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ANOTHER SKY  作者: 沖田コウ
第一章
14/31

十四

『散る散る落ちる、

 赤の花。

 今宵は誰の

 胸に咲く。

 咲いた花は、

 真っ赤っ赤。

 次はあの子。

 いいやあの子。

 どの子の胸に咲こうかな。

 種は男に握られて、

 芽吹く時を

 待つばかり。      』











 ミズキは辺りを見回した。

 だが、周りには人影は見えない。いや、見える範囲にいないだけで、本当はどこかに潜んでいるのかもしれない。

「アーネスト。銃を抜いてください」

 ミズキが言った。アーネストは緊張した様子でミズキを見た。

「何をしているんですか? 早く、銃を。辺りを警戒してください。まだどこかに隠れているのかもしれません」

 険しい表情で言ったミズキに、アーネストはびくりと肩を震わせる。そして、拳銃を震える両手で取り出した。

 ミズキは銃を腰に納め、泣き続けるリーンベルに近づいた。隣の女性を一度だけ見たが、撃たれている場所はどう見ても心臓だ。血の量からして、助からない。それに、既に見開かれた目からは光が消えていた。

「リーンベル・ローズヴェルト。貴女を探していました。僕と一緒に来てください」

 ミズキはそう言った後、自分の発言の過ちに気づいた。どう考えても、今、言うべき言葉ではない。リーンベルの隣で死んでいる女性が、見えるところから撃たれたとは限らない。もし、見えない場所から撃たれていた場合、銃声のすぐ後に姿を現したミズキたちが、この女性を殺したと思っても仕方がない。

「すみません。僕たちは銃を所持してはいますが、彼女を撃ったのは、僕たちではありません」

 今さら遅いか。

 聞こえないように小さく舌打ちしたミズキ。リーンベルは首を横に振った。

「お姉さんたちが殺したのではない。それは、わかっています。」

 彼女は震える声で言った。

「犯人の顔を見たんですか?」

 彼女は無言で頷いた。

「急に、男の人が現れて、私の隣にいた、その人を――――」

「ミズキ、まだか!」

 周囲を見回していたアーネストが叫ぶ。彼の声も恐怖で震えていた。取り乱さないだけ、まだマシかもしれない。

 銃声とともに、近くにあった街灯が割れた。やはり、まだ近くに潜んでいたようだ。

「ミズキ!」

 アーネストがまた叫ぶ。

「話は後です。貴女を保護します。僕に付いてきてください。ここにいては、危険だ」

 ミズキはリーンベルに優しく言った。彼女は涙を拭い、首を縦に振った。

 ミズキの手を借り、その場に立ち上がったリーンベル。金色の髪は、既に腰に届いている。彼女はアーネストを見た。

「彼は?」

 泣き止みはしたが、まだ声が震えている。

「僕の助手です」

 ミズキは微笑んだ。そして、彼女の手を握り、走り出す。

「アーネスト、逃げますよ」

 アーネストに向かって叫んだミズキ。それとほぼ同時に、また数発の銃声が聞こえ、近くの街灯がいくつか割れた。




―――――――――――――――――――




 ミズキが先頭を走り、その後ろをアーネストと、彼に手を引かれたリーンベルが走る。まだ銃声は聞こえており、街灯もそのたびに割れている。ちょうど、ミズキたちが通り過ぎた街灯が割られていた。

 明らかに楽しんでいる。いつでも殺せるということを、相手はアピールしているのだ。それを理解したミズキの背に、嫌な汗が伝う。

 既に三人とも息が上がっている。相手は疲れ切ったところで、また姿を現すだろう。そして、恐怖に怯えるミズキたちを順番に殺していくはずだ。

 このままでは、確実に三人とも殺される。

 ミズキは後ろを振り返った。

 街灯を割られたせいで、すぐ後ろは真っ暗だ。何も見えない。足音は聞こえないが、恐らく、相手はミズキたちの後ろから追ってきている。

 前方には分かれ道があった。

 小さいが、チャンスがやってきた。ミズキはそう思うことにして、銃を抜いた。

 走りながら銃を両手で構えたミズキは、前に見えるすべての街灯を、正確に打ち抜いた。

「何をしている。真っ暗で何も見えないぞ!」

 息を切らしながら、アーネストが叫ぶ。

「静かにしてください。気が付かれたらどうするつもりですか?」

「・・・?」

「僕が囮になります。アーネスト、君は彼女を連れて、右の道を通ってください。僕は左に行きます」

「なっ!?」

「僕たちが泊まっているホテルの道は、わかりますね? 二手に分かれた後、できるだけ速く、ホテルに戻ってください。ここからは、遠いですが、とにかく走ってください」

「お前はどうするんだ?」

「僕は追手を撒いてから戻ります」

「大丈夫なのか?」

「わかりません。僕が朝までに帰らなかったら、彼女を置いて逃げなさい」

 アーネストが息を飲む。

「そんなことできるか! 必ず戻ってこい!」

「・・・わかりました」

 ミズキは苦笑した。そして、分かれ道にたどり着く。一瞬だけ二人は目を合わせ、左右に分かれて走り続けた。

「気を付けて・・・」

 リーンベルが小さな声で言ったが、ミズキの耳には届いていなかった。



 ミズキは街灯を銃で打ち抜きながら走った。追手がミズキの方へ来るかどうか、賭けに近い物がある。

 だが、相手もミズキが街灯を割っているのは、姿を見せないようにするためだと、気づいているはず。つまり、そっちの道に、追っている対象がいると考えてもおかしくはない。

 自分の方に追手を引きつけられていることを、祈りながらミズキは走り続けた。




―――――――――――――――――――




 ホテルに戻ったアーネストたちは、部屋に閉じこもり、ミズキの帰りを待っていた。部屋は間接照明のみを使用して、カーテンも閉め切っていたため、かなり暗かった。

 血の付いたドレスでは気持ち悪いだろうと思ったアーネストは、とりあえず彼の服を貸し、彼女に着てもらっていた。身長がミズキより少し小さな彼女には、大きすぎるが、何もないよりはいいだろう。


 既に五時間以上経過しているが、まだミズキは帰ってこなかった。時間が経つにつれ、徐々にアーネストの不安も大きくなっていた。


「・・・・・・」

「あの・・・」

 リーンベルが声をかけた。

「どうした?」

「シャワーを貸していただけないかしら? その、・・・こんな時に、不謹慎だとは思うけれど、体に付いている血を洗い流したいの・・・」

 あまりの事態に失念していたが、彼女は殺された女性の返り血を浴びて、髪や服が汚れていた。上品に聞いてきた彼女に一瞬、見とれながら、アーネストは頷いた。


 不謹慎だ。

 俺が。


 この状況で、少女に目を奪われてしまった自分が嫌になった。


 アーネストはバスタオルをリーンベルに手渡し、ベッドに座り込んだ。

 しばらくして、シャワーの音が聞こえてきた。水の音に混じって嗚咽のようなものが聞こえる。きっと、アーネストの前では泣けなかったのだろう。

 彼は会ったばかりのリーンベルより、囮になったミズキの心配をしていた。彼女には一切話しかけず、関わろうとしなかった。いや、正確にはリーンベルの存在などすっかり忘れていた。


 もうすぐ、日が昇る。

 朝が来るのだ。

 本当に帰ってこなかったら?

 ミズキはリーンベルを置いて逃げろと言った。

 彼女が今さらになって、シャワーを浴びたいと言ったのは、ミズキとの会話を聞いていたからだろう。


 見知らぬ少女。

 自分とは全くかかわりがない。

 出会ったばかりで、彼女は俺の名前すら知らない。

 置いて逃げることは簡単。

 だが、この少女は命を狙われているかもしれない。

 放っておいたら殺される。

 そんな子を、見捨てることなどできない。

 ミズキがもし、帰ってこなければ、俺がこの子を守るしかないのか・・・。

 だが、俺にそんなことが可能なのか?


 アーネストは頭を掻きベッドに倒れ込んだ。


 ミズキは仕事で、リーンベルを探していた。

 自分はただ、その手伝いをしていただけ。

 なのに、割り切ることができない。


 溜息をついた。


 それは、彼が決心したことを表す溜息だった。




―――――――――――――――――――




 次の朝、街の別々の通りで二つの死体が発見された。

 さらに、その付近で街灯がすべて割られており、殺人事件との関係が疑われている。


 一つは女性の死体。首に小さな切り傷があったが、死亡した原因はそれではなく、銃で胸を撃ち抜かれたからだと推測される。

 もう一つは、男性の死体。こちらは損傷が激しく、体中に穴が開いていた。顔面の損傷は特に激しく、体の各部分(パーツ)から、辛うじて男性とわかる程度だった。

 恐らく、穴の原因は銃弾によるものとされる。被害者は死亡してからも弾丸を浴びせられており、加害者に非常に強い恨みを持たれていた、と分析されている。






 それはまた、別のお話・・・。




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