十四
『散る散る落ちる、
赤の花。
今宵は誰の
胸に咲く。
咲いた花は、
真っ赤っ赤。
次はあの子。
いいやあの子。
どの子の胸に咲こうかな。
種は男に握られて、
芽吹く時を
待つばかり。 』
ミズキは辺りを見回した。
だが、周りには人影は見えない。いや、見える範囲にいないだけで、本当はどこかに潜んでいるのかもしれない。
「アーネスト。銃を抜いてください」
ミズキが言った。アーネストは緊張した様子でミズキを見た。
「何をしているんですか? 早く、銃を。辺りを警戒してください。まだどこかに隠れているのかもしれません」
険しい表情で言ったミズキに、アーネストはびくりと肩を震わせる。そして、拳銃を震える両手で取り出した。
ミズキは銃を腰に納め、泣き続けるリーンベルに近づいた。隣の女性を一度だけ見たが、撃たれている場所はどう見ても心臓だ。血の量からして、助からない。それに、既に見開かれた目からは光が消えていた。
「リーンベル・ローズヴェルト。貴女を探していました。僕と一緒に来てください」
ミズキはそう言った後、自分の発言の過ちに気づいた。どう考えても、今、言うべき言葉ではない。リーンベルの隣で死んでいる女性が、見えるところから撃たれたとは限らない。もし、見えない場所から撃たれていた場合、銃声のすぐ後に姿を現したミズキたちが、この女性を殺したと思っても仕方がない。
「すみません。僕たちは銃を所持してはいますが、彼女を撃ったのは、僕たちではありません」
今さら遅いか。
聞こえないように小さく舌打ちしたミズキ。リーンベルは首を横に振った。
「お姉さんたちが殺したのではない。それは、わかっています。」
彼女は震える声で言った。
「犯人の顔を見たんですか?」
彼女は無言で頷いた。
「急に、男の人が現れて、私の隣にいた、その人を――――」
「ミズキ、まだか!」
周囲を見回していたアーネストが叫ぶ。彼の声も恐怖で震えていた。取り乱さないだけ、まだマシかもしれない。
銃声とともに、近くにあった街灯が割れた。やはり、まだ近くに潜んでいたようだ。
「ミズキ!」
アーネストがまた叫ぶ。
「話は後です。貴女を保護します。僕に付いてきてください。ここにいては、危険だ」
ミズキはリーンベルに優しく言った。彼女は涙を拭い、首を縦に振った。
ミズキの手を借り、その場に立ち上がったリーンベル。金色の髪は、既に腰に届いている。彼女はアーネストを見た。
「彼は?」
泣き止みはしたが、まだ声が震えている。
「僕の助手です」
ミズキは微笑んだ。そして、彼女の手を握り、走り出す。
「アーネスト、逃げますよ」
アーネストに向かって叫んだミズキ。それとほぼ同時に、また数発の銃声が聞こえ、近くの街灯がいくつか割れた。
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ミズキが先頭を走り、その後ろをアーネストと、彼に手を引かれたリーンベルが走る。まだ銃声は聞こえており、街灯もそのたびに割れている。ちょうど、ミズキたちが通り過ぎた街灯が割られていた。
明らかに楽しんでいる。いつでも殺せるということを、相手はアピールしているのだ。それを理解したミズキの背に、嫌な汗が伝う。
既に三人とも息が上がっている。相手は疲れ切ったところで、また姿を現すだろう。そして、恐怖に怯えるミズキたちを順番に殺していくはずだ。
このままでは、確実に三人とも殺される。
ミズキは後ろを振り返った。
街灯を割られたせいで、すぐ後ろは真っ暗だ。何も見えない。足音は聞こえないが、恐らく、相手はミズキたちの後ろから追ってきている。
前方には分かれ道があった。
小さいが、チャンスがやってきた。ミズキはそう思うことにして、銃を抜いた。
走りながら銃を両手で構えたミズキは、前に見えるすべての街灯を、正確に打ち抜いた。
「何をしている。真っ暗で何も見えないぞ!」
息を切らしながら、アーネストが叫ぶ。
「静かにしてください。気が付かれたらどうするつもりですか?」
「・・・?」
「僕が囮になります。アーネスト、君は彼女を連れて、右の道を通ってください。僕は左に行きます」
「なっ!?」
「僕たちが泊まっているホテルの道は、わかりますね? 二手に分かれた後、できるだけ速く、ホテルに戻ってください。ここからは、遠いですが、とにかく走ってください」
「お前はどうするんだ?」
「僕は追手を撒いてから戻ります」
「大丈夫なのか?」
「わかりません。僕が朝までに帰らなかったら、彼女を置いて逃げなさい」
アーネストが息を飲む。
「そんなことできるか! 必ず戻ってこい!」
「・・・わかりました」
ミズキは苦笑した。そして、分かれ道にたどり着く。一瞬だけ二人は目を合わせ、左右に分かれて走り続けた。
「気を付けて・・・」
リーンベルが小さな声で言ったが、ミズキの耳には届いていなかった。
ミズキは街灯を銃で打ち抜きながら走った。追手がミズキの方へ来るかどうか、賭けに近い物がある。
だが、相手もミズキが街灯を割っているのは、姿を見せないようにするためだと、気づいているはず。つまり、そっちの道に、追っている対象がいると考えてもおかしくはない。
自分の方に追手を引きつけられていることを、祈りながらミズキは走り続けた。
―――――――――――――――――――
ホテルに戻ったアーネストたちは、部屋に閉じこもり、ミズキの帰りを待っていた。部屋は間接照明のみを使用して、カーテンも閉め切っていたため、かなり暗かった。
血の付いたドレスでは気持ち悪いだろうと思ったアーネストは、とりあえず彼の服を貸し、彼女に着てもらっていた。身長がミズキより少し小さな彼女には、大きすぎるが、何もないよりはいいだろう。
既に五時間以上経過しているが、まだミズキは帰ってこなかった。時間が経つにつれ、徐々にアーネストの不安も大きくなっていた。
「・・・・・・」
「あの・・・」
リーンベルが声をかけた。
「どうした?」
「シャワーを貸していただけないかしら? その、・・・こんな時に、不謹慎だとは思うけれど、体に付いている血を洗い流したいの・・・」
あまりの事態に失念していたが、彼女は殺された女性の返り血を浴びて、髪や服が汚れていた。上品に聞いてきた彼女に一瞬、見とれながら、アーネストは頷いた。
不謹慎だ。
俺が。
この状況で、少女に目を奪われてしまった自分が嫌になった。
アーネストはバスタオルをリーンベルに手渡し、ベッドに座り込んだ。
しばらくして、シャワーの音が聞こえてきた。水の音に混じって嗚咽のようなものが聞こえる。きっと、アーネストの前では泣けなかったのだろう。
彼は会ったばかりのリーンベルより、囮になったミズキの心配をしていた。彼女には一切話しかけず、関わろうとしなかった。いや、正確にはリーンベルの存在などすっかり忘れていた。
もうすぐ、日が昇る。
朝が来るのだ。
本当に帰ってこなかったら?
ミズキはリーンベルを置いて逃げろと言った。
彼女が今さらになって、シャワーを浴びたいと言ったのは、ミズキとの会話を聞いていたからだろう。
見知らぬ少女。
自分とは全くかかわりがない。
出会ったばかりで、彼女は俺の名前すら知らない。
置いて逃げることは簡単。
だが、この少女は命を狙われているかもしれない。
放っておいたら殺される。
そんな子を、見捨てることなどできない。
ミズキがもし、帰ってこなければ、俺がこの子を守るしかないのか・・・。
だが、俺にそんなことが可能なのか?
アーネストは頭を掻きベッドに倒れ込んだ。
ミズキは仕事で、リーンベルを探していた。
自分はただ、その手伝いをしていただけ。
なのに、割り切ることができない。
溜息をついた。
それは、彼が決心したことを表す溜息だった。
―――――――――――――――――――
次の朝、街の別々の通りで二つの死体が発見された。
さらに、その付近で街灯がすべて割られており、殺人事件との関係が疑われている。
一つは女性の死体。首に小さな切り傷があったが、死亡した原因はそれではなく、銃で胸を撃ち抜かれたからだと推測される。
もう一つは、男性の死体。こちらは損傷が激しく、体中に穴が開いていた。顔面の損傷は特に激しく、体の各部分から、辛うじて男性とわかる程度だった。
恐らく、穴の原因は銃弾によるものとされる。被害者は死亡してからも弾丸を浴びせられており、加害者に非常に強い恨みを持たれていた、と分析されている。
それはまた、別のお話・・・。