7日目 家に帰ると。
なんとか乗る予定だった次のバスに乗ることができた。
夢華とすれ違うことがなかったから多分僕が乗る予定だったバスに乗ったのだろう。くそう…。
「ただいまー」
家に着き、早く着替えようと自分の部屋に行こうとしたとき。
少し違和感を感じて玄関を見てみると、見慣れたような見慣れないような靴が置いてあった。
なんとなーく嫌な予感を感じたのでそろりと自分の部屋に向かった――のだが。
「あ、蓮おかえりー」
「おかえりキモ兄貴」
後ろから声をかけられた。
ゆっくりと顔を後ろに向けると、嫌な予感的中。
振り返った先には、先に帰っていたはずの夢華と妹がリビングから顔を出していたのだった。
夢華、帰るの早いな…。まだ制服を着ているから帰ってすぐに来たのだろう。
「た、ただいま…。夢華どうしたんだ?」
「妹ちゃんから今日、メールがきたのよ。テスト1週間前だから勉強を教えてほしいって」
「おいこら、僕らだってテスト1週間前なんだぞ。夢華に迷惑かけるな」
少し妹を睨み付けて言う。
たく、こいつは他の人のこと考えられないのか。
僕の言葉を聞いて夢華が手をパタパタさせ、慌てて話す。
「迷惑なんてことないの!私だって本当に忙しかったら承諾なんてしないわ」
そしてにっこりと妹の方を見た。
多分心底では僕の言ってたことを気にしていたであろう妹は、ぱあっと顔を明るくさせる。
夢華ばっかり妹の笑顔を貰いやがって…!妹も妹で夢華の笑顔独り占めしてるし!
なんだか惨めになってきたよ僕。
「ならいいや。夢華、妹のこと頼むな」
「え?蓮、何か用事でもあるの?」
「ああ、大有りだ。僕はこれから雑誌買ってこなくちゃだから」
「雑誌?蓮って全然ファッションとかに興味なかったわよね?」
ジト目で少し怪訝そうに夢華が首を傾げる。
二次元のおにゃのこがジト目をしているのはとても可愛くてぐはっとくるのだが、やっぱり現実ではダメだな。
夢華は可愛いけど、一応ジト目も可愛いけど、二次元には敵わないな!
「私が可愛いげのない三次元に存在する女の子で悪かったわねえ」
二次元のおにゃのこへと想いを馳せていると、なにやら殺気が…。
その殺気の震源地では夢華が目は笑わずに、右の方の口角だけわずかに上げるというとても器用な表情をしていた。
怖いぞこれは。めちゃくちゃ怖い。
ていうか、さっきの言葉って口に出してないはず。心中の秘めた想いってやつだ。
それは違うだって?もう今は目の前の夢華様が怖すぎてそんなことも気にしてられない!
「蓮くん、気付いてないの…?さっきから考えてること、全部口に出しちゃってるわよ?」
「く、くん!?」
夢華が僕のことをくん付けで呼ぶなんて、よっぽど怒ってるぞこれは!
やばい、どうしよう。もう僕ここで死ぬのかな…。
「キモ兄貴」
僕が涙目でいると、妹がこそっと耳打ちをしてきた。
おおおおおおお!?
近い、近いぞ妹よ!
お兄ちゃん、そんなに妹に近付かれるとドキドキしちゃうよ!?
久々の密着って素晴らしい…。
「…んっ!?な、なんか寒気がする…。キモ兄貴、変なこと考えてないよね?」
「へへへ変なことなんか考えるわけないだろう!?」
「その動揺が怪しいわ!」
「で、何の用だ?親愛なる妹よ」
「最後の一言がちょっと気になるけど…。ほら、キモ兄貴って女の子攻略するゲームとかしてるじゃん?だからさ、そういうのにならって夢華ちゃんとめてよ」
なるほど…。その手があったか。
さっきの笑顔も意外と夢華に効いたみたいだし、そういうのもいけるかもしれない。
よし、えーと今の状況のような場面は…って、
「こういう状況の時ってだいたいヒロインが嫉妬している時だろ!どうやって対処すればいいんだこのやろー!」
「うわ、急に大声出すな」
近くにいた妹が後退りする。
いやいやいやいや、夢華は嫉妬しているっていうか、二次元のおにゃのこと比べられて怒ってるだけだし、嫉妬とは違うといいますか。
だからその、アレだよ。おまえだけが好きだとか、そんなセリフを言えたもんじゃないし…。
なんだなんだ、こんなに男女関係で悩むなんて僕は恋する乙女かっての!
くっそう、潔くいけ僕!
僕は夢華の方に身体を向けた。
「いや、その、ほら。夢華だって可愛いし!よく告白だってされてんじゃん」
「別に。私、可愛くないし」
「可愛いってば!」
「可愛くないわよ!」
「あーもう!」
多分これでまた可愛いって返したって意味ないだろうし、ここは腹くくるしかない!エロゲーの神様よ、僕に力を貸してくれ!
「もし他の誰かが夢華を可愛くないと思ってたって、僕はツンばっかな夢華だって可愛いと思ってる!笑顔だって可愛いから!二次元とか、そういうの関係なしに、夢華はっ、可愛い!」
「…っな!」
僕は一気に叫んだせいで息を切らせてしまい、上半身を折り肩を上下させる。
ああ、疲れた…。これだけ言えば夢華もなんとかなるだろう。
息を整えて顔をあげると、顔を真っ赤にさせて目を見開いている夢華がいた。
「……の………で……」
「え?」
夢華が何かを呟いたが途切れ途切れでよくわからない。
「蓮のばかであほでド間抜けー!さっさと買い物行っちゃえ!」
夢華はそう叫ぶと僕を蹴ってリビングから追い出した。
…もう、なんだったんだよ。
僕がせっかく夢華の機嫌を直そうとしたのに。
なんだか疲れがドッと僕を襲う。
ていうか、よく考えてみれば僕が二次元関係の話をしてこんな風になるなんてよくあったじゃないか。
何でこんなにやけになってたんだろう。こんなことぐらいで壊れるような関係ではないのに。
テスト前で柄でもなく気でも張ってんのかねえ…。
まあ、とりあえず。
早く着替えて雑誌を買ってくるとしよう。