二
『ああ、なんてことをしてくれたんだ。
なぜ、俺はここでいるんだ。
一度死んだはずなのに。
どうして、こんなところでいる。
俺に、何をしろというんだ。
俺に、何ができると言うんだ。
俺は伸ばした手で、空を掻き毟った。』
街のはずれにある湖。そのすぐ隣には、小汚い喫茶店が立っていた。
最近、この周辺で、店に入る客を見ていたが、ハンターらしき人物はほとんど見られなかった。
僕は空を見上げた。
風が吹く。
肩まで伸ばした髪が揺れた。
とりあえず、入ってみようか。
僕は喫茶店のドアを開け、中に入る。かぎなれた煙草の香りがする。間接照明が多く、店の中は少し暗い。
カウンターには、五十歳ほどに見える、口髭を蓄えた男がいる。恰好から彼がこの店のマスターだろう。
僕はマスターにゆっくりと歩み寄る。
「おい、あいつ・・・」
「ああ、赤髪だな」
「初めて見た」
「魔女だろ?」
「魔物との混血って話もあるぞ」
「それにしても、あの女。こんなところに何の用なんだ?」
他の客の会話が聞こえてくる。どれも、聞くに堪えない。もっとまともな会話はできないのだろうか。
途中、何人かに声を掛けられたが、僕はそのすべて無視して、カウンターの一番端の席に腰掛けた。
「すみません」
僕はマスターに声をかけた。
「はい。ご注文は?」
「コーヒーを一つ、それと――――」
「おい、嬢ちゃんさっきから話しかけているのに――――!?」
僕は体の向きを変え、真後ろから僕の肩に向かって伸された手を掴んだ。手を掴まれた男は、突然の僕の行動に驚いているようだった。
僕は首を傾けながら、にっこりと微笑む。我ながら、上出来な笑みを作れていたと思う。
男は僕の笑みに気を取られ、一瞬緊張が緩む。
その隙に、男の脛をブーツの爪先で蹴った。爪先に鉄板を仕込んだブーツは、軽い蹴りでさえ、重さがある。男は痛みのあまり、その場に声もなくうずくまる。
「お嬢ちゃん、と言いましたか? 残念ですが、僕は男です。僕はマスターと話をしているんです。邪魔しないでもらえますか」
店中から、息を飲む気配が伝わる。
僕は椅子から立ち、男の耳元で「邪魔をするなら殺す」と囁いた。
男は僕を睨んだが、何事もなかったかのように、自分のいた席に戻った。賢明な判断だと僕は思う。これ以上争っても、彼は死に、僕は店から出入り禁止を喰らいかねない。どちらの得にもならないのだ。
男は椅子に座るときもう一度僕を睨んだが、僕は微笑んで手を振ってやった。店の張りつめた空気は、失笑に変わった。
「ところで、マスター。僕はこういったものです」
僕は胸のポケットから、名刺を一枚取出し、マスターに渡した。
「便利屋?」
「ええ、ここを僕の依頼の待ち合わせ場所として、使わせていただきたいのです」
僕はマスターに向かって微笑んだ。
今日一番の笑顔だったと思う。