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ANOTHER SKY  作者: 沖田コウ
第一章
12/31

十二

『見渡す限りの銀世界。

 が為に雪は降る。

 雪が解けることはあるだろうか。

 解けるとどうなるのだろう。

 世界が変わって見えるかな。

 寒い、寒い夜の事。

 赤い、赤い地面に座る、

 泣き疲れた少女が一人。

 真っ黒なドレスを身に纏い、

 白い雪を見つめてる。

 雪なんて、

 積もらず溶けてしまえばいいのに。』











 ようやく到着した、北の街『ナシェル』。

 今まで雪一面で、地面が見えなかった。だが、ナシェルの門をくぐった直後から、地面のタイルがはっきりと露出している。道がはっきりと見えるようになっていたのだ。不思議に思ったミズキはタイルに触った。

 仄かに暖かい。それに、今さら気が付いたが、気温も外に比べると少し高い気がする。

「すみません。そこの方」

 ミズキは近くを歩いている老人に声をかけた。老人は振り向き笑顔を見せた。寒さのせいで鼻が赤くなっていた。

「どうしたんだい、お嬢ちゃん?」

 お嬢ちゃん、という言葉に一瞬反応しかけたが、何とか堪えることに成功した。間違われるたび、訂正していてはキリがない。

「街の外は雪が積もっているのに、中に入ると途端に地面が現れています。それに暖かい。この街の地面はどうなっているのですか?」

「なんだい、あんたたち二人ともナシェルは初めてかい?」

「ええ」

 二人は同時に頷いた。

「ここは炭鉱都市でな。ほらあそこ、山が見えるだろう。あそこが炭鉱なんだ」

 老人は街の西にある山を指さした。

「それが、何か関係しているんですか?」

「まあまあ、そう急かすな」

 老人は笑った。

「あの山は昔から石炭がよく取れる。他の街にもたくさん売ってはいるが、それ以上に余ってしまう。そこでナシェルの長が考え出したのが、この床暖房システムなのだよ」

「床暖房?」

「そう、床暖房」

 老人はまるで自分の息子の自慢をするかのように語る。

「各家に石炭を無料で配給して、暖炉で一日中、炊いてもらう。そして、暖まった空気の一部が煙突ではなく、街の地下に張り巡らされている排気管を通るんだ。そして、その空気が地面を温め、雪を溶かす。ついでに気温も少し上がる・・・。いや、まったく。素晴らしいシステムだよ」

 ミズキはその話を楽しそうに聞いていたが、アーネストの頭は既にパンクしていた。

「地盤沈下などの心配はないんですか?」

 ミズキが聞く。

「地盤沈下? うむ、すまないが私はあまり学がないのでな。その心配に付いては全くわからない」

 老人は申し訳なさそうに言った。

「ミズキ、早く飯を食おう」

 アーネストが横から割り込んできた。



―――――――――――――――――――



 ミズキは猫舌だ。熱いコーヒーが飲めない。この世で二番目ぐらいに好きなものなのに、淹れ立てのコーヒーを飲めないのは、残念で仕方ない。ミズキは煙草を吸いながら、まだ飲める温度にまで下がらないコーヒーを見つめていた。

 正面に座っているアーネストは、もう既に店のメニューを二品も平らげていた。


 結局、ミズキの反対を「大丈夫」の一言で片づけたアーネストは、近くのレストランに入って行ったのだ。

 店の様子はミズキの予想していた通りだった。ナシェルのバウンティ・ハンターたちが大勢いたのだ。掲示板もあり、バウンティ・ハンターの詰所になっていた。

 ミズキはこのような場所が嫌いだ。騒がしすぎる。本音を言えば、入りたくもなかった。


 そのため店に入ってからミズキは、頻繁に小声で毒づいていた。

 とはいっても、店の一番奥の席に座っている男から、視線を感じているからでもあった。


「ミズキ、まだ飲まないのか? 冷めてしまうぞ」

 遅れてコーヒーを注文したアーネストは、運ばれてきてすぐにコーヒーを飲んでいた。ミズキはその様子を恨めしそうに見つめる。

「猫舌なんです。熱い物は、僕の天敵です」

「へえ」

 アーネストは興味の欠片もなさそうに言った。

 しばらくして、コーヒーを飲み始めたミズキ。アーネストは席を立つ。

「どうしました?」

「ちょっと、トイレに行ってくる」

「気を付けてくださいね。さっきから、あの隅にいる男。僕たちを見ています」

 アーネストの表情が曇る。

「『匂い』か?」

「違います。単なる洞察力です。とにかく、襲われそうになったら、僕のとこまで逃げてきてください。絶対に面倒は起こさないこと」

「わかった」

 そう言って、アーネストが動き出すのと同時に、ミズキたちを見ていた男も動き出した。ミズキは気づかないふりをして、コーヒーを飲む。

 気づかれないように目だけで、男の動きを追った。男はアーネストとすれ違う瞬間、横目で彼を見る。だが、アーネストに何かをする気配はなく、真っ直ぐにミズキのいる机に向かって歩いてきた。

 どうやら、狙いはミズキのようだ。

 ミズキは小さく舌打ちした。

 アーネストが襲われても、逃げたり、ミズキが助けに入ったりすることはできる。

 だが、ミズキに狙いがあるのなら、トイレに入ってしまったアーネストにはこちらの状況はわからない。つまり、アーネストがこちらに気づくまでは、逃げ出すわけにはいかないのだ。

 体格や身なりから判断すると、男はバウンティ・ハンターのようだ。とはいっても、こういった飲食店などに来る客自体、貴族やバウンティ・ハンターのように、生活に困っていない物しかいない。

 男はミズキより三十センチ近く背の高い大男で、筋肉は服の上から確認できるほど発達している。着ている服もそれなりに高そうな物で、腰には彼の武器であろう剣が吊るされていた。

 まともな力比べでは、ミズキの負けが見えていた。ミズキにはスピードはあっても、力と体力はない。それを補うための銃である。

「変わった髪の色をしているな。赤髪って言うんだろ? 確か、魔女か魔物との混血だっていう噂が昔あった・・・。ところで今、暇かい?」

「いいえ、連れがいます・・・」

 ミズキは声をかけられたが、そっけなく返した。今回も性別についての訂正はやめておいた。

「もしかして、さっきの冴えない顔をした兄ちゃん?」

「ええ・・・」

「そんなやつ放っておいて俺と一緒に来ないかい?」

 男は品のない笑みを浮かべる。一瞬、ミズキはどうして、この男の笑みに品がないのかを考えた。

 男はゆっくりと、ミズキの顔に手を伸ばした。

「遠慮しておきます」

 ミズキは男の手を払う。

 気が付くと今まであれほど騒がしかったはずの店が、今は静まりかえっている。食器の触れ合う音しか聞こえない。全員がミズキと男に注目していた。

 それも、ほとんどの者が、男と同じ笑みを浮かべていた。残りの者は、ミズキに哀れみの目を向けている。どうも気に食わない目だ。

「おい、見ろよ。あいつまた、女に手を出そうとしているぞ」

「あの女、変わった髪の色をしているな」

「そういえば先週は何人だった?」

「三人だ。そのうち死んだのが二人」

「毎回のように殺すな? いつ殺しているんだ?」

「行為にいそしんでいる最中」

「もったいねえ・・・」

「かわいそうに、あの娘も同じことをされるのか」

 そんな会話が聞こえてきた。

 なるほど、この男の目的はミズキの身体のようだ。ミズキは吐き気を覚えた。そして、理解した。この男の笑みに品がない訳を・・・。

 ミズキの追い求めている『あの男』に似ているのだ。

「意外に気が強いんだな。だが、そういう方が俺の好みだ。・・・あの男、ハンターか? 貧弱そうだな。おまけに身なりも悪い。あまり稼げていないんだろう? 俺はナシェルでは名の知れたハンターでね。何が欲しい? 服? 食い物? 宝石? 欲しい物何だって買ってやる。もちろん、その後の事も満足させてやる。だから、俺と一緒に来い」

「ええ、間に合ってます。だから、結構です」

 ミズキは答えた。何が間に合っているのか。自分で言っておいて笑いそうになってしまった。

「断った。あの女、断ったぞ」

「あいつ、またキレだすんじゃないか?」

「かわいそうに、二度目の奴の誘いを断った女で、生きていたやつはいないと言うのに」

 その言葉に交じって、ミズキと男に対しての笑いが起こった。

「連れが来るので」

 そう言ってミズキは席を立ち、男の真横を通り過ぎる。ミズキのあまりにもそっけない態度に、また笑いが起こる。

「貴様・・・!」

 男がミズキの肩をつかんだ。

 ミズキの目が見開かれる。一瞬反応が遅れた。

 肩をつかまれたせいだ。

 力いっぱい、男に引き寄せられる。

「今、この場で犯ってもいいんだせ!」

 男がミズキの胸倉をつかみながら怒鳴る。ミズキは力なく俯いていた。

「・・・・・るな」

 ミズキが口を開く。小さな声で聞き取れない。笑いが包んでいた店の中は、また静寂に包まれた。

「ん?」

 男が不思議そうにミズキの顔を覗き込む。

「汚い手で僕の体に触るな!」

 ミズキは男に怒鳴り、同時にコートの袖口に隠していたナイフで、男の腕を斬りつけた。

 血が迸り、男はたまらずミズキを放した。

 ミズキはさらに一歩踏み込み、後退した男の頸動脈に、ナイフの切っ先をピタリと当てた。

 男の首にナイフの切っ先が徐々に埋まる。血が少し流れていた。男は恐怖に顔を歪めた。

「ミズキ!」

 アーネストが、ミズキに駆け寄る。

 ミズキはアーネストの姿を見ると、無言でナイフを袖口に納めた。カウンターに適当な額の金を置き、ミズキは出口へと向かう。

「どうした? 面倒を起こすなと言ったのはお前の方だろう?」

 心配そうに肩に手を置いたアーネストだったが、すぐに振り払われた。

 ミズキは脈拍と息が上がっていることに気づいた。

 怒ったせいだと自覚する。あれは完全に自分の不注意だった。そのせいであんな結果を招いた。ごめんなさい、と何度も謝罪の言葉を胸の内で呟いた。もちろんそれは、アーネストに向けた謝罪の言葉ではなかった。


 アーネストは横目でミズキの様子を窺った。ミズキと出会って、まだ一週間もたっていない。だが、ミズキが表情を変えるときはあっても、感情をあまり表に出さないことは既に知っていた。

 そのミズキが今、とても憂いに満ちた表情を浮かべていた。



 ミズキは雪の降る空を見上げた。

 白い雪はこの空の下にいる、誰の意志も関係なく振り続けていた。



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