雨の中の狼
私は今、本を読んでいた。この本の登場人物の女の子は好きな人のためなら何でもできると言った。
好きな人が孤独で唯一の味方は自分しかいない。
家族も友達も自分の持っているものをすぐに捨てて、ただ好きな人を独占したいと。
この部分を読んだときはこの女の子を嘲笑った。
なんでそんなことができるの?頭がおかしいのではないか。
「結局、同情しているだけだよね」
家族や友達に恵まれて、欲しいものは何でも手に入れることができて、好きだといいながら、その人を見下しているだけでしょ。
自分が優位に立ちたいだけの女の子。
「私が男の人の立場なら・・・・・・」
こんな子はいらない。願い下げだと言ってもよい。
この子は自分というものをわかっていない。
「海翔先輩なら、どう思うのかな」
この子と同じ?それとも私?ひょっとしたら、全然違う答えが返ってくるのかもしれない。
孤独な男のことを知っている数少ない知人が女の子に余計なことをふき込んだ。
彼の過去についてだ。家族は病死して、彼は精神的に追いつめられた。友達は次第に離れていくようになった。
どんどん暗くなっていき、自ら人を遠ざけるようになった。
その話を聞いて女の子はさらに自分は何かできないかと思うようになっていった。
「うっとおしいな」
これも恋って呼ぶことができるのかな。
パタンと本を閉じてしまったあと、部屋の電気を消して眠った。
朝、雨の音で目が覚めた。時計を見ると、六時だった。
「すごい雨・・・・・・」
雷、鳴らないといいけど、大丈夫かな。
不安な気持ちのまま、学校へ行った。今日は外で海翔先輩と弁当を食べる予定だったが、雨のせいで予定が狂った。今日はまだ先輩と会っていないから、どうしようかと、考えながら授業を受けていた。
終わりのチャイムが鳴ったとき、愛葉お姉ちゃんと広樹さんが教室までやってきた。
「おはようございます。何か?」
「おはよう。俺はただ愛葉についてきただけ」
お姉ちゃんは小さな白いメモ用紙を渡してきた。字を見て海翔先輩だとわかった。指定された場所が書かれていて、それを見たあとに制服のポケットにしまいこんだ。
「じゃあね」
「これだけ?」
「うん。次、音楽で移動しなくちゃいけないから」
そのまま音楽室へと向かっていく二人に手を振って見送った。
授業が終わったあと、鞄を持って、海翔先輩に会いに行った。空き教室にいなくて、私は席に着いて、二人分の弁当を鞄から出した。
五分、十分経っても、先輩は来ない。
「場所まちがえた?」
「いや、まちがっていない」
声の主はもちろん、海翔先輩だった。
「汗かいていますが、走ってきたんですか?」
「さっきまで体育で試合をしていたからな」
「お疲れ様です。これ、約束の弁当です」
黙って受け取り、もくもくと食べ始めた。激しい運動をしたせいか、いつもよりお茶を飲むペースが早かった。
あっという間に食べ終わり、一息ついていると、外から雷の音がした。
あまりにも大きい音だったので、過剰な反応をしてしまった。
「雷も怖いのか?本当に臆病だな」
震えている私を見て、嬉しそうに笑っている。
こっちが怖くて仕方がないのに、何で笑っているのですか?
「怖さを紛らわしてやろうか」
「どうやってですか?」
「俺の言うとおりにしたら、紛らわしてやるが、どうする?」
これも何かの罠だと思いつつも、他にいい方法が思い浮かばないので、頷いた。
満足そうに笑って、口を開いた。
先輩が私に手を伸ばそうとしたら、部屋が真っ暗になった。
「停電」
最悪。さっさと電気がついたらいいのに・・・・・・。
耳に先輩の指が触れた。
「か、海翔先輩?」
「おい、動くな」
耳の中に何か入れている?
音楽が聴こえてきた。音楽プレーヤーのおかげで雷の音はかき消された。
数分後に教室の電気がついて、イヤホンをはずした。
「少しはましだっただろ?」
「はい」
音楽プレーヤーを先輩に返して、窓の外を見つめた。
「明日はやみますか?」
「降るらしい」
「嫌だな」
気分が一気に憂鬱になっていく。ん?今、光った?
俯いて目を瞑っていると、今度は髪に感触があった。
何だろうと顔を上げると、先輩の顔が間近にあり、悲鳴を上げた。
「お前、うるさい。俺は不審者か?」
「だって、顔が近かったから。それに、何かしました?」
「さぁ」
それはしたと肯定しているようなものだった。
「知りたかったら、これからも俺といたいって言え」
「嫌です。言いません」
きっぱりと断ると、先輩は大袈裟に肩をすくめた。
「それじゃあ、会う度に抱きしめるか。それもいいな。抱き心地はいいからな」
抱きしめようとしたのを見て、全身真っ赤になりながら、両手で押し返した。
「どうするんだ?どっちか決めろ」
「知りたくないので、どっちもしません」
「そんな堂々と嘘を吐かなくてもいいだろう」
本当は知りたい。だからと言って・・・・・・。
苦悩の末、私は決断を下した。
「一緒にいたいです」
声が震えていたのは先輩も気づいているだろう。
「誰と?」
真剣な表情を見て、思考が追いつかなかった。
「海翔先輩と」
そう言うと、先輩は私の額に口づけて、そのまま自分へ引き寄せた。
「さっき、風音にしたこと」
「何するんですか!」
「わからなかった?じゃあ、もう一回」
「わ、わかっています。わかっていますから!」
慌てて先輩を引き剥がした。
「こんな時間か。風音の百面相も見れたし、戻るとするか」
何事もなかったように振舞う先輩の背を睨みつけることしかできなかった。




