夢中になる兎
「私、帰ります!」
「まだ帰さないって言ったら?」
どうしてこうなったのだろう。少し眠ることができたから、先輩にお礼を言って、そのまま帰るつもりだったのに。
「からかわないでください。このままどうするつもりですか?」
「ククッ、どうしてほしい?」
背中に壁があたっていて、両手はふさがれている。
私は何も言わず、顔をそらした。
「ふーん、そんな態度を取るのか。じゃあ、俺の好きなようにさせてもらうか」
海翔先輩の手が動いたのを見て、隙を突いて逃げ出した。
「先輩なんて知りません!狼!」
「なっ!」
このまま教室に向かって、鞄を取りに行こうかと思っていたが、待ち伏せをしている可能性があるので、避けることにした。
教室が見えるところに移動することにした。上から見ると、誰もいないが、ドアは開いたままだった。
今のうちに行っても大丈夫そうだね。
教室のドアをさらに開け、鞄を取りに行こうと、自分の机に向かった。
すると、遠くで音がしたので向くと、海翔先輩がすでに教室の中にいた。私の鞄を持って。
「来るのが遅かったな」
「そ、それ・・・・・・」
見せびらかすように私の鞄を片手で持ち上げた。
「落ちていたから拾った」
そんなわけない!きちんと机にかけていたのに、勝手に持ち出している!?
「それは私のです」
「知らなかったな。それで?」
「返してください」
「さて、どうしようか?」
まるで言葉遊びを楽しんでいるように見えた。
「さっき、ひどいことを言われたしな・・・・・・」
「謝ります。言い過ぎました」
頭を下げて謝罪をしたが、それでは満足しないようだ。
「明日は休みだから、つきあってもらうか」
「どこにですか?」
予想していないところに連れて来られた。
「ここは動物のふれあい公園ですよね?」
「あぁ」
休日のせいか、たくさんの家族連れが来ていた。
「海翔先輩、動物が好きだったんですか?」
「風音が好きそうだから連れて来ただけだ!」
ここは兎のふれあいができるとわかったので、それが一番の楽しみとなった。
「兎のところへ行ってもいいですか?」
「やっぱり兎に惹かれたか」
予想通りだと言いたげだった。
二人で兎のところへ行くと、可愛らしくて、飛びつきそうになった。
「ふっ、ちょっと落ち着けよ」
海翔先輩は堪え切れずに笑っていたけど、私はそれどころではなかった。
兎を抱っこすることができて、嬉しくて仕方がなかった。
「どうだ?」
「可愛いです!ふわふわしています!」
抱っこする時間はあっという間に終わってしまった。
「次はどこにする?」
「えっと、他の動物のところにも行きたいです!」
モルモットや犬、ひよこにも触れることができて、かなり満足した。
午後になったので、近くの飲食店で私は親子丼にして、海翔先輩は天ぷらうどんにした。
「写真、また後日くださいね」
「あぁ。わかった」
私が動物達とじゃれている間、先輩はずっと写真を撮っていた。
「一度くらい動物に触れたら良かったのに・・・・・・」
「俺は忙しかった」
「店、もっと人が混んでいるのかと思ったけど、そうでもないですね」
「人があまりにも多いのはうっとおしいから、これくらいでいい」
「あの、帰る前にお土産を買いたいので、寄ってもいいですか?」
「好きにしろ」
「ありがとうございます!」
「お前さ、昨日はちゃんと眠れたか?」
「はい、ちゃんと眠ることができました」
「柔らかかったな」
うっとりとして、何かを思い出しているようだ。
徐々に顔が引きつっていく。
「何がですか?」
「風音」
私はどんな表情をしているのだろう。怒りや恥ずかしさがこみ上げてくる。
「自分が今、どんな表情をしているかわかるか?」
「そんなの、わかりませんよ」
海翔先輩の機嫌がいいのが見てすぐにわかった。
「可愛らしい表情」
一人でパニックになっているのを見て、先輩は腹を抱えて笑っている。
親子丼を食べるペースが急激に変わった。
昼食後はめったに体験できないようなことをしたり、花景色を楽しんだりした。
お土産を買うときは可愛らしく、好みのものがいくつもあったので、迷っていたが、先輩がお金を出してくれた。
もうすっかり日が暮れた。電車に乗って、座席に腰をおろしていた。
「足痛いですね。たくさん歩いたから・・・・・・」
「俺に家までおぶって欲しいっていうお前なりのおねだりか?」
「何で私を困らせるようなことばかり言うのですか?」
海翔先輩は溜息を吐いていた。
「先輩も疲れました?」
「そうじゃなくて、本当に素直にねだったら、もっといいのにと思っただけだ」
「そんなことしません」
「だろうな。今はまだ」
まだ?どういう意味?
「いずれ言ったら、面白そう」
私の隣に座っている狼は私を怖がらせるのが得意だと、改めて思った。