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第53話

「あと少し! ハニーのために、わたしは人間を超える!」


 三日後に宏の誕生日を控えたある日の事。レイニーは宏が設置した転移小屋が見え、あと一時間ほどで大霊窟に到達するところまで大霊峰を登り切っていた。


 事の発端は夏の大祭が始まって直ぐ。何やら思いついたらしいレイニーは、珍しく自分から休暇を申請して、数日前から神々に縁が深い土地を知りうる限り訪問して回ることを始めた。


 最初の三日ほどは特に何もなかったのだが、四日目ぐらいから一部の神が面白がって試練を与え、それを見たダルジャンとアランウェンが口をはさみ、と、どんどん話が大きくなっていき、その総決算として現在レイニーは大霊峰を登っているのである。


「それにしても、さすがにアルフェミナ様とソレス様の試練。最初の方の宴会芸じみたものとは違う……」


 もう少しで最後の試練とあって、思わずこれまでの事を思い返してしまうレイニー。


 何しろ、現在レイニーが行なっている試練というのは、必要最小限の装備のみでふもとから大霊峰を登り切り、そのまま大霊窟を突破せよというかなり過酷なものだ。


 まだ中間地点とはいえ、終わりが見えてきたのだから、思い出に浸りそうになるのも仕方がない面があるだろう。


 なお、最初の方の試練を宴会芸じみた内容だと言っているレイニーだが、それはあくまで世界最高峰の身体能力を持つレイニーだからこそ言える言葉だ。


 普通の人間では、恐らくクリアできなかったであろう。


「休暇を延長してもらってるし、ハニーの誕生日ももうすぐだし、山登りに思いのほか時間がかかってるから、もう少しペースを上げないと」


 これまでの回想から戻ってきたレイニーが、妙にきりっとした表情でそう呟く。


「待っててハニー! もう少しでわたしはあなたのものに!」


 転移小屋を睨みながらそう叫び、全身の力を跳躍力に変えて一気に飛び上がるレイニー。


 五分後。レイニーは転移小屋にたどり着き、ついに最後の試練に挑むのであった。








「どうしたの、宏君?」


「いや、何っちゅうか、急に寒気がな」


「……大丈夫?」


 二日後。宏の誕生日前日。いつもの畑。


 唐突に震えながら体をさすり始めた宏に対し、春菜が心配そうに声をかける。


 なお、今日は諸般の事情で澪は別行動しており、後で合流することになっている。


「……なんか、僕の知らんところでえらいことになってそうな気ぃすんねんけど……」


 しばらくそうやって震えながら周囲を見渡した後、妙に疲れたような、というよりいっそ憑かれていると言った方が正しいような様子でぼやく。


「……正直、そういうのは今更じゃないかなって思うんだけど……」


「今までのとは毛色が違うっちゅうか、なんか知らんところで返品不可の商品生産されて押し付けられそうになっとる感じっちゅうか……」


「……大体、予想がついたよ」


 宏の言葉を聞いて、どこか悟りを開いたような笑顔で春菜がそう告げる。


 女の勘という奴だろうか。


 宏に告げた言葉には一切匂わせていないが、何の根拠もないまま恐らく女性関係だろうとあたりをつけたのだ。


「まだ早いかと思ってたけど、エルちゃんたちとちょっと話し合いしておいた方がいいかな?」


「話し合うって、何をやねん?」


「ん~、色々?」


 宏に問われて、言葉を濁す春菜。


 さすがに、宏に今後手を出してきそうな他の女について、どういうスタンスで接するか話し合いたいなどとは口にできない。


 正直言って、自分たちの女としての醜い面を晒すことになる上に、話し合いたいことが何様だという内容にもほどがあるので、まだ宏にそういう部分をさらけ出す決心がつかないのだ。


 そもそも現状では、ようやく春菜達四人がスタートラインにつく目途が立っただけ。実際には、まだ何も始まっていないにも等しい。


 それだけに、出来ればもっと先送りしたかったのだが、フェアクロ世界にいるまだあきらめていない女たちには、そんな理屈は関係ないのは間違いない。


「まあ、どうせこの後明日の事で打ち合わせするし、その時時間を取ってもらって話すことにするよ」


「っちゅうことは、僕は徹頭徹尾関わらん方針でええねんな?」


「うん。仲間外れにするようで申し訳ないんだけど……」


「なんぞ、下手に首突っ込んだら後悔しそうな気ぃするから、そこは好きにしたってや」


「うん。色々ごめんね」


 宏に関わる事なのに、宏を放置して勝手に話を進めるということについて、気まずそうに謝罪する春菜。


 現状では宏を話し合いに参加させたところで誰も得しないとはいえ、非常に身勝手な話なのは間違いない。


 その気まずさゆえか、この後の畑仕事は妙に重い空気で進み……


「……なあ、春菜さん」


「どうしたの?」


「この巨峰、明確に青い色してへんか?」


「……ああ、うん。青紫系とかのごまかしがきかないぐらい、きっちり青い色してるよね」


「……また、新品種か?」


「分かんない。分かんないけど、試食というか毒見はしておいた方がよさそう」


 畑の方がその空気をなんとかしようとしてか、一本だけ植えられている巨峰が見たこともない色の実をぶら下げていた。


 先ほどまで普通の巨峰しかなかったのだから、確実に畑が何かしているのは間違いない。


 余談ながら、一昨年に道の駅に出荷するようになってすぐぐらいに安永氏から要請を受け、二人の畑には巨峰とデラウェアをはじめ、あまり大木にならない種類の果樹を何種類か植えられている。


 どれも収穫小屋近くの空きスペースで、今後二人が畑をやめることになっても問題にならないようレイアウトを考えて植えられている。


 もっとも、もはやこの畑を手放すとろくなことになりそうもないため、今後はどんどん果樹を増やしていくのもありではないか、と話しているのは関係者だけの秘密である。


「……ん~、食べて死ぬ類の匂いはしないね」


「……せやな。腹下すとか、そういうんもなさそうや」


「これ以上は、食べるか成分解析するかでないと分かんないよね」


「問題は、僕らが食っても人体に影響あるかどうか以上の事は分からん、っちゅうことやな」


 ざっと洗って一粒もぎ取り、じっくり観察した上で匂いをかいでそう結論を出す春菜と宏。


 神化したとはいえ、このあたりの感覚は人間だったころとそれほど変わっていない。


 なので、食って大丈夫かどうかという点に関しては、ほぼ正確に判断できる。


 なお、皮の色はキザな男なら春菜の瞳のように美しい青、とでも表現しそうな綺麗な青色ではあるが、皮をむいた実の色は普通のブドウのそれだった。


「……うん。予想通り凄く美味しいよね」


「せやな。ものすごい甘いけど、甘さ一辺倒やのうて、ちゃんと酸味もあるし」


 青い巨峰を一粒味見して、非常に高級感があって感動的なその味にうなずく春菜と宏。


 もっとも、この畑の作物は宏と春菜の影響を受けるだけ受けているので、まずいものができる事などあり得ない。


 こう言っては何だが、表に出せるかどうかだけの問題である。


「デラウェアも怪しいやつが混ざり始めとんで」


「別に、対抗しなくてもいいのにね……」


「いっそ、加工食品向けっちゅうことで、酒とかジュースに使うんに向いたやつになってくれた方が、需要が安定しよるんちゃうか?」


 宏のつぶやきの影響か、収穫した後から生えてくるデラウェアが、紅黄青の三種類に分かれる。


 しかもご丁寧にも、見てはっきり分かるぐらいくっきりと三等分に色分けされているあたり、どれが好みか選んでくれと宏達に詰め寄っているようにも見える。


 それを見てため息をつくと、とりあえず色ごとに仕分けして収穫し、確認や試食は後回しという事でこの日の作業を切り上げる。


 適当なところで切り上げないと、いつまでも終わらないのだ。


「さて、今日のブドウで出荷できるんは、前半に収穫した分だけやな」


「そうだね。十ケースずつぐらいかな?」


「明日からしばらく、ブドウは出荷できんなあ……」


「お金の面では困らないんだけど、物々交換的な意味では手札が減るのがちょっと痛いかも……」


「他の作物と違って、果樹は下手に増やせんからなあ……」


 横によけた正体不明のブドウの山を見て、ため息交じりにそうぼやく宏と春菜。


 長い目で見れば宏達だけでなく潮見の農業関係者全体の収入増につながるものではあるが、短期的にはガクッと利益が落ちる上に、とにもかくにもいろいろと面倒くさい。


 まだ半分親のすねをかじっていることもあってさほど金に困っていないので、利益については目をつぶれるにしても、収入になるまでの手続きややることの多さと関係者にかける手間や迷惑を考えると、とにもかくにも面倒くさい。


「まあ、ブドウに関しては、後で考えよか……」


「そうだね……」


 この後の予定が詰まっていることもあり、とりあえず色々と棚上げすることにする宏と春菜であった。








「申し訳ありません、春菜殿……」


 午前十時ごろ、神の城。


 明日の打ち合わせのために訪れたエアリスが、というよりエアリスの肉体に降臨したアルフェミナが、顔を会せるなり春菜に謝罪を告げる。


 なお、一緒に来たアルチェムは何やら世界樹に用事があるらしく、別行動中である。


「えっと、何があったんですか?」


「神々が面白がって、レイニー殿に試練を与えてしまいまして……」


「……もしかして、亜神になるか神化するかしちゃいました?」


「まだそこまでは至っていませんが、エアリスや澪殿同様に亜神に至ることは確定してしまいました」


 そう言って、深々と頭を下げるアルフェミナ。その様子に、非常に困ったという表情を浮かべる春菜。


 使っている身体がエアリスのものであることも手伝って、すさまじくいたたまれないものがあるのだ。


「えっと、とりあえず経緯を話していただいても?」


「はい。事の発端は夏の大祭が始まってすぐの頃。何を思ったのか、レイニー殿が各地の神殿や聖地、神域をめぐりはじめまして……」


「……ああ。アルフェミナ様がみてないところで、他の神々が試練を与えて遊び始めた感じですか」


「まさしくそのとおりでして。それも、かなりいい加減で大雑把で適当な試練の与え方をしていて、しかもダルジャン達まで悪ノリした結果、因果律がおかしなことになりかけました。そのあたりを収拾するために、私とソレスが直接試練を与える必要が出てしまいまして……」


「結果的に、レイニーさんが亜神になる以外の未来が消えてしまった、と……」


「はい。本来なら、レイニー殿が亜神になる確率は三割程度だったのですが、かなり変則的な形である意味『正解』と言える道を引き当てられてしまった形です」


 そこまで言って、深い深いため息をつくアルフェミナ。


 一連の説明を聞いた春菜もため息をつくしかないが、そのため息の内容はアルフェミナのものとは微妙に違う。


 正直、春菜はレイニーの執念を甘く見ていた部分があった。その事を突きつけられて、内心での反省と自責がため息となって出てしまったのである。


「正直な話、別段アルフェミナ様から謝罪していただくようなことではない気がしますが……」


「発端は、言ってしまえば私の管理不行き届きのようなものですので、やはり私の責任はあります」


「えっと、そういう話じゃなくて、これって単にレイニーさんが自分でチャンスを手繰り寄せただけの話で、別に誰も悪い事はしてないんじゃないかな、と」


「建前上はそうなのですが、それでなくても宏殿も春菜殿も宏殿の女性関係には頭を抱えている中、私が注意していれば回避できた問題をわざわざこの微妙な時期に起こしてしまったことは、心情的にどれほど謝罪してもしたりない感じでして……」


「回避、できたのかなあ……?」


 ここまでの流れと、力技でその結果を手繰り寄せたレイニーの執念を踏まえて、春菜が思わずそんなことをポツリと漏らす。


 後付けの結論でしかないが、はっきり言って早いか遅いかだけで、レイニーの亜神化は避けようがなかったのではないか、そんな気がするのだ。


 いくら甘く見ていたとはいえ、実のところ春菜自身は、レイニーがヒューマン種の寿命で死ぬとは思っていなかった。


 任務をミスって殺される可能性ぐらいは考えていたが、なんとなくどこぞのお兄様(変態)と同じく殺しても死なないようなイメージはあったので、やはり普通のヒューマン種の死に方で死ぬとは思っていないことになる。


「とりあえずこの件に関しては、後は私たちと宏君自身のスタンスの問題になってくると思いますから、ちょっとそのあたり話し合いたいかな、と」


「そうですか……」


「まあ、話し合いって言っても、どんな風に心の準備をするかぐらいでしかないんですけどね……」


 どこかあきらめのにじんだ春菜の言葉に、かける言葉が見つからないアルフェミナ。


 いくら神々の間では多夫多妻が普通とはいえ、少なくとも恋人や夫婦になっていれば、これ以上相手を増やすな、ぐらいの事を言うぐらいの事は普通許される。


 が、ややこしい事に宏と春菜の関係というのは、この期に及んでまだ破談の可能性が残っている。


 その原因が宏の異性に対する自信のなさであり、それを背景とした春菜に対する引け目のようなものである時点で、どうしても春菜の側は慎重にならざるを得ない。


 三つ子の魂百までとはよく言ったもので、自信のなさをこじらせたのは女性恐怖症が原因ではあるが、根っこの部分は幼少期から続き例の事件につながる異性からの扱いの悪さである。


 子供の頃からの刷り込みが原因なのだから、一朝一夕では解決しない。


 なので、こうやって自分の努力でステージの上に立つ資格を得た人間を、春菜が勝手に蹴落とすような真似はどうにもしづらいのだ。


「そういえば、アルフェミナ様はこっちに顕現して大丈夫なんですか?」


「今回は特例で、エアリスに協力してもらっているからできる事です。エアリスが完全に宏殿に嫁いでしまえば、二度とできなくなる類の裏技ですね」


「えっと、完全に嫁ぐというのは、定義としてはどういう状態ですか?」


「宏殿と肉体的な意味で男女の関係となった上で、なんらかのパスを繋いだ状態を言います。皆様の間での話し合いは承知していますので、早ければエアリスが二十歳になったその日のうちに、といったところでしょうか」


「……あの宏君が、二十歳になりました、はいそうですか、って私達にそういう意味で手を出してくれるとは、到底思えないんですが……」


 その言葉と同時にため息をつく春菜とアルフェミナ。


 言ってしまえば、澪とエアリスが二十歳になってからがゴールではなく、そこからが本当の意味でのスタートなのだ。


 それまでの五年強という時間は、そのためのすり合わせと準備期間に過ぎない。


「……とりあえず、私の用件は終わりましたので、エアリスに体を返します」


「分かりました。ありがとうございます」


「最後に一つ。神としては私の方が先輩とはいえ、あなたも宏殿も私と同格以上の神格を持っているのですから、そろそろ様付けはやめていただけませんか?」


「……なんかこう、その呼び方が染みついちゃった感じがしますので、努力はしてみますけど……」


「……そうですか……」


 春菜の返事を聞き、どことなく肩を落としてからエアリスの体から立ち去るアルフェミナ。


 すぐに主導権を返してもらったエアリスが居住まいを正す。


「ハルナ様」


「うん。すぐに澪ちゃんとアルチェムさんを呼んで、会議室の方で話し合いだね」


「はい」


 腹をくくった、という表情でうなずきあう春菜とエアリス。


 なんだかんだで棚上げしていたのうち一つと、ついに向き合う時が来たのであった。








「ねえ、春姉。それって、わざわざ話し合いをする必要ある?」


 会議室に移動し、レイニーの事を聞かされた澪が、微妙に呆れをにじませた表情でそんな疑問を口にする。


 話し合いは、のっけから温度差を感じさせる展開となっていた。


「認識のすり合わせぐらいはしておいた方が、後で揉めずに済むんじゃないかなって思ったんだけど……」


「それは否定しない。でも、レイニーに関しては、正直今更」


 澪の厳しい指摘に、思わず返事に詰まる春菜。


 実際問題、春菜自身がアルフェミナに告げたように、レイニーに関してはこうなるのは早いか遅いかだけの違いでしかない、というのはこの場にいる全員の共通認識だ。


 今更話し合う事も、認識のすり合わせが必要な事もこれと言って無い。


「ですが、ミオ様。確かに今更の事ではありますが、なんとなく先送りにしていた話であるのも事実です。どこでどんな意識の違いがあるか分かりませんので、お互いレイニーさんについてどう思っているかを正直に口にする意味はあるかと思います」


「そうだよね。もうすでに、私と澪ちゃんで意識の違いがはっきりしてるわけだし……」


 澪に対するエアリスの反論に、春菜が乗っかる。


「あと、きっかけはレイニーさんですけど、別にこの話って、レイニーさんに対してだけじゃないですよね?」


「……ん」


 アルチェムの指摘に反論できず、素直に同意して見せる澪。


 宏自身の問題に加え、惚れた男にそういう醜いところを見せたくないという乙女心もあって、現実的に脅威となりうる、もしくは五人目以降になりうる女についての話をなあなあにしていたのは否定も言い訳もできない事実だ。


 日本に帰ってきてからの日々で宏に劇的な改善が見られた今、レイニーの事をきっかけにそのあたりをちゃんと話しておくべきという春菜やアルチェムの考えは間違っていないだろう。


「でも、他の女の人に関してはともかく、レイニーについては正直、みんなも何が何でも排除しようって程じゃないと思うけど……?」


「うん、そうだね。はっきり言って愉快な話ではないけど、絶対嫌だって程でもないよね、実際」


「私としては、ハルナ様を蔑ろにしたり排除しようとしたりしない限り、ヒロシ様の望むとおりにしていただくのが一番だと思っています」


「私はちょっと自信ないというか、なんとなく競り負けそうな気がするという点で危機感が……」


 アルチェムの言葉に、あ~、という顔をしてしまう春菜達。


 実際の話、はっきり言って春菜達も他人事ではないのだが、二人きりで行動する機会どころか宏と一緒に行動する機会にすらいまいち恵まれていないアルチェムの場合、かなり切実なものがある。


 それでも、精神的なつながりに関しては春菜達以外が簡単に割って入れるようなものではないが、レイニーや工房職員組あたりが相手になると、少々心もとない部分があるのも事実だ。


「でもまあ、レイニーさんに関しては、とりあえず一度本人の気持ちをちゃんと聞いたうえで、宏君に一任って感じかな?」


「ん。結局のところ、最終的には師匠とレイニーの間の問題。ボク達としては、師匠がこっちを蔑ろにしない分にはあまり口をはさめない」


「だよね。正直、言っていいならものすごくいろいろわがままを言いたいところだけど、私達にしても無理やり外堀も内堀も埋めたようなものだからね~……」


「ん。正直、すさまじいまでの『おまいう』……」


 春菜の言葉に、同意せざるを得ない澪。


 そもそもの話、現状は踏ん切りがついていない宏を四人がかりで強引に囲ったという面が強い。


 自分のために神化したり眷属化したりして寿命の枠を乗り越えた春菜達を、いつまでも宙ぶらりんのまま放置していた宏の責任も大きいとはいえ、勝手にハーレムを作って勝手にその一員になったというのは紛れもない事実だ。


 それでようやく宏の方も腹を決めたのは確かだが、できるだけ増やすのはやめてくれと強く要請を出すぐらいまでならともかく、春菜達の気持ちだけで他の女性を完全排除するのはさすがに身勝手が過ぎよう。


 もっとも、仮に新しい女を囲う事になったとして、ヘタレの宏が春菜達の気持ちを無視出来るとは思えないので、春菜達が本気で嫌がって他の女を排除したところで、そのシーンを直接見ない限りはなんとも思わないであろう。


 さらに言うなら、直接そのシーンを見たところで春菜達に若干引くぐらいで、新しい女をどうしても囲いたいなどと言い出す事はまずありえないというか、それを言えるようならヘタレ扱いはされない。


「ボク的には最終的に師匠の気持ち一つになりそうなレイニーより、ライムの方がさしあたって問題になりそうだと思う」


「澪ちゃんも、そう思うんだ……」


「ん。というか、エルやアルチェムも、なんとなく気がついてるはず」


「そうですね。正直、昔の自分を見ているようでちょっといたたまれないというか……」


「本人は明確に言葉にしたことはありませんけど、ライムちゃん、親方大好きですからね……」


 澪の指摘に、どうしたものかとため息をつく一同。


 相互の意識にこそ若干の温度差はあれ、覚悟も決まっていれば結論もほぼ一致しているレイニーと違い、ライムに関してはいろいろ複雑なものがある。


 なにしろ、ライムに関しては五歳の時に宏が拾ってきてから、ずっとその成長を見守ってきた。その過程で全員、一度は膝の上に乗せて可愛がった経験がある。


 当時の澪の体格ですらそれが出来るほど幼かった女の子が、自分たちの惚れた人物であり本人にとっても親代わりである男に女として気に入られたいと頑張っているのだ。


 複雑な気持ちにならない方がおかしい。


「正直、今の時点ではそれこそまだ早い、なんだけど……」


「ハルナ様、私たちが本当の意味で舞台に立てるようになる頃には、ライムさんも適齢期に入ります。すぐにという訳ではありませんが、まだ先だと言えるほどでもありません」


 煮え切らない春菜に対し、妙に実感がこもった口ぶりでエアリスが釘をさす。


 五年やそこらはあっという間だ、というのは、エアリス自身が証明している。


「正直な気持ちを言うと、ライムちゃんの事は大好きだしすごく大事に思ってはいるんだけど……」


「むしろ、大事な私たちの末っ子だからこそ、ヒロシさんにっていうのは受け入れづらいところがありますよね……」


「ん。かといって、ボクやエルはそれこそスタートがライムのポジションに近いから、レイニー以上にお前が言うな、みたいなところが」


「でも、澪ちゃんもエルちゃんもライムちゃんと違って、少なくとも宏君に出会った時から、ほぼそういう年頃だったよね?」


「エルはちょっと早かった気もするけど、ファーレーンだと珍しいって程でもない年頃だった」


 澪の自虐的な言葉に、思わず反論してしまう春菜。


 春菜の反論を肯定する澪。


 日本でも、女の子の場合早熟な子ならば、十歳にもなれば普通に本気の恋愛をすることもある。


 日本に比べて精神的な成熟が早いファーレーンで、しかも生まれた時から大人の世界で揉まれてきたエアリスが、十歳の『初恋』で大人がするのと遜色のない恋をするのはなんら不思議な話ではない。


「ただ、まだ子供だからそのうち気持ちが変わるだろう、なんて楽観論は言えないけど、かといって今から下手な事を言うと藪蛇になりそうだし……」


「ライムの目で見て師匠よりいい男が出てくるのに期待するしか?」


「……職人としての技だけで世界中の国家を篭絡し、神に至ったヒロシ様を超える殿方、ですか? しかも、自身を餓死寸前で今にも病死しそうな危機的状況から救い上げてくれて、衣食住に教育と家族まで用意してくれた恩人でもありますが……」


「……無理、ですよねえ……」


「無理っぽいよね……」


 澪が持ち出した唯一の希望を、条件を並べたエアリスの言葉が完膚なきまでに打ち砕く。


 正直な話、ライムが宏に対して恋愛感情を抱いているという今の話の前提条件が間違いだったとしても、比較対象が宏になるのは変わらない。


 人格や容姿に関しては宏よりもいい男などいくらでもいようが、それ以外の付加価値、特にこれまでの経緯という要素を考えると、よほど性格的な面での相性が良くないと無理だろう。


 結局、恋愛結婚は不可能なのではないか、という条件である。


「……なんかこう、宏君に対する気持ちがどっちに転んでも、ライムちゃんの将来が不安でしょうがないよ……」


「でも、ライムと師匠がっていうのは、何というか父親と実の娘が、っていう種類の気持ち悪さが……」


「……そうなんだよね」


 ライムについて問題視している最大の理由を澪が口にし、春菜が同意する。


 血のつながりなど一切ないので問題ないはずなのだが、どうにも理屈ではないところで忌避感がぬぐえないのだ。


 このあたりの感覚はエアリスやアルチェムも共通のものであるようで、心底困ったという表情を崩さずに頷いている。


 アルチェムの反応を見る限りでは、子育てが終わった後は割と性的な面でフリーダムになるオルテム村でも、さすがに実の親子の間でというのは禁忌であるらしい。


 一定以上に成熟した文化を持っていると、実の親子や兄弟で肉体関係を持つ事が禁忌になってくるという共通項は、どうやら洋の東西どころか世界や種族の壁すら超えるようだ。


「……そういえば、澪ちゃん」


「ん?」


「前に達也さんがぼやいてたんだけど、実の親子が肉体関係を持つ類のエッチなゲームに手を出して、どころか結構どっぷりハマってたらしいよね?」


「……あの作品が名作だったことも、登場人物の心情に共感したのも否定しない。でも、それとこれとは別問題」


「本当に?」


「ん。二次元と現実を混同してはいけない」


 春菜の追及に、思わず目をそらしながらやや早口でそう言い切る澪。


 流石の澪も二次元と現実を混同する気はない。


 特にこういうデリケートな問題で、しかも自分たちの関係となると、なおの事である。


 が、それはそれとしてこのハーレムが無事成立してちゃんと一線を越えることができたのであれば、実際に試してみたい二次元的シチュをいくつか再現できないかと目論んでいるので、その時点で説得力がない。


「本当に、本当に二次元と現実を混同しないでよ……」


 春菜のため息交じりの言葉に、視線をそらしたまま誤魔化すように小さくうなずく澪。


 そのやり取りを見ていたエアリスが、このままでは猥談方向にどんどん話がそれそうだと、大慌てで軌道修正する。


「それで、レイニーさんの事に話を戻させていただきますが、お話を伺うにしても、いつどこでどういう形にしますか?」


「もう、明日の宏君の誕生パーティの最中に、タイミングを見計らって別室で、って事でいいんじゃないかな?」


「それが一番手っ取り早そう」


 エアリスに問われ、少し考えてそう提案する春菜。


 春菜の提案に澪が賛成し、アルチェムも特に異論を口にしなかったために、それで話が決まる。


「それにしても、本当に、なんで宏君はこんなにモテるんだろうね……」


「ん。師匠の魅力はビジュアルじゃないけど、だからこそあの見た目でなんでって気持ちが……」


「見ている人は見ている、という事でしょうね……」


「なんだかんだと言っても、ヒロシさんはこういう事には誠実ですから……」


 普通に考えて、見た目だけで言うなら絶対ここまでモテることはあり得ない宏の、下手なプレイボーイなど歯牙にもかけぬモテっぷりに、思わずため息交じりにそんなことを言ってしまう春菜達。


 モテなければモテなかったで悔しさがあるくせに、モテたらモテたで文句が絶えない。


 そんな自分たちの浅ましさに対する嫌気も、愚痴が途切れない理由である。


「とりあえず、春姉」


「……何?」


「インドあたりの神話の神様みたいに、側室一万六千人とか抱え込んだ挙句に分体大量に作って日がな一日ずっとヤッてる、みたいなことにならない限りはよしとするのが、最終的に一番精神的な負担少なそう」


「……あ~、そういえば居たね、そういう神様……」


「私達ですら精神的に持て余している気配があるヒロシ様が、そこまで女性をそばに置くのは恐らく不可能かと……」


「逆に、そこまで行っちゃうとそれはそれであきらめもつきそうですよね……」


 澪が持ち出した特殊例に、遠い目をしながら乾いた声でそんなコメントをする春菜達。


 厄介なことに、宏が神化している時点で、比較対象や基準にそのあたりの連中が含まれてくる。


「まあ、この話は一旦終わりにして、明日のパーティの事を話そっか」


「ん」


 結局、レイニーの事をきっかけとして始まった他の女に対してどう対応するかという話し合いは、宏がどうするかによるという結論が出たような出ないような内容で終わるのであった。








「宏ちゃん、おめでと~」


「お祝い持ってきたの~」


「あっちこっちから~」


「沢山お届け~」


「お酒いっぱい~」


「駆けつけ三杯~」


「ここは三本で~」


「むしろ三樽~」


 宏の誕生日当日。ウルスの工房の食堂。


 パーティの準備が終わると同時に、大勢のオクトガルがなだれ込んでくる。


 その際、全てのオクトガルが酒瓶を持ち込んできたことで、思わず宏がレイオットにジト目を向けてしまったのも仕方がない事だろう。


「なあ、レイっち……」


「……すまん。今日からお前が酒解禁だという情報が、いつの間にか広まっていた……」


「まあ、そういうんはどっからともなく漏れるもんやけどなあ……」


 そう言いつつ、実に困った様子でどんどん増えていく酒瓶に目を向ける宏。


 オクトガルが面積効率を限界まで突き詰めて並べていってはいるが、それでも既に大テーブルが二つは酒瓶で埋まっている。


「しかしこう、これくれた人らは、僕がどんだけ大酒飲みやと思ってんやろな?」


「さすがに、全部一気に飲むとも一人で飲むとも思ってはいないだろう。おそらく、少々送りすぎたところでタツヤとマコトが飲みきると思っているのではないか?」


「逆に、そこを当てにしてるんやったら、樽単位でないとあかんのんちゃう? 正直、これぐらいやったら真琴さんだけでも三日で飲みきりかねんで」


「前と違って今はずっと飲んでるわけにもいかないから、さすがに三日はきついわねえ」


「時間のほうが問題なんや……」


「飲み食いするのって時間かかるもの。胃袋も澪ほど大きい訳じゃないから、体質的に問題なくても物理的な限界は当然あるわよ」


 そういう問題なのか、というようなことを言い出した真琴に対し、胡散臭そうな視線を向ける宏。


 真琴の場合、胃袋が澪ほど大きくないという言い分はまだしも、酒に関して物理的な限界があると言われてもどうにも信用ができない。


「にしても、ヒロもハルナも年が明けたら成人式か。時の流れってのは早いなあ……」


「まだ半年ぐらいあるけど、言われてみればそうやなあ」


「私は成人式の時点じゃ、まだお酒飲めないんだよね」


 達也は宏に振った成人式の話に、乾杯用のソーマが入ったグラスを手に春菜が混ざってくる。


「成人式の日に軽く嗜むぐらいで法的な云々を言うような無粋な人間は、そうそうはいないと思うけどねえ……」


「でも、せっかくここまで頑張ってルールを守ってきたんだから、ちゃんと最後まで守っておくよ」


「その方が、気持ちの面では楽だわな」


「そうねえ。あたしみたいに半ば事故って感じで破っちゃったならともかく、故意でっていうと春菜の性格じゃ気分的にねえ」


「ルールを破ることでワルになった気分を楽しめるってタイプならともかく、春菜はそういうのを気にするタイプだからなあ。そんな気分で飲んでも、美味くもなんともないだろうし」


 やたら緩い事を言い出す真琴に対し、苦笑しながら来年の四月一日までルールを守ることを宣言する春菜。


 その春菜の言葉に、同じように苦笑しながらそれがいいだろうと同意する真琴と達也。


 故意と過失を合わせれば、恐らく飲食関係の法律違反で最も多いであろう未成年の飲酒。それだけに「ばれなければ問題ない」という扱いになりがちな典型だが、春菜のように守る人間はちゃんと守っているのである。


「とりあえず、宏の方は今後大手振って飲めるわけだし、折角だから今度晩酌に付き合いなさいよ」


「別にええけど、ビギナーやねんからお手柔らかにな」


「分かってるって。でも、これは真面目な話として、今後のためにたまに居酒屋とかバーとかに付き合いなさい」


「そうだな。いずれそういうところで会食的な感じで飲む機会もあるだろうから、身内と一緒に慣れておいたほうがいい」


「小川社長とか礼宮会長とかと飲みってなったら、絶対お高い店になるから、そういう意味でもあたし達に付き合って慣れときなさい」


「せやなあ。また、間ぁみて頼むわ。澪の目に飢えが浮かんできとるから、とりあえずそろそろパーティ始めよか」


「そうだね」


 宏の言葉を受けて、春菜が開会のあいさつを始める。


「今日は皆さん、忙しい中一緒に宏君をお祝いしてくださってありがとうございます。それでは、宏君、成人おめでとう。乾杯!」


 といっても、別段お堅いパーティという訳でもないので、ほぼ乾杯の音頭を取るだけで終わりではあるが。


 そのままプレゼントを渡しながら近況を語り合ったり、来年選挙だけどちゃんと投票行くかとかそういった二十歳から解禁されるあれこれについて話したりと和やかにパーティは進んでいく。


 なお、そこそこ人数が多くなったので、パーティは立食形式だ。


 三十分ほど、特に山も谷もなく和やかな空気のままパーティが進み、折角だから余興で春菜が歌うか? みたいな話が出てきたところで、


「ハニー!」


「ていっ」


「きゅっ!?」


「むぎゅっ」


 というレイニーと澪とのお約束のようなやり取りが起こる。


「今日はまた、ずいぶん長く耐えたんだな……」


「さすがに、お祝いの時ぐらいは頑張る」


 生温い目をしながらの達也の言葉に、胸を張ってそう答えるレイニー。


 待てもできなかった頃からすれば、ずいぶん成長したと言える。


「てか、あたしとしてはひよひよを投げつけたのに炎上しなかった、っていうのが最大の驚きなんだけど……」


「相変わらず、そのあたりの判定基準は謎」


「きゅっ! きゅきゅっ!!」


 ひよひよの尻が顔面に直撃しただけで、炎上しなかったという驚きの結果に、真琴と澪がそんなことを言い放つ。


 そんな澪に対して必死に投げつけたことを抗議するひよひよだが、澪は完全スルーだ。


「それにしても、また見事に人間辞めたなあ……」


「ハニーのものになるために、わたし頑張った!」


「さよか……」


 ほめてほめて、と言わんばかりのレイニーに対し、どうしたものかと曖昧な反応を返す宏。


 フォーレで弱っているところを助けて以降、宏の方にも最初の頃ほどの苦手意識や拒否感はないが、ここまで堂々とあからさまに貰ってくれと言われると対応に困る。


「あのさ、レイニー。あんたの覚悟とか頑張りは認めるし敬意を表するところだけど、春菜の前でそれってどうなのって思うわよ?」


 何やら思うところがあったのか、それとも春菜に汚れ役をやらせるのもどうかと思ったのか、真琴が横から口をはさんでレイニーのアプローチを妨害する。


 その間に、何やら勘が働いたのか、エアリスとアルチェムも傍に寄ってくる。


「わたしはハニーのものだけど、ハニーはわたしのものじゃないから、別にハルナやエアリス殿下にとって代わろうとか思ってもいない」


「あたしとしてはそういう問題じゃないというか、まだ春菜達の事ですら結構持て余してる宏に、こういう形で返品不可みたいなやり方でアプローチかけるのはちょっと見過ごせないのよ」


「マコトの言いたいことぐらいは分かってる。でも、それを待ってたら多分、わたしには一生チャンスはない」


「それも否定はしないけどさ……」


「別にわたしも、今すぐハニーにもらってくれ、とは言わない。ただ、こういう事は思い立ったときに思い切って進めないと、気がついたら手遅れになってる」


「それも否定はできないわねえ……」


 レイニーの言い分に、いちいちもっともだと納得するしかない真琴。


 神様情報によると、レイニーの実年齢は今年で十八歳。日本の基準で言えばまだまだこれからという年齢ではあるが、この世界で考えるとそろそろ焦りを覚えてもおかしくない年である。


 このタイミングで宏に対してアプローチをかけることの是非はともかく、寿命がらみをなんとかするための行動を起こすことはなんら責められることではない。


 言ってしまえば嫌がっている神に押しかけ女房として嫁ごうとしているのだから、それぐらい自力でどうにかするのは最低条件だろう。


 というよりむしろ、やらなければサーシャのように完全に埋没したままもんもんとする羽目になる。


「最終的に貰ってくれなくても構わない。ペットをモフるぐらいの感覚で構ってくれれば、それでいい。たまにお情けをくれればすごくうれしい。それじゃ、ダメ?」


「それをあたしに言われてもねえ……」


「ハニーが駄目ならそれでもいい。ハルナ達が受け入れられないのなら、無理にとは言わない。でも、ハニーにもらってもらえるよう頑張るのだけは、大目に見てもらいたい」


「なんつうか、相手がヒロでなければ、男にとって都合のいい事言ってんなあ、って感じだよな……」


 あまりに男に都合が良すぎるレイニーの言い分に、見かねた達也が割って入る。


 宏がなんとなく追い詰められた表情になっているのもあるが、達也としても男が全員そういうのを喜ぶとは思われたくない、という反発のようなものがあるのだ。


「そもそも、わたしにも可能性が出てきたのはハルナが頑張ってくれたから。そこに乗っかって割り込もうとしてる以上、ハニー達の都合が最優先」


「いや、だからな……」


「それに、今みたいにハニーにアプローチしてミオに阻止されて、とか、そういうのもすごく楽しいから、ハニーのものになれなくても、この時間はずっと続いてほしい」


「あ~……、くそっ。そういう事言われちまうと、俺は何も言えねえぞ……」


 レイニーの殺し文句ともいえる言葉に、頭をガシガシかいていろいろ投げる達也。


 宏が絡んだ時の言動や行動は変態全開なのに、思っていたよりはるかに純情なところを見せられたのだからたまらない。


 これが計算の上での言葉なら、達也は大人げないと言われることも祝いの席を台無しにしたと責められることも覚悟の上で、本気でレイニーを叩き潰しに行っただろう。


 だが、残念ながら、レイニーはどこまでも本気だ。


 そもそも、情緒が育ち切っていない状態で人間の汚い所を裏社会にて散々見てきたレイニーにとって、そういう種類の打算も汚い駆け引きもなく純粋に他愛もないやり取りでじゃれあえる相手など、ここにいる日本人メンバーぐらいだ。


 レイオットやエアリスの反応からその事に思い至ってしまうと、何を言っても大人げない無粋な言葉にしかならない。


 この時点で、恋愛感情という点では部外者に過ぎない達也と真琴は、完全に傍観者として舞台から降りざるを得なくなった。


「……とりあえず、しばらくは現状維持でいいんじゃない? 具体的にはとりあえず百年ぐらい」


「……そうですね。さすがに、今の言葉を聞かされて、私達が拒否するのはちょっと……」


「ん。というか、ボクは前にこっちで、レイニーに痴漢がらみでお世話になってるから、ここまで言われると何も言えない」


「……私としては、レイニーさんに負けないようにしないとって、ちょっと危機感が……」


「って事は、アルチェムはレイニーが絡んでくるのは嫌?」


「いえいえ! 現状維持なら全然問題はありません! ただ、ハルナさんやエル様はともかく、私は取って代わられるかもっていう危機感が……」


 真琴の提案に同意しつつ、各々の思うところを口にするエアリス、澪、アルチェム。


 特に出遅れ感が強いアルチェムは、レイニーとは別方向で切実だ。


「で、春菜はどうなのよ? って、春菜?」


「あ、うん、気にしないで。なんか、レイニーさんの純情なところを見せられて、自分の汚れた発想とかどろどろとした気持ちとかが恥ずかしくなったというか情けなくなったというか……」


「別に、ハニーに食べてもらいたいとか、他の人がハニーとねんごろになるのが気に食わないとか、汚くもなんともない。少なくとも、ハルナにはそれを言う資格はある」


「って事をレイニーさんに言われて慰められるのが、余計痛くて……」


「……成り行きやからしゃあないけど、そういう話を僕の前で進めんのはやめてほしかったでな……」


 なぜへこんでいるかを口にして自爆する春菜に対して、他の事もまとめて宏が苦情をぶつける。


「ああ、うん、ごめん。とりあえず、宏君は無理する必要は全然ないから」


「もう、制限時間はなくなったから、ハニーはじっくり構えて気に入った相手だけネットリ可愛がる、でいい」


「ちょっ! レイニーさん、言い方!」


 レイニーのいかがわしい言い方に、春菜が慌てて突っ込みを入れる。


 その様子を見ていたライムが


「レイニーお姉ちゃんも頑張ったんだから、私も頑張らなきゃ……」


 などと拳を握りしめて小さくガッツポーズを取っていたことには、最後まで誰も気がつかなかったのであった。

諸般の事情で300年後のフェアクロ世界を舞台にしたスピンオフを企画。

300年後どうなってるかってのを決めないとなあ、という事で出てくる可能性がある人物をピックアップ。

なお、ライムは企画の中心にいるので、どうなってるかは最初から確定しています。


さすがに、レイニーとかあたりはサイコロ振って決めるべきだろうという事で、6ゾロならがんばる編終了後五年以内ぐらいに宏が陥落という設定で判定。

とりあえずさいころ4個振る>6,6,6,3

出目的に人間超えるのは確定でいいかね、と思って計算してみて、4個とも6で1296分の1、3個だとたった216分の1だと温いかも、と思い直して6個に増加。先ほどの結果も考慮しつつ、6ゾロという判定基準はそのままで……

再度ダイスロール>6,6,6,6,6,3

レイニーの執念に引きつつ、さすがにこの出目だったら春菜さん達はがんばる編連載中に陥落してるよなあ、と思ってどうにか理由をひねり出したのが今回の話。


でも実は、どっちかっていうと最後の最後まで出目3を守り通した宏の執念こそ称えるべきなのかもしれない。

ただし、3という微妙に拒み切れてない感がにじみ出てる出目も、宏らしいといえば宏らしい気がしなくもない(待て



掲載がいつになるかは不明なれど、現在執筆部分がなかなか愉快なことになってきてるウィズプリの方もよろしく!(告知を手抜きし始めた件)

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