兎の素直な反応
とうとう水曜日が来てしまった。
あれからいくつか私のことについて質問されて、喫茶店を出てから近くの店で土産が売っていたから、そこを見てみると、兎の形をした饅頭があった。
「可愛い」
「風音は兎を食べるのか。残酷だな」
「可愛いって言っただけです!買うつもりなんて・・・・・・ないです」
「嘘吐き。財布を出そうとしていただろう?」
しっかりと見られていた。鞄のチャックが少し開いたままだったので、再び閉めた。
店内を歩き始めると、私の隣に海翔先輩はいた。
「何でついてくるんですか?いいですよ、他を見ていて」
「気にするな」
早く今日という日が終わってほしい。あ、何だろう?あれ。
目にしたものは猫の形をしたアイスボックスクッキーだった。試食できるようにプラスチックのケースに何枚か入っており、ためしに一つ食べてみた。
うん。私好みの味。こっちにしよう。
レジに向かい、一袋のクッキーを購入した。楽しみができたので、上機嫌になった。
「さっきと表情が違うな」
いつの間にかじっと見られていた。
「お姉ちゃんと一緒に食べるので」
「俺には兄がいる」
「そうなのですか」
どんな人だろう?この人よりもっと、怖い人なのかな。
ちなみに私の姉は同じ高校で、二年生。現在は恋人がいるとのこと。私は絶対に恋人は欲しくない。
土産を買ったあとにようやく解散となった。この言い方は遠足や修学旅行のときに使うのかな。
「調理実習、楽しかったな」
班になって、協力し合って作ったから、美味しく楽しい時間を過ごすことができた。
このあとがどうなるのか、想像がつかない。
あと数時間で昼休みになる。言われたとおりにきちんと作ってきた。あとは本人に渡して、満足してもらえばいいだけ。
希望通りに入れるものはきちんと入れて、味はもちろん、見た目も気をつけた。
午前の授業が終わり、私は屋上へ早足で向かった。前もって、場所を決められていた。
ドアノブを回してゆっくりと押すと、見慣れた人がすでにそこに立っていた。
「ちゃんと作ってきたな」
「そういう約束ですから」
海翔先輩に弁当を渡すときにわずかに指先が触れた。それだけで心臓が跳ねた。
「そんなに驚かなくてもいいだろう」
「驚いていません。は、早く食べてください!」
「腹が減っているし、そうさせてもらう」
何から食べるのかな?唐揚げ?
最初に食べたのは卵焼きで、次に食べたのはハンバーグだった。
「お前の弁当、小さいな」
「調理実習があったので、いつものより小さめに入れてきました」
「そうか。風音、思っていたより悪くないな。少しでも味がおかしいものがあったら、何かしてやろうと思っていたのに・・・・・・」
残念そうな声で話していた。危ない危ない。
「今ホッとしたな?」
「もう食べたんですか?私、まだ少しだけ残っていますよ?」
「今度は話を逸らした」
食べ続けて、数分後に空になり、ふたをして、弁当箱を袋にしまった。
「じゃあ、失礼します」
立ち上ろうとしたら、声をかけられた。
「弁当箱ならもう受け取りました」
「そうじゃない。どこへ行く気だ?」
「図書室に・・・・・・」
「誰が許可をした?」
「許可なんて取る必要ないですよ」
「これからはそうだ」
「きちんと罰を受けたのだから、もういいですよね?」
「逃げ出さずに来たから、褒美をやるよ」
どんな褒美なのかと考えていたら、信じられないことを言ってきた。
「ときどき俺の弁当を作ってもらう。嬉しいだろう?」
嬉しくなんかない!この人、私を苦しめて楽しんでいる!!
「反抗的な目つきだな。もっと相手をして欲しいのか?」
「そんなんじゃありません!私と会うまでは女の人に近寄らなかったんですよね?私、女です!」
「鬱陶しい女ばかり寄ってくる。今はお前を盾にしているから、ましにはなっている」
「海翔先輩が威嚇すれば、みんな逃げて行きますよ」
かっこいいと言っている人は大勢いる。本人を見かけただけで、うるさく騒ぎ始めるからそれを煩わしいと思うのはなんとなくわかる。
「風音は見ていて面白い」
「面白がらせてるつもりはありません。さっさと教室へお帰りください」
「他の奴らなら、そんなことは絶対に言わない」
「ストレスしか溜まりません」
「俺は楽しくなってきた」
「つい、この間までは友達と一緒にいたのに・・・・・・」
だんだんこの人と一緒にいる時間が増えてきている。
「往生際の悪い奴だな。どれだけ図書室へ行きたいんだよ!」
お腹に腕を回されて、そのまま後ろに強く引っ張られた。
「何暴れているんだ?大人しくしとけ」
どうしよう。怖いし、なんだか体も熱い。
「だって・・・・・・」
い、息が項にかかっている。クラクラして、おかしくなりそう。
海翔先輩の腕をなんとか引き剥がそうとするものの、ビクともしない。
「随分体温が上がっているな」
唇が触れるか触れないか、微妙なところで後ろから囁かれるので、思考が追いつかなくなっていく。
「さっきからいい反応しているな。俺が話しかけている度に震えている。ふふっ」
やめて、お願いですから、もうそれ以上は!
先輩が抱きしめながら、座りなおしたときに髪の毛が触れて、くすぐったかった。
「やだ・・・・・・」
「こっちを向け。へぇ、いいな。そういう表情。息は乱れて、全身は熱くて、震えていて、泣きそうになっていて・・・・・・」
頬から首筋にかけて、ゆっくりと撫で下ろした。
視界がぼやけて、息はさっきより荒くなった。
「男が嫌いだとか、苦手とか言っている割には興奮しているな。なぁ、言っていることとなんか矛盾していないか?」
声を出そうとしたが、うまく出せなかったので、首を横に振った。
「退屈な日々から抜け出せそうだな。俺は風音でこれからたっぷりと楽しませてもらう」
それを耳にした瞬間、自分の喉が鳴った。先輩はそれに気づいたらしく、意地悪な笑顔になった。