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ANOTHER SKY  作者: 沖田コウ
第二章
16/31

十六

『ゆらりゆらりと

 黒い彼。

 煙草の煙

 くゆらせて。

 歩くは一人、

 闇の中。

 偽の仮面、

 外す時。

 彼は一体どこへ行く。』











 小鳥のさえずる声で、アーネスト・エトワールは目を覚ました。


 どうやら、いつの間にか寝ていたらしい・・・。

「――――ミズキっ!」

 自ら囮になり、敵を引きつけ、それ以来帰ってこない友人、サエバ・ミズキを探す。

 だが、隣のベッドには、すやすやと寝息をたてている、リーンベル・ローズヴェルトの姿しかなかった。その枕は少し濡れている。よく見ると、リーンベルの目元から零れ落ちる雫があった。

 アーネストは黙って、涙を拭ってやる。そして、彼女の頭に手を置き、何度か往復させた。

 ベッドから立ち上がり、服を着替えた。

 顔を冷たい水で洗い、鏡を見た。


 なんて顔をしているんだ。一度決めたことだろう。


 頭を横に何度も振り。雑念を振り払う。

 何度か頭を叩き、何とか頭に浮かんだことを、忘れようとする。だが、できない。ミズキの心配。これからの不安。それらが一気に押し寄せていた。

 洗面所から出ると、リーンベルが荷物をまとめていた。背後に視線を感じたリーンベルは、振り向くと、びくりと肩を震わせる。

「あ、あの――――」

「心配しなくていい。俺はあんたに何もしない」

 アーネストがそう言うと、彼女は下を向いた。


 突然、ドアがノックされた。アーネストは飛び上がりそうになりながらも、何とか平静を装い、ドアに向かった。

 覗き穴から誰が来たのかを窺う。それは、少し期待していた待ち人ではなく、意外な人物だった。期待していた自分と、驚いた自分。そして危険がないとわかり、ほっとしている自分に呆れ、溜息が漏れる。

 念のため、ドアチェーンはかけておく。

 ドアを限界まで開き、部屋の外にいるホテルマンを見た。

「おはようございます。今朝、自治団体から連絡がありました」

「自治団体?」

 自治団体―――街の住民たちによる組織。主に、事件等の情報を共有するために、活動しているらしい。

「今朝、いくつか事件があったようです」

「・・・」

 アーネストは緊張した様子で、ホテルマンを見た。彼にもその緊張が伝わったのか、表情が強張っていた。

「一つは女性の殺人事件で、銃で胸を撃ち抜かれていたようです」

 これは昨日、リーンベルを見つけた時に、殺されていた女性の事だろう。こちらについては、自分にも情報がある。

「もう一つは、被害者が男性か女性かわからないのですが、こちらも殺人事件です。ずいぶんと質が悪いです」

 被害者が男性か女性かわからない。その言葉は、アーネストの心を大きく揺さぶった。

 ミズキは一見すると、いや、彼の口から「男だ」と語られなければ、女にしか見えない。しかし、アーネストはミズキと長くいたせいで、男性か女性かわからない人物、と認識してしまっていたのだ。

「そんな・・・」

 アーネストは一人呟く。その様子をリーンベルは黙って見ていた。

「そして、警備隊は重要視していないようなのですが、複数の女性が、後ろから何者かに襲われ、眠らされる。という事件も起きています。どうか、お気をつけて」

 ホテルマンはゆっくりとドアを閉めた。

 ドアの閉まる音と同時に、アーネストはその場に座り込む。最後の事件の話など耳に入ってはいなかった。

 ミズキが死んだ?

 それは彼の肩に大きな塊として、のしかかってきた。

 あの時に、もしミズキと一緒にいれば、彼は死なずに済んだのだろうか。

 そんな考えが、頭を過った。

 後悔しか出てこない。

 座り込んだままのアーネストの肩に、リーンベルがそっと手を置く。その手の感触。そして、その暖かさに、癒されていく気がした。

 自分が心配をかけてどうする。

 アーネストは自分を奮い立たせるように、立ち上がった。

「リーンベル」

「はい。あの、どうして私の名前を?」

「ああ、そのことについて。それと、今後の事に付いて、伝えたいことがある」

 アーネストは部屋の中にある椅子に座り、リーンベルはベッドに腰掛けた。

「昨日、君と出会ったとき、俺と一緒にいた男を覚えているか?」

「男? 女の方でしたら――――」

「あいつは男だ。そう言っていた」

「まあ・・・」

「サエバ・ミズキ、それがあいつの名前。あいつは仕事で、君を探していた。俺はその手伝いをしていたんだ」

「いったい何のために?」

「わからない。そこまで詳しいことは聞いていない。ただ、依頼で人探しをしている、としか・・・」

「――――お父様かしら?」

「え?」

「いいえ、こちらの話です」

 リーンベルはにっこりと笑う。だが、表面だけの笑みで、どこか寂しさを感じさせる。彼女が、どこかミズキに似ているような気がした。

「ミズキは、自分が朝までに戻らなければ、君を置いて逃げろと言った」

 アーネストはリーンベルの目を真っ直ぐに見た。彼女の息を飲む気配が伝わる。服の裾をギュッとつかんでいた。

 目を閉じて、一度大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。

「だが、俺にはできない。放っておけば殺されるとわかっている人間を、見捨てることなどできない」

 リーンベルの顔に光が宿った。

「俺は君を助けたい・・・」

「ありがとう、ございます」

 彼女はベッドから立ち上がり、アーネストに抱き着いた。声は聞こえないが、涙を流しているのはアーネストでもわかった。

 金色の髪が、ふわりと後から付いて来る。その髪をアーネストは、優しく撫でようとした。



 その時、

 突然。

 本当に突然。

 誰が予想など、しているものか。

 轟音?

 銃声?

 鳴り響く、

 続けて二発。

 鍵とドアチェーンが撃ち抜かれた。




「――――リーンベル!」

 アーネストはリーンベルを自分の後ろに隠し、銃を抜く。震える両手で、何とか構え、銃口をドアに向けた。




 ゆっくりと、

 ゆっくりと、

 ドアが開く。

 まだ、外にいる人物は見えない。

 長い時間をかけて、

 ドアが開く。

 十秒?

 一分?

 本当は、

 もっと短いかもしれない。

 汗が額を伝う。

 体内の、

 警報が鳴りやまない。


 手が、ドアにかかった。


 その手は、真っ赤。


 心臓が跳ね上がりそうになる。


 まだ、撃つには早すぎる。


 相手が見えてからトリガを引こう。


 それからでも、遅くはないはず。



 ドアが開く。




「疲れた・・・」

 扉の向こう側にいた人物が、顔を見せる。

「え?」

 アーネストとリーンベルは、お互いに顔を見合わせる。そして、扉にもたれかかっている人物を見た。


 サエバ・ミズキが、そこにいた。


「アーネスト。なんでまだここでいるんですか?」

 体中、血まみれになったミズキが口を開く。

「それより、その血は!?」

「ああ、これですか?」

 ミズキは乾いた笑みを浮かべる。疲れ切った笑みだった。

「大丈夫。五パーセント程度しか、僕の血は混ざっていません」

「じゃあ、それは一体・・・」

「聞きたいですか?」

 ククク、と喉を鳴らして笑う。

「ドア、壊してしまいましたね。すみません、気が立っていたもので・・・」

「今は、別にどうでもいい。なにか手伝えることはあるか?」

「そうですね。――――いや、今は眠りたい」



 意識を失ったかのように、ミズキはその場で眠ってしまった。





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