第48話
前回ちょっと短かった分、今回かなり長くなりました
「エアリス、少しいいか?」
ゴールデンウィークも過ぎ、宏たちも大学の講義が本格的に始まったある日の事。
久しぶりに城に顔を出したエアリスを、レイオットが呼び止める。
「用件は終わりましたので大丈夫ですが、どうなさいましたか?」
「リーファ王女の事で、相談したい、というより頼みたいことがある」
「……それでは、ここではない方がよさそうですね。神の城の迎賓館を使わせていただきましょうか?」
「……そこまでは、と言いたいところだが、その方がよさそうだな」
エアリスの提案に大げさだと思いかけて、現在の状況を思い出して同意するレイオット。
例の事件の影響がまだ収まっていないため、現在エアリスは、巫女としての仕事以外では常に神の城か日本にいる。
ミッダストの第三王子のような輩を増やさないために既成事実を積み重ねている、というのもあるが、単純に居心地が悪いというのが一番大きい。
いかなエアリスといえど、信頼している年かさの侍女から今にも赤飯を炊いて祝いだしそうな雰囲気を醸し出されると、とかく居心地が悪くて仕方がないのだ。
「連絡はしておきましたので、いつでも大丈夫です。すぐに移動なさいますか? それとも、何か準備するものがございますか?」
「特に書類などが必要な話でもない、というより、書類なんぞ作れない種類の話だから、このまま移動しよう」
「分かりました」
レイオットの答えを聞いて、すぐに転移するエアリス。レイオットも、後に続く。
「それで、リーファ様に関するご相談、というのはどのような内容でしょうか?」
「ああ。その前に、一応念のために確認しておくが、王女が私の婚約者にほぼ内定している、という事は知っているか?」
「ええ、もちろんです」
レイオットの確認に、真剣な表情で頷くエアリス。
もともと、レイオットの相手となりうる女性というのは、ひどく数が少ない。リーファ王女がダメとなるなら、それこそファムや真琴が有力候補になってしまうぐらいだ。
昨年の夏の園遊会での騒動により、マルグリット・ウェリトス侯爵令嬢をはじめとした数名の婚約が立ち消えとなったため、当初よりは選択の幅が広がってはいるものの、まだ男性や結婚に対する不信感が燻っている彼女たちに話を持ち掛けるのは、現時点ではかなり難しい。
なので、いずれその中から一人か二人は側室にすることもあるかもしれないが、現状ではリーファを差し置いてまで選べる選択肢でもないのだ。
「ほぼ確定したとはいえ、まだ決定ではないし公示もしていない事ではあるが、それでも教育内容や教師の態度などに影響は出る」
「……つまり、それで色々な事を察してしまったリーファ様が、根を詰めすぎて危なっかしい状況になっている、という事ですね?」
「ああ。お前はお前でここしばらく大変だったから、恐らくそのあたりは把握できてはいなかったかとは思うが……」
「はい。申し訳ありませんが……」
「そんなに申し訳なさそうにしないでくれ。ただ、頼みたい事の説明のために必要だったから話しただけで、私にはお前を責める資格などないし、当然責めるつもりもない」
説明を聞いてとてつもなく申し訳なさそうにするエアリスに対し、慌ててレイオットがフォローする。
実際のところ、ここしばらくエアリスが置かれていた状況は、とてもではないが他人のことなど気にかけられるようなものではなかった。
それに、リーファの場合、もともと生まれ育った環境の問題で、教育という面では同世代の貴族たちより大きく遅れを取っていた。その遅れを取り戻そうとしているのだから、ある程度根を詰めることになるのは仕方がないし、その部分に関してはエアリスがどうこうできる問題でもない。
「正直、ここしばらくはずっとそれどころではなかったお前に頼むのもどうかとは思うのだが、リーファ王女の気晴らしに手を貸してほしい」
「分かりました。……そうですね。根を詰めて勉強をなさっているという事は、恐らく随分とあちらこちらがこっておられると思います。ならば、温泉などで骨休めをするのが一番でしょうね」
「ふむ、温泉か。リーファ王女を連れ歩ける範囲となると、オルテム村かアドネになるが……」
「いっそ、ここの温泉を使わせていただけばいいのではないでしょうか?」
「ここを、か? 勝手に使って大丈夫なのか?」
「はい」
レイオットの言葉に、あっさりそう断言するエアリス。
本宮はともかく、日帰り温泉施設や迎賓館に関しては、エアリスが独断で勝手に使ってもいいと宏から許可をもらっている。
そもそも神の城に出入りする人間が少ない事もあり、どちらも基本的に使う人間がいない。
日帰り温泉施設はアンジェリカが時々隠れ里の人間を引き連れて利用しているが、迎賓館は宏が両親や姉を連れてきて以来、この日まで一度も使われていない。
なので、エアリスが事後報告すら無しで勝手に使っても、誰も何も言わないのだ。
無論、これはエアリスだからこその話であり、今までそれだけの信用を積み重ねているという事でもある。
これがジノあたりなら、間違いなく事前の許可なしで使わせてもらえはしない。
「お兄様、とりあえず日程の調整をお願いします。私の方でも、ヒロシ様やハルナ様と相談して、何かいい気晴らしになることがないかを考えます」
「ああ、頼む」
兄の頼みに、柔らかく微笑んでうなずくエアリス。
少し前までは、体つきはともかくそれ以外ではあまり女性を感じなかった妹の変化に、思わずまぶしいものを感じながら神の城を後にするレイオット。
こうして、神の城を使ったリーファのおもてなし作戦が発動するのであった。
「それはもう、女子会が一番じゃない?」
エアリスから相談を持ち掛けられて、開口一番に真琴がそう断言する。
その日の夕方、藤堂家のリビングでは、宏達日本人チームとアルチェムが集まって、リーファのおもてなしについて話し合いの席を持っていた。
なお、詩織は一応来ているが、菫の世話のために席をはずしていて現在この場にはいない。
「女子会、ですか?」
「そう、女子会」
真琴の言葉に、不思議そうに首をかしげるエアリス。
日本の習慣や風俗、流行なども勉強しているため、女子会という言葉の意味はちゃんと理解している。
だが、正直女子会というものがどういうものか、その内容がピンと来ないのである。
「女子会って、要するに女子だけで宴会することだよね? お酒飲めるのが真琴さんだけなんだけど、それで成立するの?」
「別に宴会だからってお酒飲まなきゃいけないわけじゃないでしょ?」
春菜の疑問に、あっさりそう告げる真琴。
女子会にせよそうでない宴会にせよ、身内だけで行うものは、基本的には飲み食いしながら騒いで憂さを晴らすのが目的である。
酒が飲めるならそれを言い訳にしやすいのでいろんな意味でやりやすいが、飲めないからといって無理だという訳でもない。
要は、そういう雰囲気に持っていけるかどうかである。
「……女子会やるんやったら、僕と兄貴は直接は無関係やな」
「裏方で手伝うことぐらいはあるだろうが、それ以上男がしゃしゃり出るのはな」
女子会になる流れを受けて、宏と達也がそんな理屈で直接は関わらないことを表明する。
方向性は違えど、この手の女子の集会にはあまり関わり合いになりたくないようだ。
それを聞いていた澪が、むう、という感じで反論を口にする。
「師匠、達兄。女子会そのものに関わらないのはいいけど、リーファ王女の人生相談から逃げるのはだめ」
「いや、そこから逃げるつもりはないが……」
「それとこれとは別問題っちゅうか、内容的に兄貴の出番はその後やろうし、僕に至っては多分役には立たんで」
澪に噛みつかれて、かなり消極的な内容の言い訳をする達也と宏。
どうやら、よほど女子会というものが嫌なようだ。
宏はともかく達也がここまで嫌がるあたり、今までにどんな経験をしたのか非常に気になる所である。
「そういえばちょっと王女の話からは逸れるけど、人生相談といえば澪、あんた転校生の事で悩んでたんじゃないの?」
「ん。悩んでるっていうより、困ってる」
これ以上は男性陣がかわいそうだと話題転換を図った真琴の質問に、素直に応じる澪。ついでに、うまく話題を変えてくれたことに感謝の視線を送る。
澪とて、異様に逃げ腰に見えたので多少釘を刺したかっただけで、別に宏達を追いつめたかったわけではない。
ただ、持ち合わせている会話能力の問題で、ほどほどのところで上手く切り上げることができず、どうにも無駄に追及しすぎる形になりがちなのである。
なので、こういう風にきっかけを作ってくれると非常にありがたいところである。
それに、自身の困りごともそろそろ自分で考えての対処に限界を感じていたので、真琴が話を振ってくれたのはそういう面でもありがたい。
「困ってるっていうと、どういう風に?」
「馴れ馴れしい上にあんまりにもしつこくて、ものすごい塩対応せざるを得なくなって、クラスの空気が悪い」
同じく真琴の話題転換に乗り、澪の現状を把握しようと質問してきた春菜に、澪が言いまわしなどで一切取り繕わずにストレートに状況を告げる。
それを聞いて、その場にいる全員が一瞬黙り込んでしまう。
「……それは、澪ちゃんの性格だと難しい問題だよね……」
「そうねえ。昔よりかなりマシになったとはいえ、間に入ってくれる人がいないと、よく知らない人とはまだまだちゃんとコミュニケーションを取れないものねえ」
「……ん、苦手……」
全てを察した春菜と真琴が、難儀な状況にため息交じりで難しさをぼやき、澪も素直に同意する。
元々、澪のような引っ込み思案で内弁慶気味な人間にとって、馴れ馴れしくてしつこいタイプというのは天敵もいいところである。
更に澪の場合、昔はともかく今は空気が読めないわけではない。
それだけに、空気が悪くなると分かっていてそういう対応しかできないのは、正直非常につらい。
「すまんなあ。僕はそのパターンも、これっちゅうて言える事はないわ。っちゅうか、僕の場合は基本、クラスの中で空気になるように頑張って、その種のトラブルに巻き込まれんようにしとったからなあ……」
「さすがに学校の教室じゃ、澪ちゃんが目立たないようにっていうのは難しいよね」
「ずっと気配を消せば、目立たずにはすむでしょうけど……」
「できるかどうか、と言われると……」
宏のやり方は不可能だ、という結論で意見が一致する春菜、エアリス、アルチェムの三人。
エルフを比較対象にできる、から、エルフと勝負して勝てる、に格上げされた美貌もそうだが、それ以上に独特のある種神秘的といえなくもない、妙な色気を伴う雰囲気がどうしても目立つ。
そんな人間が空気に徹して、などという事は間違いなく不可能だ。
「となると、達也ぐらいしかアドバイスできそうな人間はいないわけだけど……」
「今の話だけじゃ、何も言えねえぞ。空気が悪くなるっつっても、反感買ってるのが澪なのかその転校生なのかでも話が変わってくるしな」
「そうねえ。そのあたり、どうなの?」
「ん、多分どっちも。でも、現状おそらく七割は転校生」
恐らく、と言いながらも、結構断定的な感じで言う澪。その言い分に、全員の注目が集まる。
「そう分析できる根拠はあるのね?」
「ん」
「具体的には?」
「一番反感買ってるのは、総一郎や凛と一緒にお弁当食べてる時に、強引に割り込んできて勝手におかず持っていくこと」
「「「「「「それはアウト」」」」」」
澪の説明に、思わず全員が満場一致でそう断言する。
許可なく勝手に人の弁当からおかずをくすねる、というのは、単純に泥棒である上に他の行動の比ではなく自分勝手という印象を植え付ける行為である。
しかも、澪と件の転校生は、それを許すほど親しいどころか友人の括りにすら入っていない関係である。
そして何より、澪の弁当は、炊飯器で炊いたご飯以外はすべて澪の手作りである。
その手の補正やお世辞を一切抜きにして、素直に美味いと断言できる料理を、澪という美少女が作っているのだ。
たとえ一品ぐらいでも、それを無理やり堂々と横から奪って、反感を買わないわけがない。
「多分、前の学校でそういうコミュニケーションが許されてきたんだと思うけど、正直そこそこイケメンだからって……」
「イケメンなの?」
「ん。といっても、達兄とか殿下とかに勝てるほどじゃない。男子のレベルってよくわからないけど、多分ローレンぐらいの頃のボクぐらいのレベル?」
「それ、そこそこイケメンじゃない?」
例と出して自分を出した澪に対し、なかなかハイレベルじゃないかと驚く真琴。
その際、当時すでに美少女であったことを自覚している、という点には突っ込まない。
というより、鼻にかけて高慢にならない限り、ある程度自覚してくれないと困る。
「とりあえず、面倒な状況なのは分かったよ、うん」
「そうだな。特に相手がそれなりに格好いいとかだと、告白されたら付き合って当然、とか言うやつ絶対出てくるからなあ」
「いるいる。男女ともにいるのはいるけど、どっちかっていうと女子に目立つパターンだよね」
「春菜とか、割と言われてそうよね」
「中学時代は、一回だけ言われたかな? カズ君が入学してきたあたりで、あっという間に収まったけど」
学校特有の面倒くささや生臭さをネタに、大いに盛り上がる春菜達。
この件に関しては、思春期特有の心の動きに日本の学校教育が持つ問題点、更には国民性や社会的な風潮・背景が関わるだけに、闇も深くなれば解決も容易ではなくなる。
「っと、さすがに脱線が過ぎたわね。とりあえず、澪の件については、少し考える時間が欲しいから宿題って事で」
「そうだね。もうちょっと詳しい状況とか分かんないと、アドバイスするのもちょっと怖い感じだし」
すぐに答えを出せず、一旦話を切り上げる真琴と春菜。それに対し、誰からも異論は出ない。
「で、王女の方はどうするんだ? もう一度言うが、女子会系統の方針で行くんだったら、俺たちは裏方以上の事は出来ねえぞ?」
「そうね。まあでも、基本的にはお風呂で裸の付き合いして、美味しいもので気分を浮かせるぐらいしかやりようはないわよね?」
「そうだね。後は、遊園地ゾーンで遊んでもらってストレス解消、とか?」
「ん、それぐらいになると思う」
達也に問われ、できそうなプランを挙げていく真琴たち。
何をするにしても、まずは悩みや現時点の率直な気持ちを聞き出す必要があるため、こういう懐柔策のようなやり方しかできないのだ。
「ほな、僕はおさんどんやな」
「俺は何するかねえ……」
「レイっちに話聞いてくる、っちゅうんはどない?」
「ああ、それはありだな。殿下からも状況を聞いておいた方が、相談に乗るにも判断しやすいか」
宏に仕事を振られ、いい笑顔でうなずく達也。
女子会には関わりたくなくとも、何もできる事がないというのはさすがに気が咎めていたのだ。
「それで、リーファ王女は一泊するんだよね?」
「そのつもりで調整してもらいます」
「じゃあ、お部屋はどうしよう? 基本的に迎賓館になるんだけど、大部屋と小部屋、どっちにする?」
「……そうですね。多分ですが、就寝前に全員でお話しするのが効果的な気がしますので、大部屋の方がいいのではないでしょうか?」
「了解。じゃあ、その方針で進めておくね」
エアリスのオーダーを聞き、手元のメモに書きこんでいく春菜。
春菜自身は聞いたことを忘れないが、情報共有の面では文字に書き起こしたものがないのはトラブルのもとだ。
それに、春菜はモノを忘れないというだけで、普通に思い込みによる勘違いや早合点などをする。
そういう点でも、聞いたことをそのままメモっておくのは重要である。
「ヒロシさん。お料理ですが、リーファ王女は酸味の強いものがちょっと苦手なようですので、そこに配慮してあげてください」
「あら、そうなんですか?」
「はい。一度ダール風の料理が出たことがあるんですが、その中にあった酸味をきかせたイネブラ風のスープがちょっと苦手そうでした」
「……その時は多分、私はご一緒させていただいていない気がします」
「えっとたしか、ファーレーンの王女としてどこだったかに慰問に行かれていた日だったと思います」
「ああ……」
アルチェムの説明に、大体の事を思い出すエアリス。
アルチェムとリーファの食事がエアリスが王女として慰問に出かけた日と重なったのなど、最近では一回しかない。
なお、イネブラとはダールのスパイシーな鳥のシチューで、基本的にはどちらかというと酸味がきついものより辛いものが多い。
ただし、使っている調味料の関係か、辛さを抑えめにすると酸味がきいた味になる傾向がある。
恐らく、アルチェムとリーファが食べたイネブラ風スープは、このタイプの調整が行われたのであろう。
「了解や。けど、エルやなくてアルチェムがそういう情報持ってるんは、ちょっと不思議な感じやな……」
「たまたまですけどね。多分、エル様も私が知らない情報を持っているんじゃないでしょうか」
アルチェムに振られて、少し考え込むエアリス。
今までリーファと一緒に食べたものとその反応を可能な限り思い出し、多分こうではないかという予想をする。
「とりあえず、今までご一緒させていただいた印象ですと、食材そのもので食べられないもの、苦手なものというのはなかったと思います」
「神の船で船上パーティやった時も、確かそんな感じやったな」
「はい。ただ、ここからは個人的な予測になりますが、恐らくリーファ様は強い酸味が苦手というより、種類に関係なく極端な味付けが苦手なのだという気がします」
「極端な味付け、なあ……。っちゅうことは、四川料理とかタイ料理とか、ああいう類は避けた方がええ訳か」
「後は、以前にいただいたアメリカのチョコレートのお菓子のように、限度を超えて甘いものも避けていただければと思います」
「ああ、そういう方向性もあるか。っちゅうことは、合成甘味料的な変な甘さとか、子供向けのカレーとかにありがちな妙な塩っ辛さとかも注意が必要やな」
「そうですね」
エアリスの要望に、注意すべき味付けの種類を理解する宏。
結局のところ、所謂関西風の味付けなら問題にならないという事である。
「ねえ、師匠。もしかして王女は、極端な味付けのものは、無意識に毒を警戒してしまうのかも」
「……そうかもしれんな」
澪に言われ、いくつかの毒物を思い出して同意する宏。
ウォルディスの地域には、香辛料とよく似た味の猛毒がいくつかあるのだ。
「ほなまあ、そういうんに注意してメニュー決めるわ」
「お願いね、宏君」
とりあえず、必要な情報も出そろったところで食事を宏に丸投げし、次の相談事に話を進める。
「あと、遊園地だけで、二日間持たせられるかな?」
「中庭の庭園を植物園代わりに見て回るとか、そういうのでいいんじゃないかしら?」
「師匠、動物園か水族館、作れない?」
「動物園はまだ無理やな。水族館は、神の城の海に発生しとる生物考えると、作れはするけどせいぜい小学校の体育館とかその程度の規模が限界やな」
春菜が挙げた議題に真琴が提案し、その内容から連想したものを作れないか、澪が宏に確認する。
それを皮切りに様々な意見が飛び出し、着々とリーファをもてなす準備は進んでいくのであった。
そして、数日後の土曜日。リーファをもてなす当日の神の城。
「ようこそいらっしゃいました、リーファ王女」
「本日はお招きいただきまして……」
出迎えたローリエに対し、王族とは思えないへりくだった態度で堅苦しい挨拶をしようとするリーファ。
それに対して、リーファを案内してきたエアリスが、色々見かねて横から待ったをかける。
「リーファ様。今日はそういう堅苦しいのは抜きです」
「ですが……」
「今日は遊びに来たのです。感謝の気持ちは大事ですが、そんな風に恐縮されてしまうと、せっかく楽しんでもらおうと招待した皆様が、かえって気を使ってしまいますよ。リーファ様も、遊びに来てとお招きした方がそんな風では、気を使われますよね?」
できるだけきつい言い方にならぬよう、口調や表情に気を付けてリーファをたしなめるエアリス。
エアリスに言われ自分の立場に置き換えて、確かにと納得してしまうリーファ。
リーファが招くことがある相手など、現状ではエアリスかエレーナかファム達アズマ工房職員の第一期組ぐらいではあるが、彼女たちが自分のような態度だと確かに困るし気を使う。
「……そうですね。すみません」
「あまりお気になさらずに。それでは、今日と明日は、時間ぎりぎりまで目いっぱい楽しみましょう」
「はい!」
エアリスの柔らかい微笑みをうけ、いつもより少し元気に返事をするリーファ。
そのやり取りでどうやら落ち着いたらしいと見て、ローリエが話を進める。
「本日いらっしゃる方はエアリス様とリーファ様で最後です。皆様既に準備が終わっていますので、顔合わせを終えればすぐにでも始めることができます」
「あの、エアリス様、ローリエ様。本日ご一緒してくださる方は、他にはどなたがおられるのでしょうか?」
「リーファ様、私の事はローリエと呼び捨ててください」
「あっ、すみません。ただ、なんとなくいろいろ気が咎めますので、エアリス様にならってローリエさん、と呼ばせてください」
「承知しました」
ローリエが使用人であることを思い出し、素直に謝りつつそう妥協点を申し出るリーファ。
ローリエの立場上、王族が敬称をつけて呼ぶのは色々障りがあるのは事実だが、リーファの側からすると呼び捨てにするのも気が咎める相手である。
故に、この妥協点は妥当であろう。
「それで、本日参加なされる皆さまですが、主催者であるハルナ様と企画立案のマコト様、ミオ様、提案者のエアリス様とアルチェム様、後はおまけのトウカになります。他の方は今回は不参加、もしくは夕食からの合流ということになっております」
「……えっと、ライムさんたちはお仕事として、アンジェリカさんも参加なさらないんですね?」
「はい。どうやら隠れ里間の交流に関して、少々大きな企画が動いているそうでして」
「そうですか。少しだけ残念です」
馴染んだ顔がエアリスとアルチェムしかいない事を知り、少し残念そうな表情を浮かべるリーファ。
春菜達についてはエアリスとアルチェムからよく話を聞かされるため、全く知らない人のような印象もなければすさまじく緊張して身構えることもないが、気楽に接するには少々接点が少なすぎる。
「それでは、他の皆様がお待ちしている場所まで案内します」
「お願いします」
とりあえず、リーファから他に質問はないと判断し、そろそろ移動をと促すローリエにエアリスがそう返事をする。
エアリスの言葉に一つ礼をし、転移で春菜達が待つ迎賓館のラウンジへリーファを連れていくローリエ。
いきなりさくっと転移で移動したことに目を白黒させるリーファ。
それを見た春菜が、リーファが落ち着くのを待って声をかける。
「ようこそいらっしゃいました、リーファ王女」
「本日はお世話になります」
「心行くまで、楽しんでくださいね。あっ、それから、堅苦しいのはなし、という事で、ここからは普段通りの口調で話させてもらうね」
「はい」
春菜がかしこまった口調をやめたあたりで、リーファが妙に嬉しそうな顔をする。
その後ろでは、なぜか澪が愕然とした表情でリーファを見ていた。
「どうしたのよ?」
「……身長、追い抜かれて引き離されてる……」
「あたしも抜かれた感じだから、諦めなさい」
「むう……」
出会った当初は百四十センチを切っており、その後も長らく伸びが悪かったリーファの身長。
それが去年の初めごろから遅れを取り戻そうとするかの如く急激に伸び始め、今ではもう一息で百六十センチの大台に乗りそう、というところまで育っていた。
一方の澪はというと、どうにか戻ってくる直前の身長には追いつきつつあるものの、そろそろ伸びがかなり悪くなってきている感じである。
一時に比べて勢いこそ大きく衰えたものの、いまだに順調に育っている胸とは実に対照的だ。
この分では恐らく、奇跡が起こって二十歳過ぎまで身長が伸び続けたとしても、澪の望む百五十センチという数値には届かないだろう。
未だに諦め悪く努力してはいるものの、どうやら澪のその努力は実を結ぶことはなさそうである。
「あの、ここで一泊すると聞いていたのですが、荷物を何一つ持ってきていなくても大丈夫なのでしょうか?」
「あっ、リーファ様の着替えなどは、昨日のうちに私が運んでおきましたから」
身一つでここにきてしまったことを気にするリーファに対し、アルチェムがそのあたりの事を説明する。
もっとも、エアリスほどではないというだけで、アルチェムも大概重要人物だ。
いくら王族の服とはいえ、そんな人物に荷物運びをさせることについてひと悶着あったのだが、そもそも神の城に出入りできる側仕えなんてものが存在していないため、多数の人間の胃痛と引き換えにアルチェムに頼むしかなかったのである。
「そういえば、春菜。ファム達は?」
「誘ったんだけど、どうしても今日中に終わらせたい仕事があるから、朝からは無理だって断られたんだ。夕方から合流してくれるって」
「あの娘たちも忙しいものね」
「そうなんだよね。まあ、その代わり、明日は一日一緒に遊べるみたいだけど」
ファム達の事情を聴き、ほんの少ししょんぼりするリーファ。
ある意味においては、リーファと一番親しいのはファム達だ。リーファのこの反応も仕方がない事だろう。
「ねえねえ! 早く遊びに行こうよ!」
「はいはい。そんなに慌てなくても、遊園地は逃げないからね」
元気いっぱいに遊びに行こうと主張する冬華を、苦笑しながら春菜がたしなめる。
普通なら行列やら何やらがあるが、神の城の遊園地は他の利用者がいない。
常時貸し切り、かつ移動時間も転移である程度短縮できるのだから、慌ててがっつく必要もない。
「逃げなくても、時間は減っちゃうよ!」
「そんなに気合いを入れなくても、十分回り切れると思うんだけど……」
「……ハルナ様。管理人として一言忠告を申し上げます」
「……えっと、何?」
「恐らく、現在の遊園地ゾーンは、ハルナ様が想像なさっている次元をとうに超えているかと思われます」
「……ああ、うん。なんとなく分かった。ちょっと覚悟だけはしておくよ」
ローリエの忠告を聞き、真顔になって覚悟を決める春菜。
結局、当初の懸念とは裏腹に、遊園地だけでも二日では足りなくなっていることを思い知る春菜達であった。
「なんかこう、ハイテク系のアトラクションがすごく増えてたよね」
夕食の時間。食前酒のソーマで乾杯した後、春菜が今日一日の事をそんな風に総括する。
神の城の遊園地は、設置当初と比較して大幅に進化していた。
「本当に、一杯あって遊びきれなかったわね。個人的には、気功弾的な攻撃で悪党とかキョンシーとか薙ぎ払っていくのは、爽快で楽しかったわ」
「ん。ちゃんとナイフとかでの攻撃ができるのもポイント高かった」
ハイテク系の代表格ともいえる、3D投影された空間で実際に叩くアトラクションを満喫した真琴と澪が、その時の事を思い出して興奮を隠さずにいう。
大阪にあるハリウッド系の映画をメインにしているテーマパークを始め、一定以上の規模があるテーマパークやゲームセンターなどでは今や珍しくなくなったアトラクションではあるが、なんだかんだといって春菜以外には縁がなく、本日初体験だったのだ。
なお、似たような遊びはフルダイブのVRにはいくらでも存在しているが、やはり生身で遊ぶのは色々違うらしく、VR全盛となったこの時代でも、この種のアトラクションは一定の支持を集めている。
「ママ! ほうきに跨って飛び回るの、すごく楽しかった!」
「うん。あれは面白かったよね」
「お恥ずかしながら、戦闘があるアトラクションはついていけなかったので、私もあのアトラクションの自由飛行コースが一番楽しかったです」
「私も、あれぐらいのんびり遊べるものの方が楽しかったですね。せっかく春菜さんやエル様、冬華と一緒に遊んでるのに、自分の事で手いっぱいになるのはなんとなくもったいない感じでしたし」
親子で遊んだほうきで空を飛ぶ魔女を体験できるアトラクションについて、冬華の感想に乗っかる形で春菜達が正直に言う。
さすがに安全性や敷地面積、航空法などの絡みがあるため、自由に飛び回れるようなアトラクションは日本には存在していない。
なので、このアトラクションに関しては、大抵のアトラクションを一度は経験している春菜ですら久しぶりの初体験となっていた。
ちなみに、この飛行アトラクション、時間いっぱい自由に飛び回るコースと障害物競走をするコース、シューティングゲームのように魔法使いのタクトから魔力弾を飛ばして敵や的を攻撃するコースなど、いくつかのコースが選べるようになっている。
今回春菜達は自由飛行を目いっぱい楽しんでいたが、真琴だけはアクロバット飛行コースにチャレンジしていたりする。
「マコトおねーちゃんたちが遊んだのは前からあったけど、ハルナおねーちゃんたちのは知らないの」
「また増えたんじゃない?」
「前にここで遊んでから、もう半年たつのです。三つや四つ増えていてもおかしくないのです」
「ねえ、ノーラ。私としては、親方がリーファ様をもてなすとか言って張り切ってた時点で、その程度で済んでるとは思えないんだけど?」
「ノーラは否定も肯定もしないのです」
前菜に手を付けながら春菜達の話を聞いていたライムたちが、知らないアトラクションについてそうコメントする。
基本的にウルスの娯楽では物足りない彼女たちは、何か月かに一回、丸一日休みにしてはここの遊園地で遊び倒している。
なので、どこに何があるかはローリエの次ぐらいに詳しく、どんなアトラクションが増えたのか、その経過もそれなりにしっているのだ。
「それで、王女様はどれが楽しかったの?」
それまで黙って聞いていた、というより、今日一日の興奮や感動を持て余して割といっぱいいっぱいになっていたリーファに対し、ライムが一番重要だといわんばかりに確認をする。
ライムに話を振られ、少し考え込むリーファ。
正直、すべてのものが初体験で、どれも同じぐらい楽しかったので、どれが一番といわれても困る。
「ごめんなさい。今日一日が楽しすぎて、どれが一番だったとか決めるのがもったいなくて……」
「謝らなくていいの。そんなに楽しかったのなら、親方も喜んでると思うの」
「……はい。あっ、でも、途中でおやつに食べたクレープ……。興奮してる時に入ってきたからか、甘くておいしかったのがすごく印象に残っています」
リーファの言葉に、思わずほっこりしてしまう一同。
甘いものが印象に残るというのが、ちゃんと年頃の女の子らしくて微笑ましい。
それに、そういう食べ歩きを楽しめるという事は、最初に見せていた緊張はほぐれて、このメンバーにちゃんと馴染めたという事である。
どうやら、少なくとも昼の部は大成功と言っていいようだ。
「あのクレープ、今日は宏がセントラルキッチンで作ってたのよね」
「うん。ついでに、ホットドッグとかたこ焼きとかも、作れるだけ作ってくれたみたい」
「今回の事、ちょっと宏に甘えすぎた感じだから、どこかでちゃんと埋め合わせしなきゃいけないわね」
「そうだね」
裏方として随分頑張っている宏について、そんな風に感謝とねぎらいの言葉を口にしつつ、ちゃっかり次の企画のダシにする方向に持っていく真琴と春菜。
ちなみに達也は途中まで裏方として参加していたが、菫が熱を出したという連絡を受けて大慌てで帰宅している。
娘の事が気になりつつも裏方仕事が宏一人になってしまう事も気になり、帰るべきか否かを迷っていたのを宏と春菜が手を組んでとっとと帰らせたのだ。
幸いにして大したことはなかったが、念のためいつでも小児科に運び込むことができるように、現在夫婦で自宅待機中である。
「パパの作ってくれたおやつ、とってもおいしかったの! 今度、冬華がパパにいろいろ作ってあげたいの!」
春菜達の話に乗っかるように、冬華が元気に声を上げる。
「今度、冬華も師匠にお料理作る?」
「うん!」
「ん、了解。だったら、春姉達と一緒にいろいろ教えてあげる」
「教えてくれるの!?」
「もちろん」
「わーい!」
澪がしてくれた約束に、大喜びで両手を上げる冬華。そのまま、電源が落ちるようにすとんと眠りに落ちる。
「あ~、喜びすぎてアップデートモードに入っちゃったね……」
「ん。実はちょっと予想してた」
「まあ、冬華の分のご飯はほとんど食べ終わってるし、いいんじゃない?」
唐突に寝落ちした冬華を見て慌てそうになるリーファをなだめるように、いつもの事だという態度でそう話を進める春菜達。
寿命などに悪影響はないものの、宏と春菜という二柱の神と稀代の巫女二人、そして時空神の眷属という形で亜神となった澪の影響をその身に受けるには、宏が作ったベースボディはどうやっても容量が低すぎるのだ。
しかも、宏たちも日々成長しているため、冬華のボディの拡張がなかなか追いつかずに、いつまでたっても頻繁にアップデートモードに入ってしまう状況から抜け出せないのである。
それでも、去年の年末ごろからは落ちる頻度が大分減ってきており、今回のような過剰な情報の摂取と感情の爆発がなければ、普通に夜中に眠るだけで十分にアップデートは追いつくようになってきた。
この、過剰な情報の摂取というやつがどの程度を指すのかが分からない事が、閉じ込めっぱなしはいいことではないと知りつつ冬華を神の城から連れ出せない最大の理由である。
「トウカの体もなかなか落ち着かないのです」
「まあ、親方が作ったホムンクルス的なものがハルナさんたちの娘になっちゃった、っていう時点でしょうがないとは思うけど」
「これに関しては、アタシたちがどうこうできる問題じゃないしね」
「うん。できるとしても、忙しいハルナおねーちゃんたちの代わりに、一緒に晩御飯食べるとかそれぐらいなの」
トウカについて詳しい事を知らないリーファに説明するために、これまたよくある事だという感じでノーラ達が雑談をする。
「えっと、トウカさんは大丈夫なのですか?」
「大丈夫ですよ、リーファ様。今のノーラさんたちの話にあったように、トウカがああいう風に唐突に眠りに入るのは体を作るために必要な事なのです」
「ただ、私達もヒロシさんも能力の面では日々成長していますので、なかなか追いつかないみたいなんですけどね」
「……あの、正直、いろんな意味でよく分からないのですが……」
エアリスとアルチェムの説明に、というよりトウカが眠りに落ちてからの一連の台詞に理解が追い付かないことが多すぎて、戸惑った声を上げてしまうリーファ。
それを見かねたファムが、苦笑しながら口を挟む。
「こういう時は、何が分からないか全部聞いた方がいいよ」
「……そうですね」
ファムにそう促されてうなずき、少し考え込むリーファ。
いくつかの疑問が浮かんでくるが、冬華の体の事に関しては聞くだけ無駄だ、という事で結論を出す。
なんとなくだが、この件については先ほどから出てきている以上の情報は多分出てこないだろうし、出てきても恐らく知識などの問題で理解できないだろうという気がしているのだ。
なので、冬華が眠りについている原因だと匂わされている、春菜達が母親である、という点について気になっていることを聞くことにする。
「あの、一人の子供の実の母親が三人、というのが意味がよく分からないのですが……」
「そこは目に見えないエネルギーとかこの神の城の仕組みとかが関わってくるところだから、簡単にわかりやすく説明ってむずかしいんだよね」
「あっ、それ自体は多分、どう説明されても理解できない気がしますので、そういうものだと思っておきます」
「その方がいいよ。それで、私達が冬華の母親だって事の、何が気になるの?」
「えっと、その人間関係を普通に受け入れておられるのが、どうにも分からないというか……」
リーファの疑問を聞いて、その事かという表情を浮かべる春菜達母親組。
自分たちと冬華の関係については、それこそ余人に理解させられるような説明は不可能である。
「これまた口で説明するのは難しい事なんだけど、とりあえず冬華が生まれた当初はこんな風に受け入れられてたわけではないかな」
「そうですね。ヒロシ様に呼ばれたと思えば、唐突にトウカにママと呼ばれた訳ですから」
「もう、そういうものだと割り切って、とりあえず自分たちの娘だっていう前提で行動するようにはしていましたけど、最初の頃は納得できていたわけじゃないんですよね」
「だよね。私も、自分が母親だって思えるようになりはじめたの、邪神を倒した後ぐらいからだったし」
「ハルナ様もですか?」
「私とエル様も、大体それぐらいからちょっとずつ、って感じでしたよね」
冬華が生まれた時の事を思い出しながら、そんな風に語る春菜達。それを聞いたリーファが、ますます訳が分からないという表情になる。
「あ~……。あたし、なんとなく王女が何を気にしてるか分かっちゃったわ」
「えっ?」
唐突に真琴にそんなことを言われて、戸惑うしかないリーファ。
そんなリーファに対し、畳みかけるように真琴が言葉を続ける。
「多分、王女は春菜達が宏に囲われてる事にも、それでこんなに仲良くやってる事にも、さらに言えば親子関係で言えば澪だけがハブられてるのに問題になってない事にも納得いってないんでしょ?」
断定するように真琴にそう言われ、どういう訳か自分が理解も納得もできなかった一番はそこなのだと腑に落ちた気分になるリーファ。
「……言われてみれば、確かにそこが全然納得できていません」
「でしょ?」
「でも、マコト様はどうして、私がそこを納得できていないと分かったのでしょうか?」
「ん~、特に根拠のない女の勘、ってやつかしらね。無理に理由をつけるなら、この件で冬華の母親認定の部分以外で納得できなさそうなのって、多分それかなって気がしたからってところ?」
真琴の口にした理由に、思わずその場にいる全員が納得してしまう。
確かに、成り行きやら何やらを知らなければ、一見していい男とはとても思えない宏ごときが、こんな美女や美少女を囲って軋轢を起こしていない、なんてことに納得できるわけがない。
しかも、その環境で囲われている女たちが、たがいに喧嘩をせず仲良く和気藹々と協力体制を築き上げているのだ。
納得できないを通り越して、ある種理不尽に見える部分であろう。
「まず、最初に誤解を解いておくとすれば、私達が宏君に囲われてるんじゃなくて、私達が宏君を囲って逃がさないようにしてるんだ、って事かな?」
「そもそも、親方には女性を四人も囲い込むような度胸も根性も甲斐性も存在していないのです」
根本的な認識を覆すような春菜の訂正に、ノーラがかなり身も蓋もない言葉で追撃を入れる。
どちらかといえば草食っぽく見える春菜の、予想だにしない肉食でかつアグレッシブな言葉。それを同じぐらい大人しそうなエアリス達がそれを全面的に肯定している、という事実にリーファの思考回路が一瞬ショートする。
「取り合いでの喧嘩をしない理由も、そんなに大した話じゃないんですよね。現状って、ヒロシさんが私達に囲い込まれることをようやく納得してくれた、っていうだけで、実はまだ舞台に上がれたって確信が持てるところまでは来てないんですよ。だから、怖くて協力体制を崩せないというか」
「ん。そもそもの話、普通の神経をしてる人は、男の取り合いで喧嘩するような女にはドン引きする」
「私達の場合は、もっと深刻ですよね。恐らくですが、私達の間でヒロシ様をめぐって醜い種類の争いをしてしまったら、たとえそれが目の前での事でなくても、恐らく二度と機会を与えていただけないでしょう」
さらに、アルチェムが追撃のように、自身が直面している厳しい現実を告白。その補足を澪とエアリスが告げることで、今までの経緯をほぼ何も知らないリーファにとって、予想だにしない残酷な状況が浮かび上がってしまう。
「あの、皆様は、あの方を独占したいとは思わないのでしょうか?」
「そりゃもちろん、独占できるのなら独占したいよね?」
「ん、当然」
「むしろ、そうでない方が不自然ではないでしょうか?」
「ですよね」
リーファの質問に対し、春菜、澪、エアリス、アルチェムの順で独占欲を持っていることを白状する。
それを聞いて、ますます混乱するリーファ。
はっきり言って、これを表立って口にして、なぜお互いの仲が険悪にならないのか理解できない。
「まあ、私達に関しては、ここまでがものすごく大変だったからね。正直、一人で宏君と恋仲になれるかっていうと自信がないというか、できなくはないとは思うけど何千年かかるか予想がつかないというか……」
「あの親方だもんね」
「むしろ、ヒューマン種の寿命のうちにあの親方が恋愛できるかも、っていうところまでこぎつけたこと自体、私達には結構な驚きですしね」
「わたし、ハルナおねーちゃんたち限定とはいえ、親方が女の人に触って怯えなくなったのはすごくうれしいの」
「前は怯える、どころか、ひどい時には吐いて気絶してたのです。メリザさんのおかげとはいえ、どうしてノーラ達を雇ってくれたのか、今でもかなり大きな謎なのです」
次々に明かされる難儀な過去、それも特に、昔の宏は女性に触れるだけで吐いて気絶したことすらあったという事実に、春菜達の結束力の強さについてようやく納得がいくリーファ。
なぜ宏を好きになったのか、という部分はともかく、仲が良くなければ無理だったのは疑う余地もない。
「……要するに、同じ殿方を好きになっていると思えないほど皆様が仲がいいのは、同じ困難に立ち向かった同志だからという事でいいんですか?」
「うん、まあ、そんな感じ。だから、独占できるならしたいけど、今更無理に排除してまで独り占めしようとするのもなにか違うかな、って感覚になってて」
「ん。妥協できることで妥協しないで、恋も大切な人たちも両方失うとか、馬鹿のすること」
リーファの確認に、正直な気持ちを告げることで肯定して見せる春菜と澪。
エアリスもアルチェムもそのあたりの意識は同じのようで、何度もうんうんとうなずいている。
特にエアリスの場合、元々一人の男が複数の女を娶ること自体には拒否感がないので、むしろこれだけお互いを信頼できる環境というのは願ってもいない事だったりする。
「えっと、これで納得してくれた?」
「皆様の状況に関しては、納得できました。ただ、失礼だとは重々承知の上で本音を申しますと、そもそもの話、いろんな意味でどうしてあの方を好きになられたのか、というのが……」
「そこはもう、成り行きとしか言いようがないかな。私なんて、最初は必要に迫られて共同生活してたパートナーとしか思ってなかったし」
「ん。春姉は確かにずっとそんな感じだった。明確に師匠を意識しだしたの、確か最初の年越しぐらいの頃」
「あれ? そんなに前だっけ? 私の主観だと、はっきりそうだって意識したのはオルテム村のダンジョンの時で、きっかけは達也さんに指摘されたからだったけど……」
「春姉は自分の感情には結構鈍いし、状況的に考えないようにしてた感じもあったから、そこのずれはしょうがない」
「あっ、王女に時系列を説明すると、春菜が言ってる時期は大体三年前の四月ごろで、澪の言ってる最初の年越しっていうのがさらにその直前の年末年始ね」
リーファに根本的な部分を問われて、本日の本来の目的に丁度いいからと、これまでの総括も含めて自分たちが宏に惹かれていった過程を思い出すことにする春菜と澪。
レイオットへの恋心と自身の能力的なものとの間で悩むリーファに対し、少しでも参考になればとできる限りの事を思い出そうとする。
「多分だけど、一番最初に師匠に恋をしたのはエル」
「あれ? 澪ちゃんは向こうに飛ばされる前から、宏君のこと好きだったんじゃなかったっけ?」
「ん。確かにボクはあの頃から師匠に恋してたけど、胸を張って恋してたといえるようなものじゃなかった」
「そうねえ。実際、あの頃の澪って、あたしの目から見ても恋に恋してて相手の事なんてちゃんと見てなかった感じだし」
「ん」
澪の告白に、それまでどこかまじめな部分があった場の雰囲気が、ガラッと変わる。
この時点で、夕食の席の空気は、女子会でコイバナをする際によくある、下世話な好奇心や嬉し恥ずかしい感じのピンクの空気が入り混じった、分かりやすく浮ついたものに一変したのだ。
「とはいえ、あの頃は今ほど澪の表情も分かりやすくなかったし、あたし達もそんなに精度良く澪の表情を読み取れなかったから、いつからちゃんと宏を見て恋してたのかはちょっと分かんないのよね」
「ん。正直、ちゃんと自覚できてないからはっきり言えないんだけど、多分春姉とどっちが先かな、ってぐらいだと思う」
「……あの、ミオ様は今より表情が分かりづらかったのですか!?」
澪の自己分析より、真琴が言った表情関連の方に驚きを見せるリーファ。そのリーファの反応に、まあそうだろうなあ、という感じでうなずきあう他のメンバー。
観察力があるか日常的に接しているかでない限り、今の澪のレベルで表情が豊かという人間はまずいないだろう。
「で、話を戻すけど、エルちゃんは逆に、すごく分かりやすいよね」
「はい。アルフェミナ神殿でバルドから助けていただいた時に、自分でも明確に分かるぐらいヒロシ様への気持ちが変わりましたから」
「でも、それまでの過程って端的に言っちゃうと、刷り込みがあった人間に対してせっせと餌付けして面倒を見て、懐ききったところでつり橋効果を利用して落としたっていう、やったのが宏でなきゃすごい策士よね、としか言いようがない流れなのよね」
「ん。うちで初めてレイオット殿下と一緒にご飯食べた時、師匠の男前な発言ですごく心が揺さぶられてた。その状態でつり橋効果だから、エルが師匠にぞっこんなのも仕方がない」
「改めて言われると、なんだか自分が軽い女のように思えて少し恥ずかしいです……」
「いやいやいや。あれはむしろ、レイオット殿下がいる場で、素で照れもせずに本心からあれを言える宏がすごかっただけよ。というより、宏が言ったんじゃなきゃ、多分あそこまで効果はなかったと思うわね」
切っ掛けが妙にチョロかった感じがする、ということに対する恥ずかしさで割と本気で落ち込みそうになったエアリスを、慌てて真琴がフォローする。
あの時の「久しぶりにお兄さんとお姉さんが一緒におる晩御飯は、楽しなかったか?」から続く一連の言葉は、達也が口にしていてもあれほど劇的な効果はなかったのではないか、というのが真琴の正直な意見である。
なにしろ、その時点で命を救い、生活環境を整え、食事の意味と楽しみを教えて年相応の子供でいられる空間を作ったのは、大部分が宏の功績だ。
そうでなければ、王族としての教育を受けていたエアリスが、言葉だけでそう簡単に心を揺さぶられたりはしなかっただろう。
そこまで気を使ってもらった上にその後再び命を救われて、多感な年頃の少女が恋に落ちるのは何ら不思議な事ではない。
「で、話を戻して、アルチェムはもう単純に、目の前で体を張って守ってもらったから堕ちちゃった、って感じよね」
「そうですね。でも、きっかけがどうであっても、私はヒロシさんを好きになったことを恥ずかしい事だとは思っていません」
「……強いわね、アルチェム」
「うちの故郷の貞操観念とかを考えると、好きになった切っ掛けなんて大した問題じゃないかなって」
説得力があるのかないのか分からない理由をもって、やたら堂々と宏を好きになったことを自慢してのけるアルチェム。
そこまで開き直られると、突くにも突きづらい。
「……ファム、ライム。あの姿をよく見ておくのよ」
「……あれを参考に、少しでも好きになった相手がいたら持てる可愛げを全開にして獲りに行くのです。そうしないと、ノーラ達のようになってしまうのです……」
「ねえ、テレス、ノーラ。アタシ達にそういう自虐的な台詞を今聞かされても、ものすごく困るんだけど……」
「そもそもわたし、好きな人のためにちゃんと努力してるの」
そんなライムの爆弾発言で浮ついた空気が一瞬にして吹き飛び、会場が完全に沈黙に包まれる。
「……あの、ライムちゃん? 好きな人って……?」
「秘密なの」
恋する女の子の顔で、春菜の疑問をばっさり切り捨てるライム。
この後、総がかりで誘導尋問をはじめとする様々なやり方で相手を聞き出そうとするも、ライムは最後まで頑として口を割らず……
「とりあえず、一時休戦して、お風呂にしましょ……」
「そうだね……」
正面からでは無理だと察した真琴と春菜によって戦場は迎賓館の温泉露天風呂へ移る。
そこでも遠回しに牽制しながらライムの好きな人を聞き出すはずが、女子のトークにありがちな話題のワープと、何より湯船に浮かぶ五人分十個のおっぱいにより、話題があっさりプロポーションへと流れてしまい、結局ライムの事はうやむやに。
「ノーラ達がミオさんとお風呂に入るの、もう一年半ぶりぐらいになると思うのですが、随分育ったのです。多分、比率的にはノーラと同じか抜かれてるか、ぐらいなのです」
「胸が育ったのはうれしいけど、正直この半分ぐらいは身長に回ってほしかった……」
「あ~、前より背が低くなってますからねえ……」
「ん。エルはちゃんと身長も胸も育ってるのに……」
テレスとノーラに最近の肉体的な成長の話を振られ、そんな風に贅沢な事を言う澪。
それを、どことなく愕然とした表情で見ているリーファ。
合流したときとは正反対の構図である。
「ん~。あたしよりは未来があると思うんだけど、ちょっと触らせてもらってもいい?」
「えっ? あっ、はい」
「じゃあ、ちょっと失礼して」
「痛っ!」
「うん。この感じだったら、まだまだ育つわね。っていうか、今でも普通ぐらいにはあるんだしさ」
「……そう、でしょうか?」
微妙にいじけながらもリーファに未来を保証する真琴。それを聞いて、どことなくほっとした様子を見せるリーファ。
「……湯船に浮かぶほどのおっぱいって、邪魔じゃないのかな?」
「わたしまだ子供だからわかんない」
そんな年長者たちの一喜一憂を見守りながら、ウルスの下町基準では普通サイズで年齢からすると大きいファムと、まだ年齢的に絶壁なライムが、そんな風に他人事で済ませるのであった。
アトラクションのネタと描写が思いつかなくて、そこをカットする羽目に……。
当初はアトラクションを増やしてそこの反応をメインにして、後半を次の話に回す予定だったのに……。
とりあえず、そろそろ終わりも近かったので、備忘録的に春菜さんたちの感情の動きとか現状をまとめつつ、比較的距離がある人物の目から見てどう見えてるかを描写したかったこの回。
あと、いっぺんぐらいはまともに恋バナしてる話を書いてみたかったとかなんとか。
余談ながら、お風呂でがっくりしてるリーファ王女は、この時点でもCよりのBぐらいはあります。
さいころの神様によると、最終的には現在187センチのレイッちと並んで見劣りしない身長ともうちょっとでEぐらいのバストをゲットするようです。
なので、少なくとも体格面では見劣りせずに済んだと結婚式の後でエルに漏らすエピソードを考えています。
まあ、結婚式はがんばる編エピローグ終わってからのエピソードになる予定なので、描写する予定はありませんが。
最後に宣伝を一つ。
ちらほらフェアクロと共通する設定も出てきますので、
N-Starで連載中の「ウィザードプリンセス」もよろしくお願いします。





