一
二百年ほど前だろうか?
長い年月を経たと言うのに、日本はその当時から全く変わっていないようだ。変わったのと言えば、国名だけ、なぜか日本国に改名した。恐らく、めまぐるしく変化(良い変化ではない。ほとんどが悪い方に変化している)していく世界情勢に、日本も変化した、ということをアピールするためではないだろうか。
他国は戦争を繰り返し、逆に小国に分裂せざるを得なかったところの方が多い。なにせ、日本国が、最も大きな国TOP10にランクインするほどなのだ。一つの国の小ささが伺える。
学生の頃、世界史関連の資料(実は一般人は見てはならない極秘の物だったりする。どうして、私がそんなことが可能だったのかは聞かないでほしい)を読み漁っていた私に、衝撃を与えた。
今日の東の大陸は、百を裕に超える小国からなっている。二百年前は、それが、一つの国家Aとして成り立っていたというのだ。それも、学問、技術など、どれをとっても、世界トップクラスだったと言うではないか。今の東の大陸には、当時の面影など一つもない。
これは世界全体に言えることではあるが、戦争の末(まだ、戦争が続いている場所もあるため、この表現は不適切かもしれない)技術などは昔に比べ、明らかに衰えているように見える。
そもそも、何故戦争をしなければならなかったのか。それまで、世界はある程度均衡を保っていた。それを壊してまで、何を得たかったのだろうか。できることなら、当時の首脳たちに聞いてみたい。
私の推測では・・・・・・・いや、やめておこう。確証もないのに、それが真実であるかのように語ることを、私はあまり好まない。
戦争で疲弊しきった土地は、もう既に人が住めるような土地ではなくなっている所もある。現在、魔物と部類される未知の生物まで、発生してしまった。
原因が何であるのかは、私の専門分野ではないため、わからない。というより興味ない。
魔物と言っても、よくあるゲームの様に、突然、人を襲うということはほとんどない。彼らは姿かたちこそ、既存の生物とは違い、恐れられてはいるが、普通の生物と何ら変わりのない生物だ。簡単に言うなら、新種。中に凶暴な種や、人を主食とする魔物もいるが、我々人間に見られる自然破壊や他の動物への破壊活動、偏食(ベジタリアン等)を考えると、極めてナチュラルなことではないかと、私は考える。
さて、長い長い前置きはこれぐらいにして、ここからが本題である。
なぜ、私がこのようなものを書こうと思ったのか、実は私自身、ちゃんと理解できていない。
あまり細かい内容は書こうと思わない。それは、この文章が誰かの手に渡ることを前提とはしていないからだ。私はこれを誰にも読ませる気などない。
だから、ここに書かれた内容を私が見て、私だけが思い出せる程度の内容であれば良いと思っている。
思えば、私がまだ若く学生だった頃、――――二十年ほど前になる――――に書こうとした日記とよく似ているかもしれない。
その時の日記は、三日でやめてしまった。三日坊主というやつだ。
自分で決めたことであるし、できる限りこの手記を書いていきたいと思う。毎日書く、という訳ではない。しかし、何か興味深い出来事があれば、随時、この手記に書き込んでいきたいと思う。
四月一日
まさかこんな日に、こんなことが起こるとは。
日本国の奴らが工作員を送り込んできた。人数は一人、新しい研究所員として送り込まれてきた。 全く、政府の考えていることは私には理解できない。
そうだ。ここでは彼女をKとしておこう。
これは、誰にも言えない話だ。誰が言えるものかKに一目ぼれしてしまったなどと。
そして、この手記を書き始めた理由がKであることなど。
私と彼女は、いわば敵同士。相容れぬ存在なのだ。
四月六日
初めてKに話しかけた。緊張しすぎだ。
声が震えていた。三十を超えた男が、女一人にドギマギするなど、格好悪いことこの上ない。
彼女の笑顔はよかった。だが、私に光を感じさせてはくれなかった。
四月十五日
最近、Kがやたらと私に話しかけてくる。一体どういうことだ。体が触れ合うことも、増えてきた。そのたび彼女は「すみません」と言って顔を赤らめる。
それが、私への好意の表れなのか、いわゆるハニー・トラップというものなのか、私にはわからない。
できれば、前者であってほしいものだ。
そんな可能性など、微塵もないのだろうけど。
五月五日
彼女に花を渡した。
久しぶりに地上に出て、見つけた、小さな花だった。
私は久しぶりに見た花を、大事に持ちかえり、この小さな感動を彼女と共有しようと思った。
彼女は手で口を覆い、花を見つめていた。
「これを私に?」
「え、ええ。そうです」
いまだに彼女との会話は慣れない。
胸が痛くなるのだ。
誰もこんな中年の色恋沙汰に興味ないだろう。というか、気持ち悪いだろう。
だから、私は誰にも見せない。
五月三十日
もう駄目だ。
私は駄目だ。
おかしくなりそうだ。
もう、こんな状況には耐えられない。
私は決心した。明日、Kを呼び出そう。
五月三十一日
私はすべてをKに打ち明けた。
Kが政府の工作員だということを、知っている。そして、その上でKを好きになってしまったこと。
私は殺されると思った。私はKが工作員だと言うことを知っている、ただ一人の人間なのだ。つまり、私が消えれば、いいだけの話。
私は目を閉じてその時を待った。
だが、私の予想は裏切られた。
Kは泣いた。泣いてどこかへ行ってしまった。
六月一日
Kの姿が見えない。
政府に帰ったのだろうか?
六月二日
Kに呼び出された。
Kもすべてを打ち明けてくれた。
彼女の目的は私の抹殺だったらしい。ただし、その前に私と親密になり、情報を引き出せるだけ引き出せ、と言われていたようだ。つまり、ハニー・トラップそのものだった。
私は彼女に拳銃を渡した。
私を殺せ、と言った。
それで、彼女のためになるのであれば、それでいいと思った。
だが、彼女はできなかった。
「私も、貴方の事が好きになってしまったんです」
涙を流す彼女を、私は何も言わずに抱きしめた。これこそがトラップであったのならば、私は既にこの世にいないだろう。
だが、私には、なぜか彼女の涙が本物であると確信していた。
そして私は「ともに行こう」と彼女に告げた。
――――大幅にページが破られており、続きがわからない。――――
四月二十七日
Kに、この手記に名前を出さないようにと言われた。
あいつめ、これを見たのか・・・。
それに、差支えのありそうな部分を破って持って行かれた。出会って一年ほどたつので、かなりの枚数があったと思うのだが・・・。
思い出とは儚い物である。
五月十二日
ある理論を思いついた。
それは、とても恐ろしいものだった。
私は一体、何を考えているのだろう。自分で考えたことではあるが、おぞましいとも思う。
いや、それでも、いつかは試してみたい。
六月二日
私は、ある国の王から依頼を受けた。
ある人物を治療してほしい、とのことだった。
王から私は説明を受けた。その話はとても信じられるものではなかった。そして、その人物(話を聞いた後では『人物』と言ってよいかどうかわからないが)は現在、死の淵に立っている。治療法自体は一応知っているようだったが、それができる医師がいなかったらしい。
あまり難しい内容ではない。
だが、成功させるには、魔女の血が大量に必要だった。
六月二十日
ある国の王からの連絡があった。
魔女の村を発見――――。
五日後に兵を送り込み、村を壊滅させると言った。
私は血を集めるために、その部隊に付いて行こうと思う。
六月二十五日
部隊の隊長は、国王の息子である、第二王子だった。
正直言って、あまり良い人物には思えなかった。それは、私も同じか・・・。
血は十分に集まった。これで、恐らく、依頼を成功させることができるだろう。
魔女の村は壊滅。それはもう、酷い物であった。地面は真っ赤に染まりあがり、家は燃やされ、目の前にはたくさんの赤が広がった。
私はKと生存者がいないか探して回った。
罪悪感があったのかもしれない。自分の仕事のために、村を一つ壊滅させたのだ。
しかし、私はそこで、見つけてしまった。
これで、私の理論を確かめることができる。
『それら』を見つけた時、私の頭から罪悪感などは消えていた。
六月二十六日
ギリギリだった。だが、間に合った。
私は正しかったのだ。
いや、まだ完全に、決まったわけではない。経過が必要だ。
それまでの間は、依頼の作業に集中しよう。
六月二十八日
依頼は成功。
私は治療を成功させた。しかし、どこを間違えたのか、とんでもない副作用が生じている。
それは、私ではどうしようもない。
彼の国に任せよう。
私の依頼は、『治療する』ことだったのだ。
依然として、もう片方は目を覚まさない。一応、機械をつないでいるので、生命活動は維持できている。
まだ経過が必要か・・・。
七月一日
私に依頼を持ちかけてきた王が、依頼の品(私の治療した人物)を取りに来た。予想以上の出来だったらしく、満足しているようだった。
私はその人物の状態を説明。彼は、自分たちで何とかすると言った。
まだ目覚めない。私の理論は間違っていたのか・・・・・・。
九月一日
目覚めた。
私は正しかった。
――――続きは書かれていない。――――




