第43話
「詩織さん、そろそろだったと思うんだけど、どんな感じ?」
「多分、予定日よりは遅れそうだって言ってたな」
なんだかんだで時は流れて十二月。今年ももう終わりだという時期の事。
そろそろ詩織の出産が近づいてきたこともあり、春菜の家に集合していた宏達は、みんなして浮足立っていた。
なお、当の詩織は定期検診で不在である。そろそろ念のために入院も検討する時期、という事もあり、検査も割と入念に行われている。
「産着はどないする? 僕らで作るか?」
「あ、でも、未来さんも作りたいって言ってたよ」
「ほな、まずはそっちに任せて、足らんかったら作ろか」
「そうだね」
宏の言葉にうなずき、他に必要そうなものを確認する春菜。
エレーナをはじめとした何人かにも出産祝いは贈っているが、日本とフェアクロ世界では必要となるものが違う。
さらに言うなら、宏達は全員そろって、赤子の世話などしたことがない。
宏と真琴は下に弟妹がおらず、澪はそもそも一人っ子。春菜は深雪の赤ちゃん時代こそ覚えているものの、世話をした経験などない。詩織にしても、弟はいるが年が近すぎて、赤ちゃん時代は自分も世話をされる側だった。
辛うじて達也は七つ下の弟を多少世話したことがあるが、それとて親の手伝いの範囲を出ない。
なので、人の手以外で生まれた子供の世話をするために本当に欲しいもの、というのが誰一人分かっていないのだ。
「ミルクは少し様子見てからの方がいい?」
「ねえ、春姉。ボクたちが下手に赤ちゃんの口に入れるものを世話するの、ちょっと怖い」
「……ああ、確かに」
澪に指摘され、言われてみればと考えを変える春菜。
市販品なら大丈夫だと思うが、どんな妙な祝福や奇跡がかかるか分からないのが怖い。
この際、すでに母体である詩織の体が宏と春菜の祝福まみれであるとか、毎日の食事の大部分に何かしら宏と春菜の手の入った食材が混ざっているとか、妊娠が分かってからも何度か神々の晩餐を口にしているとか、その手の手遅れそうな情報は一切無視である。
「まあ、紙おむつか何か、まず間違いなく大量に必要そうな消耗品でも用意してくれればいいさ」
「そうだね、そうするよ。あと、手伝えることは何でも言ってね」
「とりあえず、俺としては春菜の体質が怖いから、今の段階からあんまり前のめりに入れ込むのを控えてくれるのが一番助かるな」
「あう……」
達也にたしなめられ、思わずしょんぼりしてしまう春菜。色々極端な事を起こす自身の体質については、何を言われても反論できないと思い知っている。
一番の問題は、必ずしもプラスの事が起こるとは限らない事である。
これだけ加護がある以上、とりあえず母子ともに無事に出産を終える事だけは確定しているが、春菜が入れ込めば入れ込むほどそこに至るまでのトラブルが怖い事になる。
今の春菜を放置すると、下手をするとマスコミ各社がこぞって取材に押しかけるような奇跡と愛の物語が成立しかねない。
「……僕も人の事は言えんけど、エレ姉さんの出産のときに春菜さん向こうにおらんでよかったやんなあ」
「そうね。正直、血縁関係の人間が産むわけでもないのに、こんなにトチ狂うとは思わなかったわ」
「まあ、無関心やったり子供産むんをよく思わんかったりするよりは、何倍もええとは思うけどな」
宏と真琴にまで言われ、ようやく頭が冷えてくる春菜。
普通に考えて、ここまで舞い上がっていろいろやろうとするのは、どちらかと言えば祖父母の特権である。
他人がそれ以上に舞い上がってどうするのか、と言われれば返す言葉もない。
喜ぶだけならどれぐらい喜んでもいいだろうが、直接手出しする範囲にはやはり限度というものがあるし、優先順位は血縁関係のある身内が上であろう。
無論、宏のように、どちらの祖父母も割と早くに亡くなっており、それ以外の親戚づきあいもあまり無いのであれば話は別だが、達也と詩織の場合はお互いの両親はおろか祖父母も全員ではないにしても存命だ。
いかに常日頃から親密に付き合っていようと、祝いだなんだはその人たちの足りないところを埋めるぐらいにするのがスマートな対応ではなかろうか。
「……とりあえず、そのあたりは自重するように努力するよ」
「ああ、頼む。悪いが、お前さんの身内にも一応釘は刺しておいてくれ」
「うん。説得力のない私が言って聞いてくれるか、っていうとちょっと自信ないけどね……」
「見事にブーメランになりそうだったものねえ、さっきまでの春菜」
真琴に言われ、しょんぼりする春菜。どこまでも舞い上がっていた自覚があるだけに、まともに反論もできない。
「まあ、そのあたりは置いとくとして、確か女の子だったわよね?」
「ああ」
「名前は?」
「生まれが冬だから六花とか、詩織の名前から一字貰って詩音もしくは香織とか、逆に俺から一字とって沙也とか、いくつか候補はあるがまだ決まってない」
「字画とかは気にしないの?」
「結婚したら名字変わるし、国際結婚になったらそもそも字画とか以前の問題になるから、あんまり気にしてないな」
真琴に問われるままに、現状を告げていく達也。
字画に関する達也の言葉に、確かにと納得する宏達。
古くから真名などの考えがあるように、名前というのは人一人の人生を左右するぐらいに重要ではある。が、だからと言ってあまり気にしすぎて縁起を担ぎすぎたり、親の期待や想いを込めすぎたり、オリジナリティにこだわりすぎたりすると、逆にその想いが呪いとなって降りかかってしまう。
何事も、過ぎたるは及ばざるがごとし、という事であろう。
達也が挙げた名前も全般的に、想いはともかく期待や願いはさほど込められておらず、一部やや凝ったものがある程度でオリジナリティにも大したこだわりを見せない無難なものばかりだ。
宏達との付き合いの結果、どうやら下手に凝ったり拘ったりするのを避けているらしい。
「それにしても、女の子かあ……」
「何か問題があるのか?」
「七五三ぐらいの歳になったら、未来さんが張り切りそうだな、って……」
「ああ……」
「てか、生まれた時からずっと張り切りそうな気がするよ……」
達也の第一子が女の子である、という事実を前に、思わず気になっていたことを漏らす春菜。
春菜の言葉に恐れおののき、顔を引きつらせる達也。
「まあ、さすがに私達みたいに、まともに服を買わせてもらえない、なんて事にはならないとは思うけど……」
「そんな状況になったら、さすがにいろいろ浮くだろうな……」
「浮くかもね」
うめくような達也の言葉に、春菜が軽く同意する。
とはいえ、達也と詩織の娘ならば、どう転んだところで服が似合わない、という事はないだろうが。
「何にしても、そういう話は無事に生まれて、ちゃんと三歳過ぎるぐらいまで育ってから、かな?」
「そうね。なんだかんだ言っても、それぐらいの年齢までは日本の医療技術でも油断はできないものね」
春菜と真琴の言葉に、うなずいて同意する一同。
日本の乳幼児の死亡率は世界屈指の低さではあるが、それでもたとえ命にかかわる病や障害を持って生まれなくとも、ちょっとしたことであっという間に死んでしまう、という点は変わらない。
特に、単に親が注意して予防するだけでは防ぎきれない事も多々ある感染症に関しては、感染したが最後、一気に重症化して手の施しようがないまま一昼夜持たずに亡くなってしまうケースも珍しくない。
七歳を過ぎるまでは神の子、というのは、この高度な科学技術と医療技術を持つ宏達の日本ですら、完全に克服できてはいないのである。
「とりあえず、達也さんがタバコ吸わない人なのは良かったよ。赤ちゃん居る環境で一番怖いのが、タバコ関連だし」
「せやなあ。うちの関係者には、今ん所タバコ吸う人はおとんの取引先に二人ほど、っちゅうレベルやから、そういう面でもタバコ関係はあんまり気にせんでもよさそうやな」
「俺の取引先も、基本的に喫煙者はいないな。というか、礼宮と取引する人間は、基本的に最初から吸ってないか取引開始と同時に禁煙するかのどっちか、って感じだ」
「ねえ、達兄。なんで取引開始で禁煙?」
「単純に、創業者がタバコが嫌いで、タバコ吸うのが当たり前だったころから伝統的に、吸ってない、もしくは禁煙に成功した人間を優遇してきたから、って話だな」
澪の問いに、移籍してから聞かされた事情を説明する達也。
実のところ、礼宮グループの創業者である礼宮鉄斎がタバコを嫌っている、もっと正確に言うと、他人にタバコを強制したり煙草を口実にさぼったりする人間を嫌っていたことは、その筋では有名な話である。
その意識が仕事にも割とにじみ出ており、同じぐらいの実力で同じぐらいの実績を上げている人間だと、タバコを吸わない人間やマナーを徹底的に守る人間を優先して取り立てる傾向が強かった。
結果として、喫煙者の方が普通だったころから、禁煙推奨が礼宮グループの社風として定着しているのである。
ちなみに、酒についても似たような部分があり、いくら優秀でもアルハラをしたりすぐに酒に飲まれたりする人間は決して出世できないのが礼宮グループだったりする。
なお、誤解無きよう補足しておくと、別に鉄斎氏は喫煙そのものは非難していない。あくまで他人様の迷惑を顧みない喫煙態度の人間を嫌っていただけで、普通に親友にルールとマナーを徹底的に守っていたヘビースモーカーがいた。
「そう言えば、春菜。雪菜さん自身はともかく、その関係者はどうなの? 正直、芸能界って喫煙者が多いイメージなんだけど」
「普段吸ってる人でも、うちに出入りするときとかは完全禁煙を守ってるよ。世界のYukinaの喉と肺に何かあったら、袋叩きじゃすまないから、って」
「あ~、なるほどね」
春菜の言葉に、思わず納得する真琴。世界中のセレブはおろか、イギリス王室やアメリカの大統領、果ては日本の皇室にまで名指しで招待され披露したことがある雪菜の歌は、もはや世界の宝として認定されていると言っても過言ではない。
それだけに、当人が徹底して喉をケアするのはもちろん、周囲の人間も最大限の注意を払って守ることが義務付けられているに等しいのだ。
日頃、割と普通に平気で辛い物や刺激物を食べている姿を見ると、本当にそこまできっちりしているのか疑わしく思わなくもないが、実際にはその程度でダメにならないように、想像を絶するほど喉の状態を徹底的に管理している。
そんな人物の前にタバコの煙など、よほど自分勝手な人間か非常識で気が利かない人間、もしくは積極的につぶしにかかろうとしている人間しかできない事であろう。
「まあ、たまにどこからかデータ持ってきて、タバコと健康被害に因果関係はない、肺がんの原因とかあり得ないって強弁して吸おうとする人もいなくはないけど、普通に叩き出されてるよ」
「そりゃそうでしょうね。肺がんとの因果関係は確かに疑わしい部分もあるみたいだけど、それだけを持ってこられてもねえ」
「ん。少なくとも、タバコの煙が肺活量及び味覚に対してダメージを与えることは、既にはっきり証明されてる」
春菜が挙げた困ったちゃんな人物に対して、あきれたように真琴と澪がコメントする。
実際、世界的な喫煙率の低下により、肺がんと喫煙との因果関係は従来言われているほどではないのではないか、という疑いが出てきているのは事実だ。
が、今回はどちらかというと室内のような換気が悪い閉鎖空間で喫煙することによる塵肺その他が問題なので、肺がんとの因果関係は別段関係ない。
余談ながら、この時代は電子タバコの発展形のようなものがあり、有害物質を一切空気中に拡散させない仕様のものが出回っている。
出回っているのだが、普通の電子タバコにしてもそうだが、まだまだ胡散臭い目で見られているので、あまり普及していない。
しかも、どういう訳かマナーの悪い人間ほど昔ながらの煙を外に排出する普通の紙巻タバコに固執する。
結果、喫煙者のイメージはいつまでもたっても改善しない、どころか相対的に悪質な人間の割合が増えたことにより、むしろイメージダウンしていたりする。
「ちなみに、付き合いがあるから喫煙者もそれなりに出入りしてるけど、中で吸ってる人は一人もいないよ。みんな、吸いたくなったら律儀に外の、それも風向き考えて家とかに向かっていかない場所に出て吸ってるし」
「まあ、受動喫煙の問題って、結局は煙がこもりやすい空気の流れが悪い狭いところとか、イベント会場みたいな極端に人口密度が高い場所とか以外では、本来気にするようなもんでもないんだけどな」
「そうそう。言い出せば極論、焼肉の煙とかもそうだからね。だからうちなんて、わざわざ焼肉専用の部屋があるし」
「……それはそれですげえなあ……」
「ちなみに、そこでなら吸ってもいいよっていうんだけど、誰もそこにはいかないんだよね」
「いいって言われても、リスクは避けるのが普通だろう」
達也の言葉に、思わず苦笑する春菜。
ちゃんとしている人たちに対しては申し訳ない話だが、ここまでイメージが悪化すると、喫煙者の立場がよくなるのは難しいだろう。
少なくとも、高度成長期ごろに多かった、タバコを吸わない人間は無能、どこでも吸えるのが当然で禁止されている場所があること自体が不当、的な価値観の持ち主がいなくなるまでは、肩身が狭い時代が続きそうだ。
「何にしても、うちの関係者から達也さんと詩織さんのところにタバコを持ち込む人はいないよ。達也さん達の親戚にそういう人がいないなら、むしろボタン電池とかの方を注意すべきじゃないかな?」
「そうだな。つっても、ボタン電池なんて使うもの、今持ってねえけど」
「だよね。最近のは大抵単四か専用のバッテリーで動くから、市販の各種電池は出番減ってるよね」
「管理は楽になったが、専用バッテリーはバッテリーやられた時が面倒なんだよな」
「そのあたりは善し悪しだよね」
達也と春菜の会話に、思わずしみじみ同意してしまう宏達。
省電力化とバッテリーの専用化が進んでいる昨今、昔のように何種類もの電池を使い分ける必要はなくなり、いつまでも単一を一本だけ使わないとか逆に単三が一本足りないといった事態はほとんどなくなっている。
が、専用化されたバッテリーは充電しなくなるとメーカーから取り寄せとなるので、いざ駄目になると非常に手間と時間がかかる。
発注をかけたタイミングやメーカーのシステム、機器の構造によっては、交換に数日かかることも珍しくないので、即応性という点は乾電池を使い分けていたころの方がずっと良かったりする。
「とりあえず、私達の時のためにも、一度乳幼児がいる家庭で注意しなきゃいけない事を調べてまとめとくよ。私の場合、何百年後になるかは分かんないけど……」
「あ~、うん、頼むわ。それとまあ、頑張れ……」
春菜の申し出にうなずいて情報収集を頼むと、ついでに慰めとも応援ともつかない言葉を春菜にかける達也。
こうして、みんなして結構浮足立ったまま、この時の会合を終えるのであった。
その日の深夜、神の城。
管理者であるローリエですら許可なしに入ることができない秘密の部屋で、宏と春菜がこっそり逢引きをしていた。
と言っても、この二人の事だ。深夜の逢引きという単語で想像できるような色恋ムードの話も、夜這い的なエロい話も当然ありえない。
宏と春菜は、詩織の出産に絡む懸念事項の相談のために、現在最もセキュリティが強固な、というより、外部からの干渉が絶対に不可能なエリアに来る必要があったのだ。
「予想通りと言えば予想通りなんだけど、やっぱりいろんなところから目をつけられてるよね」
「せやなあ。ちょっとやすまんぐらいには、加護とか祝福とか盛りすぎたで」
「うん、自覚はある。でも、多分注意してても制御できてなかったとも思うよ」
「そらそうやろ。僕かて気ぃ付けとってもぽろぽろ漏らしとったんやし。っちゅうか、綾瀬教授ですら無意識に祝福送っとんねんから、僕らみたいな経験の浅いんがどうこうできんで」
詩織のお腹の中にちょっかいを出そうとしている様々な存在を検出し、そんな話を始める春菜と宏。
そう。わざわざ深夜に宏と春菜が密会めいた真似をしているのは、達也と詩織の娘に絡んだ神様関係の問題をどう処理するか、その話し合いのためだったのだ。
いちいちこんなところに来て話し合いをしている理由はいくつかあるが、一番大きいのは指導教官からの指示があった事である。
というのも、今後もこの手の問題は必ず起こるので、交渉などが必要なレベルのもの以外は対処に動いたことを誰にも知られずに処理するように、と言われたため、話し合いそのものを隠れてこそこそやる必要があったのだ。
他にも、達也と詩織に余計な心配を抱かせるのを避けたかったとか、ここで話し合っている分には余計な手出しをしてくる相手にどう動く予定かを知られずに済むとか、細かな理由はいろいろある。
なお、加護や祝福の特盛については、特に何も言われていない。神なんて元々そんなものだし、祝福した相手だけに収めた上でちゃんと後始末ができるのであれば、何をどうしようが特に問題にならない。
物語などでたまにある、特定の人間を可愛がるあまり他人の才能を勝手に奪って付け替えて、とか、本来負うべき役割を別人に押し付けて、とか、そういった広範囲にマイナス方向で余計な影響を与える真似をしない限りは、ペナルティを受けるようなことはないのだ。
「で、問題なんはどない対処するか、やな」
「そうだね。とりあえず、まずは目をつけてる存在について、ランクとか動向とかで仕分けしようか」
「せやな。まずはザクッと、消滅させてもうてもかまわんのとそうでないのとで分けて、消滅させてもうてもかまわん奴の中で問答無用でやってもうても良心の呵責なしで行けるんを抜き出す、っちゅうところか?」
「そんなところでいいと思う」
宏の方針に賛成する春菜。結構な数に目をつけられているので、機械的に処理できるものは機械的に処理してしまいたい。
なお、消滅させて構わない存在というのは、古い浮遊霊などのもはや自我を失って存在しているだけの残留思念や形を得る前の瘴気、精霊などになる前の自我が目覚めていない本能だけのエネルギー体、もはや消滅させるしかなくなった悪霊、制裁を受けることが決まっていて消滅するのが確定した高次元生命体などを指す。
この中で、残留思念、瘴気、悪霊、高次元生命体が、消滅させても良心の呵責を覚えない相手、という事になる。
微妙においおいと突っ込みたくなるものが混ざっているラインナップだが、そこに全く疑問を抱かなくなっているあたり、宏も春菜もすっかり神様的価値観に染まっている。
「瘴気と残留思念の類は数が多すぎるから省略するとして、高次元生命体は神の類が三柱、精霊が八体っちゅうとこやな。悪霊も細かいんは省くとして、災害起こせるレベルのんが三体か」
「一番強いのは、創造神が混ざってるよね」
「せやなあ。っちゅうか、こいつは何で、たかが人間の赤ん坊なんぞにちょっかいかけようとしとるんや?」
「分かんないけど、赤ちゃんにかかってる祝福とか加護を存在ごと無理やり自分のものにして、そこを足掛かりに私たちの力を強奪したい、とか?」
「あ~、ありそうやな。まあ、こいつに関しては相当落ち目になっとるみたいやから、ちょっかい出してきた瞬間にカウンターで一発かませばええやろう」
「そうだね。というか、私達を巻き込んで消滅した創造神と同じで、この創造神って下積みとか辛抱とかが足りてないタイプみたいだから、多分私達の力を奪おうとしても扱いきれなくて自滅しそうな感じ」
一番の難敵になりそうな創造神の来歴を見て、そんなことを言う春菜。春菜がこんなことを言ってしまうぐらい、今回ターゲットになっている創造神は傲慢でかつポンコツであった。
そもそも根本的に、単に破滅的な失敗をした、というだけでは消滅レベルの制裁を受けることなどない。最近アルフェミナがやってしまったミスのように最初から手の施しようがなかったケースもあれば、経験の浅い神がテンパって自分だけの力で何とかしようとして事態を加速度的に悪化させてしまった、というようなケースもあるからだ。
なので、多少なりとも情状酌量の余地があれば、制裁と呼べるレベルまで至ることはまずない。
せいぜいが世紀単位で正座をさせられ、耳の痛いお説教を延々と無限ループで強制的に聞かされ続ける程度である。
それで済んでいないという事は、この創造神が行ってきたことがそれだけ悪質だと考えて間違いない。
「で、他の神様は……。ああ、いわゆる悪神の類で、いろんな意味でやりすぎちゃったんだね」
「制裁受けるレベルっちゅうたら、相当やで」
「うん。普段から二柱で組んでて、些細ないたずらって言い訳であっちこっちの世界を崩壊寸前まで追い込んでは逃げるを繰り返してたんだって。で、つい最近アルフェミナ様の失敗の影響を装ってまだ何があっても壊しちゃダメ、ってレベルの世界を壊したのが止めになって、制裁対象になったみたい」
「それで地球にちょっかい出すとか、命知らずにもほどがあんでな」
春菜の解説を聞き、思わずあきれたように声を漏らす宏。
現在地球には、宏達の指導教官という、大部分の神々にとって敵に回したくない存在が居座っている。言うならば、子供を脅して小遣いを巻き上げる程度の事しかできないケチなチンピラが、世界的なマフィアのおひざ元でそのマフィアのボスの関係者の子供を脅そうとしているようなものである。
恐らく、今まで放置されていたのは単にまだ優先順位が低かっただけで、現在は宏と春菜の教育のために泳がされているのであろう。
「まあ、このあたりは罠でも仕掛けて、ちょっかい出した時点で後悔もできないレベルで消滅させる、ぐらいでいいんじゃないかな?」
「せやな。罠自体は僕が組むから、春菜さんは偽装の方頼むわ」
「了解」
宏に役割を振られ、うなずいて引き受ける春菜。
権能の性質上、罠を作るのは宏の方が圧倒的に上手いが、偽装して引っ掛けるのは春菜の方が得意なのだ。
「後は、普通の人間がやる召喚とかに引っかからんようプロテクトかけとかんとあかんか」
「そうだね」
「いちいちうちらが手ぇ出すんもあれやから、害になりそうなんは基本的に消滅させる方向で行くか?」
「あんまり過保護なのもどうかと思うから、予防接種レベルにした方がいいんじゃないかな?」
今後の面倒をできるだけ避けるために、様々な調整を行う宏と春菜。
この時、実はすでに防御面ではかなりオーバースペックになっていたのだが、これが初めての作業だという事もあり、そのあたりには全く気がついていない。
神としての宏達の問題は、それこそ扱える力の総量と内包している力の大きさだけなら指導教官に迫るだけの、事実上無限大に等しい新神とは思えないほど強大なものを持っている事にある。
割と早い段階でリミッターをかけて力を封印したこともあり、宏も春菜もいまだにその事は理解しているとはいえない。
そして、現在の作業は、指導教官の指示によりそのリミッターを解除した状態で行われている。
自分たちが扱える力の大きさを本当の意味では把握できていない新米二人は、そうと知らぬ間に多くの神々を震撼させるほどのトラップを、一握りの存在しか見抜けぬほどの巧妙さで隠蔽してしまうのであった。
そして半月後。いつものチャットルーム。
「何もこのタイミングで学術論文が必要にならなくてもいいのに……」
「ぼやいてんと、書くしかあらへんで」
詩織の出産を目前に控え、さあいろいろ準備するぞというタイミングで、春菜はVR空間の四倍加速を生かして必死になって論文を書いていた。
こんな年末も押し迫った時期に学術論文を急かされる種類の研究成果を作り上げてしまうあたりは、実に春菜らしいと言えなくもない。
「っちゅうかこれ、商品化に成功したらものすごい事になりそうやから、論文は当然として、そっから先の情報管理もものすごい慎重にやらんとあかんやろな」
「だよね~……」
「まだ、特許さっさと出願した分マシやで」
「分かってるよ。けど、総合工学とは全く関係ない、とまでは言わないけど割と距離がある分野で特許と論文とか、すごい複雑だよ……」
宏の指摘に、春菜がうめく。
春菜が作り出してしまったのは、出産時の感染症や母子感染をほぼ百パーセントに近い確率で防ぎ、かつ人体に極限まで負荷が少ない消毒液であった。
事の起こりは十月半ば。収穫が終わったサツマイモの蔓をいろいろ解析している際に、未知の酵母を発見したことから始まる。
天音の協力を得て性質の解析のために様々な環境に放り込んでみた際、HIV(かつてエイズウイルスと呼ばれた時期もあるウィルス)をはじめとした血液感染で重篤な症状を引き起こす細菌やウィルスを次々と仕留め、更に増殖をブロックする性質を見せたのだ。
これはすごいと優先的に研究を進めていくと、危険な感染症全般に対してやたらアクティブに働く性質を持っていることが解明され、その中でも母子感染や出産時に起こりやすい感染症に対してきわめて強力な殺菌効果を見せる事が判明した。
さらに重要な事に、この酵母で作られた薬品や消毒液は、それこそ新生児にバケツでぶっかけても害がないほどに人体には無害であることも分かり、大急ぎでマウスや家畜での実験を行った後、様々な伝手でいろんな臨床試験を行って結果が出たのが先週の事。
既に医療関係者の間ではえらいこっちゃと大騒ぎになっているが、酵母そのものの特許は既に出願が終わっており、消毒液も実験用のものができた時点で出願が終わっている。
それらの事実に加え発見した当人の論文がまだ発表されていないので、みんなして焦れながら春菜の論文を待っているのである。
なお、消毒液だったのは一番簡単に作れるものがそれだった、というだけの事だ。手間がかかりまだまだ研究も必要だが、他の薬剤も作ろうと思えば作れるのは既に判明している。
もっとも、だからこそ余計に春菜が論文を急かされているのだが。
「何が空しいって、どう考えても詩織さんには間に合わない事なんだよね……」
「せやなあ」
「おかげで詩織さんのお見舞いにも行けないし……」
「まあ、別に入院っちゅうても病気なわけやないからなあ。澪からいろいろ健全な娯楽作品借りたりして楽しんどるらしいし、デザインの仕事もパソコンだけで出来るようなんは続けとるみたいやから、退屈はしてへんっちゅう話やけどな」
ぼやきながらも論文を書く手を止めない春菜に対し、データの整理や添付資料の作成を手伝いながら宏が応じる。
なお、宏の方は現在、論文関連はほぼ終わっており、年始から研究や実験を次の段階に移すことになっている。論文のためのデータ取りの過程で、ふかし芋カッターのようなちょっとした工夫的な発明品もいくつか作ってはいるが、その特許や実用新案などに関してもすでに手続きが終わり、審査が終わるのを待つ段階にある。
そのため、現在は比較的手が空いているのだ。
余談だが、日本の知財がらみに関して国際条約を無視した変更がかけられてしまっているのは、農業分野のそれも種と苗、およびその収穫物のみ。今回の酵母やそこから得られる物質に関しては、普通に国際ルールに従った扱いとなる。
発見されたのが芋のつるからではあっても、微生物は種でも苗でもないという扱いなのである。
このあたり、じゃあキノコのような菌糸類はどうなのか、みたいな面倒な話はあるが、そのあたりは長くなるので割愛する。
どちらにせよ、特許がらみに関しては日本の引きこもり未遂の原因の一つとして世界中の国々に多数のトラウマを刻み込んだデリケートな問題となっているため、今更どんなものを作り出そうとその扱い自体は騒ぎにはならない。
実務に関しては無能な働き者が揃っていた上にあっさり他国の操り人形になっていた当時の政権ではあるが、無能な働き者を都合よく操るのは実は非常に難しい事を内外に知らしめた点については、当時の知財関連で米中露をはじめとした大国がかけた圧力とそれによる誰の得にもならない結果という教訓と共に、広く語り継がれている。
「いろいろ変なのが詩織さんにちょっかいかけてるみたいだし、そっちの対処もしなきゃいけないのに……」
「何っちゅうか、前に罠仕込んだ時より増えとる感じやんな」
「だよね……」
「こう、やらなあかんこと多すぎるから、いっそ分体でも作ったほうがええんちゃうか、っちゅう気ぃするでな」
「それ、一度本気で検討したんだけど、まだうまくコントロール出来そうもないからあきらめたんだ」
「春菜さんでも無理か」
「並列作業自体はまだしも、権能その他のコントロールがね~……」
春菜が分体をあきらめた理由を聞き、思わず深く納得してしまう宏。分体を作るとなると、どうしてもある程度封印を緩めて権能を普段から使えるようにする必要があるが、ほとんど封印して使えなくしている今ですら、漏れ出ている権能でいろいろトラブルを起こしているのだ。
春菜の持つ権能の性質でこれ以上コントロールが甘くなるなど、考えるまでもなくろくなことにならない。
「結局、地道にやるしかあらへんっちゅうことやな」
「そうだね……」
それしかないか、と、時期的な問題でいまいちモチベーションが低い作業に集中する春菜。やりたくないと言った所で作業がなくなるわけでもなく、やらなければいつまでたっても終わらない。
それに、今回の詩織の出産には間に合わなくても、二人目以降には間に合う可能性もある。そう考えれば、今がんばっておくに越したことはない。
無理やり意識を切り替えて執筆作業に没頭すること、VR時間で約二時間。第一稿の七割がたが完成したところで、真琴がチャットルームに入って来た。
「がんばってるみたいだけど、そろそろ一息入れたら?」
「せやなあ。そろそろ集中力切れてきた感じやし、ちょっと休憩やな」
「そうだね。あんまり根を詰めてやっても進まないよね」
「そうでのうても似たようなデータの羅列で勘違いしやすいから、切りええ所で休憩せんと訳分からんなってくるしなあ」
「確かに。さっきから連続で三カ所、データの参照先間違えて記載したよ……」
真琴に言われ、集中力が足りなくなってきていることを自覚する宏と春菜。特に春菜は普段しないようなミスを立て続けにしていることもあり、休憩が必須だと自覚せずにはいられなかった。
「それにしても、ものを忘れない春菜がそんなミスをするなんて、珍しいわねえ」
「こういうんは記憶力より注意力やからなあ。特に今回の論文は、パッと見て識別できんほどよう似たデータが多いし、いくら全部覚えとっても、疲れてきたら勘違いもするで」
「うん。今回のはまさにそれだよ……」
宏に解説されて、非常に情けない表情で認める春菜。普段なら決して間違えないのだが、今回はうんざりするほど細かい違いが多いデータで、しかもその違いがかなり重要だったりするので、いかな春菜と言えども長時間やっているとだんだんこんがらがってくるのだ。
前に東工作所でほとんど同じ形状・寸法なのに書き方が統一されていない図面の座標計算を大量に行い、最後の方でいろいろこんがらがって来た時と同じことである。
「大変ねえ、って言いたいところだけど、内容聞いてる限りでは、今回のそれって春菜の自業自得じゃない?」
「せやなあ。母子感染を起こすタイプの感染症に強い酵母とか、間違いなく春菜さんの影響やで」
「だよね、多分……」
真琴に指摘され宏に同意され、春菜がガクッと手をつきながらうめく。
タイミング的なものを考えても、春菜の気持ちを受け取った神の農園スキルが、勝手に手ごろな植物を進化させたとしか思えない。
潮見メロンの事がなければ、収穫を終えた野菜や果物の葉や茎まで調べようという話にはならなかったであろう。それを考えると、恐らくその頃からすでに春菜の体質と神の農園スキルは仕事を始めていたに違いない。
正直、詩織の妊娠が発覚してから出産に役立つ成分やリスクを大幅に下げる薬の原料が出てきても手遅れなのだが、そんな人間の都合など全く斟酌しないあたり、使いこなせていないスキルという感じが全面に出ていると言えよう。
「まあ、とりあえず甘いもの買ってきてるから、一旦ログアウトしなさい。神様だって、脳に糖分送り込んだ方が頭回るようになるでしょ?」
「そうだね」
真琴にせかされて、とりあえず論文を保存してログアウトする。
「それで、進み具合はどんな感じ?」
「もう少し補強用のデータとその解析結果を記述して、結論の部分かな?」
「あとちょっとみたいね」
「その、あとちょっとっちゅうんが難儀なんやけどな」
真琴が駅前の話題の店で買ってきたケーキを食べながら、宏の言葉にうなずく春菜。論文に難儀ではない部分などありはしないが、導入と結びは特に気を使うべき部分なのも事実である。
導入が駄目な論文は全体が駄目だと思われるし、結びが悪ければそこまでのデータの羅列や実験・解析結果の解説がすべて無駄になる。
文学作品のように芸術的に書け、とまでは言わないにしても、疎い人でもある程度頭に入ってくるように分かりやすく、また、当然ながら全体通して矛盾が出ないようにきちっと書き上げなければいけない。
しかも、今回のものは入り口の段階である今のものですら、下手をすれば博士論文になりかねないものなので、どうしても学部の卒業論文なんかよりはるかに厳しくなる。
学生の書く論文なんて一発で通らないのが常ではあるが、同じ一発で通らないでも、可能な限り突っ込まれそうなところを注意して書くのと、とりあえず適当に書いて後で修正するのとでは、後々の労力や修正回数が違う。
なので、春菜は宏をこき使いながら、必死になってできるだけ修正せずに済むように全力投球しているのである。
「それにしても、この分だと詩織さんの出産、クリスマスイブに重なりそうだよね」
「せやなあ」
「もともと予定日なんて割と当てにならないものだけど、ここまでずれると最初から間違ってたんじゃないか、って気になるわよね」
「何っちゅうか、もともと本来の予定日がクリスマスイブやったんちゃうか、っちゅう感じやなあ」
春菜の言葉に、そんなことを言いながら同意する宏と真琴。当初の予定日からずれる事、そろそろ一週間以上。
本来なら十二月上旬ぎりぎりに生まれるはずなのに、未だにお腹の中にいるままあと数日でクリスマスイブとなると、そんな風に思いたくもなるだろう。
もともと初めての出産というのは、普通の出産に比べれば予定日に生まれない確率が高いものではある。が、事例が全くない訳ではないとはいえ、十日近く遅れてまだ生まれないのだから、予定日の方が間違っていたのではないかと考えるのも仕方がない事であろう。
「この分だと、クリスマスパーティと出産祝い、まとめてやることになるかも」
「今後の誕生日プレゼントも、クリスマスとまとめられる感じやな」
「さすがにそれは、こっちでちゃんと気を付けようよ」
「でもまあ、プレゼントはまだしも、パーティはクリスマスとまとめられちゃうわよね」
「そっちはまあ、ある程度しょうがないよね。頑張ったところで、クリスマスの方をずらして二日連続で、とかそう言うやり方しかやりようがないし」
クリスマスイブに生まれた子供にありがちな話で盛り上がる春菜達。この時期に生まれてしまった子供は割と同じ扱いになりがちだが、クリスマスイブに生まれてしまうとどうしても避けようがない話である。
プレゼントに関しては、ちゃんとそのあたりを気にする親や親戚などは別個に用意するだろうが、パーティの方はどうしてもつらい部分はある。
何がつらいと言って、パーティ料理が続くと、当の子供はともかく大人は飽きてくるのがつらい。金銭的にもきついが、それ以上にそういう面できつい。
ケーキにしたって、ホールのものを連日買って食べるのは厳しいものがあるので、できる事ならパーティはひとまとめにしたくなるのが人情であろう。
「プレゼントにしても、高校ぐらいになったら二つ貰うより二つ分の予算のええ奴一つ欲しいとかになってくるやろうから、きついんは中学ぐらいまでやろうなあ」
「そうねえ。大学とか社会人とかになったら、むしろパーティとかはクリスマスの方がメインになってくるわよね。はっきり言って、自分の誕生日なんて人に言われなきゃ気にしなくなるし」
「そういう面はあるかも。と言っても、私の場合、ずっと礼宮のお花見から引き続いてパーティ、みたいな感じだったから、昔はともかく高校に入ってからはおばさんたちの宴会の口実になってた気がしなくもないけど」
「今年の花見ん時にも思ったんやけど、朝から晩まで宴会料理とか、うちの両親と同年代っちゅうん考えたら、いくら内容変えるっちゅうてもよう食えるやんなあ……」
「まあ、昼間の宴会はオードブル中心のもので、夜の私の誕生日は普通のフルコースって感じだから、目先自体は変わってたかな?」
「そらまあそうやねんけど、雪菜さんは花見でもパーティでも何曲か披露しとるから分かるし、教授はうちらの同類やからええとしても、他の人らはなあ……」
宏の触れてはいけない種類の突っ込みに、あえてあいまいな笑みで誤魔化す春菜と真琴。なんとなくその件に関しては、コメントすることすらはばかられるらしい。
「とりあえず、話変えるけど、ずっと論文やってるけどあんたたち、試験は?」
「専門の方は、二人そろって免除してもらってるよ。途中で出したレポートとかで、十分単位認定できる水準に達してるからって」
「一般教養はまあ、どうとでもなるわな」
「なるほどねえ。ま、問題ないなら別にいいわ」
大学生なら誰もが避けて通れない、後期中間試験。普通なら同じ大学に通っていれば必ず話題になるそれが、一度も話題にならなかった理由を聞いて納得する。
実際のところ、仮に日本に飛び級制度があれば、宏と春菜はとうの昔に強制的に大学院まで飛び級させられていたであろう。学力的にもそうだが、囲い込みの意味でも普通に大学生をさせる選択肢などない。
「そういう真琴さんの方は、って、聞くまでもないか」
「そうね。昔ならともかく、色々ドーピングされちゃってる今のあたしだと、真面目に講義に出て真面目に調べものして真面目にレポート書いてれば、普通に良ぐらいの成績は取れる感じね」
「そこら辺は澪もおんなじやからなあ」
「澪ちゃん、可能な限り自然な感じで百点を避ける方に努力してるって言ってたよね」
「澪に関してはこう、そんな努力するだけ無駄っちゅう感じやけどなあ」
「あの娘、クラスの中では完全に水橋澪って生物にカテゴライズされてる感じだものねえ」
試験に関する悲喜こもごもについて、そんな話をする宏達。
なお、春菜の場合、成績をごまかすとか適度に手を抜いてとかに関しては、生まれてこの方一回も考えたことはない。
理由は単純、テストにおける手の抜き方が分からなかったからだ。
「さて、そろそろ続きやらないと」
「せやな」
十分に気分転換ができたところで、続きをやるためにチャットルームへログインする春菜と宏。
なんだかんだ言いながらも第一稿はこの日のうちに完成し、どうにか天音に送信することができた。
その後、翌日の朝という驚異的な早さで帰ってきた赤字入りの論文を高速で修正し、というのを繰り返して、どうにか十二月二十三日に論文を完成させる春菜であった。
なお、詩織が産気づいたのは予想通り二十三日の夜、春菜の論文にOKが出た直後の事。その後、関係者をやきもきさせながらも二十四日の明け方頃に四千グラム近い大きな女の子が無事に生まれ……
「……なあ、ヒロ、春菜……」
「……さすがにこれは、僕らの責任やないで」
「……産声のタイミングでワラワラ寄ってきた悪いのを吹き散らしたのは、私達の仕込みだけどね……」
「まあ、とりあえずいろいろヤバい感じやから、今日一日様子見ながらいろいろ封印かけようか」
「そうだね。ただ、霊的な視覚とかは現段階じゃ封印できないし、どうにも呼ばれやすそうな縁というか因果が見えちゃってるから、向こうの事とか誤魔化すのは難しいかも……」
「宏君、春菜ちゃん。私とタッちゃんの娘なんだから、多分そうなっても大丈夫だと思うよ~」
早くも周囲に菫色の光をまき散らしながら未分化の原始精霊を捕まえて契約、一般人の目にも見えるように実体化させて従属させるという荒業をやってのけ、大人たちをパーティどころではない状態に叩き込むのであった。
という訳で、ラストの発光から予想できるかとは思いますが、達兄の娘さんの名前は菫に決まりました。
何となく香月菫という響きに言霊を感じたので、いただいたアイデアの中から直感で決定させていただきました。
これからどう育つかは、恐らくランダムトラブルチャート(子供の成長イベント)のみが知っているはず





