして視線を合わせ、嘘も沈黙も許さないと言う意志を込めて睨み付ける。少年は顔を真っ青にしたまま、壊れた人形のように首を縦に振った。

「ここで何があったの?」

「あの、アイツ・・・鹿野崎って言うんですけど、アイツに呼び出されたんです」

 私は小さく唇を噛んだ。訊きたいのはそんな事じゃない。私が知りたいのは悪魔の手掛かりだ。

 私が不機嫌になった事を感じ取ったのだろう。少年の顔が青を通り過ぎて白くなりかけている。

「貴方とさっきの連中以外にここに誰か居た?」

「? いや、気付きませんでした。誰も居なかったと思います」

 悪魔憑きは少年が来る前に姿を消した?

 それとも、最初からずっと隠れていた?

 虐めの主犯から呼び出されたこの少年は自分の事で一杯一杯だったろう。もし誰かが隠れて居ても気付かなかった可能性が高い。

 辺りを見回した私は、見覚えのある人影が木陰に隠れていることに気が付いた。

 私は小さくため息をつくと声を掛けた。

「確か、大須賀・・・だったか。何をしている?」

「大須賀君!?」

 木陰から決まり悪げに大須賀が姿を現し、少年が驚きの声を上げた。

 そういえば、友人だとか以前言っていたか。

 だが、そんな事は私には関係がない。

「何をしている?」

「その、実が鹿野崎に呼び出されたって聞いて・・・」

「大須賀君・・・」

 実? ああ、そういえばこの少年の名前は日置実ひおき みのるだったか。悪魔憑きである可能性が低かったため、名前を忘れかけていた。

 そんな事を思う私を余所に、二人はお互いに相手の顔を見ることを避けるようにして言葉を交わす。

 虐められている現場を見られた少年と、それを目にしながら助けに出ずに隠れていた少年。複雑な感情はあるのだろうが、友情ごっこに付き合っている暇はない。

「いつからここに居た?」

「ちょうど実がアイツ等に囲まれているところです」

 少年が来た後か。だとすると、新たな情報は期待できない。

 もっとも、彼の言葉が真実ならの話だが。

 こうなると、悪魔憑きと接触する機会が得られるのかという不安がある。

 少年に呼び出しがあったら連絡するように指示して、呼び出された現場に先回りすることも考えたが、あの虐めグループはつい先程叩きのめしてしまった。

 それに、誰が悪魔憑きか分からなかった以上、自分の連絡先を教えるのも不味い。

 その時、私は校舎の中が騒がしくなっている事に気付いた。

 もう教師達が来るか。

 私はそう判断すると、少年達に背を向けた。少年達が何か言っているが、相手をしている暇はない。

 直接旧宿直室に向かうのは危険だろう。私は一旦ここを離れることを決め、早足に敷地を出た。


 これは長期戦になるかもしれない。

 そう考えた私は、ハカセと今後の方針について相談した。悪魔が関与している事件はこの一件だけとは限らない。他に悪魔絡みの事件が起きているのなら、そちらを優先するべきかもしれない。

 だが、ハカセが言うには、現地調査が必要な事件は今のところないらしい。私が調査に向かうのは、悪魔の関わっている可能性が極めて高いと思われる事件だけだ。悪魔が必ずしも大きな事件を起こすとは限らない。疑わしいというだけで現地調査するとなると、とても手が回らないのだ。

 この一件の調査を継続するべきだというのがハカセの判断だった。

 それを聞いて、私はこのまま調査しても無駄ではないかという思いに駆られたが、何か代案があるわけでもない。仕方なく旧宿直室での監視に戻った。


 だが、意外なことに次に悪魔が現れたのはそれからすぐの事だった。


 悪魔の気配に気が付いた私は、急いでその気配を追った。前回と同じく、校舎裏から悪魔の気配がする。

 また校舎裏? あそこに何かがあるの?

 通用口を出た私は、意外な姿を見つけた。友人らしき生徒と笑顔で話す少年。虐められていた日置実の姿だ。

 少年は私の顔を見つけると目を見開いた。

 まさか、別の人間が?

 これまで悪魔は虐めの現場に現れていた。だから、今度現れるのはまた少年が虐められる時だろうと思っていたのだが、それは違った。

 だとすると、重要なのはあの加害者の少年の方か、それとも虐め自体に何か要因があるのか。

 考えている内に、校舎裏にたどり着いていた。

「おい、またあのバケモノ女だ!!」

「嘘だろ!?」

 以前と同じ四人の男達が私を見て目を見開いた。その顔は一様に恐怖に染まっていた。

 そして、一斉に逃げ出す。

 だが、私は彼等を追わなかった。

 悪魔の気配を感じたからだ。

 目の前にぼうっとした顔で佇む一人の生徒から。

 先程まで彼等に囲まれていた生徒だ。きょとんとして目を丸くしているその姿は、虐めに遭っていたようには見えない。

 そして、私と目が合った瞬間、顔色を青ざめさせた。

「うおっ!」

 何やら私の事を酷く恐れている。私の事を知っている?

 私は警戒を強めた。この生徒が悪魔憑きである可能性は高い。その相手が私の事を知っているとなると、何らかの対策を用意しているかもしれない。

「貴方、ここで何してるの?」

 慎重に間合いを詰めながら尋ねる。返答は期待していなかったが、今回の悪魔憑きの行動には不可解な事が多い。情報を得る機会が少しでも欲しかった。

「何してるって・・・いや、よく分からないけど連れてこられた。さっきの奴等に」

 連れてこられた?

 その生徒は何やら困惑したように答え、それを聞いて逆に私の方が困惑した。

 これまで悪魔を追う内に、嘘をついてこちらを欺こうとする悪魔憑きにはあったことがある。だが、その生徒は嘘をついているようには見えず、嘘をついているにしては意味不明だった。

 それこそが信憑性を感じさせるための演技かもしれないが。

「どういう経緯があったのか言ってみなさい」

 私の言葉に、首を傾げて答える。

「いや、校舎裏から何か争っている気配がして、何かと思って近付いたら、いきなりさっきの奴等がやってきて校舎裏に連れ込まれたんだ」

「・・・それで?」

 私が先を促すと、その生徒は更に首を捻った。

「いや、それで・・・良く分かんないんだけど、いきなり"俺の言うことを無視する気か"って・・・」

「無視する? 何て言われたの?」

「いや、何も」

「・・・は?」

 意味の分からない話に私も首を捻ってしまった。

「だから、まだ何も言われていないのに、いきなり"俺の言うことを無視する気か"って言われた。それでボクが目を白黒させてたら、その、アンタ、いや、貴方、君、ええっと、とにかく乱入してきたから、そこでアイツ等は逃げだしちゃったんだ」

「・・・」

 あまりにも突拍子もない話だった。信憑性はないし、そもそも悪魔憑きがまともな事を言うとは思えない。

 問答無用で斬ってしまうべきか?

 そう思案しながら、更に間合いを詰める。その生徒は全く気付いていない。

「その話を証明できる?」

「ああ、それなら・・・」

 間合いを詰める間を持たせる為に訊いた質問に、その生徒はあっさりと答えた。

「そこに居る人に聞けば良いんじゃない? ボクが連れ込まれた時にはもう居たし」

 無造作に何処かを指さす。私は素直にそちらを振り返るほど単純ではない。その生徒の動きを何一つ見逃すまいと目を光らせながら、気配だけでそちらを探る。

 だが・・・

「大須賀君!?」

 驚きの声を上げたのは私ではなく、いつの間にか付いてきていた日置だった。

 大須賀?

 私は予想外の名前に、舌打ちした。その生徒から目を離さないように、慎重に位置を変えながらその示された方を視界に納める。

 そこには、紛れもなく大須賀の姿があった。

 顔を青ざめさせながら、生徒の顔を睨みつけている。

 その生徒は顔をしかめながらも、さらに付け加える。

「ついでに言えば、最初に校舎裏でアイツ等と争っていたのも貴方だよね。ねぇ、先輩」

 不意に顔を上げて訊ねると、上から声が降ってきた。

「ああ、そうだな」

 警戒するのも忘れて反射的に見上げると、校舎の三階の窓からカメラを持った男子生徒が見下ろしていた。

 その男子生徒はどこか困惑した様子ながらもニヤリと笑う。

「アイツ等、大須賀に絡んでたと思ったら、急に校舎裏から飛び出したんだ。おい、一体何をしたんだ? 動画もちゃんと撮ってあるぜ」

 一体、どういう事なのか。それを大須賀に問い正そうとしたとき、不意に殺気を感じた。

「きゃっ!」

 勘に任せてとっさに身を捻ったが、脇腹に強い衝撃を受けて私の体が吹き飛んだ。

 これは、肋が数本折れているかもしれない。

 体を動かした瞬間激痛が走るが、気合いで痛みを無視する。

 敵を前にして痛みに動きを鈍らせるのは致命的だった。

 私は流れるように背中に背負っていた刀を抜き、その切っ先を敵に向ける。

 そう、全身から悪魔の気配を放つ大須賀に。

「まさか、気配を隠すことのできる悪魔が居るとはね」

 私は歯噛みした。

 大須賀は毎回現場に居た。だが、大須賀からは悪魔の気配がしなかったため、悪魔憑きである可能性は低いと考えていた。私の失敗だ。

「え? 大須賀君、何で? あれ、刀?」

 混乱した日置が意味を成さない言葉を羅列する。

 私はそれらを無視し、この悪魔を狩るために力を望む。

「来い」

 私が相棒である愛刀に呼びかけると同時に、刀から私に力が流れ込む。

 そう、悪魔を狩る為の力が。

 我が悪魔狩りである証たるちからが。

 我が我たる力が。

「ハッ!」

 間合いを詰めてきた大須賀に向かって、気合いと共に袈裟掛けに切りつける。

 だが・・・

「ひゃぁぁ!」

 悲鳴と共にしゃがみ込んだのはあの生徒だった。

 つい先程まで生徒の頭のあった場所の背後のコンクリートに私の愛刀の切っ先が埋まっている。

 一体、何が?

 だが、それを理解するより早く大須賀が拳を振るい、私の頭を砕こうとする。

 我は軽く身を捻るだけでその一撃を避けた。悪魔憑きである大須賀の拳はパワーもスピードも常人の域を越えているが、技術そのものは素人の域をでない。

 拳を振り切り、大須賀の動きが止まった瞬間に、脇の下を狙って突きを放つ。

「どひゃ!」

 あの生徒が悲鳴を上げながら地面を転がる。切っ先が地面に埋まっていた。

 大須賀の追撃を警戒し、その場を飛び退いて間合いをとる。

 狙いが逸れている? いや、逸らされている?

 そこで我は以前ハカセから聞いた話を思い出した。

 悪魔の関わった事件の中には常識的にはあり得ないような出来事があったと。例えば、外傷がないのに脳だけ潰れた死体が発見されたこともあるらしい。

 おそらく、大須賀の悪魔も何らかの超常的な力があるのだろう。

 相手の狙いを狂わせてしまうような何か。

 ならば・・・

 我は体の力を抜き、構えを解いた。刀は右手にブラリとぶら下げたままだ。

「・・・?」

 それを見て、大須賀が眉を顰める。

 我はそれに構わず、無造作に間合いを詰めた。

「ふっ!」

 大須賀の顔には不可解な存在に対する恐れが浮かんでいたが、それを押し殺して鋭い呼気と共に殴りかかってくる。

 だが、次の瞬間、我が閃いた。

「え?」

 我は呆気なく大須賀の体を切り裂いていた。

 大須賀は呆然としたまま、腹を押さえ崩れ落ちる。

 大須賀の体から黒い靄が吹き出し、我に吸い込まれていった。

 悪魔が力尽きた証だ。

 もう動かなくなった大須賀の体だけが残っていた。

 それを確かめると、私は刀をおさめた。

 以前の悪魔のように完全に墜ちていなければ死体は残る。また、宿主である悪魔憑きが死ぬ前に悪魔が力尽きた場合には、悪魔憑きが助かる場合もある。

 大須賀が生きているかどうかは分からない。

 だが、それは私の知ったことではないだろう。

 私はもう大須賀に興味を失い、身を翻した。

 ああ、思い出した。

 そのまま校舎裏を離れようとしていた私は足を止めた。

 校舎裏に置いていった者達が何をしようが興味はない。

 だが、確実に消しておかなければならない物がある。

 私は頭上を見上げた。

 私と視線の合った男子生徒が、獲物を狙う私の目を見てひきつった。

 あのカメラは破壊しておかなければならないだろう。

 慌てて校舎の中に逃げ込む男子生徒を追って、私は校舎に向かった。

 だから私は気付かなかった。



 面白そうな目で私を見送る、一対の瞳に。


各話の長さが違いすぎるので、いつか分けるかもしれません。

打ち終わりを狙ったカウンターでは一撃で相手を倒すのは普通は無理・・・らしいです。それだけ実力の差があると思ってください。

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