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ANOTHER SKY  作者: 沖田コウ
第一章
6/31

 公園のベンチに腰掛け、リーンベル・ローズヴェルトの写真を片手にハンバーガーを頬張るミズキ。


 いつ見ても、吸い込まれそうな瞳をしている。モノクロ写真だというのに、実際の色が想像できてしまうほど、彼女の瞳は印象的だった。

 見た目の年齢からは想像できないほどの憂いを帯びた瞳は、見ている者に時間を忘れさせるほどの魅力があった。


 リーンベル・ローズヴェルトを探し始めて早、一か月。何の手がかりも得られない毎日が続いていた。残り時間はあと二か月。

 それまでの間に、なんとかしてこの人物を連れて帰らなければ、十万ユニットという大金を手に入れることはできない。

 ミズキは溜息をついた。

 警備隊に捜索願を出そうにも、この国の警備隊は全く機能していない。犯罪が起ころうと、金を渡せば見逃し、道案内を頼むのにすら金を要求する。全く、どこまでも性質の悪い話だ。

 仕方なくミズキは自分の足で探している。ようやく、この国の三分の一を探し終えたところだった。


 写真を胸ポケットにしまい正面を見ると、十歳前後であろう少年と少女が指を銜えて、ミズキのハンバーガーを見ていた。

 普通の子供より小さな体。着ている服も継ぎ接ぎだらけだった。

 一目見ただけで、近くにあるスラムの子供たちだとわかる。

 まだハンバーガーは三分の一ほどしか食べていなかったが、ミズキはそれを二人に差し出した。

「いいの?」

 少年が聞く。

「お食べ。但し、―――」

「但し?」

「ちゃんと二人で分けること。それと一つお願いを聞いてくれたら。君たちにもう一つずつ買ってきてあげよう」

 少年と少女は、一生懸命に首を縦に振った。

「よし、じゃあここで待っていなさい」

 ミズキは二人に一つずつハンバーガーを買ってきて渡す。

 お腹が空いていたのであろう、二人はもの涙を浮かべながら、ハンバーガーを平らげた。

「ありがとう、お姉ちゃん」

 少女が涙を流しながら言った。ミズキは鞄にしまっていたハンカチを取り出し、少女の涙を拭いてやった。

「どういたしまして。でも僕は男なんだ」

 ミズキは微笑んだ。少年が首を傾げる。

「そんな可愛い顔をしているのに?」

「ありがとう。でも、可愛い顔をしているのと、性別は全く関係ないよ」

 頬に手を当て、少年と同じように首を傾げながら微笑んだ。男にしては、あまりにも可愛らしいミズキの仕草に少年の顔が赤く染まる。

「それで、僕のお願いを聞いてくれるかな?」

「はい・・・」

 少年はぼーっとしたまま答える。それを見た少女が少年の足を踏みつけた。



―――――――――――――――――――



「ちょっとお嬢さん。困りますよ、そんなことしたら」

 二人に頼みごとを伝え、どこかに行った後、すぐに青年が走って近づいてきた。お嬢さんと言われ、誰の事か気が付かなかったが、青年の視線はベンチに座ったままのミズキに向けられていた。

「お嬢さん?」

 ミズキは自分を指さしながら言った。

「そう、お嬢さんのことだよ」

「残念ながら、僕は男です」

 今日何度目かになる説明をする。

「男!?」

 青年は大袈裟に驚いて見せる。

 その反応にうんざりしながら、ミズキは煙草に火を点けた。

「何が困るのですか?僕は急いでいるので、手短に話してください」

 明らかにイライラしていた。

さっきの少年にサービスしすぎたのかもしれない。

 深呼吸して、感情を鎮める。

「さっき、ガキどもに餌を与えたでしょう?」

 「ガキども」、「餌」と言う言葉に、ミズキの眉だけが反応した。

「ええ、それが何か?」

 表情一つ変えずに答えた。

「困るのですよ。飯の味を覚えて、またここにやってくる」

「別に僕は困りません」

 煙を吐きながら言った。青年は煙たそうに顔の前を手で扇いだ。

「ええ、そうでしょう。ですが、私たち商売人は困るのです。スラムのガキが近くにいるだけで、客が来やしない・・・」

「そうですか、気を付けます」

 ミズキの表情は全く変わっていない。

 ただ、ミズキが青年を相手にするとき、全く表情を変えないというのは珍しかった。

 ミズキは自分の顔がどれほど少女のようで可愛らしいかを知っている。男性と話すときは少なからず武器としてその可愛らしさを使用するのが通常だ。

 それをしないということは、それより大切な考え事をしているか、その相手にいら立っているかのどちらかしかない。

 もちろん、今回の場合は後者である。

 それは、この青年の放っている空気にも原因があった。

「ところで、さっきのガキとなにを話していたんです?」

「ああ、そのことですか。僕はある人を探していまして、その人の写真を渡していろいろな人に聞き込みをするように頼みました。そして三日後にまたここに来るようにと。警備隊は役に立ちません。大人はがめつい。となると子供しかいないでしょう?彼らに頼んで、見返りとして何かを与える。ギブ&テイクというやつです」

「なるほど、頭の良い方だ。子供は純粋です。しかし、この街の、特にスラムの子供は違います。幼いころから人を騙し、傷つけ、盗み、殺しています。三日後にここに戻ってくることはないでしょう」

「いいえ。それは可能性としてはあり得ますが、ほんの僅かです」

 ミズキは青年を馬鹿にするように言った。

 青年が顔をしかめる。

「なぜ、そう言い切れるのです」

「彼らからは、純粋な『匂い』しかしませんでした。例えるなら、そう。雪の様に真っ白。嘘をつくようなことはしないでしょう。あなたみたいにね・・・」

 ミズキが言い終わると同時に、青年の顔色が瞬時に変わりポケットからナイフを取り出した。

「もしかして、雪を見たことがありませんでしたか?」

「黙れ。金だ、金を出せ!」

 青年は唾を飛ばしながら喚いた。

「雪を見たことがないから、怒ったのですか?」

 ナイフを突きつけられてもミズキは至って冷静だ。顔色一つ変わっていない。

「五月蝿い!言う通りにしろ!」

 ナイフを持つ青年の手は小刻みに震えていた。その手を見てミズキは目を細めた。

 残りわずかな煙草を一息に吸って、煙を吐く。

「なぜ僕が金を持っていると?」

「あんなガキどもに飯を買ってやれるんだ。生活に余裕がなければできない」

「なるほど、確かに言われてみればそうですね」

「いいから、早く金を出せ。さもないと・・・」

「あなたにはできませんよ。そういう『匂い』がします」

 青年が叫び声を上げミズキに突進する。ミズキはベンチから立ち上がりながら、指で煙草を男に向かって弾いた。

 煙草が青年の額に命中し、僅かに怯んだ青年のスピードが落ちる。時間にすればコンマ数秒、ミズキへの到達が遅れる程度だっただろう。

 だが、ミズキにはそのコンマ数秒で十分だった。

 青年のナイフを構えた手を横に蹴りナイフを弾き落とす。

 一瞬、蹴られた痛みに怯む青年だが、すぐにミズキに殴り掛かった。

 顔面すれすれのところで青年の拳を躱し、腹を膝で蹴り上げた。

 痛みに腹を折る青年の後ろに回り込み、ミズキは彼の腕を捻り上げる。

 青年は痛みに顔をしかめる。

 青年の動きを封じたミズキは、腰のホルスターから拳銃を抜き、彼に見せた。

「こんなに大きな銃で撃たれたらどうなると思います?一発で頭の半分は吹き飛ばせますよ?」

 彼の目には恐怖が宿り、死への恐れと、生への執着が見え始めていた。

「わ、悪かった。もう、何もしない。だから、命だけは・・・!」

「僕から金を奪おうとした次は、命乞いですか。都合がよすぎると思いませんか?」

「頼む。命だけは・・・」

 彼の目からは涙が溢れる。

「なにか理由があるなら聞きましょう」

 ミズキは銃を突きつけたまま、静かに言った。

「母親が病気なんだ。医者に診てもらう金が必要で・・・」

「ずいぶんありきたりですね・・・」

「嘘じゃない!」

「誰が嘘と言いましたか?僕はありきたりと言っただけです」

「・・・?」

 彼の顔がミズキの方へ向けられる。

「信じて、くれるのか?」

「あなたの母親に会わせてください。そうすれば、本当かどうか分かります」

 ミズキは銃をホルスターに納め、彼が立ち上がるのに手を貸した。

「僕はサエバ・ミズキと申します。名前は?」

 ミズキが聞いた。

「名前?」

「そう、お互い呼び合う時に知らないと不便でしょう」

 彼は納得したように頷いた。


「アーネスト・エトワールだ」


「そうですか。よろしく、アーネスト・・・」


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