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ANOTHER SKY  作者: 沖田コウ
第三章
27/31

二十七

 大きな部屋に案内された。壁や天井に豪華な装飾が施されており部屋の作りから、そこが食堂だと判断する。

「サエバ様の謁見が終わりましたら、こちらで王族の皆様と食事会を行う予定です」

「いえ、お気になさらず謁見が済んだら、僕はすぐに帰るつもりなので」

「まあ、そう言わずに。貴方たちは王族にとって英雄のような方なのです」

「英雄。僕が?」

「ええ、貴方たち二人が」

 その響きが可笑しく、吹き出しそうになる。この後に起こることを知らないから、この男はそんなことが言えるのだ。

「せっかくですが……」

「いいじゃない。私、ミズキさんと一緒にお食事したいわ」

 リーンベルが人差し指で彼女自身の唇に触れる。そして、目を細めて笑みを浮かべていた。ひやりとしたものが背筋を伝う。

「わかりました。よろしくお願いします」

 なんとか絞り出して答える。今までに見たことのない彼女の笑みに、得体の知れない不安を感じた。その不安が気のせいであることを自分自身に言い聞かせるようにミズキは首を縦に振った。

「誘いに乗って大丈夫なのか?」

 隣にいたアーネストがミズキに耳打ちする。

「なにかの罠ということはないのか?」

 彼の声は震えていた。

「大丈夫」

 ミズキが一言だけ呟くと、安心したのか彼は耳元から離れた。

 一瞬ため息をつきたくなるが我慢する。やはり、彼は連れてこない方がよかったのかもしれない。自分が目的を果たした後でも、彼には彼の生活というものが残っているのだ。そのことをすっかり失念していた。どうにかして、彼だけでも逃がす算段をたてておかなければならない。

 いや、その後のことなど、考える必要はない。ましてや、アーネストは他人だ。ミズキには一切関係ないことなのだ。無理矢理そう考えることにした。

 では、なぜ。

 なぜ自分は、リーンベルにあんなことを頼んだのだろう。

 関係ないと考えようとしているのに、繋がりを求めている。矛盾した考え。

 いや、そもそも、考えようとしている時点で、既に遅かったのかもしれない。そう、矛盾などしていなかった。

「では、サエバ様、こちらへどうぞ。王の元へ案内します」

 ミズキは思考をやめ、ジョセフの後を追う。リーンベルとアーネストも遅れてついてくる。

「申し訳ありませんが」ジョセフが振り返る。「ここからはエトワール様はご遠慮いただけないでしょうか。王が謁見を許されたのは、サエバ様だけなのです」

「どうにか俺も一緒につれていってはもらえないだろうか?」

 アーネストが一歩前に出ながら言った。それをミズキが制する。

「リーンベルと一緒に待っていていただけませんか?」

 ジョセフの口調は穏やかだったが、他に選択肢を与えるような声ではなかった。

 二人をその場に残し、ミズキとジョセフだけが扉をくぐる。

「いってらっしゃい、ミズキさん」

 リーンベルの声。振り返ると彼女が微笑みながら手を振っていた。扉が閉まる直前まで、彼女はじっとこちらを見ながら手を降り続けていた。




――――――――――――――――――




「すぐに王と王子を呼んできますので、この部屋で待っていていただけますか?」

「謁見はこちらの部屋で?」

「はい、そうでございます」

「こんな小さな部屋でいいんですか?」

 ミズキは小馬鹿にしたように言ってみた。

「ええ、ここは客間なのです。それに、王と王子とサエバ様の三人での謁見ですので、この部屋で十分かと」

 相手の反応を窺うが、挑発に乗らないどころか、どこにも隙はない。

 初めて会った時からそうだったが、この男は読めない。とリーンベル以上に曲者なのではないかと思わせるほどだ。リーンベルを連れてきてからは、いくらか態度が軟化したように見えるが、それも純粋な感謝なのか、それとも裏があるのかミズキには判断できなかった。

「わかりました。では、こちらで待たせていただきます」

「ありがとうございます。すぐに何か飲み物を持ってこさせますので」

「コーヒーをお願いできますか?」

「はい、かしこまりました」

 そう言うとジョセフは部屋の外へ出て行った。

 その後すぐにメイドがコーヒーを運んできた。カップを手に取ってみたが、ミズキの飲めそうな温度ではなかった。

 すぐに行動を起こすべきか考える。幸い武器の類は預けずに済んだ。というより、身体検査のような物すらなかった。一国の王がここにいるというのに、警備が甘すぎる。鼻で笑いたくなるほどだった。

 ただ、今行動を起こすとなると、別行動になったアーネストが心配だ。彼はリーンベルと一緒にいるとはいえ。ミズキが第二王子とジョセフを殺せば、拘束されることは間違いないだろう。

 では、食事会の時はどうだろう。ミズキはアーネストとも合流しているし、王族は皆、食堂に集まる。 その時でも、遅くはない。

 そして、頭を軽く横に振った。またアーネストを逃がす方法を考えていた。

 アーネストは関係ない。何度も制止したにも関わらず勝手について来た赤の他人。そう思おうとするのに、どこかでなにかが邪魔をする。

 目を閉じ深呼吸をした。同時に感情をリセットする。

 チャンスがあれば行動を起こす。そう決めた。

 もう一度カップを手に取る。かなり冷めてきたようで、ミズキにも飲めそうな温度だった。

 カップを口に着け、コーヒーを飲もうとした時だった。

 どこからか空気の流れる音がする。耳を澄ませるまでもなく、異変は視覚的に確認することができた。

白いガスが床から噴き出していたのだ。

 どうして気が付かなかった。客間だというのも嘘。ここは外敵を捉える、それか処刑する部屋だったに違いない。まさか自分が魔女の村の生き残りだということも既に気づかれているのか。いや、それとも誰であろうと最初から殺す気だったのか。

 頭だけが回転する。しかも、今となっては無意味なことばかりが次々と浮かんでは消える。

 ガスを吸い込んでしまい咳き込む。それからようやく事態の重大さがわかった。

 部屋から脱出しようと、ドアノブを回す。しかし、外側から鍵がかかっているようで、扉が開くことはなかった。

 今度は扉に体当たりを試みた。だが、ミズキの力がもともと弱いせいか、扉はびくともしない。思い切り扉を蹴ってみたが、結果は変わらなかった。

 ガスを吸い込まないように息を止めていたがそれもとうとう限界に達し、ついにミズキはガスを大量に吸い込んでしまった。盛大に咳き込む。咳をするたびに意識が薄れていくのがわかった。

「リーンベル……」

 彼女のいつもと違う微笑み、表情、行動。そのすべてがミズキの脳裏をよぎる。彼女は全てを知っていたのだ。

「アーネスト……」

 ただ一人の友人の名前を呟いたミズキは、意識を失いその場に倒れた。




――――――――――――――――――




「アーネストさん。こんな広い部屋では落ち着かないでしょう。どこか場所を移してコーヒーか紅茶でもご一緒にどう?」

 アーネストは眉をひそめた。ミズキが一人で行動しているのに、自分は何かしなくてもよいのだろうか。

「ミズキさんなら大丈夫よ」

「なぜそう言える?」

 彼はすぐに返した。

「だって、リスクが高すぎるもの。破滅的な願望があったとしても、今行動を起こすのは得策ではないわ」

 それでも硬い表情を崩さないアーネストに、リーンベルは無邪気に微笑みかけた。

「ねえ、いいでしょう?」


 リーンベルの言うままに、アーネストは屋敷の二階にあるテラスに連れていかれた。そこから見える様子では、屋敷の中庭のような場所で、噴水や見たことのない色とりどりの花があった。

 彼は足を組み椅子に腰掛けている。まだ落ち着かないのか時々辺りを見回していた。彼とは対照的に、リーンベルは姿勢正しく腰掛けたまま、ぴくりとも動かない。もともと人形のような容姿を持った彼女だったが、その様子は本当に人形になってしまったかのようだった。

「なぜそんなに落ち着いていられる?」

 不意にアーネストが口を開いた。

「どうしてそんなに落ち着いていられないの?」

 彼の質問を予測していたかのように、リーンベルの反応は早かった。アーネストは彼女につかみかかろうと椅子から立ち上がったが、直後テラスにやってきたジョセフにより中断せざるを得なかった。

「エトワール様何をなさるおつもりで?」

 ジョセフの鋭い視線を受けたアーネストは、舌打ちして椅子に座りなおした。

「ミズキはどうした」

 噛みつくように彼は言った。

「サエバ様は王と謁見中でございます」

 にこりと余裕を見せながら笑みを浮かべる。その表情にアーネストはもう一度舌を打った。

「飲み物をお持ちいたしました」

「ありがとう。後は私がやります。そちらに置いておいてください」

 隣の机にコーヒーと紅茶の乗ったトレイを置き、二人に一礼した。ジョセフが去ってから、リーンベルが立ち上がる。

「アーネストさん、コーヒーはブラック?」

「ミルクを少しだけ」

 答えた後にため息をついた。ここに来てからというものどうも調子を崩されがちだ。

リーンベルがコーヒーと紅茶を机の上に置いた。

「どうしたの、アーネストさん。いただきましょう?」

 どうやら無意識のうちにリーンベルを睨んでいたらしい。もう一度ため息をつき、コーヒーカップを手に取った。今まで飲んだことのあるコーヒーの中で一番いい香りだ。おそらく、アーネストには考えられないほど高価な豆を使っているのだろう。

火傷しないように気をつけながらコーヒーを口に含む。香りだけではなく味も今までで一番美味しかった。そして、それに混じって微かに、コーヒーやミルクの物ではない甘さが口に広がった。それに気が付いて、カップから口を放し、コーヒーを見つめる。

「どう、落ち着いた?」

「ああ。一応?」

 喋り終わる前に違和感。一瞬視界が霞んだ。目を擦るアーネスト。

「どうかしましたか?」

「いや、なんでもない」

 しかし、いくら目を擦っても視界が良くなることはなく、むしろ徐々に悪くなっている。目眩がした立っていられないほどの目眩。

「大丈夫?」

「目眩がするんだ」

 正直に口にする。

 バランスを崩したアーネストは机に手を付こうとするが、手の位置がずれていたらしく、机をひっくり返しながら地面に倒れ込んだ。机の上にあったカップやティーポットが割れて、コーヒーと紅茶が地面を濡らす。頭が痛い。倒れた時にぶつけたらしい。

「きっと疲れているのよ」

 リーンベルが椅子に座ったまま答える。

 そうか、疲れのせいか。

 妙に納得してしまった。

 このまま寝てしまってもいいだろうか。

 そんな思考が彼を支配する。

「おやすみなさい、アーネストさん」

 抑揚のない声。

 目だけを動かして彼女を見る。

 もう何も考えていなかった。

 意識は途切れる寸前だったが、リーンベルの微笑みだけは、はっきりと視界に写っていた。


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