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ANOTHER SKY  作者: 沖田コウ
第一章
13/31

十三

『黒いドレス

 纏った子。

 みんなはその子、

 追いかける。

 追っても無意味。

 でもやめない。

 追手は必死。

 でも無意味。

 あの子は笑う。

 月夜に笑う。

 笑えば響く、

 可笑しいね。  』











 ミズキとアーネストはあの後、宿に向かい部屋を借りていた。ミズキは部屋を借りるときに偽名を使った。

「おい、その名前」

「偽名です」

 ミズキが名前を書いている時に、アーネストが小声で聞いた。

「後で面倒なことが起こってもいいようにと・・・」

 ミズキは答える。

「じゃあもしかして、『サエバ・ミズキ』も偽名か?」

「それは、――――」と一瞬口を閉じる。

「本名です・・・」

 アーネストは気が付かなかったが、ほんのわずかな時間、ミズキは答えるのをためらった。


 二人は行動しやすいという理由から、同じ部屋に泊まることにした。アーネストがベッドに座ると、ミズキが近づいてきた。

「シャワーを浴びてきます。僕が出たら、すぐに出掛けられるように、準備していてください」

「出掛ける?」

「君はここに観光で来たんですか? 仕事です。目撃者がいるようなので、聞き込みに行きましょう」

 そう言って、ミズキは着替えの入った袋を持ってバスルームに消えた。

 しばらくすると、シャワーの音が聞こえ始めた。

 アーネストはベッドに寝転がり、コートの内にしまってある拳銃を取り出した。様々な角度から、人を殺すための道具を見る。

 ミズキから、銃を使う時にはどうすればいいかを聞かされていた。

 目線と銃を一緒に動かす。トリガには撃つ時以外、指をかけない。そして、撃つ時には躊躇わない。

 それを実際に行動に移したとき、アーネストは人を殺す。

「できれば、使いたくはないよな」

 誰もいない部屋で呟いた。




 ミズキはシャワーから出る水を浴び続けていた。冷たい水を浴びても、さっきの男に触られた不快感は消えない。何度擦っても消えないのだ。消えないどころか、その不快感は癌細胞のように、徐々に広がっていた。

 ミズキはしばらく、水を浴びながら俯いていた。

 ミズキの視界には排水溝に流れる水が入っていた。

 頬を伝う冷たい水の中に、何か温かい物が混じる。それはミズキの目から流れていた。

 ミズキは顔を手で覆い、少しの間、そのままでいた。


 このまま体が溶けて、水と一緒に流れてしまえばいいと思った。



―――――――――――――――――――



 ミズキはバスルームから出ると、ベッドで拳銃を手に寝ていたアーネストを起こした。

 アーネストは眠そうに眼を擦りながら、コートを羽織り、拳銃をしまう。

 ミズキも準備は済ませていたのでコートを羽織った。前のボタンを器用に片手で閉じながら、アーネストに紙切れを渡す。

「なんだこれは?」

「今から目撃者の男性の所に行きます。それは、男性に質問する内容を書いたメモです。君が男性に質問してください」

「何で? お前が聞けばいいんじゃないのか?」

「こんな顔をしていると、舐められてしまうんですよ」

 ミズキは自分の顔を指さしながら言った。

「なるほど。ところで、今日は髪を括らないのか?」

 アーネストが聞いた。

 いつもミズキは髪をゴムで括っている。だが、部屋を出ようとしたミズキは、肩まで伸ばした赤髪をそのままにしていた。髪を括っていないミズキは、括っている時より、より女性的に見える。

「髪形ぐらい、僕の自由でしょう? それとも、括っていた方がアーネストの好みですか? 残念ですが、僕に男色の趣味はないので・・・」

 ミズキは悪戯っぽく微笑んだ。

「俺だってそんな趣味はない」

 アーネストは少し怒ったように言った。




 一週間、事件があったときに、その場に居合わせたという男性の家を訪れた。呼び鈴を鳴らすと、すぐに痩せた男性が玄関を開けた。

「突然すみません。一週間前の女性が血を抜かれて殺された事件について、お聞きしたいのですが」

「またそれか、話せることは警備隊に話した。俺は一刻も早く、あのことを忘れたいんだ」

 男性はドアを閉めようとしたが、ミズキがドアにブーツの爪先を挟み込む方が先だった。それを見たアーネストが顔をしかめる。

「大丈夫。安全靴です」

 ミズキはアーネストに言った。

「被害者の家族から、依頼を受けて来た者です。彼らは真相を知りたがっています。どうか、ご協力を・・・」

 本当は、被害者の家族からの依頼など受けてはいない。さらりと嘘をつくミズキに、アーネストは、今度は違う理由で顔をしかめた。

 二人の顔を見た後、男性は渋々ドアを開いた。



 応接間のようなところに案内された二人はソファに腰掛け、男性と向かい合っていた。

ミズキは男性に二枚の名刺を渡した。一枚はミズキ。もう一枚はアーネストの物だ。もちろん偽名で書かれており、肩書は、アーネストが探偵。ミズキが助手であった。

「では、早速・・・」

 ミズキがメモとペンを準備して、アーネストをちらりと見た。質問を始めろ、という合図だ。

「事件の様子をできるだけ詳しく聞かせてください」

 アーネストが質問を始めた。

「ああ、やっぱりそれを聞かれるのか・・・」

 男性は頭を抱え込む。

「俺は実際に事件を見たわけじゃないんだ。ただ、俺が最初に、殺された女を発見したというだけで、事件を見ていたという噂がたっただけなんだ」

「えっ?」

 アーネストは声を上げた。

 ミズキは無言のままだった。

 今の言葉で用意していた質問がほとんど意味をなさなくなってしまった。

 アーネストはミズキに指示を仰ぐ。仕方なくミズキはメモ用紙に新しい質問を書いてアーネストに渡した。

「じゃあ、あなたは犯人の姿を見ていないのですね?」

「いや、人かどうかはわからないが、殺された女の近くに何かがいた。暗くてよく見えなかったが、それの目が妖しく光っていたのは覚えている。俺を見た後、すぐにどこかに逃げてった」

「被害者はどのような状態でしたか?」

「首に傷があって、血は出ていなかった。仰向けに倒れていて、恐怖に見開かれた目が俺を見ていたんだ・・・」

 そう言って男は、震えながら頭をかきむしった。

「もう忘れさせてくれ。殺された女が、毎晩夢に出るんだ。そして、俺を殺そうとする。どうして助けてくれなかったんだ、と・・・」

「最後に一つ・・・」

 今度はミズキが口を開いた。

 ミズキはリーンベル・ローズヴェルトの写真を男性に見せた。

「この少女を見たことはありませんか?」

「・・・ああ、見たことあるよ。この街であんなに髪が長い女はいないから、印象的だった。真っ黒なドレスを着ていて、大きな荷物を背負っていたな・・・」

「そうですか。あと、何か他におかしな事件を聞いたことはありませんか?」

「最後と言っただろう」

 男はミズキを睨んだ。

「ええ、そうでした」

 そう言ったミズキは、アーネストを見て首を振った。もういい、ということだろう。

 ソファから立ち上がり玄関に向かった。

「おい、探偵さん」

「?」

 声を掛けられた二人は立ち止り、男性を見た。

「最近、他に連続殺人事件が起きている。最初の事件から一週間、既に三人が殺されている。どの被害者も銃で心臓を撃ち抜かれていたらしい。被害者の年齢はバラバラ。たぶん無差別殺人だ」

「ずいぶん詳しいですね?」

 ミズキは疑いの目を彼に向ける。男性は顔の前で手を振った。

「警備隊が役に立たないから、自分たちで情報交換をしているんだ・・・」

「そうですか」

 ミズキは頭を下げた。遅れてアーネストも頭を下げる。

「ありがとうございました」

 二人は男性の家を後にした。




―――――――――――――――――――




 ミズキは男性の話を記したメモを見ていた。アーネストはミズキの後ろから付いて来る。

「どうだった?」

「ええ、一応、収穫はありました。思ったより少なかったですけどね」

 ミズキは白い息を真上に吐いた。

「まず、僕は小さなミスをしていました」

 不思議そうな顔をアーネストがする。

「探偵と助手の肩書を逆にしておくべきだった」

 そう言ってミズキは笑った。

 確かに、途中からあれこれとミズキが指示を出していた。さらに最後にはミズキ自身が男性と会話していた。これではどちらが探偵かわからない。アーネストが助手で、探偵に扱き使われているように見せた方がよかったかもしれない。

「こら、真面目な話だぞ」

 アーネストはミズキを睨んだ。

「僕はいつだって真面目ですよ」

 ミズキは笑って返した。

「とりあえず、事件については同一犯であることはわかりました。そして、リーンベル・ローズヴェルトが、ナシェルにいることも。十分といえば十分なのですが、今一つはっきりしない」

「何が?」

「事件を彼女が起こしたという確証が持てないんです。さっきの彼の話を思い出してください。人かどうかわからないと言っていた。つまり、魔物かもしれない・・・」

「でも、時期的には重なっている」

「ええ。でも、今のところそれだけです。彼女が魔物を飼っていて、その魔物がやった、という可能性もありますが――――」

「魔物を飼う!?」

 アーネストが驚き、声を上げる。

「あくまで可能性です。それも、かなり僅かなもの。ああ、どうして僕はこんなことを言っているのだろう? 君と会ってお喋りになってしまった・・・」

 ミズキは溜息をついた。

「最近起きている連続殺人事件については?」

「恐らく何の関係もないでしょう。放っておけばいい」

「人が殺されているんだぞ?」

 アーネストは軽くミズキを睨んだ。ミズキは何ともないという風な顔をしている。

「優先順位を考えてください。僕たちの目的はリーンベル・ローズヴェルトを探し出すことです。他の事件など、気にしている余裕はない」

 強い口調で言った。アーネストは食い下がろうとしたが、ミズキが続ける。

「まあ、彼女を見つけた後なら、別にかまいませんが・・・」

 ミズキはアーネストから顔を背けた。そして、また溜息。

 ずいぶん、お人好しになってしまったものだと、内心で自嘲した。

「とりあえず、事件についての調査を続けましょう」

「まだ、続けるのか? 今日はそろそろ休みたいんだが」

 もう、太陽が沈み、月が出ていた。

「今日は前の事件が起きてから、何日目でしょうか?」

 ミズキが問題を出すように言う。アーネストはしばらく考え、手を叩いた。

「ちょうど一週間か!」

「そうです。それに犯行は必ず夜に行われる。今日の調査はまだ続けるべきです」




―――――――――――――――――――




 夜のナシェルは視界が悪かった。街灯は所々にしか設置しておらず、照らされている範囲も非常に狭かった。エネルギィ源に石炭を使っているため、途中で消えている物もある。

 これでは街灯の灯りが届く範囲でしか人の顔の判別ができない。あの男性が犯人の顔が見えなかったのも、仕方なかった。

「誰もいないな」

「当たり前です。殺人事件加え、無差別連続殺人事件まで発生しているのです。誰も出歩こうとはしませんよ」



 ミズキは何か『匂い』がしないか集中した。都合よく、感じ取れるようになっていたのだ。

 見回りを始めて三十分、ミズキはかすかな匂いの変化に気が付いた。

 一言で言えば、臭い。人肉の腐ったような匂いだ。

 アーネストは気づいていないようなので、この匂いがミズキの能力によるものだとわかった。

 ミズキは無意識のうちに早歩きになっていた。

「おい、どうした」

「『匂い』がします」

 アーネストが息を飲む。ミズキの手は自然と腰に納めてある銃のグリップを握っていた。

 徐々に匂いがきつくなる。匂いの元に近づいているのだ。

 心拍数が上がっているのがわかった。額には寒いはずなのに汗が出ていた。


 突然、乾いた破裂音が聞こえた。


「銃声――――」

 ミズキは舌打ちして走り出した。アーネストも後に続く。

 それと同時に今まで感じていたはずの『匂い』を全く感じなくなった。効果が切れてしまったようだ。

 仕方なく、音のした方向を頼りに走る。

 真っ暗な路地から泣き声が聞こえた。女の声だ。

 ミズキはその泣き声の主の元へ急いだ。


 たどり着いた所で、少女が座り込んで泣いている。座り込んでいる地面は真っ赤になっていた。見慣れた赤。血の赤だった。

 少女の真っ黒な服も真っ赤に汚れ。髪にも所々血が付いていた。

 アーネストが近寄ろうとする。ミズキは片手を広げ彼を制止した。

 疑問の目をミズキに向けるアーネスト。ミズキはもう片方の手で少女の隣を指さす。

 そこには、胸から大量の血を出して死んでいる女がいた。


 ミズキは泣いている少女に目を凝らした。

 見た感じの年齢は十六歳前後。その金色の髪はとても長く、地面に接している。恐らく、立ち上がれば腰に届く長さはあるだろう。真っ黒なドレスに身を包み、背には大きな荷物。


 目撃証言と何一つ変わりない。


 この少女こそ、リーンベル・ローズヴェルトだった。


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