四
三人は椅子に座りなおした。
ミズキの正面に、男と老人が座っている。
ミズキはコーヒー、老人はミルクティーを注文して、それらが運ばれてくるまで、三人は無言のままだった。
「外の湖にカエルがいたのですが、何匹いたかわかりますか」
老人が聞いた。
「13匹です」
ミズキは質問に答える。
「ウサギを何匹食べたことがありますか?」
「13匹です」
「今日、殺した虫の数は?」
「13匹です」
「この喫茶店の天井裏には、ヤモリが住んでいるようですね?」
「13匹です」
「昨日は何体の魔物を狩りましたか?」
「13匹です」
「服に猫の毛がついていますね。猫を飼っていらっしゃるのですか?」
「13匹です」
「もしかして犬も?」
「13匹です」
「それはすごい。大家族、と言ったところですか。合わせて何匹ですか?」
「13匹です」
「ここから、数キロ離れたところにある牧場で飼われている牛は?」
「13匹です」
「街に悪戯カラスがいるようなのですが、何羽いるかわかりますか?」
「13匹です」
「そのカラスを懲らしめるために鷹を放そうと考えています。何羽がよろしいでしょうか?」
「13匹です」
「昨日、夢に出てきた友人の数は?」
「13匹です」
老人は満足げに何度も頷き、ネクタイを緩めた。
「素晴らしい。さすがは彼の見込んだ男だ。では、依頼の説明をさせてもらってもよろしいですか?」
「・・・13匹です」
老人は嬉しそうに手を叩いた。
「よく、ひっかけにも、かかりませんでしたね?」
「13の質問にすべて、『13匹です』と答えろ。そして最後の質問の前には、ネクタイを緩める。そう手紙に書いてありました」
ミズキは冷静に言ったが、正直に言うと、最後の質問の前に合図があることを覚えていなければ、危なかったかもしれない。
そして、最後の質問の時に老人が言った『彼』とは一体誰なのか。それが唯一引っかかっていた。
「試すような真似をして申し訳ありませんでした。私はジョセフ・A・アークライトと申します。この歳になると、世の中のいろいろな側面が見えてくるので、人が簡単には信じられなくなるのです」
老人は申し訳なさそうに言った。
「ええ、お気になさらず。よくあることです。それと世の中を見る目に、年齢は関係ありません」
ミズキは微笑みながら応えた。
コーヒーを飲み干したミズキは、新しい煙草に火を点けた。
「では、依頼の説明をさせていただきます。」
さっきまで、ずっと黙っていた男が口を開く。
男は胸のポケットから一枚の写真を取り出し、ミズキにそれを渡した。
かなり古い写真のようだ、白黒写真で、ミズキより少し年下のように見える少女が写っていた。
少女の髪はとても長く、腰に届くほどの長さだ。そして、その瞳には見た目の年齢からは、考えられないような憂いを帯びていた。
写真をじっと見るミズキ。徐々に写真の少女に引き込まれていくような気がした。
「見とれてしまいましたか?」
ジョセフに声をかけられ、ミズキは我に返った。
「依頼は人探しということでしたよね?」
「ええ、そうです。その写真に写っている少女を探してほしいのです」
その写真に写っている、という言葉に引っかかる。
「失礼ですが、ずいぶんと古い写真に見えます。この少女の容姿も変わっているのでは?」
「いいえ、彼女はその写真のままの姿です。全く写真に違いはありません」
「なぜ、そう言い切れるのですか?」
「それは最近、あえて白黒写真でとった物なのです」
「なるほど。ですが、写真の裏には、昔の日付が書かれていますよ」
「・・・・・っ!?」
「すみません。嘘です、鎌をかけました。どういうことか、話してもらえますか?」
「それは、あなたが知る必要のないことです・・・」
有無を言わさぬ口調だった。
ミズキは煙草の煙と一緒に溜息を吐いた。
訳あり・・・。
その言葉が頭に浮かび、今まで最高に高まっていた依頼への意欲を低下させる。
できれば、面倒な仕事は受けたくない。
しかし、それを言っては便利屋稼業を止めなくてはならないので口にしたことはない。
「前金で一万ユニット、成功したら五万ユニットでどうでしょうか?」
報酬の金額を聞いたミズキは、驚きのあまり、煙を勢いよく吸い込みすぎたせいで激しく咳込んだ。
前金で一万。そして成功したら五万。
とてつもない大金だ。それに手紙に書いてあった金額の倍になっていた。
この国の物価は高く、一般人の平均月収でようやく一ヶ月ギリギリの生活ができる。そのため食糧は自給自足を余儀なくされている家庭も多く、故に略奪や強盗が頻繁に発生するほど治安が悪い。だが一万ユニットともなると、そんな国でもある程度贅沢な暮らしを二年は続けられるだろう
それが、この仕事を成功させるだけで、六万ユニットも手に入る。十二年間も何もせずに生活できるのだ。
因みに、近隣の国でも通貨性を取り扱ってはいるが、ほとんどの国が金貨や銀貨などの貴金属を使っている。
確か、聞いた話によると、他の国では金貨一枚あれば、普通の生活をすれ二年は暮らせるらしい、その金貨一枚がこの国では、二千ユニット程度にしかならない。
「足りませんか?」
「・・・・・」
ミズキは迷っていた。この仕事を受けるべきか、受けないべきか。
答えを出すのを渋らせる理由は、やはり、訳ありということである。しかも、依頼主であるこの老人は、何かを隠している。
ただの人探しではないことは、既にわかっている。人探し程度にそんな大金をかける必要などないのだ。それが、例えどれだけ大切な人であったとしても。
ミズキが言ったように、この国で金は力であり正義だ。金さえあれば何でもできる。食い物を買うことができれば、日用品を買うこともできる。経歴を買うこともできれば、自分の起こした事件を揉み消すことだってできてしまう。
それなのに、ジョセフは六万ユニットという大金を僕に払うと言った。
危険な仕事であることは目に見えていた。
しかし、ミズキには果たさなければならない目的がある。そのためには金が必要なのだ。
「考える時間を下さい・・・」
「いいでしょう。できるだけ早くお願いします」
「なら、この煙草を吸い終わるまで・・・」
ミズキは既に半分の長さになった煙草をジョセフに見せた。
―――――――――――――――――――
「決めました。その仕事、受けましょう」
「ありがとうございます」
「ですが、一つ条件が・・・」
「なんでしょうか?」
「前金と後金、その両方ともの金額を二倍にしてください。そうしないと仕事に見合った報酬になりません。訳あり、なのでしょう?」
ミズキは悪戯っぽく微笑んだ。
ジョセフはミズキを睨んだまま黙り込む。
隣に座っていた男が立ち上がろうとしたが、ジョセフがそれを制した。
「いいでしょう、前金で二万、後金で十万払います。ただし三か月以内に彼女を見つけて、私の所へ連れてきてください。それができなければ、後金はもちろん払いません」
「わかりました。では契約成立ですね。前金は―――」
「今、払いましょう」
ジョセフが言うと、隣の男が鞄の中から札束を二つ取り出し、ミズキを睨みながら渡す。
ミズキは札の枚数を数えた。
「確かに、二万ユニットいただきました」
持ってきた魔物の革でできた鞄に札束を放り込む。
「あと、何かこの少女を探すうえで必要な情報、まあ特徴ですね・・・を提供していただけませんか?」
「金髪碧眼。常に分厚く大きな本を背負っています。本の内容は誰にも見せようとしません。暇さえあればその本を読んでいます。そして必ずこの国のどこかにいます」
「そう断言できる理由は?」
「お答えできません」
「名前は?」
「リーンベル・ローズヴェルト・・・」
「探す為に手段は?」
「問いません」
「わかりました。では、明日にでも仕事を始めましょう」
「いいえ、この後まっすぐ家に帰って、準備をしたら、すぐに仕事にかかってください。時間は有限ですから・・・」
「・・・ええ、わかりました。そうします」
ミズキは席を立ち、店を出ようとした。
その時、ふと見たジョセフの顔が笑みを浮かべていた。