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第49話

作者が体調不良のため、今回の話は普段よりボリューム少なめとなっております。

「むう……」


 ゴールデンウイークも目前に控えたある日の放課後、潮見第二中学三年二組。五月末に実践される修学旅行、その関係のロングホームルームが終り、後は帰るだけとなった時間。


 修学旅行のしおり、その中の日程表を見ながら、澪は何度目か分からぬうめき声を漏らしていた。


「ねえ、澪ちゃん。もうあきらめようよ……」


「ん……」


 凛にたしなめられ、不承不承という感じでうなずいて、修学旅行のしおりを鞄にしまい、ため息交じりに立ち上がる澪。


「とりあえず、帰って春姉達と相談する……」


「うん、それがいいと思うよ」


 心底気が重そうに言う澪に、同じぐらい気が重そうな感じで凛が同意する。


 楽しみだったはずの修学旅行は、二日目の日程と転校生たちの存在により、一気に憂鬱なものとなっていた。


「せっかく自由行動の班は転校生と別グループになれたのに……」


「本当にねえ……」


 そこまで口にして同時にため息を漏らす澪と凛。


 澪たちの修学旅行は、三泊四日で広島、呉、松山、金毘羅など瀬戸内をめぐるものだ。


 日程としては初日に新幹線で広島まで移動し、原爆ドームをはじめとした修学旅行の定番をめぐってそのまま宿泊。以降二日目に呉、今治などをめぐり三日目に松山で自由行動、四日目に金毘羅参りをして潮見に帰着、となっている。


 それ自体はいいのだが、問題は二日目の呉と今治、それも特に呉での見学予定だ。


 この日の見学は一応三年全体、もしくはクラス単位での行動となっているが、諸般の都合で二つ、もしくは三つほどにコースを分けて見学、もしくは体験学習をすることになっているのである。


 その呉での見学コースが、くじ引きの結果見事に転校生が入っているグループと一緒になってしまったのだ。


 今治のほうは体験学習であり、班ごとに何をやるかを選んで班ごとに行動するシステムになっている。仮にクラス全員が同じ体験学習を選んでいたとしても、作業中は他の班とは一切接点はない。


 折角接点を求めて体験学習の内容を澪に合わせてきた転校生だが、その思惑は完全に外れた形になったと言えよう。


 なので、純粋に同じグループとして見学して回ることになる呉が、一番厄介なのである。


 担任も澪と転校生の間のトラブルはちゃんと認識しているのだが、あまり表立って澪にだけ肩入れするのも難しいため、最大限の譲歩としてくじ引きという手段に逃げる事しかできなかったのだ。


 転校生の側はそこまで澪に嫌われているとは思っていない、というより単なるポーズで実は自分に気があるなどと勘違いしている事や、学校側が強制力を行使できるほどの問題行動にまで発展していない事などから、残念ながら現状ではこれが精いっぱいなのである。


 強制力を封じられた状態では、言っても聞かない相手に対処するのは基本的に不可能なのだ。


「……あまり意味はなさそうだけど、帰って師匠や春姉に相談してみよう……」


「その方がいいよ」


 澪が出した結論に、凛が同意する。


 澪の修学旅行は、始まる前から波乱を含む展開になってしまったのであった。








「……そらまた厄介やな」


 同じ日の五時過ぎ、藤堂家。詩織以外のいつものメンバーが集まったリビング。


 澪からの相談事を聞かされた宏が、渋い顔でぼやく。


「学校行事に割り込みとか、さすがに無理があるよね……」


「さらに言うたら、場所が呉やからなあ……」


 春菜と宏の言葉に、同じぐらい渋い顔をしながら真琴たちがうなずく。


「せめて近場ならやりようはあるけど、それじゃあ修学旅行にならないものねえ」


「俺たちが何とかできるような距離だったら、普通は遠足かせいぜい林間学校だろうからなあ……」


「これが修学旅行じゃなきゃ、いい機会だから逆にある程度は自分で何とかしろっていうんだけどねえ……」


「修学旅行は、良くも悪くも羽目を外しがちだからなあ……」


 ぼやくように漏らした真琴と達也の言葉が、この問題の本質であろう。


 澪の容姿と性格を踏まえれば、今回の転校生のようなケースは今後も確実に起こるだろう。


 そういう意味では、自衛も含めた各種対策を自力で出来るようになっておくに越したことはない。


 が、今回は修学旅行という、保護者も関係者も介入できない上、当事者がどうにも羽目を外しやすいイベントだ。


 地元民や他校の修学旅行生によるナンパなども想定すると、どう考えても現在の澪の手には余る。


 場合によっては警察沙汰になりかねない危険もある以上、なにがしかの対策は立てておかなければまずいだろう。


「一番確実なのは、間違えようもないぐらいきっぱりと振ったうえで、これまでの事が迷惑だとはっきり言う事なんだけど……」


「ボクなりにきっぱり言ったけど、相手は聞く耳持ってなかった」


「だよね……」


「照れ隠しだとか決めつけられて馴れ馴れしくされるから、はっきり言って逆効果だった……」


 春菜が提示した解決策に対し、澪が遠い目をしながら結果を告げる。


 実のところ、澪はかなりはっきり、それこそ聞き間違えようがないぐらいきっぱりと嫌いだ、付きまとうな、と告げている。


 が、それを照れ隠しだと決めつけられてはどうしようもない。


 相手が聞く耳を持っていなければ、どう頑張ったところで結果は同じなのだ。


「にしても、たった一カ月でよくここまで嫌われたものね……」


「まあ、澪ちゃんはどっちかっていうと、他人に対する好き嫌いははっきりしてる方だから……」


「でも、ここまではっきり全力で拒否、って態度に出るのは、割と珍しいと思うけど?」


「相手がこんなにがっつり押しの一手で絡みに来たこと自体、初めてだからね……」


「あ~、確かに」


 今までと今回の最大の違いに言及した春菜に、真琴が大いに納得する。


 こういっては何だが、今まで澪は、基本的に口説く対象として見られては来なかった。


 特に実年齢よりはるかに幼く見える体格の影響で、今回澪に絡んでいるようなタイプは、基本的には口説く対象とは見ない傾向が強かったのだ。


 澪に目をつけていた人間がいないわけではなかったが、彼らにしても共通認識はあと十年待つべし、だったため、ひっそり愛ではしても直接声をかけてアプローチする人間はいなかった。


 せいぜいが、春菜や真琴とワンセットでセクハラの被害にあう事がたまにあった程度である。


 それが、日本に帰ってきてから身長以外が一気に大人の女性のものになり、春菜達と離れて行動する機会が増えて目立つ弾除けがなくなったことで、鉄壁の防御が穴だらけになったのだ。


 そこに、最後の防壁となっていた深雪の庇護が進学でなくなり、よりによってそのタイミングでこの地域の有力者の影響を一切受けない転校生が入ってきてしまったのだ。


 澪にとっても初めての状況だが、実のところ春菜達にとっても初めての状況だったりする。


「単に付きまとわれるだけだったら、ボクだってここまで嫌がってない」


「だよね。ちょうどいい機会だから、この短期間でその転校生君は何をやったのか、聞かせてもらっていい?」


「ん。前にも言ったけど、勝手におかず強奪していく。最近では盗むのに慣れたみたいで、一手で三つ四つ平気で持って行く」


「そら澪にとっては許せん極悪人やな」


「その上、勝手に恋人面して馴れ馴れしくあっちこっち触ってくるし、ボクのアリバイの有無に関係なく嘘の既成事実でっちあげていくし、隙あらば二人きりになろうとするしで、だんだん身の危険を……」


「「「「うわあ……」」」」


 かなり洒落にならない行動に出ている転校生に対し、ドン引きしつつ危機感を新たにする宏達。


 最近の中学生は男女交際に関して進んでいる分、変に知恵が回ってやることがえげつない。


 そこまで聞いてから、達也がふと嫌な事を思い出す。


「……そう言えば、転校生って四人いたんだよな?」


「ん」


「他はどうなんだ?」


「違うクラスで今のところ接点皆無だから、全然わからない」


「つまり、わざわざちょっかいを出しに来るほどじゃない、って事か」


「ん」


 澪の返事を聞き、とりあえず現時点では一人だけに対策を絞ればよさそうだと判断する達也。


 やはり中学生くらいだと、クラスが違えば声をかけるハードルは一気に上がるものらしい。


「今のところはそうでも、いずれどうなるか分かんないから、情報はちょっとほしいよね」


「せやなあ」


「頼り切っちゃってるのも姉としてどうかとは思うんだけど、本気で深雪の卒業が痛いよ……」


「うちらやと、伝聞の伝聞、みたいな情報しか入ってけえへんからなあ」


「ふふん。お姉ちゃんも義兄さんも、わたしの価値にようやく気付いた?」


 春菜と宏のボヤキにかぶせるように、いつの間にかリビングに入ってきていた深雪がいたずらっぽい表情でそんなことを言ってくる。


「冗談抜き掛け値なしに、深雪にどんだけ助けてもらっとったかよう分かったわ……」


「うわあ、義兄さんがそんなにストレートに感謝の言葉を言うなんて、相当困ってるっぽいね~……」


「さすがに澪がこうやからなあ……」


 宏の言葉に、思わず澪をじっくり観察する深雪。


 その、明らかに猶予はないっぽいという様子に、一瞬ドン引きしかける。


「……普段が普段だからパッと見では分かりづらいけど、相当キてる?」


「……ん」


「あ~、てか、そういう事かあ~」


 何やら唐突に納得して見せた深雪に、全員が怪訝な目を向ける。


「えっとね、お姉ちゃんたちはもう慣れちゃって気がつかないかもしれないけど、よくよく考えたら、普通の人間が澪ちゃんの表情を読み取るのなんか、すぐにできるわけないなって」


「「「「あっ」」」」


「まあ、わたしも普段が普段だから、って言った時にやっと気がついたレベルなんだけどね」


 深雪に言われて、非常に納得がいった宏達。


 澪の無表情は表情を取り繕わない分、慣れれば逆に感情が分かりやすい。それこそ、同じクラスで半年も過ごせば、大体の事が分かるようになる。


 が、一カ月やそこらしか接点がないと、恐らく表情を読み取るのは不可能だろう。


「でも、今回は一度も同じクラスになったことがない生徒でも、一目見ただけで嫌がってるって分かるレベル、って話を聞いたんだけどなあ……」


「今の話だと、普通の感性を持ってたらすぐに分かるぐらい露骨って事よね……」


「うん。他の三人の転校生が大人しいのも、見てわかるぐらい澪ちゃんが嫌がってるから、同類にされたらアウトだと思ってる、って事らしいし」


「そこまで!?」


 深雪からの情報に、思わず驚いて叫んでしまう真琴。


 なんだかんだで引っ込み思案な澪に、そこまではっきりとした態度が取れるとは思っていなかったのだ。


「というか、そこまでだからこそ、先生もいろいろ対処しようとはしてるんだろうね……」


「春菜さん、なんか知ってるん?」


「何かって程の事じゃないんだけど、先週の日曜日、私一人で駅前に行ったよね?」


「確か、久しぶりにケーキ焼きたいから、製菓材料買い足しに行く、っちゅうとった時やんな?」


「うん。その時に、澪ちゃんの担任の先生にばったり会ってね。と言っても、その時は中学時代の担任にばったり会った、っていうだけで、澪ちゃんの担任の先生って事は知らなかったんだけど」


「ああ、なるほどな」


「逆に、向こうは深雪の事もあって、私が澪ちゃんの関係者っていうのは知ってるから、喫茶店でお茶した時にその辺の話が出てね」


 春菜の情報源に、それなりに納得がいった一同。


 土地としてはともかく、行動範囲という面では行く場所が案外限られている潮見市。


 春菜の体質を考えれば、偶然ばったり出会うことなど珍しくもなんともないだろう。


 澪の担任が春菜の元担任という点についても、潮見二中はクラスが三学年合わせて十二しかないのだから、転勤さえなければ偶然というほどの確率ではない。


「でまあ、喫茶店でお茶した時に、いい機会だからって澪ちゃんの様子を教えてもらったんだけど、その時にね……」


「転校生をうまく抑えられんことを謝られた、と」


「謝られた、っていうのはちょっと違うかな? 関係者で家族同然の身内ではあっても、対外的には家族って訳じゃないし」


「ああ、そらそうか」


「謝られはしなかったけど、どうしても相手がきく耳持たなくて限界だからって愚痴られたというか、フォロー頼まれたというか……」


「いくら関係者っちゅうても、ばったり会うただけの卒業生にそんなこと漏らすあたり、先生も相当キとるなあ……」


「だね~……」


 担任の疲弊具合に、思わず同情してしまう一同。


 昨今の風潮の問題もあり、こういう聞く耳を持たないタイプの問題児がいると、有効な指導法がない事もあって教師の負担は一気に増える。


 この手の問題児が起こすトラブルというのは、基本的に簡単に白黒つかないタイプのものが多い。当事者や近いところにいる関係者はともかく、それ以外はお互いさまじゃないのか、と思いがちなのだ。


 今回の場合は第三者が見れば転校生側がどう見てもアウトなのだが、それでも澪の方にも本来なら問題になるほどの事ではないにしても全く問題が無い訳ではないので、一方的に転校生だけを注意すると主に同僚や直接の関係は一切ない保護者などから余計な横やりが入るのだ。


 なので、現在担任にできる事は、せいぜい週の半分は昼休みに澪を生徒会室などに避難させるとか、可能な限りグループ行動などで澪と転校生を一緒にしないとか、その程度の事が限界なのである。


「てか、春菜の時に担任だったって事は、それなりにベテランなのよね?」


「うん。正確な年齢は聞いたことないから知らないけど、私が卒業した時点で四十は過ぎてたよ」


「それ、結構というかかなりベテランじゃない?」


「経歴を全部知ってるわけじゃないけど、途中で他の仕事経験してたとしても、最低でも十五年以上は教師やってると思う。ちなみに、評判は悪くないというか、基本的に二中では一番信頼されてる先生かな」


「そんな先生がそこまで手を焼くなんて、なかなかのものね……」


 ベテランであるはずの、しかも生徒からも保護者からも信頼されている担任が卒業生に愚痴りたくなるほど、転校生は短期間で問題を起こしまくっているのだ。


 どう考えても、かなりの問題児だとしか評価できない。


「そういえば、転校生転校生って言ってるけど、よく考えたら名前知らないよね」


「せやな。澪からも聞いてへんし」


「……実はボク、転校生の名前覚えてない」


「「「「「うわあ……」」」」」


 澪の恐ろしいカミングアウトに、根深いものを感じてうめく一同。


 これでも澪は、比較的人の顔と名前を一致させるのが得意な方だ。


 それなのに、一カ月近くたっていまだに名前を覚えていない、というのは、記憶の中から抹消したか、初日の時点で覚える気をなくすほど相容れないものを感じ取ったかのどちらかであろう。


「こりゃ、保護者の方から攻めた方がいいかもしれないな……」


「そうねえ。ここまで断絶しちゃってると、当事者同士での解決なんて不可能でしょうし」


 達也の言葉に、真琴が同意する。


 本来は子供同士でのトラブルは極力子供同士で解決すべきなのだろうが、互いに未熟な子供同士では、大人が想定しているより深刻なこじれ方をして解決不能になることも珍しくない。


 今回の場合はまさしくそうなりかけている案件であり、破綻していないのは周囲が辛うじて澪の味方であることと、澪が現在一方的に不利益を我慢しているからに過ぎない。


 はっきり言って、いつ爆発してもおかしくないぐらいには、現在の状況はよろしくないのだ。


「でも、わたしが言うのもなんだけど、中学高校って基本的に反抗期だよね? 親が介入したら、ものすごく反発してかえってこじれない?」


「澪が一方的に我慢させられ続けるぐらいなら、こじれさせた方がマシじゃねえか?」


「達也さん、怖い事言うねえ……」


「どうせ一年もしないうちに縁が切れるんだ。今後の予行演習として、人間関係がこじれ切ったらどうなるかってのを経験してもいいと思うぞ」


 深雪の懸念に対して、大真面目に怖い事を言う達也。その割り切り方はなかった、とばかりに、澪が希望を見つけたように目を輝かせる。


「ちょっと待って、達也」


「どうした、真琴?」


「こじれさせちゃえ、ってのはあたしも基本的に賛成なんだけど、一年でちゃんと縁が切れる保証はないわよね?」


「あ~。やってる事のせいで頭悪い印象があったが、別に成績が悪いとは限らねえか……」


「そうそう。頭の良し悪しと成績と性格は相関関係なんてないんだから」


 真琴が待ったをかけた理由に、大いに納得する達也。


 そもそもの話、達也が言うように性格や言動と成績とには、いうほどはっきりした因果関係はない。


 それどころか、真琴が言い切ったように、成績はいいのに頭は悪い、なんて人間すらそれなりにいるのだから、頭の良し悪しと成績との間にすら、完全な因果関係があるとは言い切れないのだ。


「深雪。その転校生が潮見高校に受かって私の後輩になっちゃえるレベルなのか、分かる?」


「現時点では断言はできないけど、転校前の模試の成績を考えたら、かなり厳しいと思うよ」


「そっか。だったら、腹くくって思い切ったことをしても大丈夫そうだね」


 深雪からの情報をもとに、そんな怖い結論を出す春菜。


 それを聞いていた宏と澪が、ぽつりと正直な感想を口にする。


「……縁が切れるんやからどうなってもええ、っちゅう腹の括り方できる春菜さんも大概怖いけど、この時期に卒業した母校に転校してきた生徒の、転校前の模試の成績まで把握しとる深雪も、違う意味で怖いでな……」


「……ん。前々から思ってたけど、深雪姉の情報網、怖すぎ……」


「別に、個人情報丸裸にできるほどの情報網を持ってるわけじゃないんだからさ、そんなに引かないでよ……」


「出来そうやから怖いねん……」


「てか、わたしが持ってる情報は、中学の中のこと以外はお姉ちゃんだって集めようと思えば集められるものなんだけど?」


「……っちゅうことは、大部分は礼宮系か……」


「じゃなきゃ、一高校生でしかないわたしが、こんなたくさんの情報を集めたりなんかできるわけないって」


 一高校生、という表現に対し、思わずダウトと言いそうになる宏と澪。


 少なくとも普通の一高校生は、書き割りレベルでワラワラわく下僕だの愚民だのをオプションで持ち合わせたりはしない。


「とりあえず話戻すとして、相手の保護者に話を通すところからやるにしても、澪ちゃんのご両親だけで上手く行くかどうかだよね」


「相手がどういう性格かにもよるな、それは」


 わき道にそれまくった話をもどし、目先の問題をどうにかするための相談を始める春菜と達也。


 正直、相手はいつストーカーなどに化けてもおかしくないタイプだ。人間関係を徹底的にこじれさせる覚悟で立ち向かうにしても、そのあたりのフォローはしておかねばならない。


「この場合、最初は澪の両親だけで行くとしても、主治医って形で教授の口添えはあったほうがいいかもしれないわね」


「そうだね。主治医からも言われてるっていうのは、こういう場合にそれなりの説得力になるし」


「日程考えたら、ゴールデンウィーク中に保護者との話は終わらせて、連休明けすぐに止め刺さすぐらいやないとあかんやろな」


「そうだな。そうなると、あまり日はないか……」


「今から先生と連絡とって、日程調整するよ。おばさんの方は、今の時点では一筆書いてもらうだけでいいかな?」


 状況や日程を確認し、現時点でできる事を急いで進めていく春菜達。


 それを頼もしそうに、かつありがたそうに見ていた澪が、おずおずと、という感じで口を挟む。


「……とりあえず徹底的にこじらせる覚悟はしたけど、吊し上げみたいなのは避けたい。どうすればいい?」


「あんまり人がいる場所でやらない事と、大人のいる場所でやる事、ぐらいかな?」


「了解。先生のいるところでやれば?」


「基本はそうかな?」


 澪の質問に対し、やや自信なさげにそう答える春菜。


 今まで、なんだかんだでストーカー先輩以外、大抵の事は穏便に片付けてきたので、ここまで徹底的にこじらせたケースについては経験がないのだ。


「今できる事は、こんなものかな?」


「せやな。相手の性格とかも分からんし、これ以上の事は下手にできん。やるとして、せいぜい念のために先生らにメッセージ預けとくぐらいやろうな」


「そうね。ただ、これでおとなしく引っ込んでてくれたらいいんだけど、行動見てる感じでは自意識過剰な勘違い君っぽいのよね。ああいうタイプはちょっと痛い目見たぐらいじゃ、逆恨みはしても大人しくはならない事が多いのがねえ……」


「最悪、修学旅行中だけでも大人しくしてくれれば御の字、って感じかね」


 春菜の言葉に宏が同意し、真琴と達也がやや悲観的な見方を示す。


「とりあえず、お姉ちゃんたちはそのまま正攻法で進めておいて。わたしはわたしで、伝手とか使って側面から支援するから」


「了解。でも、ここからしばらくは、私達に直接出番ってないんだけどね」


「せやな。基本は澪と澪のご両親が頑張らなあかん状況やし」


「ん。頑張る」


 宏の言葉にうなずき、無表情のままぐっとこぶしを握って気合を入れる澪。


 こうして、勘違い転校生撃退大作戦は静かに幕を上げるのであった。








 潮見第二中学三年二組の転校生・山村大樹やまむらたいきは、転校してからずっと、実に充実した日々を送っていた。


 理由は簡単。転校してすぐに彼女ができ、その彼女が自分のために毎日弁当を作ってきてくれるのだ(と、当人だけは思い込んでいる)。


 周囲が邪魔するために自分の分の弁当をちゃんと持って行かなければいけないのが腹立たしいところだが、それも学校一の美少女の心を射止めた代償だと思えば我慢できる範囲だ。


 周りの妨害でゴールデンウィーク前半には遊びに行く約束を取り付けられなかったが、一応受験生だという事を考えれば割り切れる。


 さすがに、彼女にかまけて受験に失敗するのは頭が悪いにもほどがある。


 今の山村大樹には、正確な現状認識能力と他者に対する共感能力が見事なまでに欠落していた。


「大樹、あなた学校で何やってるのよ!?」


 勉強する振りをしながらそんな自分勝手な妄想にふけっていた大樹に対し、来客の相手をしていた母親が怒鳴り込んでくる。


「何って、普通に授業受けて部活して彼女といちゃついてるんだけど?」


「そのあなたが彼女だって自称している水橋さんが、あなたに付きまとわれて迷惑してるからどうにかしてくれって訴えてきてるのよ! 相手の親御さんがわざわざ担任の先生と一緒にね!」


「……どういう事だよ!?」


「それはこっちの台詞よ!」


 母親の言葉に我が耳を疑い、思わず大声で叫んでしまう大樹。


 その大樹に対し、同じぐらい大きな声で怒鳴り返す母親。


 はっきり言って、相手の保護者と担任が直接乗り込んでくるなど相当の事だ。


 それを自分の息子が悪気も何もなくやってしまっている、どころか今も状況をまるで認識していないとなると、怒鳴りたくなるのもしょうがないだろう。


「そもそも、あなた彼女出来たって言ってたけど、本当にそれ彼女なの!?」


「マジで澪は俺の彼女だよ!」


「相手は大樹の名前も連絡先も知らないのに!?」


「……えっ?」


 母から告げられた驚きの一言に、大樹の思考が固まる。


 言われるまで、付き合い始めてから一カ月近くたつのに連絡先の交換もしていないことに思い当たらなかったのも衝撃だが、それ以上に澪が自分の名前も覚えていなかったことにショックを受けたのだ。


「付き合い始めたきっかけは? 告白したのはどっちから? 告白の言葉は?」


「男と女が付き合うのに、そんなもんいるのかよ?」


 大樹の予想外の一言に、思わず固まる母親。


 それと同時に、なぜ大樹がこんな勘違いをしていたのか、その原因に行きあたる。


「……あのね、大樹。どうして必要ないと思ったの?」


「そんなもん、わざわざ言わなくても態度で分かるじゃん。今までそうだったし」


「相手のお嬢さんは本気で嫌がってるみたいだけど?」


「そんなの、照れ隠しに決まってる!」


 思い込み、というよりそうでないと困る、という態度で頑なに間違いを認めようとしない息子。


 それに対して処置無しと首を左右に振り、一つため息をつく母親。


 どうやら、転校前に付き合っていた彼女とは、毎回そういう感じで交際に発展していたらしい。


 それが一般的な男女交際の始まりだなどと思われては困るのだが、残念ながら今まで、そのあたりの感覚を修正する機会には恵まれなかったようだ。


「名前も覚えてもらってないのに、照れ隠しなんかするのかしらね?」


 大樹の態度に相手の苦労を察した母親が、せめてもの罪滅ぼしとばかりに、援護を兼ねてきつい突っ込みを入れる。


「……だからって、なんで大人が口挟んでくるんだよ?」


「お母さんも、最初はそう思ったわよ。人の恋路に口挟むなんて、って。でもね」


「でも、なんだよ?」


「あんた、何言っても聞く耳持たないし、勝手に人の弁当からおかず盗んで補填もしないし、彼氏面して馴れ馴れしく触ってくるしでほとほと嫌気さしてるって言われて、まさかと思って話聞いたらこうだもの。そりゃ、親に頼りたくなるのも分かるわよ……」


 本気で呆れて絶望した様子の母親に、色々と複雑な感情を持て余して黙り込む大樹。


「……やっぱ、信じられない……」


「どうせ聞く耳持たないだろうからって、メッセージも渡されたわ。正直、お母さんとしてはこれを渡さずに済めばよかったんだけどね……」


 そう言いながら、大樹のパソコンに預けられたメッセージを転送する母親。


 ここまでされて流石に楽観的な事は考えられないようで、その一分に満たぬメッセージを再生しようとしては動きを止める大樹。


「ああ、もう! とっとと覚悟決めて聞きなさい!」


 そのあまりに男らしくない態度にイラッと来た母親が、まだ消去していない自分のパソコンのメッセージデータを再生する。


 投影パネルに映し出された澪の映像は、妙な迫力があった。


『最初に、自分勝手なストーカー予備軍に連絡先を知られたくないので、このメッセージはオフラインで届けてもらいました。また、自分の映像や音声のデータが残るのも嫌なので、一度再生した時点でこのデータは消去されます』


 しょっぱなから淡々と、一切の感情を交えずに一気にそこまで言い切る映像の中の澪。


 声や話し方に感情がこもっていない分、発散される拒絶のオーラは強烈だ。


 まともな感性を持っていれば、この時点でどう楽観的に見ても好かれているなどとは思えないだろう。


 単に嫌っていることを伝えるだけならこれで十分ではないか、と言いたくなるぐらいきつい言葉から始まったメッセージだが、大樹にとってはもっと残酷な内容の続きがきっちり録音されていた。


『どうせ聞く耳は持たないと思うけど、はっきり言います。ボクはあなたに一切の興味がありません。名前を覚える気も嫌いという感情を持つ気もありません。人を嫌うにもエネルギーが必要なので、正直今後一切関わり合いになりたくありません。二度と付きまとわないでください』


 その台詞が終わると同時に画面が消え、メッセージデータが消去される。


 ほんのわずかな時間だったが、大樹の母親は映し出された澪の映像から色々なものを読み取っていた。


 こんなことを言うのすら嫌だったのだろう。だが、言わねば伝わらないと、勇気と気力を振り絞って言ったことは無表情ながらに、いや、むしろ無表情だからこそはっきり分かる。


 自分の息子がここまで追い詰めていたのかと思うと、正直申し訳ないとしか言いようがない。


「相手のお嬢さん、休学してフリースクールで勉強することも検討してたって親御さんと先生がおっしゃってたけど、本当みたいね……」


「はあ!? あんだけ気がありそうなそぶりしておいて、なんだよそれ! だったら最初っから勘違いさせるなよ!」


「普段からさっきの映像ぐらい表情が薄いんだったら、そんなはっきり分かるほど気があるそぶりなんか見せてないんじゃないの? というより、ほぼ百パーセント、大樹が勝手な思い込みと願望で気がある事にして付きまとってただけでしょ?」


 母親の厳しい突っ込みに、反論しかけて言葉に詰まる大樹。


 いろいろと反発したくはなるが、それでもここまでされた以上、嫌われていること自体は認めざるを得ない。


「まあ、諦めるのもまだ頑張るのも、好きになさい」


「……何だよ、いきなり物分かりいい親、みたいなこと言いだして……」


「お母さんが先生や相手の親御さんから頼まれたのは、嫌われてるって事を納得させて、相手のお嬢さんのいう事にちゃんと聞く耳持つようにしてくれって事だけだもの。マイナスからのスタートでも頑張れるぐらい本気なら、気持ちだけは応援してあげるわよ」


 母親のその言葉に、どうしたものか考え込む大樹。


「……当たって砕けてみる」


「そう。でも、振られたからって照れ隠しだとかそんな都合のいい解釈はだめよ? 次はそれこそ訴訟沙汰も覚悟しなきゃいけない感じだし、そうなったらさすがにお母さんも味方はできないわよ?」


「……そこまで嫌われたのか……」


「嫌われて当然でしょ? というより、嫌ってくれたら恩の字ってレベルで嫌がられてるわね」


 母親に止めを刺されて、机に突っ伏す大樹。


 そのまましばらく表現しがたいうめき声をあげていたが、何やら思いついたように体を起こす。


「先生と澪の親御さんは!?」


「もうとっくに帰ったわよ。あなたから話を聞いて判断するにも時間がいるだろうから、ってね」


「……そっか……」


「とりあえず、先方の言っていることは正しかった訳だし、後でお母さん謝っておくわ。本当は手土産をもって、って言いたいところだけど、思春期の惚れたはれたの問題だし先方もそこまで大事にしたいわけではなさそうだったから、謝罪だけで済ませるしかないわね」


 ぼやきながらも、できるだけ大事にならぬよう収めようとしてくれる母親。その母親に対していろいろと勝手な事を考えつつも、どうやって最悪の状況から逆転するかを考える大樹。


 結局、自業自得による卒業までの学校での扱いもあり、この一件は大樹にとって、思春期の甘酸っぱい黒歴史となるのであった。








「……なんか、びっくりするぐらい大人しくなった」


「本当、必要以上にこじれなくてよかったよ」


 ゴールデンウィーク終了後のある日。


 どうにか転校生こと山村大樹を振ることができた澪は、いろんな意味で弛緩しながら春菜に現状を報告していた。


「でも、諦めた感じじゃないんでしょ?」


「多分」


「ストーカーとか、そういう方面は大丈夫そう?」


「今のところは、問題ない」


 とりあえず、念のために現状を確認してくる春菜に対し、見た感じの状況を報告する澪。


 まだ予断は許さないところではあるが、どうにもならないほど思いつめたりはしていないようだ。


「と、いうか、ご両親はすごくまともというか普通だったのがちょっと驚きだったよ。どうしてあのご両親からしつけを受けてああなったのか、想像つかないというか……」


「ん。でも、自分もそうだからあえて言うけど、中学生なんて、親のいう事聞かない」


「まあ、そうだけど……」


 予想より話が楽だった理由、その最大の理由である山村大樹の両親について、そんな身も蓋もない事を言う澪。


 その澪の言葉に苦笑するしかない春菜。


「……ねえ、春姉」


「なに?」


「……人を振るって、しんどい」


「……しんどいよね」


 澪の正直な感想に、遠い目をしながら春菜が同意する。


 人によっては図に乗ってとかえらそうにとか言われそうな言葉だが、一定以上モテる人間にとっては割と切実な話なのだ。


「……次があったら、せめて当事者だけで終わるようにうまくやりたい……」


「次がないのが一番なんだけどね」


「……ん」


「でも、嫌なら嫌だってはっきり伝わるように努力しないと、また同じことになるよ」


「……ん、頑張る。さすがにもう、あんな感じ悪い事を言うのは嫌……」


「深雪も、よくあんなにきついメッセージを考えるよね……」


「……あれ聞いて、まだ当たって砕けに来る転校生の根性も……」


 澪の正直な感想に、コメントが思いつかず黙り込む春菜。


 振っても振ってもあきらめない相手は結構いても、あそこまでやらないと自分が嫌がられていると認識すらしない相手というのはなかなかいないものだ。


「……早く師匠に手を出してもらえる年になりたい……」


「そうだね。まあ、相手が宏君だと、どうしても見た目や雰囲気だけでこっちの感情を全否定してくる輩が出てくるから、結局今回みたいな経験は避けられないだろうけど……」


「むう……」


 春菜の厳しい言葉にうなりながら、体を起こす澪。


「とりあえず、修学旅行は素直に楽しめそうでよかったよね」


「ん」


 春菜が口にした、ある意味一番重要な事に嬉しそうにうなずく澪。


 こうして、澪は痛みを伴う経験により、少し大人になるのであった。

実は今回の転校生の話、モデルとなった実話が存在します。

と言っても作者が中学生の頃の話で、しかも塾でちらっと聞いただけ、かつ他校の話なので

大体こんな感じの話があったよ、という程度しか知りませんが。




N-Starで掲載中の自作「ウィザードプリンセス」もGWぐらいから2巻分の内容に突入とかなんとか。

詳しい掲載スケジュールとかは把握できていませんが、そちらの方もよろしくお願いします。

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