十
「なんだそれは・・・?」
ミズキが差し出したある物に、アーネストは困惑した表情を浮かべる。
銃だ。かなり小型の物で、両手の平に収まる程度の大きさだった。
アーネストが仕事に同行することを許可したミズキは、彼の調査の結果を聞くことを後回しにして、この銃を買ってきた。
「見てわかりませんか?」
「わかるさ。銃だろ」
「そうです。あなたに差し上げます」
そう言ってミズキは、アーネストに銃を差し出した。アーネストの表情は困惑したままだ。銃を受け取ろうとしない。
「どうしたのですか?」
ミズキが問う。
「銃は人を殺す道具だ」
アーネストは銃から目を背けながら言った。
「道具が人を殺す、と?」
「そうだ・・・」
「三日前は、僕にナイフを向けたり、首を絞めたりしたあなたが、何を怖がる必要があるのですか?」
「あれは・・・」
アーネストの顔が伏せられる。ミズキは冷めた目で彼を見ていた。
「あれは、人を殺した感覚を自分に残すためだ。その感覚で、罪の意識を自分に持たせるために・・・」
「罪の意識を自分に持たせる? アーネスト。君はこれから先、そんなことを考えながら、僕に付いて来るつもりだったのですか?」
「ああ。そのつもりだ」
「それならば、僕に付いて来ないでください。邪魔なだけです」
今回もミズキはきっぱりと言い放った。今からでも遅くはない。そんな考えで付いて来られると、こちらが迷惑なだけだった。
アーネストの顔が驚いたように上げられる。
「背負い切れると思いますか? 無理です。君がいくら強靭な精神を持っていたとしても」
「それでも俺は・・・」
「僕が君に出した条件を忘れたわけではありませんよね? ついさっきの事です」
「絶対にミズキの見ている前では死なない・・・」
「そう、それです。ですが、今の君の考えだと必ず君は死にます」
はっきりと言い切るミズキの言葉にアーネストの顔がまた伏せられた。
「僕たちは、いつ、どこで突然襲われるかわかりません。それは魔物かもしれないし、人かもしれない。自分の命を守るため、時には相手の命を奪うこともあるでしょう。罪の意識など、持たないに限ります」
ミズキは吐き捨てるように言った。
「相手を殺さないで倒すことだって――――」
ここぞというようにアーネストは反論するが、ミズキに遮られる。
「相手を殺さずに倒すことは、ただ単純に殺すことより難しい」
聞き分けのない子供を諭す親のような目だった。
因みに、とミズキは空を見上げて言った。
「僕はこの仕事を始めてから、たくさんの命を奪ってきました。ですが、罪の意識など、一度も持ったことがありません」
ミズキは声の調子を変えずに、淡々と続ける。
「僕には果たさなければならない目的があるからです。わかりますか? 優先順位というやつです。因みに、君の優先順位の一番は、僕の前で死なないこと」
「お前の言う目的ってなんだ? お前はなぜ、そんな風に割り切れるんだ?」
「目的を話す必要がありますか?」
アーネストの問いに厳しい表情で返す。
「その目的とやらを聞けば、俺も少しは何が正しいかわかるかもしれない」
ミズキは溜息をついた。そして、沈黙。
迷っているようだった。
長い沈黙が二人を包む。
「わかりました。君には話しておきましょう」
その前に、とミズキはアーネストの目を見た。
「いいですか、アーネスト。これが人を殺すのではありません」
ミズキは銃口をアーネストに向けた。そして、「バン!」と銃を撃つ真似をした。
「人が人殺すのです。道具は手段でしかない。銃がそこにあったとして、トリガを引くのは、いつだって人です」
銃をアーネストに押し付け、ミズキは自分の銃を取り出す。
「持っていなさい。それがあれば、襲われても相手を脅して逃げることもできる。要は使い方です」
自分でも甘いことを言っていることがわかった。ミズキが空に向けて一発、弾丸を放つ。銃声が響き、肩に衝撃が伝わった。
薬莢が銃から排出される。ミズキにはそれがスローモーションに見えた。長い長い時間をかけて、回転しながら地面に落ちる。地面で跳ね返った薬莢は、アーネストの足元に転がった。
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「僕の目的は、ある男に復讐を果たすことです。つまり、僕はそいつを殺す」
ミズキはあえて声の調子を変えずに言った。アーネストが息を飲むのが伝わる。
「因みに、便利屋を営んでいる理由は金を貯めるため。その男を殺した後、僕の犯罪歴を金で揉み消すつもりです」
「何のために?」
「さあ? ドクタ・ウエムラの貴重な実験体にされるためですかね」
ミズキはくすりと笑った。もちろん、本当はそんな理由ではない。冗談で言ったつもりだった。
「すまない。俺には何が正しいのか、わからない」
「別にかまいません。理解してもらおうなど、初めから思っていませんから」
ミズキは空を仰ぎ見た。そして、アーネストに辛うじて聞こえる程度の声で呟いた。
「何が正しいか、正しくないかなど、人によって違います。元々、すべての人に共通して正しいことなんて、存在しないのですよ・・・」