すでに私は死んでいた!!
「この意気地なしーっ! あんた達が行かないなら、私が行くよ。行っちゃうよ!」
夏の太陽がぎらぎらと私を照りつける。現在の服装は水着という、露出度マックスなもの。日焼け止めを塗ってきて良かったと心から思う。
「あ、あの友ちゃん。さすがに友ちゃんでも、その崖は止めといたほうが」
長い黒髪を太陽にきらめかせながら、ポニーテールの少女が私を諭す。
「このぐらいの崖から飛び込めなくて、どうするよ。それでも、島民?」
そう言うと、私より高い身長と私より豊満な胸が御自慢の雅は、あぅあぅ言いながら引き下がる。そして、代わりに短い茶髪の男――タツが目の前に来る。
「友穂、いくらお前だからってさすがにそれは止めといたほうが」
「タツまで止める気? いいもん。私にはまだケン君が残ってるもん。ね?」
私はタツの隣に居た、健斗君に目配せをする。すると、彼はやれやれと言ったような仕草をする。
「はぁ。友穂ちゃんの我が儘ッぷりは今に始まったことじゃないし。それに、友穂ちゃんだから大丈夫じゃない?」
「……なんか、引っかかるものいいね。ま、いいけど」
みんなの言葉を聴いてると、なんか私の評価が低いような気がしてならない。ま、これも心配してくれるみんなの愛ゆえと捉えておこう。でもケン君に至っては心配すらしてくれていない気はするけど。
「んじゃ、君達意気地なしたちのために、行きましょうかね」
私は崖っぷちまで歩く。流石に下を見ると怖いかな。大体三十メートル弱はある上手く海の中に落ちればいいが、周りのごつごつとした岩に当たった瞬間、私は潰された柘榴と化す。そのような事態は決して避けなければ。あせる私を冷たい風が撫でる。言ってしまった以上、取り消すことは論外。男に二言はないと言うが、女にも二言はない。ここで止めると私のプライドが音を立てて崩れ去る。だから行かなければならない。いや、いける。いけるんだ。きっといける。多分いける、おそらくいける。
「おーい、怖いなら戻ってきてもいいんだよ」
馬鹿にしたようなケン君の声。少し、苛立ちを覚える。
「大丈夫、大丈夫。ケン君みたいな腰抜けじゃないからねー」
「なにを!」
とん、と足場を蹴り上げる。世界が回転。全てが反対になる。続けてふわり、と浮遊感。ショートの髪が逆立つ。風が思いっきり、私を吹き付ける。そして、重力でどんどん下へ。三十メートルなんて、あっという間。もうすぐ私は海へ――。海へ?
見えたのは、青い水ではなく、灰色の岩。
「飛び込めないっ! 死ぬっ!」
目測を誤った。目の前には岩岩岩岩。あ、落ちる。やばい。今、思えば短い人生だったな。もっと慎重にやっておけばよかった。何故か、時間が止まったように感じられる。お父さん、お母さん。ごめんなさい。私は悪い子でした。大体、こんなことで死ぬって運が悪いと言うか、ただの馬鹿っていうか。いやいやいや、ちょっと待って。まだ私は死ねないよ。やりたいことも一杯あるし、まだ八月は始まったばかりなのに。みんなとの楽しい思い出はこれからなのに。死にたくない。死にたくないよ!
色んな思いがわきあがる。しかし、残念無念また来年。もう、岩との距離、数ミリメートル。駄目だ。これで私は終わる。頭から真っ赤な血を噴出し柘榴となっていくのだ。あぁ、痛みすらない。眼前はどんどんと、鮮血で一杯になっていく。
――なんてことはなかった。周りの空気を大きく振動させるような音はしたものの、私は無事。間抜けに岩から滑れ落ちて、飛沫の音をたてながら海の中へダイビング。水は綺麗で、魚達が泳ぐのがくっきりと見える。
それにしても私には、傷どころかたんこぶすらできていない。これはおかしい。もしかして、夢? そんな予測を確かめるため、ほっぺを抓る。が、それは痛い。これは夢じゃなくて現実。じゃあ、なんで。
「あ」
そこまで考え、思い出した。傷が出来ない理由。そして、ここが水の中であるはずの私が、全然苦しくない理由。そう、たった一つの単純な答え。
すでにわたしはしんでいた。
****
「うー。死ぬかと思った」
所変わって、駄菓子屋前。私たちのたまり場の一つだ。優しいおばあちゃんが経営しているお店。売り上げの三分の一は私たちのお金じゃないかと言うほど、ここで消費をしている。
「死ぬかと、って友穂ちゃん……」
ケン君、皆まで言わなくても分かっている。
「全く、友ちゃんは馬鹿です。普通、あんな所から飛び込みませんよ」
柔らかい物腰のツッコミが飛んでくる。確かにその通りなのだが、ストレートに言われると、少しきつい。だけど、彼女のアイスを食べる様が小動物のようで可愛いから良しとしよう。可愛い、可愛い。
「なんで、雅の頭を撫でるのですか!」
「雅が可愛いからに決まってるじゃない。悪い?」
「雅より身長が低い人に撫でてもらうのは屈辱――痛っ!」
おっと、あまりにも可愛いから間違えて、拳骨がでてしまった。あぁ、可愛い、かわいい。
「ひ……、怒ってます?」
「怒ってるわけないよ。あまりにも雅が可愛いから」
「う、嘘です。目が笑ってな――痛っ。ごめんなさい。ごめんなさい」
その謝る姿は、肉食獣に睨まれた草食動物みたいだった。ん、ということは私が肉食獣か。食べれるなら食べてみたい。人肉とかじゃなくて。
「ん? なに、どしたのタツ」
こっちを眺め、うーん、と唸っているタツ。気になる。とても気になる。あの短絡的思考馬鹿が、一体なんの考え事をしているというのか。
「お前ら、って萌えないよな」
「は?」
また、意味不明なことを言い出した。奴の本名は海馬 龍二。だけど海馬と書いてたつのおとしご、と呼ぶことからタツ、と呼ばれている。そして、考えずに行動したり、発言する。あまり頭の良い、と言えない人物。
「雅と友穂っちじゃ、なんか萌えの感情が沸き起こらないよな」
「色んな意味でどうゆうことよ」
「いや、そのままの意味だけど――あっ、分かった」
タツはひらめいた顔をしながら、うれしそうに言った。
「友穂っちのその貧相な体つきのせいで、全然魅力的に見えない!」
ぷちっ、と頭の中で何かが切れる音が聞こえた。
「うおっ、ちょっと友穂っち? 背後に来て一体、何を――痛たたたたたた! 首が折れる! 呼吸が……」
「問答無用!」
「ぎゃああ!」
「平和ですねー、いぬいぬ君?」
「平和だね、雅ちゃん」
****
蝉も鳴き止み始めた夕暮れ。あれからまた海に行き、遊びつかれた私たちはとぼとぼと歩いていた。
「ふぅ、さすがに疲れたわね」
「友穂ちゃんが、島一周水泳大会をしようって、言い出すからだよ」
そう口答えするのは浜中健斗。可愛いと評判の男子である。
「あー、分かるぜ、犬。友穂っちはいつもやることが酷いからな」
だけど、その事と名前の健斗ってところから、犬と辰からは呼ばれている。
「ってかなによ! やることが酷いって。私は面白そうなことを提案してるだけじゃん」
「友ちゃんがするのは危険な遊びを強制させることです!」
む、雅ちゃんが強気だ。
「別に強制はしてないでしょ。それに危険って」
「飛び込みは十分きけんです!」
「だ、大丈夫だよ。私が飛び降りた所より全然ひくいから」
「そういう問題じゃないですよ!」
「それにどうしても嫌なら参加しなくても」
「……不参加はジュースを一人十本奢らせる、って変な条件つけましたよね?」
「だ、誰がそんなことを言ったんだろうね」
私ですけどね。そんなこといったの。
「全く、そんなことばかりしてるから、友ちゃんは……」
「はいはい、ごめんなさいね。もう私のアイデンティティですから」
呆れられたので、開き直ってみた。
「大体、私が元気なかったらどうする? どうする? 元気ない自分なんて私でも想像つかないわよ――ってどうしたの?」
急に、雅は立ち止まっていた。
「こんなことしてるから、こんなことばっかりしてるから……」
雅の声が段々と小さくなっていく。それと心なしか、声が震えている気がした。
「ちょっと、雅?」
挙句の果てに顔を伏せてしまった。どうしたというのだろう。
「どうしたの?」
彼女は依然と顔を下げたままだ。
「み、雅。ほんとに大丈――」
私の言葉は、最後まで出せなかった。何故なら、顔を上げた雅の目は、赤く充血していたからだ。
「あんなこと。あんなことしたばっかりに」
「……雅?」
「あんなことしたばっかりに、友穂ちゃんは死んじゃったんじゃないですか!」
「あ、う……」
何も言えなかった。何も、言わなかった。ナイフで心臓をえぐられるような気がした。意識があるまま脳髄を引き出されるような気がした。彼女の目から、徐々に溢れ出る雫を見ていることしか出来なかった。見ることしか、しなかった。
「ひっく、馬鹿です。友穂ちゃんは、っく。馬鹿ですよ」
「……雅」
「馬鹿、バカバカバカ」
私はゆっくりと、彼女を両腕で包んだ。
「ごめん、……雅」
後ろに居た男子共も、顔を背けていた。タツもこの状況でふざけるほど、阿呆ではないらしい。
少しの間、静寂とすすり声だけが場を支配していた。誰も喋らなかった。誰も動かなかった。
気づけば、月が綺麗に見えていた。
「……落ち着いた?」
私は腕の中の雅になるべく優しく話しかける。
「……はい。ごめんなさいです」
今回、完全に私が悪い。だけどここで否定して謝り返すと、ごめんの応酬になるので、何も言わず抱擁を解いた。
「ってか、もう帰らないとまずくないか?」
「そうだな。もう真っ暗だもんね」
タツの言葉にケン君も辺りを見回す。確かに暗い。
「ならさっ、家まで競争しようよ」
「お、お前な……」
タツが反感の目を向けてくるが、私はそれを悠々と論破ぐらいできる。
「別に危険じゃないでしょ? ね、雅」
こくん、と首を縦に振る雅。
「なら、いまからね! よーい」
「わ、ちょっと待ってよ」
「急すぎるだろ」
「ま、待ってくださいよ」
十人十色、いや三人三色とでも言おうか。ともかく皆、違った反応を見せる。ただ、私はそんなのにかまっている程、優しくもない。
「どん!」
自分でスタートを切り、走り始める。他の皆は少し出遅れたが、それでも追いつこうとついてきてくれる様は、本当にいい奴らだなと感慨深く思う。
ゴールはここから近くだから、短距離走のような感じではあるが、私が圧倒的に有利。酸素を必要としない私は、いくらでも最高スピードで走り続けられる。よって、私は大差をつけてゴールすることが出来るのであり、彼らを待つのに暇な時間を数十秒過ごさなければならないのであった。
「ぜぇぜぇ」
「はぁはぁ」
「ふぅふぅ」
「遅かったわね」
頑張った彼らにねぎらいの言葉を。
「ぜぇ、お前が早すぎるんだ」
皆が肩を上下させているのを見ると、少し寂しい気持ちにとらわれる。一週間前は、私も息を切らしてたというのに。そして、対等じゃない勝負もまたつまらないものがある。勝つのは当たり前。それでは勝負の楽しさが全く無い。と、いうより勝負ではなくなる。負けという文字がなくなるためだ。ただの勝。私がしているのは、それ。
「……大丈夫だよ、雅ちゃん。君は普通にやっても僕たちより早いから」
「え? なんで……? 声に出してないはずなのに……」
「なんとなく、そうなんじゃないかなって思っただけだよ」
朗らかに笑うケン君。彼と居ると、自然とほんわかした気分になる。不安なときや寂しい時でも、彼と居ると忘れられるのだ。そんな癒しのオーラが、彼からは出ているのかもしれない。
ほら、まただ。先程の寂しさが、少しではあるが消えた。全部とは言わないが、緩和されたのは確かである。にこにこと笑うケン君を抱きしめたくなる。あぁ、まるで子犬のようだ。この表情を見ていると、タツが彼のことを犬って呼んだり、雅がいぬいぬ君などと呼ぶのも判る気がする。この幸せな瞬間がいつまでも続いてくれないかな――。
「おい、お前ら。いつまで見つめ合ってるんだ。早く帰るぞ」
なんて、希望はあっさりとタツの口によって葬り去られた。制裁しようにも、正論なので反論できない。
確かにもう大分遅いし、私以外は親が心配する。そんなことはさせちゃ駄目だ。
「そうだね。解散しよっか」
私たちの家はかなり近い。歩いて数十秒ってところだ。だから、ここで解散。
「はい、また明日ですね」
「おう」
「ばいばーい」
適当に挨拶をして、散り散りに素早く帰っていく。きっと、親にこってり絞られるのだろう。
そして、私は。
「……いこっかな」
私は家に帰れない。ケン君、雅、タツ。彼らにしか私を見ることは出来ない。なのに、物は動く。つまり私が家に帰ると、皆を不安がらせることしか出来ないのだ。きっと、きっと怖がるに決まっている。雅たちに説明してもらうという手もあるかもしれないが、きっと信じてくれない。無駄だ。
だから、私は公園に行く。みんなで作った、秘密基地に行く。
私はまだ満月ではない月を背景に、一人寂しく歩き始めた。
意外と綺麗な場所。子供の頃、必死に木材なんかを集め、勝手に木の上に基地をつくった。当時、怒られもしたが、なんだかんだで許されて今もそのままだ。広さも中々広く、普通に寝泊りできるほどだ。食料なんかも一切要らない、私向けのような場所。幼い私たち、グッジョブだよ。
することもないので、板の上に横になる。横になると、今日あったことの様々なことを思い出す。
海ではしゃぎまわったこと。駄菓子屋で涼みながらアイスを食べたこと。茂みのほうへ入って、探検したこと。とても、高校生のやることではないと怒られそうなことばかり。それでも、楽しい。毎日がキラキラと輝いていて、とても楽しい。それだけに不安になる。今、ここに居る私は本来ならばいない。いてはいけないモノなのだ。なぜ、私が今ここにいるかは分からない。でも、それでも、私という存在があるうちに。悔いのないように。後悔をしないように。精一杯遊びつくしたい。まだまだやりたいことはある。やらなくちゃいけないこともある。いつ、消えるか分からないし、きっとこれが最期の夏になる気がする。だから、せめて私は――。
いつの間にか、私の意識は闇に飲み込まれていった。
****
それから、私たちは遊びまくった。一生分を遊び尽くすように。本当に毎日が楽しかった。楽しすぎて他のことを忘れてしまうぐらいに。ただがむしゃらに、密度の濃い日々を送った。
「今日は夜中に集まって、肝試ししようぜ」
「それは私に対する挑戦状ですか? 本物が肝試ししてどうするのよ」
「大丈夫だって。あ、それとも友穂ちゃん、お化けが怖い?」
「んな訳無いでしょ!」
「あ、……友穂ちゃんの首筋に白い手が」
「ひいぃぃぃぃ!」
「……まだ昼間なんだけど」
「友ちゃんも可愛いところありますね」
「本物が怖がってちゃざまあねーな」
「う、うるさーい!」 「本当にきちゃった……」
「はは、頑張ろうね」
「しかも、ケン君とペア……」
「あれ、嫌だった?」
「そんなことない! そんなことないけど」
「大丈夫だって、ちゃんと守ってあげるから」
「……ケン君」
「君からユウレイを」
「も、もう!」
「ふぅー、死ぬかと思った」
「……そのボケは前も聞いたよ」
「ってか、タツと雅はなに? あんな執拗に脅かして」
「は?」
「な、なにを言ってるんですか? 友ちゃん」
「え? だって最後、もう帰れるって時まで脅かしてたでしょ」
「……俺達が脅かしたのは、最初のときだけだぜ?」
「……友ちゃんたちにわっ、って言っただけですよ」
「……じゃあ、あの叫び声とか」
「……笑い声は」
「……」
「に、逃げろぉ!!」
「こ、ここまでくれば大丈夫だろ」
「う、うん、だといいけど」
「うー、怖いよ雅ぃ」
「大丈夫、大丈夫ですよ」
「んじゃ、そろそろ帰るか」
「待ってよぉ、置いてかないでぇ。雅ぃ」
「あ、じゃあ雅の家に泊まります?」
「……え? いいの?」
「はい!」
「なんか、久しぶりだね。雅ん家で泊まるの」
「……そうですね」
「さて、色々話しましょうか。まだまだ夜は長いんだしさぁ」
「なんか、言い方が親父みたいです」
「げへげへ、ってそれは別にいいのよ。それより、ほらっ」
「じゃあ、いぬいぬ君とは……」
「おっはよー! 今日は何する?」
「山の上まで、ハイキングにいかない?」
「お、いいなそれ」
「楽しそうですね」
「んじゃ、決まりってことで!」
「今日はいけるとこまで、サイクリングってのは?」
「お、知らない場所を冒険ですか。憧れるわねー」
「ちゃ、ちゃんと帰って来られますかね?」
「大丈夫だって。……多分」
「あ、怪しいですよ!」
「まぁ、ともかく行ってみようよ。行けるとこまで」
「おー!」
「今日は何する?」
「今日はね……」
……。
****
気づけば、もうすぐ八月も終わる。明日は三十一日。早いものだ。蝉も鳴かなくなり、秋の虫が合唱を奏で始めた夜。秘密基地から、意味もなく空を見上げてみた。
「うわ、綺麗だな。明日には満月じゃないかな」
真ん丸いお月様も私を見ている。なんだか、明日が最高頂の月のように、私の存在も明日が最高頂だと言っているような気がする。いや、実際そうなのかもしれない。
私は日に日に、少しずつ。少しずつだけど、薄くなっているような気がする。私じゃないと分からない程度で、体が透けているような気がした。
きっと、私の最期の我が儘。八月一杯だけでも、皆と居たいという我が儘。それをかなえてくれたのだろう。楽しんだ。十分楽しんだ。それなのに、それでも、切なくなる。寂しくなる。死んだらどうなるのだろう。存在が、意識が、私が消えたらどうなるのだろう。天国なんかあるのかな。それとも、何も無い無なのかな。怖い。消えたくない。悲しくなる。まだ皆と居たい。一緒に遊びたいよ。
「う、うわぁぁああああ」
止まらなかった。目から零れ落ちるものを止めようとも次から次へと流れてくる。しばらく私は嗚咽を漏らし続けた。月が私を慰め続けてくれた。
そうして、私の意識は闇の中へと飲み込まれていった。
私は、夢を見た。
****
私が居る。私はここに居るのに、私が居る。きっとこれは夢に違いない。そう思った。そうだった。ほっぺを抓ってみた。痛くなかった。夢だ。
私は今、空を飛んでいる。空中で静止している。多分、動こうと思えば動けるはずだ。
それよりも、もう一人の私が気になる。もう一人の私は真昼間だというのに、血だらけで道路の上に倒れている。それを、見覚えのある、私の大切な親友三人が取り囲んでいる。
あぁ、そうだ。思い出した。私は自転車レースをしていて、ガードレールから突っ込んで落ちたんだ。本当に馬鹿だよね。雅が言うことも頷ける。自分勝手に提案して、自分勝手に始めて、自分勝手に死んで。自分勝手なばかりに、みんなに心配させ、みんなに責任を感じさせてしまっている。本当に馬鹿で阿呆で滑稽だ。なんて嫌な奴なのだろう、私は。
それでも、私と一緒に遊んでくれた皆は、本当に優しくていい人たちだと思う。私なんかにはもったいないぐらい。
あ、救急車がきた。私を中に入れて走り去っていく。みんなは、涙を流しながら自転車でそれをおっかけている。私も、追おうとしたが動けない。そして、暗転。
次に目を開けると、そこは葬式所。お坊さんがお経を唱えている。たくさんの人が涙を流している。私のお母さん。私のお父さん。私の妹。私の友達。私の親友。親友のお母さん。親友のお父さん。数え切れないぐらいの人が、涙を流している。
これ、全部わたしのせい……なんだよね? 私が自己中心的に居たばかりに。
お経が終わり、みんなもぞろぞろと部屋から出て行く。追いかけようとするが、動かない。そして、暗転。
次に目を開けると、目を開けると。一人の女性が大きなお腹をさすっていた。
「ねぇ、友穂ちゃん。あなたはこれから産まれるのよ」
「あなたが産まれたらね、きっと素晴らしい人になるわ」
「可愛くて優しくて。友達に恵まれるわ。そして、なにがあっても諦めない。くじけない。風に吹かれても、誰かに踏まれても稲の穂のように強くなるの」
「本当に愛おしい、貴方が産まれてくるのをとても楽しみしています」
「お父さん、早くいらしてください! 産まれますよ!」
「ほ,本当ですか! ど、どこですか? 病室は」
「落ち着いてください、目の前です」
「待ってろ、今行くからな、友穂!」
「おぎゃあ、おぎゃあ」
「おめでとうございます、元気な女の子ですよ」
「や、やった! 万歳! お母さん万歳! 友穂万歳!」
「あらあら、お父さんったら」
「友穂ちゃん制服、似合ってわよ」
「ほんとほんと、ランドセルも似合ってる」
「えへへ、そうかな」
「あぁ、さすがは俺の自慢の娘だ」
「私達の、でしょ?」
「あぁ、そうだな」
「友穂ちゃん、あなたはもうお姉ちゃんなんだから、ちょっとぐらい我慢しなさい」
「またそうやって、瑞穂のことばっか可愛がって……。どうせ私より、妹のほうが可愛いんでしょ!」
「友穂! なに言ってるの! そんな訳が」
「もう出てってやる!」
「友穂!」
「こんな所にいたのか」
「……お父さん」
「お母さん、心配してるぞ?」
「そんなことない、お母さんは瑞穂だけが好きなんだ。私なんか死んだっていいんだ」
「友穂、お前は知らないんだ。人を産むのにどれだけの苦労があるのかを」
「……お父さんは知ってるの?」
「いや知らない」
「……だめじゃん」
「でもな、きついのは分かる。お母さん、苦しそうだった」
「……なら、やっぱり産まれない方が」
「でもな、それ以上に幸せそうだった」
「……」
「……魚とか、蛙とかいるだろう?」
「……何の話?」
「いいから、聞いとけ。でな、あいつらは一度にたくさんの卵を産む」
「うん」
「んで、たくさん産まれるわけだが、生き残るのはたった数匹。何故だか分かるか?」
「……天敵に食べられちゃうから?」
「あぁ、そのとおりだ。でも、何故敵に食べられる?」
「それはまだ子供で弱いから」
「でも、友穂はライオンとかに食べられていない。そうだろ?」
「……」
「魚達は、産んだら産みっぱなし。ほとんど守ったりせず、厳しい社会に放り込む。ま、それが常識だから仕方ないんだがな」
「……」
「でも哺乳類とか、所謂、胎生は一匹ずつ子供をお腹に宿すんだ。そして、苦労と労力をかけ大切に、大切に子どもを育てる。守るんだ」
「……」
「もちろん、産むのも育てるのも大変きつい。でも、それは、そのきつさは喜びなんだ」
「……喜び?」
「そう、自分の愛する子どもが、成長する喜び。いや、居るだけで親にとっては喜びなんだ」
「……」
「だから、愛されてないとか、死ぬとか言うな。俺達はお前を例えようのないぐらい愛しているし、お前が俺達より先に死んだらとても悲しむ。すごく悲しむ」
「……うん」
「……だからさ、帰ろう。お母さん、心配してるぞ?」」
「……うん。分かった!」
「それでこそ、俺の自慢の娘だ」
「お母さん、ただいま!」
「友穂!!」
「お、お母さん?」
「ひっく。よ、良かった……。良かった、っく。友穂ちゃんが無事で……。良かった」
「お母さん……ごめんね」
「友穂!」
……。
****
ちちちち、と小鳥のさえずりが目覚し代わりとなった。朝のまぶしい光が一杯に入ってきていてとてもすがすがしい。
今日は、八月最後の日。夕方からは皆と、お祭りに行く予定だ。だから、それまでにやるべきことができた。
基地に備え付けの鏡で、身だしなみをと整える。なぜか、目元が赤かった。いや、なぜか、ではないな。答えは分かっている。
公園の時計を見ると、短針が十を刺している。もう、行くか。私は外に出て、歩き始める。
思い出の公園。ブランコで色々な遊びをして、何回こけたことやら。砂場では、なかなかハイクオリティな建築物を作った。それに滑り台、桜の木、ジャングルジムと。語りつくせないほどの思い出。なかでも、秘密基地は二度と忘れはしないと思う。
だけど、もうここに来ることはないだろう。きっと、これが最後。だからこそ、しっかり眼に焼き付けておきたかった。
「よし! 行こう」
ついたのは、私の家。もうくぐることは無いだろうと思っていた、扉。少し前までは、近所迷惑な笑い声が聞こえていたが、今ではもう聞こえない。
行くのが辛い。きっと、お母さんとお父さんには怒られる。でも、それでも行かないと行けないんだ。
私は決心した。心を決めた。行く。くぐるんだ、この扉を。
ギィ、と鈍い音をたて、扉が開く。入ってすぐの居間には、私以外の家族が集合していて、扉が開いたことに驚きを隠せないようだった。
「だれ? だれかいるの?」
家族の居る場所へと向かう。でも、なにも反応は無かった。だから、私は、部屋からノートと筆記具を持ってきた。
「お、お母さん! さっきまで無かったノートが!」
妹の瑞穂が驚く。
「……お、お父さん」
お母さんはお父さんの方へと顔を向けるが、お父さんはノートに釘付けだった。
私は、好都合とばかりにノートに文字を記していく。
『お父さん、お母さん。それに瑞穂。ごめんなさい』
「お姉ちゃん!」
『自分で勝手に死んでいって、みんなに心配かけてほんとにごめんなさい』
「……友穂ちゃん」
『私がやったことは、きっと許されることじゃないと思います。でも、それでも。怒られると思ったけど、来ました』
「……友穂」
『伝えたかった。皆に。お父さんに、お母さんに、瑞穂に』
『愛してる』
もう、言葉は必要ない。要るのは気持ち。それだけが伝われば十分だ。見えないけど、繋がっている。そういう生き物なのだ。私たちは。
私は熱くなった目頭から涙が零れ落ちるのを我慢して、扉へと向かう。そしてくぐろうとした刹那。声は届いた。
「友穂!」
「あなたは」
「俺の」
「私の」
「あたしの」
「自慢の娘(お姉ちゃん)だから!!」
駄目だった。私は、どうにか家をでて、思いっきり泣いた。赤子のように、わき目も振らず。ただ、ただがむしゃらに、泣いた。
****
夕暮れ、空が少し暗くなってきた頃。皆と、待ち合わせ場所にいた。
「よーし、そろそろ行くか」
「そうですね」
「楽しみだね」
「じゃあ、張り切ってレッツゴー!」
私たちは屋台の並ぶ神社にやってきた。それはもう大勢の人で、たくさんの出店で。大変な賑わいを見せていた。
「よし、じゃあ早速、毎年恒例わたがああし早食い競争!」
「お、おー」
三人がばらばらと手を挙げる。全くそんなやる気のなさじゃ、大会にいけないよ、ちみ達。
「んじゃ、始めよっか。あ、もちろんだけど最下位の人には全員分おごってもらうから」
「んなっ!」
「よーいどん!」
勝手にスタートして食べ始める。自慢じゃないけど、これなら私、生前負けたことが無い。
「あっがりー!」
「は、早い」
「何て奴だ」
「綿菓子が消えていきました」
何を失敬な、ちゃんと食べたわ。
「と、次は焼きそば早食い競争!」
それから、私たちは屋台に、ことごとく訪問していった。食べ物屋から射的、輪投げなどのゲームまで。あれは、荒らしと言っても過言じゃないぐらいかもしれない。
そして、今は休憩。神社の階段で、皆でご満悦だ。
「ふうー、食った食った。もうたべれねぇよ」
「まだまだね、タツ。私はまだまだいけるわよ
「それは友穂ちゃんが食いすぎ」
「それに、タツ君も十分食べたと思います」
「二人なんか、最初のほうでギブだったじゃない」
「あれは常人レベルだってば」
「……と、そろそろかな」
ケン君が空を見上げる。もう空は真っ暗で、綺麗な満月が浮かんでいた。
「じゃあ、頑張ってくださいね、いぬいぬ君」
「がんばれよ、犬」
「お、おう」
「あれ? どっか行くの? 二人とも」
「はい、ちょっと用事がありまして」
「そうそう、用事がな」
それならば、これが別れ。もう、彼女たちに会うことは無いだろう。
寂しい。本当ならば、最期まで一緒に居て欲しい。でも、今までたくさんの我が儘を言ってきた私が、彼女達を引き止めることは出来ない。
「……そっか、元気でね」
「……あぁ」
「……はい。友穂ちゃんこそ、お元気」
「あはは」
「じゃあ、これで」
二人は立ち上がり、人が少ない道を進んでいった。
「……泣いてるの?」
「う、うるさいな! だ、だって。だって」
もう会えないんだよ、という言葉は喉の前で止まってしまった。
「まぁまぁ、まだ、見えるよ」
大分小さくなった彼女達が、こっちを振り替えるのが見えた。そして――
「友ちゃーん! 今までありがとー! あなたが居たから、楽しかった! 本当に毎日が楽しかった! 友ちゃんと出会えて、私、幸せだった! 大好きー!」
遠くても分かる、彼女の目からは大粒の涙が溢れていたのを。
「友穂っち! 俺も、本当にたのしかったぞ! お前が提案する馬鹿なこと、いつも乗っかってて楽しかったぜ! お前とのバカな掛け合いの時間も本当に好きだった! ありがとな!」
今までに見たことのない、タツの涙が、地面に落ちた。
「こちらこそありがとー! 雅が居たから、私も生きてこれた! 楽しかった! タツとの掛け合い、ほんとに好きだった! 殴ってばかりでごめんね! 本当にありがと! 二人とも大好き!」
言いたいこと言った。まだ枯れていなかったのというほど、目から零れ落ちる。もう、会えない。その現実が突きつけられ、悲しくなった。でも、二人もきっと同じだろうと考え、笑って見送った。
「また、いつか!」
二人だけになった。今、私の隣に居るのはケン君。もしかしたら、雅がこうなるようにしてくれていたのかもしれない。最後の最後まで本当にいい親友を持ったと思う。
「……もうすぐ、花火が始まるよ」
「うん、そうだね」
「……あの場所にいこうよ」
「……うん」
私は、今の、この状況を最後まで諦めずに精一杯楽しむことにした。前向きになる。踏まれても強くなる、稲の穂のように。
「ね、こうして二人でいるの、久しぶりだね」
彼は無言で頷いた。
「昔、タツや雅と知り合う前は、よく二人で遊んでたよね」
「うん。ほとんど友穂ちゃんに連れまわされてたけど」
「そ、そうだったっけー。あははは」
「野山に行って、竹を採ったりとか」
「んなことはしてない!」
「川で遊んだこともあったよね」
「うんうん、びしょびしょになって、怒られた記憶があるよ」
「他にもさ――」
私は歩く、二度ともどることない道を。これが最後だと分かりながら。
時間は十一時――。
****
「着いた」
思い出の場所。昔、二人で花火を見に来た時、見つけた場所。見晴らしのよく、花火が間近で見ることが出来る。そして、あまり人には知られていない。その証拠に、今、周りには誰もいない。
ちょこんとケン君が座った隣に座る。何も、言わない。気持ちの良い静寂が訪れる。
花火が上がる。赤、青、白、黄色。様々な種類の色が使われている。一つ、二つ。どんどんとあがる。
とても、綺麗だった。
しばらく、花火を眺め続ける。すでにラストスパートに入ったのか、花火はどんどんと打ちあがる。
「……ねぇ」
ケン君の口が開く。
「……なに?」
「……ずっと、好きでした」
爆音。花火が上がる。
「え、えええ? え、いま、なんて?」
聞こえなかったわけではない。信じられなかった。
「……もっかい、言わせるの?」
「あ、いい、いや、いいです」
「ん。……できたら、返事がほしいな」
「で、でも、わたしはもうすぐ……」
「……伝えないと、一生後悔する。そう、思ったんだ」
また、爆音。胸がしびれる。
「ケン君。……ありがと」
綺麗で、大きな花火が上がる。そして、ラッシュが止まった。
私は彼の前に行く。
ヒュルル、と風を切る音が聞こえた。
そして、一番の花火が満開になる。と同時に――。彼の唇に、私の透けた唇をあてた。
「……っ!」
花火は落ちていく。私も透けていく。もう、声は出せないけどそれでも伝える。
『ありがとう。好きです』
私の最期の視界は彼の――。
涙一杯の笑顔でした。
夏が、終わりました。
どうも、初めまして。作者です。
こんなだらだらと、読みにくい拙い作品でありますが
ここまで読んでくださってありがとうございました。
本当にありがとうございました!
感想を書いていただけたら、めっちゃ喜びます!