第1話 赤髪の死神
西暦2XXX年、ある日突然、世界各地で後に魔獣と呼ばれる異形の怪物が現れ、世界は大混乱となった。
魔獣は近代兵器を寄せ付ける事なく、その猛威を振るった。
人類は魔獣の脅威に怯え、ただ絶滅を待つだけかと思われたが、ある特定の人間から魔獣に対抗出来る力に目覚める者達が現れた。
その者達は、自身から様々な姿をした守護獣と呼ばれる物を召還し、それを召還出来る者は召還者と呼ばれるようになる。魔獣に対抗する事が可能となった。
それから数十年、人類と魔獣との戦いは続いている……
魔獣の登場から数十年、世界各地の都市はエリアとして都市を区切りに魔獣の入らないように外壁を立ている。
現在では日本の首都は「東京」から「帝都」と改名されている。
すでに日が沈み、帝都の外壁に一人の少女が帝都を見下ろしている。
年は10代の半ば、赤い髪に赤い目をして、腰まで伸びた赤い髪を風になびかせている。
髪や目と同じ真っ赤のドレスを身に纏う少女は帝都を見下ろすとニヤリと笑う。
「ここが帝都……精々、この私を楽しませてくれよ」
赤髪の少女はそう言い、外壁から帝都へと飛び降りる。
この少女が帝都を訪れる事により、帝都を震撼させる事件の幕開けとなる。
その日の帝都は朝から警察が騒がしいかった。
昨晩、帝都にいくつも設置されている公園の近くで女性の悲鳴が聞こえ、近隣住民からの通報で警察が急行した。
公園には女性の物かと思われるバックと片方だけの靴が落ちており、警察は近隣住民から聞きこみを始めるがこれと言った、成果を上げる事が出来ないでいた。
世が開けると夜の間は暗かった為、良く見えなかったが、公園内に何か巨大な物を引きずったような後が残されていた。
それにより、警察は超常現象対策局を招集した。
超常現象対策局は魔獣や召還獣の存在により起きる超常現象を専門に扱う専門家だ。
今回の事件は魔獣、もしくは召還獣による犯行である可能性が高い為、専門家を呼ぶ事となる。
「超常現象対策局の坂下です」
「同じく、高野っす」
警察によって現場保存の為に封鎖されていた公園に一組の男女が車から降りて来る。
女の方は20代半ばでスーツを着こなしているキャリアウーマンの様な女だ。
坂下京子、超常現象対策局第3班の班長で、日本でも指折りの召還者だ。
もう一人の男は20代前半の男だ。
高野龍之介、超常現象対策局の新人で京子と組む事が多い。
現場に到着した二人は現場の刑事に案内される。
「京子さん……これって」
「ええ……今回もね」
二人は現場を見てそう言う。
すでにこの手の事件はここ一月の間に何件も起きており超常現象対策局は警察の協力の元、独自に捜査を進めていた。
現場の状況から、今回も同一犯の犯行であると思る。
「また、犠牲者が出たわね」
「警戒は強めておいたんですけどね」
超常現象対策局の方でも警戒はしていたが、その甲斐もなく新たな犠牲者が出てしまった事を悔む。
「ここで言っていても仕方がないわ。取り合えず戻って対策を練りましょ」
京子と龍之介は警察の方に現場を任せると、対策局に帰っていく。
超常現象対策局は日本政府が魔獣や増え続ける召還者が起こす犯罪の対策の為に設立された組織である。
立ち場としては警察の特殊部隊と言う位置付けとなっている。
各エリアに複数の班を配置し、活動している。
ここ帝都はその中でも高い能力を持つ召還者が集められている。
現場で今回の事件も今までのと同一犯である事を確認した京子と龍之介は超常現象対策局第3班の詰め所に帰って来ている。
帝都の都心の一等地のビル一つが第3班の詰め所だ。
ビルの中には3班の隊員の宿舎や作戦会議室、その他の施設が揃っている。
そして、京子は3班の実働隊のメンバーを招集した。
3班の実働隊のメンバーは京子と龍之介以外に3人いる。
龍之介と共に前線に出る事の多い加賀美静乃。
静乃は龍之介の幼馴染で、黒い髪をポニーテールで纏めている。
メガネとその奥のキリっとした目が特徴的だ。
2人目は静乃とは双子の姉にあたる加賀美宮乃だ。
宮乃はキリっとしている静乃とは対照的でおっとりとした感じの女性だ。
最後は実働隊で唯一、守護獣を持たない一宮和だ。
和は戦闘要員ではないが、実働隊のバックアップ要因となっている。
集められたメンバーは京子と龍之介が昨晩の事件の現場に行った事は知っている為、招集された理由も見当はついている。
「みんなに集まって貰った理由は分かっているわね。昨晩の事件も今までの行方不明事件と同一犯による物だと判明したわ。被害者は新庄明美、28歳、帝都内に勤めているOLね」
京子は会議室のホワイトボードに被害者の写真を止める。
「犯行時刻は昨晩の10時過ぎ、犯行現場は今までと同じ公園、目撃者は今のところいないわ」
「またですか」
「と言う事は現場にはあの痕以外は手掛かりはなかったと言う事ですか?」
加賀美姉妹の質問に京子は頷く。
今までの事件も時間帯としては同じ時間帯で場所は違うけれど、公園やその付近で起きており、目撃者もいない。
そして、現場には被害者の遺留品以外に地面を引きずったような跡が残されている。
更に言えば、被害者は全て20代のOLだ。
「そこから導きだす犯人像は犯人の性別は男、犯行理由は性的な目的と推定されています」
和が今までの事件の情報から導き出されている犯人像を説明する。
「性別はともかく、何で理由が性的だって推測出来るんだよ」
「今までの被害者のOLの共通点は皆美人だってところだよ。同じ時間帯に出歩いていたと思われるOLでお世辞にも美人と言い難い人や普通の人は被害にあっていないからね。尤も、OLばかり狙うのは犯人がOLフェチだからなのかも知れないけどね」
和は冗談交じりにそう言う。
実際、個人の好みの差はあるが被害者は全て美人に分類出来る。
「現場に残されている何かを引きずった様な痕は被害者自身か、被害者を入れた袋を引きずった痕だと思います。今まで犯行の目撃者がいないところから見ると、犯人は風属性の守護獣を所持している可能性が高いです」
「風属性の守護獣……班長の守護獣と同タイプと言う事か……」
研究により守護獣は幾つかの属性に分けられる事が判明している。
その中では風属性に分類される守護獣は風を使った攻撃を得意とし、風を使った索敵能力や隠蔽能力に長けた守護獣が多い。
その能力を使えば、被害者以外の人が周りにいない時を見計らう事も誰のも目撃されずに被害者を拉致して逃亡する事も可能だろう。
「だとすれば厄介ですね。能力次第では監視カメラの映像も誤魔化せちゃいますよ」
「だが、それだけの隠蔽能力を持つとすれば守護獣自体の戦闘能力は差ほど、高くない。犯人を見つける事が可能であれば私か龍之介の守護獣でどうにでも出来るのだが……」
最大の問題はどうやって見つけるかとなる。
「班長、提案なのですが、そろそろ私が囮になるのはどうでしょう?」
「でも危険だよ。静ちゃん」
「しかし、これ以上犠牲を出す訳にはいかない」
前から静乃によって提案されていた作戦だ。
犯人の好みに合うかは賭けだが、静乃が囮となり犯人を誘き出すと言う事だが、犯人の守護獣の能力が分からない以上、危険だと言う理由で京子に却下されている。
「……確かにこれ以上、犠牲を出す訳にはいかないわね。それで行きましょう」
京子としてもこれ以上犠牲者を出す訳にはいかない。
部下を危険に晒すのは進まないがやるしかない。
「それじゃ、作戦を練るわよ」
単純な囮作戦だが、細かい取り決めを決める事で少しでも犯人逮捕の可能性を上げるために作戦を練る。
「大体、こんな感じね。各員は自分の役目を把握し、自体に備えて頂戴」
作戦会議が終わり、京子が会議室を出ると一同は一息つく。
「本当に大丈夫? 私が変わろうか?」
「私は問題ない。それに犯人が召還者であるとすれば、姉さんよりも私の方が適任だ」
「それはそうだけど……」
宮乃の召還獣は戦闘向きの能力ではないため、囮役は静乃となったが、姉としては妹が危険な目に合うのは気が気で無い。
「犯人もそうだけど、隣のエリア2で赤髪の死神が目撃された様だね」
「何だそりゃ?」
「赤髪の死神ってのは所属不明の召還者の事だよ。真っ赤な髪に大きな鎌の守護獣を持っているからそう呼ばれているんだよ」
「鎌? 私と同系統の召還者と言う事か」
召還獣には基本的に生物などの姿を模した形が一般的だが、稀に武器の形の召還獣を召還する召還者がいる。
静乃もその召還者の一人で通常の召還獣とは違い、召還した武器を自分、または別の人間や召還獣が使用すると言う形で使用される。
その召還獣を一般的に武装型と呼ばれる。
武装型は単体では武器でしかないため、使用者の能力も戦闘能力に反映される。
「その赤髪の死神は魔獣を狩る事もあるけど、召還者を召還獣ごと狩る事もあるらしい。すでに局に所属している召還者もやられたって話だ。隣で目撃されたって事はこっちに来てるかも知れないから注意しておいた方が良いよ。相当な実力者って話だからね」
「ああ。気には留めておこう」
静乃はそう言い席を立つ。
「気分転換をして来る」
流石に作戦の前だけあってか、静乃も少しは緊張をしている。
その為、作戦時間までの時間の合間に外の空気を吸いに出かけた。
気分転換に出かけた静乃はアテがある訳でもなく適当に街を歩いている。
この街のどこかに連続誘拐犯が潜んでいると思うと自然に肩に力が入る。
すると、道路脇の路地で何やら揉めている声が聞こえ、静乃は何気なくその方向に目を向ける。
そこには数人の若者が誰かを囲んでいる様子が見える。
囲まれているのは薄い金髪の男だ。
年は自分と同じ位でスーツを着ているところからサラリーマンであろうと思うが、対する若者のガラはお世辞にも良いとは言えない。
話声は余り聞こえないが、男の方が少し困惑気味である事から、おおよそ見当がつく。
恐らく、若者が男に絡んでいるのだろう。
どこで、誘拐犯が見ているか分からない状況で目立った行動は避けるべきだが、目の前で困っている人がいる以上静乃はそれを無視することは出来ない。
「おい。何をしている」
静乃は若者達にそう言うと若者達は、静乃の方を向く。
「何だ? お前?」
「何をしていると聞いて言る」
静乃は更に威圧を込めてそう言う。
若者は答える前に静乃に掴みかかろうとするが、若者は掴もうとした手を掴まれて、足をかけられてそのまま一回転して、地面に背中から落ちる。
その様子を見た他の若者は静乃に勝てないと思ったのか、捨てゼリフを吐いて逃げて行く。
「大丈夫ですか?」
「いやぁ。助かりました!」
男は助けた静乃の手を取ってそう言う。
「私はこう言う物です」
その手には一枚の名刺が握られていた。
静乃はその名刺を手に取って見る。
「グラハム・レイヴァースさんですか」
名刺には男の名前、グラハム・レイヴァースと書かれている。
薄い金髪や顔立ちから日本人ではないとは思っていたが、本当に日本人では無い様だ。
そして、名刺にはこうも書かれている。
「情報屋?」
「ええ! そうなんですよ。私は世界各地を渡りあるいて情報屋を営んでいましてね。助けていただいたお礼に、一つ良い事を教えて差し上げますよ。加賀美静乃さん。貴女方が追っている連続誘拐犯の正体は女ですよ」
グラハムは不敵な笑みと共に静乃にそう言う。
静乃は名乗っていない自分の名前を言った事よりも、自分達の追っている犯人が女である事の方が気になった。
「どう言う事だ。それは?」
「ここから先は有料ですよ。それではまた……」
グラハムはそのまま人ごみに紛れて行く。
静乃もすぐに追いかけたが、グラハムは人ごみを難なく進み、やがて完全に見失う。
見失ってすぐに名刺に書かれている番号に携帯で書けるがグラハムが出る事はなかった。
静乃はグラハムを探す事を諦めて詰め所へと帰っていく。
静乃がグラハム・レイヴァースと遭遇し、日が落ち静乃は囮作戦を敢行している。
いつもは着る事の無いスーツを見の纏い、静乃はOLに扮している。
そして、帝都内の公園をいくつも、渡り歩いて犯人が来るのを待っている。
「周囲に人の気配なし」
静乃は小型の通信機に周囲の状況を報告して歩いている。
数個目の公園に近づくと静乃は人影を見つける。
人影は公園の中心でうずくまっているように見える。
「公園内に人影を発見、近づいてみます」
「犯人かも知れないわ。慎重に注意してね」
「了解」
静乃は人影に近づく。
人影に近づくと、人影は女であると判別出来た。
年は30代後半から40代くらいでスーツを着ている事からOLだと思われる。
多少小太りではあるが、ひょっとしたら、誘拐事件の犯人に襲われたのかも知れない。
静乃は周囲の警戒しつつ、女性に近づく。
「大丈夫ですか?」
「ええ……大丈夫です」
女性は俯いたままでそう言う。
取り合えず、大丈夫なので一安心仕掛けると、不意に昼間グラハムに言われた事を思い出す。
犯人は女であると……
その事を思い出した静乃は直感的に後方に下がる。
すると、先ほどまで自分の居たところに巨大な蛇が顔を突っ込んでいる。
後に下がらなければ今頃静乃は蛇の腹の中だっかかも知れない。
そして、うずくまっていた女性はゆらゆらと立ちあがる。
「班長、どうやら私達は思い違いをしていた様です」
「どう言う事」
「犯人は私の目の前にいる女性のみたいです」
静乃は通信機の先にいる京子に状況を説明しつつ、警戒態勢を取る。
「貴女何者?」
「答える義理はない」
静乃は自身の召還獣『紫雲』を召還する。
静乃の紫雲は武装型で雷を帯びた刀だ。
紫雲を召還した静乃は紫雲を構える。
「まぁ良いわ。どの道貴女の様な美人な女は私の召還獣で丸呑みにしてあげるわ」
「今までの被害者は全て……」
「ええ……あんな女達はみんなこの子で丸呑みにしてあげたわ」
今まで被害者は誘拐された訳では無かった。
全て、女の召還獣の大蛇によって丸呑みにされていた。
つまり、被害者はすでにこの世にはいないと言う事だ。
「貴女を連続殺人の罪で拘束します」
「やってみなさいよ!」
大蛇は尾を静乃の方に叩きつける。
だが、静乃は常人離れしたスピードでかわす。
これが静乃の紫雲の能力だ。
雷の属性の召還獣の多くは機動力が高い。
紫雲は雷を帯びている為、その雷によって所有者の筋肉を刺激して活性化する事により身体能力を極限まで向上させる能力を持っていた。
「この小娘が!」
「静乃!」
今度は大蛇が大きな口を開けて静乃に突っ込むが、横から大蛇ほどではないが、大きな獅子が大蛇に飛びつく。
それが龍之介の召還獣『レグルス』だ。
レグルスは地属性に属し、地属性は特殊な能力は持たないが基本的な攻撃力と防御力が高い。
だが、大蛇は体をくねらせてかわす。
「ちっかわしやがった」
レグルスの攻撃をかわした、大蛇は召還者の女と共に闇に紛れる。
「くそ! 消えやがった!」
「落ち着け……班長、敵の召還獣は大蛇です。闇に乗じて狙って来る以上、二人掛かりでも不利です。救援頼みます」
「分かっているわ。私と宮乃が現場に付くまで持ち堪えて」
相手が大蛇であると言う事は闇の中でもこっちを捉える事は容易だ。
その為、2対1でも不利と言わざる負えない。
だが、索敵能力の高い召還獣を持つ京子が参戦すれば勝機はある。
京子は宮乃と和と共に少し離れたところで待機している。
ここに来るまで差ほど時間はかからないだろう。
静乃と龍之介は周囲を警戒するが、大蛇の尾で龍之介のレグルスを襲う。
「なんて攻撃力だ……あっちも地属性かよ」
「そのようだな」
レグルスに対しての一撃の威力から敵の大蛇もレグルス同様に地属性だと推測出来る。
「さて……どうするか……」
敵の位置が把握出来ない上に敵はこちらの位置を把握して攻撃してくる。
状況は厳しいが耐えるしかない。
静乃は周囲を警戒していたつもりだが、大蛇は音もなく静乃に接近して、大きな口を上げて静乃を今にも飲み込むかと言うところまで迫って来ていた。
「静乃!」
「しまっ!」
大蛇の接近を許してしまい、絶対絶命と思われたが、静乃の前に何かが降って来て、大蛇はそれをかわすために止まり闇に隠れた。
「何だ……鎌だと」
静乃の前には大きな鎌が地面に突き刺さっている。
どうやら、静乃を救ったのはこの鎌のようだ。
静乃は安堵するよりも前に、和が言っていた事を思い出す。
巨大な鎌の武装型の召還獣を持つ赤髪の死神。
「誰よ。邪魔しないで頂戴」
「邪魔する気は毛頭ない」
どこからともなく、声が聞こえる。
静乃と龍之介は周囲を見渡して声の主を探す。
「しかし、お前の様な醜い奴は見るに堪えないのでな」
「静乃! あそこだ!」
龍之介の指に先は近くの民家の屋根だ。
そこには暗闇でもはっきりと分かる赤い髪の少女が公園を見下ろしている。
「よって、私がお前を裁く。醜いと言う事はそれだけで罪だからな」
赤髪の少女は偉そうな態度で腕を組んでいる。
「トウ」
赤髪の少女は高く飛び上がると空中で数回回る。
「シュタ」
そして、静乃の前に突き刺さっている鎌の上に着地する。
「心して見るが良い!」
赤髪の死神はそう高らかに宣言した。