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大罪の悪魔と滞在する悪魔  作者: 聖湾
第一部 第二章
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第十二話 弱者の肖像(2)

 絶望に囚われた人間の前にそこから抜け出す道が示されたとき、人はその道を選ばずにいられるだろうか。

 俺には無理だった。

 世界は残酷で救いがなくて・・・それでも俺は救いを求めてしまったんだ。




 俺が初めて虐めにあったのは、小学校四年生の頃だった。

 きっかけと言う程のものは何もない。

 あの頃は太っていて汗をよくかいた。そのせいで周りからはガマガエルというあだ名を付けられていた。

 それでも、そのあだ名はイタズラ心から付けられたものであって悪意はなく、周りから除け者にされていたわけではなかった。

 だが、いつからかだろうか。

 イタズラをする事が格好良い、悪い事をするのが格好良いという風潮が生まれていた。

 誰かが先生や親に危険だから近寄ってはいけないと言われた場所に行ってきた話をすると、周りの子達は目を輝かせてソイツを賞賛した。

 それ自体は俺にだって分からなくもない。煙草を吸う姿が大人っぽく感じるのと同じ感覚だろう。子供がやってはいけない事。それをやる事が大人に近付いた証のように感じるのだ。

 何故やってはいけないのか。

 それを理解せずにそれをするのならば、それは大人に近付いた証などではなく、愚か者の証だというのに。

 そして、そうした間違った大人への願望は次第に歪んだ自己顕示欲に変わり、やがて奴等はたどり着く。

 ああ、他人を虐げることは楽しい・・・と。

 ただ自分の力を見せつけるためだけに、自分の自己顕示欲を満たすためだけに、元々自分が何を求めていたのかさえ忘れて、奴等は他人を虐げる。

 そして、奴等の自己顕示欲を満たすための生け贄として選ばれてしまったのが、俺だったのだ。

 最初の内はまだよかった。

 ただ汗かきな俺の体質をからかい、バッチィ、汚いと罵る程度だった。

 だが、次第に暴力を振るうようになり、汚いからと無理矢理洗面台に顔を押しつけられ、蛇口の水を頭からかけられたこともあった。

 近所の花火大会で偶然会ったときには、奴等はカエルの尻に爆竹刺して爆発させるという遊びを俺の目の前でやった。そして、ここに大きなカエルが居ると言ってニヤニヤと俺を見たのだ。あの時は恐くて家に逃げ込み、毛布にくるまって一晩中震えた。限度を知らない奴等は、本当にそれをやりかねない危うさがあったからだ。

 俺だって何もしないわけではなかった。

 だが、先生達は子供の些細なイタズラと思い奴等を口頭で注意するだけで何もしてはくれず、かえって虐めは酷くなった。

 大人が頼れないと思った俺は、自分の体質改善を目指した。この太った汗かきな体でなくなれば、もう虐められないのではと考えたのだ。

 必死に運動して体重を減らし、汗かきな体質改善のために色々な本を読み漁った。

 その甲斐あって、俺の体はスリムになり、汗かきな体質も改善された。もう誰も俺の事をガマガエルとは呼ばなくなった。

 だが、それでも虐めはなくならなかった。

 もうガマガエルとは呼べなくなった俺を奴等は生意気だと言ってさらに暴力を振るった。

 もう、俺にはどうすればいいか分からなかった。

 小学校を卒業して奴等と離れるまで虐められ続けるに違いないと絶望した。

 けれど・・・


 俺の悲惨な学校生活はあっさりと終わった。

 奴等はもう俺に近付こうとはしなくなり、まるで何事もなかったかのように以前の生活に戻った。

 あの時の事を思い出すと、何だか幻を見ていたかのように現実味がない。

 ただただ安堵した。

 虐めから解放されたことに歓喜した。

 それは救いようのない喜びだった。

 そう、まるで救いようがない。

 初めてあの光景を見た時のあの顔が忘れられない。

 絶望に歪んだ、彼の顔を忘れられない。

 そう、奴等に目を付けられ虐められている少年の顔が。

 俺が虐められなくなったのは、奴等が改心して虐めを止めたとか、虐めを止めるヒーローが現れたからじゃない。

 ただ、奴等の興味が別の人間に代わっただけだった。何がきっかけなのかは知らないが、奴等は新たな虐めの標的を見つけ、俺に興味を失った。

 ただ・・・それだけだった。

 それでも俺は嬉しかった。奴等の虐めから逃れられたことが。

 虐めの標的にされ、絶望に歪む彼の顔を見てさえも。

 俺はその時理解した。

 奴等は誰でも良いから虐めたかっただけなのだ。

 奴等にとっては、それが誰であっても構わない。




 そう、俺でなくても良いのだ。


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