表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/8

第5話  聖マルグリット女学院




 セイントのテロ事件から一日が経つが帝都では大した混乱は起きていなかった。

 帝都では単に武装集団によるテロ行為とだけ報道され、警察や超常現象対策局が警戒を強化した程度で収まった。

 そんな事件が起きた事など、遠い世界での出来事のように帝都ではいつもの日常の様子が広がっている。

 帝都の一画に広大な敷地を持つ聖マルグリット女学院でもいつものように生徒が登校している。

 聖マルグリット女学院は世界に魔獣や召還獣などが現れる以前に建てられたミッション系の女子高である。

 ではトップクラスの学力を誇る名門校である。

 その聖マルグリット女学園の2年A組は昨日までの日常とは少し違った。

 いつものように登校して来た生徒は自分の席に一度ついて荷物を置いた後に友人らとHRが始まるまで雑談していた。

 この時に教室には昨日までにはなかった机が一つ増えている事を気にする生徒はいなかった。

 そして、HRが始まるとA組の担任の二階堂が入って来る。

 二階堂は大学を出たてくらいの若さであるため、生徒からの人気は非常に高い教師だ。

 いつものようにHRが始まると思いきや、その後からもう一人入って来る。

 黒い髪を腰まで真っ直ぐ伸ばし、赤い目をした少女だ。

 少女は修道女の修道服を模したこの学院の制服に身を纏っているが、生徒達は誰も少女には見覚えがない。


「紹介する。今日から君たちのクラスメートとなる、ノワール・レイヴァースさんだ」

「ご紹介にあずかりました。ノワール・レイヴァースです。この国に来てまだ間もないのでご迷惑をかける事もありますが、よろしくお願いしますわ」


 ノワールはそう言ってスカートの端を掴んで挨拶を行う。

 その一連の動作には洗練された美しさがあり、生徒は同性でありながら見とれてしまっていた。


「レイヴァースの席は一番後ろの空いている席を使ってくれ」

「はい」


 ノワールは二階堂の言われた通りに一番後ろで空いている席に向かう。

 その道中でチラチラとノワールの事を見ているが、当のノワールは気にした様子もなく、席に座る。

 ノワールが席に座ると二階堂はHRを始め、学院でも何気ない一日が始まった。

 だが、授業が終わるたびに、クラスの生徒はノワールの席に集まり質問攻めにする。

 その質問にノワールは全て丁寧に答えながら休憩時間が終わり、次の授業の担当の教師が来るまで質問攻めは続く。

 そうしている内にその日の授業は終わり、放課後となる。


「それでは私は少し用事がありますので失礼します」


 放課後にでもなれば珍しい転校生の噂を聞きつけた上級生や下級生、他のクラスの生徒も集まるが、ノワールは微笑みながら、クラスを出て行く。

 クラスを出たノワールは始めはゆっくりと歩いていたが、次第に速足となり学院の屋上に出る。

 屋上に出たノワールは屋上に誰もいない事を確認して、制服に入っていた携帯電話を取りだす。


「私だ」


 携帯でどこかに電話をかけたノワールは相手が電話に出るとそう言う。

 その口調は先ほどまでの柔らかい口調とは全く違い、赤い目も鋭くなっている。


「どうした? 何か問題があったのか? メア」

「問題? 何も問題がなさそうだからかけてるんだよ。馬鹿ハム」


 その相手はグラハム・レイヴァース。

 そして、ノワールは髪の色は違えとナイトメアその者であった。

 何故、ナイトメアがこの様なところに転校しているのかと言うのは遡れば昨日の事だ。

 デパートで負傷した静乃を連れて通報を聞きつけた警察に静乃を引き渡すと静乃は病院に搬送され、グラハムは警察で事情を聞かれた。

 ナイトメアは単独でデパートから離脱して、二人の隠れ家の帝都内でも最高クラスのマンションの最上階の部屋でグラハムの帰りを待っていた。

 事情聴取から帰ったグラハムはナイトメアにこの聖マルグリット女学園に転校生として入りこむように言いだした。

 すでに、学園側にはグラハムが転校手続きを行い、挨拶まで済ませて制服まで手配していた。

 後はナイトメアの目立つ赤い髪を黒く染めて赤い髪を黒く染めた事でフランス語で黒と言う意味のノワールと名乗るように言われたが、すでに転校手続きをしている為、初めからそう名乗らせる気でいた事は明白だった。

 ナイトメアの髪は真っ赤で目立ち過ぎる為、普段はこの国で最も目立たない髪の色である黒にさせるつもりだったのだろう。

 そして、ナイトメアはこの学園にいる間はグラハムの妹と言う設定になっている為、ファミリーネームもグラハムと同じレイヴァースとなった。

 いつもと態度が違うのはグラハムが勝手にノワールの設定としてフランスの名家の令嬢で黒い髪は日本人の血を継いでおり、兼ねてから日本に興味を持っていた為、兄の仕事について帝都に留学して来たと言う設定があるのでナイトメアはお嬢様キャラを演じなければならなくなった。

 普段の性格とは全然違うキャラで今日一日の質問攻めを乗り切ったが、ナイトメアの中ではストレスが溜まりっぱなしであった為、放課後と同時に質問攻めを回避してこうなった元凶のグラハムに電話をかけていた。

 自分のここでの設定以外の事は何も言わずに学院に放りこまれたが、自分達が帝都に来た理由を何かしらの関係があるのではないかとナイトメアも思い、休み時間の間は質問攻めを受けながらも校内を案内された時に考えたが、これと言って関係のある物は見つからなかった。


「なら問題はないな。俺もお前に構っている暇はない。切るぞ」

「その前に私がなぜ、こんな青春ごっこの様なおまま事としなければならん」


 ナイトメアにとっては学校生活になど何の興味もない無駄な行動でしかない。

 

「そうだな……強いて言えば俺がこれから恋愛ごっこをするからかな?」

「ほう……お前はそんなくだらない理由で私にこんな辱めを受けさせたのか」


 ナイトメアは危うく携帯を握り潰しそうになるが、何とか理性を保つ。

 

「冗談に決まってんだろ」

「ああ……そうだったな。お前はそう言うくだらない冗談が好きな奴だったよ」

「まぁ、たまには女子高生と言う物を経験するのも悪くはないって事だ。どの道加賀美に関する情報を得たらお前には存分に動いて貰う事になるからな」

「分かったよ」


 ナイトメアは女子高生の経験が何の意味があるのか、釈然としないが立ち場上、グラハムの決定に逆らう事も出来ない為、それで納得する。


「それよりも、昨日話した事はどうだった?」

「セイントの件か……お前の言った通り少々キナ臭いな」


 ナイトメアは昨日の内にセイントの違和感をグラハムに伝えている。

 そして、グラハムは自分の情報網を使って調べて来たようだ。


「その件もあってか近々、バジルが帝都に来るみたいだ」

「あのスケコマシがか?」


 ナイトメアはバジルと言う人物の名を聞いた途端にあからさまに不機嫌となる。

 

「そう嫌うなよ。アイツはあれで少しは使える男だ」

「お前から見ればそうだが、私はアイツの事は好かん」


 過去に何があったのか、ナイトメアはバジルと言う男の事を心底嫌っているのが分かる。


「お前がどう思っていようと関係ない。バジルが来てもお前は下手に動くな」

「その位分かっている」

「なら良い。用がそれだけならそろそろ切るぞ。俺は静乃を口説きに行かなきゃならんからな」

「しっかりとフラれて来い」


 ナイトメアはそう言うと電話を切る。


「全く……馬鹿ハムが」


 ナイトメアはそう言い捨てて、マンションに帰宅する。








 帝都総合病院は帝都で最大の総合病院である。

 昨日の戦闘で負傷した静乃もここに搬送されて現在は治療の為、入院している。


「姉さん……私の怪我の事なんだが……」

「駄目」


 静乃は宮乃の召還獣の能力で怪我を治して貰おうと頼むが、命に別状もなく後遺症も傷跡も残らないと医者に言われた為、治す事を断った。

 宮乃の召還獣のちぃの治癒能力は凄まじく、生きてさえいれば大抵の傷、それこそ腕がもがれても腕を再生して治癒が可能とされている。

 だが、その治癒能力も使い続ければいずれはその能力に頼った無理な戦いに走りかねない為、戦闘時以外ではその能力を使わないと誰から死ぬ場面でしか宮乃はちぃの治癒能力は使わず自然治癒するように心がけている。


「静ちゃんも嫁入り前の大事な体なんだから、余り無茶な事はしちゃ駄目よ」

「ごめん。姉さん」


 外との連絡が取れない状態だったとは言え、単独でナイトメアと交戦し、あまつさえ民間人のグラハムを戦闘に巻き込んでいる為、返す言葉もない。

 宮乃からグラハムらしき人物は無事に保護されて警察で事情聴取を受けている事は聞いている。


「分かったら、暫く病院で反省してなさい」


 宮乃は余り怒るタイプではないが、今回のように静乃が一人で無茶をした時は有無を言わさないで静かに怒る。

 今も顔には出さないが無茶をした事に怒っているのだろう。

 静乃は宮乃の無言の圧力に耐えかねていると病室のドアがノックされる。

 まだ、医者が回診に来る時間ではないため、見舞の客だろうと静乃は予測し、宮乃がドアを開ける。

 大かた龍之介か京子辺りだろうと思っていたが、その予測は外れる。


「レイヴァースさん……」


 そこには昨日会っていたグラハムが立っていた。


「知り合いなの? 静ちゃん」

「ああ……うん」

「良かった。入院されたと聞いて心配していたんですよ。後、これお見舞いの差し入れです」


 グラハムは笑顔でそう言い、持って来ていた箱を宮乃に渡す。

 中にはケーキが6つ入っている。


「ご家族でと思ったんですが、6つで足りますかね?」

「これはどうも、ご親切に。うちは私と妹の二人だけですので十分ですよ」

「(二人……加賀美は娘と一緒にいないのか? それとも情報が外部に漏れないように娘に口止めをしているのか……まだ判断は出来ないか)それは良かった」


 グラハムがそう言い、宮乃は机にケーキの入った箱を置いて、静乃に詰め寄る。


「静ちゃん。あの人とはちょっとして静ちゃんの彼氏? いつの間にあんな人を……」

「いや……姉さん? あの人とはそんな関係では?」

「わざわざ入院して昨日の今日でお見舞いに来てくれるなんて良い人じゃない。あのケーキも並ばないと買えないお店のだよ」


 宮乃は大きな勘違いをして、静乃は訂正しとうとするも、宮乃の勢いに負ける。


「それじゃ私は用事があるから後はお願いしますね」

「姉さん!」

「任せて下さい」


 静乃の制止を無視して宮乃は病室を出て行き、グラハムはにこやかに宮乃を送り出す。

 宮乃がいなくなると、グラハムは病室の椅子を静乃の近くに寄せて座る。


「昨日は済みませんでした」


 座るとすぐにグラハムは静乃に頭を下げる。


「私の立てた策が役に立たなかったが為に加賀美さんに怪我を負わせてしまって」

「お気になさらず……私の方こそ、レイヴァースさんの教えて頂いた情報で何とか戦えました。それなに肝心なところで……」


 確かに静乃はグラハムから得た情報で能力で勝るナイトメアとほぼ互角に戦う事は出来た、だが最後の策を仕損じた事に罪悪感を覚えるが、実際のところ最後の策はグラハムはナイトメアのスペックからあの程度では戦闘に何の支障もない事は分かり切っていた為、静乃は罪悪感を覚える必要は全くないのだが、静乃はそれを知らない。


「そんな事なないですよ。情報屋なのに情報不足などあり得ないミスです。その結果として女性の体を傷つけてしまうなんて……」

「それは私の力量不足です」

「それでも情報不足であった事には変わりはありません」


 静乃はこのままでは一向に平行線で終わる為、妥協点を探す。

 グラハムがナイトメアの能力を把握しないなかったのと、自分の実力が足りなかったのは両方が事実でどちらかが悪いとは言えない。


「では、おあいこと言う事でどうせでしょう。結果として私も助かりました事ですから」

「本当に申し訳ない」


 最後にグラハムが改めて頭を下げる。


「ところで先ほどの方はご家族で?」

「姉です」

「お姉さんですか。綺麗な方ですね」

「良く言われます」


 生まれた時から一緒にいた静乃は何度も同じ事を言われている為、今更気にしないと思っていたが、面と向かって言われると少しさびしいものを感じる。

 双子であり、常に同じ学校であったため、宮乃が男子の間で人気のある事は知っている。

 静乃は昔から姉を守るために剣道を習い、余り女らしい事はしていなかった。

 そのせいもあって宮乃の女の子らしさは際立ち、男子の注目の的であった。


「美人姉妹と言ったところですね」

「美人姉妹ですか……」

「ええ、美人姉妹です」


 静乃は余りそう言う事は言われ慣れていない為、恥ずかしくなり顔を反らしてしまう。

 その空気に耐えられないのか、別の話題を探す。


「レイヴァースさんは御兄弟は?」

「私には年の離れた妹が一人います」

「そうですか。年が離れていると余計に可愛いでしょうね」

「そんな事はありませんよ。最近は生意気になって来ましたからね」


 その後もグラハムは探りと入れつつも静乃から信頼を得るために、適当な嘘を交えながら雑談を行い適当なところで引き上げた。


「結果は上々か……」


 総合病院を出たグラハムは煙草を咥えて空を見上げる。

 今回は、余り有益な情報が得られた訳ではないが、静乃の反応を見るに完全に信用を得た訳ではないが、グラハムの立ち位置は知人程度にはなっている。

 後は何度かあって信頼を少しづつ得て行けば言いだけだ。

 すでにグラハムは17年も費やしているのだ、今更数年をかけたところで何の問題もない。

 グラハムは次の段取りを考えつつ、隠れ家のマンションへと帰っていく。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ