第3話 情報屋グラハム・レイヴァース
超常現象対策局第3班との戦闘を中断し、追尾を撒いたナイトメアは帝都内にあるファミレス『ベニーズ』に来ていた。
店内に入るとナイトメアは店内を見て目的の人物を見つける。
「見つけたぞ。馬鹿ハム」
「その略し方はやめろと言っているだろう。メア」
その人物は昼間に静乃に犯人は女だと言い残した自称情報屋の青年グラハム・レイヴァースだ。
グラハムの座っている席にはパフェの空き容器がいくつも置かれている。
恐らくは全てグラハムが食べたのであろう。
「旨そうな名前じゃないか。お前は食えない奴だから丁度良い」
ナイトメアはグラハムの対面にどすっと座る。
そして、その顔は上手い事を言ったかのように勝ち誇っている。
「それに訂正するのはそこか」
「馬鹿と言われて怒る奴は自分が馬鹿だと自覚している。だから図星を刺されて怒る。だが、俺は自分の事を馬鹿だとは思っていない。だから、馬鹿と言われても何も思うところは無いのさ」
「まぁ、そんな事はどうでも良い。電話での話は本当何だろうな?」
「本当だ。お前相手にこんなつまらない嘘をついても何の得にもならないからな」
グラハムがそう言うとナイトメアはメニューを手にして店員を呼ぶ。
「ここに乗っている料理を全て持って来い」
「私もスーパーデラックスパフェを追加でお願いします」
流石にナイトメアの注文の仕方に店員は驚くが、すぐに確認を取って下がる。
「まだ、食うのか?」
「糖分は脳に必要だからな。俺はお前と違って頭脳労働の担当だからな。そんな事よりも、電話している時は戦闘中だった様だが、ターゲットの女の召還獣はお前なら瞬殺出来るレベルの相手だったが? お前がいつも見たいに遊んでいても時間のかかる相手ではないだろう?」
「あれは別の連中だ。私達の他にあのババァを探している奴らがいたからな。少し遊んでいたんだよ」
「そいつらの特徴は?」
「ビリビリ眼鏡に牛乳女、それと獅子男にあの坂下京子もいたな」
ナイトメアはあやふやで抽象的な事を言うが、付き合いの長いグラハムは大体、言いたい事は理解出来る。
そして、ナイトメアの言った人物が誰なのかも理解出来た。
「そいつらを殺したのか? 特にビリビリ眼鏡と牛乳女だ」
「いや、お前の電話が後3秒遅かったら、ここにその二人の首を出せたぞ」
「なら良い」
取り合えず、ナイトメアがビリビリ眼鏡こと静乃と、牛乳女こと宮乃を殺していない事に安堵する。
もしも両方殺していた場合、グラハムは帝都に来た意味がなくなるからだ。
「今後もその二人と交戦しても絶対に殺すな」
「それは構わんがどうしてだ?」
「そいつらは加賀美の娘達だ。牛乳女の方が姉の宮乃でビリビリ眼鏡の方が妹の静乃」
「成程、わざわざこんなところまで来た理由がそれか」
ナイトメアもようやく、グラハムが帝都に来た理由を理解する。
元々、日本は召還獣や魔獣の研究は後進国で召還者のレベルも高くない。
ナイトメアとしては弱い奴ばかりの日本に来るのは退屈だったが、その理由には納得がいく。
「それでお前はどうする? その娘に接触するのか?」
「すでに妹の方には接触したよ。古典的な方法だったけどね」
昼間、グラハムが若者に絡まれていたのは偶然と言う訳では無かった。
若者はグラハムが金を払い、静乃が通りかかるタイミングを見計らい、グラハムに絡んでいた。
「手が早いな、しかし、成程……姉妹の内、トロそうな牛乳女よりも妹のビリビリ眼鏡を狙うとはお前はまさか、眼鏡萌えか? それともまさか、妹萌えか? だったら、私もお前の事はお兄ちゃんと呼んだ方が良いか?」
「黙ってろ」
ナイトメアがそう言っているとグラハムは機嫌が悪くなる。
ナイトメアもこれ以上、グラハムをおちょくれば本気で切れかねない為、止めておく。
二人の間の空気が悪くなるが、そこでナイトメアの注文した料理がやって来る。
ナイトメアはこれ幸いと料理にかぶり付く。
「俺が妹の方にしたのは単にやり易いからだ。姉の方は一見トロそうに見えるが、あの手の奴は天然が入っていて上手いくらいにかわすからな。一方の妹のはしっかりしてそうだが、男の経験は無いだろう。あの双子なら確実に妹よりも姉の方が男受けが良い。そう言った場合、本人の自覚があるにしろ無いにしろ、女として姉にコンプレックスを持つケースが多い。だったら俺はそこに付け込めば落とすのも簡単だ。そうすれば加賀美の情報を引き出すのも容易となる」
「お前、童貞の癖に分かってるじゃないか。だが、その内女に刺されて死ぬぞ」
「言ってろ。刺されて死なない事くらいお前も知っているだろ」
「まぁな。だが、絶対に刺される。てか、刺されろ」
ナイトメアはそう言って、不機嫌そうに肉にかぶりつく。
すると、グラハムの携帯が鳴る。
「噂をすればかな」
携帯に出されている番号は登録されていない番号だが、相手が誰かのかは大体想像がつく。
「もしもし」
「加賀美です」
案の定、話に出来た静乃だ。
「これは加賀美さんでしたか」
グラハムは先ほどまでとは明らかに口調や態度を変えて話す。
そんなグラハムを見て、ナイトメアは目を細める。
「こんな時間に済みません」
「いえ、お構い無く」
「貴方に少し聞きたい事があります。明日、時間を作れないでしょうか?」
「ええ……作れますよ」
グラハムの予定通り、静乃は自分に興味があるのか、それとも事件の事で聞きたい事があるのか向こうから接触をしようとしている。
「では、明日会って貰えないでしょうか? 時間と場所はそちらの都合の良い時間と場所で構いません」
「そうですね……では、明日の午後3時に中央通りデパートのそうですね。1階のロビーで待ち合わせと言うのはどうでしょう?」
「分かりました。それで構いません」
「ではお待ちしています」
グラハムは電話を切る。
「予定通りと言う訳か」
「まぁな。後は静乃から加賀美の情報を引き出す為に信用を得るだけだ」
「信用ね……私の中ではお前はこの世で最も信用しては行けないランキングで殿堂入りしているぞ」
「言ってろ。お前も念の為にデパートの中で待機していろ」
予定通りの行動ではあるが、静乃が単独で来るとは限らない。
最悪の場合、すでにグラハムとナイトメアの繋がりを知った上で接触して来た可能性も考えられる。
その場合は武力衝突になった時にナイトメアの力が必要となって来る。
「仕方がないな」
ナイトメアはあくまでも偉そうにしながら、そう言い店の全メニューを完食した。
翌日、グラハムは指定したデパートで静乃と待ち合わせをしている。
すでにデパートの見取り図を頭に入れて何が起きても良い様に対策を取っている。
その一環としてナイトメアがデパート内で待機もしている。
後は静乃が来るのを待つだけだ。
「済みません。お呼び立てしておいて待たせてしまいましたか?」
「私も今来たところですよ」
グラハムは静乃に対して決まり文句で返す。
実際はデパートの開園と同時にやって来て内部にいろいろと準備をしていた。
「そうですか」
「ここで話すのは何ですから、お茶でもしながら話を聞きましょう」
「そうですね」
グラハムは予定通りに、静乃をデパート内の喫茶店に誘導する。
二人は喫茶店に入り店員に席に案内されると対面に座る。
静乃の後の席にはナイトメアが座っている事に気付いたグラハムは流石にひやっとした。
ナイトメアはサングラスと帽子を被ってはいるが、その特徴的な赤い髪は全く隠してはいないため、店内では目立っている。
幸い、静乃は席についても気づく事は無いが、グラハムには気が気でない。
「それで、私に聞きたい事は?」
「昨日、私に言いましたよね。犯人は女であると……なぜそう思ったのですか?」
静乃の質問はグラハムの予想の範疇であるため、グラハムは事前に用意していた回答を話す。
「あの事件で対策局の見解には不備があるんですよ」
「ほう……聞かせてくれ」
静乃は自分達の捜査に不備があると言われて面白くはないが、実際に見当違いな推理を行い、グラハムは犯人は女だと言い当てた以上、黙って聞く。
「まず、誘拐事件と言う前提が間違っています。犯人が被害者を誘拐するのであれば、現場に遺留品を残す事はあり得ない。そんな事をすれば事件性が疑われて警察が動きます。その理由が性的な目的なら尚更です。被害者は皆自立した女性だ。一日二日、仕事を無断欠席しようとも勤務態度にもよりますが、事件に巻き込まれたなど思わないですからね。そして、事件の起きる間隔が短い。最短で一日だ。性的な目的ならどんな事をすれば一日で別の女性を拉致しないといけないのか、私には分かりかねます。尤も、それは犯人が複数犯であるのならば、女の数が足りないで説明は付きますけどね。そして、犯人の守護獣が風属性であるのならば、現場しか痕が残らないのはおかしい。ひきずらずに運ぶ手段があるのなら、痕を残さないで移動出来るのにそうしない。逆に出来ないのであれば何故、痕が途中で消えているのかと言う事になる。つまり、被害者は拉致されたのではなく、その場でいなくなったと考えるのが自然となります。よって誘拐事件と言う線は無くなります。次に私が犯人を女と断定出来た理由は簡単ですよ。私は犯人に心当たりがあったからです。被害者の共通点はOLと言うだけではなく、被害者の女性が務めていた会社の入っているビルのどこかのフロアは必ず、同じ清掃会社に清掃を依頼している。となれば、その清掃会社の社員が怪しい。性別を判断出来たのは被害者の女性のもう一つの共通点は被害に会う少し前にいずれの女性も恋人が出来るや結婚の話やその他女性としての幸せが舞い込んだ人ばかりだ。となると、男よりも女の方が同じ女として嫉妬した可能性が高いと思っただけの話です」
静乃はグラハムの言葉に聞き入っている。
グラハムの言っている事には説得力がある。
尤も、グラハムの推理は全て、終わった後に得た情報から組み立てている為、完全にイカサマな推理だ。
「成程……貴方の情報収集能力は確かなようですね。それを見込んで聞きたい事があります」
「何なりと」
「赤髪の死神の情報は何かありませんか?」
静乃がそう言うと静乃の後のナイトメアが反応して、静乃に気づかれないようにこっちを見ている。
「赤髪の死神……ああ、首狩りナイトメアの事ですね」
「首狩り?」
聞き慣れない単語が出て来て静乃は首を傾げ、後のナイトメアは不機嫌な顔をする。
赤髪の死神とは違い、そちらの異名はナイトメアは余り好きではない事を知っていてわざとその異名をグラハムは口にしている。
「首狩りナイトメアとは彼女は敵を殺す時に確実に首を刎ねて殺す事から付いた異名ですよ。裏ではそっちの方で通ってます」
静乃も昨晩の戦闘でナイトメアは犯人の首を刎ねて殺した事を思い出す。
ナイトメアは敵を殺す時には首を刎ねるようにしている。
守護獣の中には召還者に影響を及ぼすタイプの能力を持っている事もあり、普通に殺しただけでは死なない場合がある。
その時でも首を刎ねて置けば死なずとも命令を出す脳と実行する体を切り離す事が出来る。
「それで彼女の情報ですか……ありますよ」
「出来る限り教えて下さい」
「構いません。まず、彼女の本名は分かっていませんね。ナイトメアで通っています。趣味はアニメ観賞とネット、裁縫、彼女の服はアニメのキャラの服をイメージして自分で作った物です。普段の行動や書店や専門店、ゲームセンターなどに入り浸っています。好きな食べ物は肉類、嫌いな食べ物は野菜類。性格は自己中心的で自分が世界で一番だと地で思っています。それから……」
余り意味の無い情報を話すグラハムを静乃は一度止める。
「何ですか? これから身長、体重、スリーサイズに性感帯の話に移りたいのですが」
「私が聞きたいのは彼女の戦闘能力やその辺りに話なんですが……」
流石にナイトメアのプライベートな情報をすらすらと出て来る事には少し引いたが、それ程までの情報収集能力を持っていれば戦闘能力の情報も期待は出来る。
「分かりました。一言で言うと規格外と言うところですね」
「規格外ですか……」
「はい。彼女の守護獣は闇属性の『デスサイズ』……武装型の召還獣です。能力は空間断絶、武装型は使用者の技量が物を言います。彼女は見かけこそは10代半ばの少女ですが、その身体能力は規格外で地属性の召還獣と正面切って受け止める事が出来、雷属性の速さに対応出来、風属性の隠蔽能力を感覚で破る事が出来ると言った事が確認されています。それに召還獣を使えば光属性の防御力も意味を成さない。たまに炎を使うと言う話も聞きますが、彼女の召還獣は闇属性で炎は使えません。一人の召還者が複数の召還獣を持つ事も召還獣の属性が二つ存在することもあり得ませんので現状では不明としか言えませんね」
情報を聞けば聞くほど、ナイトメアの能力は規格外である事しか出て来ない。
「そんな彼女に欠点があるとすれば、彼女は生粋の戦闘狂でありながら、自分の能力に絶対の自信を持っていると言う事でしょう。高い能力を持つが故に全力を出せば戦いを楽しむ事が出来ないので常に手を抜いて戦う事が多い。そこに付け込めば勝機はあるかと」
確かに昨晩の戦闘もナイトメアはその気になれば大蛇をすぐに倒す事が出来るのにそれをしなかったようにも見える。
後から聞いた話ではナイトメアは自分の傷を治す時間を待っていたかのようだったらしい。
「参考になりました。情報料の方はどうすれば?」
「結構ですよ。私は貴女の様な美人からは情報料を取らない主義ですので」
グラハムはそう言い、爽やかな笑みで静乃を見つめる。
余り褒められる事に慣れていない静乃は顔を赤らめる。
「ご冗談を……」
「私は情報屋ですよ。情報屋にとって信用は重要です。そして嘘はその信用を損ねますので付かないように心がけています」
「レイヴァースさん……」
静乃は顔を赤らめながらも困惑しているが、グラハムの予想外の事態が起きる。
喫茶店に白いコートに身を包んだ男達がマシンガンを構えて入って来たのだ。
「全員動くなよ!」
男たちは天上に向けて発砲する。
それと同時に静乃はグラハムの手を掴んで机の下に身を隠す。
「テロか?」
「彼らは……セイントですね」
「知っているのか?」
「ええ……あのコートの背中の十字架の紋章はセイントの物ですね。でも日本では活動はしていなかった筈ですが」
グラハムには彼らのコートに書かれている紋章には見覚えがあった。
「どう言う連中だ?」
「狂信的な宗教団体ですよ。召還獣を魔獣と同系列の物だと判断して、召還者を悪魔憑きと言って排除している連中です。主にヨーロッパとかその辺りを縄張りにしていた筈なんですけどね」
セイントとはグラハムの言う通りの宗教団体である。
召還獣を魔獣と同系統の悪魔とし、召還者を排除する活動をしている。
ヨーロッパなどを中心に活動をしており、召還者によって結成されている召還者協会とは犬猿の仲で常に勢力争いをしている。
召還獣の研究の後進国の日本にはまだそのどちらの勢力も来ていない筈だった。
(俺の知らないところで何かが起きているって事か?)
情報戦に長けていると自負しているグラハムですらこの事は知らない。
「くそ、電波が通じていないだと?」
静乃は自分の携帯と通信機で外と連絡を取ろうとしているが、どうやら通じないようだ。
(こいつらは見た感じ下っ端の雑魚だが、対魔師が出て来ると面倒だ。聖騎士クラスが出てきたら最悪だ)
セイントには対魔師と呼ばれる対魔獣、召還獣に長けた者達がおりその中でも高い能力を持ったエクソシストは聖騎士と呼ばれている。
対魔師が相手なら少し面倒だが、どうにかなるが流石にナイトメアでも聖騎士クラスが出てくれば苦戦は必至だ。
(どうするか……静乃をここで殺される訳にはいかないんだがな……メアに始末させるか)
「レイヴァースさん、私は彼らを制圧します。貴方はここで隠れていて下さい」
(ちっ、余計な真似を……)
グラハムとしては静乃は加賀美を探すために必要な人材だ。
この場はナイトメアに片を付けさせるつもりだったが、どうやら静乃はこう言う場面でじっとしているタイプでは無い様だ。
「私も同行します」
「危険です」
「私には戦う力は無いですが、情報と言う武器があります。それに彼らの事も多少なりとも情報を持っています。足手まといにはなりません」
そこまで言われれば静乃も無下には出来ない。
実際、グラハムの情報収集能力は高い。
「それに女性にばかり戦わせるのは男としてじっとしてられませんよ」
「……分かりました。私から離れないようにしてください」
余り、気は進まないが、グラハムも大人しくしているようには見えない。
その為、渋々了承する。
こうして、グラハムと静乃はセイントを制圧するために行動を開始する。