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第60話

結局ロマンティックなディナーなんて描写できねえよ! ってことで翌日の話に逃げました(待て

その関係もあって、ちょっと分量は控えめです。

「なんかこう、すまんかったな……」


「私もあんまり馴染めなかったというか、凄い無理してた感じになってたから、気にしないで」


 十二月二十五日の九時過ぎ、いつもの畑。


 大根や人参を収穫しながら申し訳なさそうに謝罪する宏に対し、同じぐらい申し訳なさそうに謝罪する春菜。


 昨夜は澪のリクエストにこたえ、礼宮関係のコネを使い倒してロマンティックなクリスマスディナーを敢行したのだが、その結果はあまり芳しいものではなかったのだ。


 なお、潮見の小中学校は昨日終業式なので、今日は澪も既に冬休みに入っている。


「豪華な食事、というだけなら同じようなものは何度もいただいていますのに、昨日はどうしてかすごくぎくしゃくしてしまいましたよね……」


 収穫したもののうち出荷する予定の大根と人参の泥を落としながら、遠い目をしてそういうエアリス。


 昨日はエアリスも、柄にもなく雰囲気にあてられて妙にアダルトなことを考えてしまい、非常に挙動不審になってしまっていたのだ。


「とりあえず、ボク達にはいろんな意味で早すぎた……」


「そうですね~……」


 クリスマスディナーの内容を思い出して、ため息交じりにそんな総括をする澪とアルチェム。


 澪の要望により実現したロマンチックなクリスマスディナーは、主に宏のヘタレ具合によりグダグダな展開で終わった。


 もっとも、主原因は宏であっても、女性陣も大概挙動不審になった上で無茶なことをしているので、宏一人を責めるのも酷ではあるが。


「正直、日本でのクリスマスっていう単語と一流ホテルのロマンティックな演出っていうものの威力を、甘く見てたよね~……」


「ん。未来さんや雪菜さんの厚意で押さえてもらってた部屋に泊まっていったのが、さらに大失敗だった。さすがに勢いでセクロスするイベント殿堂入りは伊達じゃない」


「澪ちゃん、そういう直接的な表現はちょっと……」


「ボク達が血迷ってやろうとしたことって、ぶっちゃけそういう感じ……」


 澪の言葉を否定しきれず、思わずガクッとしてしまう春菜。


 澪のセリフからわかるように、今回のクリスマスディナーはディナーだけでなく、やたら雰囲気を盛り上げる演出がなされたスイートルーム一泊までついていたのだ。


 言うまでもなく、要望を聞いた雪菜と未来の悪乗りである。


 なお、悪乗りは部屋だけでなく、ディナーの内容やあからさまな少年法対象を含む複数の女を連れ込んでも問題視されない環境づくりに加え、下品ではなく公道を歩いていても逮捕されないが普通なら余裕でその気になるようなデザインのドレスを作るところにまで及んでいる。


 この時、密かに澪のドレスが一番エロティックなデザインになったのだが、これは宏が澪をそういうシチュエーションのディナーに連れ込んでも問題視されない環境づくりの一環だったりする。


 それ自体はある意味成功しているのだが、むしろ成功しすぎたために宏がビビってしまい、女性恐怖症の症状など一切出ていないにもかかわらず寝室の片隅に引きこもるという大惨事を引き起こしたのだ。


 現時点では少なくとも澪とベッドインしてしまうといろいろ危険なので、考えようによっては宏の反応で助かったと言えなくもない。


 ないのだが、いろいろ台無しすぎて、宏自身も含む全員にとってダメージが大きすぎる。


 実のところ、保護者たちの悪乗りは服のデザインとスイートルームの予約までで、しかも部屋の予約に関してはどちらかというと夜遅くに中学生を出歩かせないためというのが主な理由だ。


 ディナーや部屋の演出に関しては、ホテルの独断だったりするのはここだけの話である。


「そう言えば、クリスマスがそういうイベントの殿堂入りっていうのは身に染みて分かったけど、他にもあるの?」


 むうっという表情で考え込んでいた春菜が、ふと気が付いてそんな質問を澪にする。


 質問を受けた澪が、こういう事に疎い他の女性陣に対し、我が意を得たりとばかりに解説を始める。


「他の殿堂入りクラスはバレンタインにホワイトデー、初めて彼氏もしくは彼女の家に遊びに行ったとき、初めてのお泊りなんかが入る」


「全部不可能か終わってるかのどっちかだよね」


「ん。しいて言えば、二人っきりで、っていう条件だったら初めてのお泊りはどうにかならなくもない」


「私はそれも無理なんだけど……」


「春姉も、同じ部屋で二人っきりっていうのはないはず」


「あ~、確かにそうかも」


 澪に指摘され、言われてみればと納得する春菜。


 言うまでもないことだが、澪のその手の知識はエロゲー中心の非常に偏ったものであり、しかも春菜相手ということで割と誇張して言っている。


 口実になりやすいという意味では澪が上げたイベントは確かに殿堂入りかもしれないが、実のところ恋愛もののエロゲーでも、クリスマスやバレンタインで初体験という流れのものはそんなに多くはない。


 舞台となる季節がクリスマスやバレンタインのシーズンとは限らない、というのが最大の理由だが、舞台がその手のイベントシーズンであっても、告白に成功して両想いになった瞬間や数回目のデートで勢い余って、といった感じの流れが割合としては多かったりする。


 エロゲーだから、なのか、エロゲーですら、なのかは意見が分かれるところであろうが、誇張されている創作でそういう感じだと考えると、現実は推して知るべしであろう。


「あの、ハルナさん、ミオさん。無茶しすぎだって反省してる最中に、そういう話をするのはどうなんでしょうか……」


「そうなんだけど、むしろ同じこと繰り返さないために、ありがちなシチュエーションは押さえておこうかな、って……」


「なあ、春菜さん。自分で言うとって、無理あると思わんの?」


「うん、かなり……」


 宏に突っ込まれ、顔を真っ赤にして視線をそらしながら素直に認める春菜。


 百パーセント言い訳でもないが、同じことを繰り返さないためというのが本音の何割かと聞かれると、非常に心もとない数値になる自覚がある。


「ねえ、師匠。春姉のは言い訳くさいけど、実際問題ある程度気にして把握しとかないと、まず確実に同じ惨劇を繰り返す」


「何っちゅうか、ほんますまん……」


「別に師匠が悪いわけじゃない」


 こういうのは自分の役割、とばかりにきつい上に否定できない事を言う澪。


 その言葉にガクッとへこむ宏を、淡々と澪がフォローする。


 もともと、法的なものだけではない様々なリスク回避のために、現時点で澪とエアリスに手を出すのは絶対アウトというのは全員で合意している事柄だ。


 それを忘れて一線を越えそうになる時点でヤバいので、惨劇が起こるかどうかに関係なく可能性は把握しておかねばなるまい。


「で、今考えても仕方がないことは置いといて、年末年始の予定、もう一度確認しておきたい」


「せやな。っちゅうても、年末は大した事せえへんで」


「そうだね。せいぜいおせち作って軽く忘年会っぽいことするぐらいかな?」


「年始はこっちと向こうに挨拶参りやな。ついでに、エルの絡みで決めなあかんことがあったら決める感じか」


「はい。といっても、実のところ正式に話し合って決めることというのは、それほどありませんけど」


 宏の言葉を受けたエアリスの補足に、澪がきょとんとした表情を浮かべる。


「そうなの?」


「はい。せいぜい、無関係な他国から横やりを入れられないように、婚約者として正式な書面を交わしておく程度ですね」


「その程度で大丈夫なの?」


「神との契約を形として残すのですから、ただの書面ではありません。作業としては紙切れ一枚に婚約の事実を記載して署名するだけですが、アルフェミナ様をはじめとした神々の立ち会いの下行われる契約です。正当だと認められる理由もなしに横やりを入れれば、当然神罰の対象となります」


「アルフェミナ様が、ガチすぎる……」


 わざわざ立ち会うという話を聞いて、思わず乾いた声でうめく澪。


 力関係については何とも言えないにしても、経歴的には格下もいいところである宏に対し、そこまでして己の巫女を嫁がせようとしている事には正直引いてしまう。


「後は、成人式があるよね」


「ああ、そういえばあったなあ」


「成人式の時点ではお酒も選挙権もまだだから、成人のお祝いに宴会でお酒っていうわけにもいかないけどね」


「選挙はともかく、酒はなんとなく黙認される感じやけどな」


「あまりいいことではないんだけど、そういう傾向はあるよね」


「未成年の飲酒は親告罪みたいなもんやからなあ」


 成人式の話題で、なぜかいきなり飲酒の話になる春菜と宏。


 それを聞いていた澪が、早速軌道修正に入る。


「ねえ、春姉。どうせ四月まで飲む気ないお酒の事より、成人式でどんな服着るのかが気になる。やっぱり振袖?」


「特に考えてなかったけど、多分スーツかな?」


「着物は着付けが結構手間やからなあ……」


「うん。自分でできなくはないけど、手間を考えるとね~」


 澪に振られて、思うところを正直に告げる春菜。


 さらに春菜の場合、ぱっと見はどこからどう見ても欧米系の容姿と体型なので、着物を似合うように着こなすにはいろいろ工夫が必要なのも、何となく振袖に積極的になれない理由である。


 なお、着こなすのに工夫が必要という点に関しては、一部は澪にも共通する。


「春姉。初詣も、普段着で?」


「うん。毎年そうだし、私たちは神界のほうに行くことになるし、ね」


「どうせそっちで神衣に着替えんねんから、詣でるときの服なんざなんでもええで」


 澪の疑問に、割と身も蓋もない感じでそう答える春菜と宏。


 そのやる気なさげな態度が、神界へ行くときの二人の気持ちを雄弁に語っている。


「っちゅうかそもそも、参加しとる神様自体、結構な割合が全裸やったりキメラ全開やったり名状しがたい何かやったりするんやから、服装なんかどうでもええんやで実際」


「だよね~……。っていうか、あの宴会に参加するのに、ちゃんとした格好で行くのってかなり馬鹿らしい気分になるよね……」


「ほんまになあ……」


 神界の新年会で見せられる、敬意も信仰心も根こそぎ持っていかれる光景を思い出しながら、うんざりした様子でぼやく宏と春菜。


 それぞれ違う文明圏からきているので、行動基準が違うのは致し方ないところではある。


 が、揃いも揃って限度をわきまえずに酒を飲んでは酔っぱらってろくでもない行動を起こすのだから、たまったものではない。


 神々ですら悪酔いしたときのダメな行動は文明の違いを超えて共通するのだから、飲酒禁止の戒律を持つ宗教が多いのも納得である。


「去年はまだ見逃してもらえたけど、今年はホンマ面倒くさいのに絡まれまくったもんなあ……」


「あれのおかげで私、色々制御が甘くなってすごいことになったよね……」


「春菜さんの因果律攪乱体質は、気分とか体調とかの影響もでかいからなあ」


 去年の新年会でたくさん起こった、笑えるけど笑えない類のハプニング。それらを思い出しながら、死んだ目で愚痴を続ける宏と春菜。


 酔って酒を強要してくるぐらいならまだましな方で、中には素面なのに酔ったふりをして脱がそうとしてきたり、神々にしかできないような肉体構造を無視した妙な事をやらせようとしてきたりと、ろくでもない事をしてくる神が多数いたのだ。


 その大部分がなんでそうなるのか分からない流れで次々と発生したハプニングに巻き込まれ、強要しようとしたことが自分に降りかかってくる結果に終わったのは、間違いなく春菜の体質が暴走している。


 その惨状に我関せずとおとなしく交流を続けていた外宇宙から来た名状しがたい姿の神々が、会場にいた神の中で最も礼儀正しく常識的だったところが、いろんな意味で救えない話である。


「新年会、よく考えたらもう来週だよね……」


「どうにかして不参加、っちゅう訳にはいかんやろな……」


 あまりにも参加するのが嫌で、そんな話を続ける宏と春菜。


 結局この日の収穫作業は、内容こそ違えど最初から最後まで微妙な空気のまま作業を終えることになるのであった。








「おっせち、おっせち」


 そして、その年の大晦日。藤堂家の厨房。


 明日には初詣と新年会だというのに、春菜が妙に機嫌よくおせち料理を作っていた。


「ねえ、春菜。なんでそんなに上機嫌なのよ?」


 料理の勉強もかねて手伝いをしていた真琴が、その上機嫌の理由を聞く。


 なお、宏は澪とともに年越しそばを打っており、この会話には参加していない。


「私と宏君、明日の新年会に顔を出さなくてよくなったんだ」


「へえ? それはまたなんで?」


「今年の新年会で私達に性質の悪い絡みかたした神様たちがね、今年一年いろいろ不運に見舞われたらしくてね」


「ああ、なるほどね。ってことは、そのとばっちり受けた無関係な神々がなにか働きかけた、ってところ?」


「うん。私がコントロールできるようなことじゃないから気にしてもしょうがないんだけど、どうもひどいところになると神話単位で不幸続きだったみたいでね」


「そりゃ、参加させないように、って話になってもおかしくはないわね」


「だよね」


 事情を聴いて納得しつつ、神々の世界も大変だとしみじみ思う真琴。


 今回に関しては性質の悪い絡み方をした神が一番悪いにしても、因果律の攪乱なんて影響のでかい権能を、本人にも制御不能な「体質」という形で持っている新神が現れたのだ。


 恐らく後始末には大層苦労したであろうと思うと、心底同情したくなる。


「まあ、その代わり、今度各神話の女神様だけが集まる女子会的な感じのパーティには参加しなきゃいけないんだけどね」


「へえ。なんだか、それはそれでドロドロしてそうねえ……」


「多神教だと、どの神話でも結構女神様同士で陰湿なことやりあってるからね~」


 真琴の正直な感想に、苦笑しつつ同意する春菜。


 特にギリシャ神話などは男神女神関係なくそのあたりが露骨だが、日本神話にせよ北欧神話やインドの神話にせよ、多神教の神話には人間味あふれるくだらない理由で陰湿な喧嘩をしているエピソードがごろごろ転がっている。


 内部ですらそうなのだから、外部交流となるとどんなことをやりあうか予想もつかない。


「で、その女子会っていつよ?」


「確か、一月末だったかな? で、その前に天音おばさんの仲介で天照大神と弁天様、それからあと二柱ほどの女神様と、その件で打ち合わせみたいなことをやるんだよね」


「なかなか大ごとみたいね」


「まあ、打合せって言ってもお茶会でどんな話をするのかってことより、むしろ右も左も分かってない新米にいろいろと暗黙のルールやマナー、触れてはいけない各神話の地雷なんかを教えるのが本題らしいんだけど」


「ああ、それは重要ね……」


 春菜の説明に、真剣な表情でうなずく真琴。


 深刻な対立というのは、大抵そういったことを軽視した結果起こるものである。


 しかも、宏と春菜の場合は新しい神話の主神となることが確定しており、いずれ各神話の主神やフェアクロ世界以外の異世界の神々と外交をせねばならなくなる。


 そのあたりを誰かが教育しなければいけないのだが、指導教官は特殊枠であり、彼の真似をされると周囲が困る。


 特に困るのが、二人してやろうと思えばできてしまうところなので、この件に関しては絶対に指導教官に関わらせてはいけない、というのが地球上の神々の総意である。


 なので、神話体系としては宏と春菜双方の源流であり、かつ、住んでいる場所もばっちり守護範囲である日本神話の皆様がそのあたりの教育を受け持つことになったのだ。


 要は、天照大神が貧乏くじを引かされたのである。


「宏はその手のお茶会やら打ち合わせやらはないの?」


「現在調整中だって。そもそも、創造神の誕生自体が何万年ぶりとかそういう感じらしいし、既に新しい世界を作り始めてるっていうのはひそかに初めてのケースらしいから、公的な扱いをどうするかとか結構もめてるみたい」


「いろいろ難しい話があるのね」


「みたいだよ。まあ、さすがに神化してまだ一桁年数の新米に、そこまでいろいろは求めるつもりないとも言ってたけど」


「あんた達も大変だけど、他の神様たちもいろいろ大変なのねえ……」


 黒豆と並行で伊達巻を作りながらの春菜の話に、紅白なますを作りながらしみじみとそんな感想を漏らす真琴。


 恐らくだが、異世界に飛ばされて主神クラスに神化した挙句、わざわざ人間として地球に戻ってきたこと自体が前代未聞なのだろう。


「女子会が一月末だってことは、打ち合わせは年が明けてすぐぐらい?」


「そこまで早くはないかな。三貴神の方々もお正月は忙しいし」


「ああ、そりゃそうよね」


「だから、早くて成人式終わったその足で、って話になってるよ」


「余裕があるようで慌ただしい日程ねえ」


「成人式のために略式とはいえ一応正装してるから、かしこまった服装をするのが一回で済むという面では悪くはないよ」


「あ~……」


 手際よく伊達巻を巻きすで巻きながらそう答える春菜に、そういう考え方もあるかと納得しつつ水にさらしていたサツマイモの水切りを行う真琴。


 この後くちなしの実と一緒に煮て、栗きんとんにするのだ。


 なお、言うまでもないことかもしれないが、今作っている料理、卵と栗以外の食材はすべて春菜の畑でとれたものである。


「あっ、真琴さん。栗きんとん終わったら、鶏肉八幡巻き作ってみる?」


「八幡巻きって、確かいんげんとか人参とか巻いてるやつよね? 難しくない?」


「それほどでもないよ。開き方にちょっとコツと工夫がいるけど、基本的には一度野菜を鶏肉で巻いてタコひもで縛って、そのまま焼くだけだから」


「下拵えは?」


「うちのレシピだと野菜をまく前に鶏肉をタレに漬け込むのと、野菜を下茹でして火を通しておくぐらいかな? 鶏肉の漬け込みは昨日の晩にやっておいたから、あとは野菜茹でて巻くだけだね」


「なんか、あたしがやるとばらけそうね……」


「それはそれでいいんじゃない? どうせ食べるの私達なんだし」


「いや、さすがにおせちでそれはちょっとどうかと思うんだけど……」


「何事も経験だよ」


 初めて行う割と手が込んだ料理に、思わず腰が引ける真琴。


 そんな真琴を、容赦なく春菜が追い込む。


 その後、どうせ澪用に大量に作るからと一本だけ試作した結果、切り分けた際に半分だけばらけるというある意味器用なミスをして、大いに凹むことになる真琴であった。








「今年ももう、終わりやなあ」


 大晦日の夜、藤堂家のダイニング。


 年越しそばをすすりながら国営放送の歌番組を見ていた宏が、番組の大トリとして雪菜が出てきたのを見て、そんなことをぽつりとつぶやく。


 なお、現在ダイニングには宏と春菜のほかに、真琴、澪、達也、詩織の四人がいる。


 菫は現在熟睡中なので、隣の部屋でいつきが付いている。


 詩織がそばを食べ終えたら交代する予定だ。


 余談ながら、深雪は潮見高校で作った友人の頼みを受けて、現在現地で雪菜のステージを見ている。


「今年も色々あったけど、どっちかって言うとおとなしい感じだったかも?」


「せやなあ」


 だしを吸ったかき揚げをかじっていた春菜が、口の中のものを飲み込んでから今年一年をざっくりと総括する。


 それにうなずきながら、雪菜のステージを見るとはなしに見る宏。


 毎年のことながら、雪菜のステージは同じ番組に出演する他の歌手のものに比べ、非常にシンプルだ。


 そのため、否応なく歌に聞き入ることになる。


「なんだか、今年の紅組はお母さん以外、全体的に何となく小粒だった気がするよ」


「だなあ。まあ、紅組は白組の倍ぐらいの人数、ベテランが抜けてるからなあ。ある程度は仕方がないんじゃないか?」


「ん。紅組の場合、去年と違って某アイドルゲームの中の人グループがいないのも大きい」


「視聴者投票だからどうしても組織票とか入るとはいえ、人数でごまかす系のアイドルだけで投票枠六枠全部埋まっちゃってるのはきついわよねえ」


「話題になった歌手枠の子たちが、何となく萎縮しちゃってる感じだったのが可哀想だったよね~」


「なんぼ何でも演歌の大御所ぶつけたり前後にセット系とかど派手なキンキラステージ系とか突っ込むんはひどいわな」


 雪菜の歌が終わったところで、番組全体の感想を好き勝手に言う春菜たち。


 この辺りのにわか素人評論家が勝手な評価を言いまくるのも、ある意味で大晦日の風物詩と言えよう。


 一時に比べて運営や選定基準が透明化されたこの歌番組は、なんだかんだと言いながらも大晦日の顔として、それなりの視聴率で生き延びている。


 なお、同じ歌番組でも大賞を決めるほうは、十年ほど前にいつの間にか自然消滅していたりする。


 これに関しては、雪菜が新曲を出すと売り上げトップがその曲に持っていかれる、複数出せば出した曲が出した順に並ぶ、という状況が結構長く続いてしまい、どうやってもやらせ感をぬぐえなくなったのが最大の原因だと言われている。


 雪菜を殿堂入りにして対応しようとしたこともあったのだが、では他の曲はというと、ブレスなど一部の歌手が一年の前半に新曲を出してくれないと雪菜に食われて存在感がないことが多かった。


 こうなった最大の原因は、正面からでは勝てないからと売り上げ確保のために握手券だのなんだので釣る商法に走った事であり、地味な研鑽で状況を打破しようとしなかった業界の自滅としか言いようがない。


 似たような不祥事がいろいろあった二つの番組だが、奇麗に明暗分かれたと言えよう。


「にしても、今年の大晦日は平和ねえ」


「言われてみれば、今年の年末は私達がクリスマスで自爆した以外、本当に何もなかったよね」


「普通に生活してても、年末年始ってのは何かとトラブルが起こりがちだしなあ。こんなにのんびりできるのって、案外珍しいぞ」


「うんうん。何もなくても、帰省とか親や親戚が来たりとかでバタバタするしね~」


「っちゅうても、うちらの場合は普通の生活っちゅうんと外れとる気もするで」


「ん。特に師匠と春姉は、普通とは言い難い感じだった」


 澪に指摘されて、渋い顔で頷く宏。


 そもそも神になってしまっている時点で普通な訳がないのだが、それを踏まえても去年と一昨年は容赦がなさすぎる気がしてならない。


「っちゅうか、よう考えたら去年の年末、真琴さん一人だけ非常に平和やった気ぃすんなあ」


「何のことかしら?」


 宏に指摘されて、思わず目をそらしながらしらばっくれる真琴。


 娘が生まれてバタバタしていた香月夫妻に様々な発明品の論文で忙殺された宏と春菜、未来に専属モデルとしてひたすら着せ替え人形にされ続けた澪と、真琴を除く全員が何らかの形で年をまたいでも忙しい思いをしていた。


 そんな中、真琴は特にこれといった用事もなく、特に漫画を描くでもなくのんびりと年末年始を過ごしていた。


 無論、全く何もしていないわけではなく、菫の世話をはじめ他のメンバーの手伝いをできる範囲でやってはいたが、真琴特有の事情で手を取られる事は特になかったのだ。


「真琴姉、即売会とかはいいの?」


「今、あのペースに体慣らしてるところ。さすがに他の事やりながら夏と冬の二回、納得いくクオリティで描くにはちょっと鈍りすぎてるのよ」


「その言い分は分かんなくもないけど、真琴姉の納得いくクオリティってどのレベル?」


「ん~、いくら薄い本って言ってもあんまり薄いのは物足りないから、最低でも四十八ページ以上かつ向こうで描いてたのよりちゃんとした内容の奴にしたいわね。欲を言うなら、客寄せ用の十八禁と本命の九十六ページぐらいの一般向けを用意したいところね」


「ねえ、真琴姉。壁でもないサークルの本番なしのオリジナルなんて、そんな分厚くして売れるの?」


「まあ、売れないでしょうね」


 澪の厳しい突込みに、あっさりそう認める真琴。


 本の分厚さがどうとか以前に、そもそも一般向けのオリジナルで勝負すること自体が茨の道だ。


 その道の険しさは、少々クオリティが高い程度で乗り越えられるものではない。


 それどころか、島サークルとして参加した場合、世代を超えて愛される人気作を持っている漫画家ですら、下手をすれば討ち死にしかねないほど厳しい道のりである。


 過去の経験でそのあたりを知り尽くしていることもあり、真琴は何一つ楽観していない。


「売れないと分かっててやるの?」


「幸いにして、あたしはお金には困ってないもの。下積み修行だと割り切って、クオリティ上げながら数こなすことをメインに頑張るわ。この手の娯楽産業なんて、基本的にそんなもんでしょ?」


「そうかも」


「あと、向こうであんたたちと一緒にいて、つくづく思い知ったことがあるのよね」


「何?」


「どんなことでもセンスだけでやっていくのは限界があるってこと。やっぱり、下積み修行をコツコツやるのって大事だわ」


 ため息交じりにしみじみと漏らした真琴の本音に、思わず真顔で頷く一同。


 宏や春菜、澪は自身の経験として頷くところではあるが、達也や真琴、詩織からすると、どちらかというとファムたちの進歩でそれを感じる。


「だからまあ、早い段階で結果につながればその方がいいけど、あんまり焦ってやる気はないのよね」


「そうだね。真琴さんはそれでいいんじゃないかな?」


「まあ、あんまり芽が出ないようだったら、あきらめて大人しくコネで仕事貰うことにするけど」


「うん。その時はどんどん頼ませてもらうね」


 あっけらかんと言い放った真琴に、真顔でそう告げる春菜。


 こんな言い方をしているが、実のところ真琴は別にコネで仕事をもらうのが恥ずかしいと思っているわけではなく、単に全部頼り切りはぬるま湯すぎて情けないという感覚があるだけである。


 なにしろ、インターネットの発達と普及によって昔より大幅に楽になったとはいえ、イラストやデザインの仕事というのはコネがないと、頼むのも受けるのも結構難しい。


 特に一般人や個人企業などが発注する場合何となく心理的なハードルが高く、コネがないと最初の一回がなかなか踏み出せないことも多い。


 そもそもどんな業種であっても、適正な価格と契約内容で受発注が行われるのであればコネで仕事を受けるのは何ら悪いことではないが、特にこの種の才能が重視される業種はコネでの受発注を悪だと否定されると双方が困ることになるだろう。


「で、真琴姉。そのあたりはよく分かったんだけど、活動再開はどういう予定で考えてる?」


「一応、来年の夏の申し込みだけはしておいたわよ。あたしみたいな普通の個人サークルの場合、まず通るかどうかが最大の関門だけどね」


「それはよく聞く」


 茶目っ気たっぷりにそんなことを言う真琴に対し、どことなく憧れの色を目に浮かべながらうなずく澪。


 漫画やアニメで定番ともいえる即売会だが、残念ながらと言うべきか当然と言うべきか、澪は一度も参加したことがない。


 そのせいか、澪は同人誌即売会、それも特にサークル参加に妙な幻想とあこがれを抱いている。


 今や人間の領域を超えた健康体になっているため、少なくとも一般客として参加する分には年齢(もっと正確には保護者の許可)以外に障壁はないのだが、そのあこがれが足を引っ張ってか、いまだに参加しようと考えたことは一度もなかったりする。


「あっ、そうだ。ねえ、澪。あんたも来年高校生だし、もし申し込みが通ったら売り子手伝ってもらってもいい?」


「えっ? ボクがサークル参加?」


「嫌かしら?」


「嫌っていうか、ボク、衣装デザインが多少できるぐらいで、物語とかそっち方面のクリエイティブな才能は壊滅的だから……」


「いや、売り子にその手の才能って特に関係ないし」


「でも、ボク、基本的に上から目線で好き放題ディスることしかしてきてないから、サークル参加とか即売会に対する冒涜じゃ……」


「言っちゃあ何だけど、バイト代貰えるからって理由で内心バカにしながら売り子手伝ってる人間なんていくらでもいるわよ。即売会は確かに交流の場としての側面も強いけど、サークルの主催者はともかく、売り子とかの手伝いだけで参加してる子だとそこまで深く考えてる子はそんなにいないわ」


 何とも思い詰めた感じで大げさなことを言いだした澪に、思わず呆れたようにそう突っ込む真琴。


 実際問題、参加者数が売り手買い手を合わせて期間中の延べで数十万人に達するイベントで、サークル側の参加者全員がそんな崇高な意識を持って参加するなど不可能だろう。


 澪に気を使って主催者はともかく、などと言ったが、即売会を金儲けの場、同人誌を金儲けの道具としか見ていないサークル主催者だって真琴は何人も知っている。


 澪のそういう妙な事で真面目で純真なところは尊いしそのままで居てほしいところだが、究極的には単なる大規模な販売イベントに過ぎないのだから、真琴的には同人誌即売会ぐらい気楽に参加してほしい。


「まあ、この話は来年、当選したらでいいんじゃない? 今話しても、単なる皮算用だし」


「ん」


 真琴の言葉に素直にうなずく澪。


 なお、このフラグ満載の言葉によるものか、それとも澪の気持ちに春菜の体質が忖度したのか、真琴がコミケに当選するのは二年後の冬となり、諸般の事情で澪のサークル参加は流れる羽目になるのだが、現時点では当然誰も知る由もない。


「そーいや、ごちゃごちゃ話してるうちに結果をスルーしちまったが、歌合戦はどっちが勝ったんだ?」


 割とどうでもいい話に夢中になっている間に、いつの間にか終わっていた歌合戦。その結果を、今更のように達也が気にする。


「さあ? 私もお母さんがカウントダウンライブのために慌ててハケたとこまでしかちゃんと見てなかったし」


「ねえ、春姉。毎年カウントダウンライブやってる人を大トリに持ってくるって、無茶もいいところだと思うんだけど……」


「今年はホールから一番近い会場かつ、天音おばさんと宏君の合作の新型ゲートで移動時間短縮をやってるから、ちょっときわどいけどなんとかはなるかな」


「新型ゲートって、どんな?」


「あんまり公にできないんだけど、移動先に障害物がなければ出口を置いてなくてもゲートを開けるようになったんだ。ただ、頑張っても歌合戦の会場からドームぐらいまでの距離しか移動できないんだけどね」


「春姉、それって……」


「うん。まだ問題はいっぱいあるけど、みんなの夢のアイテム・どこでもなんとかって奴だね。まあ、まだ試作二号機だから、試作のための試作って感じからは抜け出せてないけど」


 春菜の言葉に、思わずぎょっとした顔で宏と春菜の顔に何度も視線を往復させる一同。


 移動先に障害物がなければ自由にワープできるなど、危険物以外の何物でもない。


「いやまあ、いずれ作るだろうとは思ったんだけど、このタイミングで? とか、よりにもよって宏と一緒に? とか、いろいろ突っ込みたいところがあるわね……」


「むしろ、突っ込みどころしかないよね~」


 真琴のぼやきに詩織が同意する。


 こういう時全力で突っ込みに回るのが仕事の達也は、完全にオーバーフローして沈黙している。


 あまりにいろいろ飛躍した内容のため、そんな機密事項の塊をたかが一歌手のコンサートのために使っていいのか、という追及は完全に意識から零れ落ちている。


「まあ、ネタバレするとやな、先月アメリカでテロあったやろ?」


「……ああ。結構あっちこっちの重要施設が襲撃された奴だよな? 人的被害はなかったからって日本じゃあんまり話題になってねえが……」


「あれで現物一個パクられたらしくて、ヤバげなところにいろいろ流出した感じでな。先手打って実用化してもうた方が安全やって判断になってんわ」


「……そういう理由かよ……」


 宏がネタバレした内容に、思わず頭を抱える達也。


 現物をばらした程度でどうにかなるほど簡単な技術ではなく、また、盗まれたと分かった時点で遠隔操作で爆破しているので大した情報は漏れていないだろうが、それでも破片程度でも現物を手に取れば分かってしまう事はいろいろあるものだ。


 そもそも公表された論文と完璧な製品が手元にあってさえ、試験機を作るだけでも半世紀は基礎研究が必要な代物ではあるが、それでも一切対策なしというのはあまりにも能天気すぎる。


 可能であるなら、新規技術を開発・発表して牽制に走るのは当然である。


「ねえ、宏、春菜。思ったんだけど……」


「うん。平穏かっていうと微妙だっていうか、実はそんなこともなかったり……」


「まあ、こっちに降りかかってくるんはもっと先の話やろうから、今の時点では平穏は平穏やな」


 ジト目で突っ込みを入れようとした真琴に対し、しれっとそんなことを言い返す春菜と宏。


 そこで、テレビから除夜の鐘が聞こえてくる。


 その音に、思わず沈黙してしまう真琴。


 他のメンバーも、とりあえずは鐘が鳴り終わるまで黙ることにしたらしく、なぜか全員背筋を伸ばして鐘の音を聞くことに。


「年が明けたね」


「あけおめやな」


「うん、あけましておめでとうございます」


 除夜の鐘が鳴り終わり、日付が変わったことを確認した春菜と宏が、何事もなかったかのように新年のあいさつをする。


「ん、あけおめことよろ」


「なんか誤魔化された気がしなくもないけど、あけましておめでとう」


「「あけましておめでとうございます」」


 春菜と宏に澪がのっかった時点で、あきらめて新年のあいさつモードに切り替える真琴。


 そんな真琴の気持ちを察して苦笑しつつ、自分たちも挨拶をする香月夫妻。


「多分今年もいろいろあるやろうけど、今年も一年、よろしくお願いします」


「とりあえず、いろいろあきらめたわ……」


「ん。今回の話は教授が矢面に立ってくれてるだけ、まだボク達への影響は少ない」


「うん。だから、私も割とのんきに構えてる感じ?」


 春菜の一言で、年長組の間に何となくまあいいかという空気が流れる。


「さて、時間的にもちょうどいいし、そろそろ詩織さんは菫ちゃんのところに行ってあげて」


「そうだね。思わずのんびりしすぎちゃったけど、いつまでもいつきちゃんにお願いするのも申し訳ないしね~」


「そういえば、春姉。新年会に参加しなくてよくなったのはいいとして、初詣はどうするの?」


「初詣自体は、去年までと同じかな」


 そのまま、空気が変わらぬうちにと、この後の話をさっさと進める春菜。


 こうして、なんだかんだでいつものように波乱含みのまま、年越し自体は平穏に終わるのであった。

なんだかんだ言っても、紅白歌合戦はそう簡単になくならないと思うテスト。

こう、そばすすりつつ勝手なこと言いまくりながら紅白見るってのは、それはそれでいい文化だと思うのですよ。


なお、物騒な話がちらほら出てますが、長くてもあと5話ぐらいで終わる都合上深く掘り下げることはしません。


現在第3巻が発売中のN-Star連載

「ウィザードプリンセス」

(アドレスはhttps://ncode.syosetu.com/n7951ei/)


もよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] あれ?曽祖父亡くなってて春菜さん喪中なのでは? 当たり前におあけおめ言ってますが…。 まぁ、自分も昨年父が亡くなったんですが、ネットとかでは気にせずリプライとか書いてましたけどねw 下手に喪…
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