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第45話

「今年も面倒くさいシーズンが来たな……」


「まったくだ……」


 二月三日、節分の日。総合工学部一階の1-B講堂。


 グループワークの準備をしながら、宏達と同じ班の男子である水沢寮昼食自炊クラブの小林と、実家から通っているが昼は弁当を作ってもらえない橘が、朝からそんなことをぼやいていた。


「面倒くさいシーズン?」


「あ~、東と藤堂、それから小山には関係ないから、気にするな」


 その言葉を聞きつけて不思議そうにする春菜に、どことなくやさぐれて橘が言い切る。


 そんな橘の態度に、ますます不思議そうにする春菜。その様子を見ていた同じグループの女子、大川が口を挟む。


 なお、大川は特に不細工という訳ではないが、彼氏いない歴=年齢の割と典型的なリケジョで、料理はできるが料理というより科学の実験というタイプであり、毎日自分の弁当を作ってくるようなまめさとは無縁な女子だ。


「この時期で男女比が偏ってる上に内容ががっつりしてる理系の学部にとって面倒くさい、って言ったらもう、バレンタインしかないじゃない」


「あ~、確かに私達には関係ないかな。多分、一般的な意味とは違うけど」


「せやな」


 大川の説明に、そんなことを言いながら納得してみせる宏と春菜。


「一般的な意味とは違うって、どういうこと?」


 その様子に、もう一人の女子にして唯一の彼氏持ちである小山が首をかしげる。


 ちなみに小山の彼氏は、同学年の法学部の学生で、毎日彼氏のために手作り弁当を作る程度にはまめで女子力がある、総合工学部には珍しい人種である。


「ちょっと、バレンタインにはいい思い出がないから、イベントそのものを無視しようって話になってるんだよね」


「せやねん。ほんまに、バレンタインはこう、ろくでもない思い出が多すぎてなあ……」


「ろくでもない思い出、かあ。東君はなんとなく想像がつくけど、藤堂さんはちょっとピンと来ないかなあ……」


「多分、小山さんが想像してるほど微笑ましい話じゃないよ」


 春菜の補足説明に、小山がさらに不思議そうにする。


 そもそも根本的な話、微笑ましくない、というラインが分からないのだ。


「というか、バレンタインで微笑ましくない話って、ものすごい振られ方したとかそういうのしかない気がするんだけど、それだと多分東君関係なさそうだし、かといって藤堂さんに関しては普通有り得ないとしか思えないし……」


「少なくともそっち方面じゃないって事だけは断言しておくけど、かなり込み入った話になるし、正直進んで話題にしたい内容じゃないんだよね」


「せやな。そもそも、朝からやるような話でもあらへんし」


「ついでに言うと、食事時とか食事前とかにする話でもないよね」


「いやいやいや。最悪なんは間違いなく、チョコ食うてる時にこの話聞かせることやろ。それも義理でもなんでもええから、バレンタインのチョコ食うてる最中やったら完璧や」


「あ~……」


 小山の疑問に対して、口にするのも嫌だという態度を前面に出しながら、物騒な情報を断片的に漏らす春菜と宏。


 宏達が漏らした断片的な情報に、なんとなく引くものを感じながら顔を見合わせる小山達。


 正直、非常に気にはなるが、聞けば間違いなく後悔する気がする、そんな印象である。


「何にしても、もうそろそろ綾瀬教授が来るから、詳しい話は後でやな」


「そうだね。どうせ今日一日はグループワークなんだし、三コマ目終わったぐらいに話をすればいいかな?」


「せやな。少なくとも、昼飯時は却下や」


「分かってるって。あっ、そうそう。お昼ご飯と言えば、私今日、恵方巻作ってきてるんだけど、みんな食べる?」


 強引に話を切り上げた宏に乗っかりつつ、唐突に話を昼食、それも恵方巻に変える春菜。


 その強引ながらも見事なコンビネーションに、思わず生温かい目を二人に向けてしまう小林達。


「とりあえず俺、最近寮の厨房が使えなくて食費がかさんでるし、一食浮くのはありがたいからくれるなら貰う」


「オレも。最近実験関係で出費が多くて、割と財布がピンチなんだよなあ……」


「アタシも、貰えるなら欲しい」


「了解。小山さんは?」


「お弁当作ってきてるし、彼氏に腕を比べられてへこむの嫌だから遠慮する」


「分かったよ」


 全員の希望を聞いたところで、天音が講堂に入ってくる。


 天音の姿を見て、受講生全員が同時に私語をやめ、流れるように立ち上がって挨拶をする。


 天音はいつものその光景に苦笑しつつ朝の挨拶を返し、そのままの流れで連絡事項を口にする。


「前回も説明したけど、今年度のグループワークは次回から二回に分けて発表だから、作業ができるのは今日が最後。単位に直結してるから、悔いの無いようきっちり仕上げてね」


 そう宣言した後、いつでも質問を受け付けられるよう前方隅の席に座って作業を促す天音。


 天音から追加の連絡事項などがない事を確認したところで、さくっと意識を切り替えてグループワークに打ち込む春菜達であった。








 そして、その日の昼休み。真琴も合流しての昼食の席。


「購買まで、バレンタイン一色って感じじゃないのはありがたいな……」


「本当になあ……」


 非モテを抉らせたようなことを言いつつ、小林と橘が目の前に山積みされている恵方巻から最初の一本目を手に取る。


 それを苦笑しながら見守った後、宏と春菜もいただきますをしてから恵方巻に手を伸ばす。


 なお、おそろいの弁当を広げている小山とその彼氏の磯部は、話題と恵方巻に手を付けていない事の二重の意味で肩身が狭そうにしている。


 だったら、別行動すればいいのだが、朝一の会話にいろいろ気になる言葉が含まれていたこともあって、離れるのもためらわれるようだ。


「別にいいんだけどさあ、あたし達じゃあるまいし、なんでそんなにバレンタインが嫌なのよ?」


「バレンタインが嫌っつうか、非モテであることを攻撃してくる連中が活気づくイベントが嫌なんっすよ……」


「あ~、やっぱ小林もそうか……」


「うすうす察してたけど、橘も同類か、やっぱり」


 どうにもこじらせすぎな小林達の会話を聞き、あ~、という表情を浮かべる真琴。


 そのあたりは真琴にも、いろいろ覚えがある話である。


「別に、カップルがいちゃつこうがどうしようが、修羅場にさえならなきゃそれ自体はどうでもいいんですよ。むしろ、上手く行ってるんだったらいくらでも祝福するつもりはあります」


「そうそう。腹が立って鬱陶しいのは、彼女いるからって上から目線で非モテだってバカにしてくることだよな」


「あ~、アタシも覚えあるわあ……」


 小林の言葉に、橘と大川も同意する。


 理系の学部、それも工学系の学部にありがちな話だが、現在付き合っている相手がいないこの三人は、根本的に恋愛に対する興味が薄い。


 そういう人種からしてみれば、非モテであることも恋人がいないことも、別段恥じる事ではない。単に、自分の中での優先順位が低いだけなので、他人がちゃんと恋愛していることに対してひがむつもりも馬鹿にするつもりもない。


「その辺の空気は、あたしも良く知ってるわねえ。いわゆるリア充系の、それもヤッた女の数が多いほど自慢になる、みたいなことを思ってる連中に多いのよねえ……」


 齧った恵方巻を咀嚼し終えて飲み込んだ真琴が、思わずしみじみとつぶやく。


「そういう人たちほど、ちゃんと自己主張する分発言力が強かったりするよね」


「そうなのよねえ。しかも、なんだかんだ言って世の中の風潮がずっと『恋愛最高! モテるのがえらい!』って感じじゃない。だから、あたしたちみたいなのが何言っても負け惜しみ扱いされるのがねえ……」


 真琴の言葉に、思うところがあるのか春菜もうんざりした様子を隠そうともせずに頷く。それを見た大川と小山が、不思議そうに首をかしげる。


「藤堂って、アタシたちとは別の人種だから、そういうのに煩わされてるとは思わなかったね」


「うん。別に、彼氏をとっかえひっかえしてるとは思ってないけど、東君の事もあるから非モテ云々の話とは無縁だと思ってた」


「私、高校三年生までは好きな人いなかったから男女交際の経験ないし、宏君とはまだ、男女交際的な意味ではお付き合いさせてもらえてないよ。だからもう、告白されてお断りした事に関しては、ものすごくいろいろ面倒な事があったよ……」


「えっ? まだ付き合ってない?」


 そう思われることを理解はできるが納得はできない種類の言いがかりに対して、きっぱりとそう反論する春菜。


 その春菜の反論を聞いて、まだ付き合っていないことに食いつく小山。磯部も、むしろ一番の驚きはそのあたりのようだ。


「そのあたりは、僕の側の問題でなあ……」


「事情を知ってるあたしからすれば、むしろお互いによくここまでこぎつけたって感じなのよね、実際」


「うん。色々あったし色々頑張ったよね」


 何やら意味深な感じで分かりあっている春菜と真琴に、ますます気になってくる同席者たち。


 とはいえ、なんとなく突っ込んだ話をするのにはばかられる雰囲気があるため、とりあえず「もっと詳しく」的なオーラは出しつつも催促はしないことにする。


「とりあえず、このあたりの詳しい話は三コマ目終わってからか、講義全部終わってからかのどっちかにしたいんだけど、それでいい?」


「それ、もしかして朝に言ってた、バレンタインには碌な思い出がないって話と関係ある?」


「思いっきり関係あるっちゅうか、僕の方の問題っちゅうんの根源はほぼ全部そこやな」


「食事時には絶対聞かない方がいいってのは、あたしも断言しといてあげるわ」


「朝も聞いたわよ、それ……」


 一体どれだけよ、とぼやく大川に、思わず苦笑するしかない宏達。


 不幸自慢をする気はないが、バレンタインにトラウマを刻まれるという観点では、恐らくこれ以上のエピソードはそうそうないだろう。


「で、まあ、話を戻すけど、バレンタインって非モテ云々横に置いといても、独り身で告白したい相手も特にいない女の子にはものすごく負担大きいよね」


「せやなあ。たとえ義理でもやらんかったらやらんかったでうざいこと言われおるし、やったらやったで勘違いするアホが出て来おるし」


「考えてみれば、中学高校ぐらいの財布だと、市販の安い徳用のチョコ買ってばら撒くのでも、結構小遣いにダメージ行くよなあ」


 春菜が振った話題に、宏と小林が素直に食いつく。それを聞いた橘が、ふと思いついた疑問を口にする。


「そういや、ふと思ったんだけどさ。オレらの義理すらもらえないってのと、女子のあげる相手がいないってのは、立場としては割と近いところにあるんじゃないか?」


「人によりけりかな? 私は性質の悪いストーカーに付きまとわれてたから、本命も義理も誰にもあげなくても変な目では見られなかったし」


「アタシはまあ、橘の疑問通りの立場に立たされたことはあったね」


「わたしも、磯部君と付き合う前は彼氏できたことなかったから、橘君の疑問についてはそうかも、みたいな感じ?」


「あたしはもう、高校は漫研に入り浸って腐女子道驀進してたから、そもそもそういう感覚の持ち主とは接点なかったわねえ」


 さらっと言い切った真琴に、なぜか女子一同から尊敬の目が向けられる。


 その視線に思わずたじろぐ真琴。そんな真琴を見ながら、宏が微妙に話題をそらす方向で話を続ける。


「とりあえず、クリスマスとバレンタインのシーズンは特によう聞く言葉に、モテたかったら努力せい、っちゅうんあるやん」


「そう、それそれ。俺の一番嫌いな言葉」


「僕らみたいにあんまりその手のイベントに関わりたくない人間とか、非モテをよしとしてたりとか現在の恋愛関係の優先順位が低かったりする人間もようけおるのに、割と世間はそういう個別の事情無視して独り身の人間に言いおるやん、あれ」


「言う言う。わたしも高校時代はそっち側だったから、言われるたびに『放っておいてよ!』って思ってた~」


「で、それ言うと負け惜しみ扱いされる訳だ」


「おっ、磯部もそういう経験あるのか?」


「物語のヒーローじゃあるまいし、恋愛の片手間にここの法学部に受かるほど僕の頭は良くないさ」


 今まで肩身が狭そうだった磯部が、ここぞとばかりに話題に乗ってくる。


「僕としてはあの言葉を言う連中の何が腹が立つかといって、努力したら努力したで、ダサイだの必死すぎて引くだの、挙句の果てにはそうまでして彼女欲しいのかだのと、相手を馬鹿にする台詞を連呼することだ」


「それは同感やな。馬鹿にするんやったら、最初から努力せいとか言うな、っちゅう話や」


「そうね。あたしも散々、そう言うのを見てきたわねえ」


「挙句の果てに、じゃあどうすればいいのかを聞くと、それぐらい自分で考えろと言ってさらに馬鹿にしてくる。いい加減にしろと言いたい」


 よほど鬱憤がたまっていたのか、大きさこそ周囲にちゃんと配慮したものながら、かなりヒートアップした感じの声でまくしたてる磯部。


 その磯部の言葉にそれぞれ思い当たることがあるのか、同調するようにうなずく宏達。


 なかなかにこじらせた光景である。


「……思ったんだけど」


「どないしたん、春菜さん」


「なんとなくだけど、こういう事を陰口みたいな感じでヒートアップしながら言ってるから、ひがんでるとか言われちゃうのかも」


「「「「「「……」」」」」」


 春菜のかなり厳しい突っ込みに、何も言えなくなって沈黙してしまう宏達。


「確かに、そう見えなくもなかったわねえ。特に小林と橘の態度」


「それを言わないでくれよ、大川……」


「まあ、アタシも同類度合いで言うとなかなかのものだったけど……」


 大川と小林のやり取りに、思わずわが身を顧みてガクッとする春菜以外のメンバー。


「なんか、ごめんね……」


「いや、冷静な視点でたしなめてくれて、むしろ礼を言わなければならないよ……」


 消沈した空気に、思わず謝罪する春菜。春菜の謝罪に対し、申し訳なさそうに礼を言う磯部。


 何しろ、かなりこじらせた感じの空気になった一番の原因は、間違いなく磯部がヒートアップしたことにあるのだから。


 人間、彼女ができたぐらいでは変われないところもあるのだ。


「あたしが言うのもなんだけど、不特定多数に見られる可能性がある場所でこういう話すんのやめましょっか」


「せやな。それに、このあたりの話に関しちゃ、内側におらんとどの口が、っちゅう部分あるし」


 真琴と宏の言葉に、確かにとうなずく春菜達。カップルになってる磯部と小山はもちろんの事、満場一致でとっととくっつけと思われている宏と春菜にしても、このあたりの非モテ系の叫びを口にしても共感は得られないだろう。


「とりあえず、おとなしくご飯食べようか」


 春菜に言われ、全員が黙って黙々と食事を進める。


 結局この日の昼食は、いまいち浮き気味だった小山と磯部のカップルがこのグループに本当の意味で受け入れられた事以外は、いまいちよろしくない流れのまま終わるのであった。








「さて、今日の課程は全部終わった訳だけどよ……」


 本日のグループワークも終わり、ほぼ全員が帰宅、もしくは図書館や部活などへ行った午後四時。


 無関係な学生が周囲にいない事を見計らって、小林が遠慮がちに話を切り出した。


「本当に、俺たちが聞いちまっていいのか?」


「いいのか、っていうと?」


「なんかこう、東も藤堂もすんげえ話しづらそうにしてたからさ。時間置いてみると、課題のグループが同じってだけでそんなに仲がいい訳じゃない俺たちが、そういうデリケートそうな話を聞いていいのか、って思っちまってなあ……」


「あ~、やっぱり小林もそう思ったかあ……」


「アタシや小山はともかく、男子はどう思ってるのかなあ、って気になってたけど、やっぱり同じ考えになった訳ね」


 小林の言葉に橘が我が意を得たりと乗っかり、大川も同意する。


 特に何も言わない小山にしても、好奇心はあるが聞くべきかどうかは迷っている、という態度を前面に出しているところを見ると、似たような考えなのであろう。


 それを見た宏が、大きく一つため息をついて話を切り出す。


「正直言うとなあ。もう蒸し返してほしないっちゅう意味では、話さんでええんやったら話したない事柄なんは確かや」


「そうだね。この話をいちいちしなくてもよくなるだけでも、バレンタインってイベントが消えてくれるとすごくありがたい、って思うぐらいには、蒸し返されたくはない話だよね」


「ほんまになあ……」


 そこまで言うと、同時に大きなため息を漏らす宏と春菜。


 その様子に、ますます聞くに聞けなくなる小林達。


「とりあえず、私達が口で説明すると客観性がなくなるから、今から送るサイトとか動画を見てもらっていいかな?」


 小林達の態度を見て、このままではらちが明かぬと判断した春菜が、一年前の事件とその根本である宏の中学時代の事件についてまとめたサイトのアドレスを全員に送る。


 春菜から送られたサイトのタイトルを確認し、何やら思い出したらしい大川が色々と問いたそうな視線を春菜に向ける。


 その視線に対し、詳しい話は全部確認してから、と態度で示す春菜。


 二人のそんなやり取りを見て、とりあえずまずはサイトの内容に一通り目を通すことにする小林達。


 一分ほどで小林が「まじかよ」とつぶやいたのを皮切りに、宏と春菜以外の四人の口から、次々に何とも描写しがたいうめき声が漏れ始める。


 そして、三十分後。


「……これ、全部実話か?」


「そのレベルの釣りをするほど、私達は暇でも悪趣味でもないよ」


「……というか、東君が生きてたのって、奇跡の領域だよね……」


「自分でもそう思うわ」


 次々に出てくる問いに、真面目な顔で答える春菜と宏。


「不幸自慢そのものでしかない上に、話するたびに自分で蒸し返す形になってまうから、正直それだけでもこのシーズンは鬱陶しいてなあ……」


「かといって、この時期男女で一緒にいると、絶対にバレンタインの話題は出る訳で。何か上手い逃げ方を考えなきゃ、って」


「まあ、今回のは僕らの自爆みたいなもんで、しかも思いっきり無理やり教えたに等しいけどなあ」


「そこもちょっと、反省点ではあるよね」


「蒸し返したない、っちゅうた舌の根も乾かんうちにこれやからな」


 自己反省の部分も含めて、渋い顔でそのあたりの事を口にする宏と春菜。


 今回の場合はいろいろな打算があっての事なのだが、それを踏まえた上で自分たちの言動の一貫性の無さは深く反省すべき事である。


「とりあえず、藤堂がそれだけラブラブ光線出しながら、一定以上踏み込まない理由はよく分かった」


「というか、藤堂はよく東とそこまで仲良くなれたわね。それだけでも、双方ともに尊敬に値するわ……」


「まあ、色々あったし、仲良くなった当初はものすごく注意して接してたから」


 橘と大川の言葉に、春菜がそう言いながら淡い笑みを浮かべる。


 その笑顔に、ものすごく注意して接した結果、恋愛的な意味で好きになってしまったんだろうなと察してしまう一同。吊り橋効果ではないが、デリケートな付き合いを求められる異性と長く接しているケースでは、割とよく聞く話である。


「それで、ここまでの事があって、女子と一緒に行動するのは大丈夫なわけ? 知らなかったとはいえ、アタシ結構やばい事してた気がするんだけど」


「一昨年ぐらいやったらともかく、今は大川さんぐらいはまあ、大丈夫やで」


「本当に? 無理なら無理で、正直に言ってもいいのよ?」


「そうそう。さすがに、こういう事情があるんだったら、無理なものは無理って言ってくれても気を悪くしたりとかはしないから」


「心配せんでも、本気であかんレベルやったら我慢とかする間もなしに、全力で吐きながら発作起こすから」


 宏の身も蓋もない言葉に、思わずぎょっとして宏と春菜を交互に見る大川と小山。その様子に、春菜が咎めるような表情を浮かべて口を挟む。


「宏君。さすがにその言い方はだめだよ?」


「せやなあ、すまん。まあ、大抵の事は大丈夫やから」


「大丈夫じゃないのは、どの程度から? さすがにアタシ達も、知らずに踏み越えちゃうとかは勘弁してほしいから」


「とりあえず、可能な限り物理的に接触しないようにだけ注意してれば大丈夫だよ。ね、宏君?」


「そんなもんやな。まあ、僕みたいな事情がなくても、よっぽど仲がええ場合でもなかったら普通、彼氏でもない男にあんまりべたべた触るもんやないとは思うけど」


「それ、逆もそうだよね」


 宏と春菜のやり取りに、そりゃそうだと笑う小林達。


 異性に対して物理的に触れる場合、あまりべたべた触らないように注意するのは別に、宏のような事情の有無に関係ないマナーのようなものだろう。


 そのことについての良し悪しは横に置いておくにしても、あまり無頓着に相手に触ると場合によっては各種ハラスメントで訴えられかねないのだから、気を付けるに越したことはない。


「とりあえず俺、藤堂がやたら東と他の女子との接触を警戒して潰そうとするのも、それに対して同じ高校の出身者がみんなやたら肯定的、どころか進んで協力するのも、やっと納得いったわ」


「そりゃ、これだけの事があったら、普通嫉妬とか独占欲とかなくても警戒するわな。オレだってダチにこういう事情抱えてる人間居たら、できるだけ同じことするだろうし」


「しかも、今の時点でまだ、去年散々報道されてたあの事件から一年経ってないものねえ。入学当初って言ったら直後も直後だし、警戒するのも当然ね」


「でも、藤堂さん。嫉妬とかそういうのが全くなかった、って訳じゃないよね?」


「まあ、独占欲はともかく、嫉妬というか不安は、ね」


 小山の問いに、素直にそう答える春菜。


 実際、神化して感覚が変わった上に長く異なる価値観の中に身を置き続けたこともあり、宏を一人で独占したいという考えはほとんどなくなっている。


 が、それと宏が知らぬ女になびいてしまうのではないかという不安や、それを根源とした嫉妬の気持ちをもってしまうのとは別問題だ。


 まだ恋人にすらなれていないとはいえ、春菜にだってずっと積み重ねてきたものもあればプライドだってある。


 宏が恋愛的な要素が含まれた接し方をするのを許容できるのは澪やエアリス、アルチェムがせいぜいで、譲ってレイニーやサーシャ、ジュディスまでが春菜の限界だ。アンジェリカあたりまでは恐らくそうなってしまってもある程度受け入れられそうだが、現時点ではお互いにそういう雰囲気が一切ないので特に意識はしていない。


 それ以外の、それも見知らぬ女性が相手となると、やはり女性恐怖症関連の心配だけではなく、自分が捨てられてしまうのではないかという不安や嫉妬をするのはどうしても避けられない。


 その都度、恋人でもないのにと自己嫌悪に陥ってしまうのだが、このあたりの事は宏がその気になって春菜に限らず誰かと恋愛関係になるまでは、どうあっても解決しない問題であろう。


「それで、蒸し返されたない、とか言うときながら自分らにわざわざ不幸自慢みたいな真似したんもまあ、下心っちゅうか打算みたいなもんはあるわけやけど」


「そりゃまあ、そうでしょうけど、わざわざそれを言わなくてもいいんじゃないの?」


「いや、これはもう、最初から言うとかなあかん事やと思うんよ。どうせ来年からもグループワークとかはこの面子でやるやろうから、こっちの事情に巻き込んでまえとか考えとったっちゅうんは、な」


「だから、このサイト見た時点でそんなところだろうって思ってたから、わざわざ言わなくていいって言ったのよ……」


 小山の一言により春菜の雰囲気が微妙なことになったのを察し、いろんな空気をぶった切るように黙っていればいい事をぶっちゃける宏。


 その宏の言葉に、思わずジト目になりながら苦情をぶつける大川。


 この日の一連のやり取りにより、グループワークだけのつながりだった小林達と、実質的にも精神的にもきちっとしたチームを作ることができた宏と春菜であった。








 そして、バレンタインデー当日。


「あら、マスター。学校はどうしたのでしょうか?」


「今日は綾瀬教授の含めて二つほど休講になってな。春菜さんもおらんし、残りのは自主休講っちゅうことで面倒ごとから逃げてきてん」


「面倒ごと……。ああ、そういえば今日は、マスターにとっての厄日にあたる日でしたね」


「そういうこっちゃ」


 春菜が天音とともに海外の学会に行ってしまったこともあり、畑仕事と朝食を終えてすぐに神の城に避難してきた宏は、ローリエに事情を告げるとすぐに作業場に引きこもっていた。


 作業場なのは単純に、そろそろいろいろ作る必要があったからである。


「さて、まずはエルの誕生日プレゼントからやな」


 いろいろな素材を倉庫から取り出しつつ、まず何を作るかを決める宏。


 実のところ、エアリスの誕生日は二日後で、いい加減そろそろ何か作る必要があったのだ。


 本来ならもっと早くに作っていてしかるべきものなのだが、春菜から告げられたエレーナの要望が宏の作る気力をそいでいたのである。


 さすがに、所有権を主張する類の物を作れと言われて、宏がはいそうですかと作る気になれる訳がない。


 とはいえ、いい加減先送りも厳しく、そもそもエアリスが普通の結婚が不可能な体になったのは、宏たちの責任だ。


 澪やエアリスの年齢と宏自身の精神的な問題があるので、正式にそのあたりを本格的に進めるのは彼女たちが二十歳になってからとはいえ、そろそろ明確に覚悟を決めたことを公にする時期なのだろう。


 まるで春菜の言うような言葉ではあるが、ここでヘタレると色々と終わってしまう。宏自身にも、そんな予感があるのだ。


 それだけに、今後の事も考えて、かなり真剣にプレゼントの内容の検討を始める。


「指輪はいくら何でも一足飛びに行き過ぎやし、春菜さんとアルチェムはともかく、澪が面倒臭そうや。髪飾りは正装の時は王族のティアラ付けるやろうからアウトやし、出来るだけ常日頃から身につけられるようにっちゅうと……」


 そこまで呟いて、普段着や儀式の際のエアリスの服装を思い浮かべる宏。正装に関しては、宏たちが参加する公式行事では毎回姫巫女として立ち会っているため、実は見たことが無くて思い浮かべることができなかったりする。


 とりあえず、特に装飾品が多くて面倒くさい儀式のときの服装を参考に、他の装飾品と干渉せず、物理的にもデザイン的にも特殊効果的にも儀式の邪魔にならないものを作る必要がある。


 その上で、指輪は正式に交際を開始する、その覚悟が固まった時のために取っておく方が無難だとなると、選択肢は限られてくる。


「とりあえず、髪飾りと指輪以外で見える位置でっちゅうたら、ネックレスかペンダントか腕輪やな。チョーカーは司祭服の襟が詰襟みたいな構造になっとるからあかんし、イヤリングは普通に規定のんがあるから没。ネックレスとペンダントは、儀式によっちゃあ三つ四つ付けることもあるから、これも避けた方がええ、と」


 エアリスの行う儀式やその際の服装を検討すると、実質的に腕輪以外の選択肢がない、という事実に行きついてしまう。


 その結論に至った宏が、今までの時間は何だったのかと微妙に遠い目になりつつ、次にデザインの検討に入る。


 とはいえ、これがまたなかなかの難題で……


「……さすがに、春菜さんに渡したようなチェーンブレスレットっちゅう訳にはいかんにしても、あんまり派手にするわけにもいかんしなあ……」


 ブレスレットという意外とデザインの幅が広いアクセサリーに、ああでもないこうでもないと大量の、だが一見してそれほど差のなさそうなデザイン画を描き上げる羽目になる宏。


 さらに、いくつかよさげな候補を絞ったところで、はたと他の問題点にも気がつく。


「……僕が渡したんが一発で分かるデザイン、っちゅうとどんなんや?」


 そう。今回の一番の難題である、エアリスを宏が今後囲い込むと宣言したことが、一目で分かるデザイン。


 それがどんなものか、という点で大いに悩む羽目になったのだ。


 悩みに悩むこと二時間強。そろそろお昼、という時間帯に差し掛かったところで、唐突に作業場に冬華が入ってくる。


「パパ~!」


「おう、冬華か。どないした?」


「そろそろお昼だよ~」


「そういえば、もうそんな時間やな。よっしゃ、なんか作るわ」


「うん! あと、真琴お姉ちゃんと澪お姉ちゃんが来てるよ~」


「真琴さんと澪が? 僕が言えた義理やないけど、真琴さんはともかく、澪は学校どないしたんや?」


「分かんない。でも、すっごく調子悪そうだった」


 それを聞いた宏が、なんとなく事情を察する。


「飯どないするかは、澪の調子確認してからやな。悪いけど、それまで待てるか?」


「うん」


 宏に問われ、笑顔でうなずく冬華。なんだかんだ言いながら、冬華はこういうところは非常に聞き分けがいい。


 冬華の返事を確認して、真琴と澪が待っているという澪の部屋へ転移する宏。ノックをしてすぐに、真琴が宏を迎え入れる。


「冬華から澪の調子が悪そうや、っちゅう話聞いたんやけど、どないなん?」


「そうねえ。原因はまあ、月の物がらみなんだけど、とりあえずお昼は無理そうね」


「そうか。これに関しては、僕は下手なことできんからなあ……」


 真琴から事情を聴き、どうしたものかと考え込む宏。


 実のところ、澪の月の物の事情に関しては、男性陣も立ち会うことになる可能性があるからという理由で、宏と達也も聞かされている。


 正直、年頃の女の子のそのあたりの事情は宏的になかなかきつい情報ではあったのだが、場合によっては命にかかわりかねないまじめな話だったため、少々居心地が悪いという程度で済みはした。


 幸いにして今までその話が役に立ったことはなかったのだが、今回は日本に帰ってきてから初めて、というレベルの特大の重さで来たらしい。


 春菜と共に天音不在の日本に居てもどうしようもない、という事で、宏同様自主休講した真琴が澪を回収し、神の城に連れてきたのだ。


「とりあえず、もうちょっと落ち着いたら温泉に入れてくるわ」


「それ、大丈夫なんか?」


「普通は誉められたことじゃないんだけど、ここの温泉は特別なのよ。神泉とでもいえばいいのかしら? こういう事にもてきめんに効果が出るのよね」


 真琴のくれた情報に、そういうものかとうなずくしかない宏。


 精神的に追い詰められて気分が悪くなることはあっても、もはや肉体的にそういった不調が出ることはなくなってしまったため、そのあたりの事は全く分からないのだ。


 これに関しては、春菜も同じである。


「まあ、栄養ドリンク代わりのスープでも作っとくから、後で風呂上がりにでも飲ませたって」


「了解。あたしの分は、そのついでで適当に作れるものでいいわよ」


「分かった」


 真琴の注文を受け、何を作るかを考える。


 もともと澪には、鰹節と昆布、シイタケのダシにジズのガラから取ったスープを合わせ、野菜が煮崩れるまで煮込んだのちにいろいろと濾しとった、栄養だけを煮出したようなスープを作る予定だった。


 せっかくだから一品はそれにするとしても、さすがに冬華も自分たちもそれでは足りない。


「せやなあ。それやったら冬華の分にオムライス作るから、真琴さんもそれでええ?」


「いいわよ」


「澪の分も一応作っとくから、食べれそうやったら食べときな」


 宏の言葉に、蚊の鳴くような声で「ん」と返事が返ってくる。それを聞き届け、厨房に移動。


 まずは元々大量のストックがあった各種ダシ汁とジズの鶏がらスープを合わせ、様々な野菜を火が通りやすい大きさに入れて投入。後は旨みと栄養がたっぷり溶け出すまで煮込む。ダシ汁は鉄鍋で煮出しているため、鉄分も十分である。


 今回は灰汁が出るような食材は入っていない、もしくは既に処理が終わっているため、ここからは基本的に放置で問題ない。


 その間に手早くチキンライスを作り、薄焼き卵でくるんでオムライスにする。


 最近ではオムライスというといろいろなバリエーションがあるが、今回は素直にシンプルに、表面にはケチャップをかけることにする。


 普段なら宏はこういう時、春菜と違ってオムライスにケチャップで絵を描いたりとかそういった遊びはしないのだが、今日は娘に作るという事もあり、なんとなく軽く絵を描いてみることに。


 と言っても、特に絵心があるわけではないので、挑戦するのは見慣れたアズマ工房のエンブレム、それを簡略化したものだ。


「意外と描けるもんやな……」


 思ったよりもはるかにきれいに描けたケチャップの絵を前に、思わずにんまりしてしまう宏。


 面白くなったからか、自分の分にはポメを、ローリエの分にはラーちゃんを、真琴と澪の分にはオクトガルを描いてみる。


 真琴と澪を揃えたのは、マスコット系の謎生物のバリエーションが尽きたからである。


「っと、遊んどる間に、スープもええ感じになっとんな」


 一番おいしい状態を維持する皿に盛ったオムライスに落書きをしていた宏が、いつの間にかいい感じに煮込み終わっていたスープを見て慌てて火を止める。


 そのまま流れ作業で野菜ガラなどを濾しとり、人数分をカップに入れて取り分けると、付け合わせの野菜をオムライスに添えて完成である。


『真琴さん、オムライスできたけど、今食えそうか?』


『もうちょっと待って。もうそろそろ澪を風呂から上げるから』


『分かった。冬華にはもうちょっと待ってもらうわ』


『何だったら、先に食べてていいわよ』


 音声のみのチャットで真琴に連絡を入れ、冬華とローリエを呼んで食堂に待機する。


 十分ほど雑談しながら待っていると、風呂を終えた真琴と澪が食堂に入ってきた。


 ちなみに、真琴は澪を連れて来た時と同じ普段着だが、澪はパジャマ姿だ。中学の制服はあまり口にできない汚れがついていたので、ローリエの手により完璧な洗濯を施された後、この城の澪の自室につるされている。


「お待たせ」


「お疲れさん。まだそないに顔色ようないけど、澪は食えそうなん?」


「ん。いつもみたいには無理だけど、普通の一人前は食べれそう」


 誰が見てもあからさまに顔色が悪い澪が、お腹を押さえながらそう言い切る。そのタイミングで、澪のお腹が鳴る。


「……こういう事」


「まあ、無理せんとゆっくり食べや」


「分かってる」


 宏に心配そうに言われ、しんどそうにしながらもどことなくうれしさをにじませながら、オムライスに視線を移す澪。


 オムライスに描かれたデフォルメされたオクトガルと目が合い、しばし動きを止める。


「ねえ、師匠」


「なんや?」


「なんで、ボクと真琴姉の分は、オクトガル?」


「そらもう、僕がケチャップで描けそうな絵っちゅうたら、ポメかオクトガルかラーちゃんか工房のエンブレムぐらいやからに決まってるやん。ひよひよベースやから工房のエンブレムは必然的に冬華やっちゅう風に考えたら、どれになっても大差ないやろ?」


「……確かに」


 宏の言い分に納得し、容赦なくオクトガルの絵を崩して食べ始める澪。どこからともなく遺体遺棄と聞こえた気がしなくもないが、多分気のせいであろう。


 考えてみれば、あまり可愛らしいと食べるのに躊躇するし、今日の体調や心境では、ポメの絵ではあまり食欲がわかない。


 そういう意味では、崩そうがどうしようが全く良心が痛まず、かつビジュアルだけなら可愛らしいオクトガルの絵というのはちょうどよかったかもしれない。


「パパ~! このひよひよの絵、可愛い!!」


「うちのエンブレムやねん」


「そうなの?」


「せやで。一応神獣やから縁起がええかっちゅうことで、真琴さんがデザインしてん」


 宏にいきさつを暴露され、目をキラキラさせながら視線で問うてくる冬華に若干照れながらうなずく真琴。それを見た冬華が、更に目を輝かせる。


「真琴さん。悪いんやけど、後で冬華にイラスト色々描いたってくれへん?」


「そういう依頼は、喜んでやるわよ」


 小さい子供に何やら期待に満ちた目を向けられ、やたら気合を入れて宏の頼みを受ける真琴。絵描きとして、ここで燃えねばどこで燃えるのか、という状況らしい。


 なお、この場合の「燃える」は、「萌える」と書いても間違いではない。


「ローリエはラーちゃんやったけど、気ぃ悪うしたとかない?」


「大丈夫です。可愛らしくデフォルメされていますし、実はこういうのに多少憧れがありまして」


「あ、そうなんや」


 ローリエの意外な告白に、冬華以外の全員が手を止めて視線を集中させる。そんな宏達の反応に、恥ずかしそうにしながらオムライスを口にするローリエ。


「っちゅうか、春菜さんか澪がやっとるか、思っとった」


「ボクはここでオムライス、作ったことない」


「実はハルナ様は、ここでオムライスを作る時は意外と凝ったものをお作りになられまして、こういう薄焼き卵でくるんだものは初めて食べました」


「そうなんや」


「はい。野菜の飾り切りなどでは、私にも可愛いものを作ってくださるのですが……」


 ローリエの言葉に、なんとなく春菜の思考を感じ取って黙り込む宏達。


 恐らく春菜は、一応は自身の実の娘という事で、キャラ弁などの小さな女の子がいる家庭で一般的に行われる方向ではなく、味と栄養価と食育の方向に張りきってしまったのであろう。


 その微妙なずれ方こそ、春菜の面目躍如といえる。


「とりあえず、春菜さん帰ってきたらその辺の事は言うとくわ」


「はい、ありがとうございます」


 いろいろ見かねた宏の言葉に、嬉しそうにうなずくローリエ。


 これを見る限り、宏たちは情操教育に失敗しまくっている感じである。


「で、師匠。春姉がいないからこっちに逃げてきてるのは分かるとして、何してたの?」


「春菜さんに言われとった、エルの誕生日プレゼント作っとってんけどな。残念ながら、デザインの時点で手詰まりになっとってなあ」


「へえ? アドバイスできるかもしれないから、ちょっとあたしに見せてよ」


「ちょい待ち。今手元に呼び寄せてるから」


 真琴に言われ、作業場に置き去りにしてあったデザイン案を手元に呼び寄せる宏。自身の一部である神の城にいるからこそ可能な荒業である。


「こんな感じや。問題なんは、僕がエルにやったっちゅうんが一目で分かる、っちゅう部分でなあ……」


「……なるほどね」


「……なんか、根本的に発想が間違ってる気がする」


「そうね。単体で見ると悪くないけど、用途と理由を考えるとそうなるわね」


 宏のデザイン案をざっと見た真琴と澪が、そんな風にダメ出しをしてくる。


「やっぱりそうか。で、なんかええアイデアある?」


「アイデアも何も、師匠がエルにプレゼントするんだから、春姉とおそろいのチェーンブレスレット一択」


「そうそう。デザインとかに気合入れるんじゃなくて、そのもの自体が醸し出す威厳とかオーラとか、そっち方面で勝負しなさい」


「それでええんかいな……」


「「むしろ、それがいい」」


 いまいち懐疑的な様子の宏に対し、力いっぱい言い切る真琴と澪。そんな二人に押され、そういう事ならばと頷く宏。


 食事を終えた後に、過剰な機能を削った以外は春菜の神具と全く同じものを作ってみせる。


「さて、これをいつどうやって渡すか、やけど……」


 留め具に銘とメッセージを刻み込み、必要な機能を全て付与し終えたところでそう呟く宏。その様子を見学していた真琴と澪が何か提案をするより早く、宏の手元からブレスレットが消える。


「……もしかして、かなりやってもうたか?」


「ん。多分超やっちゃった感じ」


「今頃、後に引けないレベルで大騒ぎになってるわね、多分」


 本人も分からない流れで、かなり軽々しく神の奇跡を起こしてしまった宏に対し、やっちゃったなこいつ的な視線をたっぷり向ける澪と真琴。


 後日、恋愛的な意味で今まで以上に出来上がった状態のエアリスが神の城を訪れたことで、完全に自爆したことを悟る宏。


 結局、恋愛的に出来上がっていながらも裏で何が起こっているのかを察したエアリスの獅子奮迅の働きによって、婚約その他に関しては今まで通りの状況が続くことになり、一緒に事情を聴かされた春菜ともども思わず胸をなでおろす羽目になるのであった。

チェーンブレスレットが宏の意思を無視して勝手に転移した事情に関しては、次話で触れる予定です。

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