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第38話 驚愕の事実

 清人が雄一郎から半強制的に面倒な仕事を押し付けられた当日の朝、向かい合って朝食を食べていた清香が、清人の顔色を窺いつつ声をかけた。

「お兄ちゃん」

「何だ?」

「昨日の夜、師匠から電話があったのよね。お兄ちゃんが何だかゴソゴソしてて、忙しそうだったからその時は言わなかったけど」

「……そうか」

 その時点で既に妹の言いたい事は分かってしまった清人だが、素知らぬふりで食事を続ける。その反応が気に入らなかった清香は、わざとらしい口調で話を続けた。

 

「月曜日の日中、久々に道場に出向いたんですって? 私、ちぃ~っとも知らなかったわぁ~」

「わざわざ言うほどの事でも無いだろう。お前も行きたかったのか?」

「今度ゆっくり行ってくるわ。それより師匠が随分面白い話をしてくれたんだけど?」

「ほう? 鳶が鷹を産むんじゃなくて、烏が猫でも産んだか?」

 淡々とそう答えてしらばっくれた清人に、早くも清香の堪忍袋の緒が切れた。箸を握り込んだ拳で、ゴンとテーブルを叩きながら清人を怒鳴りつけ、確認を入れる。


「ふざけないで!! お兄ちゃん、月曜の時点であの事を真澄さんに謝って無かったそうね?」

「ああ」

「お兄ちゃん? 今日は何曜日だったっけ?」

「カレンダーを見ろ」

 頬を若干引き攣らせつつも、一応笑顔で優しく問いかけた清香に対し、清人が素っ気なく言い放った。その対応に完全に腹を立てた清香が、再度テーブルを叩きながら兄を恫喝する。


「今日は木曜日よ、木曜日! まさか師匠にあれだけ稽古をつけられて、まだ真澄さんに謝って無いなんて、言わないでしょうねっ!!」

「清香」

「何?」

 唐突に呼びかけてきた清人に、清香は目つきは鋭いまま怒りを抑えて問い返した。すると清人が優しく笑いかけながら、妹の表情を評する。


「笑っている顔も可愛いが、怒った顔もなかなか可愛いぞ?」

「あら、ありがとう。師匠から『詳細を報告しろ』って言われてるのよ。さっさと答えてくれたら、もっと笑うか怒ってあげるわ」

 そう言って清人に負けず劣らずの愛想笑いを浮かべた清香に、清人は落胆と感慨を覚えた。


(ちっ、『怒った顔も可愛いなんて兄バカ過ぎるわ』と照れるか、『いい加減にしてよ』と呆れるか、それを契機に別の方向に話を逸らそうと思ったのに、あっさり流されなくなって。成長したな、清香。それに今の表情、香澄さんが本気で怒った時の、あの不気味な笑顔にそっくりだった……)

「色々忙しくてな」

 僅かにもの寂しさを覚えながら清人がボソリと弁解すると、清香は忽ち険しい表情になった。


「やっぱり謝って無かったわねぇ~~っ!! お兄ちゃん、それでも男なのっ!?」

「今のは男女差別に繋がる台詞だぞ? 清香。外では不用意に発言しないように」

「この期に及んで話を逸らさないでよっ! 今すぐ真澄さんに電話を」

「ごちそうさま。……ああ、清香。俺はこれから日曜まで出掛けるから、留守の間は川島さんに泊まって貰う事にした」

 立ち上がりながらさり気なく今日からの予定を口にした清人に、清香は当然面食らった。


「は? そんな話、聞いてないけど!?」

「急に決まった話でな。緊急時の連絡先は川島さんに知らせてある。悪いが後片付けを頼む」

 そう言ってジャケットを羽織り、車のキーを取り上げてスタスタと玄関に向かった清人に、清香は慌てて追い縋った。


「行って来るって……、お兄ちゃん、荷物は?」

「もう昨日のうちに車に積んでおいた。じゃあ行ってくる」

「じゃあって、お兄ちゃん、ちょっと!! 敵前逃亡する気っ!? 卑怯者――っ!!」

 靴を履いて出る間も清香は喚いていた為、玄関を出て静けさが漂う廊下に出てから、清人は思わず安堵の溜め息を吐いた。そしてそのままエレベーターで降りて、駐車場に向かう。

 そして愛車に乗り込んだ清人はエンジンをかけ、ナビゲーションを起動させて、ジャケットのポケットに折りたたんで入れて置いた用紙の住所を、そこに入力した。


「順調に行けば二時間半、と言ったところか? 車で遠出するのは久しぶりだが、現地の足を考えたらこちらの方が良いだろうしな」

 そして画面を見たまま、(少なくとも日曜までは、清香の喚き声を聞かなくて済むな)などと自分を慰めた清人は、ゆっくりとレクサス・LSを発進させた。


 その日、いつもと比べるとかなり余裕を持って起きた真澄は、午前中荷造りを済ませ、のんびりと昼食を食べた。そしてリビングに移動して食後のお茶を飲んでいると、向かい側に座っていた総一郎と横に座っている玲子が、揃って気遣わし気に声をかけてくる。


「真澄、本当に出かけるつもりか? 家で大人しくしていれば良いだろう。全く雄一郎の奴も何を考えているやら。謹慎しろと言われた真澄が、家で馬鹿騒ぎする筈もあるまい」

「本当に、お義父様の仰る通りですわ。会社に損害を与えたと言うのなら仕方の無い事ですが、大した損害でも無く表立っての処分でも無いのでしょう? 矛盾しています。それにあの人ったら、昨日から時々、何だか変な笑い方をしていますし」

「玲子さんもそう思っておったのか? 何じゃろうな? あの不気味な笑いは」

「さあ……。でも娘に厳しい処置を申し出ている時に、不謹慎だと思いませんか?」

「それは全く同感じゃ。我が息子ながら腹立たしい奴」


 真澄が外で働く事に関しては今でも反対の立場を表明している総一郎ではあったが、真澄が職場で次々業績を上げている事に陰で密かに喜び、内心では(流石は儂の孫じゃ)と常々自慢に思っていた。清香とは別な意味で、真澄に対しても爺馬鹿である総一郎にしてみれば、雄一郎が言い出した今回の措置は到底納得できないものだったのである。

 総一郎が未だに清人に対して微妙な感情を持っていると分かっている雄一郎は、真澄を向かわせる先に清人が居るなどとは口が裂けても言えなかった為、父にも妻にも表向きの理由しか伝えていなかった。その為、前日から雄一郎はこの二人から冷たい視線を浴びていたのだった。

 二人が自分を庇ってくれている事に感謝しつつも、自分のせいで日曜まで雄一郎が白眼視されるのは流石に気の毒だと思った真澄は、二人を宥めつつ父親を庇った。

 

「お祖父様もお母様も、そう怒らないで下さい。お父様にしてみれば社内での立場もありますから、責任の所在を曖昧にできなかったんですから」

「しかしな、真澄」

「でもね」

 尚も言い募ろうとして祖父と母を、真澄は笑顔で黙らせた。

「幸い、場所も風光明媚な所ですし、日常を離れて頭を冷やすには丁度良いでしょう。確かに最近自分の力量に不安とか不満とか持っていましたから、これからもっと業績を上げる為にも、一人になって色々考えてきますので」

「まあ……、お前がそこまで言うなら」

「あまり真面目なのも考えものね」

 不承不承ながらも頷いた二人に、真澄は安堵しながらお茶を飲むのを再開した。すると玲子が思い出した様に尋ねる。


「そう言えば真澄、どこに行くのだったかしら?」

「ああ、そうでしたね。携帯は持って行きますが、一応宿泊先と管理事務所の連絡先はここです。コピーを取っておきましたから、これは置いて行きますね」

 傍らに置いておいたハンドバッグに手を伸ばし、予め用意しておいた用紙を取り出した真澄は、それを玲子に差し出した。


「分かったわ。……あら、熱海? 良いわね」

 それにざっと目を通してから玲子は感想を述べ、総一郎にそれを手渡した。その母の感想に、真澄が苦笑を漏らす。

「でも、まだ紅葉は盛りじゃありませんし、オフシーズンみたいですね。周囲が微妙に寂しくて、反省するのは良いロケーションかも。流石はお父様です」

「真澄……」

 思わず再び気遣わしげな表情を見せた母に、真澄は幾分困った様に笑いかけた。


「今のは嫌味じゃありませんから、私の留守中あまりお父様を苛めないで下さいね? 紅葉目当ての観光客がぞろぞろしてたら嫌ですから、私としては却って良かったです。じゃあそろそろ出かけますので」

 そう言って腰を上げた真澄に釣られる様に、総一郎と玲子も立ち上がった。

「気を付けてな」

「品川駅まで車で送らせるわ」

 そんな二人に笑顔で挨拶した真澄を乗せた車は、静かに柏木邸から走り去って行った。


 順調に品川から新幹線に乗り込んで約四十分。新幹線を降りて駅構内から抜け出てタクシー乗り場に向かった真澄は、オフシーズンの平日と言う事もあって行列して待機していたタクシーの先頭車両に乗り込んだ。運転手に「ここにお願いします」と言って父から渡された滞在先の住所が書かれている用紙を手渡すと、心得た様子で了承の返事があり、真澄は暫くの間背もたれに背中を預け、窓の向こうに流れる景色を堪能する事にする。

 少しの間、海と山に囲まれた狭い地形の常として、坂道に沿って建物が密集した町中の風景が続いていたが、ふと気が付くと道路の両側に緑が多くなり、曲がりくねった坂道を上っている事に気が付いた。いつしか一般道から少し入った所で、正面に現れた開け放たれた状態の大きな門をくぐると、道の両側にかなり間隔を取って点在している建物が幾つか目に入る。 


「ここね」

 そう呟いた真澄は僅かに上半身を背もたれから浮かせ、窓の外を興味深そうに眺めた。

(環境は良い所みたいね。一棟毎に専用庭付きで独立してるみたいだし、幹線道路からも離れているから静かだろうし)

 そして微かに安堵のため息を漏らす。


(久しぶりにこんな緑が一杯な所に来られて嬉しいわ。ゆっくり周囲を散歩でもしてみたいけど、ヒステリーババアが許してくれるかしら?)

 そんな事を考えて含み笑いをしていると、一軒の家の前でタクシーが静かに停まった。運転手が手元の用紙に書かれた棟番号と、玄関前に立てられている街燈の支柱に付けられたプレートの番号を照らし合わせ、後部座席を軽く振り返って真澄に用紙を返しながら報告する。


「お客様、到着しました」

「ええ」

 そうして真澄は料金を支払い、運転手にトランクからスーツケースを出して貰った。


「それでは良いご旅行を」

「ありがとう」

 その場でUターンするタクシーを律義に見送ってから、背後を振り返る。

「さて、と……」

 綺麗に舗装された玄関への道を、何メートルかガラガラとスーツケースを引っ張って進んだ真澄は、玄関前でドア横に設置されていた呼び出し様のボタンを躊躇わずに押した。


 軽やかなチャイム音が微かにドア越しに伝わり、真澄は密かに好奇心と闘争心を沸き上がらせながら大人しくドアが開けられるのを待つ。

(さあ、どんないけ好かない皺々婆さんが出て来るのかしら?)

 しかし、その真澄の目の前に現れたのは、彼女の予想範囲外の人物だった。


「お待ちしていました。どうぞ中に…………、は?」

「…………え?」

 愛想良くドアを開け、内心はどうあれ一応歓迎の言葉を述べようとした清人は、真澄の姿を認識した瞬間、片手でドアを開けたままの状態で固まった。一方の真澄も同様であり、絶句して固まる。

 そのまま互いに無言で見つめ合う事、数秒。

 真澄の目の前で何事も無かったかの様にゆっくりと元通りドアが閉められ、ご丁寧に中から内鍵とチェーンが掛けられる音が微かに聞こえて来て、真澄は漸く我に返った。そして早速行動を起こす。


「ちょっと! 人の目の前で扉を閉めるなんて、失礼極まりないんじゃないの!? さっさとここを開けなさい! でないと蹴破るわよっ!!」

 ドンドンとドアを拳で叩きながら真澄が怒鳴りつけると、ガチャガチャッと如何にも慌てた様にロックが解除され、動揺したあまり反射的にドアを閉めてしまった清人が、まだ狼狽したまま勢い良くドアを開けながら謝罪した。


「すみません、失礼しました! ですが、真澄さんがどうしてここに来てるんですか!?」

「私は仕事でヘマした責任を取らされて、自主的謹慎をお父様に命じられて来ただけよっ! 第一、私の世話役兼監視役は陰険で頑固なしわくちゃババアの筈なのに、どうしてここに清人君が居るのよっ!」

「俺は、柏木社長に身体で借りを返せと言われて、社内で問題を起こした社員の面倒を見てくれと。キレて暴れる自己中なオタク野郎が来るのだとばかり」

 お互いに簡潔に事情を説明して顔を見合わせた二人は、すぐに相手から視線を逸らして内心で呻いた。


(お父様……。よりにもよって、どうしてこんなタイミングでこんな人選……)

(あの狸親父……。真澄さんが来るなら来ると、どうしてはっきりそう言わない……)

 頭痛を覚えながら真澄は深い溜息を吐き、清人は悔しさのあまり小さく歯軋りしたが、ここで清人が真澄の横に置いてあるスーツケースに気が付いた。それに無言で手を伸ばし、持ち上げながら真澄を中へと促す。


「取り敢えず中に入って下さい」

「え?」

 当惑して顔を上げた真澄に、清人が冷静に話しかける。

「こんな所で立ち話をしていても仕方が無いですし、移動で疲れたでしょう。今、お茶を煎れますから」

「ありがとう」

 その間も清人は靴を脱ぎ、スーツケースを手に持って玄関から続く廊下の奥に向かった。その後に真澄が大人しく従う。そして換算すると二十畳は有りそうな広々としたリビングのソファーの横にスーツケースを置いた清人は、真澄に断りを入れた。


「少しここでゆっくりしていて下さい。今、お茶の準備して来ます」

「ええ、お願い」

 そうして清人がカウンターの奥に姿を消した途端、真澄はキッチンとは反対側のリビングの隅に携帯片手にダッシュし、速攻である携帯番号に電話をかけた。そして相手が応答したと見るや、向こうが何か言う前に、声を潜めながら精一杯の抗議の声を上げる。


「お父様! どうして清人君がここに居るんですか!?」

「うん? お前にちゃんと『世話役兼監視人を付ける』と言っただろうが」

 怒鳴りつける様に言っても声量が無いと迫力減なのか、雄一郎が飄々と言い返して来た。それに歯軋りしたい気持ちを押さえながら、真澄が更に小声で問いを重ねる。


「清人君だなんて一言も言って無いでしょう!? 第一、オールドミスのしわくちゃババアじゃ無かったんですか?」

「真澄……、今言った様な事を社内で口走ろうものなら、セクハラパワハラと認定されても文句は言えんぞ?」

「話を逸らさないで下さい!」

「確かに『清人君に頼む』とは言っていないかもしれないが、『清人君では無い』とも言ってはおらんぞ? お前に説明した時の言葉を復唱してみろ」

 もはや詭弁としか言えない台詞を堂々と告げてから、雄一郎は真澄を促した。その為真澄が慎重に記憶を辿る。


「確か……、家事は完璧で余計な事も喋らないし、経験豊富で多少の事では全く動じないから、私が暴れようが喚こうが一切気にしない、とか…………」

「清人君を評するのに的確な言葉だろうが。変に勘違いしたお前が悪い。私のせいにするな」

「…………あのですね」

(娘を男と二人っきりで周囲から隔絶した場所に放り込む事に関しての、親としての危惧とかは無いんですか!!)

 真澄としては盛大にそう訴えたかったのだったが、そんな事を言えば変に清人の事を意識している様に思われそうで、真澄は辛うじて口を閉ざした。しかし真澄のそんな内心など微塵も考える素振りを見せず、雄一郎が怪訝そうに話を続ける。


「なんだ真澄、お前、そんなに清人君に面倒を見て貰うのが嫌なのか? それなら仕方がないからそう言って、諦めて他のホテルか旅館に泊まりなさい。全く……、彼が早く私に借りを返せる様に、私なりに気を使った結果だったのだがな」

「あの、お父様? 借りって何ですか? それに『そう言って』って一体何を……」

「だからお前が『金輪際あなたの世話になるつもりなんかないから、とっとと帰って頂戴』と言えば、間違い無く彼は大人しく引き上げると思うが? 借りについては私と彼の間の問題だから、興味があったら彼に聞くんだな」

 淡々と言われた内容に、真澄は(そんな事間違っても言えるわけないでしょう!)と、内心で悲鳴を上げた。そして慌てて否定の言葉を返す。


「あのっ! 別に清人君に世話して貰う事が嫌と言うわけじゃ……。こちらにも色々と事情が」

「そういう事だから彼にあまり迷惑をかけるなよ? そろそろ切るぞ」

「ちょっ……、お父様!」

 どうやらこの状況を変える事が不可能と察してしまった真澄は、携帯を握り締めたままフローリングの床に両膝を付いて呻いた。

「偶然にしても、こんな気まずい時にあんまりだわ……」


 キッチンでお湯を沸かし、茶器や茶葉の準備を一通り済ませた清人は、真澄がそんな泣き事を呟いたのとほぼ同時に、カウンターの向こうのリビングの様子を窺いつつ、そちらからは見えない壁の陰の部分に入り、自身の携帯で電話をかけた。

「もしもし、柏木さんですか?」

「やあ、清人君。真澄は到着したかね?」

 呑気な口調で尋ね返して来た雄一郎に、清人は一気に切れそうになったものの、声を潜めて文句を口にした。


「『したかね?』じゃあ有りませんよ! どうして真澄さんが来るんですか!? 俺は頭でっかちの自己中の狂犬野郎だとばかり」

「おや? 君にしては珍しい勘違いと思い込みだな。確かに私は『真澄が行く』とは言わなかったが、それは社長としての立場上、一般社員の名前を気安く出さなかっただけなのだが……。第一、私が君に世話をする相手の事を何と言ったか、復唱してみたまえ」

 自分の話の途中でわざとらしく弁解してきた雄一郎の台詞に、眉を顰めながらも一応清人が話をされた事を慎重に思い返す。


「それは……、確か、最近社内でちょっとした問題を起こした社員で、普段は多少我が儘な程度だが、突然キレて暴力を振るうタイプとかなんとか……」

 それを口にしながら思わず遠い目をして黙り込んでしまった清人に、雄一郎が勝ち誇った口調で確認を入れる。


「真澄を評する内容としては、事実とかけ離れているかな?」

「……確かにある意味、間違ってはいませんが」

「そういう事だから宜しく頼む。私も忙しい身でね、切らせて貰うよ」

 あっさりと会話を打ち切ろうとした雄一郎だったが、ここで清人が食い下がった。


「ちょっと待って下さい!? 幾ら何でもこういう周囲から隔絶した所で、男と二人きりという状況は不味いでしょう。真澄さんに変な噂でも立ったらどうするんですか?」

 一応常識的な意見にすり替えて再考を促した清人だったが、雄一郎は平然と応じた。

「はあ? 周囲から隔絶してるから、他人に見られる心配は無いだろう? だから噂になる心配もあるまい?」

「それは、そうかもしれませんが」

 不承不承清人が同意すると、電話の向こうで雄一郎がわざとらしく溜息を吐いて話を続ける。


「分かった。そんなに君が真澄の面倒を見るのが嫌だったら仕方が無い。私としても君に無理強いはしたくないから、真澄にそう言って近くのホテルか旅館に泊まる様に言ってくれたまえ。借りは別な方法で返して貰う事にする」

「あの、『そう言ってくれ』とは?」

「だから君が『金輪際あなたの面倒は見たくないので帰らせて貰います。近くのホテルか旅館に今すぐ移って下さい』と言えば済む事だろう」

「………………」

 淡々とそう指摘した雄一郎に、清人は内心で(そんな事間違っても言えるか!!)と罵声を浴びせた。しかし口には出せずに押し黙る。


「どうした? 清人君。本音を言えば、昨今は色々物騒だし、女の一人旅と知られれば変な男に手を出されたりしないか心配だったから、君を付けようと思ったのだが……、そんなに真澄の世話を焼くのが嫌なら仕方が無い。今から急いでどこか他の部屋を探そう」

「分かりました。このままお世話しますから、他で部屋を探さなくて結構です」

「そうか、それでは宜しく頼む。それでは失礼する」

 色々と諦めて清人が申し出た途端、雄一郎は満足そうな声で短い挨拶と共に通話を終わらせた。そしてお湯が沸いたのを認めた清人がやかんを待ち上げ、湯呑にお湯を注ぎながら深い溜息を吐き出す。


「完全に嵌められたな……」

 そのまま少し湯呑を眺めてから、それを取り上げた清人は中身を茶葉を入れてあった急須に注いだ。そうして蓋を閉めて抽出を待ちながら、薄く自嘲気味に笑ってひとりごちる。


「どうやら彼女の番犬としては、認めて貰っているらしいな。仕方がない、腹を括るか」

 そんな事を呟いた清人は、これからの何日間かを思って再度重い溜息を吐いた。


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