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第51話

祝・ドラマCD第2弾発売

「ついにこの日が来たか……」


「なかなか計画まとまらんで、苦労しとったもんなあ……」


 六月もそろそろ終わろうかというある日の事。宏はレイオットに呼ばれ、ウォルディスの首都・ジェーアンに来ていた。


 ウォルディスという事で想像がつくかもしれないが、レイオットが宏を呼んだ理由は


「ほんで、レイっち。路線図とかはできてんの?」


「ああ。検討に検討を重ね、物流と人の移動、双方において最大限効率よく輸送可能なルートを選定しておいた。区画整理が計画通りに進んでいる限りは、このまま進めて問題ないはずだ」


「なるほどな。早速、見せてもろても?」


「ああ」


 ジェーアンの復興計画、その肝となる鉄道の敷設についてだ。


 ちなみに、宏も春菜も、いまだに迂闊にウルスへは入れない。なので、今回は現地集合である。


「……外周回る環状線か。悪くはないけど、十字になるように真ん中にも通さんと不便やない?」


「そうすべきなのは分かっているのだが、路線間の連絡をうまく調整できなくてな……」


 宏の指摘に、渋い顔をしてそう答えるレイオット。


 鉄道の概要、および運航のノウハウに関しては、大地の民の協力を得て基本的なところは習得している。


 が、あくまでも基本でしかないため、レイオットたちが自力で構築できる路線図というのは、ほぼ単純な往復路線とその延長線上にある環状線まで。


 複数の路線を連絡させるようなものは、今後の課題という感じである。


「っちゅうか、王宮を街の中心に置いてんのに、中央には駅も路線も置かんでええん?」


「それもかなり悩んだことではあるが、よく考えれば、ほとんどの住人は王宮に用などないから、なくてもさほど不便はないのではないか、と判断した」


「……まあ、それも間違いやないから、別にええっちゃあええんやけどな」


 レイオットの身も蓋もない言葉に、あきれながらも納得する宏。


 実際のところ、都市国家ぐらいの規模でもなければ、役所的な意味でもほとんどの住人は王宮に用などなくなる。


 都市がある程度以上の規模になれば効率化のため出張所があちらこちらにできるため、よほど特殊な用件でもなければ一般人が王宮に手続きなどをしに行く必要はなくなるのだ。


 まだ復興が緒に就いたばかりである現在のジェーアンでは、そこまで見越しての都市計画はさすがに気が早いのもほどがあるのも確かだ。


 が、いくつかの国営工場の建設や特殊な産業の育成も計画されている以上、王宮が役所の機能から解放されるのも、おそらく時間の問題である。


 現在レイオットたちが持ち合わせているノウハウまで考えると、先走っていることを承知の上でこれぐらい割り切ってしまうのも仕方がないだろう。


「後、もう一つ確認したいんやけど、線路の敷設は、特に盛り土とかやらんと、地上にそのまま敷いてまうん?」


「その予定だが、違う方法があるのか?」


「違う方法っちゅうか、人間っちゅうんはすぐ横着する生き物やからな。線路をガンガン横切ったりせんように、歩行者とか馬車が通る道と鉄道は隔離したほうがええんよ」


「……なるほど。確かにな……」


 宏の指摘に、何やらろくでもない事を思い出したらしく、うんざりした表情を浮かべるレイオット。


 どうやら、横着をして大事故を起こした事例に、色々心当たりがあるようだ。


「それで、隔離するというのは具体的にはどうやるのだ?」


「一番簡単なんは、一般人やと乗り越えられへん程度の柵で線路を囲って、要所要所に踏切作るやり方やな。一応念のために聞いとくけど、踏切は分かる?」


「すまん。おそらくそれが列車が通っていない時にだけ線路を横切って移動できるようにするためのゲートだ、ということは推測できるのだが、踏切という言葉は聞いたことがない」


「……もしかして、大地の民のところでは教わらんかった?」


「あそこで教わったのは、あくまで線路の設置に関する基本的なルールと路線図、および運航管理の考え方だけだ。他の交通手段との兼ね合いについてまでは、残念ながらまだ学んでいない」


「なるほどなあ。まあ、踏切に関してはレイっちの推測通りやから、簡単なやり方っちゅうんもなんとなくは理解できるやろ?」


「ああ。それで、簡単ではない方法というのは?」


「高架作って頭の上走らせる方法と、地下にトンネル掘ってそこ走らせる方法やな」


 宏の説明に、思わず難しい顔をするレイオット。


 簡単ではない方法とは言ったが、予想以上に難易度が高い。


「……とりあえず、高架を作るほうは分かるとして、地下というのは大地の民の住処のようにする、という事か」


「あそこまで大規模に、っちゅう訳やないけど、基本的にはそういう事やな」


「……それは、施工もだが維持管理も相当難しくないか?」


「そらまあ、簡単にはいかんわな」


 レイオットの疑問に、当然とばかりにそう答える宏。


 地下鉄でこそ発生していないが、地球の先進国ですら老朽化したトンネルの崩落は時折発生している。


 スキルの影響を除けば基本的な土木技術で劣るフェアクロ世界では、そのハードルの高さは筆舌に尽くしがたい。


「さすがに、単なる事故防止のためだけにやるには、どちらも作業として大掛かりすぎる上にリスクが大きすぎるのではないか?」


「それだけを目当てにするんやったらな」


「というと、他に利点があるのか?」


「まず、基本的にどっちも、線路の高さ変えれば複数の路線をシンプルに接続できる、っちゅう利点がある。で、地下の方は地上の地形に影響受けんから、地上と地下で倍の面積、土地を利用できるっちゅう利点もある」


「……そこまでする必要があるのか?」


「今のジェーアンやとそない問題ないけど、ウルスに鉄道敷くんやったら、土地の問題は避けて通れんと思うで」


 宏の指摘に、それもそうかとうなずくしかないレイオット。


 復興が緒に就いたばかりでまだ人口が極端に少ないジェーアンと違い、歴史が長いウルスにはすでに土地の余裕は一切ないのだ。


「とりあえず、ジェーアン外周の環状線は、基本的には柵と踏切で対応したいと思う。が、街道と交差する場所を踏み切りで対応しようとすると非常に混雑することになりそうなのだが、どうしたらいい?」


「せやなあ。街道と交差する範囲だけ高架にするか地下にするか、っちゅうとこかなあ。街道があるっちゅうことは乗り降りの需要もあるやろうから、駅も含めて地下に通すんがお勧めやな」


「なるほど、そういうやり方もありなのか」


 宏の提案に、非常に納得した様子でうなずくレイオット。


「とはいえ、地下に鉄道を通す、というのがどういう事なのかがいまだにピンと来ないのだが……」


「レイっちを日本に連れて行けたら話が早いんやけど、そうもいかんからなあ……」


「やはり、無理か?」


「あんまりようけ行き来させてまうと人数的にも問題が出るっぽいんやけど、それ以上にレイっちやとこっちの世界に影響が大きすぎるからあかんらしいわ」


「そうか……」


「エルみたいに最終的にこっちから切り離されるんが確定しとったらともかく、レイっちはなあ……」


 宏のその言葉を聞いたレイオットが、何かをひらめいたようだ。


「だったら、エアリスに代理で見てきてもらうというのはどうだ?」


「結局ピンとけえへんのは同じちゃうか?」


「それはそうなのだが、こちらの人間が見たかどうかというのはやはり違うと思うのだ」


「せやなあ……」


 レイオットの提案を聞き、少し考え込む宏。


 別にエアリスを連れて地下鉄の駅を見に行くぐらいは問題ないが、最近巫女として忙しいエアリス自身にそんな時間を作ることができるのかどうかが疑問である。


「別にそれ自体はかまへんけど、エルは今、無茶苦茶忙しいんちゃうん?」


「もう少しすれば、夏の大祭が終わる。その後ならエアリスもしばらく時間ができる」


「ほな、その話はそのぐらいになってから考えよか。今日のところは、四つの門のところにトンネル掘って線路と最低限の駅だけ作っとくわ」


「頼めるか?」


「任しとき。その代わり、それ全部繋いで駅作るんは、自分らでやってや」


「ああ」


 どうせ今後必要になる、ということで、地球でもよくある一部を地下に通す手法で工事を進めることにする宏と、その意見を受けて計画を修正するレイオット。


 こうして、フェアクロ世界で初の鉄道事業は、いきなりやや高度なところからスタートすることになったのであった。








「っちゅう話になったんやけど」


「あ~……」


 その日の夜。いつものチャットルーム。


 宏から話を聞いて、春菜が微妙な表情で納得の声を上げる。


 ちなみに、今日は詩織の両親が遊びに来ていて菫の面倒を見てくれるため、詩織もチャットに参加している。


「まあ、地下鉄云々を横に置いといても、だ。確かに地下街なんて、実物を見なきゃ分からねえわなあ」


「大地の民のはスケールが違いすぎて、あれはあれで何の参考にもなんないしねえ」


「ん。大地の民を基準にされたら、それはそれで困る」


「というか、向こうだと地下は貯蔵庫ぐらいにしか使ってなかったよね~」


 一緒に話を聞いていた達也、真琴、澪、詩織の四人も、そんな風に正直な感想を口にする。


「で、エルを案内するのはいいんだが、日程は決まっているのか?」


「未確定やな。確定なんは、アルフェミナ神殿での六月の大祭が終わってから、っちゅう事だけや」


「そうか。案内する駅は決めてるのか?」


「それ相談したいんよ。はっきり言うて、僕はこっちの鉄道事情なんざさっぱりやから」


 宏の言葉に、そりゃそうだと頷く達也。


 高校進学と同時に引っ越してから今年で五年目だが、宏はその間、駅に近寄ってすらいない。


 当然、潮見にどんな路線が走っているかすら知らないわけで、これで案内しろと言われてもどうにもならない。


「とりあえず、潮見駅でいいんじゃないかな?」


「そうね。あそこなら地下鉄も高架になってる路線も普通の路線もあるから、地下街とターミナル駅ってものを見せるには丁度いいんじゃない?」


「だなあ」


「私も賛成。潮見駅は動線もそんなにおかしなことになってないから、地下街初心者には丁度いいと思うよ」


 春菜の提案に、この中では比較的電車をよく使う真琴、達也、詩織が賛成する。


 それなりの人口が住む大都市の例に漏れず、潮見市にも公営の地下鉄が存在している。


 潮見駅はその地下鉄の中心ともいえる駅であり、旧国鉄や各種私鉄とのハブにもなっている駅だ。


 なお、東京方面に出る際は、潮見駅から特急に乗れば、乗り換えなしで東京のいずれかのターミナル駅に着く。


「で、都心でもなく新幹線が止まるわけでもない駅だって言っても、潮見駅はいつもかなりの人混みなんだけど、宏が行っても大丈夫なの?」


「悩ましいところやな。正直、行ってみんと分からん」


 真琴の質問に、本気で悩ましそうに宏が答える。


 正直な話をするなら、もはや宏も真琴も、女性恐怖症的な方向では何も心配していない。


 だが、それとは別問題で、長く雑踏から隔離されてきた人間にとって、その地域一番のターミナル駅というのはハードルが高い。


 そこに神化したことによる体質やら何やらの変化が重なると、いろんな意味で何が起こるか分からない。


 宏も真琴も、その点についての不安がどうにも拭いきれないのだ。


 さらに言うなら、礼宮庭園などに行くときはともかく、駅の地下街やショッピングモールとなると作業服はともかく作務衣は少々悪目立ちする。


 前々からどういう訳か、宏は時々他人をディスって自己アピールするタイプを吸い寄せることがある点を考慮すると、春菜やエアリスと一緒に行動させるのは嫌な予感しかしない。


「ねえ、別に師匠が無理していく必要、無くない?」


「それはそうかもしれないけど、澪にしてはえらく優しい意見じゃない。こういう時はいつもスパルタ方向に走るのに、どういう心境の変化よ?」


「どうせ、どういう組み合わせで行っても絡まれる。それで師匠ディスられるのとか、不愉快なんて次元じゃない」


「ああ、なるほどね……」


 澪の意外と乙女な理由を聞き、なんとなく納得する真琴。


 もっとも、真琴にしても去年の大学進学直後、自分のこともあったとはいえ無礼な新入生に宏を馬鹿にされて切れているので、恋愛感情を持っていないだけであまり他人事ではないのだが。


「ただまあ、少なくとも春菜とエルだけで行くのはアウトね。弾除けなしじゃダメ」


「そらまあ、当然やわな」


「言うまでもないけど、そこに澪とアルチェムを増やした場合、もっとアウトだからね」


「ん。問題は、師匠を外すなら誰に付き合ってもらうか」


「タッちゃんと俊和君に協力してもらうとか、どうかな~?」


「俺は構わない、というか、当然付き合うつもりだったんだが、カズは大丈夫なのか?」


「連絡とってみないと分からないけど、多分大丈夫じゃないかな?」


 エアリスを案内する際の弾除けをどうするか。それに対する詩織の意見により、大体の方針が決まる。


 そこで、達也が一番気になっていたことを質問する。


「で、俺や俊和が付き合うのはいいとして、春菜はそもそも予定が付きそうなのか?」


「私も宏君も今月いっぱいぐらいは、ちょっと研究を止めてくれって言われてるから、大丈夫だよ」


「……何があったんだ?」


「ちょっと、海南大学以外で研究したり商用化したりするのに問題が出ちゃって」


「止めてくれって言われるほどの問題って、大丈夫なのか?」


「生産拠点を潮見に置く分には全然関係ない問題だから、大丈夫は大丈夫。ただ、何するにしても時間がかかるようになっちゃったから、あんまり先走っては進められなくなっちゃって」


 春菜の、いまいち説明になっていない説明。それを聞いて、嫌な予感しかしない達也。真琴と澪も、何やら身構えている感じである。


「ねえ、春菜ちゃん。生産拠点を潮見に置く分には全然関係ない、って、どういう問題が発生してるの?」


「私の酵母に関しては、消毒液に加工しちゃったものはともかく、酵母液が潮見から離れれば離れるほど持ちが悪くなって、海外だと一週間ぐらいで酵母が全滅するんだ」


「……えっ?」


「生産に問題があるのかもってことで、イギリスとフランス、アメリカの提携してる大学にうちの研究室と同じ設備全部用意してもらって同じ環境に調整して、目の前で同じ容器から取り分けたものをランダムで選んでいろんな運送手段で運んでもらったんだけど、ゲートを使おうが船便だろうが航空機だろうが、一週間ぐらいで酵母が全滅しちゃってね」


「……春菜ちゃん。それ、ちょっと何言ってるのか分からない……」


「私も訳が分かんないよ。元になった容器の酵母は、一週間どころか一カ月でも普通に生きてたから、品質の問題じゃない、っていうのははっきりしてるんだけど……」


「……それ、相手が納得してくれてるの?」


「うん。向こうの人員がずっと調査で滞在してるから、嘘はついてないっていうのは納得してくれてる。それに、運搬方法に関係なく三日ぐらいは普通に実験とかに使えたから、培養のための環境に問題がある、ってところまでは認識を一致させられてはいるんだけど、そこからがなかなか……」


「……本気で、訳が分かんないよね~、それ……」


 春菜の説明に、困惑するしかない詩織。


 酵母も生き物だから、環境にあうあわないがあるのは当然だろうが、それにしても極端すぎる。


「てか春菜、その問題、去年の時点で分からなかったのか?」


「生産能力の問題で、今まで酵母自体は礼宮研究所以外には渡してなかったから、宏君が設備作るまで発覚しなかったんだ。とりあえず、今必死になって生産設備や実験機材を調査してるけど、潮見では問題なく使えるのもあって、なかなか進んでないみたいなんだよね」


「なるほどなあ……」


「多分、一部の発酵食品と同じで、地磁気とか空気中の成分とかみたいな、見て分からないその土地特有の要素が関わってるんじゃないかな、とは思うんだけど、そうだとするとほぼ問題の解決ができないのが厄介で……」


「そりゃそうだろうなあ……」


 春菜の言葉に納得しつつ、また厄介な事だと他人事ながらに遠い目をしてしまう達也。


 春菜の説明に関して、一番有名な事例は恐らく黒酢であろう。


 黒酢は、同じ機材、同じ気候条件、同じ製法で醸造しても、産地以外ではちゃんとあの黒さにならない。


 フグの卵巣の糠漬け同様、このあたりの理屈はなんだかんだでいまだに正確なところは分かっていないが、恐らく春菜が言ったような事情が影響しているのではないか、というのが割と有力な説である。


「でも、春姉。それだったら、わざわざ他所の国で酵母を使う実験とか、必要なくない?」


「それがね、日本だと検証できない類のことも結構あってね。三日は使えるからって色々検証実験した結果、水中で産卵する生物に関しては、成体の個体数が適正水準を大きく下回ってる種だと、一日で産卵・孵化まで行くことが確認できちゃってて……」


「うわあ……」


 ちょっと待てと言いたくなる状況に、澪がらしくなく本気でうめく。


 正直、胡散臭いなんて表現では言い表せないほど胡散臭い話である。


 なお、酵母液の不安定さと重要度による優先順位により、フグの無毒化に関しては現在、完全に棚上げされてしまっている。


「そこまで行くと、その酵母自然界に解き放っちゃって大丈夫なのか、すごく気になってくるわね……」


「私もそこは気になったんだけど、ね。うちの畑っていう出所の胡散臭さに目をつぶれば、一応は自然発生した天然酵母だからか、自然環境下ではその土地の環境がそこの生態系にとって最善になるようには動いても、フグの無毒化とかそういう無茶な事はしないみたい」


「……それ、実験したの?」


「うん。おばさんが頑張って思いつく限りの安全対策して、追跡調査も徹底してやった結果だから、多分大丈夫。それにそもそも、発見した畑には今もいっぱい居るんだから、問題があるんだったらとっくに出てないとおかしいし」


「あ~……、言われてみれば確かにそうね……」


 春菜の指摘に、普通に納得する真琴。


 確かに出所を考えると、自然界への影響という点に関しては、すでに手遅れもいいところであろう。


 余談ながら、フグをはじめとする毒性生物の無毒化に関しては、この酵母は毒が不要な環境なら無毒化するが、本来の生存環境を再現すると無毒化を行わないことも判明している。


 このあたりの結果から、実はこの酵母は生物の体質も含めた生存環境を最適なものに強引に整えようとする性質があるのではないか、という推論が成り立っているのだが、検証するのにかかる膨大な手間と時間に加え、その影響の大きさからなかなかそこまでの実証実験には踏み切れていない。


「……つうか、聞けば聞くほど、その酵母明らかにあんたの眷属になってる気しかしないんだけど?」


「……さすがに酵母とか眷属にするのは、私の権能じゃ無理だったはずなんだけど……」


 真琴の突っ込みに、自信なさげにそう返すしかない春菜。


「春姉。その酵母、自己増殖、自己再生、自己進化の三大理論とか組み込まれてない?」


「進化は分かんないけど、酵母なんだから増殖は最初からあるのが普通だよね?」


「なんぞゾンビとか死軍なメカとか生み出しそうな理屈やけど、そもそも、酵母の場合、何を指して再生っちゅうんや?」


「むう、師匠にまでボケを拾う振りして潰された……」


 宏にまでボケを潰され、愕然とする澪。


 そんな澪を放置して、真琴が話を進める。


「春菜の方は分かったけど、宏はどういう事情なのよ?」


「僕の方も、春菜さんと似たような話やな。日本やと再現できん地域でフィールドシステムの実証実験、っちゅう流れになったところで、機能する地域とせん地域があるんが発覚してな」


「って事は、どの地域が機能しないかとかどういう条件で機能しないかとかを確認してる最中、ってこと?」


「せやねん。とりあえず、国内に関しては一部の高山地帯とか除いて大方確認終わっとって、国際法で日本の領土と認められとる範囲では機能するらしい、っちゅうんは分かってんねんけど、海外がなあ……」


「それはどうにもなんないわねえ……」


「なんでそんなことなるんか、っちゅうんも、もうちょいデータが出そろわんと推論もできん状態で、そのくせ今あるデータ見ただけでも、気象条件が原因やない、っちゅうんだけは確定しとってなあ……」


 宏の事情を聴き、納得してうなずく真琴。他のメンバーもなるほど、という表情を浮かべている。


 根本的な話として、世界各地での実機を使った検証作業など、個人で行うのは不可能に近い。


 これが、当初の予定通り、雨の中の農作業を楽にする用途に絞れるのであれば、日本国内では問題ないとだけ分かっていれば十分ではある。


 が、特定物質だけを遮断する、だの、特定物質を含有した有機物だけを遮断する、だのといった真似をやってのけた時点で、そんなニッチな使い道だけで許してもらえるわけもない。


 現在は宇宙開発のために利用するのを第一の目的として研究を進めているため、機能する地域としない地域がある、なんて重大な問題を放置することはできないのだ。


 なお、余談ながら、当初有望視された浄水フィルターとしての用途は、高性能すぎて目詰まりの問題に解決の目途が立っていないため、また、所謂バリアとしては兵器相手だと割と簡単にパリンと割れるため、現時点では用途としては考えられていない。


「まあ、っちゅうわけやから夏休みはいるぐらいまではフリー確定、その後も夏休み終わるぐらいまでは、僕も春菜さんもそない忙しくはなくなってもうてん」


「どっちかっていうと、本来ならこの状況が正しいんじゃないかな、とは思うんだけどね」


「それはいいんだけど、師匠と春姉の研究成果、誰かに横取りされたりしない?」


「おばさんいわく、もう私たちの名前で公表されちゃってる上、条件の検証が出来てるってだけでなんでこうなるのかが訳が分からなさ過ぎて、迂闊に手柄を横取りとかしたら人生終わるから誰も考えてないって」


「……なんか、超納得した」


 春菜の説明を聞き、本気で納得した様子で何度もうなずく澪。


 結果を聞いているだけでも意味不明なのだ。突っ込んで調べだしたらもっと意味不明になるのはたやすく想像できる。


 そもそもの話、ここまで意味不明だと、なんでその実験をやろうと思ったのかとか、そのデータから何故この結論に至ったのかとか、そういった基本的な質問ですら、宏たち以外だとちょっと深く突っ込まれただけでぼろが出る。


 リスクが大きすぎる、なんて次元ではないのだ。


「なるほどな。って事は、あとはエルの体があくのを待てばいい訳か」


「そうだね。というか、今の段階じゃ、これ以上は決めようがないかな」


 達也の言葉に同意し、そう付けたす春菜。


 結局のところ、エアリスがこちらに来られなければ、これ以上は何も決められない。


「それで、師匠。アルフェミナ神殿の大祭って、いつ?」


「今年は向こうの暦で七月第一週終わりかららしいわ。で、地脈やら何やらの状況で期間が変わるから、現時点では終わりは分からん、っちゅう事らしいわ」


「なるほど。という事は、今年はどっちもうるう年じゃないから……、長く見て再来週一杯ぐらい?」


「多分そんなもんやろな。儀式する側の限界もあるから、できて十日ぐらいが限度やっちゅうとった気ぃするし」


 澪の疑問に、以前聞いた話を思い出しながら答える宏。


 現実問題として、大祭の儀式はエアリス一人で出来る訳ではなく、また連日となれば補助として参加している者たちもかなり消耗する。


 神殿の通常業務に支障を出さずに行える範囲となると、どう頑張って十日ぐらいが限界なのだ。


 なお、いくら王室と近いとはいえ、夏と冬、二回の大祭はあくまでアルフェミナ神殿の行事なので、ファーレーンの公式行事としては扱われていない。


 なので、宏たちのように神殿に近い立場の人間はともかく、ごく普通の一般人は、大半が存在を知らない行事である。それどころか、宏達でも下手をすると、終わってから大祭があったことを聞くレベルでなじみが薄い行事なのだ。


 もう一つ補足しておくと、過去の大祭の平均日程は二日半。国内が乱れていたこともあって近年は長くなっているが、それでも十日かかったのはカタリナの乱収束直後の冬の大祭だけである。


 実は因果律的な意味で大荒れだった去年の冬の大祭ですら、儀式を行なったのは六日半だったりする。


「日程については、あたしが聞きに行っておくわ。来週の中ぐらいに行けば、おおよその所は分かってると思うし」


「せやな、頼むわ」


「任せといて」


 真琴の申し出をありがたく受け、日程確認を任せる宏。


 結局、この日は俊和に協力を取り付けたところで、話し合いが終わるのであった。








「……結局、ヒロも参加することになったのか?」


「小川に説得されてもうてなあ……」


 時は流れて、澪の中学が夏休みに入った初日。エアリスに地下鉄と地下街を案内する日の朝。


 藤堂家のリビングに集合してエアリスとアルチェムを待っていた一同は、結局宏も参加すると聞いて微妙な表情を浮かべていた。


「で、カズよ。ヒロを参加させる意図は何だ?」


「まず、男女比の不均衡を緩和するのが一つ。俺と香月さんだけだと、人数的な面で弾除けにはちと弱い」


「それは認めるが、「まず」って事は他にもあるんだな?」


「ああ。どっちかっていうと一番重要なのは、東先輩がこういう面で社会復帰するためのリハビリ、今回以上に条件がいい事ってまずなさそうだってこと」


「それについては俺たちの間でも話が出てたが、馬鹿が一人絡んだだけでろくなことにならねえから、って理由で見送ったんだがなあ……」


「今回に限って言えば、そういう馬鹿がまず絡んでこないって断言できるんだよ」


 自信満々に言い切る俊和に、怪訝な顔をしてしまう達也。


 正直、その自信の根拠が分からない。


「……その理由は?」


「まず、女性陣の五人中三人がどう見ても外国人、一人が中学生以上には見えないとなると、よっぽどの馬鹿でもない限りはあんまり声かけないんだよ、普通」


「……まあ、分からんでもない。が、それだけだとちと弱いな」


「そこに、こんだけ種類が違う男が三人もくっついてるってなると、文化的交流、みたいな単語がちらついて、外国語に自信がないとなかなか割り込めないらしい。ちなみに、ソースはウェイ系とかパリピとかナンパ好きとか、そのタイプのダチの台詞な」


「俺ら的には、お前さんがウェイ系とかナンパ野郎とかと付き合いがある方が割と驚きなんだが……」


「あいつらにもいろいろあるんだよ。全員が全員、四六時中浮ついてるわけでもないし、ああいうテンションじゃないダチも欲しいんだって。それに、ナンパ好きのダチも、ナンパするのが好きってだけで、そういうのに興味ない人間を無理に付き合わせるわけでもないし」


 俊和の言葉に、今度こそいろいろな意味で納得する達也。


 その話を聞いていた真琴が、少し考えてから口を挟む。


「だったら、男女比の均衡的に、あたしは今回別行動の方がいいかもしれないわね。あんまりいっぱいで動くと、はぐれそうになるし」


「別にどっちでもいいとは思うがね」


「あと、薄着の季節に、あんまり春菜達と一緒に動きたくないのよねえ……」


「……ああ、なるほどな……」


 春菜達に、と言いながら、春菜ではなく澪に視線を向ける真琴。その視線を追って、思わず憐みの表情を浮かべてしまう達也と俊和。


 実際、この季節に真琴と澪が並ぶと、いらぬ方向で無駄に悪目立ちする。


 これが春菜やエアリス、アルチェムならば、一見した人種の違いに加えて真琴の方が十センチ前後背が低い事もあって、水着で海辺を歩きでもしなければ、そういう方向で真琴が目立つことはあまりない。


 が、人種的にどう見ても同じで、しかもどう見ても中学生以下にしか見えず、下手をすれば一部分だけ発育がいい小学生で通ってしまう幼げな超絶美少女の澪と並ぶと、容姿の差もあってそういう部分の差が非常に目立つのだ。


 だからと言って声をかけてくる人間が増えることはないだろうが、当事者の精神衛生上、避けられるなら避けた方が双方にとっていい事であろう。


「達兄、カズ兄。ボクも、その方がありがたいかも」


「あ~、やっぱ澪の方もそうなるか……」


「ん。真琴姉とお出かけするのは楽しいけど、今回は人混み確定だから……」


「だよなあ……。澪ちゃんも、基本的には引きこもり気質だからなあ……」


「自分が散々春姉とかに向けておいてなんだけど、正直胸とかに来るエロ視線にはちょっと慣れない……」


「エロトークしまくってる割に、あんたはそういう部分意外と潔癖っていうか、怖がりよねえ……」


「まあ、常時フルオープンで誰でもOK、みたいなのよりはよっぽどいいとは思うよ?」


 なんだかんだで年頃の乙女らしい澪の言い分に、そういう事ならと真琴の別行動を受け入れる一同。


 とはいえ、何かあった時のフォロー人員として、駅までは一緒に行くのだが。


「おっと、そうだった。東先輩、未来さんから服、預かってきてるから、エル様たちが来る前に着替えてくれ」


「ええけど、わざわざ仕立ててきたん?」


「ああ。未来さんいわく、デートやちょっとしたお出かけに着ていっても浮かない、ファッショナブルでかつ実用性がある、ややフォーマルな感じの作業服だってさ」


「……また、ニッチなところを狙っとんなあ……」


「それが、意外と需要がありそうなんだと。今まで、なんだかんだ言って特別扱いしやすいところにちょうどいいモデルがいなかったからか、この機会にって感じで張り切ってんだよなあ……」


「なんじゃそら……」


 俊和から聞かされた未来の言い分に、非常に複雑な表情を浮かべてしまう宏。


 未来の関係者なのだから、周囲に美男美女しかいないというのは分かる。知っている範囲で美形に分類されない人間など、東家一同と真琴、後は総一郎ぐらいしかいない。


 しかも、東家と言っても両親は関係者というには距離が遠く、姉は礼宮研究所にこそ就職したものの、その立場は単なる平の新入社員でしかない。総一郎に至っては、澪のおまけ扱いだ。


 つまり実質的に、普通に分類される顔をしているのなど、宏と真琴しかいないことになる。


 なお、凛に関しては総一郎同様澪のおまけ、という事もあるが、深雪のアドバイスを受けてそれなりに美容周りを頑張っていることもあり、一応美少女と呼ばれる下限よりは上、ぐらいには入っている。


 なので、今回は二重の意味で該当しない。


 分かっていたことではあるし別に特別コンプレックスがあるわけでもないのだが、流石に未来本人からそのあたりを突き付けられると、それはそれでクるものがあるようだ。


 もっとも、宏的には特にコンプレックスがあるわけでもない「事実」を突きつけられたことより、むしろそれに反応してちょっと雰囲気が怖くなった春菜と澪の態度の方に複雑な表情を浮かべざるを得ないのだが。


「あ~、一応言っておくけど、特別扱いしやすい云々は、あくまで最近の未来さんの様子とか見た上で、俺個人が勝手に持ってる感想だからな。未来さんが直接そういう事を言ったり態度でにおわせたりしたわけじゃないからな。妙に張り切ってたのは事実だけど」


「そらそうやろうけど、この状況で本人に向かってよう言うわ……」


「実は、口が滑ったって反省してる」


「まあ事実やし、別にそない気にしてへんからええんやけどな。まあ、着替えてくるわ」


 そう言い残して、さっさと着替えに行く宏。


 なお、その場のノリでこういう反応を見せてはいるが、俊和に馬鹿にしたりする意図がないのと、案外こういうやり取りを軽いノリで出来る相手がいないのとで、どちらかというとむしろ楽しそうだったりする。


 それを見送った春菜が、ため息交じりに口を開く。


「ねえ、カズ君……」


「本当に、ごめん……」


「カズ兄じゃなきゃ、多分殴ってた」


「後で殴ってくれていいよ」


「はいはい、そこまで。本人気にしてないことに、いちいち過敏に反応しないの。てか、普段春菜達が見てない所だと、ああいうやり取りは普通なんでしょ?」


「まあ、そうだけど……」


「って事なんだし、外野が必要以上に口挟まない。不愉快だってのを表明するのはいいけど、あんまりやりすぎると嫌われるわよ」


「「は~い……」」


 真琴のとりなしを受け、渋々ながらも矛を収める春菜と澪。それに対して何度も頭を下げる俊和に対し、軽くウィンクして返す真琴。


「しかし、ヒロに関しては春菜が四六時中引っ付いてるイメージがあるんだが、カズとヒロはいったいいつ遊んでんだ?」


「ん? リアルではそんなに出かけたりしてないけど、ネット上では結構一緒に遊んでるぞ?」


「へえ? どんな事やってるの?」


「まあ、一番多いのは、春姉達と時間が合わないときにフェアクロでいろいろやってるパターンか? 他にはチーム戦の対戦型パズルとかクイズなんかに協力してもらったり、東先輩が気になってるゲームを一緒に触りに行ったり、って感じ」


「そうなんだ。私たちも誘ってくれたらよかったのに」 


「春姉や澪ちゃん誘ったら、試合にならない奴も多いんだよ。後、多分東先輩的に一番重要なのは、男同士で思春期的なあれこれを話す時間ってやつか。ちなみに、あれこれの中には、Dドライブの中身的な内容も含まれてる」


「そのあたりを詳しく!」


「即座に食いついてんじゃないわよ、中学生!」


 エロトークの匂いを嗅ぎつけ、光の速さで食いつく澪。


 その澪の頭をハリセンのフルスイングでしばく真琴。


 最近減ってきたやり取りだが、単に表に出さない習慣が身に付きつつあるだけで、澪の本質は変わっていないらしい。


「でもまあ、私たちにも降りかかってくることだから、気になると言えば気になるかな……」


「さすがにこれ以上話すのは信義に悖るから、そういう事も話してるって事で頼むわ」


「思った以上に、裏で仲良くやってたんだな。俺でも、そういう話はあんまりしたことねえぞ」


「どうにも、香月さん相手だとそういう話しづらかった、って言ってたなあ。特に向こうにいたころは、うかつに突けない雰囲気があったらしいし」


「……覚えはあるな……」


「後、香月さんは大人のいい男すぎて、いまいちそういう話するのが気が引ける、とも言ってた」


「「「すごく納得した」」」


 俊和が暴露した、宏の心境。それに女性陣が一も二もなく同意する。


「そんなに俺はエロトークとかしづらいイメージなのか……?」


「ん。ぶっちゃけ、物心つく前からの知り合いじゃなきゃ、エロネタ振ったり食いついたりとか無理」


「あたしは飲み仲間で向こうじゃ弱みも結構見てきたからマシだけど、それでもスマートな大人の男ってイメージが強すぎてあんまり露骨なのは厳しいわね」


「多分だけど、私が詩織さんとかエレーナ様とそういう話しづらいのと、感覚的には同じなんじゃないかな?」


「俺って、そういうイメージだったのか……」


 澪たちの言葉に、そんなところで壁を作られていたのかと落ち込む達也。


 特に宏だと地雷となる部分もあるため、自分からは積極的に踏み込むような真似はしなかったが、よもや向こうは向こうで遠慮があったとまでは思わなかったのだ。


 話の流れでぽろぽろとそういう会話をすることもあったので、達也としてはらしくないことに、宏のそのあたりの心情には全然気がつかなかったのである。


「まあ、済んだことだし役割分担的な部分もあるから、ね」


「そうそう。あたし達だって、宏に惚れて駄々漏れ状態じゃなきゃ、春菜巻き込んでそういう話はしづらかった訳だし」


「ん。というか、今でもエル相手だとそのあたりの話はしづらい」


「……あの、私がいると話しづらい、というのはどういう事でしょうか?」


 そんな風に、達也に対してフォローなんだか追い打ちなんだかわからない事を言っていると、ちょうどそのタイミングでエアリスとアルチェムがリビングに入ってくる。


「あっ、エルちゃん、アルチェムさん。いらっしゃい」


「お待たせしました、ハルナ様」


「今日はよろしくお願いします」


「うん。今、宏君が着替えてるから、ちょっと待ってね」


「分かりました。あの、それでミオ様……」


 あいさつで話をそらそうとした春菜の健闘もむなしく、誘導に乗ってくれなかったエアリス。


 それを見て、澪が腹をくくる。


「ん。エルがいると、あんまり性欲的な事は話しづらい、って話」


「……出会った頃ならともかく、今は私も子を成せる体になっているので、そういう話で腫れ物に触るような扱いをされるのも困るのですが……」


「そのあたりはもう、雰囲気とかイメージとか、そういう種類の問題だからねえ……」


 澪の説明を聞いて困ったような表情で思うところを告げるエアリスに、真琴が肩をすくめながら弁明する。


「というか、ミオ様は時々、私がいる前でもそういう話をしていたような……」


「エロネタと性欲の話は別。というかエロネタの場合、会話の流れがコントになるから、むしろエロスはなくなる」


「そこは否定しないけど、エルが一緒にいるときに自重しなかったこと自体アウトよ。それに、エロトークとしてはエロスがないっていうのは、まだ小学生だったころからディープなエロに手を出してた言い訳にはならないわよ?」


 エアリスの突っ込みに対する苦しい言い訳を、真琴が一部認めながらもサクッと釘をさす。


 真琴に釘を刺され、いつものように目をそらしながら鳴らない口笛を吹いて誤魔化そうとする澪。


「あの、私にはそのあたりの配慮が必要ない、みたいな扱いなのは、それはそれでちょっと思うところがあるんですけど……」


「アルチェムの場合、日常からエロネタをばらまいている感じだから、ボクが自重しても意味がない」


「あう……」


 エアリスとの扱いの差に抗議し、見事に反撃を食らって沈黙するアルチェム。


 残念ながら、時々どう見ても物理法則を無視しているとしか思えないエロトラブルを巻き起こしている時点で、本人を含め誰も澪の言葉を否定できない。


 そんなグダグダな空気に、さらなる爆弾が投下される。


「すまん、待たせた」


 そう、着替えた宏が戻ってきたのだ。


「思ったより時間がかかったな」


「ついでに、トイレ行っとってん」


「ああ、なるほどな。しかし……」


 妙に時間がかかった理由を納得しつつ、もう一度上から下まで宏の姿を確認する達也。


 その後ろでは、春菜達が宏に熱い視線を注ぎつつ、完全に見とれて動きを止めている。


「なあ、カズ。未来さん、いくら何でも張り切りすぎじゃねえか?」


「俺もそう思う。つうか、あえて実用性重視のダサいっていうか武骨な部分残して、それをアクセントにして格好よくフォーマルな雰囲気に仕上げるとか、本気出すにもほどがある……」


 単に新作の作業服を着ただけで、男が惚れる男、とでも言いたくなる仕上がりを見せた宏に、今日の先行きが不安になる達也と俊和。


 ダサさが貫録に、ヘタレっぽさが優しそうな雰囲気に置き換わり、美形でも男前でもないからこそいい男に見えるというなかなか矛盾した存在になった宏は、正直かなりの危険物である。


 メイクやカメラマンの腕によってはそこそこ美形に見せられなくもない、程度の素材はあったとはいえ、それらの技に頼らず素材の味を生かして服一枚でいい男に仕上げるあたり、未来の実力は相当なものと言い切れる。


 ただし、今回に関しては、さすがにもう少し手を抜いてほしいところではあったが。


「で、だ、春菜。今回はどっちかっていうと、お前たちがブロックに回んなきゃいけない可能性もあるんだが……」


「うん、頑張るよ。っていうか、格好いい宏君を見れただけでも、それぐらいは余裕で頑張れるし」


「私は、いずれこうなる日が来ると思っておりました」


 妙に気合が入った春菜の言葉にエアリスが真剣な顔で言い添え、澪とアルチェムもうなずいて同意する。


「で、溝口さん。未来さんがそろそろ服作らせてほしいって会うたびに言ってくるから、俺とか香月さんとかのためにも、いい加減逃げ回るのやめて着せ替え人形になってくれると助かる」


「あ~、うん。今後あたしだけ浮きそうだし、諦めてお願いするわ……」


「素材で言うなら東先輩より上だから、未来さんに任せておけばすっぴんでも読モレベルにはしてくれるんじゃね?」


「それはそれで、複雑なものがあるのよね……」


 盛り上がって気合を入れている恋する乙女たちを見ながら、ひそかにそんなことを決める真琴であった。

今回はそういうセリフは出てませんが、宏の側も結構俊和に対して言いたい放題ディスってます。

あと、オタゆえのエロトークとか、メンバー的に俊和相手にしかできなかったりとか。

こういうお互いに安心して言いたい放題言い合える趣味の近い同性の友人って、絶対に必要だと思う今日この頃。


なお、宏の性癖とか萌えとかは一言で言えば、

「二次元でさえあれば、手が後ろに回りそうなガチロリ以外は何でもいい」

で、俊和の方はどっちかっていうとある程度以上メリハリがあるのが好みって感じです。

双方ともに、顔はぶっちゃけどうでもいい、というか、顔立ちよりむしろ表情と雰囲気、というタイプ。

特に宏は中学時代が中学時代だっただけに、そのあたりリアルに死活問題だったので美醜に何ぞこだわってる余裕はありませんでした。


お互いに、相手の好みだの萌えだのに対してケチをつけたことだけは一度もありません。

それは絶対に踏み越えちゃいけない部分だと思いますゆえに。

ただ、阿吽の呼吸で漫才のノリをもってディスり合うことはありますが。


このあたりの話、がんばる編終了までに俊和と語り合わせたいと思ってますが、どこに挟むかなあ、と、そういう形で挟むかなあ、を悩み中。

いっそ、小林か橘を巻き込むか?



WEB雑誌「N-Star」では、現在この作者の二つ目の長編である

「ウィザードプリンセス」

が連載中です。

こちらの方も、ぜひご愛顧ください。

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― 新着の感想 ―
[一言] 酵母関係はメロンと同じで権能が完全に仕事してるよなこれ。 潮見から離れれば離れるほどアウトなのがw
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