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ANOTHER SKY  作者: 沖田コウ
第二章
17/31

十七

「ミズキさん。ご飯、食べないんですか?」

「ええ。僕はお腹すいてないので」

 そう言うとミズキは、ぬるくなったコーヒーをすすった。リーンベルは心配そうにミズキを覗き込む。

「でも、少しは食べた方がいいのではないかしら?」

「リーンベル。放っておけ、ミズキは喫茶店ではコーヒーしか頼まないんだ」

 アーネストが横から口をはさむ。

「まあ、そうなのですか?」

 ミズキは軽く頷いた。

「こいつと一緒に行動するようになって、何度か一緒に店に入ったが、いつもコーヒーだけだったよ」

「僕が何を頼もうと勝手でしょう?」

「まあ、それもそうだな」

 ミズキはポケットから煙草を取り出して火を点けた。その様子をリーンベルが凝視している。

「もう、体の方は大丈夫なのか?」

「大丈夫でないように見えますか?」

「いや・・・」

 確かにホテルに帰ってきた当初は、血まみれだったミズキだが、シャワーを浴びた後にはすべての血が消えており、頬にあるかすり傷のようなもの以外、怪我はなかった。どうやら、「五パーセント程度」と言っていたのは、嘘ではないらしい。

「ところで、リーンベル。そのリュックサックの中には何が入っているんですか?」

 ミズキは、リーンベルの隣に置いてある大きなリュックサックを指さした。

「これですか? 本が入っています」

「一冊だけ?」

「ええ」

「もしよかったら。読ませていただけませんか? 僕も本が好きなんです」

「申し訳ありませんが、それはできません」

「どうして?」

 ミズキはリーンベルを怖がらせないように、極力優しく聞いた。

「・・・・・・」

 リーンベルは沈黙したまま、アーネストの袖を引っ張った。アーネストは驚き、ミズキは溜息をつく。

「アーネスト。君と言う人は・・・」

「違う、俺は何もしていない!」

「わかりました。読ませてくれなくてもいいです。内容だけでも少し教えてくれませんか?」

「それくらいなら・・・」と言ったリーンベルは、リュックサックの中から古ぼけた本を取り出した。かなり分厚い本だ。日本国の『広辞苑』と同じか、それ以上の分厚さだと、ミズキは思った。

「これは、封印書です」

「封印書?」

「ええ。危険な、物や魔物を封じるための方法が書かれた本。私はこの封印書に書いてあることをやりなさいと、言われていたの」

「誰に?」

「・・・・・・」

 リーンベルはまた口を閉じ、下を向いた。

「なあ、ミズキ。あんなことがあった後なんだ。気になるのはわかるが、もう少し気を使ってやってもいいんじゃないか?」

「君は、甘いな」

 ミズキはそう言って、コーヒーを飲み干した。

「本は好きですか?」

 ミズキが聞いた。

「ええ。大好き。今まで、たくさんの本を読んできたわ」

 恐らく、気を使ってやっているのだろうと、アーネストは思う。

「どんな本が好きですか?」

「物語が好き。あ、でも、論文も好きね。あと・・・そう、辞書も捨てがたいわね」

「辞書?」

「ええ、この国の物だけではなく、外国の本も好き。いろいろな言葉を知ることができるわ。ミズキさんって、日本国の人よね?」

「ええ、そうですが。何か?」

「私、『国語辞典』も読んだことがあります」

「へぇ、珍しいな。俺なんて、物語すらまともに読んだことないのに」

 アーネストが感心する。

「そこ、感心するところが違いますよ」

 ミズキが言う。

「どうして?」

 不思議そうな顔をするアーネストに、ミズキは耳打ちする。

「さまざまな国の辞書を読める、と言うことは、その国の言葉を理解できる、ということです。彼女、凄い語学力を持っています。それに論文を理解できるのも凄い。とんでもなく頭が良いようですね」

「そうなのか」とアーネストは呟く。

 リーンベルは楽しそうに、今まで読んできた論文の話をする。ミズキは何とか話に付いて行けたが、アーネストに至っては目を回していた。




―――――――――――――――――――




 リーンベルの話がようやく終わり、それと同時に、ミズキは煙草に火を点けた。また、リーンベルがその様子を凝視している。

「ねえ、ミズキさん?」

「はい」

「煙草を一本いただけないかしら? 私、煙草を吸ってみたいわ」

 煙草の箱に手を伸ばすが、ミズキがさっとポケットの中にしまった。

「駄目です。煙草は体に悪い」

「じゃあ、何故、貴方は今も吸っているの?」

「どうしてでしょうか。早く死にたいからかもしれません」

 リーンベルの問いに、ミズキは笑いながら答えた。

「まあ、私をからかうのね?」

 リーンベルは顔を少し膨らませた。

「いいえ、からかうだなんて、とんでもない。実際に煙草一本で、人の寿命は五分縮むと言われています」

「じゃあ、一回、煙を吸いこむだけ。お願い」

 両手を顔の前で合わせ、彼女は首を傾げる。どうやら、彼女は合掌の意味を知っている様だ。これも、本で読んだのだろうか。

 ミズキは、そんなことを考えながら、まだ半分も吸っていない煙草の火を揉み消した。


「あっ!」


 リーンベルは声を上げる。


「駄目です」


 ミズキは微笑みながら言った。




―――――――――――――――――――





「ミズキ。こんなところでゆっくりしていて大丈夫なのか?」

 アーネストは不安そうな顔をミズキに向けた。

「ええ、大丈夫です。もう、追手の心配はありません」

「どうしてそう言い切れる?」

「帰ってきたときの、僕の状態を忘れましたか?」

 帰ってきたときのミズキの状態。血まみれになって、帰ってきたミズキ。だが、自分の血は五パーセント程度しか含まれていない、と言っていた。

 つまり、追手を殺した。血まみれになるような殺し方をした、ということだ。できれば、そんなことは想像したくなかった。

「なんて顔をしているんですか? 冗談ですよ」

 ふっとミズキが笑う。

「からかうのはよせ」

 リーンベルはずっと二人の様子を見ていた。

「二人とも、仲がよろしいのね」

 首を横に傾けながら言う。

「別に、僕はそう思っていませんが・・・」

「俺だって思っていないさ」

 二人はお互いを横目で見ながら言った。

「あら、そうかしら? 少なくともアーネストさんは、ミズキさんのことを、好きでいるようだけれど」

「アーネスト、君という男は・・・」

 ミズキが呆れた顔で、アーネストを睨んだ。心なしか、さっきよりもアーネストとの距離が離れている。

「そんな訳ないだろう! おい、リーンベル!」

「あら、違うの? ホテルに戻った時、私の事なんか気にかけず、ミズキさんの心配ばかりしていたくせに・・・」

「それはそうだが、言葉が足りていない」

 ああ、とリーンベルは頷く。

「ごめんなさい、言葉が足りなかったわ。友人としての『好き』よ」

「なるほど。そういうことですか」

「当たり前だろう」

 アーネストは溜息をついた。

 意外と彼女はトラブルメーカーなのかもしれない。

「もう、止めましょう。こんな不毛な会話は」

 ミズキが無表情で言った。リーンベルは二人を見ながら、くすくすと笑っていた。




―――――――――――――――――――




「ところでリーンベル。あなたに聞きたいことがあります」

 リーンベルは不思議そうな顔で、ミズキを見た。

「あの時、何があったのか。できるだけ、詳しく教えてください」

 ミズキは無表情だった。

「あの時・・・」

 俯いたリーンベルの身体が次第に震えだす。彼女は自分の体を抱き、震えを抑えようとした。

「ミズキ。追手が来ないのなら、それは別の機会でも、いいんじゃないのか?」

 アーネストが心配そうに口をはさんだが、ミズキはそれをすぐに否定した。

「いいえ。確かに、追手は来ませんが、必要なことです。リーンベル、話してくれますね?」

 ミズキの厳しい口調に、リーンベルは肩を震わせた。そして力なく頷いた。

「あの時、私は、あのお姉さんと話をしていました。いつだったかしら? お姉さんの、顔が恐怖で歪んだの。私は何があったのかわからなくなって、とにかくお姉さんを落ち着かせようとして、近づいたわ。でも、彼女は後ずさりした。そして――――」

「撃たれたのか?」

 アーネストが小さな声で聞いた。

 彼女は小さく頷く。

「突然のことで、驚いて。後ろを見ると男の人が・・・」

 そこまで言って、リーンベルは顔を手で覆って泣き出してしまった。声こそは殺しているが、ミズキには肩の震えでわかった。

「彼は、あなたを追っているようでした。何か心当たりはありますか?」

 彼女は俯いたまま、首を横に振った。

「いいえ。何も・・・」

 その時、僅かにアーネストの中に引っかかるものがあった。ミズキが依頼で、リーンベルを探していると伝えたとき。彼女は何かを呟いた。何を言ったかまではわからなかったが、何か思い当たる節がなければ、あのタイミングで呟くことは、普通ではないだろう。

「そうですか・・・。では、最後にもう一つ」と、ミズキは煙草の火を消した。

「僕はある依頼で、あなたを探していました。依頼主の所まで、連れて行く必要があります」

 リーンベルは涙を拭い、ミズキを見た。

「私にその必要はありません」

 強い拒否の言葉だった。二人の間に流れた不穏な空気に、アーネストは息を飲む。


 しばらく沈黙が続いた。


 ふっと息を漏らすリーンベル。

「わかりました。あなたに付いて行きます。そうでもしないと、縛り上げてでも、連れて行かれそう。但し――――」と、彼女は目を閉じた。

「私にも成さねばならないことがあります。それが終わってからでもよろしいですか?」

「成さねばならないこと?」

「お父様から、申しつけられているのです。封印書に書いてある、素材を収集して来いと」

「なるほど。それは、すぐに終わりますか?」

「ええ、この街の近くに、鉱山があるでしょう。そこにある、鉱石が最後の素材なんです」

「わかりました。協力しましょう。僕も穏便に事を済ませたい」

「よかった。ミズキさんなら、そう言ってくれると信じていました」


 リーンベルは微笑んだ。


「出会ったばかりなのに?」


 ミズキも微笑む。


「ええ。出会ったばかりなのに、不思議ね」


 アーネストは胸をなでおろしていた。




―――――――――――――――――――




「そうとなれば、早速、準備をしましょう。明日には出発しますよ」

 ミズキは椅子から立ち上がりながら言った。

「もう少し、ゆっくりしてもいいのでは?」

「言い忘れていましたが、僕には時間があまりないんです。期限までに、あなたを連れて行かなければならない」

「その期限は?」

「あと、一か月」

「まあ、それは急がなければいけませんね」

 席を立ち、料金の支払いに行ったミズキのポケットから、一枚の写真が落ちた。リーンベルがそれを拾い、じっと見る。それは、ミズキと黒髪の少年が笑顔で写っている写真だった。

 アーネストがそれを覗き込む。

「なんだ、ミズキ。お前、こんな顔もできるんじゃないか」

 その写真に写っているミズキは、いつものような笑顔――――意識して作った笑顔ではなく、心からの笑顔の様に見えた。

「勝手に人の写真を見ないでください」

 リーンベルの手から写真を取り上げる。

「お友達ですか?」

「ええ。古い友人です。もう、亡くなってしまいましたが・・・」

「あ、すみません。その・・・」

「いえ、気を遣わなくても大丈夫。それに、亡くなっていると言っても、半分は生きていますし」

 アーネストには、その言葉の意味が全く分からなかった。

「あの頃はよかったな」

 そう呟いて、微笑んだミズキ。


 どこか寂しげな、その笑顔は、やはり作られたものにしか見えなかった。



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