二十二
呆然としていたミズキだが、軽く目を瞬かせた後、リーンベルに詰め寄った。
「待って、リーンベル。今のは、一体なんですか? 指から火が出ていた」
「魔法よ。言ったでしょう? 私、魔女の血が流れているの。正確には、取り込んだ、と言った方が正しいわね」
「魔法? そんなもの、僕は見たこともない。第一、魔女の血だなんて……」早口になっていたと気が付いたミズキは、一度言葉を切り、ゆっくりと次の言葉を続ける「髪が赤くなるだけの、ただの遺伝だ。魔法だなんて、空想でしょう?」
「いいえ、ミズキさん。魔女は、単なる差別用語なんかではないの。魔女の血を引く者は誰だって使えるわ」
ミズキは顎に手を当て首をひねる。金髪の魔女は、その様子を微笑みながら見ていた。ミズキが何かを言うまで、自分から口を開くつもりはないらしい。そして、数分後、何かに気づいたように、ミズキが顔を上げた。
「ああ、そうか。もう少しで騙されるところだった。」
「騙す? 誰が?」
「誤魔化さないでください。魔女の血は、遺伝で髪が赤くなるんです。こんな風にね」自分の髪を指さし、掻き上げる。「君は金髪だ。魔女の血筋ではない」
「薄いだけよ。ただ、表面的に見えてないだけ。あなた、自分で言ったじゃない、遺伝だって」
「それは……」顔を背けるミズキ。
「こっちを向いて」
ミズキに近寄ったリーンベルは、ミズキの顔を両手で優しく包むと、自分の方へとむけた。
「ごめんなさい、ミズキさん。確かに、私は魔女の血筋ではないわ」
「でもね」と続ける。「私が作られるとき、魔女の血が大量に必要だった。特別な血、呪われた血だったから。だから私は魔法を使える。命を削ってだけれど」
赤髪の魔女は、何も言わずにリーンベルの顔だけを見つめていた。
「三年前、魔法を使いすぎた私は、身体を維持するための魔女の血が足りなくなっていた。そして、魔女の血がまた私の中に入ってきた」
「ミズキ――――」
不意にアーネストが口を開く。気が付けば、リーンベルの視線は、ミズキの足元にあった。話しているうちに、視線が下がってしまったらしい。
「あ……」
リーンベルの目の前には、銃口が、涙で頬を濡らすミズキがいた。
「君が、原因か」
震える銃口を両手で必死に抑えているミズキは、同じように震える声で言った。
リーンベルは静かに頷いた。
しばらくそのままの状態でいた二人だが、ミズキががくりと項垂れ、銃口を下ろした。
銃をしまい、目元を拭ったミズキは、もう泣いていなかった。
ふう、っと息を吐くミズキ。
「でも、魔法なんて、誰も、僕にはそんなことを話してくれなかった」
「仕方がないわ。だって貴方、違うでしょう?」
「違う? 僕の何が違うと言うんだ?」
「わからないの?」
少し間を開けて、首を横に振った。
「気づいていないならいいわ。ただ、仕方だがなかったのよ。貴方は知ることを許されなかった」
「どうして?」
「どうして? それを、私の魔法を見て、あんな反応をしたあなたが、どうして言えるの?」
「そんな。皆、僕にだけ黙っているなんて……」
「あなたが悪い訳ではありません。何度も言うけれど、仕方がなかったのよ」
まだ少し残っていた煙草を、ミズキは投げるようにして捨てた。
「仕方ないだなんて。僕はそんな言葉、聞きたくもない」
その言葉を聞き、リーンベルは黙り込む。
「ねえ。アーネスト、僕は――――」アーネストと視線が合うと、何を言おうとしたのか、口を噤んでしまった。「――――いや、なんでもない」
「話はわかりました。僕が、何も知らなかったということも」
「よかったわ――――」
なにがよかったのか、ミズキにはわからない。もしかすると、意味のない「よかった」だったのかもしれないと思った。
「それで、僕はどうすればいいのですか?」
「力の使い方を覚えてもらいます。あなたならすぐにできるわ」
「この前から不思議に思っていたんだが、なぜ男も魔女と呼ばれるんだ?」
アーネストが口を開いた。
「魔法使いだなんて。あまりにも粗末なネーミングセンスだと思わない? 魔女の方が素敵。だから、魔女で統一されているの」
金髪の魔女は、くすりと笑った。
「そうなのか?」
アーネストは赤髪の魔女の方を向く。新しい煙草に、火を点けている最中だった。
「知りません。でも、魔法使いより、魔女の方が素敵なのはわかります」