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第56話

ファムが予定したより大人しくなってしまった。

やはり手ごわい……

「やっと、一番の下っ端から脱却できる……」


「長かったよな……」


 アズマ工房の新人採用試験の日。昼飯時のウルス本部食堂。


 今まで一番の下っ端であったジノとジェクトが、しみじみと語り合う。


 アズマ工房の場合、下っ端だからと言って雑用でこき使われるようなことはない。


 というより、修業につながらない種類の雑用は全て管理人組がやってしまうか自分のことは自分でするので、そういう面での苦労はないのだが、やはり三年以上下っ端生活が続くと自分より下ができるのはうれしいらしい。


「浮かれてるわねえ……」


「まあ、先輩面できるのがうれしいってのは、分からんでもないからなあ……」


 そんなジノ達の様子にあきれつつ、生温い目で見守る真琴と達也。


 苦節何年、というほどの修業期間はないとはいえ、自分たちが学校で部活をしていた頃も後輩ができて浮かれていたことがあったので、大きなことは言えない。


 ちなみに、現在この場にいるのは世界樹の世話で不在のライムを除く職員七人と達也、真琴、春菜の三人。


 宏と澪は何やら作業があると席を外している。


「それはそれとして、とりあえず対外的な示し、っていう意味もあるから、ファムちゃん達の服のランクを上げるのは問題ないよね?」


「技量的にはあんまり納得いってないんだけど、あたし達のランク上げないとジノ達のランクも上げづらいから、しょうがないかあ」


 春菜の言葉に、本当に納得いっていないという様子を隠そうともせずにうなずくファム。


 宏達がアズマ工房の制服を作った際、その場の勢いで導入したランク制度。


 今までは実質的に機能していなかったので、最初に適当に決めたままずっと据え置きだったのだが、今後も不定期ではあっても人を増やすのであれば、運用をきっちりしておくべきだということになったのである。


 その結果、基準が見直されてランク分けがやや細かくなったのだが、こういうのは最初が肝心だと誰からも文句は出なかった。


「で、昨日聞こうと思って聞きそびれたんだけどさ」


「何かな?」


「制服でランク付けするのはいいんだけど、その服って誰が作るの?」


「六級以下は神の城で大量生産済みだって。五級と四級は十着程度、三級はジノ君たちの分だけ、二級一級はファムちゃん達の分だけ、宏君が昨日の夜に作ってた」


「ジノ達、いきなり三級にするの!?」


「ジノ君たちは一応五級だよ。ただ、今のペースなら十年もかからずに到達するだろうからって、一応作っておいたんだって」


「ああ、なるほど。確かにそれぐらいあれば、三級にはいきつくかな?」


 春菜の説明に納得するファム。


 なお、これまでの説明でなんとなく分かるかもしれないが、再設定したランク分けは基本的にポーションを基準にしており、ファム達は今日から二級になる。


 あくまで基準にしているだけで、春菜のように全体的な技量は七級から六級にかけての範囲でも、裁縫と紡織はエクストラスキル手前で料理はエクストラスキルを取得済み、というような人物は、ポーションに直してどの程度、という基準でランク付けされることになる。


 もっとも、現状そこまで偏っているのは春菜ぐらいしかいないので、この判定基準が生きてくるのは相当先になりそうではあるが。


 なお、ランク付けに貢献度の類は一切影響せず、純粋に技量のみで判断する。


 法を犯したり公序良俗に反した行いをしたりすれば追放だが、逆に言えばそれさえ守っていれば全く仕事をせずに腕を磨いてもランクが上がる。


 これは単純に、三級を超えるようなランクになると下手に売ることもできなくなってくるので、貢献度を基準に入れてしまうとせいぜい四級までしか昇級できなくなるという、ある意味アズマ工房らしいと言えなくもない事情が絡んでいる。


 現状階級制度が適用される人間で三級以上はファム達しかいないのだが、一応先のことも考えてはいるのだ。


「それにしても、六級以下の服って神の城で大量生産できるんだ」


「デザインを別にすれば、七級と八級はちょっと丈夫な普通の服だからね。六級にしても普通の革鎧程度の防御力はあるけど、そんなすごい服じゃないし」


「見習いのは?」


「基本的に見習いには、これといって服を支給する予定はないかな。事情によっては普通の作業服ぐらいは渡してもいいけど、支給するのはひよひよのバッジだけにするつもり、って宏君は言ってたよ」


「まあ、見習いだもんね」


「ただ、うちは黒字が過ぎるから、見習いには自作じゃなくて普通に購入した服を支給したほうがいいんじゃないか、って話も出てるんだよね」


「普通は、見習いにこそお金かけないもんだと思うんだけど……」


 ファムの突っ込みに、思わず苦笑する春菜。


 これがよその工房ならばそうかもしれないが、アズマ工房に限って言えば金を出しても自作するよりいいものは手に入らないという事情がある。


 むしろ、見習いに食事と指導以外で先達の手を割く必要などない、という考えにならざるを得ないのだ。


 ついでに言うなら、今後人数がどんどん増えるはずの見習いに金を使うようにしないと、いつまでたっても過大な黒字というやつが解消できなくなる。


「後、しばらくはそこまで気にしなくてもいいけど、人数増えてきたら食事も可能な限りはランク別に作らせなさい。というか、そうしないと下の子たちが料理する機会が作れないし」


「もしかしてだけど、見習いに食べさせるご飯も、食材は倉庫に山積みの物じゃなくて市場で調達?」


「もちろん。いつあふれるか分からない量の食材を消費したい、っていう気持ちは分かんなくもないけど、一応あれらはすさまじい高級食材だもの。ジノ達のころならともかく、定期的に見習いを入れる流れになったんだから、そこらへんはしっかりしないと駄目よ」


「山積みになった原因の三割ぐらいを担ってる人に、それ言われてもねえ……」


 横から割り込んで組織運営に口をはさんできた真琴に対し、ジト目でそう突っ込みを入れるファム。


 残り七割の大部分を構成しているリヴァイアサンやジズ、および各種ドラゴンや飛行モンスターの肉に関しては、基本的に不可抗力だった部分が大きいのでまだいい。


 特にジズ関連で大量に入手する羽目になったドラゴンや飛行モンスターの肉は、素材を惜しんでというよりそのまま地上に落とすと被害がすさまじいことになる、という理由で回収せざるを得なかったものが大部分だ。


 が、食いきれずに放置している陸戦型モンスターの大部分は、宏達が生産モードに入っているとやることが無くなる真琴と達也が、暇に飽かせて狩りまくった挙句量が多すぎて買い取り拒否を食らったものである。


 やっていることがやっていることだけに、ファムが素直にアドバイスを聞こうという気になりづらいのも仕方がなかろう。


 ちなみに、野菜類は最近、オルテム村直送の物か各地の神域で収穫したものが主になっている。


「でもまあ、それだったら、等級外が安定しだしたら冒険者協会で軽く鍛えてもらって、自分達が食べる肉や使う素材を自力で調達させるのもありかな?」


「そのあたりは、ファムたちが好きにすればいいわ。どうせ解体や採取系の訓練も必要になってくるわけだしね」


「あたし達の技量アップも考えると、どこか一カ所でいいから、ワイバーン級以上を狩れる場所への転移陣が欲しいかも。三級以上の素材は現状、モンスター関係のは親方が残してくれた奴を食いつぶして練習してるのが実情だし」


「……もしかしてファム、あんた生産だけじゃなくて狩りにも目覚めた?」


「狩り自体は面倒だと思うけど、獲物をばらすのは楽しいよ。特に、上等な素材を自分の手できれいに剥ぎとれたときは、充実感とこれで何作ろうかっていうわくわく感がすごいし」


「……あんた、そういう部分はどんどん宏に似てくるわよね……」


「採取や解体を楽しめない奴に、うちでものづくりする資格はない」


 真顔できっぱり言い切るファムに対し、手遅れな何かを見るような目を向ける真琴。


 採取はともかく、獲物の解体は普通楽しむものではない。


「一応念のために言っておくのですが、ノーラには解体を楽しむ趣味はないのです」


「私にもありませんよ、ええ」


 やたら真剣に候補者の履歴書を見ていたノーラとテレスが、真琴から疑惑の目を向けられて全力で否定する。


 傷が少ないきれいな獲物はうれしいし、そこからいい素材が剥げればその後は楽しいが、解体作業そのものは正直楽しくもなんともない。


「とか言いながら、二人ともできるだけ自分で解体しようとするって話は聞いてるぞ?」


「それは当然なのです。親方達がやってくれるならともかく、他の人に任せると素材の質が安定しないのです」


「素材の品質を気にするなら、よほどでない限りは自分でやらないと駄目なんですよね~……」


「それって、究極的には自分で狩りにいかないと駄目だ、ってことなんじゃないのか?」


「「だから面倒なの(ん)です」」


 達也の指摘に、本気で面倒そうに声をそろえて言い切るノーラとテレス。


 正直な話、解体も大概面倒だが、それ以上に狩りそのものが面倒なのだ。


「面倒だってことは、なんだかんだ言って狩りはしてるわけ?」


「そうですね。そんなに一生懸命やっているわけではありませんけど、必要なものがあるときは」


「そういう時は、どんな狩りの仕方をしてるんだ?」


「大抵は、ファムがオキサイドサークルで仕留めているのです」


「「はあ!?」」


 ノーラの言葉に、思わず同時に驚きの声を上げてしまう達也と真琴。


 いくらなんでも、オキサイドサークルは予想外にもほどがある。


「いつの間にそこまでの腕になってたんだ!?」


「そりゃもう、一時期は毎日のように使っていたからですよ」


「一応、ノーラたち全員で覚えたのですが、使うのはほとんどファムなのです」


「ライムもそこそこは使いますけど、さすがにワイバーンクラスを窒息させられる腕なのはファムだけですね」


「ライムはバーサークベアより大物もなんとかなるのですが、ノーラとテレスは残念ながら鹿を窒息させるのが限界なのです」


 達也の質問に対し、なかなか衝撃的な事実を告げるテレスとノーラ。


 ちなみに、鹿を窒息させるのに必要な熟練度が大体四十、バーサークベアで六十、ワイバーンは最低でも八十はないと仕留められない。


 熟練度を伸ばすのに必要な使用回数を考えると、明らかにファムは頑張りすぎである。


「ねえ、ファム……」


「言っとくけど、タツヤさんやマコトさんみたいに、暇に飽かせて乱獲したとかじゃないからね。そもそもアタシは素材が欲しいのであって、狩りが好きなわけじゃないから」


「そりゃまあそうでしょうけど、いったい何があってそんなにオキサイドサークル使ってんのよ?」


「単に練習とか納品とかで使い切った素材がいくつか、大量に必要になっただけ」


「だから、いったい何がそんなに、って聞く意味はなさそうね……」


 ファムを問い詰めようとして、澪と一緒に行った素材狩りの内容や分量を思い出して矛を収める真琴。


 本気で生産活動を行うと、材料はいくらあっても足りないものだ。


「さて、そろそろお赤飯とかの仕込み、してくるね」


「おう。材料は足りてるのか?」


「もち米だけ、ちょっと確認が必要かな。他は大丈夫なはず」


「そうか」


 そう告げて、食堂を出ていく春菜。


 それを見送った後、ファムがぽつっとつぶやく。


「ハルナさん、最近迷走してる感じだけど、大丈夫かなあ……?」


「まあ、春菜の悪い癖が顔を出しちまってるのは確かだよなあ……」


 ファムのつぶやきに、苦い顔をしながらそう応じる達也。


 返事があると思っていなかったのか、ファムが達也の顔をまじまじと見つめる。


「どういうこと?」


「状況としてはあれだ。初めてオルテム村に行って帰ってきたころと同じでな。意識してなきゃ問題なく対応できてたのに、下手に意識しちまってどうすればいいか分からなくなっちまってるんだよ」


「あと、春菜って失敗らしい失敗が少ないからか、特に対人関係で壁にぶつかったときに悪いほうに迷走しがちなところがあるわよね」


「そうだなあ。ヒロに対しても変な気の使い方して、逆に面子とか潰しちまってる部分があるし」


「まあ、この件に関しては、宏の面子なんて今更あってないようなものだから、そこはちゃんと意思表示しない宏自身の責任でいいとは思うけどね」


「迷走に迷走を重ねて勝手に暴走してる春菜と、そのあたり分かってるだろうに全部春菜たちに丸投げしてるヒロ、責任の重さではどっちもどっちって感じだからなあ」


 ファムの疑問に答え、なかなか手厳しいことを口にする達也と真琴。その態度は、完全に傍観者のそれである。


「タツヤさんとマコトさんの言い分には同意するのですが、親方達には何も言わないのですか?」


「最近もっと上の人たちがいろいろ言って釘刺してるみたいだし、俺たちまで口うるさく言うのがいいことかどうか、ちっと迷っててなあ」


「さっきも達也が言ったけど、春菜自身、分かってるからこそどうしていいか迷って暴走してる部分があるから、余計悩ましいところなのよね。分かってる人間に追い打ちかけてがみがみ言っても、大体は逆効果だしねえ」


「さすがに最近は、しょせん俺たちも人生経験の面では単なる若造にすぎねえなあ、って思い知ってるわ……」


「確かにそうですねえ……」


 ノーラに非難交じりに聞かれて、迷ってるということを正直に告げる達也と真琴。


 達也と真琴が迷っている理由に、しみじみ納得してしまうテレス。


 そもそも、経過を見ているから納得して受け入れているだけで、達也も真琴も基本的には一夫一妻を良しとする価値観で育ってきた人間だ。


 ハーレム状態の宏達に対するアドバイスなんて、そう簡単にできるわけがない。


「まあ、ヒロたちのことは置いとこう。ライムの様子は落ち着いたか?」


「一応、前みたいな無理はしなくなったのです」


「前に比べると、他のところの子たちと遊ぶ時間も増えましたね」


「一番増えたのは採取の時間だけどね」


「そっか。となると、次はファムの……」


「たとえタツヤさんやマコトさんでも、アタシから採取やモノづくりの時間を取り上げようとするなら許さない」


 真琴が何かを言いかけたところで、目からハイライトが消えた笑顔でファムがそう言う。


 その笑顔はかつて、ルーフェウス大図書館でギルティモードに入った春菜が見せたものとそっくりな、触れてはいけないものに触れてしまったものに向けるものであった。


「……なあ、テレス、ノーラ……」


「もしかして、ライムに比べて放置気味だったからこうなったんじゃないか、って気にしてるのであれば考えすぎですよ」


「ノーラ的には、別に愛情不足でこうなった訳じゃないから、好きにさせておくのが一番だと思うのです」


「本当にそうかあ……?」


「だから考えすぎですって」


 小声でこっそりと確認をとってきた達也に対し、愛情だの扱いの差だのでこうなったわけじゃないと断言するテレスとノーラ。


 そもそもファムの性格上、愛情不足ならここまで素直に宏達の言うことなど聞かない。


 恩人だろうが何だろうが、もっとわかりやすく反発してみせるだろう。


「タツヤさん。聞こえないように話してるつもりかもだけど、全部ちゃんと聞こえてるから」


「……あ~……。この距離じゃ、どんな小声でも無理か……」


「当たり前じゃん」


 ばつの悪そうな達也の態度に、思わず苦笑するファム。


 大きなお世話だと思わなくもないが、達也たちが本気で心配しているのも、なぜ今更そこまで心配しているのかもちゃんと理解している。というよりできてしまう。


 さらに言うなら、自分ののめりこみようが、はたから見れば度が過ぎていることも自覚している。


 それだけに、反発してかみつこうという気も起こらない。


「多分、ライムばっかりかまってたみたいな気持ちがあるんだろうけど、アタシとしてはやりたいようにやらせてくれてたことに感謝はしても、かまってくれなかったみたいな恨みはないから」


「だったらいいんだけどね。姉妹なのに、結構扱い方に差があった自覚があるから、ついねえ……」


「別に完全に放置されてたわけでもないし、親方とかなんだかんだ言ってちゃんと見ててくれてたしね。誰もかれもがライムみたいなお姫様扱いが好きなわけじゃないし、アタシ的にはこれぐらいのほうが性に合ってた感じだし」


「その結果が腕はともかく性格面ではヒロ二号みたいになっちまってるから、いろいろ心配して後悔してるわけなんだが……」


「女の子がこうだと、テレスやノーラとはまた違った意味で喪女一直線になりそうなのがちょっとねえ……」


「「ほっといてください(なのです)!!」」


 真琴の余計な一言に対し、思わず涙目になりながら、全力で声をそろえて叫ぶテレスとノーラ。


 ファムに対する心配のはずなのに、流れ弾を見事に被弾したのだからたまったものではない。


 しかも、テレスもノーラも別に贅沢は言っていないのに、周りの審査が厳しすぎる上に本人たちが持っているかなり低めの妥協ラインにすら届かない男しか釣れないのだから、呪われてるとしか思えない。


 それを喪女だと言われれば、泣きながら抗議したくなるのも当然であろう。


「まあ、とりあえず話変える、って言っても全く無関係じゃないんだけど、今後のことを考えるんだったら、今回雇う子たちはできるだけ男を多めにしたいかな」


「それ、やっぱりあんたたちの相手候補として?」


「それも少なからずあるけど、ジノとジェクトしか男がいないから、二人ともちょっと肩身狭そうだってのが一番大きいかな」


「ああ、うん。分からなくもないわね」


「俺とかヒロは、この話に関しては別枠みたいなもんだしなあ……」


「立場的に、馬鹿話とかできる距離感でもないものねえ」


 ファムの出した理由に、大きくうなずく真琴と達也。


 さすがに三年も採用年次が開くと対等にとはいかないだろうが、それでもシェイラやカチュアとファムたちぐらい、もしくはファム達と宏達ぐらいの距離感にはなれるはずだ。


「で、これは個人的な要望なんだけど、できたら見習いか、そうでなくても成人してからそんなに経ってない未経験の人のほうがありがたいかな」


「ああ、それはありますね」


「下手に知識があったりすると、うちのやり方を教えるのにかえって苦労するのです」


 ファムが出した条件に、テレスとノーラも真顔で同意する。


 時折神殿などから人を預かって教育することがあるのだが、その時に指導していてもめるのは、経験があって生半可に知識も技量も持っている相手だ。


 このあたりは即戦力を求めて中途採用すると、よく遭遇するトラブルでもある。


「後、若くて素直な子のほうが、自分の色に染めやすい、みたいなところもあるんじゃない?」


「アタシはそこまで考えてないけど、テレスとノーラに関しては、いっそそれぐらいのほうが出来合いの男を探すより確実かもしれないなあ、とは思ってるよ」


「「だから余計なお世話(なの)です!!」」


 まじめな方向に行ったかと思えば、やっぱりテレスとノーラの婿問題に戻ってくる真琴とファム。


 こういう部分は宏と違って、ちょっと耳年増なぐらいで年相応なことに、内心でほっとする真琴と達也であった。








「うーん……、もうちょっと決め手に欠ける感じかなあ……」


「露骨に権力や財産目当ての人たちは省けたけどねえ……」


「後はせいぜい、明らかにノーラたちを見下したり言うこと聞く気がない連中を排除できるぐらいなのです……」


 夕食時。


 一通り面接を終えたところで、頭を抱えてうなるファム、テレス、ノーラの三人。


 面接の結果が、あまり芳しくなかったのだ。


 なお、ファムたちが納得しなかった結果、現時点では仮合格という扱いになったため、夕食でふるまう予定だった赤飯やごちそうの出番は先送りになり、今回は普段通りのメニューになっている。


「あんまりいい人、いなかったの?」


「そういうわけじゃないんだけどさあ……」


「なんかこう、このまま全員合格にするのは気に食わないというか……」


「だけど、不合格にするにも決め手に欠ける感じなのです」


 食事しながらのライムの質問に、非常に困ったという様子を隠そうともせずにそう答えるファム、テレス、ノーラ。


 主に年齢や外見を主体とした諸事情で、ライムは面接には不参加だったのだ。


「つまり、もう一つぐらい、なんか試験があればええんやな」


「そういうことなんだけど、どっちかって言うと未経験者を欲しいと思ってるのに、あとから教えたほうが都合がいい知識だとか技能だとかを試験にするのもなあ、って感じで……」


「かといって、これ以上面接に時間かけても多分無駄、って感じなんですよね」


「なるほどなあ……」


 ファムとテレスの言葉に、難儀なもんだとばかりにうなずきながらも、特に代案などは出さない宏。


 インスタントラーメン工場の時もそうだったが、基本的に宏はこの手のことでは役に立たない。


「今思ったんだけどさ」


「マコトさん、何かいいアイデアあるの?」


 焼酎で口を軽く湿らせてから発言した真琴に、真っ先にファムが食いつく。


「アイデアってほどでもないけど、うちって社会的な立場とかそういうのを度外視すれば、基本的には個人経営の零細企業なわけよね?」


「人数的には零細って範囲をはみ出してるけど、基本的な事業構造はそういう感じかな?」


「あ~、確かにあたし達とレラさんとか管理人さんも含めたら二十人近くいるから、零細っていうよりは小規模企業っていうほうが正しいか」


 春菜に突っ込まれて、企業としての規模については一応修正しておく真琴。


 実際のところ、統計などのために明確な定義こそあるものの、事業実態で見た場合において、小規模企業と零細企業の境界線は非常に曖昧なところがある。


 従業員数自体は十人を超えているがそこらの家族だけでやっている工場と大差ない売り上げや事業内容の会社もあれば、たった五、六人、十五坪ほどの工場で年間十数億の売り上げを叩き出していた町工場もあるので、売り上げや従業員数で線引きすると首をかしげることになりがちなのだ。


 さすがに現在のアズマ工房は事業内容も売り上げや従業員数も明確に零細企業とは呼べなくなっているが、事業構造自体は家族経営の町工場とあまり変わらないこともあり、真琴がそのあたりを勘違いしても仕方がない部分はある。


「で、それと今回の採用の話と、どういう関係があるの?」


「えっとね。今回に関しては、宏の実家が従業員雇ったときに一番困ったのは何か、っていうのを参考にしたらいいんじゃないかな、って」


「ああ、なるほど!」


 真琴の意見に春菜が納得し、その場にいる人間の視線が宏に集中する。


「ということだけど師匠、何か心当たりある?」


「すぐに思いつかないんだったら、今日帰ってご両親に聞いてくる、ってのもありだが、どうだ?」


「全部知っとるわけやないけど、聞かされる愚痴で言うたら二つほど心当たりあるなあ」


「「「「どんな?」」」」


 澪と達也に振られて漏らした宏の言葉に、ファムたち従業員組が即座に食いつく。


 その勢いに苦笑しながら、とりあえず一番多いパターンについて説明を始める宏。


「まあ、いっちゃん多いんが、仕事覚える気ないっちゅう奴やな」


「はあ!? そんなの居るの!?」


るねんわ、これが」


 職員組を代表してのファムの絶叫に、げんなりした表情を隠そうともせずに断言する宏。


 雇われたら仕事を覚えようと頑張るのが当たり前、という価値観のファムたちにとって、なかなか衝撃的な話だったようだ。


「まあ、タイプとしてはいろいろあるんやけど、共通するんは同じ事何度も聞くっちゅうんと、すぐに違う仕事したがるっちゅうことやな。あ、後、なんやかんや言うて基礎的な作業とか簡単な作業とかを、っちゅうか零細企業そのものを全面的に馬鹿にしとるっちゅうんもあるか」


「「「「え~……?」」」」


「冗談抜きで、こういうタイプは割とゴロゴロしとんねんわ」


 宏の言葉に、信じられないという表情を浮かべる職員組。


 ただ、これに関しては、そもそも社会の風潮として零細企業を下に見る傾向があるので、そこでやっている仕事の一番基礎になる作業を馬鹿にする人間がいるのも、ある意味当然と言えよう。


 実際には大企業だろうが社長一人でやっている零細工場だろうが、業種が同じであれば作業の規模や自動化の度合いが違うだけでやっていることは同じなのだが、そこに想像力が働く人間はそもそも零細企業を馬鹿にしたりはしない。


 そのあたりに気が付いていないからこそ、困ったやつ扱いされるのだ。


「ちなみに、僕が直接知っとる一番すごい奴は、まだ二十代後半やっちゅうのに朝作業開始の時に説明されたことを十五分後に確認して、二時間後にまた確認して、昼飯食った後に確認して、三時休憩終わってから確認して、次の日になったらまた確認して、みたいな感じを毎日繰り返して結局最後まで覚えへんかった、っちゅうんが居ってな」


「……ねえ、宏。それ、何か脳の病気疑ったほうがいいんじゃない? いくら覚える気がないって言っても、そこまで間隔が短いと意識だけの問題にするにはちょっと……」


「検査で何もなかったらしいし、常日頃はそこまで物覚え悪かったわけでもないし、学歴とか成績とかもなかなかのもんやったみたいやで。ちなみに、覚えられへんのは教える奴の教え方が悪いからやそうやけど、隠れ線もあらへんような単純な図面の見方なんか、そんな何回も聞かんと覚えられへんようなもんやないやん」


 なかなか凄まじい話に、あきれるしかない真琴。むしろそのレベルになると、脳に血栓ができるなどの急性の病気になっていたほうが、まだ救いがあったのではないかと思わずにはいられない。


 最初の説明から十五分後は勘違いしていないかどうか念のために確認した、ということでまだいい。それからもう一度ぐらいまでは、何か大きく工程が変わったのでついでに念のために、という可能性もある。


 が、それ以上となると、覚える気がないと判断されても仕方がないだろう。


「まあ、そういうタイプの話はやりだしたらキリない上に、どんどん求人業界の闇がにじみ出てくるからこれぐらいにして、や。もう一つがすぐ辞める、根性がなさすぎる、っちゅうタイプやな」


「ああ、うん。それはよく分かるよ」


「ん。モデル業界でも、常識の範囲内で厳しく注意されただけでやめる子、珍しくもない」


「よっぽどのブラックだったらすぐ辞めても根性なしだとは思わないけど、変な客に捨て台詞で暴言吐かれて傷ついたからやめる、とかだと、そんな客が来たことと併せて二重の意味で雇った側に同情したくなるわよねえ」


「これがパワハラだって言われたら指導のしようがないぞ、みたいな理由でパワハラ扱いされたり、得意先にたまたまクレーマーが来てて巻き込まれたりとか、企業の努力じゃどうにもならない理由で辞める奴いるわなあ」


「まだ、やめる言うてくれたらええ方やで。中には採用して三日ぐらい出勤したら何の連絡もなしに失踪する奴もるねん」


 こちらのほうは身近だからか、先ほど避けようとしたのと大差ないほど闇の深い話が他の日本人メンバーからもぽろぽろ出てくる。


 その闇の深さに、思わず唖然としてしまうファムたち職員組。


 基本的に縁故採用で職を得るのが普通、という環境で育ってきているので、そんな紹介者の顔に泥を塗るような真似をする人間の存在を信じられないのだ。


 特に、雇ってもらって三日で失踪など、何かの事件に巻き込まれでもしない限りあり得ない。


 もっとも、先ほどの覚える気がない連中はともかく、ちょっとしたことですぐ仕事を辞めてしまう人間というのは、ファムたちの身近なところにいないというだけでファーレーンでもそこまで珍しくはなかったりするが。


「まあ、この話も深く掘り下げるとろくでもないことになってきおるから、このぐらいで止めるとして、要はこういうやつをはじければええねんな」


「そういうことね。何かいい方法、思いついた?」


「こういうんは、実際に作業やらしてみんのが一番やけど、なあ……」


 宏がそう口にしたところで、何やら思いついたらしいファムが口をはさむ。


「ねえ、親方。採用試験の実地に神の城の採取地を使いたい、って言ったらだめ?」


「別にそれ自体はかまへんけど、あそこやったらヌルないか?」


「そのあたりの調整って、できる?」


「やろう思ったら多分できるで。どんな風にする?」


「等級外とか八級の素材を中心に、よく見ればわかる種類のフェイクを大量に混ぜて、街の外で採取するより難易度と収穫量を上げる感じがいいかな?」


「難易度は採りにくくする方向やなくて、見分けんのが面倒くさい、っちゅう方向にすればええねんな?」


「そうそう。その作業でどんな反応を見せるかを観察して、って思ってるけど、どう?」


「ボクはそれでいいと思う」


 宏と話しているうちに方向性が固まったらしいファムの提案に、あっさり賛成する澪。


「条件付きで、私も問題ないと思う」


「ノーラはやるだけやってみたらいいと思うのです」


「私も、これといってアイデアがあるわけじゃありませんので、ファムの提案に乗ってもいいかな、って」


「わたしは、神の城に簡単に出入りさせていいのかな、ってちょっと不安だけど、試験内容自体は賛成なの」


 澪に続いて春菜が条件付きで賛成し、最後にライムが少し懸念事項を口にした以外は職員組からも反対は出ない。


 その流れに押されて、反対するにしそびれる達也と真琴。


 正直、先ほど面接の前にファムが垣間見せた、宏に勝るとも劣らない採取や素材に対する執着心を考えると、どうにも嫌な予感しかしない。


 遅かれ早かれ目にする姿かもしれないが、それをわざわざ採用予定の新人たちに見せつけるのは、不採用者も出ることを考えるとあまりよろしくなさそうな気がしてならない。


 が、どうも今の雰囲気だと、それを突っ込んだところで流れは変わらないだろう。


「それで、ハルナさん。条件って何?」


「今回城の採取地に入るためのゲストパスにね、今の段階でアズマ工房に害をなす要素がある人材をはじく設定をつけたいな、って」


「ああ、それはいいね」


「うん。後、不合格になった人に、城の内部のことを思い出せないようにロックをかけられる設定もつけておきたいかな」


「その設定にしておけば、わたしの気になってたことも解決するね」


「うん。正直、あんまり採用活動に口をはさみたくはなかったんだけど、一番の当事者であるファムちゃん達が迷ってるみたいだから、これぐらいはいいかなって」


「正直に言うと、ノーラとしてはもっと口うるさく文句をつけてくれたほうがありがたいのです」


「信頼と配慮の上とは分かっていますが、あまり自由にさせられると困る部分もありますので、できることならトップとしてこの人だけはダメ、みたいなのは指示していただけると助かります」


 かなり遠慮がちな春菜に対して、きっぱりと文句をつけるノーラとテレス。


 何でもかんでも口を挟まれると面倒くさいが、必要最低限はトップとしての意向を示してくれないとそれはそれでやりづらいのだ。


 これに関しては今回の採用関係の話に限らず、日ごろのアズマ工房の活動全般に言えることである。


 もっとも、根本的な問題として宏達が日本での生活で忙しすぎるため、口を挟もうにも挟めるほどアズマ工房の現状を把握できていないので、トップとして意向を告げようにも何も言えないのが実情だ。


 おそらくこの件は、向こう百年は実質ファムたちによる経営を現状維持することになるだろう。


「それで、ファムちゃん。次の試験はいつやる予定なの?」


「一応、合否は明日発表、場合によってはもう一つ何か試験するかも、っていう話を全員にしてあるから、追試のほうは明日やっちゃいたいな」


「それ、ちゃんと前もって話をしてるんだよね?」


「うん。面接のときに、ちゃんと全員に言ったよね?」


「言ったのです」


「明日の十時過ぎに集合っていう確約書にサインをもらってますので、明日来なかったら自己責任でしょう」


「だったら問題ないかな? なんか振り回した形になってるから、合否に関係なく全員分、お昼はこっちでお弁当を用意するよ」


 追試について概要が固まったところで、春菜がそう申し出る。


 時間的に考えて、試験を受けるグループは採取の途中で昼食をとる必要が出てくるだろうし、逆に不合格者に対しても手ぶらで返すのも気が引けるところである。


「お昼用意してもらえるんだったら、今日食べる予定だったごちそうは、来週に回してもらってもいいかな? 念のために合格者も一週間ぐらい様子見て、それから歓迎会のほうがいいんじゃないかな、って思うから」


「了解、そうするよ」


 すっかり経営者らしい言動が板についている気がするファムの提案に、素直に了承する春菜。


 こうして、今後アズマ工房での採用試験では定番となる採取試験、その初回の開催がファムの手によって確定するのであった。








 なお、初回の採用試験の顛末はというと……。


「うわあ、何これ!? アタシこれ見たことない! こっちにも初めて見る奴が!」


 試験を受けているはずの採用予定者を完全に放置し、神の城独自の素材にファムがハッスル。


 どんどん奥地に進んでいってしまい、終了予定時刻を過ぎても戻ってこないというトラブルが発生。


 さらに、宏による仕込みだったのかそれとも春菜の体質による偶然か、どこからともなく湧いて出たロックボアの変種をオキサイドサークルで仕留めて


「このロックボア、すっごい良い肉質! このあたりとか、絶対いい素材取れる! この毛皮、何に使おうかな!?」


 新人たちの前でだらしなく緩んだ顔をさらしながらやたらと嬉しそうに解体してみせることに。


「……やっぱりこうなったのです」


「親方、どこまで仕込んでました?」


「ロックボアは仕込み半分、偶然半分やな。入口のほうの素材はともかく、奥地のほうはそもそもいじってへんから、自分らの調査不足やで」


 ファムの様子を見て肩をすくめながら、宏とそんな話をするノーラとテレス。


「っていうか、ファムちゃんの宏君化が想像以上に進んでるよ……」


「正直、あたしはすごく嫌な予感してたのよ……」


「採用予定の連中がドン引きして……、って、全員がそうでもないのか……」


「ん。師匠にボクにファムにって、同類が三人もいるんだから、もっと居てもおかしくない」


 それを見ていた春菜の嘆きに対し真琴が思っていたことを素直に告げ、便乗しようとして意外な事実に気が付いた達也に澪がとどめを刺す。


「ファムさん……、素敵です……」


「なるほど、ああやって解体すれば無駄な肉とかでないんだ!」


「あのロックボアのお肉、いぶした後チーズかけてレアな感じで焼けば……、じゅるり」


 食いつく方向はそれぞれ違うが、そんな風に引くことなく全力でファムの行動に食いつく三名ほどの採用予定者。


 なお、千年の恋も冷めそうなだらしない表情で解体を進めていたファムを素敵だと称したのは、驚くべきことにライムと変わらぬ年頃の男の子だったりする。


 他にも三人ほど、ファムの様子にこそドン引きしてはいるものの、採取や解体の技を盗むべく作業を真剣な目で見ている人物もいる。


 どうやら、なんだかんだで無事に人材採用はできそうである。


「……まあ、ちゃんと新人は雇えそうやから、よかったっちゅうことにしとこうか」


「あの子がおねーちゃんの相手にふさわしいかどうかは、わたしがしっかり見極めるの!」


 今回採用確定なのはおそらくこのあたりだろう、という感じで目を付けた数人の様子を眺めながら、そんな話をする宏とライム。


 こうして、採取試験まで進めた十五名のうち、最終的に男子四人、女子二人が採用されたのであった。

採用関連に関してはまあ、あれです。

よく言われる零細は高望みしすぎだという意見に関しては、

「残業させてるわけでもきつい仕事をさせてるわけでもないのに三日でやめるとか、そういう種類の人材お断り」

が高望みだと言われれば人は雇えないわけですが……。


なお、作中で話題になった一日に何度も同じ事を聞く人材、作者が後を継ぎに戻ってからでも三人は作中描写ほぼそのままの人が来てはやめてます。


2月に2巻が発売されたN-STAR作品

「ウィザードプリンセス」

(アドレスはhttps://ncode.syosetu.com/n7951ei/)

もよろしくお願いします。


なお、2巻分は3月中に完結で、3巻分は現在せっせと執筆中なのでもうしばらくお待ちください。

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