惹かれていく狼
俺は普段、人の多いところに何か行かない。人と群れること自体、好まないからだ。
どこへ行っても、女が見ていたり、話しかけてきたり、告白してくる。女が近づく理由は自分好みの容姿、頭のよさがほとんど。
二年になってから、俺の学校生活は変わった。今までと違う女が出てきた。名前は広瀬風音。周りの女達は少し近づいただけでうるさいくらいに騒ぐのに、あいつはそうするどころか、逆の行動をする。
どうやら男に強い恐怖心を抱いているらしく、俺と似ているなと思った。
あいつの怯えた表情が俺の嗜虐心を煽った。もっと見てみたいと思うのと同時に、興味を持った。
それから風音と話すようになった。話せば話すほど、俺の知らなかったことをどんどん知ることができる。
人に関心なんてなかったのに、自分から近づいていっていることに戸惑った。
あの日、あいつが俺の傍で寝ていて、落ち着いていた。
寝顔を見て、髪を撫で、頬を片手で包み込んだ。そんなことを何度もしていたら、風音は擦り寄ってきた。
起きたのかと思ったが、そうではなかった。小さな子どものようなしぐさに思わず笑みがこぼれた。
しばらくしてから起きて、そのあとは逃げ出したあいつを追いかけた。いや、待ち伏せをした。
「そろそろ来るだろうな」
俺の読みどおりに風音は現れた。俺を見たときのあいつの顔ときたら・・・・・・。
そのときはグッと笑わないように顔を引きしめた。
それから休日に一緒に過ごすことを約束させた。それは罰を与えるためではなく、新たな発見をしたかったから。
人にはさまざまな表情がある。あいつの表情はいくつか見てきたが、笑顔を見たことはなかった。
「どんな風に笑うんだろうな・・・・・・」
ぼんやりとそんなことを考えていた。その答えは約束の日にわかった。
いつも以上に話しかけてきて、はじめに動物に触れたときに明るく笑った。触れたときだけではない。花を見たときも笑っていた。
「想像以上だったな」
あんなに楽しそうに笑っていたのははじめてだ。それを知っているのは俺だけなので、こんなに嬉しいことはない。
鞄からカメラを取り出し、写真を見てみた。夢中になって、撮影をしていた。
笑った表情、驚いた表情、真剣な表情・・・・・・。
学校では見ることのなかった表情を見ることができた。
土産屋へ行ったときも笑顔を見せたりしていた。店にあったあるものに目を向けた。
「どうした?」
「呼んでいます」
誰がと思いながら、あいつが見ているものを目で追っていくと、そこには何種類もの動物のぬいぐるみが飾られていた。
「行くか?」
「はい!」
そのまま俺を通り過ぎて歩き出そうとしていたので、手をとって、俺が前に出て、ぬいぐるみのところまで歩いていった。
手を振り解かれることはなかった。俺はしっかりと手を握りなおした。
「お持ち帰りをしたい」
風音はうっとりとしていた。特に兎に心を奪われているようだ。
「この子達も・・・・・・」
他にもくまやコアラなども見ていた。ぬいぐるみから視線をはずしたかと思うと、値札を見ていた。
「どれがいいんだ?」
「その、迷っていて・・・・・・」
唸りながら再びぬいぐるみとにらめっこをしている。
「一つに絞らなきゃ・・・・・・」
「いいんじゃないか?複数で」
「でも、あまりお金を使いすぎるのは・・・・・・」
「どれが欲しい?」
「兎とくまが欲しいです」
「特別に買ってやる」
するとあいつは驚きながら、自分で払うと言ってきた。
「いいから人の好意に甘えろよ」
「はい、あの、ありがとうございます!」
勢いよく頭を下げてから、他の商品を見に行った。
「本当に小動物みたいだな」
風音の背を見て、そう思った。
今度は食べ物に目を向けていた。
「そんなでかい箱のものを一人で食う気か?」
「違います。家族のお土産です」
「本当に仲がいいよな」
「でも、ときどきお姉ちゃんと喧嘩をすることはありますよ」
「ちょっと意外。あいつが怒ったところなんて見たことがないからな」
「怒ると怖いですね」
風音の横顔を見ると、何かを思い出しているようだ。
土産を買い終え、駅まで歩いた。
「そうだ」
ピタリと足を止めて、次に俺が何を言うのか、待っている。
「たまには風音から俺の手を握れ」
「手?」
「そう。ほら」
急かすと、弱弱しく握ってきた。
「もっと強く握れよ。それじゃ握ったうちに入らない」
促すと、今度は力を込めて握ってきた。
「そのままにしておけよ。いいな。ん?どうした?」
「大きい手・・・・・・」
ポツリとそう呟いてきた。
そんなことを言うとは思わなかった。予想しないことばかりするな。
「お前の手が小さすぎる」
「そうですか?少し力を入れるだけで折れそうだな」
風音はとっさに距離を置こうとしたが、俺がそれを許さなかった。
「やれやれ・・・・・・」
冗談を言っただけなのに、これじゃあ、まだまだ先が思いやられるな。
「まぁ、いい」
これでも出会ったときよりも距離は縮まっていっている。あらゆるものを発見することができた。
だけど、まだ知らないことがあるはずだ。このまま終わらせない。
向き合うように立ち、手を握ったまま、もう片方の手で頭を撫でた。
風音は目を丸くしていた。
「お前といると、癒される。それに飽きるどころかどんどん・・・・・・」
惹かれていく。それが強くなっていく。
俺って、こんなに独占欲が強かったか。
撫でるのをやめ、今度は強く抱きしめた。
あいつは人が見ていることを気にしていたが、俺にとって重要なのは風音ただ一人だった。