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兎を寝かす狼

 家に帰ったときにはぐったりとしていた。

 夕食を食べて、入浴したあと、部屋でくつろいでいた。

「家が落ち着く」

「風音、一緒にケーキを食べよう」

 愛葉お姉ちゃんは準備をし始めたので、私は飲み物を入れた。

「今日、とても楽しかった。会話が止まらなかったの」

「私は読書タイムが止まらなかった」

 私と愛葉お姉ちゃんの声のトーンに大きな違いがあった。

 読書が終わったあとはこの本の良かったところを言いあったり、逆にこういう書き方をすれば、もう少し面白くなりそうなどと言っていた。

 読んでいる間にいたずらをされるのかと思っていたけど、大人しくしていた。

「一緒に本を読んでいたの?何冊?」

「一冊だよ。まさか私が男の人と本を読むとは思わなかった」

「好きで傍にいるのよね?」

「いや、ほとんど脅迫・・・・・・」

「脅迫!?私は男の人が少しは怖くはなくなったのかと思っていたけど、脅迫・・・・・・」

「愛葉お姉ちゃん、知っているでしょう?私が男の人を怖がる理由」

「うん。知っているよ」

 私がまだ中学生だった頃、あることをきっかけに私に恐怖の種を植えつけられた。男子生徒からいじめを受けたのがきっかけ。

 それからはできる限り、男の人を避けるようにしてきた。ただ、話しかけられたら、ちゃんと受け答えをすることを心がけていた。適当に相手をして、怒らせて、中学のときのような目に決してあいたくなかったから。

 そのときの傷は今もこうして残っている。これが取れることはないと思っている。

「私ね、風音がきっかけがどうであれ、早川君と接するようになって、良かったとは思うよ。早川君自身も女子が嫌でたまらないみたいで、ほんの少しは風音の気持ちがわかるんじゃないかな」

 確かに女に対して、彼は良い印象を持っていない。そんな彼が私に興味を抱き、常に傍にいることが多くなったのは、不思議で仕方がなかった。

「私のどこに・・・・・・」

 惹かれたの?どうして私なの?

 双眸を閉じて考えていると、小さく囁く声がした。

「風音、もっと早川君のことを知っていったらいいよ」

「知る?」

 愛葉お姉ちゃんは黙って頷いた。

「少しずつ好きになっていったらいい。私も彼を好きになるまではそうしてきたから」

 ここでいう彼は海翔先輩のお兄さんのことだろう。

 はじめて出会ったとき、愛葉お姉ちゃんを優しく見つめていたことが強く印象に残っている。

 いつも感じる恐怖心はこのときはあまり感じなかった。

「好きになる?」

 そんなことを私にできるのか疑問だった。普段が普段だからなおさら。

 私は眠るまで海翔先輩のことばかり考え続けていた。

 あっという間に朝になっていた。

「眠いな」

 のろのろと起き上がり、支度をした。

 まだ寝ぼけたままで朝食を食べた。いつもより美味しさを感じられなかった。

 今日を無事に終えたら、次の日から休みになる。

 高校に入学してからすぐに友達ができたが、彼女達といるときは授業が終わったあとの休憩時間くらいだった。

 それ以外の時間は海翔先輩とずっといる。

 まわりはそのことを知らない。彼がどこかに行くときについて行こうとしている女子を見ると、恐ろしい表情になる。彼に好意を持っている人はそれ以上、近づこうとしない。

 遠くで見ていた私もそれを見ると、震えが止まらない。

 そんな私に目を向けて、目を細めて笑ったあと、そのまま消えていった。

 未だに怯えている彼女達をちらりと見てから、彼が向かうところへ私も走っていった。

 こういうことをもう何度も繰り返している。

「風音、早くしないと遅れるよ」

 愛葉お姉ちゃんの声で我に返った。

「うん」

 再度、鞄の中身をチェックしてから、家の外へ出た。

 学校では相変わらず海翔先輩の話題をしていた。一匹狼に見えるけど、本当は彼女がいるのではないかとか、どんな人がタイプなのかなど。

 いつも似たような話題ばかり耳にするので、他に話すことはないのかなと思っていた。

 海翔先輩と会うときは主に昼過ぎ。朝は今までで数えるほどしかない。

 今日も先輩に呼び出されている。授業中なのに、何度か寝てしまいそうになった。

 ちょっと眠たい・・・・・・。

「お!来たな」

「はい」

「ん?なんか眠そうだな?寝不足か?」

「いいえ」 

 昨日、何時に寝たかな。思い出せない。

 思わず欠伸が出そうになり、グッと堪えた。

 何度も瞼が閉じてしまいそうになり、その度に頬を軽く叩いたりした。

「今日はいいか」

「ん?」

「ここに頭を乗せろ」

 先輩が指したところは膝だった。

「膝枕?」

「そうなるな」

「いいです!拒否します!」

 距離を置こうとしたら、肩を押されて、無理矢理寝かされた。

「あの、本当に私・・・・・・」

 この状況をどのように受け止めればいいのかわからず、困惑するしかなかった。

「俺にこうされるのは嫌か?」

「それは・・・・・・」

 今まで何度も触れられてきた。今回はこんな無防備な姿をさらしているので、恥ずかしさで熱が上がっていく。

「嫌というか、恥ずかしいので・・・・・・」

 本当はそれだけじゃない。自分の中で男の人というものが少しずつ変わってきている。

 怖いのに。いつだって女を見下したり、傷つけることしかしないのに。それなのに。

 私は海翔先輩をみつめた。先輩は不意を突かれたように、目を瞬いた。

「どうして海翔先輩は・・・・・・」

 こんなにも私に執着するんですか?私には何もないのに。

 知らなかった。男の人の手が優しいなんて。

「私と一緒にいたがるのですか?」

 からかいやすいからか、単なる盾としてなのか、私という存在は・・・・・・。

「あっさり教えてもつまらないが、お前が考えているようなことではないとだけ言っておく」

「いつかは教えてくれますか?」

「さあな。とにかく今は寝ろ」

 海翔先輩の大きな手が私の目を覆った。

 視界が暗くなって、さっきより眠くなって、すぐに意識を放した。

 最後にきこえたのはおやすみの挨拶だった。

 私はよく悪夢にうなされていた。誰かに追われて必死になって逃げている夢か大勢の人達に自分の悪口を言われる夢。

 目が覚めたときには汗をかいていたり、ぼろぼろと涙がこぼれていた。

 今、感じている心地よさに驚きつつも、もう少しこのままでいたいと思っていた。

 だけど気になって、手で探ってみると、大きな手にぶつかった。眉間にしわを寄せながら、目を開けると、海翔先輩がどこか遠くをみつめていた。

「せ、せんっ!」

「ん?あぁ、起きたか」

 ガバッと起き上がり、なぜこんな状況になったのか、頭を回転させる。

 少しずつ記憶がよみがえってきた。

「気持ちよさそうに寝ていたな」

 そういえば、どのくらい寝ていたのだろう。

 腕時計を見てみると、一時間以上経っていた。

「すいません!こんな時間まで!」

「足が痺れた」

 どうしてくれるんだと目を向けられるが、私にはどうすることもできない。

「ったく、そんなこととは知らず、涎たらして寝やがって」

 慌てて口をぬぐうと、海翔先輩は笑っていた。

「冗談だ。本気にするな」

 なんか、かすかに髪の毛に感触が残っている。

「あの、私が寝ている間に髪を撫でました?」

「あぁ、撫でたら、擦り寄ってきた」

 私、そんなことをしていたの!?待って、この人のことだから・・・・・・。

「それも冗談ですよね?」

「いや、最初は起きたのかと思ったけど、抱きしめても反応がなかったから」

 すぐに硬直した。

「抱き・・・・・・?」

「写真でも撮って、証拠を見せたら良かったか?」

「よ、良くないです!」

 自分自身が信じられなかった。理解しようと思ってもできなかった。自分の中で何かが狂ってきている。

 もがけばもがくほど、どんどん溺れていっている。そんな感覚だった。


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