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第6話

「あの一件のせいで、学院内がかなりバタバタしてるわ」


 レイニーが邪神教団の団員を仕留めてから三日後。ウルスの工房。和室で帳簿をつけている春菜に対し、真琴が学院の現状をそう洩らした。


「あ、やっぱり?」


「幸いにして、教員がいなくなった事例は今のところ無いけど、事務局の方は大騒ぎみたいねえ」


「まあ、事務局長が逮捕されてるしね」


 ここまで大掛かりな事をしておきながら、結局学食がらみは宏達が大して何かを仕掛けるまでもなく話が終わってしまった。邪神教団から色々と情報が漏れた事に焦って、大人しくしておけばいいのに余計なちょっかいを出して自爆したのである。


 事実上レイニーが全てを解決したようなものだが、裏を知らない人間が見ればただの自滅にしか見えない。まあ、元々、学院内部以外は切っ掛けがあればすぐ動けるように準備を整えていたのだから、レイニーだけの手柄という訳でもないのだが。


 余談ながら、実のところ一番大変なのは思考誘導を受けていた事が判明した司法関係なのだが、レイオットやレイニーも含む関係者一同がいろいろバタバタしており、そのあたりの情報はまだ春菜達までは届いていない。


「とりあえず学食もしばらくは営業不能みたいだし、向こうの状況が良くなるまでは私達で受け皿になるしかないみたい」


「というか、アズマ食堂が営業を開始した時点で、事実上学食は営業してなかったようなものだったわよ?」


「まあ、現状は何も変わらない、とも言うかな?」


 真琴の鋭い突っ込みに、春菜がちょっと視線をそらしながら正直にそう言う。アズマ食堂は現在、一日千食以上を提供する繁盛店となっていた。料理の提供は辛うじて追いつくもののどうしても席が足りないため、とりあえず今は空きスペースを一時的に客席にしている。


「まあ、妨害もなくなるし、立地としては悪くないんだから、そう遠くないうちに他の店ができるんじゃないかな?」


「だといいけど。というか、フォーレの時もそうだったけど、あんまりお金稼ぎ過ぎるとあっちこっちから睨まれるわよ」


「分かってるよ。とりあえず今のところは雇用の受け皿にもなってるし、そんなすごい利益率って訳でもないから大丈夫だと思うよ」


 真琴に言われて、帳簿を見せながら春菜が答える。実際、自分達で素材から何からすべて調達している薬やアイテム類と違い、農家や牧場などから適正価格で食材を仕入れ、相場より色をつけた人件費を支払っているアズマ食堂は、それほど莫大な利益を上げている訳ではない。


「それにしても、邪神教団かあ……」


「まあ、いるとは思ってたけど、今までに比べると中途半端でザルだったわよねえ」


「うん。正直、話を聞いた時は、何ですぐに排除されなかったのか分からなかったよ」


「本当にねえ。話の内容から言って、多分バルドは絡んでなさそうよね」


「バルドがやってるんだったら、もうちょっと丁寧にじっくり時間をかけてやってそうな気はするかな?」


 春菜の意見に頷く真琴。学食の料理長が今の代になってからやり口が露骨になってきたようだが、それでも就任当初二年ほどは、ここ半年に比べると大人しかったらしい。その頃は、量こそ減っていたが、味に関しては今ほど酷くなかったようだ。美味くは無いが、無理しなくてもそれなりに食べられる程度だったとのことである。じわじわと悪くなっていったと言っても、昨年急に一気に悪くなるまでは無理すれば食べられるレベルは維持していた。


 料理の内容が更に酷くなったのは去年の十一月頃からで、残り少なかった安価な飲食店、それも受け皿になるような店では無い小規模なものが駆逐されてしまったのもそれぐらいの時期。新規出店を妨害された物も含めると、三カ月で連続で五軒も廃業が続いたのだ。

 

 その結果として、先代料理長の頃から怪しんでいた商業ギルドのギルドマスターが学食の行動を完全に把握したのだが、残念ながらその時点では手遅れで彼らを処罰するには至らなかった。元から立地が微妙だった上に規模も小さいため、その頃には倒産で影響を受ける学院関係者は相当少なかったのも、話がいまいち盛り上がらなかった理由である。


 バルドが直接関わっていたら、おそらく五軒も連続で倒産させるような真似はしなかっただろう。もっと時間をかけて周辺の高級店すらも全て駆逐し、終わったところで高らかに学食優遇のために学院主導で周辺の店を潰して回ったことをばらしたに違いない。もしくは、そこを足掛かりに他の地区や王宮へじわじわと食いこみ、何十年何百年単位で腐らせていくか。少なくとも、ファーレーンで相対したバルドは、その程度の事ができるぐらいには有能であった。所詮小物ではあったが、その程度には春菜達も評価している。


 どちらにせよ、やり口が拙速で雑だったのは間違いない。


「となると、バルドはどうしたのかしらね?」


「分からないけど、多分今はルーフェウスにはいないんだと思う。でなきゃ、ここまで雑な事はさせないはず」


「そうでしょうね。問題は、何でいないのか、ってことなんだけど……」


「向こうの事情は推測すらできないけど、十一月頃って言えば確か、ファーレーンでバルドを倒した直後ぐらいだから、それが関係してるかもしれない」


「あり得るわね」


 春菜の意見に同意する真琴。実のところ、春菜の意見は当らずも遠からずといった感じである。きっかけは確かに宏達に仕留められたファーレーンのバルドではあるが、どちらかといえばそれは単に口実で、実際にはそろそろ計画が破綻しつつあった事を察した闇の主が、啓示という形で別の地域に移動させたのだ。計画を実行していたバルド本人も、代替わりした料理長の余りの強欲さと頭の悪さに手を焼いていたため、素直に啓示に従ってとっとと隣国に移っている。


 結局は、無能な味方に足を引っ張られたのである。もっとも、プロジェクトを途中で放棄している上、無能な味方を招き入れている時点で無能さではどっちもどっちなのかもしれないが。


「考えてみれば、フォーレでもバルドを見なかったよね?」


「そう言えばそうね。どうしてかしら?」


「分かんないけど、フォーレってバルドみたいなタイプはやり辛い国だって気はするかな」


「まあ、バルドって宴会とか苦手そうなイメージはあるしねえ」


 腹の探り合いなんぞやってられるか! というフォーレの気質と、何かあれば宴会で解決するシステムは、バルドには本当にやりにくい事であろう。大量の絡み酒に耐え、泣き上戸や笑い上戸、飲ませ上戸などをくぐりぬけて色々囁いても、次の日にはけろっと何もかも忘れて、完全になかった事にするのだから暗躍のし甲斐がない。


 そのくせ、宏達のような相手に関しては、どれだけ酒に飲まれていてもちゃんと覚えて優遇するのだから、たちが悪い。宴会のプラスの空気と相まって、バルドには鬼門とも言える国だった。


 実際、フォーレで暗躍していたバルドは、宴会で苦労して食らいこもうとしていたところをあちらこちらから目をつけられてしまい、最終的に宏達がクレストケイブで遊んでいる間にフォーレの英雄・メルクォードに不法侵入を発見され、変身する暇も与えられずに一撃で粉砕されている。無論、クレストケイブにいる間の出来事だったため、宏達はそもそもフォーレでバルドが遊んでいたことすら知らない。


 どうにも今の時代のバルドは、何処までも不憫な扱いから逃れられないらしい。


「まあ、関係なさそうなバルドはどうでもいいとして」


「そうだね。それにもしバルドがいたとして、直接仕掛けてくるまで私達にできる事って特にないし」


 どうでもいい扱いされる、何処までも不憫なバルド。もはや、かつてファーレーンを国家転覆まであと一歩まで追い詰めたボスの面影は、微塵も残っていない。


「もうすぐ、宏の誕生日なのよね」


「そうなんだよね。どうしよっか?」


「宏だから難しいのよねえ。プレゼントって言っても、大体のものはあいつが自分で作ったものが一番デザインも性能もいいし」


「真琴さんは宏君が好きそうな漫画を描く、っていう手もあるからまだいいよ。私達の場合、料理頑張るにしても限度があるし」


「そっちこそ、料理はまだ工夫の余地があるからいいじゃない。レイオット殿下とかエルとか達也に比べれば、かなり分がいいと思うわよ?」


 誕生日関連で最大の難易度を誇るであろう、宏の誕生日。間近に迫ったその日のために、打ち合わせに入る春菜と真琴。今初めてこの話題に触れたように見えるが、特に言及されていないだけで、実のところ宏抜きで顔を合わせると常にこの話題で会話している。


「いっそのこと、一週間ぐらい何も注文とか制約とかつけずに、好きなようにものづくりをしてもらうって言うのもありかなって思ってるんだけど、どう?」


「確かに一番のプレゼントなんでしょうけど、それで何作るかが予想できないのが不安なのよねえ……」


「だよねえ……」


 ものづくりに関しては、こういう面では一切信用してもらえない男、東宏。天地波動砲や潜地艇をはじめとした数々の前科があるのだから、どうしようもない。


「まあ、素材の限界があるから、今までを超えるような酷いものは作れないとあたしは思ってるんだけどさ」


「私もそう思わなくは無いんだけど、日本の職人って時折凄い情熱とあり得ない発想でそういう限界を変態的に乗り越える事があるから、油断できない面はあるんだよね」


 春菜の一言に、思わず沈黙する真琴。自分でも心の片隅でもしかして、と思っていた事をずばりと指摘されてしまったのだ。


「でも、私達の害になるようなものは作らないだろうから、そういう面では安心してるんだけどね」


「害にはならなくても、世界に余計な影響を与えるのが困りものなのよねえ……」


「そこは今更だと思うんだけど」


 春菜に指摘され、苦い顔をする真琴。今までもうすこし早い段階で気がついて突っ込みを入れておけば止められたはず、という惨事は結構多い。特大ポメのように取り返しがつかなくなっているものも散見され、それがまた宏を野放しにする事に躊躇いを覚えさせる。今のところはせいぜいこの世界の職人たちをへこませるぐらいですんでいるが、いつ社会構造そのものを根底から覆すようなものを作るか分かったものではない。


 すでにインスタントラーメン工場という、家庭内手工業から大きく逸脱した大量生産・大量消費のシステムを作りだしている事にはとりあえず目をつぶり、そんな懸念を内心で思い浮かべる真琴。自分達が止めなかったせいで取り返しがつかなくなった、とは絶対に考えたくないようだ。


 もっとも、その話を言い出せば、ファーレーン王家の要請を受けてテレス達を雇用、教育している時点でとうの昔に手遅れだったのだが。


「何にしても、私達だとプレゼントらしいプレゼントって用意できないから、他のアイデア出すのも難しいと思うんだ」


「まあねえ……」


 春菜の結論に、真琴が不承不承うなずく。駄目出ししようにも、他のアイデアが出せないのだからしょうがない。


「で、まあ、後は料理はもうとことんまで頑張るとして……」


「別にいいんだけど、春菜」


「何?」


「あんた、あたしの時とかに比べて無茶苦茶気合入ってない?」


「そんなつもりは無かったけど、そうなのかな?」


 真琴に指摘され、春菜が首をかしげて聞きかえす。実際のところ、気合が入っているとかそんな次元を超え、何が何でも宏に満足してもらうんだというある種の使命感すら感じさせているのだが、当の本人には全く自覚がない。


「まあ、あんたの気持を考えるとしょうがないんだけど、さ」


「別に、そういう理由で料理を頑張る訳じゃないんだけど……」


「いいっていいって。惚れた男とそれ以外とでまったく同じってのは、まず間違いなく不可能なんだし」


 真琴にそう窘められ、微妙に納得いかない顔をする春菜。確かに春菜は宏を愛しているが、その感情で他人と料理に差をつけた事は一度もない。せいぜい味付けを宏の好みに合わせている程度だが、それとてもともと春菜の好みが宏の好みとほぼ同じだっただけで、そこに恋心は関係ない。こちらに飛ばされてきてからずっとそういう味付けをしてきたのだから、根本的に恋愛感情が関わる余地などないのである。


 もっとも、春菜は全く自覚していないが、宏と長期にわたって同居生活をしているため、すでに自身の好みや味付けの癖も大きく変わっている。もはや、今この生活で作っている料理は、宏と春菜の家庭で築き上げた味だと言っても過言ではない。そして、アズマ工房の人間にとって家庭の味、おふくろの味と言うと、達也以外にとっては宏と春菜が作る料理の味になりつつあるのだ。


 こんなところでも、宏と春菜は無意識に夫婦のような事をしているのである。恐らく女性恐怖症とそれによる不信感が無ければ、宏と春菜はとうの昔にくっついているだろう。


 残念ながら、その事実が宏が誰かに恋をする事がどれほど困難かを、これ以上ないぐらいに証明してしまっているのだが。


「まあ、これ以上は不毛だから置いとくとして」


「うん」


「今日は夕飯何?」


「達也さんが、たまには酒飲み向けのメニューが欲しい、って言ってるから、ちょっと悩んでるんだ」


 酒飲み向け、と聞き、目を輝かせる真琴。それを見て、微妙に苦笑を浮かべる春菜。


「ファムちゃんやライムちゃんが食べやすくて、その上で居酒屋とかにありそうな料理って言うのをちょっと悩んでて」


「焼き鳥とか?」


「それはもう確定。後は野菜を色々火であぶるつもりなんだけど、もう一声って言われちゃって」


「モツ煮なんかどう?」


「ん~、私はそれでいいんだけど……」


 真琴の提案に、少し悩ましそうな顔をする春菜。その様子に、ピンと来るものがある真琴。


「もしかして、宏が嫌いだとか?」


「宏君だけじゃなくて、澪ちゃんもちょっとモツとかホルモンとかは苦手なんだって。レラさんも、食べられなくは無いけどあの食感が好きになれないって言ってたから、悩んでるんだ」


「なるほど、それであんまりモツ煮込みを作ってないわけか。うちって意外と、内臓系が苦手な人が多いのね」


「そうなんだよ」


 どんな食材や料理でもある程度好き嫌いは分かれるものだが、内臓系は肉類の中では特に顕著にそれが出てくる食材であろう。その度合いも内臓というイメージから拒否感がある食わず嫌いから、何度か食べた上で味や食感が駄目な人間、処理がいい加減なものを食べさせられてまずいという印象を刻みこまれたり食あたりを起こした経験があったりと、これまた範囲が広い。


 因みにレラの場合、食感以外にもスラム時代に食あたりを起こしかけた事があったのも苦手な理由である。言うまでもなく、処理がいい加減なものを食べさせられたのが原因だ。むしろ、その経歴で食べられなくはないと言えるあたり、なかなかタフな女性だといえよう。


「宏は前にレバーが苦手だって言ってたからまあ、分からなくもないんだけど、澪が苦手だっていうのはちょっと意外というか不思議な感じね」


「澪ちゃん、あれで結構食べられないものはあるんだ。ピーマンと人参は大丈夫だけど、トウガラシはただ焼いただけのは駄目だったりするし」


「へえ。ってか、要するにお子様味覚に近いって事?」


「そこまででもないかな? まあ、澪ちゃんの苦手なものって基本的に、とろろや納豆なんかと同じカテゴリーの、食べられないからって怒られるようなものでもないものばかりだから」


「そう。まあ、モツ煮とかホルモンなんて、それしか食べるものがない状況ならともかく、そうでないなら食べられなくても誰も気にしない類のものだものね」


 真琴の結論に頷く春菜。とは言え、結局問題は解決していないのだが。


「ん~、まあいっか。スジ肉の土手煮も用意して、好きによそって食べてもらうよ」


「手間じゃない?」


「どうせ下ごしらえの仕方はそんなに変わらないし、そのへんの処理してダシの味付けしたら煮えるまで基本放置だからそんなに手間は変わらないし、大丈夫。それに、前に真琴さんと達也さんに出したモツ煮が残ってるから、それに注ぎ足しでやればダシを作る手間もそれほどじゃないし」


「ならいいんだけど」


 関係者の好き嫌いに合わせて品数を増やす春菜に、頭の下がる思いの真琴。本人は料理が好きだから苦に思っていないようだが、それでもほぼ毎日である。しかも、このメンバーの中では春菜は忙しい方に分類される。そんな状況でも手抜きせずに、食べる人間全員の好みや体調を考え、かつ栄養バランスなどが偏らないように料理を作り続けるのだから、敗北感すら感じない。食うだけ、飲むだけである事に心苦しさは感じるが。


 本当の女子力というのはこういうところに出てくるという人間はいるが、真琴としてはその意見に大賛成である。もっとも、真琴が女子力として評価しているのは、料理ができるできないでは無く、毎日の事なのにちゃんと細かい心配りを続けられる事についてではあるが。


「そう言えば、屋台でモツ煮とか売らなかったのって、宏が苦手だからなの?」


「最初がカレーパンと串カツだったから、組み合わせ的にどうかなとか思ってやらないうちに、なんとなく屋台で出すタイミングをなくしちゃったんだ」


「あ~……」


 確かに、串カツはともかくカレーパンとモツ煮の組み合わせがどうかと思うのは、真琴も賛成せざるを得ない。しかも、串カツにしてもどちらかといえば主力はアメリカンドッグだった訳で、やはり酒飲み御用達のモツ煮と組み合わせるのは少々疑問がわかなくもない。


「じゃあ、スティレンでやればよかったんじゃない?」


「なんとなく、大惨事になりそうな予感がしたんだよ……」


 真琴の指摘に、どこか遠い目をしてそう答える春菜。まったく否定できない理由である。


「まあ、晩御飯はそれで何とかするから、期待してて」


「ん、了解」


「それはそれとして、倉庫の果物見てるうちに衝動的に作っちゃったタルトがあるんだけど、果物を盛りすぎてボリュームが凄い事になったんだ。しかも作りすぎたから、かなり気合入れて食べないと食べ終わらないんだけど、真琴さん手伝ってくれる?」


「もちろん!」


「良かった。量が量だから、デザートとして出すのもちょっとって感じだったんだ。ちょっとエルちゃん呼んでみて、これそうだったら皆でおやつ」


 そう言ってオクトガルを呼び、エアリスに伝言を頼む。エアリスに伝言を頼むときは、オクトガルは特にお代を要求してこない。


「ハルナ様、美味しいお菓子があるというのは本当ですか!?」


「春姉、メガ盛りタルトなんていつ作ってたの?」


 オクトガルに伝言を頼んで十分後。和室にエアリスと澪が入ってくる。


「澪ちゃんがジノ君に一生懸命下ごしらえの指導してる最中かな? ちょっと手が空いたから、思わず衝動的に」


 そう言って、手元の鞄を経由して、食糧庫に保存してあるフルーツタルトを取り出して見せる。直径三十センチ、フルーツの山の天頂部が高さ二十センチほどのそれは、確かにメガ盛りと言っていい威容を誇っていた。見える範囲だけで少なくとも二十種類、重なっている部分も入れれば三十種類を超えかねない数の果物を盛り込んであるそのタルトは、見た目や色彩バランスも実に美しかった。


「実はこれが後五つぐらいあるんだよね。数が半端だった果物とかを使い切りたかったから、ちょっと作りすぎたの」


「……春菜、これどうやって食べきるつもりだったの?」


「うん。作った時は全然考えてなかった」


 そうさっくり白状した春菜に、全員から呆れた視線が集中する。とは言え、この美しいお菓子の前には、そんな視線もすぐに力を失う。


「まあ、そういう訳だから、ライムちゃん達も呼んで出来るだけ一杯食べちゃおう」


「師匠と達兄の分は?」


「私達だけで、食べきれると思う?」


 女子だけで全部食べてしまおうといわんばかりの春菜に対する澪の突っ込み、それに対して綺麗に反撃が決まる。残量を考えると、一人一ホール近く食べないと食べきれないのだ。おそらく澪が満足するまで食べても、間違いなく一ホールぐらいは残る。


 なお、現在採取中のジノがカウントに入っていないのは、お互いにまだ存在に馴染んでいないため、こういうときはよく人数に入れ忘れるからである。不憫な話だが、新入りというのは往々にしてそういうものだろう。


「とりあえず、まずは一つ目から」


 そう言って、できるだけ均等に果物が行きわたるようにカットする春菜。その間にお茶と取り皿を用意しに行く澪とライム達を呼びに行く真琴。丁度顔を出していたアルチェムを含む全員が揃ったところで、最初の一ホールを全員に振舞う。


「果物の甘みと酸味がタルト生地の歯ごたえとほのかな味わいにマッチしてて、とても素敵です」


「このカスタードクリーム、甘くなくて果物の味が引き立つ」


「うわあ、このタルトやばい。絶対食べすぎて晩御飯に支障出てくるわ……」


 そんな絶賛の嵐が済んだ後、春菜が在庫処分のために作ったタルトは見事に危険物指定されるのであった。








「そうだ。エルちゃんにコーラとか出した事、あったっけ?」


 その日の夕食。折角だから色々と情報交換をするべしと食事を食べて帰る事にしたエアリスに、春菜が思いだしたように声をかける。


「こーら、ですか?」


「うん。私達の国の飲み物。あまり体にいいものじゃないんだけどね」


 モツ煮を食べながら不思議そうな顔をするエアリスに、そう解説する春菜。


「コーラほしい!!」


「きゅ!!」


 コーラという単語に、大好物のライムとひよひよが即座に反応するが、


「ご飯の後に一杯だけ、ね」


「まずはちゃんとご飯を食べなさい」


 春菜とレラにさっくり潰される。基本聞きわけのいいライムとひよひよだが、子供だけに自制心が弱いため、ジュースやお菓子は春菜達の許可無しでは口にできないシステムにしてある。


「まあ、ライムちゃんに悪いから食後に出すよ」


「はい。楽しみにしてます」


 春菜の言葉に、嬉しそうに頷くエアリス。それを見ていた宏が、ここで余計なことを口走る。


「実はやな、新しい飲みもんが色々あるんよ」


「新しいの? たとえば?」


「まずは乳酸菌飲料やな。カ○ピスとス○ールの両方再現してみてん。あとはスポーツドリンク。思い付く限りで三種類ぐらい作ってみたんよ。後は栄養ドリンクに罰ゲーム用の温くして飲ませる奴各種やな」


「ファ○タとかより先に罰ゲーム用のを作るのはどうかと思うんだ、私」


「そういうのんは割と作るん簡単やから、いまいち心が躍らへんでな」


 春菜の実に正しい指摘に対し、そんな突っ込みどころ満載の返事を返す宏。需要とか考えず、難しいものとか変わった技術を要するものとかを優先するのも、ある意味では日本人らしいといえなくもない。


「まあ、何にしても、新しいソフトドリンクは食後やな。それとも、カ○ピスハイとかコークハイにするか?」


「それが酒をその手の飲み物で割ったものだとしたら、関東では一般的にコーラサワーとかカ○ピスサワーそういう呼び方をするんだが?」


「ええやん、焼酎使うんやから酎ハイのカ○ピスとかカ○ピスハイとかでも。中身は変わらんし実態に即した名前やねんし」


「……まあ、いいんだがな……」


 時折顔を出す関東と関西の違い。久しぶりに出てきたのは、酒の呼び名と言う割とどうでもいい事であった。


「てか、あんた向こうにいたの中学まででしょ? 何で関西でのサワー系の呼び方なんて知ってんのよ?」


「そんなん、飯食いに行ったときにおとんとおかんがよう頼んどったからに決まっとるやん」


「……なるほど」


「うちの親はいろいろ緩い人らやけど、酒関係はきっちりしとんで」


 宏の両親は、車で外出した時はどちらも絶対にアルコールを飲まない。昼間や夜でも、仕事中なら一部例外を除き基本的には飲まない。法事などで親戚が集まるときでも、彼らが未成年や飲めない人、車で来ている人などに無理やり酒を飲まそうとしたら断固として止める。と、そんな風に妙にアルコールに対しては厳格な態度を取っているのである。なので、自分の子供に酒を飲ませることなどまずあり得ない。


 もっとも、アルコールに対して厳格ではあっても、肝臓病や糖尿病などで酒を止められているのに飲む人間は、注意だけして基本放置ではある。言っても聞かない上に揉め事に発展しやすく、自分が悪者にされがちになるため、一応止めたというアリバイを作って後は自己責任で済ませることにしているのだ。


「まあ、うちの両親は置いとくとして、や。酎ハイいく?」


「いやいや。ここでそんなものだしたら色々まずいっしょ。そういうジュースっぽいお酒は、子供がいないときに試すわ」


「せやな。ほな後で、適当なつまみと一緒に試したって」


「了解。楽しみにしてるわ」


 と、とりあえず新しいソフトドリンクについて話を終えようとしたところで


「えっと、さっきのお酒が焼酎を使うんでしたら、村で新しい焼酎ができたから一緒に試してもらっていいですか?」


 アルチェムが更に余計な情報を投下する。それを聞いた達也と真琴の表情は、飲兵衛としては実に正しいものであった。


「新酒って事は、まずは生のままで試すのが礼儀だよな?」


「そうね。まずはロックで、その後お湯とか炭酸で割って試して、それから梅干しとかいろんなものを入れてみるのが基本よね」


「で、生のままで試すんだったら、今飲んでも問題ないよな?」


「ええ。夕食のときにお酒があるのは、別に何の問題もないわね」


「てな訳で、アルチェム」


「一本だして」


 見事な酔っぱらい理論で酒を飲む流れを作り、アルチェムに新酒をせびる年長組。最低限の節度を保っているとはいえ、基本的に酒関係では駄目な大人たちである。


「……まあ、達兄達は好きにさせておくとして、ちょっと話題転換」


「何や?」


「ライム、学校ではどう?」


 そのまま放置しておくと酒がらみで際限なく話が続くと踏んだ澪が、焼き野菜をつまみながら割と強引に話題を変える。ライムの学校生活については気になっていたらしく、エアリスとアルチェムも工房職員達に注目する。


「どう、と言われましても……」


「おそらく、ハルナさん達の予想通りだろうとしか言いようがないのです」


 いきなり注目されて口ごもり、歯切れの悪い回答をするテレスとノーラ。その様子を、モツ煮を食べながら不思議そうに眺めるライム。ひよひよは我関せずと、焼き鳥をついばんでいる。ひよひよが焼き鳥を食うのは共食いなのでは、とは今更誰も突っ込まない。


「予想通り、って事は?」


「まあ、当然なんだけど、あたしとかライムみたいな子供に嫌がらせする奴は、絶対出てくるよ。上手く行ってるかどうかはともかくとして」


 大体のところは予想がついていた春菜が確認のために言葉を重ねると、スジ煮を食べる手を止めてファムが肯定するような内容を告げる。


「おねーちゃん、いやがらせされてるの?」


「いや、むしろメインターゲットはライムなんだけど……」


「そーなの?」


「そうなの」


 その姉妹のやり取りを見て、大体の状況を理解する宏達。予想通りといえば予想通りだが、ライムの鈍感さが気になるといえば気になるところではある。


「姉さん、ライムさんが気づいてないのはどうかと思うんだけど……」


「まあ、アルチェムでもそう思うのは分かるけど、ねえ……」


「私でもって、姉さんひどい……」


「あなたも大概、そういう事には鈍かったじゃない」


 宏達が気にしていた事を口にしたアルチェムが、テレスに見事に撃墜される。アルチェムがいたずらや嫌がらせに対して鈍いのは、年寄りのセクハラ攻撃を全然気にしていなかったり、エアリスの侍女としてドーガに連れまわされている時の視線にまったく気が付いていなかったりするところからも明らかであろう。


「で、実際のところ、どないなん?」


「あれを嫌がらせ認定するのは無理。スラム育ちに嫌がらせしたいんだったら、問答無用で荷物を燃やすぐらいの事はしないと」


「奴隷商に捕まってる時に比べれば、全然ぬるいのです」


「まあ、エルフだからという訳ではありませんけど、女がひとり旅してればいろいろありますし……」


 宏に聞かれ、なかなか壮絶な答えを口にするファム達三人。今が悪くない暮らしをしているので忘れがちだが、三人とも平穏無事な環境で暮らしていれば、この場にいない人間である。たかが学院内部の温い環境で、しかも追い出されたところで何も失わない人間に対して、効果的な嫌がらせなどできる訳がないのだ。


「あの、一つよろしいでしょうか?」


 焼いたポメを食べ終わったエアリスが、ちょっと不思議そうな表情を浮かべて口を挟む。基本ライムの学校生活については部外者ゆえに、ここまでは口を挟む事を控えていたのだ。


「何や?」


「ライムさんが学校ではどうなのかと聞いて、どうして真っ先に嫌がらせがどうとかいう話が出てきたのでしょうか?」


 エアリスの、ある種ものすごく正しい指摘に、思わず全員が沈黙する。普通、ライムのような幼い子供が大人に混ざって勉強するとなると、まず最初に気にする事は授業についていけているかだろう。なのに、そこについては誰も心配していないのだ。エアリスが不思議に思ってもまったくおかしくない。


「まあ、試験の感じから言って、ライムちゃんが授業についていけないとか多分ないだろうな、とは思ってたし」


「所詮初級やしなあ」


「そもそも経緯が経緯だから、勉強がどうかよりも反対してた教授とかの行動の方が気になってたのは確かだよね」


「むしろ、そっちの方がメインやったからなあ」


 エアリスの疑問に答えるように、宏と春菜が事情の一端を口にする。


「ちゃんと内容理解してないと出てこないような質問ライムがしてるとこみて、物凄い危機感持ってる学生は結構いたわね」


「いるいる」


「そういうのがまた、無駄にプライド高いから余計なことするのです」


「で、自滅するんですよね」


 新しい焼酎の味に満足した真琴の一言に、次々と乗っかって行くファム達。結局元の内容に話が戻った事に、苦笑を禁じ得ないエアリス。とは言え、ここまでの流れで、大体事情は把握できた。なので、次に気になる事を確認する。


「でも、その話では教授が嫌がらせに回る理由にはならないと思うのですが」


「質問の内容次第なのです」


 ノーラの回答を聞き、物凄く納得して遠い目をしそうになるエアリス。恐らくライムは子供の無邪気さで、そこをつつかれると教師としての面目丸つぶれ、という部分を容赦なくえぐるのだろう。しかも本人は大まじめに勉強の一環として、嫌がらせでも何でもなく純粋に疑問に思って質問するのだから対処に困る。その点はエアリスにも色々覚えがあるところである。


 そもそも、教授という人種は総じてプライドが高い。故に、教師として考えるなら、ライムのような幼子が自分の授業を理解できるというのは、子供でも理解できる分かりやすい授業をしていると胸を張れる事情になる事柄を、教授としての立場で自分の専門分野が子供にでも理解されてしまうほど低次元だと考えてしまうようだ。


 無論、全員がそうではない。プライドが高いが故に、自分が説明した事を理解できないとは何たることだ、と憤慨して分かるまで徹底的にやる人もいれば、突っ込まれた事にちゃんと回答できなかった自身を恥じて、雪辱を果たすために次までに徹底的に確認をしてくる人もいる。


 そういう教授にとってはライムは非常にありがたい生徒なので、物凄く可愛がる人も当然いる。


「結局のところ、良くも悪くもライムは目立ってるから、どうしても派閥闘争の旗頭みたいな位置に来ちゃってるわね。本人理解してないけど」


「?」


「あ~、ライムは細かい事気にしないでいいから。あんたは今のままでいいのよ」


「? よく分からないけど、がんばる」


「あ~、もう、かわいいわね、ライムは!」


 真琴に言われ、不思議そうに首をかしげるライム。自分が話の中心にいる事は理解しているようだが、内容までは理解できていないらしい。こういうところは、年相応といえなくもない。


「まあ、エルじゃあるまいし、ライムが派閥闘争だの裏工作だのをその歳で理解する必要はないわな」


「あの、タツヤ様。それでは私がものすごく汚れた人生を送っているように聞こえるのですが……」


「汚れているかどうかはともかく、ライムと同い年の時には、自分の立場や状況を理解して、できるだけ目をつけられないように振舞おうとしてたんだろう?」


「ええ、まあ……」


「エルの場合は命がかかってたんだから、そりゃあ理解もすりゃ対応もするだろうよ。ライムはそうじゃないんだから、無理に理解しなくても問題ないわな。本来なら、エルだって今ぐらいかもうちょっと大人になってからでもいいはずだったんだろうけど、姉貴があれだったからなあ……」


 何処となく遠い目をしながらいう達也に、どよんとした空気を身にまとうエアリス。そんな達也に非難の目を向ける日本人一同。達也が挑発以外でこういう失言をやらかすのは珍しいが、非難されずに済む理由にはならない。


「ま、まあとにかく、ライムの関係で何かまずい事があったら、とっとと学校通うのやめて工房に引きこもれば問題ないから、そんなに心配する事はないだろうと思うんだが、どうだ?」


「ライム、学校やめるの?」


「いやいや。何かあったら、だ。今のところは大丈夫だ」


 食事が終わったひよひよを抱っこし、ちょっと心配そうに達也を見上げて質問してくるライムを、安心させるように笑ってなだめる達也。それを聞いて、笑顔を浮かべるライム。やはり子供は、笑顔が一番である。


「ご飯食べ終わったし、コーラほしい!!」


「せやな。そろそろええやろ」


 難しい話に飽きてきたライムの要求に、苦笑しながら許可を出す宏。それを聞いていた春菜が口を挟む。


「宏君。今日はカ○ピスソーダとかでもいいんじゃないかな?」


「せやなあ。ライム、新味行ってみるか?」


「うん!!」


 宏と春菜の提案に、目を輝かせて頷くライム。それを確認して、定番中の定番であるカ○ピスソーダをコップに注いでやる宏。注目している他のメンバーにも、次々にコップを渡していく。炭酸が苦手なファムは原液を普通の水で割ったものだが。


「あ、これも美味しい」


「コーラよりちょっとだけ酸味が目立つのです」


「あたしはこれの方が好き」


「果物のジュース以外にこういう甘い飲み物が少ないので、なんだか新鮮な味わいです。ヒロシ様、これも量産して販売とかできるのでしょうか?」


「美味しいんですけど、また私とテレス姉さんだけこういうのを先に味わったってばれると、村の皆に色々言われそうです」


 日本でメジャーな乳酸菌飲料は、おおむね好評だったようだ。その反応ににやりと笑みを浮かべ、更に余計なものを取り出す宏。


「ほな、罰ゲームで定番の奴も試してみよか。罰ゲーム用やから、ライムは無しな」


 そう言って取り出した生温い各種炭酸飲料に、何故か目を輝かせるエアリス。こういうぞんざいな扱いを受ける事が少ないからか、とかく彼女は罰ゲームというものが大好きである。


「ちょっと待って親方!」


「罰ゲームって、ノーラは悪い事は何もしてないのです!」


「罰ゲームっちゅう言い方やと語弊があるから、正確に実験台と言うとこうか」


「もっと悪いです!」


 工房職員からの猛抗議を平気な顔で受け流し、次々に準備していく宏。準備されたメッ○ールとドクター○ッパーを真っ先に手に取り、周囲が止める間もなくぐっと一気に飲み干すエアリス。


「……冷やせば、意外と飲めそうな気がします」


「エル、あんた大物ね……」


 割と平気そうなエアリスに、思わず呆れた表情を浮かべる真琴。最近は基本的に何でも食べるエアリスは、春菜の悪食が伝染っているような気がしてならない。


「うわあ、これマズ……」


「確かに、冷やせば飲める気はするのですが……」


「生温いのをエル様みたいに平気な顔で飲むのは、ちょっと無理ですね……」


「そら罰ゲーム用やからな」


 エアリスと違って想定通りの反応を見せてくれたファム達に、ドヤ顔で全然威張れない内容を告げる宏。そんな宏に呆れつつ、そういえば最近ちょっと暑くなってきたな、などとまったく関連のない事を考える春菜。


「あ、そうだ、宏君」


「何や?」


「あせも・ただれ防止のエンチャントを教えてほしいんだ」


「まあ、今の春菜さんやったら余裕やろうからええけど、何で?」


「女の子には、いろいろあるんだよ」


 春菜のその台詞に、アルチェムを除く第二次性徴が始まった後の女性の視線が、ある一点に集中する。そして


「春姉なんて、パイ拓でも取られてればいいんだ……」


 澪がそんな物騒な言葉を呟く。


「ミオ様、パイ拓とは何でしょうか?」


「おっぱいに墨汁を塗って、半紙を押し付けて写し取る伝統工芸」


「まあ!」


「そこ、エルに嘘を教えるな!」


 パイ拓という単語に食い付いたエアリスに澪が余計な事を吹き込み、達也が大慌てで全力の突っ込みを入れる。が、そんな事にはお構いなしに、真琴を手招きした澪が余計な算段を立て始める。


「春姉は隙が少なそうだから、まずはアルチェムで練習して……」


「そうね。で、ついでだから最近大きくなってきてる気がするノーラも行っとく?」


「承認」


「ってか、あんたもそろそろ谷間ぐらいはできそうな感じじゃない……」


「大丈夫。普通にエルに引き離されかけてる」


 小声で話をしている真琴と澪の会話をばっちり拾ってしまい、宏ががくがく震え始める。その様子に危機感を持った達也が強制的に話を終わらせにかかり、とりあえずその場は事なきを得るのだが……。


「澪……」


「何、真琴姉?」


「あんたそろそろ、普通にCカップぐらいありそうじゃないの!」


「まだ、Bの真ん中を超えたぐらい。もうCに入ってるエルの方が発育が早い」


「……春菜より先に、あんたをもいだ方がいいかしら?」


「暴力反対」


 澪が地味にCよりのBまで育っていることが判明して、真琴との間に亀裂が生じることになるのであった。








 一方、その頃。ルーフェウス学院の教授会では。


「学院長、ひとつお願いがございます」


 ライムの存在を、というよりアズマ工房の介入を快く思っていない教授の一人が、学院長にとある提案を持ちこもうとしていた。


「なんですかな?」


「アズマ工房から入学してきた学生が、我々が数百年にわたって研究を重ねてきた内容と相反する主張をする事が増えてまいりました」


「それが何か問題なのですかな?」


「残念ながら、彼女達の説明では、それが正しいのかどうか実証不可能でしてな。だからと言って、嘘をついているとか間違っているとか切り捨てるのも大人げない」


「つまり、彼の工房の主に、学院で説明させよ、と」


 学院長の言葉に、首を横に振る反対派教授。それを見て、怪訝な顔をする学院長とフルート教授。


「我々だけに説明をしても意味がありますまい。ですので、彼に特別講義をやっていただけないかと」


 何処となくいやらしい笑みを浮かべながら、そんな提案をしてくる反対派教授。その提案に、少し考え込む様子を見せる学院長。


「……そうですな。先方の都合に合わせることになりますが、受けていただければルーフェウス学院にとってもプラスにはなりましょう」


「では!?」


「あくまで、先方が受けてくだされば、です。彼らはあれで色々忙しい方々ですし、そもそもこちらは既にいろいろと無理をお願いしている立場です。断られても仕方がないと思っていてください」


「もちろんです」


 学院長の言葉に、どことなく暗い笑みを浮かべる反対派教授。受けなければ逃げたと言って評判を落とせるし、受けたら受けたで、どうせ本職ではない人間の講義だ。どうとでもけなしようがある。そんな考えが透けて見える。


 事実をベースにした矛盾のない意見であれば、ローレンでも一定度合いは受け入れられる。上手くやれば、相手の権威を多少は傷つけられるだろう。


 そんなせこい思考をにじませる教授に、内心で小さくため息をつく学院長。


「フルート教授」


「何でしょう?」


「彼の思惑通り、上手く行くと思いますかな?」


「いいえ」


 彼の教授に聞こえないように、小声でそんなやり取りをする学院長とフルート教授。確かにアズマ工房はあくまで職人の集団。人に教えるのは本職ではない。だが、ライムを今のレベルまで育てたのは、宏と澪である。幼女をあのレベルまで教育できる能力があるのだから、ある程度の講義は出来ると考えて問題はないだろう。


 それに、断られたところで彼らに痛手など与えようがない。あくまでもアズマ工房の本質は職人集団なのだから、評価の対象は作られた製品がメインになる。製品の品質や機能、性能に関しては、あくまで多数の消費者が下した評価が全てだ。ルーフェウス学院のコメントなど、実際に使った人間の評価に比べればさほどの影響はない。


 そして、誰がどんなにけなそうが、実際に三級のポーション類を作り、オリハルコン製の装備を作り、かつてない性能のゴーレム馬車を作っているのだから、今更ルーフェウス学院が講義の依頼から逃げたと騒いだところで失笑されるだけであろう。使う側からすれば、理論が正しいかどうかなど、実際に効果が出ているかどうかに比べればどうでもいい事なのだから。


「何にしても、この学院のためにお願いを聞いてくださる事を祈るしかありませんな」


「聞いてくだされば、間違いなくこの学院の環境もいい方に変わりますからね」


 その後の何とも代わり映えのしない内容で話し合いが続く教授会を傍観しながら、そんな風に囁き合う学院長とフルート教授であった。

そろそろ作者ですら、なぜこの二人がデキてないのかが不思議になってきた件について。

それはそれとして、料理長とかは小物過ぎて、やられた描写無しのほうが美味しいと思tt(鯖キャン

まあ、レイニー一人で片付けたようなものだし、極論飯が美味くなるなら宏達にとっちゃどうでもいい事だし……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 正直料理長とかあとがき見るまで存在忘れてました(てへ)
[気になる点] 文中の齟齬を確認 〉「それが酒をその手の飲み物で割ったものだとしたら、関東では一般的にコーラサワーとかカ○ピスサワーそういう呼び方をするんだが?」 「ええやん、焼酎使うんやから酎ハイの…
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