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第57話

「ねえ、春菜、深雪。ちょっと来てくれる?」


 そろそろ全国的に文化祭・学園祭という時期に差し掛かったある日のこと。


 珍しく早い時間に家に帰ってきた雪菜が、リビングに二人の娘を呼び出す。


「……この時間にお母さんがいる時点で、何となく大ごとだってことは分かるんだけど、一体どうしたの?」


「というか、お母さん確か、今週は帰ってこれないはずだったよね? どんな事情があるのかは分かんないけど、そっちは大丈夫なの?」


 何やら察している様子の春菜の質問に合わせ、スケジュール的な観点での疑問をぶつける深雪。


 そんな二人の疑問に一つうなずくと、雪菜はいつになく真剣な、というより深刻な表情で話を続ける。


「スケジュールに関しては大丈夫。向こうも私のことをよく知ってるから、すぐにチケットの払い戻しと代わりの公演の手配をしてくれてるから」


「そこまでするってことは、本当によっぽどなんだね」


「うん。日程までは何とも言えないけど、二人にも明日から学校を休んでもらうことになると思う」


「……ってことは、もしかして?」


「うん。曽お祖父ちゃんが倒れたの」


 雪菜の言葉に、思わず息をのむ春菜と深雪。


 すでに百を超えている曽祖父の場合、いつお迎えが来てもおかしくはない。


 が、夏休みに顔を出したときはまだまだ元気、というか正直殺しても死にそうになかったので、油断していた部分はあった。


「……でも、私たちのほうに連絡は来てなかったけど……」


「向こうもちょっとバタバタしてるみたいでね、私のところに連絡が入ってきたのも、家に着く直前ぐらいだったんだ」


「そっか。それだったらしょうがないね」


「うん。正直、今日の仕事が潮見市内でよかったよ。そうじゃなかったら、帰ってくるのにすごく時間かかってたし」


 メッセージを見せながらの雪菜の言葉に、そういう事ならと納得する春菜。深雪はすでに、学校を始めとした関係各所に連絡を始めている。


 連絡が来る前に雪菜が行動を起こしていたことについては、春菜たちもそう言うものだと気にしていない。


 身内に天音のような存在がいる上に、ちょくちょくというには少ない頻度だが昔から雪菜はこうだったので、既におかしいと思う段階など過ぎている。


 むしろ、雪菜が昔からこうだったので、春菜が時空系の女神になったと教えられても血縁関係者が誰も気にしていないのだ。


 なお、昔デビューしてちょっとしたぐらいのころ、この辺りの言動が原因で雪菜が予知能力者なのではないかと騒ぎになったことがあった。


 が、精度はともかく頻度がそれほどでもなく、また自身に関係があって今現在起こっていてまだ情報が届いていないだけ、という事に対してしかこういう言動をしないので、時々こういう事に勘が鋭くなるタイプということで落ち着いている。


「曽お祖父ちゃん、大丈夫かな……?」


「とりあえず緊急入院はしたけど、治療はうまくいったらしくて、峠は越して容体は安定してるって。だから、すぐに亡くなりそうっていう状況ではないみたい。ただ、年が年だし、いつ何があってもおかしくないからね」


「そうだね……」


 深雪同様に宏達に連絡を飛ばし、ついでに学生課に公休の手続きを行うためのメールを送りながら、心底心配そうに曽祖父を案ずる春菜。


 身内の心配をしながらも、取り乱したりせず並行でドライな各種手続きを淡々と行うあたり、藤堂家の女性はかなり女傑ぞろいといえよう。


「春菜、夕食の用意とかしてる?」


「まだだよ」


「だったら、今からロンドン行きの航空券を押さえるから、夕食は空港で食べよう」


「うん。じゃあ、肉類を冷凍庫に移してくるよ」


「了解」


 不安な内心を抑え、淡々と出発前の処理を済ませていく春菜。


 今回に関しては、天音はともかく雪菜たちまで特別扱いしてゲートで移動、というわけにもいかない。


 一時に比べると地球はとても狭くなったとはいえ、残念ながらそれでもまだまだイギリスは遠い。


 焦ろうが慌てようが、正規の手段ではどうやったところで数時間かかる。


 ちなみに、春菜たちの住む日本の場合、AI技術の発達とマイナンバーの定着により、犯罪歴がなくパスポートさえ持っていれば、条件によっては即日どころか数分でビザが発行される。


 あくまでイギリスやアメリカ、EU諸国のような日本と行き来が多く友好関係にあり、かつオンライン化が大きく進んでいる国に限っての話ではあり、また、日本が何十年にもわたって積み重ねた信用の上で成り立っているシステムではある。


 が、こういう面でも地球が狭くなったのは間違いない。


「ねえ、お母さん。今から行くのは、わたしとお姉ちゃんだけ?」


「うん。さすがにスバルのほうは、予定の都合がつかなかったんだよね。だから、どうしても抜けられない仕事が終わったら、向こうで合流」


「分かった」


 雪菜の説明で、父の不在に納得する深雪。


 スバルの場合、嫁の祖父とはいえ血縁関係もなく、住んでいる場所がイギリスと日本なので縁も遠い。


 亡くなったというのであればともかく、入院はしたが峠は越えて容態が安定しているとなると、代えがきかない立場なのもあって、即座に抜けるというのは難しいようだ。


 なお、今回の場合は雪菜の母方の祖父(春菜と深雪から見れば曽祖父)なので、従姉である天音や美優も状況は同じだ。


 故に、美優の夫でスバルと同じバンドに所属している亮平も、同じ理由で後日現地で合流となる。


「いつきさん、着替えとかパスポートとかの準備よろしく」


「すでに終わらせてあります」


「さすが」


「お母さん、冷蔵庫の始末は終わったよ」


「わたしのほうも、宿題とか持って行っておかなきゃいけないものは全部そろえた」


「じゃあ、行こっか」


「「うん」」


 やることは終わったので、あとは出発するだけである。


「じゃあ、行ってくるね、真琴さん。申し訳ないんだけど、ご飯は適当に済ませておいてね」


「分かってるって。留守番はちゃんとやっとくから、こっちは気にしなくていいわよ。気を付けて行ってきなさい」


 あわただしく出ていくことに対して本当に申し訳なさそうにする春菜に対し、あえて軽い調子で送り出す真琴。


 二時間半後。藤堂家の女性陣は、潮見国際空港からロンドンへ向かって飛び立つのであった。








「そろそろ、春菜さんらついたころかな?」


「ん、多分。おそらく、もう入国審査も終わって曽お祖父ちゃんのところに到着してるはず」


 翌日の朝、いつもの畑。


 いつものように作物の収穫をしながら、宏と澪は春菜の状況について話していた。


「しかし、春菜さんの曽お祖父ちゃんって、もう百歳超えてるんやろ?」


「ん。そう聞いてる」


「峠は越えたっちゅう話やし、教授も向こう行くからもしかしたら元気になるかもしれんけど、さすがに年齢的に厳しいかなあ……」


「普通は百歳超えてこういう種類の入院したら、退院どころか意識が戻っただけでも下手すると奇跡」


「せやわなあ……」


 澪の身も蓋もないきつい指摘に、渋い顔で同意する宏。


 ここ三十年ほどでいろんな病気を克服してきた人類だが、残念ながら老いによる体力や身体能力の低下に関しては、いまだに克服する糸口を断片的につかめている程度だ。


 必然的に、年を取ってからかかる病気については、体力の問題でどうしても治療できないものがちょくちょく出てくる。


 そもそも老いを克服することが本当に幸せなのか、という議論が毎年のように起こることもあり、この辺りの終末期の状況はあと半世紀ぐらいは変わらないだろう。


「にしても、僕らまで呼ばれるかもしれん、っちゅうんはさすがにちょっと勘弁してほしいんやけど……」


「ん。師匠はともかく、ボクまでパスポートいるかもって言うのはちょっと……」


「理由はまあ、分からんでもないんやけどなあ……」


 宏のボヤキに、いつもの無表情でうなずく澪。


 無表情ではあるが、見るものが見れば心底やめてほしいと思っているのが分かる。


 宏と澪の反応は普通に考えれば不謹慎で失礼なものではあるが、そもそも地球を約半周する必要がある地域に住んでいる初対面の年齢差が五倍以上ある老人に会いに来いと言われれば、できたら避けたいと思うのは当然であろう。


 しかも澪の場合、もし今から呼ばれれば、これが初めての海外旅行となる。


 澪の性格的に、初の海外旅行という時点で腰が引けるのは仕方がない。


 もっとも、仮にこれが初めての海外旅行でなくても、目的が春菜の曽祖父母に将来の旦那候補及びその妾候補として紹介してもらう、などという内容では、行きたくないと思っても責められないところではあろうが。


「ねえ、師匠。どうにかして冬華をみせてあげる、ぐらいで何とかならない?」


「冬華が何者やねん、っちゅう話になると、どないしても春菜さんだけでは説明が足らんし、そもそも冬華本人がエルとかアルチェムにも言及しおるやろうからなあ……」


「その流れで、ボクだけ安全圏は許されない?」


「少なくとも、春菜さんは普通に紹介しよるやろうし、ローリエが『そういうずるを教えるのは冬華の教育に悪い』、とか言いそうな気もするしなあ……」


「むう……」


 宏の反論しづらい指摘に、思わずうなってしまう澪。


 特にローリエの言いそうなことは正論もいいところなので、何を言ってもどうしても説得力に欠ける。


 その澪の反応に思わず苦笑しそうになり、だが実際に呼ばれた時のことが頭をよぎって、苦笑が苦い顔に化ける宏。


 正直な話をするなら、宏も澪を紹介するのは避けられるなら避けたいというのが本音である。


 澪自身がどうというよりは、その立ち位置と実年齢、さらには胸以外の見た目の幼さという三段コンボが厳しく、どうしても他人に経緯とか立ち位置を説明することを忌避したくなるのである。


「まあ、峠越したっちゅうてもそこまで体力に余裕がある状態かは分からんし、あんまりそういう体によろしくない話せんでもええようにっちゅう方向に進む可能性もなくはないけど、それ期待するんは人の不幸を期待しとるようでなあ……」


「ん。仮にそういう理由で現状の説明免れても、それはそれでうれしくない……」


 そう言ってから、同時にため息をつく宏と澪。


 この件ではどうにも己の浅ましさが目について、とにかくへこまざるを得ない。


 経緯を考えれば別に誰が悪いわけでもなく、また別段神々の世界では珍しくもない話だとはいえ、現代の価値観では決して褒められたものではない、どころか普通は叩かれてしかるべき状況なのも間違いない。


 それを自覚しているだけに、春菜の曽祖父がどういう反応をするのかが怖いのだ。


「雪菜さんからも春菜さんからも話聞いたことあらへんから、どんな人なんかが分からんのがつらいとこやな」


「普通、一緒に暮らしてる家族以外の話って、あんまりしない」


「せやわなあ」


「実はボク、詩織姉のご両親とかの事、全然知らない」


「いくら会う機会多いっちゅうても、親戚の嫁なんざそんなもんやわなあ」


 澪が白状した内容に、それはそうだろうと同意する宏。


 これがせめて兄弟の配偶者であるか、澪がもっと大人であったら話は変わってくるが、澪の年では親戚の旦那や嫁の実家など、縁がないのが普通だ。


 特に親戚の配偶者の実家に関しては、大人でも冠婚葬祭で顔を合わせることがあるかもしれない、程度である。


 達也と詩織が結婚式を挙げた時点ではまだ治療のめども立っていなかったことも考えれば、澪が詩織の実家について何も知らないのは何ら不思議なことではない。


「そういえば、いい機会だから知りたいんだけど、師匠のおじいちゃんとおばあちゃんは?」


「みんな、こっち来る前に亡くなっとってな。爺ちゃんなんか、どっちも僕が生まれる前に亡くなっとるし」


「なるほど。ってことは、曽お祖父ちゃんとかも?」


「せやな。一応従兄は東京で就職しとるらしいけど、僕が中学上がったぐらいからおとんとおじさんが折り合い悪なっとるから、引っ越しの影響でほとんど縁は切れとるな」


「そっか。それって、おじさんとおばさん、どっちの兄弟?」


「おとんのお兄さんやな。子供の前ではそういうとこ見せんようにしとったみたいやけど、裏ではいろいろあったみたいやで。周りの人の話聞く感じ、どっちかっちゅうとおじさんのほうに問題あったらしいんやけど、ほんまのところは何も知らん」


「なるほど」


 宏の説明に、そういうものかと納得する澪。


 裏で何があったかは気になるものの、これから学校だというこの時間に、わざわざ掘り下げて聞くような話ではないだろう。


 それにそもそも、理由はどうであれ親戚で仲が悪いというのは、別に珍しい話でもない。


「澪は親戚ようさん居るみたいやけど、どんな感じなん?」


「ん。お父さんとお母さん、どっちも大家族の出身だから、実は従兄妹はいっぱいいる。ちなみに、ボクは年齢的に下から三番目」


「ほほう? っちゅうか、澪より下もおるんや」


「ん。でも、実は去年初めて会った」


「っちゅうことは、その子らは遠方の人なん?」


「ん。山形でサクランボとラフランスの農家やってる。ただ、おばさんがどういう経緯で何を思って嫁いだのかまでは知らない」


 果樹農家、それもサクランボとラフランスと聞いて、一瞬宏の目がキュピーンと光る。


 それを見た澪が、サクッと釘を刺す。


「師匠、さすがに潮見の外にまで影響を及ぼすのはよくない」


「っちゅうても、澪の縁っちゅうんが判明した時点で、普通に終わりやない?」


「かもしれないけど、師匠や春姉が直接手を出すよりはるかにマシ」


「まあ、せやわな」


 おば一家を守ろうと必死の澪の言葉に、そりゃそうだということでとりあえず矛を収める宏。


 とはいえ、どちらも微妙に伝手があるようでない果物なので、せめて物々交換のルートは欲しいところである。


「で、澪。そのおばさんのところと、物々交換は可能そうか?」


「師匠、自重。来年からうちにも送ってくれるそうだから、それのおすそ分けで我慢」


「しゃあないな。春菜さんが我慢してくれる間は、それで手ぇ打つわ」


「……師匠、さらっときつい仕事振ってきた?」


「何のことやら?」


 フルーツを前に春菜に待てをさせるというハードなミッションを、しれっと澪に押し付ける宏。


 その鬼畜なやり口に、思わず戦慄する澪。


 そんな馬鹿話のおかげか、春菜の曽祖父に対する重苦しい空気は、見事に雲散霧消するのであった。








(……む?)


 宏達が畑仕事をしているのと同時刻。イギリスはエディンバラにある大病院。


 春菜の曽祖父、小川彰蔵がうっすらと意識を取り戻したとき、己を複数の人間が取り囲んでいることに気が付いた。


(……何があった?)


 自身が寝かされていることや、いくつか管のようなものが体につながれていることに気が付き、ぼんやりとした意識でうつらうつらしながら前後関係を思い出そうとする。


 この頃とんと物覚えが悪くなったこともあり、思い出したエピソードの時系列がいまいち判然としないが、自分が何らかのきっかけで倒れ、病院に担ぎ込まれたということだけは断言していいだろう。


 よくもまあ、お迎えが来なかったものだと思わなくもないが、このままうとうとし続ければ、そのままあの世へ直行しそうな気がしなくもない。


 この年になってしまうともはや死ぬことは怖くないのだが、心残りがないわけではないし、許されるならできる限りの後始末はしたい。


 その執念すら感じさせる義務感で、どうにか彰蔵は目を覚ました。


「……おじいちゃん!?」


「……雪菜、か……。……儂はどういう状況で倒れた?」


 普段ほどの力強さこそないものの、思ったよりはっきりと声が出て、一息で最後まで言葉を発することができた。


 そのことと人工呼吸器をつけていないことに驚きつつも、最初に目に入った雪菜に現状を質問する。


「私も、散歩の途中で休憩したときに、ベンチから立ち上がろうとして立ち眩み起こして倒れた、としか聞いてないの。状況に関しては、詳しい話はおばあちゃんがしてくれると思う」


「……そうか。わざわざ、日本から来たのか?」


「当然でしょ? 天音姉さんも美優姉さんも、ついでに言えばお祖父ちゃんの曽孫達も皆来てるよ。もちろん、母さんたちも」


 彰蔵の問いかけに、何言ってんだかという表情を隠そうともせずにはっきりそう言い切る雪菜。


 その言葉に、どう返事をすればいいものかと迷う彰蔵。


 孫も曽孫も全員来てくれた、というのは正直に言ってうれしい。


 が、孫は全員、日本で所帯を持っているし、皆それぞれに重要人物になって忙しく働いている。逆に五人いる曽孫は、一番上の春菜ですらまだ大学生。


 日本とイギリスでは、行き来するのにいまだに移動と出入国の手続きや審査だけでもほぼ一日がかりとなる。


 自分の葬儀ならともかく、単に倒れたというだけでわざわざイギリスまで来ていては、負担が大きすぎる。


「……どうやら、世話をかけてしまったようじゃな……」


「そんなこと、気にしないで。ただ、いろいろと言いづらいことがあるんだけど……」


 雪菜に代わって彰蔵に話しかけた天音が、非常に困ったというか、悲しそうな表情でそう告げる。


 そんな孫の表情に、仕方がないとばかりに一つうなずく彰蔵。


 今話ができているのは人生のロスタイムである。そんなことぐらい、誰に言われなくても自覚しているのだ。


「……さすがに、この年じゃからな。儂が退院できないだろう、ということは分かっておる。それで、どれぐらい持つ?」


「何とも言えないの。お祖父ちゃんの体はどこが悪いって言うのじゃなくて、全体的に大きな病気にならないギリギリ、っていう感じで弱ってるから……」


「ちょっとでもバランスが崩れればそのままぽっくり、という事か……」


「……うん」


 身も蓋もないことをあっさり言ってのけた彰蔵に、うなずきつつも歯切れ悪くそう返事する天音。


 さすがに身内相手にこういう話をするのは、天音としてもやりづらいのだろう。


「本当のことを言うと、やろうと思えば寿命を延ばして健康体にする、という事もできるんだけど……」


「儂がそれを望まんことぐらいは、天音が一番よく分かっておろう?」


「……うん」


「だったら、このまま成り行きに任せて、あまり派手に延命治療などせずに逝かせてほしい」


「……うん」


 彰蔵の言葉に、泣き笑いのような表情でうなずく天音。


 医師としての義務感にくわえ、孫として少しでも長生きしてほしいという望みを持って念のために確認したが、彰蔵が延命を望まないことは最初から分かっていた。


 今後自分の子供と春菜以外、血縁のある身内はどんどん天音を置いて死んでいく。いわばこれは、その予行演習である。


 むしろ、彰蔵に関しては年齢的に順当なのだから、これぐらい受け止めきれねば先が思いやられるというものであろう。


「それでおじいちゃん。何か、今のうちにやっておきたいこととか、ある?」


「最低限、遺産関係と誰を葬式に呼ぶかぐらいは、頭がまともに動くうちに決めておかねばなるまい」


「いや、そういう事じゃなくて……」


「分かっておる。分かっておるが、正直他の心残りなんぞ、もしかしたらと思っていた玄孫が見られんことが確定したぐらいじゃ。こればかりは、どうにもなるまいて」


 彰蔵の言葉に、冬華の事を知っている天音と美優、雪菜の視線が春菜に集中する。


 その様子を見た彰蔵が、怪訝な顔をして孫たちに質問する。


「のう、天音。儂の記憶が正しければ、春菜は夏の時点ではまだ惚れた男を口説き落とせていなかったと聞いていた気がするが、口説く前に襲って孕みでもしたのか?」


「えっと、そういうわけじゃないんだけど、おじいちゃんは私の事情は知ってたよね?」


「ああ。儂のような俗物には見ても分からんが、人の世の理から外れたのだろう? 春菜もそうなのか?」


「うん。その絡みで、いろいろややこしい話があるみたいで……」


「なるほどなあ」


 天音の煮え切らない説明に、孫に続いて曽孫にも人間からそれ以外の存在になったのが出てきたかあ、などと遠い目をしながら納得して見せる彰蔵。


 彼自身は年齢的にまだまだそういう話が真剣に信じられた時代の人間であり、身近に本物の拝み屋が居た関係もあってそういった超常の出来事や存在については肯定的だ。


 が、さすがに身内からそういう存在がポコポコ出てくると、いろいろと思うところはできるものだ。


「とりあえず、そのあたりは当事者じゃない私より、本人が説明したほうがいいかな?」


「じゃろうなあ……」


 天音にそう言われ、春菜に視線を向ける彰蔵。


 彰蔵に見られて、ため息をつきながらどう説明するか頭の中で整理する春菜。


 倒れて目が覚めたばかりというには元気なのはうれしいが、正直説明するのは気が重い。


「えっと……。曽お祖父ちゃんは、ゲームとかは分からないよね……?」


「ボードゲームや交換要素のないカードゲームはどうにかついていけるが、コンピューターというやつが絡むと全然じゃな」


「だよね。えっと、フルダイブ型のバーチャルリアリティー、通称VRシステムって言うのは?」


「そっちは、天音の研究成果を使わせてもらったことがあるから、理屈はともかくどういうものかは分かる。あれはすごい発明じゃったな」


 経緯を説明するために、曽祖父がどの程度の知識を持っているかを確認する春菜。


 春菜の質問に、何の関係があるのかと怪訝に思いつつも、正直に自分のわかる範囲で答えていく彰蔵。


 幸いにしてVRシステムを体験したことがあるため、そのあたりの説明は省略できる、というより、体験しないと分かりづらい説明を一生懸命行う必要がなさそうである。


「えっとね、VRシステムを使ったコンピューターゲームの中にはね、物語の中に入って遊ぶタイプのゲームがいくつかあるんだけど、私はその中でもネット回線を使って多人数でわいわい遊ぶタイプのゲームを遊んでてね」


「ふむ。古典的な物語やSF映画などじゃと、そういった物語の世界に飛ばされる、というのは割と定番ではあるが、そういう感じか?」


「うん。よくわかったね、って、これだけ前振りすれば、曽お祖父ちゃんだったら分かるかあ……」


「そりゃまあ、これでも天音の祖父じゃからな。映画なんぞでよくある話は、普通に起こりうるということぐらいよく分かっておるよ」


 彰蔵の言い分に、思わず目をそらす天音。


 あまり表沙汰になっていないだけで、天音も春菜たちに負けず劣らずいろいろやらかしているのである。


「でまあ、向こうの世界に飛ばされてからいろいろあったんだけど……」


「口調から察するに、話しづらいことがありそうじゃのう」


「そりゃもう、たくさんあるよ。それに、全部話すとものすごく長くなるし」


「そんなにか?」


「うん、そんなに」


 彰蔵に問われ、真顔でそう断言する春菜。


 実際、フェアクロ世界での生活は一年半以上に及び、しかも春菜の神化を始め、一年半やそこらで起こったとは思えないほど多数のエピソードが濃縮されている。


 まともに一から十まで話をしていると、何日かかるか分かったものではない。


「全部聞くだけの寿命が残っておれば、一度最初から最後まで話を聞いてみたくはあるが、なあ」


「さすがに、そこまで長くは……」


 笑えない自虐ネタを交える彰蔵に対し、困ったようにそう返す春菜。


 現在の様子を見ているとこのまま退院できるのではないか、と錯覚しそうになるが、実際には意識を失っているときの治療が効いて一時的に元気になっているに過ぎない。


 今の彰蔵はまともに話をするために、寝たきりならば生きられたであろう時間を削っているのだ。


「まあ、私の話だけでいつまでも時間取るのも他の人に悪いから、かいつまんで説明すると……」


 そう言って、冬華とローリエについて簡単に説明する春菜。


 それを聞いた彰蔵の反応は当然、


「ふむ。できれば会ってみたいものだが、のう……」


 であった。


「……ねえ、天音おばさん。曽お祖父ちゃん、神の城への転移に耐えられそうかな?」


「行って帰ってこられるかどうかは、微妙かなあ……」


 とりあえず彰蔵との話を切り上げ、と言うより他の人に話す時間を譲り、春菜と相談を始める天音。


 いくらほとんど肉体的な負担などない神の城への転移といえど、普通に数歩歩くのと変わらない程度の負担はある。


 年老いた状態で入院し、もはや明日どころか今すぐ死んでもおかしくないほど弱っている人間を、無事往復させられると確実に言い切れるほど安全でもない。


 彰蔵をこの病室から動かすのは、基本的に容体が悪化してICUに担ぎ込むとか、そういった事情になるだろう。


「逆に、冬華ちゃんをこっちに連れてくるのは?」


「私だと神の城から外に出して大丈夫なのか判断がつかないから、どうしようかなって……」


「それを私が調べるのは……、さすがに東君がいないと無理かあ……」


「うん。神の城は、宏君の物だから」


 天音の確認に対し、現状をそう告げる春菜。


 春菜たちが自由に出入りして好き放題使っているから忘れそうになるが、神の城に関してはもともと、宏の持ち物、というより宏の一部である。


 普通の人間相手ならともかく、天音のような神の類になる存在相手に対しては、宏が直接面と向かって許可を出さねばならない。


 なお、アルフェミナの場合、エアリスを依り代にすれば神の城に入ることができる。


 が、その場合は大したことはできず、基本的に中を見ることができるだけである。


「……やっぱり東君を、呼ぶしかないかな」


「……そうだね」


 冬華にかかわる現状を確認し、そう結論を出す天音。


 天音の結論に同意する春菜。


 こうして、結局宏は願いも空しく、冬華の父親的存在としてイギリスに呼ばれることになるのであった。








「ごめんね、宏君」


「まあ、一応覚悟はしとったからなあ……」


 二時間半後。ゲートで綾瀬研究室から彰蔵が入院している病院の一室に移動し、入国審査を済ませた宏を春菜が迎え入れる。


「にしても、ようこんな無茶が通ったなあ……」


「特例もいいところだけど、ね」


 あり得ない入国審査のやり方に対する宏の感想に、春菜が苦笑しながらそう答える。


 ビザに関してはイギリスからの招待という形だったこともあり、春菜たちが使ったシステムもあって特例というほどではないのだが、事前通達もなしで入国審査を病院で行うのはかなり無茶である。


 しかも、その入国審査も書類を作るために行った形だけのもので、ボディチェックすらまともにしていないいい加減なものだ。


 現在イギリスは深夜帯だという事も踏まえれば、よく無茶が通ったと宏があきれるのも当然であろう。


 天音と一緒に海外の学会に参加しているので、ゲートで海外に来るというのはこれが初めてというわけではない。


 が、その時は遅くとも一週間前には現地政府に通達が行っており、移動先も入国審査も現地の日本大使館で入国審査ももっと入念に行われている。


 天音ですらそれなのだから、彰蔵のイギリス政府に対する影響力がどれほどのものか察せられよう。


 なお、ゲートの移動に関して宏がよくて藤堂一家がダメだった理由は非常に簡単で、宏に関しては彰蔵が望んだからあっさり許可が下りたのだ。


「それで、澪ちゃんはあとからだっけ?」


「らしいで。今、着替え取りに帰っとるらしいし」


「そっか。まあ、急だったしね」


「時間的にホームルームか授業中やったはずやしなあ」


 後から合流する予定の澪について、分かっている範囲で現状を共有する春菜と宏。


 前もって呼ばれるかもしれないと聞かされていたのは同じだが、研究室に中身入りの旅行鞄を持ち込める宏と違い澪は中学生だ。


 残念ながら、呼ばれるかどうか確定していないのに、学校にそういったものを持ち込むのは厳しい。


「一応、エルとアルチェムにも待機してもろてるけど、出番はありそうなん?」


「澪ちゃんも含めて、何とも言えないところ。確定なのは、冬華がどう転ぶにしても、宏君は曽お祖父ちゃんと会ってもらうことになるってことだけ」


「そこはまあ、覚悟しとるからええわ。それで、どないして冬華の状態を判定するん?」


「あとりさんを神の城に送り込んで神の城の状態を確認して、大丈夫そうだったら直接、まだ駄目っぽかったら神の城と同じやり方でするんだって」


「なるほどな、了解や」


 春菜の説明を聞き、すぐに段取りを把握する宏。


 あまり時間をかけないよう、さっさと天音のもとへ行く。


 タイミングが良かったのか悪かったのか、つい最近世界の状態そのものを観測できるセンサー類の開発とあとりの改造が終わり、外部の神としての影響を与えずに宏の神の城がどういう状態か確認できるようになったのだ。


 ちなみに、このシステム自体は、開発に足掛け十年以上を要しているものだ。


 春菜が異世界に飛ばされて女神になった一件で、注ぎ込むリソースをそれまでの十倍以上にして、それでもなお完成が最近になるまでずれ込んだ、天音をもってしてもかなり難易度の高い発明である。


「ご苦労様。無理言ってごめんね」


「これぐらいやったら、気にせんでください。ほんで、あとりさんの準備はできとります?」


「わたしのほうは、いつでも問題ありませんよ~」


「そうですか。ほな、ゲストパス出しますわ」


「うん。それじゃあ、あとりちゃん。後はお願いね」


「は~い」


 宏からゲストパスをもらい、サクッと神の城へと転移するあとり。あとりの目を通して神の城をざっとチェックした天音が、はっきり断言する。


「封印解かなきゃ、大丈夫だね」


「そうですか。ほな、春菜さんと澪が来たら綾瀬教授と、あと雪菜さんも一緒に行きますか」


「そうだね。実の、って言っていいかは微妙だけど、おばあちゃんを差し置いて、私のほうが先に紹介される、っていうのも気が引けるしね」


 宏の提案に、小さく微笑みながらそう告げる天音。


 主に雪菜が忙しすぎる関係で、いまだに藤堂家の皆様と冬華の顔合わせは終わっていないのだ。


 本来なら深雪はともかくスバルは一緒に行ったほうがいいのだろうが、彼を待っている時間があるかどうか微妙なので、今回は割り切ることにする。


「じゃあ、雪菜ちゃんに声かけるついでに、ちょっと機材取ってくるね」


「了解です」


 天音の言葉にうなずき、ローリエに連絡を入れてからその場に待機する宏。


 十五分後。


「お待たせ、宏君」


「ごめん、師匠。入国審査でちょっと手間取った……」


 春菜が、ようやく到着した澪を伴って宏のもとへとやってくる。


「年齢詐称でも疑われたか?」


「師匠、何で分かった?」


「マジかい……」


 宏が言った適当な理由を、大真面目に肯定する澪。


 どうやら、イギリス人には澪が十五歳になったばかりのミドルティーンには見えなかったらしい。


 もっとも、いまだに日本人にすら小学生に間違えられることが多い時点で、どの年代でも日本人より平均がでかいイギリス人が澪を十五歳だと判断できなくてもしょうがないだろう。


「まあ、無事入国できてよかった、っちゅうことで、後は教授と雪菜さんやな」


 宏がそう口にしたところで、何やら大きな鞄を持った天音が、雪菜を伴って戻ってくる。


 ちなみに、あとりは神の城から直接天音の研究室へ送られ、機材の準備を手伝った後彰蔵の医療スタッフが待機している部屋へ戻っている。


「お待たせ」


「ん、大丈夫。ボク達も今来たところ」


「そっか。じゃあ、さっそく移動させてもらっても?」


「了解ですわ」


 天音に促され、全員を神の城に移動させる宏。


 転移した神の城では、いつものようにローリエが待っていた。


「お待ちしておりました」


「いつもすまんなあ、ローリエ。用件の前に、まず紹介しとくわ。春菜さんのお母さんの雪菜さんと、僕らの地球での後見人で大学での指導教官の綾瀬天音教授や」


「この神の城の管理人をさせていただいております、ローリエと申します」


「藤堂雪菜です」


「綾瀬天音です」


 宏に紹介され、互いに挨拶をするローリエと雪菜、天音。


 そのやり取りが終わったところで、宏がローリエに本題を切り出す。


「冬華は起きとる?」


「はい。今から連れてきましょうか?」


「いや、どっちかっちゅうと医務室のほうに連れて行ってほしいねんけど」


「分かりました。そちらの皆様も、一緒にお連れしましょうか?」


「頼むわ」


 宏のオーダーに軽くお辞儀をして答えると、すぐさま転移を開始するローリエ。


 その間、ローリエを興味津々といった体で観察し続ける天音と雪菜。


「お待たせしました」


「ほい、ありがとさん」


 宏の言葉に一つ頭を下げ、冬華を置いて立ち去ろうとするローリエ。


 置いて行かれそうになった冬華はというと、宏と春菜に甘えに行こうとして、客の存在に気が付いてお澄まししている。


 そんな冬華のかわいらしさに頬を緩めながら、ローリエを呼び止める天音。


「えっと、ローリエさん」


「はい、何でしょうか?」


「ちょうどいい機会だから、ローリエさんも検査しておきたいんだ」


「そういう事でしたら」


 天音に言われ、素直にこの場に残るローリエ。


 女性型のため宏がちゃんとした検査をできないこともあり、ローリエの正確な現状は誰も知らない。


 医師としては天音のほうが知識も技量も上なのだから、この機会にちゃんと調べてもらっておくべきだという点は、ローリエ本人にも異存はない。


 天音とローリエがそんなやり取りをしている横で、目があった雪菜と冬華が自己紹介を始めていた。


「おはよーございます! 東冬華エアルーシアです!」


「初めまして。私は藤堂雪菜。春菜ママのお母さんだから、冬華のお祖母ちゃんだね」


「おばーちゃん?」


「うん。お祖母ちゃん」


 雪菜を見て、不思議そうに首をかしげる冬華。


 宏の母美紗緒は年相応の外見をしていたが、雪菜はどう頑張っても達也と同年代が限界で、下手をすると春菜と同じぐらいに見えるほど若い。


 その見た目でお祖母ちゃんと言われても、納得できないのは当然であろう。


「ねえねえ、宏君、春菜。なんだか孫に疑われてるよ……」


「そら、しゃあないんちゃいます? 教授とか小川社長もそうやけど、どう頑張っても二十代のほうのアラサーに見えればええとこですやん」


「私と姉妹って嘘ついて、どっちがお姉さん? って聞かれちゃう時点でねえ……」


 冬華の反応にショックを受けたふりをして宏と春菜に泣きつき、ばっさり切り捨てられる雪菜。


 そのやり取りに、澪が追い打ちをかける。


「雪菜さんの場合、そのノリの軽さも年相応に見えない原因だと思う」


「あうち……!」


 澪のきつい一言に、胸を抑えてのけぞる雪菜。


 澪の言葉ではないが、こういうことをやっているから祖母だという言葉に説得力がないのだ。


「これでも最近結構無視できないガタが出てきて、年を痛感するようになってきてるのに……!」


「はいはい、雪菜ちゃん。そういう無駄に生々しい話は後でね」


「はーい」


 天音にたしなめられ、とりあえず一旦おとなしくする雪菜。


 初対面の孫とのコミュニケーションは重要だが、今はあまり遊んでいるわけにもいかない。


「それで、冬華ちゃん。私は綾瀬天音って言って、お医者さんなんだ。今日は、冬華ちゃんがこのお城から外に出られるかどうか、検査しに来たんだよ」


「お医者さん!?」


「うん。といっても、今日は注射とかそういう痛いことはしないから、安心してね」


 医者と聞いて身構えた冬華が、痛いことはしないという言葉に安心して力を抜く。


 実際、まだ認可が下りていないだけで、採血せずにありとあらゆる血液検査をする手段自体は既に天音が実用化している。


 さすがに予防接種などはものによっては注射が必要だが、今回に関しては宏の権能でブロックしても問題ないので、やはり注射も点滴も必要ない。


「じゃあ、早く検査を済ませちゃおう」


「は~い」


「お願いします」


 あまりうだうだやっていても仕方がないと、さっさと検査に移る天音たち。


 十分後、出た検査結果を手に、天音が難しい顔をしていた。


「ローリエさんは問題ないかな。成長がゆっくりなタイプの長命種として体が完成、安定してる感じだから。問題は冬華ちゃん、なんだよね……」


「やっぱり。外に出すのは、難しい感じ?」


「出すだけなら問題ないんだけど、ひいひいお祖父ちゃんと会うっていうイベントと、恐らくそのひいひいお祖父ちゃんがそんなに長くは生きられない、っていう事が、どう影響するか判断できないんだよ」


「ああ……」


「正直に言うと、ローリエさんにしても冬華ちゃんにしても、権能もまともに意識していない状態で、よくここまで完成度の高い体を作り出せたって感心するレベルなんだけど……」


「だよね……」


 天音が口にした問題に、やっぱりそうかと難しい顔でうなずく春菜。


 そこに、宏と雪菜、澪も疑問を口に出す。


「外に出る、っちゅうんも、今回はイギリスやから日本に合わせとるこことはかなり時差があるし、それもどない影響するかが読めんところがあるんですよね」


「そうだね。それに、今回はお祖父ちゃん以外にも初対面の血縁がいっぱいいるし、そっちもちょっと気になるよね」


「後、神様方面の関係者じゃない人に、冬華のことをどう説明するのかも問題」


 出てきたそれらの疑問について、本気で悩み始める天音。


 そこに、ローリエが口をはさんでくる。


「私としては、冬華を外に出すことには賛成です」


「一番身近なローリエさんの意見だから尊重したいんだけど、明確な理由はあるの?」


「はい。といっても単純な話で、今回を逃すと、冬華が血縁と呼んで差し支えのない人の死に立ち会う機会は何十年も先になるまでないのではないか、と思っただけですが」


「……確かに、そうかもね」


 ローリエの意見に、少し考えこんで納得する天音。


 そもそも、この城の環境に身を置き続ける限り、人の死に触れる機会自体がまずない。


 こんな幼い時期にわざわざ触れる必要があるかどうかは意見の分かれるところであろうが、今回を逃すと血縁に関係なく、当分は人の死に関わる機会は訪れないのは間違いない。


「……うん。曽お祖父ちゃんの望みでもあるし、覚悟を決めて連れ出そう」


 ローリエの言葉を聞いて、春菜がそう結論を出す。


「せやな。いつになるかだけで、冬華の今後を考えたらいずれは外に連れて行かなあかん。多分それが今なんやろう」


 春菜の結論に宏が賛成した時点で、この場にいる誰も反対しなくなる。


「とりあえず師匠、春姉。戻るんだったらエルとアルチェムも連れて行ったほうがいい」


「せやな」


「おばさん、入国審査とかその関係は、どうしよう?」


「こういう時のために、超法規的措置でどうにかなるよう調整してあるから大丈夫」


 澪の提案を受けての春菜の確認に、天音があっさり問題ないと告げる。


 超法規的措置と聞くと大仰な感じだが、単に密入国を黙認してもらっているだけである


 少人数で天音の監督下にあり、礼宮や皇室関係の神々などがバックについていて、常時地球にいるわけではない、というより地球にいる時間のほうが圧倒的に短いことから、どこの国にとっても黙認するほうが面倒がないという理由で許されているのが実態だ。


「話が決まったんだったら、早く戻ろう。お祖父ちゃんの容体が急変してたらまずいし」


「そうだね。エルちゃんとアルチェムさんに、一度こっちに来てもらうよ」


 相談されたわけでもないのに娘の子育てに口をはさんでもしょうがない、と静観を決め込んでいた雪菜が、話がまとまったとみてそうせかす。


 それを受けて、春菜がエアリスとアルチェムを呼ぶ。


「ほな、冬華。みんなでお外行くけど、目的がひいひいお祖父ちゃんのお見舞いやから、あんまりはしゃいだり騒いだりしたらあかんで」


「うん!」


 春菜がエアリスとアルチェムを呼んでいる間に、冬華にそう言い含める宏。


 こうして、密かに冬華のお祖父ちゃんであるスバルのことについて一切話さぬまま、全員で彰蔵の見舞いに行くことになる宏達であった。

春菜さんの曽お祖父ちゃんの年齢を変更しました。

本当は曽お祖父ちゃんのお葬式まで行きたかったのですが、長くなったのでここで切りました。

お葬式がネタバレと言われそうですが、この流れでしかも百歳超えてる上、超常的なもの含めたすべての延命を拒絶してるお爺ちゃんが亡くならない方がありえない、という事で一つお願いします。



現在続編執筆中のN-Star連載


「ウィザードプリンセス」

(アドレスはhttps://ncode.syosetu.com/n7951ei/)


もよろしくお願いします。

せっかくティファのパワーアップ形態とかいろいろ設定できてるのに、このままではお蔵入りしそうなので書籍版も買っていただけるとなおありがたいです。

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