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ANOTHER SKY  作者: 沖田コウ
第二章
21/31

二十一

「そういえば、どうして、そんな子供のような仕草ばかり」

「それは、ほら、年相応の言葉づかいや物の言い方をしていると、反感を買ってしまうといけませんから。生意気と、言われるかもしれないでしょう? それに、外見通りに振る舞えば、相手も優しくしてくれます」

 そう言いながら、リーンベルはアーネストに近づいた。そして、耳元でそっと「貴方みたいに」と囁いた。耳を押さえながら、アーネストは後ずさりする。

「ミズキ。知っていたのか?」

「何となく、そんな気はしていましたよ。まず、彼女が白黒写真に写っていた時点で、気が付かない君もどうかと思う。一体何年前だと思っているんですか?」

「何で、言ってくれなかったんだ」

 アーネストは顔を赤らめる。

「気づいている物だと思っていました。それに、君が気づいていなくとも、依頼を達成させるうえで全く、何の障害にもなりません」

 ミズキは先頭を歩いている。煙草を吸いながら、後ろにいる二人を見ずに言った。

「僕はリーンベルを連れて行くだけでいいのですから。別に貴女がどんな人物であろうと、人ですらなかろうと、僕には関係ない」

 その言葉に、リーンベルは俯いて、足を止めた。同時にアーネストも足を止めたが、ミズキは気が付かずに、歩いき続ける。

「ミズキ。その言い方はないだろう」

 ミズキは振り返り、俯いたままのリーンベルを見た。彼女は少し唇を噛んで、頬を膨らませていた。恐らく、この仕草も、長年同じ姿で生きてきた功、という物だろう。少女の仕草であって、女性の仕草には見えない。正直、彼女が52歳だとは思いたくなかった。

「いいえ。いいの。私、ミズキさんのドライな所、好きよ」

 膨らませた顔を、すっと笑顔に変える。速い。とても速い変化。切り替えと言った方がいいだろうか。

「僕、そんなに渇いていますか?」

 ジョークのつもりだった。

「ええ、渇ききっているわ。少量の水なんか、無意味でしょうね」

 笑顔のまま言うリーンベルに、ミズキは驚き、目を見開いた。そして、小さく舌打ちすると、また前を向いて歩き始める。その後ろをリーンベルが小走りで追いかけていく。彼女が走るたびに、綺麗に伸ばした金髪が揺れていた。

「貴方を潤せるとしたら、誰か、愛すべき人が必要かしら?」

「いえ、必要ありません」

「え、どうして?」

「もう、僕の渇きは、誰にも潤せるものではないから」




 手の上で、淡い青色に光る石を転がしながら、空を見上げるアーネスト。彼の持っている石が、リーンベルの探している鉱石だった。こんなちっぽけな石が、自分たちを、この街に五日も引き留めていたと考えると、可笑しくて仕方がない。いや、本来ならば、笑っていられるような状況ではなかった。

 ミズキが準備していた血は、残り五日分しか残っていない。ここからミズキの街へ戻るのに、最短ルートを進んだところで、五日以上かかるのだ。依頼の期限までまだ時間があると言ったところで、リーンベルの身体に危険が及ぶ。そうならないためには、新しい血を採取する必要があるのだ。

 アーネストはそれに反対だった。ミズキは目的のために手段を選ばないと、そう言ったが、彼にそんなことをさせたくなかった。

「そもそも、なぜ、血を飲む必要が?」

「別に、飲まなくたっていいのよ。身体の中に取り込めば、それでいい。ミズキさんがやったみたいに……。理由は、残念だけれど、私もわからない。ただ、血がないと、駄目みたいね。禁断症状というやつかしら?」

 彼女は、ミズキの質問に答え、少し離れた場所に座っているアーネストの方を見た。

「私だって、好きでこんなことをしている訳では、ないのよ」目がゆっくりと伏せられる。「でも、生きるためには、仕方がないことだってあるわ」

 一瞬、目が合ったが、アーネストはすぐに、彼女から目を離した。心を読まれたような気分で、居心地が悪かった。

「少しの間、我慢するということはできませんか?」

「残念だけれど、それはできません。私だって、今までずっと耐えてきた」

 ミズキは顎に手を当てて、低く唸った。しばらくして、何かに気づいたように、空を見る。だが、あまりいい表情とは、言えなかった。

「あの、リーンベル……」

「なあに?」

 少し、躊躇いながらも、言葉を続ける。

「鉱山へ行く前に、帰りは一瞬、と言っていましたよね?」

「ええ、言いました」

「それは一体、どういう?」

「ミズキさん、貴方、魔女でしょう?」

 その言葉に、ほんの少しだけ、ミズキの眉が上がる。振り返ったミズキは、煙草を地面に捨てて、靴底で火を揉み消した。リーンベルを正面に捉え、その目を見返す。

「僕は、魔女では……いいえ。そうです。僕は、魔女です」一度、否定しかけたが、ミズキはそのまま続けた。「でも、それは伝承であって、差別用語です。今、その言葉には、何の意味もありません」

「差別用語。ええ、その通りね。赤髪は魔女の証。獣との混血。災いをもたらす者として、昔はずいぶん酷い差別があったわ」

「理解できない現象を、魔女のせいだと決めつけ、その者達を生贄にする。そうすることで、行き場のない怒りや悲しみに、行き場を作る。身分の低い者たちに、自分より下がいると思わせた。魔女は、そんな馬鹿げた政策の一環に過ぎない」

 二人は、お互いに向かい合い、静かな口調で言った。

「でもね、ミズキさん。それだけではないのよ」

「言っている意味が、わかりません」

 ミズキがそう言うと、リーンベルはミズキの目の前に、人差し指を立てた。

「煙草をくわえて」

「え?」

「言った通り。煙草をくわえてください」

 言われるままに、煙草をくわえる。

「そのまま、私の人差し指に近づけて」

 そして、数秒。

 リーンベルの人差し指から、小さな炎が上がり、ミズキの煙草に火を点けた。

 驚き、一度身を引きかけたミズキだが、いつもの様に煙を吐き、リーンベルを見つめる。

「私にも、魔女の血が流れているの」


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