エピローグ
これにて、宏たちがメインとなる物語は終了となります。
「みおちゃん、おめでとー!」
「ん、ありがとう」
春菜たちが長い賢者モードに入ってから、もうすぐ丸五年という時期の成人の日。
澪を迎えに来た達也を追い越して、珍しく駄々をこねてついてきた菫がお祝いの言葉を告げる。
なお、詩織は菫の三つ年下の弟と一緒に留守番だ。
「しかし、澪もとうとう成人式か……」
「ん、いろいろあった割には、結構あっという間だった」
あの頃と大差ないビジュアルの澪を前に、思わずしみじみとそんなことを漏らす達也。
澪も、達也の言葉につられたように、しみじみと今までを振り返る。
去年誕生日を迎えた時にも思ったが、時がたつのは案外あっという間だ。
ちなみに、宏達の日本では、成人年齢はいまだに二十歳のままだ。
というのも、二十歳から義務化されるあれこれの引き下げにことごとくシャレにならない反発が出て据え置かれ、変えるのが選挙権だけなら成人年齢を変えなくてもいいのではないか、となったのである。
特に抵抗が大きかったのが少年の基準、分かりやすく言うと犯罪を犯した際に匿名で報道されたり少年院に入ったりする年齢の上限引き下げで、法曹界をはじめとしたあちらこちらから多大な反発を受けて頓挫したのだ。
それ以外にも、酒とたばこに関しても医学的な見地から、日本人の体質的に二十歳未満の摂取を規制したほうがいいという研究結果が公表されたのも大きい。
その流れで政治や選挙に関する早期教育は続けるものの、結局選挙権年齢の引き下げも見送られることになったのだ。
なので、澪はまだ選挙の投票は未体験である。
「……結局、身長は全然伸びなかった……」
「148センチを超えそうになったところで、見事にピタッと止まったからなあ……」
「いろんな条件で調べてもらったけど、どうやっても残り0.1センチが超えられなかった……」
「まあ、戻ってきた直後と比べれば5センチは伸びてんだし、な」
「そんなに伸びてない。多分4.7センチぐらい」
「あ~、すまん。そんなもんだったか」
ジト目での澪の指摘に対し、素直に謝る達也。
正直な話をすると、達也は戻ってきたときの身長を142~3センチとしか覚えていなかったのだ。
ちなみに、現在の澪の身長は、特に条件を選ばなければ147.7センチから147.8センチを行き来するぐらい。高校に入った時点であっさりファムに引き離され、三年前にはライムにも抜かれた。
戻ってきた当初、寝たきり状態で測った時が143センチプラスマイナス0.1センチだったので、澪の言う通り、最大で見ても5センチは伸びていないことになる。
もっとも、その差は0.3センチ程度でしかないので、達也が5センチは伸びていると思ってしまうのも仕方がない。
この際、澪が細かすぎると言ってはいけない。たとえ見た目の上で大差がなかろうと、本人にとっては切実なのだ。
なお、この0.3センチという数字、実は高校の三年間で伸びた身長と全く同じだったりする。
「にしても、さすがにそういう服を着てると、それなりに大人っぽくは見えるようになったな」
「みおちゃん、すごくきれい」
フォーマルなスーツ姿の澪を見て、何やら感じ入ったように感想を告げる達也。
菫も、キラキラした目で澪をほめる。
「ん、ありがとう。でも、多分、知らない人が見たら二十歳すぎてるとは思わない」
「まあ、少なくとも中学生に見られることはないさ」
澪のボヤキに苦笑しつつ、そんな慰めの言葉をかける達也。
さすがにボリュームもカップ値も春菜に及ばないとはいえ、身長やスレンダーな体格からすれば自己主張が激しすぎる胸部のおかげで、最近では小学生に間違われることはなくなってきた澪。
だが、雰囲気や表情こそ大人びて顔立ちの美しさにも磨きはかかっているものの、童顔具合は中学の頃とほぼ変化がないため、どんな服を着ていても大学生とは思ってもらえないのが最近の密かな悩みである。
ちなみに、そのあたりを非常に気にしていた澪は、海南大学の合格が確定してすぐに運転免許を取っている。
最初は教習所に通う予定だったのだが、住民票やマイナンバーカードを見せても取得可能年齢であることをすぐに信用してもらえなかったので、嫌気がさして宏達と同じ方法で取得した。
なお、試験場での実技の際、教習所と同じようにすぐには信用してもらえず、証人として主治医の天音に付き合って貰う必要があったことは、澪的にはその時の騒ぎとセットで忘れたい種類の思い出である。
そのあたりの事情もあり、澪は免許こそ取得したものの、車の運転をすることは滅多にない。
「それで、菫。成人式はそれなりに時間かかるけど、その間どうするの?」
達也の車に乗り込み、シートベルトを手伝ってやりながら菫に問う澪。
この手の式典は基本的に参加者と来賓しか会場に入れず、入ったところで未就学児童には面白くもなんともない。
「あたらしい子を探すの」
「……そろそろ、十分じゃ?」
「今のままだと、バランスがちょっと悪いの。でも、近所にはちょうどバランスが取れる子がいなくて……」
冷や汗を浮かべながらの澪の言葉に、どことなく困ったようにそう返事をする菫。
現在、菫の周りには、百を超える精霊がひしめき合っている。
さすがにこれ以上はまずいことぐらい、幼い菫といえども理解している。
が、属性だの個性だのの相性によるバランスが微妙に取れていないため、このまま放置しておくと精霊たちがストレスをため込んで暴走しかねない。
実際のところ、菫の側には特にこれといった利益も不利益もないので、生まれてすぐに捕まえた精霊以外は解放してしまっても問題ない。
単純に義理人情の関係で精霊たちの要望に応えているだけなのだが、半数以上はまだ寝返りもまともに打てない頃からの付き合いだ。
菫の性格上、そんなにばっさり切り捨てることはできないのである。
「菫。見える人には見えるから、注意する」
「うん、わかってる」
澪の本気の注意に対し、真剣な顔でうなずく菫。
関係者の啓蒙がよかったからか、菫は自分の周りにいる精霊が普通の人には見えないことも、見える人からは奇異の目で見られることも重々承知している。
さらに言えば、半径十メートル以内に桁が変わるほどの数の精霊が集まっていることなど異常でしかないことも、ちゃんと実感している。
が、こればかりは半ば体質の問題なので、本人がどう頑張ったところでどうにもならない部分が多分にある。
「ヘイローも、菫のそばにずっといるつもりなら、負担にならないようにちゃんと追っ払う」
ついでだからと、ひときわ目立つ手のひらサイズの人型精霊に対し、そう苦言を呈す澪。
ヘイローと呼ばれた人型精霊は、菫が生まれてすぐに捕まえたあの精霊である。
最初はまりもか何かのような微妙な姿だったのだが、宏と春菜からのあふれんばかりの祝福と菫から発散される多量の生命エネルギーを余すことなく浴び続けた結果、地球では珍しい人型のしっかりとした自我を持つ高位精霊に進化していた。
なお、名前の由来は舌ったらずな感じで単語をしゃべるようになったころの菫が、そうとしか聞こえない呼び方で呼んでいたからである。
<澪、澪。菫の吸引力を甘く見ないで>
澪の苦言に対し、無茶言うなとばかりに反論してくるヘイロー。
どこぞの掃除機のごとく変わらない吸引力を誇る菫を、ヘイロー一人でどうにかしろというのは無理がありすぎるだろう。
「それはそうと、澪。終わった後はどうすんだ?」
「凜たちとちょっとだけ遊んで帰る」
「そうか。迎えに行った方がいいか?」
「歩いて帰るから大丈夫」
「本当に大丈夫か?」
その話はいつまでたっても終わらないと、達也が割り込んで重要な話をする。
地方の体育館や市民会館などにありがちな話だが、成人式の会場は公共交通機関を使うと微妙に不便なところにある。
今回会場になる潮見総合体育館の場合、最大の原因が周辺道路の状況で、下手に施設の目の前にバス停を置くと横断歩道や信号の絡みで非常に危険なことになるため近くにバス停を置けないのである。
施設の広さに合わせたように駐車場自体は非常に広く、しかも自走式の立体駐車場になっているので駐車スペースが足りないということはまずないのだが、公共交通機関を使うとなると徒歩数分のところにある市役所のバス停か、二十分ほど歩いた先にある潮見駅かの二択となる。
その距離を歩く体力などは一切心配しないが、どちらを使うにしても商店街や繁華街を通る都合上、目立つ外見の澪と凜が妙な連中に声をかけられないかという不安がどうしてもぬぐいきれない。
「お昼を二中近くの商店街のレストランで食べて、それで解散だから問題ない」
「商店街まで戻るのか?」
「ん。各地の新成人限定ランチを比較して、商店街のが一番魅力的だった」
「なるほどな」
達也の確認に、そう答える澪。
澪の回答にほっとする達也を見て、珍しく澪が苦笑しているとはっきりとわかる表情を浮かべる。
達也の不安も分からなくはないが、一応何人か男もいるし、昼食を食べたらそのまま自宅に帰る予定だ。
そして、澪たちがホームグラウンドにしている商店街で、澪に手を出そうとする勇者はいない。
さらに言うならば、澪が懇意にしている人間は全員がカップルのリア充集団で、かつ貞操観念はしっかりしているので、自分の相手以外とやろうという不届き者はいない。
ゆえに、送りオオカミになる心配も特に必要はない。
「にしても、総一郎君と凛ちゃんは予想してたが、他の連中も見事にくっついたよなあ」
「ん。バカップル呼ばわりされたくないからって、みんなして控えめにいちゃつこうとしてるのがすごくほほえましい」
「それを本気で言うあたり、今ガチで賢者モードなんだな……」
「ん」
「その割には、エロゲーやエロ漫画なんかに手を出すのはやめないところが不思議なんだが」
「性欲と好奇心は別問題。せっかく解禁される年齢になったんだから、きっちり堪能しないと」
達也の中で懸念事項が一つ解決したことにより、そんな益体もない話に話題が移る。
なお、香月家では、子供をエロゲーなどの話題から隔離することはあきらめている。
これは澪の責任ではなく、精霊たちが勝手にそういう話を吹き込む事が防げないという切実な問題からである。
なので、ガチガチに隔離するのではなく、澪おすすめの全年齢版などに軽く触れさせて興味をそらしたうえで、小学校四年ぐらいになったら少しずつ解禁することを宣言している。
菫のほうもまだ早いことをちゃんと理解しているようで、そのことに文句は言わず、特に積極的に見たがったりもしていない。
そんな話をしているうちに、会場の潮見総合体育館に到着する。
「達兄、ありがとう」
「おう。気を付けて楽しんでこい」
「ん。菫も、変なの捕まえないよう気を付けて」
「はーい」
達也に礼を言い、菫に声をかけて車を降りる澪。
駐車場を出ると、先に到着していたらしい総一郎と凛が待っていた。
「おはよう」
「おう、おはよう」
「おはよう、澪ちゃん。そういう服着てると、やっぱり澪ちゃんってすごい美人だってしみじみ思うよ」
「だなあ。しかし、顔だけ見れば、和服のほうが今の服より似合いそうなんだけど……」
「もっときっちり胸潰す手段がないと、身長と胸的にボクの着物姿はかなり悲惨なことに……」
総一郎の言葉に、自虐気味にそう返す澪。
体の凹凸が少ないほうが映えるとされる和服の性質上、澪ほど凹凸が激しい女性はどうしても胸を潰したり胴回りに布を巻いたりといった作業が必要となる。
これがせめて春菜のように身長がある女性ならまだましなのだが、澪の背丈だとそうやって補正するとやたら太って見えてしまう。
残念ながら、何でもかんでもアニメキャラのようにはいかないのだ。
「そういえば、誰か着物着てくる?」
「何人か考えてたらしいんだけど、昼ご飯のこと考えてやめたって」
「レンタルの慣れない晴れ着でごちそうとか、大惨事の予感しかしないってさ」
「ん、納得」
凛と総一郎の説明に、それもそうかと納得する澪。
正装での食事というのは、慣れていないと気を使うことが多すぎて大変だ。
「後、念のために確認。二人は夜の部には来る?」
「うん、あたしは行くつもり。総君は?」
「俺も顔は出すよ」
宏や春菜のようないわゆる「関係者」で集まって行う飲み会についての確認に、笑顔でそう答える凛と総一郎。
三人そろって無事に海南大学へ進学したと同時に、諸般の事情で凛と総一郎に対して宏達の事情を説明している。
なので、説明する必要ができた事情も含めて、総一郎と凛は完全に宏達の側の人間になっている。
「おっ、みんなもう集まってるな」
「まだ時間あるけど、早く行ったほうがいいかもね」
「ん」
高校や大学で作った友人たちがすでに集まっているのを見て、足を速める澪たち。
その後の成人式と昼の部は、澪が関わったとは思えないほど平穏に進むのであった。
「澪ちゃん、総一郎君、凜ちゃん、成人、おめでとう! 乾杯」
午後六時過ぎ。商店街には珍しい、全国チェーンの居酒屋。
アズマ工房日本人メンバーにエアリス、アルチェム、詩織、総一郎、凛という大所帯が集まった一室。
引っ張る気ゼロの春菜の音頭で、澪の人生初の飲み会がスタートした。
達也と詩織が夫婦で来ているのに菫がいないのは、弟とともに水橋家で預かってもらっているからだ。
その水橋家にも詩織が二人目を生んだのと同じ年に男の子が生まれており、親戚同士仲良く走り回っている。
「それで、澪。人生初のビールはどう?」
「美味しいかどうかはよく分からないけど、ご飯食べる時に飲むなら、甘いジュースとかよりはいい」
「なるほどね」
ビールに対する澪の感想に、案外普通だと思いながらうなずく真琴。
澪のことだから、もっとぶっ飛んだ感想を口にするかと、ほんの少し期待していたのだ。
「そういえば、澪ちゃんは結局、今日までお酒我慢してたんだっけ?」
「我慢してたというか、そこまでそそられなかった」
「そっか」
「後、そっちの二人みたいに人数合わせで合コンに参加させられたりとかがなかったから、飲む機会もなかった」
総一郎と凛を見ながら、春菜の問いに答える澪。
どんな美人やイケメンでも、総合工学部に入った時点で外部からのお誘いが途絶えるのは、海南大学の伝統のようなものである。
大体において、澪が入ったことにより宏と春菜のやらかし頻度と処理速度が上がっている今、論文と学会と出張実験のはしごで総合工学部は忙殺されている。
とてもではないが、チャラい飲み会に参加する余裕などない。
「っちゅうか、山手も大友も、そう言うのに巻き込まれてよう無事やったなあ。特に大友」
「彼氏いるのにレポートを盾に無理やり引きずり込まれたって、一番最初に宣言するようにしてますから」
「俺もそんな感じですかね」
澪の話を聞いた宏の感想に対し、どんな対処方法をとっているか説明する凛と総一郎。
言うまでもないことかもしれないが、凛と総一郎は疾うの昔にカップルになっており、宏達と違って大学進学の頃には一線を越えている。
恐らく就職が決まって経済的に安定すれば、そのまま結婚まで一直線に進むだろうというのは、この二人を見守る周囲の意見が一致するところである。
「そういえば達也さん。今日澪を送ってきた時、菫ちゃん連れてきてたでしょう」
「おかげで澪ちゃん来たのすぐ分かったけど、駐車場がすごいことになってましたよ」
ひとしきり合コンや飲み会の話で盛り上がった後、成人式の時には話題にできなかったことをネタにする総一郎と凜。
そう、これこそが総一郎と凛に宏達の事情を説明することになった原因である。
なお、二人が幽霊や精霊といった見えてはいけない類のものが見えるようになったのは、高校二年の二月の事である。
「あれでも一応本人は自重しようと努力はしてるんだけどなあ……」
「スミレさんのそういう部分に関しましては、恐らく生まれた時にすでに手遅れだったのではないかと思います」
苦笑交じりにそう弁解した達也に対し、ワインを上品に傾けていたエアリスがそんな厳しい事実を突きつける。
なお、正確にはまだ二十歳になっていないエアリスだが、もともと規制の理由が体質の問題であるため、現在の日本の法律では日本国籍ではない人物の飲酒可能年齢は出身国の法に従う、ということになっている。
なので、十五で飲酒が解禁されるファーレーン人として滞在しているエアリスは、実は澪が中学を卒業した時点ですでに飲酒可能となっていたりする。
ビジュアル的にはエアリスより澪のほうがよほど法律違反しているように見えるが、こちらはちゃんと免許証を提示して二十歳を過ぎていることを証明しているので、店が酒の提供を拒むことはない。
「エルちゃんやアルチェムちゃんは、ずっと巫女をやってきてるんだよね。菫になにかアドバイスできないかな~?」
「そう申しましても、私達の持つ巫女の資質と、スミレさんが持っている精霊を引き付ける体質とは全く違う性質のものですので……」
「究極的には、自力で何とかしたいなら修行あるのみで、誰かの手を借りるならヒロシさんが何かを作るしかないと思います」
「ただ、修行といっても、どんなことをすればいいのかが全然分かりませんが……」
詩織に問われ、正直なところを説明するエアリスとアルチェム。
ぱっと見は同じ交渉系の能力に見えるが、巫女の資質が通訳や意思伝達の類なのに対し、菫のものは言ってしまえば魅了だ。
さすがにこれをひとくくりにするのは無理がある。
「菫ちゃんに関しては、何をするにしても小学校に上がってからかな」
「せやなあ。あいつら、人間の集団生活っちゅうんをいまいちよう分かってへん感じやし」
エアリスとアルチェムの言葉を受けて、そう結論を出す春菜。
春菜の言葉に同意し、現状の問題点を口にする宏。
結局のところ、菫自身も含めた全員が人間社会の常識を理解していないことが、今の問題を起こす原因となっている。
が、こればかりは全部が全部普遍的なものでもなく、時代や地域によって大きく変わる部分も多々ある。
なので、経験して学ぶしかない。
そもそもの話、未就学児にそのあたりの社会性をそこまで深く求めること自体が酷だろう。
「今年の冬休みぐらいまで普通に学校に通わせて、その様子見て指導教官らと相談やな」
「そうだね。で、宏君も澪ちゃんもグラス空いてるけど、何か飲む?」
「せやなあ。……ウィスキーのダブルいっとこか」
「ボクはウーロンハイ」
「了解。私は……、エルちゃんに合わせて赤ワインにしておこうか」
話を変えるついでに、飲み放題のメニューを見ながら次の酒を頼む春菜。達也と真琴の分は最初の料理が来たところですでに二杯目が届いているため、今回は特に注文しない。
もっとも、所詮は居酒屋チェーンの飲み放題メニューなので、種類はいろいろあっても基本的に銘柄の指定はできない。
店によっては日本酒や焼酎に力を入れているから、などの理由である程度選択肢があるケースもあるが、この系列は広く浅くなので、種類と飲み口でのざっくりした分類しかない。
「料理、もうちょっと頼んでおいた方がよかったかな?」
「コースじゃねえからか、案外出てくるの遅いんだよなあ」
突き出しに枝豆にサラダ、おすすめ前菜盛り合わせと、早い段階で出てきた料理が全て空になったところで、困ったようにそういう春菜と達也。
全部サイズ大を二つ以上頼んでいたのだが、ビールの影響か普段より澪の食事ペースが早かったのだ。
もともと澪が大部分を食べる前提で、全員がほしいだけ取った後なので食べつくされても問題はないのだが、さすがにこのペースは計算外だったのだ。
「どうせ足りないだろうし、追加で適当に頼もう。澪ちゃんは何が食べたい?」
「代表的なのは頼んでたから……、あっ、山芋のホイル焼き、美味しそう」
「じゃあ、それと野菜の炊き合わせと……、あっ、牛スジの煮込みなんてあったんだ。じゃあ、これもかな?」
澪の要望に加えて思い付きでいろいろ足して発注ボタンを押す春菜。
メニューの豊富さを売りにしているだけあって、普段なら即座に食いつくようなメニューが結構埋もれてしまっているようだ。
注文関連を完全にコンピューター処理にした際に、妙に凝ったページ構成にした弊害であろう。
「お待たせしました。唐揚げと焼き鳥十本盛り合わせ、チキン南蛮をお持ちしました」
次の料理を注文したタイミングで、鶏肉の部と言いたくなるメニューがやってくる。
空いた皿との入れ替えが終わったころに、別の店員が追加の酒を持ってくる。
「……これが、水のように薄いこともあると伝説の、大規模チェーン飲み放題のウーロンハイ……」
「いやいやいや! よっぽど悪質な店でもないと、普通はそこまで薄いウーロンハイは出てこないからな!」
店員に聞かれるとアウトなことを言いだす澪に、大慌てでツッコミを入れる達也。
そもそも、詐欺のような酒を出すかどうかは大規模チェーンかどうかではなく、個々の店の体質によるものだ。
さすがに大規模チェーンの飲み放題でひとくくりにするのは、乱暴にもほどがある。
もっとも、酎ハイや水割りは親会社というよりは店のブランドごとに、飲みやすさを重視とかアルコールをしっかり感じられる重めの仕上がりにとか、そういったテーマに沿った形で酒の割合の違いはあるようなので、そのあたりが誇張されてネタにされている可能性は否定できないが。
「……普通にお酒」
「いや、そりゃそうよね」
「ウーロンハイ初体験だから、薄いかどうかは分からない」
「ここのはごく普通に標準ど真ん中って感じよ」
「……むう」
「普通のまっとうなウーロンハイが出てきてそういう反応すんの、あんたぐらいよ……」
澪が見せた反応に、呆れた表情で突っ込みを入れまくる真琴。
もっとも、ビールの時と違って実に澪らしい言動なので、内心ではこういうのが欲しかったと満足していたりするのだが。
「……むう、唐揚げも妙に本格派……」
「澪はいったい何を求めてるんだよ……」
普通にちゃんとした味の唐揚げに、さらに妙な文句をつける澪。
それに対し、今度は総一郎が突っ込みを入れる。
「セントラルキッチンでのコストダウンに走りすぎて、コンビニのホットスナックよりレベルが低い感じの冷凍食品丸出しの唐揚げが出てくるのを期待してた」
「澪ちゃんがこういう居酒屋にどんなイメージを持ってるのか、凄く気になる……」
「ひたすら値段を追求した結果、全体的にチープになりすぎてかえって割高になった感じの店」
「最近、そんな店はないよ……」
いったいどこからそんなイメージを拾ってきたのか、と突っ込みたくなる澪の言葉に、疲れたような表情で突っ込む凛。
それを聞いていたエアリスとアルチェムが、メニューを見ながら首をかしげる。
「あまり日本の物価は分かっていませんが、ここのお店って高くはありませんよね?」
「えっと、百円のメニューとかもあるので、多分安い方なんじゃないかな、と」
「百円台のメニューがどんなものかは頼んでみないと想像もできませんが、ファストフード以外で食べ物に百円で頼めるものがあることって、少なかった気がします」
「そうですよね。あっ、エル様、グラス空いたみたいですが、何か飲みますか?」
「そうですね。……なんだか不思議な名前の飲み物があるので、これにしてみます」
「えっと……、このパワフルチャージハイボール、でいいんですか?」
「はい」
メニューを見ていて発見した謎のドリンクに、チャレンジャー気質のエアリスが食いつく。
ものとしては居酒屋でたまに見かける、炭酸の入った清涼飲料水系の栄養ドリンクで作るハイボールなのだが、大抵は知らなければどんなものか直感的に想像できない名前が付けられている。
そういう代物なので、そもそも栄養ドリンクの味自体が万人受けしないこともあり、味のほうは完全に好き好きといった感じだ。
「毎度のことながら、変わった飲みもん見たらすぐ食いつくなあ……」
「それ、最初にメッ〇ールを仕込んだ宏君が言う事じゃないよね」
味覚のストライクゾーンが驚異的に広いエアリスを見て、あきれたように言う宏。
そんな宏に対し、春菜が即座に突っ込む。
「師匠、春姉。見てると結構変なメニュー、一杯ある」
「変わり種のページだったら、そりゃ変なものが一杯あるのは……、って、定番とかにも初めて聞くものがあるよ……」
「ほんまやな……」
澪に水を向けられ、メニューを再チェックする宏と春菜。
そのつもりでチェックしてみると、名前や写真ではどんなものか一切分からないメニューが、あちらこちらにトラップのように仕込まれているのがすぐに分かる。
「どうする? 頼んでみる?」
「僕とか澪が食えそうにないもんやったら、春菜さんが責任もって処理してや」
「まあ、そうなるよね。となると、現時点では頼んで二品までかな?」
「せやな。どうせ二品やったら、できるだけ意味不明な感じのんから行くか?」
「そうだね。何かのヒントになるかもしれないから、そうしようか」
そう言って、名前からも写真からも正体がつかめないものをエアリスたちや総一郎と凛も交えて順位付けし、一位と二位を注文する。
「何っつうか、俺らも変わらねえなあ……」
「そうねえ……」
いつの間にやら澪に半分食いつくされている唐揚げやチキン南蛮と、正体不明のメニューで盛り上がっている春菜たちを見て、そんなおっさんくさいことを言い出す達也。
その達也の言葉に同意する真琴。
日本に帰ってきてから八年だというのに、澪が学校生活に適応できたこと以外は帰ってきた当初と何一つ変わっていない。
「俺ら年長組はもう三十過ぎてるし、澪ですら二十歳だってのに、いまだに全くノリが変わらなくて、大丈夫なのかね……?」
「あたしは他人の事何も言えないから、ノーコメントで」
「タッちゃんも夜に関しては~、割とどの口が言ってるのかって感じだよ~」
さらにおっさんくさいことを言い出した達也に対し、酒が回ってきた詩織の言葉がザクっと刺さる。
節目となるはずの澪の成人式だが、澪がお酒デビューを果たしたこと以外、何が変わるでもなかったのであった。
「みんな結構飲んどったけど、大丈夫か?」
飲み会が終わり、藤堂家へと向かう帰り道。
明らかに酔っぱらっている澪とエアリスを見て、そんなことを確認する宏。
総一郎と凛は別方向のため宏たちと別れており、達也と詩織は子供たちを回収するため水橋家へ。真琴は終わったタイミングで同人仲間に誘われてはしご酒。
現在は宏の婚約者だけが一緒に行動している。
「ん……。自分でもわかるぐらいテンション上がってるから、大丈夫かどうかはわからない」
「一応記憶はしっかりしていますので、これ以上飲まなければ大丈夫かな、と……」
いつものダウナー気味の口調で自己申告する澪と、何となくふわふわした感じで不安になることを言い出すエアリス。
この感じでは、特に問題ないように見えるアルチェムも、実際には結構怪しいかもしれない。
「なんか、澪ちゃんが酔っ払ってるのってすごく新鮮」
「まあ、今日が初飲酒やからなあ……」
千鳥足という訳ではないが、どことなく地に足がついていない感じの澪を見てそんな話をする春菜と宏。
普段から素人にはついていけないことを言いまくり、たまに本気で会話が成立しないことがある澪だが、素面と酒が入った状態では、やはりいろいろ違うようだ。
宏としては正直、五年前にみんなして賢者モードに入っていてよかった、などという身も蓋もない感想を禁じ得ないところである。
もし五年前の件がなければ、澪あたりが酔った勢いで宏を襲って事後に後悔する、という流れになった可能性が否定できない。
「そういえば、ヒロシさんとハルナさんはあまり酔っているように見えませんね」
「そらまあ、僕は毒物が効かんからな。アルコールも影響は出んで」
「私は、今日はそんなに飲んでないから」
若干テンションが高めの口調でそんな疑問を口にしたアルチェムに対し、そう答える宏と春菜。
もっとも、春菜に関しては澪やエアリスほど飲んでいないというだけで、「そんなに飲んでいない」と言い切れるような量ではすんでいないのだが。
「ねえ、宏君」
「ん?」
「私、藤堂春菜は、あなたが好きです。愛しています」
そろそろ藤堂家が見えるというところで、唐突に宏へ愛の告白を始める春菜。
そのあまりの唐突さに、襲われることだけはなさそうだと油断していた宏はとっさに反応できない。
もうすでに婚約も成立している男女のやることかといわれると微妙な内容だったのも、宏の油断を誘っていたのは間違いない。
「もう、今日からは遠慮なくアタックしてもいいよね?」
宏が、どころか澪もエアリスもアルチェムも驚きのあまり硬直している事に一切頓着せず、そんな宣言をして宏に抱き着き、そっと頬にキスをする春菜。
いくら賢者モードに入っていても、このぐらいのアプローチは可能なのである。
いや、むしろ賢者モードに入っていて性欲が片っ端から愛情に変換されているからこそ、宏のヘタレがうつって腰が引けまくっている春菜が覚悟を決められたのだ。
宏が安堵していたように、賢者モードに入っていなければ性欲に振り回されて一足飛びに押し倒そうとして何か失敗してへこむ、という最悪の流れに入っていた可能性は否定できない。
そんな不意打ちもいいところな一連の流れに、最初に立ち直ったのはエアリスであった。
「ハルナ様、そう言う抜け駆けはずるいです」
「うん。だから、エルちゃん達も、ね」
「それはもちろんやらせてもらうけど、春姉」
「何?」
「そこまでやるのに、ほっぺに逃げるのはヘタレすぎだと思う」
「あはは……、不意打ち過ぎて悪いかなって、つい……」
「後、ハルナさん。遠慮なくも何も、前々から割と普通に駄々洩れ的な感じのアタックはしてたような……」
口づけにより完全に頭が真っ白になっている宏を前に、そんな姦しい会話をする春菜たち。
こうして宏達の関係は、ようやく本当の意味でのスタートラインに立ったのであった。
春菜さんが宏にキスをして終わる、というエンディングは、後日談開始当初から決めていました。
ただ、開始当初は唇にするつもりだったのが、何となく唇からは逃げたほうがらしいかも、と考え直した結果、実にヘタレ感漂うラストに変わってしまいましたが。
他にも当初予定と変わった部分としまして、宏が完全に囲われて終わった、というのがあります。
最初の予定では実質的に外堀埋まった状態で終わることは考えていましたが、宏は往生際悪く抵抗し続けており、澪の縛りがなくなったから本気で攻略開始するぞ、という流れでした。
ハーレムからスタートという作品の名作「Shuffle!」のスタートラインに近い状態にするつもりだったのが、進めていくうちに宏自身の自爆も含めていろいろ状況が変わってしまい、夫婦になってから攻略スタート(しかも百年賢者モードのおまけつき)というコメントしづらい着地地点に。
なお、百年後、ようやくまともに性欲が戻ってきた春菜さん達が本気を出そうとすると、どっかの連続転勤ドラマのように辞令、もとい宏たちでないと対処できないトラブル発生でそれどころじゃなくなって、というのを百年以上続けることになります。
このあたりの話はがんばる編以上にグダグダになるのが目に見えているため、現時点では執筆の予定はありません。
ライムが宏たちと攻防する羽目になるのも、大方はこの流れに巻き込まれてアタックする隙が作れずに、そのままずるずる行く感じです。
たまにそのタイミングをすり抜けても、今度はまだ処女のままの春菜さん達とかち合って、みたいなパターンでお互い成就できずに、という感じの、誰が一番不憫なのか分からない事例がずっと続くわけです。
この辺のエピソードからスピンオフを書く可能性はありますが、恐らくどれも宏たちがメインとはならないと思います。
なんにしても、第一話の投稿から約八年続いた物語も、これで終わりです。
最後までお付き合いいただいた皆様には、感謝のしようもありません。
書籍の方はまだまだ続きますので、そちらの方でお付き合いを続けていただけたら嬉しいです。
次に何を書くかは現在まだ未定となっていますが、できるだけ早い時期に新作でお会いできるよう頑張ります。
それでは皆様、本当にありがとうございました。





