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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

歴史系とかそんなの

おやすみなさい

鬱、ダーク等の暗い表現しかありません。

第三者視点、女房さんです。

いやな方は回れ右でお願いします。

 


水に浸かった腰から広がっている黒い、黒い長いきれいな髪が、精一杯飛び立とうとする翼のように見えて。

二度と上下しない胸につきたてられた小刀は満足げな微笑みとあいまって、余分な身体(にもつ)を脱ぎ捨てるための儀式にも見えて。


駆けつけた帝や薬師や大臣や検非違使が騒ぐ中、それを見た瞬間、場違いと知っていてなお、安堵した。


これで、もうあの子供を縛り付けるものはいなくなったのだ、と。








ある日市井から見つけ出されたという、特別『力』が強いと言われた十ほどの、けれど驚くほどうつくしい少女。

そして、少女の影に隠れるようにしがみついている、生きていることが不思議なほどがりがりにやせ細り、5間(1間はおおよそ180cm程)は離れているというのにきつい悪臭を伴っている、性別もわからないちいさな子供。


私は正直要領もよくないし、口下手で不器用な部類に入るため、いわゆる寵愛の権力争いからは遠ざけられており、少女の世話役は高位の女房達と決まっていたが、幼い子供はその姿や匂いもあいまって半ば押し付けられる形で私に決まった。


引き離される際、大騒ぎをする幼い子供を抱きしめている少女の姿と、華やかな着物に埋もれて去っていく少女の後姿をじっと見送る子供の姿は、今でも脳裏に思い浮かべられるほど、印象深かった。



何はともあれ、まず子供のぼろきれを脱がせ(女の子だった)、ぬらした布で幾度も身体をこすり(夏でよかった。でなければ風邪を引いていただろう)、そのあとはぬるま湯と糠袋(ぬかぶくろ。石鹸みたいなもの)で幾度も洗ってはすすぎ、子供の肌が茶から白になり、以外と愛らしい顔立ちをしていることに気づいたころ、日はすでに暮れ始めていた。

手づかみで食べようとする子供に箸を使って夕餉を与え、おそらく格段に豪奢だろう一室に案内して寝かしつけ、その日は終了した。


次の日はすこし早めに子供の下へ出仕(出勤)して起こし、その場で排泄しようとする子供を抱きかかえて厠(かわや。トイレ)へ走り使い方を教えることから始まった。

ろくに歩けもしない、女の身でも軽がると持てるほど細い子供をわずかな母性本能が刺激したのか、私自身驚くほどあれやこれやと世話をした。

まずは箸の持ち方から始まり、皿や膳や小鉢やあるものすべての名前、桶や歯磨きに使う楊枝(ようじ)の使い方、調度品の用途や扱い方、女性としての所作、歩き方、手習い、本の読み聞かせ、朝や昼や夜や出会いがしらなどの挨拶等など…。当然幾度も失敗しては癇癪(かんしゃく)を起こして暴れる子供を根気強く言い聞かせた私は、我ながら快挙だ。

けれど、何より一番効き目があったのは姉である少女に逢えるという言葉だった。


夜、ふとしたときにすすり泣く声に、幾度か少女付きの女房へ打診し、また少女自身の願いもあって、一月のうち一度か二度、逢えることになったと子供へ伝えたときは、初めての笑顔を浮かべていた。とてもかわいかった。


その日から子供は寝ている間は涙を流すことはあっても、意識があるうちは強い意志をともした黒い瞳に水をたたえることはなくなり、いまだおびえ警戒している私に対しても、すこしずつだが話しかけるようになった。


そして少女に会える日を指折り数えて待つちいさなその背が、少女からの愛情しか知らない子供が哀れになるほど健気だった。


やがて時は流れ流れて、十年。


いまだぎこちなくはあるが、普通に話しかけ、時にほんの少し、口の端を上げる程度の笑みを浮かべてくれるようになった子供は、いまや評判に上るほどうつくしい少女へ変身した。

本人は姉への思慕でいっぱいのため、向けられる秋波(しゅうは)にはさっぱり気づかず、冷えた目で過ぎ去っていくため、姉の『春姫』とは対照に『冬姫』と呼ばれている。


いまだ残る人への恐怖からほとんど部屋から出ない『冬姫』が自ら行動を起こしたのは、白い息弾む花冷えの日だった。

ばたばたと姫らしくない薄着、しかも裸足でかけていく私よりも低い背の後姿を、声を張り上げながら追いかけ、しかし年のせいか追いつけずに撒かれてしまい、不安に高鳴る鼓動を深呼吸で落ち着かせ、もう一度探しなおそうと足を一歩、踏み出した瞬間。



     ――――――――!!!!



懇願。絶望。悲壮。拒絶。狂気。

まるで、ありとあらゆる負の色をぐちゃぐちゃに混ぜて誰彼かまわずばら撒いたのような、なんて鋭い、絶叫。なんて哀しい、悲鳴。

思わず耳を塞ぎ、けれど同時にこれ(・・)が『冬姫』の声だと気づいて、かまわず走る。はしたないなど、この緊急時に構うものか。


ようやく着いた先は、帝の庭。よほどのことがない限り、一介の女房風情が入れない場所で、検非違使に取り押さえられた『冬姫』がうつろな目で空を見ていた。



   ぇ、さま



ほとん、と落ちたつぶやきは、屈強な検非違使ですたじろかせるほどの、底なし沼のように妖しい美しさを(よう)していた



少女になった子供の唯一のよりどころが帝の身代わりになって儚くなり、その際『冬姫』へ『力』が譲渡されたと、帝直々の書状によって私が知ったのは、一切生きる気力をなくしたその背を見守って三日後のことだった。


『冬姫』が『春姫』の『力』を譲渡したことで、ひっそりと生きていた私と彼女の周りは一気に騒がしくなり、取り入ろうとする元『春姫』付きの女房や貴族たちに、けれど彼女はわざとなのかそうでないのか、ともかくそうした輩には不吉な言葉をかけて遠ざけ、いまだ彼女には私しか女房はいなかった。


時に帝の命令で公の場に出ることもあったが、そこでもやはり不吉な言葉しか出さないため、それ以降は呼ばれなくなった。これには私も万々歳だ。もともと不器用な私一人で支度など大変なのだから。

『冬姫』は、それ以外では笑顔を見せなくなり、言葉も少なくなったくらいで特に変わりはなかったものの、やはりどこかぼんやりと空を見ているか、遺品となってしまった姉姫の衣服や調度品に触れているかのどちらかが多くなった。


まるで、皮一枚めくったらそこには空洞しかないような、風が吹けば飛んで行きそうな、目を離せば消えてしまうような危うい雰囲気が皮肉にも彼女のうつくしさを際立たせ、『力』があるのならば妾にして独占しようとする頭の悪い貴族たちには人気だったようだ。そんなことは許さんが。



そしてさらに数年後。

行き遅れ、と称してもいい年頃になった『冬姫』は最近、昔のことをほつりほつりと語るようになった。

世話をしてくれてうれしかった、とあれ以来ようやく笑むことが多くなってきた姫の声にうなずきながら、このまま時が彼女の心を癒してくれるよう願い、傍にいることしか私にはできなかった。





その彼女が満面の笑みを浮かべて荒れ始めていた流れの中に身を投じたと一報が入ったのは、やはり花冷えのする寒い日だった。












まわりの、どこか遠い場所で駆けつけた検非違使と役人が野次馬を蹴散らし、小刀を手にとって家紋を調べている。

厳しい横顔の大臣が苦々しげに、だから女は、と毒づき、身分を隠して駆けつけた帝がそれをとどめる。その端正な顔に浮かぶのは、後悔か、懺悔か。


そんなもの(・・・・・)は、どうでもいい。



ああ、なんてうれしそうな顔で逝くのだろうか。

ああ、なんて一途な思いで逝くのだろうか。

ああ、どうか、どうか今度こそは、


「……お休みなさいませ、『冬姫』様………『   』様」


そうっと髪をなでて、誰にも聞こえないように口にしたのは、『冬姫』の真名。

姉がつけてくれたのだとひどくうれしそうに笑う、彼女がただ一度だけ教えてくれた言の葉だった。








END

自己満足な小説を読んでいただきありがとうございます。

もしかしたら連載にするかもしれません。

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