第44話
「俺の記憶では、赤ちゃんはもっとよく泣くものだったはずなんだが……」
年も明け、成人の日も過ぎた一月末の藤堂家。
菫と名付けられ、一カ月健診も終えた愛娘について、どうしても気になることを、達也が会社の休みを取ってどうこうしたその一カ月健診の帰りに相談しに来ていた。
ちなみに、現在宏は日本にいない。例のフィールド発生装置に関しての発表、という事で、天音に連れられてゲート利用で海外の学会に出席させられている。
真琴は真琴でローレンに漫画の指導に行っており、澪は元から今日は来る用事がない。
先ほどまで居た深雪もケーキを食べ終えたところで部屋に引っ込み、現在この場にいるのは香月一家と春菜だけである。
なお、菫の名の由来は、彼女が精霊を捕まえた際に発した光が菫色だったからだ。それを見てしまった達也と詩織が、どう頑張っても他の名前ではしっくりこなくなってしまい、宏や春菜と相談して問題ない事を確認して名付けたのである。
「私の覚えてる限りでは、深雪はもっと泣いてたよ」
「だよなあ……」
つい今しがた母親がトイレに行って席をはずしたというのに、眠っているわけでもないのに泣きもせずに大人しくゆりかごに入れらている菫を見て、首をかしげながらもそう告げる春菜。
生後一カ月ぐらいの赤子がどうなのか、など、そんなにしっかり把握しているわけではないが、基本的に寝ているか泣いているかが大部分を占めているイメージしかない。
さすがにイメージしているよりは機嫌よく笑っている時間が長いだろうが、どちらにしても現在の菫ほどおとなしくはないだろう。
というより、泣く以外の手段で不快感や命の危機から逃れる手段がないのだから、赤ちゃんが四六時中泣くのは当たり前の話である。
余談ながら、今菫が入っているゆりかごは、春菜と深雪が赤ん坊だったころに使われていたものだ。
普通の家庭なら上の子が大学生にもなっていれば、とうに処分されていてもおかしくない代物ではあるが、芸能人夫婦であり自宅のスペースに十分すぎるほど余裕がある藤堂家の場合、レッスン用の道具として保管され、思い出したように使われていたりする。
ちなみに、このゆりかごはなかなかの高級品で、作りもかなりしっかりしているので、処分するぐらいなら孫のために残しておく、というのも悪くないぐらいの代物だ。
もっとも、春菜の出自的に、いくら短期間しか使わないといっても、あまり粗末なものを使っていてはがっかりされそうなので、高級品のゆりかごがあるのもある意味当然かもしれない。
「うーん……。でも、検診の結果では特におかしなことはなかったんだよね?」
「ああ。少なくとも遺伝子的な問題とかはないし、妙な病気をもらったりとかもしてなかった。が、何というか、こう、生まれた時が生まれた時だからなあ……」
「もしかして、転生者だったりして、みたいなことを疑ってる?」
「……多少な」
「それに関しては大丈夫だよ。記憶を持ったまま転生する場合、時空神とか創造神、混沌系の神様なんかが見れば一発で分かる痕跡があるから。そう言うのがない時点で、菫ちゃんは少なくとも記憶は引き継いでないよ」
春菜に言われて一瞬安心しかけて、転生者であること自体は否定していない事に気がつく達也。そのことについて問いかけようと口を開きかけたところで、春菜が補足とみるべきか追撃とみるべきか難しい言葉を告げてきた。
「とりあえず聞かれそうだから先に言っておくと、元が何かまでは分からないけど、転生はしてきてるよ。私達みたいに神化したりとか、ブッダみたいに自力で悟りを開いて輪廻から解脱したりとか、あと何らかの形で魂が消滅したりとかみたいなケースを除いて、基本的にほとんどの生き物は死んだあと転生してるし」
「天国とか地獄とかには行かないのか?」
「あれ、魂を転生させて再利用するためのシステムの一部なんだよね。あんまりいい例えじゃないけど、レンタルのおしぼりとかウエスとかみたいに、汚れの度合いや種類によって一度分別して洗い方を変えて、っていう感じ? 何度も再利用するとすり減ってきて使えなくなる、っていう点も、輪廻転生のシステムに似てるかな」
「……また、ものすごく身も蓋もない話だな……」
「うん。ただ、さすがにウエスとかと違って、魂は再利用すればするほど強くなっていくものもあるし、洗えば洗うほど汚くなって、最終的には邪神とかそっち方面になっちゃったりとかもするけど」
「……まあ、そうでなけりゃ、お前さん達みたいに神化する、なんてことは起こりえなかろうが」
「まあね」
何やら疲れたように、春菜の説明に突っ込みを入れる達也。そんな達也に苦笑しながらも、腕をパタパタと動かし始めた菫になんとなく己の指を触らせる春菜。
春菜にかまってもらって、なんとなく機嫌よさそうに声を上げる菫。どうやら、触れてくる指から惜しみない愛情を感じ取っているらしい。
「ちなみに魂って、あんまり細かすぎて原始的な、寿命の短い生き物には宿ってないんだ。だから、生物の進化って最初の段階がどこかっていうのは、私達の視点だと魂を得られるかどうか、だったりするんだ」
「……なるほどなあ。なんというか、あんまり知りたくなかった話だな……」
「あと、転生してくるかどうか自体は、割と五分五分って感じかな? やっぱり基本的に生まれてくる数のほうが死ぬ数より多いし、さっきも言ったようにいろんな理由で転生できない魂もあるから、転生してる魂の数って案外増えないし」
「そういう話を聞かされてもなあ……」
菫をあやしているのか菫で遊んでいるのか分からない春菜の指の動きに目を向けながら、どことなく遠い目をしてそうコメントする達也。
今回は自身が聞いた話が発端とはいえ、身内に神様がいると、知らなくていい事を知る機会ばかり増えて困る。
「何にしても、菫ちゃんが前世の記憶持ってたり、誰かの記憶が乗り移ってたり、みたいなことにはなってないから、そこは安心していいよ」
「だったらいいんだが……」
春菜の答えに、微妙に納得がいっていない様子ながらも一応大丈夫だということにしておく達也。生まれてしまった以上は、どうであっても今更なのは変わらない。
と、そこで、不意に別の疑問がわいてくる。
「なあ、春菜。菫の事はまあ、それでいいとして、俺と真琴はそういう方面では大丈夫なのか?」
「そういう方面って、転生とかその類?」
「ああ。よく考えたら、澪はお前さんの眷属として寿命のリミッターが外れちまったんだろう? 一度死んでまるまる生き返らされた俺たちは、そのあたりどうなのかってのが気になってな」
「微妙なところかなあ。私の眷属になっちゃった件に関しては、澪ちゃんが無意識に何らかの形で今のまま私達とつながっていることを望んだから、っていうのが大きいみたいだから、達也さんと真琴さんは大丈夫なんだけど……」
そこで言葉を濁した春菜に、嫌な予感を覚える達也。その予感に背中を押されるように、その続きを促す。
「眷属云々は大丈夫だってんだったら、何が問題なんだ?」
「えっとね。寿命に関しても、達也さんと真琴さんは今のままなら普通の人間と同じで行けるんだけど、死んだ後がちょっとややこしい事になりそうで」
「ややこしい事、か。具体的には?」
「二人とも、心身ともに亜神の領域に至ってるから、多分普通に転生することはなさそうかなって。それだけならまだいいんだけど、真琴さんはよっぽど強く望まない限り、死後何らかの神様になることは避けられない感じ。達也さんはもうちょっとマシかな、多分」
なかなかに難儀な話をされて、思わず固まってしまう達也。そのタイミングで、詩織が戻ってくる。
「ねえ、タッちゃん、春菜ちゃん。何の話?」
丁度トイレから戻ってきて春菜と達也の話を断片的に聞きつけた詩織が、菫を抱き上げながら不思議そうに首をかしげてそう聞く。
「えっとね。菫ちゃんがすごく大人しいから、転生者とかそういう方向で大丈夫なのか、っていう話がね」
「ああ、なるほど~」
詩織が菫を抱き上げたことで指を引っ込め、質問に答える春菜。達也の死後の話については、あえて言う必要はないだろうと黙っておく。
春菜の答えを聞いて、菫をあやしながら納得したようにうなずく詩織。
「正直なところ、精霊さんを捕まえて支配しちゃうような娘だから、おとなしくても別に不思議はないかなって思って、全然気にしてなかったよ~」
「まあ、その時点で普通ではないよね」
「うん。というか、女神さまから直接祝福をもらっちゃってるからどんなことがあっても不思議じゃないし、大抵の事はまあ、その祝福があるから大丈夫かな、って」
「あ~、なんかごめんなさい」
「ちょっと言い方悪かったかな、ごめんなさい。正直、祝福してもらえるのはすごく嬉しくてありがたい事だし、それについて春菜ちゃんに謝ってもらうのは申し訳ないから、むしろ謝らないでほしいかな~」
幸せそうに娘をあやしながら、春菜に対して謝罪も兼ねた意見を言う詩織。
達也ほど春菜の体質に振り回された経験がないというのもあるが、詩織は祝福だの加護だの特殊能力だのといったことを、それほど問題視していない。
その手のものの影響で子供の性格が歪んで育つのではないか、という達也の心配も分かる。分かるのだが、その心配は健常児だろうが障害を持って生まれようが、周囲に愛されていようが疎まれていようが関係なく出てくる問題だ。
大体、子供が生まれたことを喜んで祝って責められるのは、筋が通らない。
そもそも、子供の性格や考え方は、成人するまでは親が責任を持つべきことである。親だけではどうにもならない事は当然あるし、常に目が行き届くわけでもないが、それも別に菫だけに限った話ではない。親の目が行き届かない所という点にしても、少なくとも春菜にせよここにはいない宏にせよ、子供を悪い方にそそのかすタイプではない。
出来るだけリスクを下げたいという達也の考えを悪いとは言わないが、どうせ子供なんて育ってほしいようには育たないが育てたようには育つ、というのが、詩織が散々両親から聞かされた言葉である。
という感じで、実はすでにいろいろと腹をくくっている詩織であった。
「とりあえず、ヘンなのに目をつけられそうっていうのは私達の責任だから、そっちはちゃんと対処するよ」
「うん。さすがにそれはお願いしなきゃ、だね」
「そうだな。多くは望まないから、無事に輪廻に戻れるようにだけ面倒見てくれればありがたい」
「それぐらいは大丈夫。ただ、私達みたいにうっかり神化しちゃったり、なんとなく悟り開いて解脱しちゃったりっていうのまではさすがに責任持てないけど」
「そのあたりは菫自身の選択だから、誰が責任とるって話でもないだろう?」
春菜の言葉に、とりあえずこれだけは何とかしてほしいという要望をはっきり伝える達也。
結局、理由はよく分からないまま、今日も菫はやたらと大人しい赤ちゃんとして過ごすのであった。
数日後のファーレーン。休講が重なって丸一日予定が空いた春菜は、エアリス達の様子を確認しにウルス城へと来ていた。
「……それはまた、羨ましいわね」
春菜をもてなしていたエレーナが、菫の状況を聞いて心底うらやましそうにため息をつく。
どうやら、エレーナも赤ちゃんの世話にはいろいろ苦労しているようだ。
「やっぱり、エレーナ様の所も大変?」
「ええ。元気なのはいいことだけど、ミルクでもおしめでもないのにずっと泣き止まないこともしょっちゅうあって、お母様たちがオクトガルだろうが何だろうが利用しろって言った理由を毎日実感しているわ」
「あ~、そういえば、うちの妹もそういう事がたびたびあったって記憶が、うっすらとあるかな……」
「でしょうね。それでも、私なんかは経験豊富な侍女や乳母の手を借りられるだけ、随分と恵まれているわ」
「そこはもう、私生活のいろんなものを差し出してきた王族や高位貴族の特権だよね」
春菜の言葉に、思わず小さく笑うエレーナ。身分の問題ではなく、義務の対価だという言い方が春菜らしくて面白かったらしい。
「何にしても、エレーナ様のところは順調そうでよかったよ。菫ちゃんみたいに変な加護とかついてないみたいだし」
「変な加護、というのはないけれど、強力な祝福は貰っているようね。それも複数の神から」
「えっと、それって……」
「アルフェミナ様も、アレックスに祝福をくださったみたいなのよね」
「まあ、エルちゃんがいるしね……」
エレーナの息子・アレックスに与えられている祝福や加護の状況を聞かされ、思わず苦笑する春菜。
現在のファーレーン王であるレグナスが実は比較的軽い加護しか持っていないように、直系王族でもそれほど強力な加護をもらえていないケースも珍しくない中で、アレックスの現状は極めて異例ではある。
もっとも、宏や春菜から祝福が行っていないだけで、二年ほど前に正妃から生まれたエレーナとエアリスの末の弟と妹の双子には、アルフェミナからたっぷり祝福と加護が与えられている。
おそらくレイオットに子供ができた場合、もたらされる神々からの加護や祝福はアレックスや双子の比ではなかろうし、それがリーファとの子供であれば、間違いなくその倍率(?)はうなぎのぼりだ。
アレックスの愛されぶりは、恐らくさほど問題にならないであろう。
「一応確認しておくけど、私とか宏君から加護とか祝福とか行っちゃっても、問題にはならない?」
「得たこと自体は、別に問題にはならないわ。むしろ、とても有難いぐらいね。権力闘争的な意味では、人によっては無かった方がよかった、とか言いそうだけど、少なくとも私達はそんな罰当たりで失礼なことは考えていないわ。というより、こんなにたくさんもらえて、心底嬉しいぐらい」
「……だったらよかったよ。私の故郷だと、加護とか祝福とか、それで得られる特殊能力とかって、全部単なる厄介事のタネになっちゃうから……」
「あなた達の故郷って、随分と贅沢なのね」
「アルフェミナ様たちの管轄外っていうのもあるけど、基本的にあんまり神様とかが表に出てこないんだ。だから、神様の加護をもらって特殊な能力を持ってる、とかいうと、異端扱いされて排除されがちなの」
「それはまた、暮らしづらそうね」
エレーナの感想に、困ったように微笑む春菜。実際問題、いろんな面でウルスよりは圧倒的に便利ではあるが、春菜のような存在が暮らしやすいかというと微妙なところである。
少なくとも、こちらにいるよりはるかに窮屈なのだけは、否定できない所だ。
「それにしても、エルちゃんまだまだ忙しそうだよね」
「もうじき、あの子の誕生日パーティもあるから、どうしてもね」
「そういえば、もうそんな時期かあ……」
エレーナに言われ、そろそろエアリスの十四歳の誕生日であることを思い出す春菜。
去年は宏達の方が複数の案件でごたごたしていたが、今年はエアリスの方が忙しくてお祝いどころではなさそうである。
「今年は未成年として最後のパーティだから、いろいろ大変なのよ」
「ファーレーンは十五歳で成人だっけ?」
「ええ、そうよ。だから、エアリスの今年と来年の誕生日は、色々と特別な意味を持つの」
「来年は分かるとして、今年も?」
「ええ。慣例的なものではあるけど、この時点で婚約者が決まっていた場合、婚約が正式なものになることが特に大きいわね」
「来年じゃなくて、今年なんだ?」
「今年なのよ。だから、念のためにヒロシには、それとなくエアリスの所有権を主張するようなものを用意してもらえないかしら?」
いい加減覚悟を固めて囲い込め、と主張するエレーナに、どうしたものかと曖昧な笑みで誤魔化そうとする春菜。
失敗したとはいえ、澪やアルチェムも交えてデートを敢行するぐらいには、宏の方の覚悟も固まっているのは確かだ。たとえ形だけであっても、エアリスを囲い込むことを今更嫌がるとは思えない。
だが、だからといって一足飛びに既成事実を積み上げるのは、さすがにどうかと思わなくもない。
あれだけ腰が引けている状態で、状況や環境を理由に強引に進めても、ろくなことにならないような気がしてならないのだ。
「ハルナは反対?」
「ちょっと説明しづらいんだけど、まだ時期じゃない気がするの」
「時期じゃない?」
「うん。距離を詰めるためにも、デートとかそういうのはもっと積極的にやるべきだとは思うんだけど、そういう既成事実を作るのはまだ早いかな、って」
「正直なところ、私から見ればあなた達に必要なのは覚悟を決める事と立ち位置を変えることで、これ以上距離を詰めても無駄じゃないかしら」
明らかに頑張るべきポイントがずれている春菜に対し、思わず本音でばっさり切り捨てるエレーナ。
第三者から見ると、はっきり言って宏と春菜達の間の距離感は、一般的な夫婦の大部分よりよほど近い。こう言っては何だが、夫婦であると宣言する類の契約書を出しているか否かと性的な行為に及んでいるかどうかだけで、その関係性はとうの昔に熟年のおしどり夫婦と変わらない。
一番距離があるアルチェムですら、一般的な恋人同士ならこの程度には想い合っている、というところには踏み込んでいるし、当人たちに自覚はないがすでに七十五センチどころか六十センチの壁も乗り越えている。
結局のところ、宏の側にある拭いがたい男女交際に対する拒否感と、それに対する春菜達の遠慮や躊躇いをどうにかすれば、後はもう誰もが認めるハーレム集団の完成まで一直線であろう。
少なくとも、辛うじて庭先にまでは入れてもらえているレベルでしかないレイニーや、そもそもほとんど意識に上らないサーシャよりはよほど恵まれている立場なのは間違いない。
「うん、でも、まあ、覚悟を決めて立ち位置を変えて望む関係に近づけたとしても、私達の故郷での法とか倫理道徳とかの都合上、澪ちゃんとエルちゃんが二十歳になるまではそんなに進展させるわけにもいかないんだけど、ね……」
「二十歳を過ぎてから結婚した私が言うのもなんだけど、随分とのんびりしているのね」
「長い歴史でいろいろあって、日本では法的に成人なのは二十歳になってからなんだ。もうじき法改正で十八歳になるんだけど、どっちにしても澪ちゃんとエルちゃんに関してはあと何年かは先の話になるよ」
「なるほどね。結婚とかはどうなの?」
「そっちは、今は男子が十八歳、女子が十六歳だけど、これも二十歳過ぎるまでは親の同意が必要だし、あんまりいい目では見られてないよ。特に女の子が未成年だと、下手をすれば犯罪扱いされかねないし」
「未成年といった所で、十六にもなってそのあたりの判断ができない、なんてことはないでしょう?」
あきれたようにこぼしたエレーナの疑問に、非常に困った様子を見せながら黙り込む春菜。それを見て、どうやらファーレーンの感覚でものを考えてはいけないらしいと悟る。
「まあ、それ以外にも、日本では重婚は法的には一切認められていないから、そういう面でも澪ちゃんとエルちゃんが二十歳未満だとまずいんだよね。認められていないって言っても事実婚までは規制されてないけど、未成年を二人も囲い込んじゃうと、さすがに犯罪者として捕まっても反論は聞き入れてもらえないだろうし」
「国が違えば風習は変わるものだけど、あなた達の立場や状況を考えると、随分と面倒な感じね」
「うん。うちのお母さんとかは、いっそ重婚が合法の国に国籍移すのも考えたら、って言ってるけど、それはそれで入国審査とかがものすごく面倒臭くなるんだよね……」
春菜の言葉に、そもそも普通の感覚をした国が宏や春菜を手放すのだろうか、などとちらりと考えるエレーナ。
実のところ、エレーナの考えは半分あたりで半分はずれ、といった所である。
そもそも、日本はこういった高度な頭脳や技能の持ち主の流出に関して、世界で一番鈍感な国だ。人権だの民間に対する不干渉の原則だのを言い訳に、ノーベル賞級の研究成果を上げた人材や高度な生産技術のコアとなる技能を持った人材をあっさり他国へ流出させた前科は、枚挙にいとまがない。
さすがに国防その他に致命的な影響を持つ技術を開発したこともあって、今ならば宏と春菜を可能な限り囲い込もうとはするだろう。が、議会制民主主義の国の面倒くささで、どれほど優れていようと国が直接個人に対して便宜を図るような真似は、簡単にはできない。
それをするとあっという間に政権が揺らぎ、場合によってはそのまま政府が転覆してしまう事すら起こりうる。
そんな中でも天音はかなり優遇されているが、これに関してはむしろ優遇しない方が不公平、と言わしめるほどの功績をあげているからであり、例外中の例外と言ってしまって間違いないだろう。
現時点での宏と春菜程度では、見て分かるほどの優遇をしてまで国が囲い込む領域には至っていないので、出ていこうとすれば公的な制度を拡大解釈可能なぎりぎりまで使って引き留めはしても、国籍を変えようとするのを餌を積み上げて阻止するところまではしないのは確実である。
「まあ、何にしても、澪ちゃんとエルちゃんが二十歳になるまで現状維持、っていうのは、ある意味都合がいいかもしれないとは思ってるの」
「都合がいい、ねえ。やっぱり、急な変化は怖い、という事かしら?」
「うん。もうすこし、ちゃんと手順を踏んで時間をかけて気持ちを整えた方がいいと思うし、それに、せめてデートぐらいはちゃんとまともに成功させたいし」
「私は、デートなんて結婚してから初めてだったわよ?」
半ば政略結婚だった自分たちの事例など当てにならないと知りつつ、あえてそんなことを言うエレーナ。
そもそもの話、デートだと思っていなかっただけで、春菜達は実質的にデートをしたのと変わらないことなどいくらでもしてきている。
エレーナからすれば、いまさらそんな風に身構えなくても、自然体で楽しい事をすればいいのではないかと思われてしょうがないのだ。
ちなみに、エレーナがデートという単語とその意味を知っているのは、エアリスやオクトガルからそのあたりの説明を受けているからである。
そうでなければ、エアリス同様にそもそもそういう概念自体が存在していない元王族のエレーナが、単語の意味を知っているわけがない。
「それにしても、今日はエルちゃんに会うのは難しそうだね」
「そうねえ」
エレーナからの突っ込みをスルーして、再びエアリスの事に話題を戻す春菜。
いろいろ面倒な、だが今日やらないわけにもいかないあれこれが重なった結果、エアリスはまだまだ忙しい。
結局今日は無理そうだ、というのが分かったのは、春菜が三杯目のお茶を飲み終えた時の事で、しかも伝達はオクトガルからだった。
「そっか、残念。まあ、誕生日が終わったぐらいに、今度は宏君と一緒に来るって伝えておいて」
「分かったの~」
「それから、これは差し入れ。忙しそうだから、疲労回復によさそうなメニューで軽くつまめるものをいろいろ入れておいたから」
「美味しそうなの~」
「エルちゃんの許可なしに勝手に食べちゃダメだよ?」
「は~い」
忙しいものはどうにもならない。そう割り切って差し入れを渡し、諦めてウルス城から引き上げることにする春菜であった。
「ねえ、ハルナさん。エル様ものすごく忙しそうなんだけど、ちゃんと会えた?」
「今日は無理だったよ」
「ハルナさんでも無理か~……」
日本に帰る前にウルスの工房に戻ると、心配そうな顔をしたファムが出迎える。
そんなファムの言葉に、普通王族ってこんな飛び込みでは会ってくれないものなんじゃないだろうか、などと思いつつもとりあえず頷いておく春菜。
「とりあえず、誕生日まではちょっと忙しいらしいから、気を使わせないようにそれまでは適当に差し入れだけして直接は顔出さない方がいいかな、って思うんだ」
「それはいいんだけど、ちゃんとエル様に余裕できたら顔出してあげてよ?」
「分かってるよ。いろいろ話し合いたいこととか相談したいこととかあるし」
「相談したいこと?」
「うん。エルちゃんももう、来年には十五歳だから」
「あ~」
春菜の言葉に、何やら納得した様子を見せるファム。やはり、ファーレーン人のヒューマン種およびそれと寿命や成長曲線が近い種族にとっては、十五歳という年齢はいろいろ特別らしい。
「そういえば、ファムちゃんももう、そんな先の事ではないよね?」
「あと四歳だけど、あんまり実感ないなあ……」
「まあ、そうだよね。私も来年自分の国での成人なんだけど、あんまり実感ないし」
「ハルナさんもそうなの?」
「うん。と言っても、うちの国とファーレーンじゃ、いろんなところが違うし」
不思議そうなファムに、なんとなく苦笑しながらそういう春菜。
こう言っては何だが、ファムの実感が湧かないと春菜の実感が湧かないは、似て非なるものである。
まだ四年あるとはいえ、既に一人前の職人として、また少なくともウルスの中ではトップクラスの腕を持つ薬師として活躍しているファムは、現時点で責任も待遇も大人のそれと大差ない。
十五歳になって成人を迎えても、結婚に関する制約がなくなる程度で今と大差はなく、その結婚にしてもテレスとノーラほどには周りの目が血走っていないだけで、とっくに見合いの話はたくさん来ているのだ。
これで、四年後に成人だと実感するのは無理があるだろう。
逆に春菜の場合、というより日本人の場合、二十歳になったからと言ってそのあたりの責任をすぐに感じさせられることなどまずない。
大学に入ってすぐ、色々のっぴきならない実績を残して囲い込みの対象になった宏と春菜ですら、天音という絶大な保護者がいるため、恐らく院に入るぐらいまではもろもろの責任から守ってもらえるだろう。
成人したところで今の延長線上で急激な変化が訪れない、という点は同じでも、その中身にはこれほどの違いがあるのだ。
「どっちにしても、私達の場合エルちゃんと違って、成人したからって何が変わるって事もなさそうだから、あんまり気にしてもしょうがないかな」
「アタシ達は、権力闘争とかも縁ないしねえ」
「そうそう」
エアリスの成人が大変なことになる最大の理由を口にして、とりあえずそのあたりの話を切り上げる春菜とファム。
エアリスの場合、その権威の大きさやそれに付随する人脈と影響力から、成人までにせめて婚約だけでも正式にかわしておかないと、非常に面倒なことになる。
やはり、よからぬことを考える野心家というのはどこにでもおり、そういう連中にとって未成年でまだ婚約者が決まっていない事は、自分の野心をかなえるための付け入る隙に見えるらしい。
また、宏やアズマ工房については認めていても、いや、認めているからこそ、これ以上の権威を得ることに警戒をしている人間も少なからずいる。
権威という点に関しては、既に宏と春菜が神になっている時点で今更であり、むしろそこに嫁ぐのはこれ以上ない名誉であろう、という意見も出てはいるのだが、そもそも宏が神化していることを信じている人間が意外と少ない、という問題があったりする。
そんなこんなで、ファーレーン王室の、どころかアズマ同盟に参加するすべての国のトップの総意は、宏とエアリスの結婚が最上であるという点でまとまっているにもかかわらず、そうはすんなりいかせてもらえない情勢になっているのだ。
権力を得ることに興味がないがゆえに縁がないように見えているだけで、実際にはアズマ工房は、権力闘争の中心にしっかり腰を据えていたりする。
「とりあえず、そのあたりの話は置いておくとして。あと二カ月ぐらいしたら、達也さんと詩織さんの娘をこっちでお披露目する予定なんだ」
「タツヤおにーちゃんの子供!?」
実のない話を切り上げ、菫をこっちに連れてくる話を口にした春菜に対し、たまたま休憩のために食堂に来たライムがものすごい勢いで食いついてきた。
「ハルナおねーちゃん! わたし達も、タツヤおにーちゃんとシオリおねーちゃんの子供、見ていいの!?」
「うん。最初からいずれそうするつもりだったし」
「ねえ、ハルナおねーちゃん! その子どんな子!? 可愛い!?」
「赤ちゃんにしては、ものすごく大人しくて手がかからない子かな? 生まれた直後はともかく、今はものすごく可愛いよ」
興奮気味に次から次へと質問をしてくるライムに、微笑ましいものを見るような目を向けながら菫の事を話す春菜。
礼法の授業に真剣に打ち込み、時にエアリスやエレーナなどから直接指導を受けるライムは、今では上級貴族の子女に混ざっても全く浮かない、どころか上級貴族であっても一部のやんちゃ盛りの子供よりしっかりとした礼儀作法を見せるようになっている。
それに従って生来の元気な姿は鳴りを潜め、ファムやエアリスとは違う意味で歳不相応な落ち着きを見せるようになっていたが、今日は久しぶりに昔のようなオーバーなぐらい感情表現豊かで元気なライムの姿を見せているようだ。
別に最近のライムを否定するわけではないし、落ち着きを見せるようになったとはいえ、やはりライムの表情はポジティブな感情を割と素直に表に出している。
が、それでも昔のライムを知っている春菜としては、まだ八歳でしかないのに、まだしっかりする必要も感情表現をコントロールする必要もないのに、成人、もしくはそれに近い貴族と同様の感情のコントロールを身につけつつあることは、いろんな意味で残念な気分だったのである。
「そうだ。折角だから、今日はこっちで晩御飯食べていくよ」
「「本当!?」」
「うん。久しぶりに、私がみんなの分も作るね」
「「やった!!」」
春菜の言葉に、非常に嬉しそうに喜びの声を上げるファムとライム。
なんだかんだと言って、日本に帰ってからは宏も春菜も忙しくなったため、一緒に食事をする機会は月に一回あるかないかという感じになっている。
さらに言うならば、宏もしくは春菜が料理をする、となると、もう半年近く前の事になる。
その分、暇ができるたびに顔だけは出すようにしているが、やはり一緒に食事をするかどうかというのは結構違う。
今日はもう特にこれといった用事もないのだし、春菜も久しぶりに工房のメンバーともゆっくり食事をしながら近況報告をしたい気分になったのだ。
「仕込みを始めるにもちょっと早いから、真琴さんと澪ちゃんにもちょっと声をかけてくるよ」
「マコトさんとミオさんだけ?」
「タツヤおにーちゃんとシオリおねーちゃんが無理なのは分かるけど、親方も無理なの?」
「宏君は今、日本にいないんだよね。結構スケジュールが詰まってるから、途中で抜け出すのも難しいみたい」
「そっか、残念なの」
「久しぶりに、アタシたちの努力の結晶を品評してもらおうかと思ったんだけど、しょうがないか」
宏が来れないと聞き、心底残念そうにするファムとライム。それでも、無理なものは無理と割り切る分、年を考えると非常に聞き分けがいいと言える。
このあたりに関してはファムもライムも昔からそうだったので、育ってきた環境というのは大きいと言わざるを得ない。
「じゃあ、とりあえず声かけてくるよ。ただ、真琴さんも澪ちゃんも他に用事が入ってるかもしれないから、あんまり期待はしないでね」
「うん、分かってるよ」
「おねーちゃんたち、みんな忙しそうだからそれは仕方がないの」
「てか、マコトさん達の予定が一日空いてるんだったら、最初から一緒に来てるよね?」
「うん。というか、真琴さんも澪ちゃんも今日は学校。私も本当は午前中は学校だったんだけど、取ってる講義が全部休講になって、丸一日予定が空いちゃったんだ」
春菜の告げた事情を聴き、なるほどとうなずくファムとライム。ルーフェウス学院に通う二人にとって、その理由は普通に納得ができるものなのだ。
ちなみに春菜に関しては、午後の講義が天音のものであった都合上、元々昼からの予定は空いていた。なので、夕食をどうするかはともかく、午後にファム達の顔を見に来るのは最初から決めていたことだった。
他にやることなどいくらでもあるが、そのほとんどが天音も宏も不在の状況で進めるには不安があることばかりだったため、とりあえず今日は素直に自由時間としてやりたいことに回したのである。
なお、宏と天音の帰国は、日程的には明日の夜になる。
「じゃあ、ちょっと行ってくるね」
「は~い」
「行ってらっしゃいませ、なの」
ファムとライムに見送られ、その場から神の城を経由して自宅へ戻る春菜。そのまま、澪がもう放課後であることを確認して即座にメッセージを送る。
間髪入れずに帰ってきた返事を見てにっこり笑うと、再び神の城へ移動。ローリエに一声かけて厨房の機能を立ち上げる。
「よし! 久しぶりに、ちょっと気合入れて神の食材フルコースにしよう!」
宏がいないところで料理をするのも久しぶりだからと、帰ってきた宏を驚かせられるように、新たな創作料理の練習もかねて豪華なフルコースに走る春菜であった。
「ただいま……」
「おかえり、宏君」
「お疲れさま、宏。初の海外はどうだった?」
「どうやったもなんも、ずっとホテルと発表会用の大講堂とパーティ会場のはしごやったから、そんなにちゃんと景色とか見る余裕なかったで」
「なるほどねえ」
春菜達がウルスの工房で夕食を食べた、その翌日の夜。ゲート移動の都合で東家ではなく藤堂家へと帰ってきた宏を、春菜と真琴が迎え入れる。
「それにしても、急な話だったわよねえ」
「なんぞいろいろトラブルがあって、妙なねじ込まれ方しても断れんかったらしいわ」
「なるほどねえ。何にしても、本当にお疲れさま」
「お疲れさま。本当に大変だったでしょう? 何か食べたいものとかある?」
「せやなあ……」
完全アウェーで味方が天音のみ、と言う慣れぬ環境に消耗しきっている宏に、心の底からねぎらいの言葉をかける真琴と春菜。
急にねじ込まれたのに天音が断れなかった、という一点だけを見ても、今回の学会が宏にとって厳しい環境だったのは疑う余地もない。
神の基本的な権能のおかげで、言葉が分からない系の問題こそなかったが、それが救いとなっているかどうかは微妙なところである。
そもそも、普通の大学一年生は、こんなガチの学会に出席などしないものだ。
「とりあえず、おにぎりとみそ汁が食べたいわ……」
「了解。すぐに用意するね。何か具を入れる?」
「今は塩むすびの気分やな」
「分かったよ。とりあえず、海苔は添えるだけにしておくね」
「頼むわ」
宏のリクエストを聞き、さっさと台所に移動する春菜。それを見送った宏と真琴が、話を続ける。
「どうせ聞いても分かんないから、学会の話とかは置いとくとして、何か収穫はあった?」
「収穫、っちゅうてもなあ。とりあえず、もう一個二個突っ込まれたことに関して実験して、そのレポート書いて、それベースにした修正論文発表したら、それが博士論文になる、みたいなことは言うとったわ」
「へえ~。って事は、春菜も近いうちにそうなる、って感じ?」
「せやな。多分やけど、年度内に春菜さんも学会に引っ張り出されると思うわ」
「でしょうね。っていうか、よく分かんないんだけど、博士論文とか学会とか、そんなホイホイ話が進むものなの?」
「んなわけないやん。僕のフィールドシステムとか春菜さんの酵母とか、実験すればするほどとんでもない結果が出とるから、とっとと博士与えてふらふらさせんとこう、っちゅう感じで話が進んどるだけで、普通は学生が一から立ち上げた独自研究でっちゅうん自体、形になるまでがなかなかやし、研究も年単位でやっとやで」
「まあ、そうでしょうねえ」
宏の言わずもがなな言葉に、真顔でうなずく真琴。
あまりにとんとん拍子に話が進むものだから勘違いしそうになるが、普通は博士論文になりうる研究をすること自体が、かなりハードルが高い内容となる。
逆に言えば、宏と春菜が今年一年でやらかしたことは、それだけ人類の常識をひっくり返しまくっているという事でもある。
「あと、とりあえずはっきり分かったんやけど……」
「なによ?」
「僕、フランス人とイタリア人の男とは、まともによう付き合わんわ……」
「何よ、そのピンポイントな人種攻撃……」
宏のカミングアウトに、思わずあきれた声を漏らす真琴。
イメージ的にわからなくもないが、あまりにピンポイントすぎて突っ込まずにいられなかったのだ。
「それは、私もちょっと気になるかな」
真琴の突っ込みに合わせるように、用意した食事を持ってきた春菜が不思議そうに口をはさんでくる。
ちなみに、春菜はおにぎりとみそ汁だけでなく、卵焼きと漬物に加え、おひつに入れたごはんと鮭のほぐし身などのお茶漬けにもおにぎりにも使える具材をいくつか一緒に持ってきている。
それを見た真琴が、夕食をちゃんと食べたというのに妙に空腹を覚えてしまう。
「ねえ、春菜。あたしもそこの具でお茶漬け、作ってもらっていい?」
「そう来ると思ったから、お茶碗とお箸も用意してるよ」
「やった! 春菜、愛してる!」
たかがお茶漬けに、大げさに喜ぶ真琴。そんな真琴に苦笑しながら、ご飯をよそって真琴好みの具を手早く乗せ、梅昆布茶をだし汁代わりにしたお茶漬けを完成させる。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
「で、宏君。フランス人とイタリア人がダメな理由って?」
お茶漬けを作っている間にいただきますを済ませ、おにぎりにかぶりついていた宏にそう問いかける春菜。
話が戻ったことに気がつき、最初の一口を飲み込んだ宏が答えを告げる。
「イタリア人に関しては、簡単な話でな。とにかく会場におった女性の学者さんらを、片っ端から口説かせようとしよってなあ……」
「「ああ~……」」
予想通りにもほどがある宏の言葉に、思わずやっぱりという感じで納得の声を漏らしてしまう春菜と真琴。
その行動は、宏にとって鬼門にもほどがある。
無論、イタリア人男性全員がそんな人種ではない。ないのだが、女性とみれば口説くのが礼儀、と言ってはばからない文化を長い間持ち続けている地域が結構あることもあり、社交辞令の一種として女性を口説く男性が他の国より多いのも事実ではある。
「で、学者やからなんかもしれんけど、フランス人はとにかく誇り高すぎて、付き合うんがしんどうてたまらんかったわ……」
「一応知り合いのために言っておくと、普通のフランス人は自国の食文化以外は、そこまで誇り高くはないからね?」
「逆に言うと、自国の食文化には、宏が付き合いきれない程度には誇り高いって事よね、それ?」
「そっちは人による感じ? ただ、フランス人とイタリア人は、どっちが食の都かって張り合ってきた歴史があるから、ヨーロッパの中では自国の食文化に対するプライドが高い印象はあるよ」
「やろうなあ。そんな感じはするわ」
春菜の説明に、何やら納得した様子を見せる宏。
どっちにしても、付き合いきれない感じであることだけは変わらない。
「ただ、あたしも人の事はあんまり言えないけどさ。食文化に対するプライド云々に関しては、あんたたちは人のこと言える筋合い無いとは思うけど?」
「うちらは、別に現地の食文化を否定してへんやん」
「そうだよ。多分、向こうにいた時にやっちゃったあれこれの事を言ってるんだと思うけど、私達は普通に現地の料理を現地のレシピで作って食べたことも多いし」
「それと同じぐらい現地料理を魔改造してれば、言い訳の余地はないと思うけど?」
真琴の厳しい言葉に、思わず視線を逸らす宏と春菜。
一応その恩恵を受けてきた真琴もあまり人の事を言えない自覚はあるが、ただ他国の人間を自国の食文化にプライド持ちすぎというのはどの口が言うのか、という点は認識させておきたかったのだ。
「……ま、まあ、とりあえずや」
「うん」
「元からワールドワイドな人間関係持っとる春菜さんは、さすがに僕より学会での発表は楽なはずやで」
「いやいやいや。さすがに私も、学会の経験とか全然ないから、それで楽になるわけじゃ……」
強引に話題を変えに入った宏のあんまりな言い分に、慌てて否定の言葉をぶつける春菜。
結局この日は、そのあたりの認識についてあまり実のないやり取りに終始したまま終わるのであった。
宏が付き合えないといったフランス人とイタリア人は、あくまで特殊例(のはず)です。
あくまで当該国家と縁がない人たちの間で広がっている「あるあるネタ」にたまたま当てはまった人間が、宏の初めての学会に立ちふさがっただけですので誤解なきようお願いします。





