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第52話

今ほど、宏の作ったフィールドシステムが実際に欲しいと思ったことは無かったり……

「これが駅、ですか……?」


「すごく、大きいです……」


 達也が運転する車の中から潮見駅を見て、エアリスとアルチェムが呆然とつぶやく。


 潮見駅は、なかなかの規模を誇る建物であった。


「えらく驚いているが、向こうでもこれぐらいの大きさの建物はゴロゴロしてなかったか?」


「っちゅうか、規模で言うたらウルス城の方がはるかにデカいで」


「それはそうなのですが、ウルス城は、というより王城というのは特殊な施設ですから……」


 達也の疑問に乗っかった宏の指摘にそう返しつつ、自身の驚きをどう説明したものかと思考をフル回転させるエアリス。


 アルチェムはともかく、エアリスに関しては別段建物の大きさだけで驚いていたわけではないのだが、どういえばその驚きを伝えられるかが思いつかないのだ。


 そこに、更に追撃が入る。


「エル様とアルチェムさんはあんまりピンと来てなさそうだけど、外から見た大きさだけで言うんだったら、礼宮家の本館の方が大きいんだよな、実際」


「あと、いなかったアルチェムはともかく、エルは去年の温泉旅行の時、これぐらいの建物はちょくちょく見てたはず」


 俊和と澪の追撃に、思わず困ったような表情を浮かべるエアリス。


 確かに礼宮邸の本館は、高さはともかく延べ面積その他は潮見駅より大きい。それは俊和に言われるまでもなく、エアリスにも分かっている。


 また、澪が言ったとおり、去年の温泉旅行の際、車の窓から同じぐらいの規模の建物はちょくちょく見ていた。


 が、礼宮邸に関してはエアリスの中ではウルス城と同じ分類だし、旅行中に見た建物は比較対象もなければ近くを通ることもなかった。


 なので、今回のような驚きは得られなかったのである。


 ちなみに、ルートの関係で旅行中は鉄道の線路や駅を見る機会はなく、電車が動いているところをエアリスが見るのは今日が初めてである。


 なお、余談ながら、今回はエアリスが助手席に、二列目の二人掛けの席に宏と俊和が、最後尾に残りの三人が座っている。


 エアリスとアルチェム、双方が同じように車中から潮見駅を見られるように配置を決めた結果、宏と俊和は男だけで固めた方がいい、という結論になったのである。


 ついでに補足しておくと、真琴は自分の車を使い、一人で潮見駅に向かっている。


 何かあった時に合流できるようにしつつ別行動するためと、さすがに八人乗ると窮屈だという事情でそうなったのである。


「……鉄道の駅も乗合馬車の待合所のようなものだと思っていましたので、これほどまでの規模が必要なのかと驚いていました」


「……ああ、そういう……」


 どうにかこうにか絞り出したエアリスの説明に、ようやく納得する達也。


 実のところ、エアリスが本当に驚いている理由とニュアンス的には結構違うのだが、うまく説明できないので主成分となっている要素だけを抜き出している。


「というか、乗合馬車の待合所って、大体のところは露店ぐらいは出てても、常設のお店ってなかったよね」


「ん。そもそも、乗合馬車の待合所って、場所によっては門の外」


「街の中やと、大体ギルドとか役所の出張所とかの公共施設近くにあるから、これまたあんまり家とか店とか作れる環境やない感じやったで」


「間違っても、マンションだのホテルだのショッピングモールだのが併設されてたりはしないか」


「一応、中央市場の待合所は商店の近くにあるけど住宅はなかったし、こんな大規模なモールができるほどじゃないものねえ」


 言われてみれば、という感じで、口々に言い合う春菜達。


 馬車という縛りがあるからか、それとも日本ほど治安が良くないからか、フェアクロ世界の乗合馬車の待合所は、どちらかというと隔離された感じで存在する。


 感覚的に言うならば地方にある一日の本数が少ないローカルバスの、それも駅前以外のバス停に近いため、潮見駅のような巨大な建造物に交通機関が集中している様子を見て驚くのも、当然と言えば当然であろう。


 もっと言うなら、フェアクロ世界には根本的に、ショッピングモールと呼べるほど大量に商店が入った施設は存在しない。


 せいぜいが、中央市場に小さめの百貨店と呼べるぐらいの複合店舗が存在するぐらいである。


「やっぱり、こういうんは直接見せんとあかんなあ」


「そうだね」


 エアリスの驚きを見て、判断は間違っていなかったと頷く宏と春菜。


 エアリスが駅や鉄道について視察に来ると決まった時、たまたまその計画を聞きつけた雪菜から、写真や映像では駄目なのかという疑問が出ていた。


 が、専門家でもなければ写真や映像でスケール感や間取りなどを把握・実感するのは難しいのではないかという澪の指摘と、なによりエアリスとアルチェムを交えて遊びに行ける口実という事でそのまま実行することになったのだ。


 その澪の指摘が正しかったことは、エアリスの反応を見れば明らかであろう。


「この分だと、中見たらもっと驚くだろうなあ」


「せやなあ」


 エアリスとアルチェムの反応に、楽しみだと言わんばかりの態度でそんなことを言い合う俊和と宏。


「次の信号で曲がったら駐車場に入るから、そろそろ降りる準備をしておいてくれ」


「はーい」


 達也の呼びかけに、春菜が代表して答える。


 こうして、エアリスとアルチェムの鉄道見学会は、上々の滑り出しで始まるのであった。








「あの、ハルナ様……」


「どうしたの?」


「これ、全部お店なのでしょうか……?」


「案内所とか待合とかもあるから、全部ではないかな?」


 駐車場から地下街に入ってすぐ。


 大勢の人が行き交う地下空間と大量の店舗。それを見て絶句しているアルチェムの代わりに、エアリスが恐れおののくように春菜に質問する。


 そこは、異世界からの客人にとって、かなり異様な光景であった。


「とりあえず、地下街を見て回るのは後にして、まずは一旦上に上がって電車と線路を見せた方がいいんじゃね?」


「そうだな。車の中からだと線路も電車もちゃんと見えなかったし、高架で通してって方も見せておいた方がいいだろうしな」


 すべてが店舗ではないとはいえ、どこを向いても数軒の店が目に飛び込む地下街。その数とそれでどこの店も商売が成り立っているという事実に恐れを感じつつ観察するエアリスとアルチェム。


 その二人の様子に苦笑しつつ、俊和と達也がそんな風に予定を決める。


 潮見駅は構造上、車に乗って移動していると、防音壁に阻まれて線路も電車の出入りも見えないようになっている。また、藤堂家から潮見駅までは、線路が見える道を通ることはない。


 そのため、エアリスもアルチェムも、まだ電車を生で見る機会には恵まれていないのだ。


「カズ兄、達兄。上に上がるのはいいけど、上がるだけ?」


「いや。折角だから、環状線に乗って、ぐるっと一周ぐらいはしてみてもいいかと思ってる」


「なあ、香月さん。その後、地下鉄に乗り換えて茅野葉町まで行って、一駅分地下街を冷かして歩くってのはどう?」


「そうだな。まっすぐ潮見駅目指して歩く分には迷ったりはしないだろうし、途中で昼飯とかも食えるしな」


 澪の疑問に達也が答え、俊和が提案をしてくる。


 潮見の旧国鉄環状線は大体一周四十分程度、駅が十二カ所のそれほど長くはない、鉄道ビギナーを接待するには丁度いいと言えなくもない規模の路線である。


 ただし、駅と駅の間隔は意外と長く、線路に沿って普通に歩くと、道の構造の問題もあって二十分から三十分程度はかかる距離がある。


 逆に地下鉄はそのあたりの隙間を埋めるように配置されているからか、一駅の距離が直線距離で五百メートルから一キロの間の距離になっていて、潮見駅から各方面に一駅から二駅程度の範囲で地下街が存在している。


 また、地下鉄の路線は大半が私鉄と相互乗り入れをしており、県外との接続を旧国鉄が、県内および一部の県外への移動を私鉄や市営地下鉄が担っている形で役割分担をしている。


「……ここを、歩くんですか?」


「そうなるみたいだね」


 地下街の独特の雰囲気にのまれたアルチェムが、完全に腰が引けた様子でそう問いかけてくる。


 多数の照明と行きかう人々の表情や雰囲気のおかげでそれほどネガティブな印象はないが、やはり昼間だというのになんとなく薄暗く、植物もそれほど見かけない空間はなんとなく苦手意識が先に立つようだ。


 何より、アルチェムにとってどうしても気になることが一つ。


「あの……。ここ、ダンジョンじゃないんですよね……?」


「潮見の地下街は、二重の意味でダンジョンって訳じゃないな」


「ん。ここでは、というか地球では、向こうみたいなモンスターが唐突に湧いて出てくるような地下空間は、少なくとも一般人が出入りできるような場所にはない」


「そうだね。それに構造的にも、東京駅とか新宿駅、池袋駅なんかと比べれば分かりやすい構造だし、梅田駅みたいに目の前にある建物に行くのに何度も階段を上り下りする必要があったりとかはしないし」


 アルチェムの疑問に肩をすくめながら達也がそう言い切り、澪と春菜が補足説明をする。


 実際問題、ある程度線路に沿って地下街が開発された関係で、潮見の地下街はT字に伸びていて柱も含めてきちっと碁盤目状に区画整理されている。


 そのため、基本的に真っ直ぐにしか行けないため、目当ての店を見つけられない事はあっても、本当の意味で迷子になれる構造ではない。


 ダンジョンと呼ぶには、物足りない構造であろう。


 なお、地下街がつながっていない北側は、地上四階地下二階の大きな自走式駐車場となっている。以前春菜が恵美と合流した時に車を停めたのもこの駐車場で、その時は地下が埋まっていたので駅直結の地上一階に駐車している。


 今日もこの駐車場を利用しているが、時間帯の問題か今回は地下一階、地下街に直結しているフロアを利用している。


「まあ、そのあたりの話は置いといて、はやいとこ環状線をぐるっと回ろうぜ。何だったら、時間に余裕がありそうなら東京駅まで出て、日本的な意味での本物のダンジョンを体験してもらうのもありだろうし」


「せやな。っちゅうて、東京駅なんざいっぺんも行ったことあらへんねんけど」


「大丈夫大丈夫。東京駅は電車の利用だけする分には、そんなにややこしくはないから。ただ、お土産買おうとかやってると、動線がややこしい事になってるところに迷い込んで疲弊する羽目になる事が多々あるわけだが」


「出口も、ちょっとややこしい所が何カ所かあるんだよね。外に出たら関係ないんだけど、中からだと八重洲の南口から中央口や北口に直接はつながってなくて、中で新幹線の改札を迂回しなきゃいけない、みたいな」


 放っておくといつまでもまごまごすることになりそうだと、俊和が割り込んで話を進める。


 それに乗っかりつつ人の事は言えないと自己申告した宏に対し、俊和と春菜が東京駅がダンジョンと呼ばれるようになった理由を軽く説明する。


 巨大なターミナル駅全般に言える事だが、路線やら商業施設やらが増えるに合わせて、限られたスペースを強引にやり繰りして拡張に拡張を重ねた結果、とかくややこしくて非効率的な空間になってしまっていることが多い。


 最初から地下鉄や私鉄各社との連絡を視野に入れて設計された潮見駅は、かなり特殊なケースだと言えよう。


 ただし、駐車場だけは後から拡張されたこともあり、比較的ややこしい構造になっている。


「で、環状線の切符売り場はどこやっけ?」


「あっちのエスカレーターで上がったら、すぐだよ」


 本物のダンジョン、などという単語に完全におびえてしまっているアルチェムに気がついているのかいないのか、とっとと話を進めようとする宏。


 宏に問われ、一番近くのエスカレーターを示す春菜。


 最初から駐車場内のエレベーターを使ってもよかったのだが、地下街を見せるのも今日の目的だったのとどう動くかがはっきり決まっていなかったので、とりあえず素直に中に入ったのだ。


「達兄、ICカードの類は?」


「今後何回使うか、どころか使う機会があるかどうかも怪しいから、今回は用意してない」


「了解。それにしても、せめてPCとの連携はそろそろ終わらせてほしい……」


「前に礼宮技研の人にそれぼやいたら、どうも改札の方に問題があって上手くいってないらしいって言ってたな」


「そうなんだ」


「ああ。結局のところ、どこに入れてるか分からないPC本体と、誤爆しないように通信するのが上手くいってないみたいでなあ」


「なるほど……」


 エスカレーターを上がりながら、澪と達也がそんな話をする。


 普通の人間なら飲食店や小売店では問題なく運用できているのに、と思うところだが、澪も達也も宏の薫陶を受けている人間だ。


 この手の技術開発において、すでに先行している事例とやることは同じはずなのに、なぜか次から次へと問題が出てきてなかなか上手くいかないケースなど珍しくもない事を熟知している。


 そもそも話題になっていないだけで、フェアクロ世界に居た頃から宏はよくそういう問題にぶち当たっている。


 なんだかんだで大部分はちゃんと解決しているが、時間が足りなくて棚上げにしたものも結構多い。


 宏ですらそうなのだから、創造神としての権能もスキルによる補正もない普通の技術者が、そういう問題にぶち当たって開発が難航するのも別におかしなことではないだろう。


 そんなこんなをしているうちに、券売機と改札口へ到着する一行。


 そのまま券売機で切符を買うのかと思いきや、達也が窓口の方へ向かう。


「あの、タツヤ様?」


「ああ、なるほど。今日は窓口で買うんや」


「みたいだね。多分、旧国鉄のほうは一周して戻ってくるだけだから、どの切符買えばいいか確認するんじゃないかな?」


「せやろうなあ」


 達也の行動に驚いているエアリスに対して、そんな予想を告げる宏と春菜。


 その間にも目の前でおばあさんが切符を買おうとして操作に迷い、券売機の呼び出しボタンを押す。


 その数秒後に、券売機の隣のパネルが唐突に開いて中から駅員が身を乗り出して、おばあさんと話をしながら券売機の操作を始める。


「……あそこ、開くのですね……」


「……ただの壁かと思ってました……」


 その様子に目を丸くしたエアリスとアルチェムのコメントに、思わず笑いをこらえてしまう俊和。


 恐らくそういう反応になるだろうとは思っていたが、予想通り過ぎて笑いの衝動が襲い掛かってきたのだ。


「ボク、動画とかで見て知ってたけど、現実に見る機会があるとは思わなかった」


「最近はめったにないからね~」


 どことなく感動している風情の澪に対し、苦笑しながらそう応じる春菜。


 自動改札機の対応こそ苦戦しているものの、切符の購入やICカードへのチャージに関してはパソコンで出来るようになって久しい事もあり、年々券売機で現金を使って切符を購入する人は減ってきている。


 それだけに、そもそも券売機の操作に迷う人自体が減っており、呼び出しボタンの活用率も駄々下がりである。


 それでも実は潮見駅ぐらいの利用者数だと、地下鉄や私鉄各社のものも合わせると一日平均一件ぐらいは呼び出しがあったりするので、まだまだなくすことができないでいるのだ。


 それにそもそもの話、日本では自然災害でネット回線が寸断されて、数日間まともに決済ができなくなったことはこれまでに何度もあり、上は国家から下は個人まで、未だに現金での支払いを好む習性は根強く残っている。


 自然災害が起こると十中八九運行できない鉄道各社でも、そのあたりの事情はやはり無視できないため、現金とボタン操作による切符購入の機能はなくせないのである。


 いくら効率が悪かろうと、いくら技術や社会が発達しようと、なくすことができないものは存在するのだ。


「一日フリーパス、買ってきたぞ」


「あっ、ありがとう。お金は?」


「大した金額じゃないから、今日は奢られとけ」


「うん。じゃあ、お言葉に甘えるよ」


 宏達が券売機に対して新たな反応を見せる前に、達也が窓口で切符を買って戻ってくる。


「達兄。今回は切符は自分で買わない?」


「ああ。手間もあるし、金額的な部分がなかなか面倒でな。お前さんとヒロのそっち方面のリハビリは、次の機会にって事で」


「ん、了解。と言っても、ボクはたまに深雪姉に連れ出されて電車乗ってるから、切符ぐらいは買えるけど」


「ああ、そうなのか」


「ん。ただ、東京までとか特急料金かかる電車の切符の買い方とかまでは分からないけど」


「まあ、そういうのは必要になってから覚えればいいさ」


 切符を配りながら、そんな話をする澪と達也。


 なお、澪は切符ぐらいは買えると言っているが、深雪に言われた値段の切符を買っているだけなので、実は路線図を見て値段を確認して、というのは上手くできなかったりする。


「そいつで東京まで行って帰ってくることもできるから、落とさないように気を付けてな」


「分かりました」


 達也に注意され、切符を大事そうに鞄にしまうエアリス。


 それを見ていた宏などは、エロトラブル的な意味でむしろエアリスよりアルチェムの方が注意が必要なんじゃないか、などと思ったのだが、あえて口にはしない。


 そのまま全員で改札を通る。その時澪が


「……もしかしたら、ボクは子供料金で行けたんじゃ……」


 などとお約束のネタを口にする。


「なあ、澪ちゃん。仮に行けたとしても、別にそこまで金に困ってるわけじゃねえんだから、自重しようぜ?」


「お金の問題というより、こういう時のお約束?」


「別にいいんだけどよ、澪ちゃん。そういう事やってると、余計に身長伸びなくね?」


「うっ……」


 単なるお約束の自虐ネタとはいえ、俊和に身長の伸びという方向で突っ込まれて、思わず本気でグサッと来て胸を押さえる澪。


 夏場故に薄着なので割と目に毒な光景だが、俊和は何の感慨も抱かない。


 俊和の場合、それ目的の娯楽作品でもない限り、人のものにはびっくりするぐらいそういう方面の興味がないのだ。


 今回に関してはせいぜい、血筋を考えれば神楽もこれぐらいは育つか? などと余計な事を考えるぐらいである。


 なお、その神楽は来年中学生で、すでに体格や体形に関してはいろいろな意味で真琴や戻ってきた当初の澪を追い越しているという事実は、残酷なので深くは触れない。


 ちなみに宏達は澪の前を歩いているため、このやり取りを聞いてはいても澪の仕草は見ていない。


「ほな、環状線やな。ホームはこっちか?」


「うん。あっ、エルちゃん、アルチェムさん。電車の乗り降りの時は、足元に注意してね」


「特にアルチェムは要注意やな」


「ん。電車とホームの隙間とか、足引っ掛けて物理法則無視系のダイブに直結する未来しか見えない」


「はいっ! 気を付けます!」


 春菜の注意事項に乗っかって具体的な指摘をした宏と澪に対し、思わず真顔で頷くアルチェム。


 別にドジなわけでも不注意なわけでもないのに、こういう時は十中八九何かエロトラブルを巻き起こすのがアルチェムである。


 本人もそのあたりは大いに自覚があるので、とにかく落ち着いて行動しようと自分に言い聞かせている。


 その甲斐あってか、雨でもないのになぜか水で濡れていた階段の最上段に足を取られそうになったものの、達也と俊和のフォローもあってどうにか踏みとどまることができる。


「……今のはちょっと危なかった」


「せやなあ……」


「こういう階段って、たまに何故か意味不明な感じで濡れてる事があるよね……」


 むしろ負傷的な意味で危なかった今の出来事を見て、ため息交じりにそんなことを口にする澪、宏、春菜の三人。コメントこそ口にしないものの、危機一髪を回避できてエアリスも安堵のため息をついている。


 宏達の世界でも、水に濡れた階段のすべり止め問題は解決していない。靴底の素材や経年劣化による摩耗などの絡みで、どんな素材、どんな構造にしても必ず足を滑らせる人間が出てくるのだ。


「でもまあ、後は電車にさえ乗っちまえば、流石に降りるまではそのあたりの心配はいらないだろう」


 次の電車を待つ列に並んだところで、安心したようにそう呟く達也。


 その達也に対して、あまり感情を感じさせない口調で澪が余計な事を言う。


「と、油断したところで何か起こるのが、こういう時のお約束」


「なあ、澪。それ自分でフラグ立ててるって言わないか?」


「言っても言わなくても同じこと。特にボクたちの場合は……」


 達也に突っ込まれて、ハイライトの乏しい目でそう言い返す澪。その言葉に思わず目をそらす宏と春菜。


 神化する前ならまだしも、最近は間違いなく自分たちが無意識の領域でいろいろ噛んでる自覚があるので、澪の言葉は地味に刺さるのだ。


 そんなことをやっていると、環状線内回りの電車が入ってくるというアナウンスが流れる。


 なお、潮見駅の環状線は、客の乗り降りの利便性を優先したからか、内回りと外回りが同じホームとなっている。


「あの、ヒロシ様!」


「ん? なんや?」


 入ってきた電車を見て、何やらわくわくした様子でエアリスが宏に声をかける。


 あからさまにわくわくした様子を見せるエアリスに、珍しいなという表情で聞き返す宏。


 宏に問われて、エアリスが期待に満ちた表情で聞きたいことを口にする。


「この電車というものは、この後空を飛んでいくつも連結した後、変形してダイアズマーのような巨大ゴーレムになるのでしょうか!?」


「誰だ! エルにそのネタ吹き込んだ奴は!」


「ボクじゃない」


「俺も違うっつうか、そんなことができる時間も接点もなかったぜ?」


「僕かてちゃうわ」


 エアリスの爆弾発言に、即座に犯人探しをする達也。それに対して、慌てて自分じゃないと否定する。澪、俊和、宏。


 余談ながら、実はエアリスとアルチェムもダイアズマーが動いているところを見たことはあり、どういうものかローリエから説明を受けている。


「これって、そんな機能があるんですか?」


「いやいや、さすがにないから」


 エアリスの発言に感心したように確認するアルチェムに対して、春菜が疲れたように否定する。


 そんなことをしている間に到着した電車の扉が開き、乗り降りが始まる。


「とりあえず、そこ追及するんは電車の中でやったほうがええな」


「ん、キリがない」


 降りる人が終わり、前に並んでいた人たちが電車に乗り始めたため、とりあえず細かい話は電車に乗ってからにしようと提案する宏と澪。


 その提案に同意し、というよりそんな暇もなく前の乗客に続いて電車に乗る一同。


 乗客がそこそこ多くて扉が閉まるまでに全員が奥まで移動できなかった事もあり、この時アルチェムが起こさなくてもいい奇跡を起こす。


「電車というのは、自動で扉が開閉するのですね」


「全部が自動ドアってわけじゃないんだけどね」


 アルチェムが最後尾になっていることに気が付かず、というよりそのことを全く気にせず、エアリスと春菜が電車のドアに対してそんなことを話しながら奥へと進む。


 それに続こうとしたアルチェムが、お尻のあたりに違和感を覚えて振りむこうとする。


「あれ?」


「どうしたの、アルチェムさん?」


「あの、スカートがドアに挟まってしまったようで……」


「はあ!?」


 アルチェムの告白に、思わず宏が驚きの声を上げる。


 というのも、度重なる事故に対する対策の結果、昨今の電車の自動ドアや駅のホームドアは、よほど薄いものでもない限りそう簡単にものを挟んだ状態で閉じて動くことはないのだ。


 が、今日アルチェムが履いているスカートは、通気性優先の透けるほど薄い生地を重ね合わせたふんわりしたデザインのスカート。それも、生地を活かしつつアルチェムが転んだりしないよう、ミニでもロングでもなくごく普通に膝丈である。


 その中でも一番薄い部分はドアのセンサーが検知できない厚みしかなく、しっかり挟まってしまったのだ。


 そもそもアルチェムにそんなスカートを履かせること自体が無謀なのだが、シースルーという特性を活かして下着の上に専用のアンダーを重ね着する仕様になっているのと、デザインした未来がそのあたりをよく心得ていて数々の対策を打っていてくれたため、誰も大して問題視しなかったのである。


 何より、シースルー生地の重ね合わせによる妖精のようなシルエットがアルチェムの基本的な雰囲気や印象と非常にマッチしていて、一見してエロ要素ゼロの上品なビジュアルになってしまったことで、アルチェムの体質を甘く見てしまったのが大きい。


 とはいえ、そのあたりの予測や対策を軽々と乗り越えて、無駄にエロい状態に持っていくのがアルチェムである。


 今回も、履いているのが見せパン云々関係なく、目のやり場に困る無駄にエロい状態になっている。


「……すごい。びっくりするほどしっかり挟まっちゃってる。さすがアルチェム……」


「たしか、今はよっぽどじゃない限りはモノ挟んだらセンサーで検知して扉が一度開くはずだし、扉の方の素材も調整してるから、センサーが検知しないぐらいの厚みのものは仮に挟まってもすぐ抜けるようになってたと思うんだが……」


「せやで。っちゅうても、全部の素材に対応しとる、っちゅう訳やないけど……」


 挟まったスカートをどうにかできないのかとチェックし、あまりにしっかり挟まってしまっているのを見て困惑しながらそんなことを言う澪、達也、宏。


 どうにかできないかと色々試した結果、生地が薄すぎることもあって下手な事をすればスカートが破れかねない事が判明。次の駅までは、この場から動けないのが確定する。


「結局、この種のトラブルを完璧に回避するには、もっとセンサーを改良するしかない、って事だよね」


「っちゅうたかて、センサーの精度がようなったところで、これ以上シビアにすると余裕なさ過ぎてしょうもないトラブルが続発しおるから、やっぱりこれが限界やで」


「難しいところだよね……」


「こういう事に関しては、どう頑張ったところで機械は機械やからなあ……」


「そうだね」


「だよなあ」


 宏の出した結論に頷く春菜と俊和。よく分かっていないエアリスはそういうものかという表情で、アルチェムは正直それどころではない。


 その横で何やら二人して考え込んでいた達也が、思いついたことを宏に質問する。


 同じように考え込んでいた澪は、先に達也に質問してもらうことにしたようだ。


「素人考えだと、センサーとAIの組み合わせでどうにかできそうな気がするんだが、無理なのか?」


「なあ、兄貴。この種のトラブル全部回避すんのに、いったいどんだけカメラとセンサーいると思ってんねん」


「そんなに厄介なのか……」


「そらそうや。言うたら全部人間の目とか皮膚とかの感覚で判断するっちゅう話やねんから、実現するんやったら扉ごとに全部いつきさんのボディ配置するレベルになるで」


「言われてみれば、そうなるか……」


 宏の指摘に、難儀なものだとうなる達也。


 余談ながら、いつき達のボディは、仮に量産したとなると最終的に一体三千万程度になる予定だったとのこと。


 ランニングコストも含めると、人件費換算で月給二十五万ぐらいの社員を十年雇うのと同じぐらいの費用となる。


 これが高いか安いかは判断が分かれるところであろうが、いつき達は二十歳前後の一般的な女性と同程度の身体能力を持ち、学習することで匠の技も覚えることができるという特徴も持つし、自己修復特性を持つパーツのおかげで耐用年数も二十年以上とかなり長い。


 AIに学習させなければいけない事は多数あれど、単に開閉するだけの電車の扉一枚一枚に三千万も余分にコストをかけて割に合うのかどうかは、そのあたりに詳しくない宏や達也には何とも判断がつかない。


 なお、いつき達を生み出したプロジェクトが中止になった理由は彼女たちの人権をはじめとして色々あるが、結局は一般的な女性の身体能力で可能な仕事は妊娠出産以外、全部置き換えられてしまう点が恐れられたからというのが一番本質的な理由であるである。


「ん、とりあえず話を戻すけど、次の駅、開くドアはこっち側?」


「確か、潮見の両隣りは同じ扉が開いたはずだ」


「だったらよかった」


 もはや結論は出たとみて、澪が話を戻して現実的に一番重要な問題を確認する。


 その澪の質問に、うろ覚えながら達也が答える。


 その直後にアナウンスが入り、扉の上部に設置されたモニターパネルに「こちら側が開きます」という表示が出る。


「もうすぐ次の駅につくから、扉が開いたら可及速やかに奥に移動な」


「はい、分かりました!」


 俊和の指示に、拳を握りしめて力いっぱい了解の意を示すアルチェム。


 そんなに力んだのが悪かったのか、それとも慌てすぎたのがいけなかったか、


「あっ!? わわ!!」


「危ない!」


 扉が開いた瞬間に速やかに動いたアルチェムは、足元がおろそかになって誰かが置いていた荷物に蹴躓き、フォローしようとした澪を巻き込んで豪快に宏に突撃する。


 咄嗟に振り向いて正面から二人を受け止め、強靭な足腰でアルチェムの突撃を耐え抜いた宏だが、完全に無傷とはいかなかった。


 と、いうのも、澪を巻き込んだ結果アルチェムの体勢が非常に独特な状態になってしまい、巻き込んだ澪もろともどこのちょっとエッチな少年漫画かという姿勢で宏に支えられる羽目になったのだ。


 結果、完全に体が浮いていたアルチェムの尻とほぼ転倒したと言っていい状態の澪の胸をわしづかみして支える宏、という、前後の流れを見ていなければ完全にギルティな光景が。


 もっとも、宏はこれ以上他人を巻き込まないようにかなり微妙なバランスで踏ん張っている状態なので、セクハラとか痴漢とか以前に救助が間に合うかどうかの方で観客がハラハラする羽目になりそうではあるが。


「宏君、今助けるからちょっと我慢しててね!」


「ミオ様、アルチェムさん! 危険ですのでじっとしていてください!」


「腕を引っ張るから、ちょっと気を付けてくれな!」


「東先輩! もう少しの辛抱だ! 澪ちゃん、少し力を抜いて!」


 流石にこのまま放置するわけにはいかないと、大慌てで宏の救出作業を始める春菜達。


 その必死さが通じたか、それとも宏が体を張らなければ負傷的な意味で大惨事一歩手前だったからか、そもそも三人そろって転倒していない事自体が奇跡だと一目でわかるからか、この時の一部始終が動画として流出することはなかったのは不幸中の幸いとしか言いようがない。


 恐らく、居合わせた人間全員が武士の情けをかけてくれたのであろう。


「……ボク、今度から可能な限り足元に荷物置かない……」


「私もそうする……。というか、できるだけ公共交通機関使うときは荷物少な目にするよ……」


「せやな……。これは危ないわ……」


 一連の騒動、その原因となった足元の荷物に関して、そんな感想を述べる澪、春菜、宏。そんなこんなで結局、電車が合体して巨大ロボになる、などというネタを誰がエアリスに仕込んだのか、という話は忘れ去られるのであった。








「土木技術さえあれば、地下にこれほどの商圏を作ることが可能なのですね……」


 地下鉄も軽く堪能し、地下街を冷かしながらもうすぐ潮見駅の看板が見えるというあたりまで戻ってきたところで、エアリスが思わずという感じで感嘆の言葉を漏らす。


 時々外国人に道を尋ねられることはあったが、地下街の視察はおおむね平穏に終わりを迎えようとしていた。


「まあ、さすがにレイっちらに最初からここまでせい、とはよう言わんけどな」


「ん。まずは長さ三キロぐらいのトンネルを掘って維持する技術から」


 エアリスの言葉にうなずきながら、そう補足する宏と澪。


 結局のところ、トンネルを掘って維持管理する技術さえしっかりしていれば、地下街自体は割とどうとでもなる。


「アルチェムもだいぶ落ち着いたみたいだけど、どうだ?」


「最初見た時ほど、怖くはなくなりました」


「そうか、それは良かった」


「ただ、やっぱり私は地上で日の光や植物に囲まれて買い物とか食事とかする方が好きですけど」


「そこはもう、好き好きでいいと思うぞ。別に地下街だからいいものを売ってるって訳でもないし」


 達也に問われ、正直な意見を告げるアルチェム。


 いろいろとエルフのイメージをぶち壊したアルチェムではあるが、こういう部分はエルフのイメージに近いようだ。


「エル、アルチェム。何か気になったお店あった?」


「お店が、というか、レストランと雑貨や書店なんかが入り混じっている事には、ちょっと気になりました」


 澪に問われて、エアリスがそんなことを口にする。


 絶対という事はないが、普通はやはり飲食系なら飲食系、雑貨なら雑貨でまとまっていた方が、客寄せという観点では便利なのではないか、というのが気になったのだ。


「こういうところはお店の入れ替わりが激しいから、最初は飲食店で固まってた場所に『なんでこのジャンルが!?』みたいなお店が入ってくるのは珍しくないんだよね」


「せやなあ。後、喫茶店とかカフェとかの類は、どこのエリアにも一店舗か二店舗はあったほうが利用客としてもありがたいから、そういうんを見越して出店した店っちゅうんもあるし」


「これだけ広いと、ブティックエリアだろうが日用雑貨エリアだろうが、休憩所としての需要はあるからね」


 エアリスの疑問に対し、春菜と宏がそんな答えを告げる。


 そもそも、時代によって需要の多いカテゴリーは変わってくる。


 それを無視してブロック分けにこだわって、あまり空き店舗が増えてしまうと全体の集客に影響してくるので、潮見駅の地下街に関してはそこまで厳しく入居者の業態を縛ってはいないのだ。


「アルチェムの方は?」


「なんか、変わったアクセサリとか小物がいっぱい置いてあるお店があったな、って」


「確かに、不思議なものがいっぱいあった、独特の雰囲気を醸し出しているお店がありました」


「気になってたんだったら、覗けばよかったのに」


「なんか、オクトガルとかポメとか、そういう感じの小物があったりしたので、そこに本物が混ざったりしてそうでなんとなく怖かったので、足を止める勇気が……」


「ああ……。アルチェムさんも同じことを思っていましたか……」


 アルチェムの言葉に、苦笑気味に乗っかるエアリス。


 日本全国、商店街だの地下街だのという空間だと、この手の怪しげな胡散臭い店は高確率で紛れ込んでいるものである。


「で、どうする? 昼にはちょっと早いけど、どこかで飯にするか? それとも、いっそ東京に出て、向こうで何か食うか?」


「私はどっちでもいいかな?」


「僕もどっちでもええわ」


 その後しばらく地下街についての感想を語り合ったところで、いい加減昼時だという事で、食事について切り出す俊和。それに対して、特にこだわりがない春菜と宏がサクッと意見を出すのを放棄する。


「なあ、ヒロ、春菜。そのあたりはどうせ全員同じ意見なんだから、できたら何か参考になりそうなことを言ってくれ……」


「ちゅうてもなあ……。とりあえず僕に言えるんは、澪が東京まで我慢できる腹具合かと、エルが休憩したなるまでどんぐらいかの兼ね合いちゃうか? っちゅうことぐらいやけど……」


「だよね。はっきり言って、食べるもの自体は潮見でも東京でも大差ない訳だし」


 達也の苦情に対し、苦し紛れに宏が選択基準になりそうな要素を並べ、春菜が補足するように食事の質について言及する。


 それを聞いた達也が、軽くエアリスの様子を確かめた後、澪に視線を向ける。


「どうする?」


「どうせ普通のレストランのごはんじゃ足りないから、東京まで駅弁食べながら行って、向こうでも何か食べるのに一票」


「だとよ。エルとアルチェムはそれでいいか?」


「皆様にお任せします」


「私も、よく分からないのでお任せしますね」


 澪の意見を聞いた達也が、本日の主賓であるエアリスとアルチェムに確認をとる。


 達也に聞かれて、あっさり達也に一任するエアリスとアルチェム。


 今回に限っては二人してサクッと丸投げした理由が、面倒になったのか日本人チームの判断を信頼してのことなのかは微妙なところである。


「じゃあ、東京まで行く、って事でいいか?」


「俺は異議なし」


「私も」


「僕もそれでかまへんで」


「ボクは提案者だから、当然異議なし」


「「お任せします」」


 達也の確認に、満場一致で異議なしの返事が来る。それを受けて、とりあえず地下街から地上階へと移動することに。


「今思ってんけど、澪が駅弁食うんやったら、いっそ昼は全員それにしてもうて、向こうで足らん分別に食う、っちゅうんはどない?」


「あっ、それいいかも。東京につくまで一時間かからないって言っても、駅弁も鉄道の旅の醍醐味だし」


「そうだなあ。どうせ何食うか、どころか下手したら飲食店そのものを探すのに迷って時間かかるだろうし、軽く腹ごしらえしておく方が安全じゃね?」


 階段を上がり終えたところで、宏がそんな思い付きを提案し、春菜と俊和が同意する。


「じゃあ、切符買ってくるから、駅弁適当に調達してくれ。俺の分は何でもいい」


「了解」


 それを聞いた達也が、そういう事ならと切符を手配しに別行動をとる。


 なお、今回のフリーパスは、料金を別に支払う事で特急を利用することもできるタイプの商品である。


「じゃあ、お弁当買ってきちゃおう」


 達也を見送ってから、春菜に先導されて駅弁ステーションへと移動する一同。


 時間帯もあってなかなかの人混みの駅弁ステーションだったが、意外と手慣れた様子で混雑をすり抜けた春菜が、さほど時間をかけずに全員の弁当とお茶をリクエスト通りに買いそろえる。


 もっとも、東京に比べて種類が少ないので、店頭に並んでいるものから購入する分にはさほどの手間でもないのだが。


「駅弁は意外とボリューム少ないから、澪ちゃんじゃなくても足りないかもなあ」


「でも、さすがに東京までだと二つ食べるのは忙しいよ」


「だよなあ」


 春菜から渡された弁当を見てそう呟く俊和に、時間的な問題を指摘する春菜。


 どの路線を使うかで変わるが、東京までは停車時間などを含めて平均四十分。停車駅が多いものや遠回りをする路線なら一時間かかることもあるが、速いものだと三十分で到着してしまう。


 三十分あれば駅弁一つは余裕だが、二つは少々忙しいのは間違いない。


「まあ、その分向こうでええもん食えばええやん」


「ん。でも、お洒落で見栄え重視なだけのお店とかは勘弁」


「割と、見栄えとボリュームって二択になってることが多いよね」


「そうなのですか?」


「うん。まあ、見栄えにこだわると手間がかかるし、パフェとかみたいな例外を除いて、ボリュームを持たせれば持たせるほど凝った見栄えにするのは難易度が上がるしね」


 春菜の言葉に、そういうものかと感心するエアリス。


 自身も料理をするが、基本的に作るのは質素なものが多く見栄えを工夫する余地もないため、そういう事をあまり気にしたことがなかったのである。


「でも、正直そこを気にしてお店選ぶ余裕、あるかなあ……」


「店探すのも結構大変だし、入ってみないとどんな店か分からないしなあ」


「最近どこの地方でも、結構食品サンプルとか当てにならないんだよね」


 などと言っているうちに、切符の手配を終えた達也が戻ってくる。


「おかえり、お疲れさま」


「次の電車が取れたから、急いだ方がいい。つっても、五分以上はあるから、あわてる必要はないが」


「了解」


 達也から特急券を受け取り、速足で特急乗り場へと移動する春菜。その後に続く一同。


 約四十分後。速やかな移動が功を奏し、これといったトラブルなしで東京駅に到着することができる。


 が……


「あの、ハルナ様。ここからだと、見えている場所に通じている道が見当たらないのですが……」


「ああ、うん。ちょうど改装工事しててふさがっちゃってるみたいだね。隣の隣のブロックまで迂回すればいけるみたい」


 タイミング悪く東京駅の改装工事にぶち当たって動線が非常に悪くなっていて、飲食店を探すどころか出口への道に辺りをつけるのにすら手間取ったり、


「Excuse me」


「あの、私、そちらの言葉は分からないんですが……」


「あっ。私が対応するよ、アルチェムさん」


 また日本人と一緒にいるからと同じように道に迷った外国人に声をかけられる回数が増えたりと、当初心配していたのとは違う方向でのトラブルが続発する。


 結局、欧米系外国人から声をかけられる都度エアリスとアルチェムがファーレーン語やエルフ語で誤魔化して春菜に丸投げし、その間にどうにか一番目的にかなう出口を見つけ出して脱出し、まともなものを食べたのは三時を過ぎてしまう一行であった。

達兄と俊和の口調その他の書き訳が難しい今日この頃。

音声だとしゃべり方とかテンションとかで容易に区別が付くんですが、そういう種類の差異を文章で表現するのがいまだに上達しない情けなさよ……。


地下鉄とか一度も見た事がない人間に写真や映像見せても、恐らくスケール感とかはピンとこないかなと思うんですよね。

写真やテレビで見た場所に実際に行くと、実物は全然印象が違うことがしょっちゅうだったりしますし。


駅と駅の距離も、一応色々資料確認して計算してみたものの、こんなものでいいかはあまり自信がありません。

もうちょっと長い方が、とか逆に短くないと、とかあったら調整しますので、ご意見ください。


あと、アルチェムに関しては、未来が甘く見すぎてたという事で一つ。

皆さんも、足元に荷物置くときは注意しましょう。実際ここまでではないにしても、かなり危ない足の引っ掛け方をしたシーンを見たことがありますし。


WEB雑誌「N-Star」では、現在この作者の二つ目の長編である

「ウィザードプリンセス」

が連載中です。

こちらの方も、ぜひご愛顧ください。

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