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第8話

「そろそろ、いろいろ説明が欲しいんやけど、ええかな?」


 日本人たちが方針を決めた翌日。全員揃っての朝食を終えたところで、宏が一同を代表して話を切り出す。


「そうだのう。いい加減、こちらの事情を話す頃合いかもしれんな」


「ドーガ卿!?」


「リーナ、今はドルと呼べ。それと、卿は不要」


 お約束のやり取りを済ませ、宏達に向き合うドーガ。もっとも、レイナがドーガを制そうとしたのは、事情を話すことに反対だからという訳ではない様子ではあるが。


「話の前に、一つ確認しておきたい」


「何?」


「一月半ほど前、ポイズンウルフ大量発生の時に毒消しを作ったのは、ヒロシ殿か?」


「……どうせ確証がある状態で質問しとるやろうから正直に言うと、確かにその時薬作ったんは僕や。作った数は確か三百ちょっと」


 ドーガの質問に、正直に答える宏。その言葉に、目に見えて態度が変わるエアリスとドーガ。特にエアリスは何か言いたそうにしながらも、レイナの粗相を含む様々な事が引っ掛かってか、これ以上は図々しいのではないかと遠慮して口にできない、と言った風情だ。その様子にこのままでは話が進まないとみた春菜が、突っ込んだ質問をする。


「宏君が薬を作れる事と、あなた達がピアラノークにつかまっていた事に、何か関係があるの?」


「直接は関係ない。が、今後の事態の打開、という観点では、大いに関係してくる可能性が高くての」


「面倒な話?」


「極めて、な」


 予想はしていたが、そうきっぱり言われてしまうと反応に困ってしまう宏と春菜。その様子に苦笑しながら、とりあえず必要な情報を頭の中で整理するドーガ。何から話をするかと考え、そもそも自分達の素性を正確に話さないと、協力を求めること自体が難しい事に思い至る。


 これまでの二人の態度から察するに、多分こちらの素性にある程度勘付いてはいるだろうが、確証までは持っていまい。感じから言って、真琴が自分達の事を話した雰囲気でもない。とりあえず、ここしばらくの様子から、少なくとも進んでこちらと敵対する気は無いだろう、と言う点は断言できる。ついでに言うと、真琴と達也はともかく、残りの三人にはあきらかに、敵意を持って相手を騙す才能には致命的に欠けている。比較的口数が少ない澪はまだ良く分からないので置いておくにしても、残りは二人ともそれなり以上に機転は利くし、自分達が騙されたり裏切られたりする可能性について考える程度には頭もよく警戒心も強いが、根っこが善良と言うか平和ボケしていると言うか、裏切られそうなら先に裏切ればいい、みたいな発想はなさそうである。


 人柄、という点では信用してもいいだろう。口の堅さ、と言う面でもそれなりには信用できそうだ。が、人柄がよさそうだからこそ、演技力と言う面ではいまいち信頼できない部分がある。誘導訊問に簡単に引っかかったりはしなかろうが、全く態度に出さずにとぼけきれるかと言われると微妙なところだ。と、そこまで考えたところで、それでもレイナほど馬鹿正直では無かろう、という事実に思い至る。


 レイナの真っ直ぐな所は美点ではあるが、思いこみが激しく裏を読むのが苦手で、隠しごとが下手だと言う欠点とワンセットの特徴でもある。生真面目で融通がきかないところがあるため、そう簡単に誘導されたりはしないが、逆に言えば、思いこまされてしまえば修正が難しい、と言う事でもある。それゆえに、戦闘以外の突発的な事態には弱い。とは言えど、レイナも別段全くの無能と言う訳ではない。若さと性格ゆえに腹の読みあいや交渉などには向いていないが、少なくとも家督を継げない三男坊とかの平均よりは、ずっと役に立つ。


 宏を追いつめてしまった件は、手綱を握れる人間が、どちらも機能不全を起こしていた事もまずかったのである。所詮まだ成人したばかりの小娘なのだから、いろいろ経験を積めばもう少しマシにはなるだろうし、当人もそれなりに欠点を自覚し、改善できるよう努力を重ねているのだから、もう少し長い目で見てもいいだろう。第一、被害者である宏が厳罰を嫌がっているのに、こちらが様子見もなしで余計な罰を与えるのは、かえって関係をこじらせかねない。さすがに、同じレベルのミスに対しては二度目はないが。


 そんな自分の部下の、精神面での特徴と比較して結論を出す。レイナよりは融通がきき、十分すぎるほど義理堅く、かつ二人でピアラノークを仕留められる程度の技量も持っている。達也はそれに加え、十分な腹芸をできる程度の人生経験はありそうだし、澪の方は達也や宏が口止めをすれば、多分余計な事は言わないだろう。何より宏は、少なくとも製薬と鍛冶と魔道具製作に関しては、高い実力を有している。こちらの情報が妙なところから漏れるかもしれない、というリスクを鑑みても、全て正直に話して味方に抱きこむメリットは大きいのではないか。そう結論を出し、自分達の素性を含む事の次第を全て話してしまう事にする。


「話の内容は決まった?」


「うむ。今から話す内容は、出来れば他言無用に頼みたい」


「ドーガ卿! 話をすることには反対しません! ですがこんな部屋で、全てを話すおつもりですか!?」


「だから、ドルと呼べと言っておろうが」


「そんな事はどうでもいいです! こんな何処に耳があるか分からない部屋で全てを話すのはお待ちください!」


「そこらへんの対策は、ちゃんとやってあるから安心し」


 宏の言葉に、エアリスが目をつぶって何かを確かめる。


「……工房全体に、かなり高レベルの遮音、対盗聴、対透視結界が張ってありますね。さらに、この部屋にもです。これは、どちらがなされたのですか?」


「工房全体は宏君が作った道具。最初は私が張ってたんだけど、毎日張り直すのは面倒だから、途中で道具を作ってもらって、ね」


「因みに、この部屋には俺と澪が分担してかけた。長話になると厄介だからな。ついでに、事前にこの部屋だけディスペルをかけてあるから、最初から内部に仕掛けてある、と言うのも大丈夫だろう」


 エアリスと春菜の会話に、補足説明を入れる達也。それを聞き、感心したような表情を浮かべるドーガとレイナ。因みに全部ゲーム中の一部クエストに必須の魔法で、それ以外ではほぼ使い道がなかったりする。辛うじて遮音結界がハーピーやセイレーンなどの呪歌や音波攻撃を潰すのに役に立つ程度で、盗聴や透視を防ぐ結界なんぞ、クエスト以外には普通まず使わない。そのくせ、クエストによってはやたらと高い熟練度を要求してくることもあり、無駄に熟練度が高い使い手も少なくない。


 なお、何故わざわざそんなものを使っているかと言うと、言うまでもなく個人情報保護のためである。特に宏の情報はいろいろやばい。冗談抜きで国家間のパワーバランスが引っくり返りかねない。当人はそれは大げさだと思っているが、それでもいろいろ出来る事が漏れるとまずい、と言う自覚ぐらいはあるのである。


「ちゅうわけで、余程でない限り盗聴とかに抜かれる事はあらへんから、キリキリ吐いて」


「宏君、もうちょっと言い方ってものを考えようね」


 宏と春菜の漫才じみたやり取りに苦笑しながら、ドーガが順番として、自分達の正体とこの国の王家についての基礎知識を話し始めた。話す内容についてはドーガに一任したためか、エアリスは一切口を挟まない。レイナも先ほどのやり取りで納得したからか、特に自分の意見を言う事はしない。


 レイナから姫様と呼ばれていたエアリスは、この国の第五王女で末っ子だ。血統的には正室の次女である。基本的にずっと男系で継承してきたファーレーン王室の中では例外的に、ごく低い順位ながら継承権を持っている。これは、彼女が与えられた役割によるものである。因みに、ファーレーンでは庶民から孤児まで姓を持つが、例外的に王族は名字を持たない。これは、彼の一族が唯一無二の存在であり、他と区別する必要がない事と言う理由からだ。ファーレーンに限らず、一定より古い国家に関しては、王族に名字がない国の方が多いのも、現時点でもっとも古く格式があるファーレーンをまねているからであろう。


 ファーレーンが男系で王位を継承してきたのには理由がある。王家に伝わる血統魔法が、どういう訳か王女の子供には発現しないのである。血統魔法を使える王子の子供には男女関係なく発現するのに、だ。そのため、正室の女児より側室の男児の方が大事にされていたりする。ついでに言うと、ファーレーンに限らず血統魔法の類は、まず別の国で生まれた子供には出ない。理由ははっきりしていないが、加護を与えている神が違うからだ、と言うのが一般的な見解である。さらに補足しておくなら、他国に婿入りした、などのように、王家と縁が切れた男子の子供にも、血統魔法は受け継がれない。この点も、全ての国の王家に共通だ。


 では、何故エアリスだけが継承権を与えられているのか? これは彼女が現在ついている、姫巫女と言う役職が大きく絡んでいる。ファーレーンの姫巫女とは、この国の守護神である女神アルフェミナの神託を聞き、また、自身の体と魔力を媒介にして、女神の力を使う事が出来る、その名の通りのシャーマンである。この役職についた女児だけは、どういう訳か血統魔法を受け継いだ子供を産む事が出来るのだ。無論、彼女達であっても、ファーレーンの外に嫁いで産んだ子供には、血統魔法は発現しない。


「話だけ聞くと、すごく重要な立場にいるように聞こえるんだけど、その割には側仕えがドーガさんとレイナさんだけ、って言うのは不自然だよね?」


「なんかあるんやろ。今の話からするに、その姫巫女とやらも、一代に一人しか出来る人間がおらん、言う訳でもなさそうやし」


「大方、継承権ってのも個人に帰属するものじゃない、ってところなんだろう」


 ざっとシステムの説明を受けた春菜の疑問に、宏と達也が自身の考えを述べる。


「うむ、その通りだ。姫様は確かに、当代はおろか五代ほどさかのぼっても並ぶものがないほどの力を持ってはおられるが、姫巫女としての役割を果たせると言う観点では、上に後お二人ほど、まだ嫁いでおられない姫君がおられる」


「それに、姫巫女の役につかれた姫君は、政治的な権限を一切持つ事は許されない。候補となられた姫君は、いざという時のためにある程度の帝王学は学ぶが、それを生かす事はまずないと言っていい」


 要するに、政治的に無価値な上に代えがきく存在であり、エアリスだから重要だ、と言う訳ではないのである。その上、一日の大半をそれなり以上に厳重に警戒されているアルフェミナ神殿にこもっており、残りの時間を、これまた国で一番の警備体制を誇る王城で過ごすのだから、専属の側仕えはそれほど必要にならない。それに、ドーガもレイナも、戦闘能力だけで言うなら、この国でも屈指の実力者だ。ドーガに至っては、政治的にもかなりの影響力を持つ人物である。


 もっとも、それ以上に、姫巫女に就任する前に配属された彼女の侍女が大層問題の多い人物で、そのくせ外面を取り繕う事だけは上手かったため、その侍女がやらかした行動がすべて、エアリスの悪評になってしまっている事が、エアリスの周りに人がいない原因になっている。彼女のおかげで、王族及び一部の要人以外からの評判が非常に悪く、レイナのように昔から近くにいた人材以外は側仕えを嫌がるので、人を配置できないのだ。


「なんかきな臭い話やな」


「いくらなんでも、自分の娘にそんな変な侍女をつけるほど、この国の王様って節穴じゃないよね?」


 ウルスの治安や統治状況、噂話の類から判断した国王像からは、エアリスの状況にはどうしてもつながらない。その部分の違和感が、どうにもぬぐえない様子の春菜。


「うむ。そこにはいろいろ表ざたに出来ん問題があってな。今回の事に関わってくる話だが、正直国の汚点のようなものゆえ、詳細は伏せさせていただきたい。ただ五年ほど前、ちょうど専属の侍女をつけようかと言うときに大型モンスターが大発生し、どうしてもそういった人事に目が行き届かない時期があってのう。言ってしまえば、そこを付け込まれたようなもんじゃ」


 大型モンスターの大発生、と言う単語に、妙に納得する一同。ゲームの頃も、いわゆる運営イベントとしてそう言った事件は何度か起こっていた。特に大発生系はゲーム内で最低でも一カ月、長いと三カ月ぐらいは掃討が終わらない事もあり、手こずれば手こずるほどいろんなところに影響が出ると言う、いろいろ凝りすぎだと言いたくなるような代物であった。


 ましてやこっちのファーレーンは、掃討を手伝う高レベルの冒険者など、ゲームほどの数はいない。必然的に事態は長引き、被害は拡大し、安全圏の数まで掃討し終えても災害対策としててんてこ舞いになるため、どうしても急ぎでは無い案件には、目が行き届かない物が増えてくる。


「……なるほどなあ。なんちゅうか、あんまり聞かへん方がよさそうやな、その辺の深い事情は。今はその人、関係なくなってるんやろ?」


「すでに処刑されておるから、アンデッドとして復活でもせん限り、二度と関わる事は無かろうな」


 ドーガの台詞に、何とも言えない表情をする宏と春菜。聞くと、姫巫女就任が決まった時に、毒殺未遂を犯したらしい。どうやら彼女自身が誰かに嵌められたようだが、その頃には仕えるべき姫君をないがしろにしていた事が上層部に伝わっていたため、毒殺未遂が無くても、処刑は時間の問題だったと言う。処刑を合法的に行うのはハードルが高い国とはいえ、さすがに王族相手、それも抵抗する力を持たない幼い姫君に虐待に近い真似をしていれば話は別だ。


 ついでに言えば、そういった事情を知り直訴しようとした教育係などを何人も無断で解雇し、その報告を握りつぶしていた人物も既に排除されている。その程度の裁量権はあるが国の中枢に食い込めるほどでもない立場の男で、何やら見事に洗脳のようなものを受けていたとのことである。


「本来なら、どのような人間だったとしても、私がちゃんと手綱を握っていればよかったのですが……」


「いやいやいや。いつ頃からついとったかとかは知らへんけど、そう言う人間が年齢一桁の子供に手綱を握らせるとか、あり得へん」


「というか、最初エルちゃんって、もっと年が上だと思ってたよ、私」


「僕もや、っちゅうか、僕らよりしっかりしてるんちゃう?」


「まともに教育を施された貴族の子女は、同じ年でも私よりずっとしっかりしていますよ?」


「まともに教育を施されていれば、ですが」


 レイナの言葉に、お前が言うか、みたいな視線が集中する。


「まあ、話をもどそう」


 達也に促され、一つ頷いて話を進めるドーガ。


「少々話が逸れるが、現時点で姫巫女の資格を持っているのは、エアリス様を除けば直系の第二王女殿下と、傍系の第四王女殿下のお二人。そのうち、第二王女殿下とエアリス様は大層仲がよろしく、第二王女殿下と第四王女殿下も仲睦まじいのだが……」


「エルとその第四王女が、ものすっごく、仲が悪いのよ」


「正確に言えば、第四王女殿下が、一方的に嫌っておる、と言うところじゃな」


 真琴の台詞をドーガが補足する。その言葉を確認するようにエアリスを見ると、悲しさと寂しさが混ざった表情で、一つ頷いてくる。


「何ぞ、ややこしい感じやねんなあ」


「ボク、いつも思うんだけど、揉めるって分かってて、何でたくさん子供作るんだろうね。それもわざわざ側室まで作って」


 澪の素朴な疑問に、苦笑するしかない一同。実際、理想を言うのであれば、子供は継承権を持つ一人と、ファーレーンの場合は姫巫女の資格を持つ一人だけがいるのが、余計なもめごとを起こさない最良の状況であろう。だが、それだと、どちらかに何かあった時に、全く立て直しが効かない。特に、この世界は医療の技術もそこまで進んでいる訳ではないので、血筋が途絶えないようにとなると、必然的にある程度の数は必要になるのである。


 実際のところ、この世界より医療技術が発達している日本でも、皇室が少子化により男系維持に赤信号が灯っている事を考えると、継承権争いの危険を冒してでも、ある程度多数の子供をもうけるのは、どうしても必要な事なのだろう。しかも、側室と言うのは政治的な要素もある。ファーレーンほどの大国になると、逆に全く持たない、と言うのも難しいのだ。


 とは言え、根っからの日本人でしかも多感な年頃の、しかも男女付き合いにある種の幻想を抱いている澪には、側室を持ってたくさん子供を作ると言う行為は許容しがたいのも、分からない話ではない。


「この国は珍しく、王妃様とお二人おられる側室の皆様方が大層仲が良く、エアリス様と第四王女殿下の間を除いては、王子様方も王女様方も仲睦まじいのだが、それゆえに……」


「エルと第四王女の仲違いが目立つ、と言う訳か。それは根が深そうだな」


「そうなるのう。そもそも、エアリス様が生まれたこと自体が気に食わない、という態度だったから、どうにもならぬ」


「そこだけ不穏なのって、なんか変だよね。因みに、その第四王女って、いくつ?」


「今年で十六歳になられる。そろそろ、嫁ぎ先を決めねばならぬお年頃じゃな」


 何とも言い難い年齢差だ。


「なんか、面倒な感じやなあ」


「うむ。面倒なことこの上ない。しかも、その第四王女殿下が、どこから連れてきたのか、いつの間にか怪しげな男を手元においての」


「もしかしてそいつが?」


「おう。儂らをピアラノークのもとに飛ばしたのが、そいつじゃな」


 ドルが明快に言い切ったその台詞に、極めつけに面倒なことになった、と内心で頭を抱える日本人たちであった。








「情報を整理するためにも、折角だから、この国の王室が、どういう人員構成になってるか、教えてもらっていい?」


 しばしの沈黙の後、春菜がドーガに切りだす。


「うむ。まず、一番上が側室第一妃の御子息で、アヴィン殿下。お歳は二十二歳だが、この度兄弟国であるファルダニアに王配として迎えられる事になった。そのため、この国の継承権は無い」


「それ、大丈夫なん?」


「元々ファルダニアは、この国から分かれ出来た国でな。継承権争いを嫌った三代目国王陛下の王弟殿下が、自身を担ぎあげようとした一派を引きつれて、リドーナ海を挟んだ向こう側の大陸に建国した国じゃ。ゆえに、男児に恵まれなかった時は、こちらから王配として養子に出される事もある。それに、第一妃は現ファルダニア国王陛下の従妹、先代の王の弟君の娘に当たる人物でな。血統的にも、向こうに行くのにちょうどよかったのじゃ」


「気になるんだが、それは本人は納得しているのか?」


「むしろ願ったりだろう。アヴィン殿下と、かの国の第一王位継承者のプレセア王女が恋仲なのは、有名な話だからな」


 達也の質問に対するレイナの補足に、それはめでたい、と顔をほころばせる日本人たち。政略的な問題が絡もうと、当人達が幸せになるのならいい事だ。


「話を戻そう。その次に第二妃の御息女で、元第一王女のマグダレナ殿下。お歳は今年二十歳になられる。この方は二年前にダールの王太子妃として嫁がれてな。最近、王女を出産なされて、来年お披露目の会が行われる予定じゃ」


「その下が、王妃殿下の御息女で、第二王女のエレーナ様。お歳は今年十九歳。流石にファーレーンの正室の娘ともなると、嫁ぎ先も慎重に選ばねばならなくて、まだ独身だ。姫巫女の資格をお持ちである事からも、国内の有力貴族に降嫁なされる可能性が一番高い」


「ついで、第一妃の御息女であられるマリア王女。十八歳。真琴が来る直前に、マルクトの宰相でもある王弟殿下に請われて、嫁いで行かれた」


「それから、先ほどから話題となっている、第二妃の御息女で、第四王女のカタリナ様、十六歳。王太子殿下であられるレイオット王子殿下、十五歳。第二妃の御子息で第三王子のマーク殿下、十三歳。そしてエアリス様と続く」


「継承権、という観点では、王弟殿下の御子息も持ってはおられるが、まだ三歳の上、血統魔法にあまり適性がなくての。流石に、血統魔法の重要性を知らん貴族はおらぬ故、彼を担ごうと言う勢力は無いな」


 ドーガ達の話を聞き終え、頭の中で整理する一同。とりあえずの関係図をまとめた春菜が、確認を取るように口を開く。


「とりあえず、国内の政治がらみに関わりそうなのは、エレーナ様とカタリナ様、レイオット王太子殿下、マーク殿下とエルちゃん、でいいのかな?」


「そうなるのう」


「そのうち、勢力争いに発展しそうなのが、カタリナ様とエルちゃん、でいいの?」


「人間関係としてはそうじゃが、勢力争いにはならんだろうて。残念ながら、エアリス様には人望がないからの」


 元々社交界に出る年になるまで、王族の顔と人柄を直接知ることができる人間は、それほどいない。そしてエアリスの場合、社交界の前哨戦ともいえる、有力貴族の茶話会に参加する年齢になる前に姫巫女に選ばれ、神殿引きこもりになってしまったため、神殿の上層部と王族一家、後は幼いころから側仕えをしていたドーガのような人物以外は、正確な情報は一切知らないのである。


 その上で、件の侍女が好き放題やった影響がいまだに残っており、何故彼女が姫巫女に選ばれたのか納得がいかない、と言う人間の方が圧倒的に多いのだ。エレーナ王女と先代の姫巫女が、能力的にも人格的にも、今代の候補者の中ではエアリスを超える者はいない、と言いきっているから表面上は収まっているだけで、カタリナ王女派やエレーナ王女派の人間の方が多いと言うのが実情である。


 確かに姫巫女と言うのは、政治的には一切権限は無い。だが、国王と並んで国を守る柱であり、過去には人柄に問題がある女性が姫巫女となったために国が大層乱れた、という記録もある以上、悪い噂しか聞かない子供をそんな地位につけるのは反対だ、と言う人間が多いのも仕方がないことだろう。


 そう言ったもろもろの事情があるため、実力者で王族すべてに顔が利くドーガと、幼いころから一緒に行動することが多く、戦闘能力の面で申し分のない、少なくとも裏切る事だけは無いであろうレイナ以外、迂闊に側仕えを増やす事が出来ないのだ。ヘタに人を増やすと、いつ寝首を掻かれるか、もしくは、いつまた姫巫女の威光を利用して好き放題されてしまうか、分かったものではないからである。残念ながらここまで評判が悪いと、常識と良識を持った人間は、そう簡単には引き抜かれてくれない。


「なんかさ、そのカタリナ王女、って人が問題児なんじゃないか、って気がしてきたな」


「それについては、我々の口からは何とも言えぬ。お主らに予断を与えたくないからの」


「少なくとも、公式の場では賢明な女性と評価できる振る舞いをしてはおられる」


 達也の言葉に、返事を濁すドーガとレイナ。エアリス本人も、一方の当事者のため迂闊な事は言えないらしい。やんごとない方々の事情は、いつの世もややこしいようだ。


「で、今更思い出したんやけど、僕が毒消し作った事と、今後の状況の打開、っちゅうんとはどうつながるん?」


「毒消しを作れると言う事は、毒物に詳しい、と言う事でいいか?」


「まあ、ある程度は」


「ならば、問いたい。無味無臭でかつ、毒見役を殺さずに本命の体調だけを崩させるような、そんな毒は作れるのか?」


「毒自体は、そない難しいもんやあらへん。別段、一回の飲食でどうこうせんでええんやったら、どうとでも出来るやろな。ネックになるんは量の調整だけやし」


 あっさり返ってきた回答に、眉をひそめながら質問を続けるドーガ。


「では、その毒を消す事は?」


「物によるけど、よっぽどでもない限り、消せん毒は無い。ただ、手遅れの可能性はあるから、絶対とはよう言わん。万能薬、っちゅう手段もあるけど、ちょっと遠出せんと材料が揃わんし、機材もちょっと不安があるし、そもそも手遅れになっとったら、毒をいくら消しても無駄や」


「ふむ。では逆に、病だったとしたら?」


「それも同じや。症状を聞いた上で直接容体を見な分からへんけど、大抵は治療できる。せやけど、毒も同じやけど、後遺症とかについてはそれこそ容体次第やから、この場では何とも言えんで」


「そうか……」


 しばし考え込んだ後、席を立ちどこかへ出かける準備をするドーガ。


「どこに?」


「少々、協会の方へ顔を出してくる」


 そう言うと、魔道具を使って姿を変え、エアリスとレイナを置いてさっさと出かけるドーガ。


「で、さっきの話、何ぞ心当たりでも?」


「……エレーナ姉様が、ここのところずっと、体調を崩されているのです」


「宮廷医師や宮廷魔術師は、何も分からなかったの?」


「はい。原因不明の病、と言う事で処理されていますが……」


「症状を聞いたうえで、当人を直接見やん事には何とも言えん話やな」


 宏の言葉に一つ頷き、覚えている限りの症状を説明する。ほとんどは大抵の病に共通するものだが……


「幻痛に手足の震え、か。エレーナ姫様と他の人って、食事は一緒に?」


「症状が出始める一週間ほど前からは、王家みんなの予定がつかなかった事もあって、お昼以外はずっとお一人でした」


「エルはどうなん?」


「私は、基本的に神殿での食事で、食べるものは他の神官と変わりませんので……」


「なるほどなあ。毒見役は、毎回違う人?」


「はい。体質や体調の問題なども出てきますし、正確性の問題もありますので、毎回違う組み合わせで、四人ほどの毒見役が毒見を行っています」


「他の人には、症状は出てないんやね?」


「出ていません」


 そこまで話を聞いて、一つ確信を持つ。


「間違いなく、毒やな」


「断言できるの?」


「まあ、近い症状の病気はあるんやけどな。それ、確かマージンラットに引っかかれな感染せえへんし、いっぺん人に感染して発症したら、すごい勢いで周囲に広がるから、もっと大勢に症状が出てなおかしいねん。潜伏期間長いんも最初の一人だけやし、特になんもせんでも二週間もあったら治りよるしな。せやから、まず間違いなく、毒や」


「解毒剤は作れるのか?」


「問題あらへん。ただ、日持ちせえへん材料がいるから、すぐに作るのはちょっときついわ」


 いくら腐敗防止があると言っても、全ての素材が十分な量保存されている訳ではない。殊に、薬系のマイナーな素材などは、西の交易拠点であるウルスでも、すぐに手に入るものではない。


「発症してから、どれぐらいの日数がたっとる?」


「そうですね。多分、そろそろ一カ月ぐらいでしょうか。私たちがピアラノークに捕まった時点で、最低でも二週間は経過していましたので」


「もしかして、ここでスチャラカやっとったん、結構まずかった?」


「それは、なんとも……」


「まあ、そうやろうなあ」


 実際のところ、いくら城に大量の解毒剤を納入した実績があったところで、一足飛びでどこの馬の骨とも知れぬ冒険者に話が来る訳がない。それなり以上に実績と信用がある人間がすべてダメ、となるのにも二週間やそこらは必要だし、仮にピアラノークの事がなくても、どっちみち宏達を面接するのに、目覚めてから今日ぐらいまでの時間は必要だったのだから、誤差の範囲と言うしかないだろう。


「とりあえず、ドルおじさんが戻ってくるまで動きようがないけど、どうしようか?」


「なんやかんやで昼が近いし、ちょっと新しい日本の味を用意しよか」


 宏の言葉に、それまで沈んでいたエアリスが顔を輝かせる。


「何を作るんだ?」


「豚にイカ、エビ、牛スジ、キャベツ、小麦粉、山芋で分かるやろ?」


 達也の質問に、材料を並べながらそんな事を言ってのける宏。大阪人がその手の材料を使うとなると、作る料理は一つしかない。なお、言うまでも無いが、豚も牛も、あくまで似たような味の生き物、と言うだけで、全く同じものではない。特にファーレーンで一般に豚として飼われている動物は、ラードがほとんど取れなかったり豚骨スープが作れなかったり寄生虫がいなかったりと、同じなのはむしろ見た目と肉質、肉の味ぐらいだと思った方がいい生き物である。


「なるほど。モダンもOKか?」


「当然や。ただ、個人的に、広島焼きまでは譲歩するけど、もんじゃ焼きは勘弁な。あくまで個人の好みやけど」


「大丈夫。私ももんじゃ焼きは、そんなに好きじゃないから」


 などと会話をしながら、黒い鉄板を食堂のテーブルの上に乗せる。大きな食堂のテーブル、その三分の一を覆うほど巨大な、いわゆる業務用サイズの鉄板で、その気になれば十枚以上、同時に焼けるだろう。きっちり表面を磨き上げた上で、錆止めその他のための表面処理を施してあるのが、いちいち芸が細かい。しかも、しっかり魔道具として使えるようにあれこれ付与まで施しているのだから、手間がかかっている。


「一体、いつの間にこんなものを……」


「溶鉱炉のチェックした時に、な。このぐらいやったら、見た目ほど材料は要らんし」


 因みに材料は、使い物にならなくなった道具の金具などを集めて再利用したものである。


「ほな、さっさ仕込むで」


 宣言通りにキャベツを手際よくきざみ、手早く生地を練っていく。何ぞこだわりでもあるのか、全ての仕込みを一人で終わらせ、春菜にすら触らせない。


「注文は?」


「豚玉~」


「ミックスモダン、卵二つで」


「えっと、お任せします」


「師匠、ミックスのチーズトッピングとかもあり?」


「了解や」


 注文を受け、一気に人数分を焼き上げる。遠慮がちに顔を見るエアリスに苦笑しながら、彼女の分を個人的にお勧めな牛スジ入りミックスで焼く。普段は春菜や澪と共同で作業するのに、今回は最初から最後まで一人で全部やってしまう。十五分ほどかけて焼き上げ、各人の好みに合わせてソースとマヨネーズをつけ、青のりと鰹節をまぶして全員に配る。そうやって振舞われたお好み焼きを、最近箸の扱いに慣れてきたエアリスとレイナを含め、全員がコテではなく箸で食べ始める。レイナは湯気で踊る鰹節にやや引いていたが、エアリスの方は全くお構いなしである。


 こうしてエアリスはまた一つ、日本の食文化に染まるのであった。








「お待ちしておりました」


「此度の事、世話をかけたな」


 冒険者協会ウルス本部。ドーガは協会の長と面会していた。


「あの方は、御無事なのでしょうか?」


「健やかに過ごしておられる。最近はずっと美味くて珍しいものを食しておられるからか、これまでになくとても顔色がよろしい」


「それは何よりです」


 ドーガの報告を聞き、心の底から安堵のため息をつく長。エアリスと直接面識のある数少ない外部の人間であり、彼女の評判が非常に悪い事に心を痛めている一人でもある。


「それで、宮廷の方はどうなっておる?」


「それは、私が説明しよう」


 ドーガの質問に、年若い、まだ少年と言っていい男の声が割り込む。長身で細身の、どことなくエアリスに似た面影を持つ、白銀の髪の優男だ。だが、見た目こそまだ成人年齢である十五に達したばかりの優男ではあるが、その身にまとう雰囲気は怜悧で、その隙のない立ち居振る舞いもあり、余程鈍いものでもない限り、誰も若造だと、優男だと彼を侮る事はしないだろう。


 今の今まで気配が無かったところを見ると、転移魔法か何かで飛んできたらしい。このタイミングの良さからするに、誰かが連絡を入れたのだろう。自身も冒険者資格を持つこともあり、レイオットと冒険者協会の間には密接な関係がある。


「殿下……」


「報告は聞いている。苦労をかけたようだな、エルンスト」


「勿体ないお言葉です」


 王太子レイオットの言葉に跪き、深々と頭を下げるドーガ。


「ここは公式の場ではない。楽にしていいぞ、爺」


「はっ」


 レイオットの許可を受け、促されるままに席につく。


「それで、殿下……」


「エレーナ姉上の容体が、悪化した」


「そんな……」


「まだ命に障りは無いが、もはや自分の足では立てん」


 予想以上に深刻な状況に、思わず歯噛みするドーガ。そんな彼をなだめるように、話を続けるレイオット。


「それで、例の冒険者は何と?」


「症状を直接見なければ分からないが、大抵のものは治療ができる、と。ただし、毒であろうと病であろうと、手遅れになっていればどうにもならない、とも申しておりました」


「その言葉、信用できるのか?」


「少なくとも、市井にいる技量ではない事だけは、断言できます」


 ドーガの言葉に頷くと、カードを取り出してどこかに連絡を取る。


「ユリウスを呼んだ。ここからすぐに転移で行くから、徒歩で来るように伝えてある。とりあえずそれなりに時間はかかるだろうから、奴が来るまで状況の確認をしよう。食事はしたのか?」


「いいえ。状況の確認と連絡を済ませたら、すぐに戻るつもりでしたので」


「ならば、ここで済ませよう。何か、軽いものを頼む」


「承りました」


 長が出ていくのを確認すると、深くため息をつく。


「全くもって、後手に回ったものだ……」


「申し訳ございません」


「いや。導師長や神官長にも悟られずに、広範囲を巻き込む長距離転移魔法を使うような相手だ。もともとお前達では相性が悪すぎる。むしろ、何か仕掛けてくると分かっていながら、まともな対策を打てなかったこちら側の失策だな」


「ですが、せめて一太刀浴びせていれば、エアリス様が術を発動させる時間を稼げたかもしれぬと思いますと……」


 ドーガの言葉に、首を左右に振るレイオット。戦うと言う行為については、彼の妹は全くの心得がない。たとえ、ドーガが時間を稼いだところで、突発事態で術を発動させる、などと言う事は出来なかっただろう。むしろ、ピアラノーク相手に身を守るための術を発動させた事が奇跡である。さらに言えば、それを善良な冒険者が助け出した、などと言うのは、それこそ奇跡を通り越して、何らかの力が働いているとしか思えない。


「あの男は、何と?」


「あの男、余程エレーナ姉上やエアリスに姫巫女で居て欲しくないらしい。もはや足腰が立たぬエレーナ姉上や、無責任に役割を放り出して出奔したエアリスではなく、カタリナ姉上に姫巫女の地位を譲れ、と言いだした。今のところ、神殿はその言葉を突っぱねてはいるが、いつまでもつか微妙なところではあるな」


「でしょうな」


「だが、先代の言葉を借りるまでもなく、カタリナ姉上では国を滅ぼしかねない。そもそも、アルフェミナ様が姫巫女の変更を受け入れない以上、奴らがどれほど吠えようと、エアリス以外が姫巫女になることなど不可能だ」


 レイオットの言葉に、深く頷くドーガ。そこに、軽食を持った長が入って来る。まだ湯気が上がっている温かいスープと、単に火であぶって黒パンで挟んだだけの燻製肉と言う、実にシンプルな料理である。


「このような粗末なものしか用意できず、大変恐縮ですが……」


「かまわん。毒に怯えながら冷めきったものを食べるよりは、こういったシンプルだが、出来立ての温かい物を食べる方がよほどいい」


「殿下、毒見を……」


「必要ない。この時間帯、冒険者たちも食っているのだろう? メニューが同じである以上、毒など混ざっていればとうに騒ぎになっている」


 レイオットの言葉に頷きながら、念のために自分達が先に手をつけるドーガと長。二人とも冒険者としての活動も長く、それなりに毒物に対する耐性を持っているのだ。ついでに言えば、これだけシンプルで味の想像がつきやすいものだと、余程特殊なもので無い限り、毒が混ざっていても一発で分かる程度の経験は積んでいる。


「それにしても、だ」


「はい」


「エアリスは相当珍しいものを食べているようだが、神殿の味気ない食事に耐えられるのか?」


 本当に粗末としか言いようがない食事を飲み下し、どういう訳か側仕えの二人が思い付きもしなかった懸念事項を告げるレイオットに、思わず動きが止まるドーガ。


「……そこは、神殿の食事を担当する者も交えて、一度相談する事にしましょう。珍しくはありますが、豪勢な食事、と言う訳ではございませんので」


「なるほどな。それで、そいつらが作る食事は、美味いのか?」


「好き好き、と言う物も結構ございますが、少なくともわしとエアリス様は気に入っております」


「ほう、なるほどな」


 そう言って、にやりとある種邪悪な笑みを浮かべるレイオット。それを見た瞬間、食事がらみを報告したのは失敗だったかもしれない、と後悔するドーガ。城や神殿の食事に文句があるのは、なにもエアリスだけではないのである。


「そうだな。折角向こうに出向くのだから、何か珍しいものを食わせてくれるよう、頼んでもらえないか?」


「……頼むだけは、頼んでみましょう」


 やはり、食事関連の報告は失敗だったか、などと後悔したドーガだが、実はこの時点ですでに、報告していようがしていまいが関係なかったと言う事を、この時彼はまだ知らない。食事を済ませ、今後の事をざっと打ち合わせし、手待ちになった時間で一体どんなものを食したのか、という問いかけに正直に答えていると、黒髪の、二十歳そこそこの男性が入って来る。レイオットが優男なら、彼はクールな二枚目、と言ったところか。


「ユリウス・フェルノーク、只今参上しました」


「来たか。思ったよりは早かったな。食事は?」


「移動中に、軍用食で済ませました」


「エルンスト」


「分かりました」


 レイオットに促され、転送石を起動するドーガ。事態は、宮廷が関わるところまで一気に進展するのであった。








 宏の前に置かれた、先ほどの物とは違う鉄板を食い入るように見ながら、エアリスは次に出てくるものに想いを馳せていた。


「全く……。こそこそ何かやってると思ったら……」


「ええやん、これぐらい」


「まあ、いいんだけどね……」


 おやつの時間に宏が用意した機材に、心底呆れた声を出す真琴。宏の前に置かれている鉄板は、ピンポン球よりやや小さい程度の大きさのくぼみが、縦に八つ、横に十二列並んだ、エアリス達の目には実に奇妙に映る代物だった。これまたいろいろとややこしい加工がなされており、見る者が見れば明らかに魔道具だと分かるほど魔力を放っている。もっとも、日本人が見れば、その鉄板の用途は一目瞭然である。


「てか、タコはあるの?」


「そこら辺はぬかりなしやで」


 そんな事を言いながら、手際よくくぼみに油をひいていく。十分に熱が通ったところで、さっきとは似て非なる生地をくぼみに流し込み、タコをはじめとした具材を手早く投入していく。


「さて、ここからが注目ポイントや」


 焼けて生地の縁が固まり出したのを確認した宏が、ピックを手に宣言する。ピックを縦横無尽に走らせ、くぼみとくぼみの間にあふれた生地を切り離す。切り離した生地をくぼみに押し込むと、外周をなぞるようにピックを動かした後、見事な手つきでくるりとひっくり返す。


「わ、わわわ!」


 驚きとも歓声ともつかない声を漏らすエアリスを尻目に、次々とたこ焼きをひっくり返していく宏。その手つきはプロのそれと比べても、全く遜色ない。


「凄い」


「らしい特技と言うか、意外な特技と言うか……」


「大阪の人間やったら、小学生でもこれぐらいはやるで」


 などと言いながら、何度もひっくり返しては均等に熱を通していく宏。その動きには、一切の無駄も迷いもない。しばらくそれを繰り返し、全体がいい具合に焼き上がったところで、大きな葉っぱを使って作った船に、素早く八つのたこ焼きを盛り付けていく。そのまま華麗な手つきでソースとマヨネーズを塗り、青のりと鰹節を振りかけ、つまようじを刺してエアリスの前に置く。


「熱いから、気ぃつけて食べてや」


 先ほどから行儀よく座り、食い入るように見つめていたエアリスに苦笑しながら、とりあえずそんな注意事項を告げる。どう見ても、彼女の尻尾は喜びにパタパタ振られているようにしか見えない。食べる前に、いつものようにちょっと窺うように顔を見た後、素直に待ちきれないという感じでたこ焼きに手を伸ばす。だが、それでも宏の注意はちゃんと聞いていたらしく、アツアツのたこ焼きに息を吹きかけ、慎重に口に運ぶ。


「はふ!」


 やはり、初心者にはややハードルが高かったらしく、口の中でころがしながら、目を白黒させるエアリス。その様子に苦笑しながら、とりあえず次を船に盛り付ける。


「ん~、美味しい!」


「さすが本場の技」


 外はカリっと、中はとろりと仕上がったたこ焼きを、はふはふと口の中で転がしつつ堪能する春菜達。その頃には最初の衝撃から立ち直り、コツをつかんだエアリスが次々にぱくつき始めていた。


「因みに、ダシ醤油とかポン酢で食べる、っちゅうんもなかなかいけるで」


「へえ? 試してみていい?」


「了解や」


 そう言って追加で焼き上げたものを、底が深めの適当な器を用意して盛りつけ、一方にはダシ醤油を、もう一方にはネギとポン酢を容赦なくかける。


「これも美味しい!」


「以前にいただいた時にも思ったのですが、このポン酢と言うものは、さっぱりした酸味が素敵です」


 春菜とエアリスの歓声に、ドヤ顔をしながら自分の分に手をつける宏。ポン酢まで作ってるのか、とか、そもそも醤油や味噌を作るための麹とかをどうやって調達したのか、とか、そう言った突っ込みはすでに済ませてあるため、突っ込み役の真琴も達也も、もはや何も言わない。


「……お前達の国は、こんなものばかりなのか?」


「これぐらいは序の口。って言うか、一番大事なものが手に入らないから、一割も本領を発揮してないよ?」


 いままで食べた物の無駄にレベルの高い味。その事に対する真顔にやや呆れの成分が混ざったレイナの問いかけに、力強く言い切る春菜。その言葉に心から同意する日本人たち。


「そうそう。本気で米が恋しくなってきたわ……」


「いい加減、カレーパンじゃなくてカレーライスを食べたいよね」


「いや、まずは卵かけご飯やろ」


「オムライス……」


「おにぎりもいいんじゃない? おかかに明太子にツナマヨ」


「……牛丼、食いてぇ……」


 達也の魂からのつぶやきに、思わず心の底から同意してしまう日本人一同。そこから、米に関するトークへと流れていく。


「親子丼とか、チャーハンなんかも食べたいよね」


「そうだな。あと、ビーフカレーもいいが、カツカレーも捨てがたい」


「お寿司、お寿司」


 和気藹々と食べたいものを言い合いながら、たこ焼きを食べきる。彼らが言いあう、想像もできない料理が気になって仕方がない様子のエアリスに、思わず苦笑しながら自身に割り当てられたたこ焼きを堪能するレイナ。そこへ


「また、美味そうな匂いを漂わせておるの」


「あ、おっちゃんお帰り」


「おう。客人が来とるが、いいかの?」


「ちょう待って。今から焼くから。何人?」


 話をしていいか、と言うつもりで尋ねた言葉に、そんな返事が返ってくる。


「いや、今後の話をしたいのじゃが」


「いいじゃないか、エルンスト。折角だから、ご馳走になろう」


「そうおっしゃるのでしたら」


 入ってきた長身の少年の言葉に、しぶしぶ頷くドーガ。言うまでもなく、少年はレイオットである。その姿を見たエアリスが、先ほどとは違う意味で目を白黒させた後、声をかけようとして口を開きかけ、話したいことが多すぎて言葉が出ずに口を閉ざす。


「で、何人分焼けばええ?」


「三人、じゃな」


「了解や」


 そんなエアリスの様子に頓着せず、受けた注文に頷き、先ほどと同様に手際よくたこ焼きを焼いていく宏。その手つきに先ほどの悩みを忘れ、歓声を上げながら楽しそうに鑑賞するエアリス。結局、レイオットに対して何か言う、というタイミングを見事に逸してしまうが、兄のほうも妹の無邪気な姿を見て十分だったのか、エアリスを見て一瞬笑みを浮かべると、宏の作業に注目する。パフォーマンスとしてもそこそこと言えるその作業に目を奪われながらも、異常ともいえるほど高度な魔道具に内心で驚くレイオット。


「その鉄板、かなりの魔道具だが、自作なのか?」


「せやで」


 くるくるたこ焼きをひっくり返しながら、レイオットの問いかけに応える宏。レイオットが驚いたのも当然で、魔道具と言うやつの大半は、武器などに施すエンチャントと違い、機能を使うためにはなにがしかのエネルギーを消耗する。宏がつかっているたこ焼きプレートは、その消耗が著しく小さいのだ。普通、一般家庭にある調理系の魔道具は、単純なオンオフで一定の温度になる類の簡単な物でも、全くの一般人が半日連続で使うのは厳しい程度の消耗がある。が、宏の作ったそれは、何の素養も無い一般人でも、丸三日ぐらいは火をつけていられる程度には効率がいい。たこ焼きと言うものがどういう立ち位置の食べ物かを知らないレイオットだが、それでも調理器具のために振るうのは技術の無駄遣いだろう、と断言できるほどには高度な代物ではある。


 もっとも、ここ一カ月半の宏の制作物は、春菜のレイピアをはじめとしたごく一部の例外を除いて、基本的に高度な技を無駄遣いしている物ばかりなのだが。


「もう一枚、あるよね」


「よくもまあ、そんな高度な魔道具を二枚も作るものだな」


「……ん~、まあ、そうやなあ」


 たこ焼きを焼きながら、何とも煮え切らない返事を返す宏。その様子にピンと来るものがあった真琴が、ジト目で追及の姿勢に入る。


「で、本当に、二枚だけ?」


「ん~と、やなあ……」


 たこ焼きを焼く手を止めずに、煮え切らない態度を続ける宏。明らかに、何かを隠している。


「怒らないから、お姉さんに言いなさい」


「その振りは、絶対怒るやろう?」


「それはあんたの態度次第よ」


「……実は、三つ目があるねん」


 そう言って、ちょっとたこ焼きを焼く手を止めて、荷物から何かを引っ張り出す。それを見た真琴の眉がつり上がる。


「流石にその材料の無駄遣いは許容できない!」


「と言うか、何で鯛焼きなんだよ、おい」


「そうだよ、宏君。小豆もカカオも無いんだから、カスタードと抹茶しか作れないじゃない!」


「カレー味とチーズ味もいけんで」


「宏、春菜! 論点はそこじゃない!」


 何ともずれた内容でもめ始める宏達を見て、頭痛をこらえるように額に指をあてるレイオット。宏が取り出したのは、さすがに鉄板と言うには無理がある構造をした、無駄に精巧な鯛の型が彫られた調理器具だった。二枚の板を蝶番で連結したものが三組並んだ構造で、一組の板には左右対称で六匹ずつ、鯛が彫られている。つまり、フルに使えば一度に十八個の鯛焼きが作れるのだ。


 言うまでもなく、この世界ではオーバースペックにもほどがある代物であり、間違いなく技と材料の無駄遣いである。こんなものを作るために努力を惜しまないあたり、努力の方向音痴の名に恥じない男だ。


「なあ、エルンスト、ユリウス。こいつら、本当に大丈夫か?」


「私には何とも言えませんね」


「一応、やる時はやってくれる連中なので、長い目で見てやってくだされ」


 しょうもない事でギャースカ言い合いながらも、とりあえずちゃんとたこ焼きを焼き上げて三人に渡す宏。そんないつものノリのまま、とかく宮廷組の不安をあおる宏達であった。

だめだこいつら、早く何とかしないと

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