二十三
「そう、集中して……」
リーンベルが言った。
魔法の訓練を始めてから二日。すでにミズキは、魔法を扱えるようになり始めていた。
ミズキの持つライターからは、普通のライターの三倍近い火が昇っている。いや、すでに火というより、炎と言った方がいいかもしれない。
額に汗を滲ませながらミズキは、じっと炎を睨むようにして見ていた。ゆらゆらと安定せずに揺れている炎は、大きくなったり、小さくなったりを繰り返す。そのたび、ミズキはさらに強い目つきで炎を見つめた。
「どうなってるんだ?」
アーネストが問いかける。
「魔女の血が作用しているの」
「魔女の血?」
「そう、魔女の血」
ライターが地面に落ちる音がした。リーンベルが振り返る。ミズキは地面に両手を突き、息を切らしていた。すぐにアーネストが駆け寄る。
「大丈夫か?」
「ええ、僕なら大丈夫。それより、魔女の血とはいったいなんなのですか?」
額の汗を拭いながら立ち上がり、ミズキはリーンベルを見た。首を横に振るリーンベル。首を振った意味がまったく理解できない。
「聞きたいの?」
「ええ」
「残念だけれど、どんな仕組みでこんなことができるのかは、私もよく知らないわ」
「では、なにを知っているというのですか」
ミズキが問う。
「魔法を使うときに魔女の血が減少していく、ということよ。魔法は命を削って使うものなの。それは――」
「待て」
アーネストが割って入る。その様子をミズキは黙ってみていた。
「なぜそれを先に言わなかった」
彼はリーンベルに詰め寄るように言った。
「命を削りながら使うだと? もう二日もミズキは使い続けているぞ」
「アーネスト……」
アーネストの袖をつかみ強く引く。ミズキは首を横に振り彼を黙らせた。アーネストは気まずそうにミズキから目を逸らせる。数秒の沈黙の後、ミズキはゆっくりとリーンベルの方へ向いた。
「アーネストさん。話は最後まで聞いてね」リーンベルが微笑む。「純血の魔女なら、血の力を使ったところで命は削られなくてすむ」
そして彼女はちらりとミズキを見た。
「血が濃いから、命に影響するまでに新しい血が作られるのよ。だから、関係があるのは、私みたいに血の薄い魔女」
それに、とリーンベルは続ける。
「ミズキさんなら、半永久的に生き続けることができるでしょう」
ミズキの顔色が変わる。驚愕、そして苛立ちに似た感覚がミズキを襲った。反射的に銃を引き抜こうとしてしまうが、何とかそれを堪えリーンベルに鋭い視線を送る。しかし、リーンベルの顔色は少しも変わることはなかった。
思考を巡らせ、過去の記憶をたどる。記憶の引き出しから、すべてを取り出し床にばらまいた。そして、一つ一つを整理しながら断片を探す。ミズキに思い当たる節は一つしかなかった。
「君はウエムラの研究所にいたのか」
確信を持って言ったが、その返事に彼女はまず小さく笑った。ミズキは眉を顰める。
「ええ、ただし研究員としてではなかったけれど」
何かに納得したようにミズキは頷いた。そして、空を仰ぐ。
「そうか、君は僕と同じなんだな……」
消えてしまいそうな声でそっと呟く。
「どういうことだ」
アーネストが割って入る。
「君は知らなくて……いや、知らない方がいい」
「それでも聞くと言ったら?」
「僕は、君がいくら頼んだところで話すつもりはない」
「アーネストさん。今回は、本当に聞かない方がいいわ」
珍しくリーンベルが遮った。彼がミズキを問い詰めようとしているときに遮られたのは初めてのことだ。つまり、それほど危険。もしくは話せない理由があるのだろう。
「そんなに、まずいことなのか?」
ミズキは決まりが悪そうに視線をそらせた。
「聞けば必ず後悔することになります。私たちの見方も変わってくるでしょう。あなたには、そんな思いをしてほしくないわ」
代わりにリーンベルが答えた。
ミズキはライターを取り出し火をつけた。
「今日はもうやめておいた方がいい」
そっと、リーンベルの手がライターに触れる。その瞬間、ライターの火は弾けるようにして消えた。驚きながらもミズキは彼女を睨んだ。
「もう少しで感覚をつかめそうなんだ」
「いいえ、休むことも必要です」
彼女は微笑みながら言った。包み込むように、リーンベルの手がミズキの手を握る。そして、ゆっくりとその手からライターを取り上げた。その間ミズキは何の抵抗もせずに、大人しくしていた。
「抵抗すればよかったのに」
リーンベルがくすりと笑った。
「できませんよ。か弱い婦人相手に」
「まあ……! それは嫌み?」
「ええ、そんなところです」