ぼろぼろの少女を拾ってごはんを作ってあげた話
……女性が風呂に入っているというだけで、どうしてこうも緊張してしまうのだろう。
別にそんないかがわしい関係でもなければ恋人でもない、初対面だ。シャワーの音を聞いているだけで顔が熱くなる。
落ち着け、俺。悪いことは何もしていないんだから。
キュッと蛇口を閉める音。木綿布で身体を拭く物音が聞こえ、やがて、
「……終わりました」
と、おずおずとした声が聞こえた。どこか幼げな消え入りそうな声だった。さっき見た外見は俺と同い年くらいだった。
「あのっ、申し訳ありませんが、何か着る物を……」
「あぁ、服ね。じゃあ皆さんお願いします!」
「えっ」
俺が呼びかけると、ブルーム町の女性数人が我先にと入っていった。「ひゃあああああああ」と憐れみを誘う悲鳴が。ホントごめんだけど、男の俺がやるわけにもいかないからさ。
彼女達はありったけの衣類や靴を持って来てくれたんだ。
あれもいい、これも、これも似合うなどとはしゃぐ声がしばらく聞こえていて、やがて彼女達が満足げに出てきた。
「ついはりきっちゃった!」
「可愛い子がさらに可愛くなったわよ!」
「皆さん、本当にありがとうございます。助かりました」
「いえいえ、カイルさんのお役に立てて光栄だわ!」
「それにしてもカイルさんがついに……うふふっ」
「あの子のこと、ちゃんと守ってあげるんだよ」
「?は、はい、わかりました……?」
俺は彼女達を見送るべく家の外に出た。よくわからないことを言われた気がするけど、去りゆく後ろ姿のなんと頼もしいことか。
さて、と。彼女のメンタルはどうなっているのか。
リビングにはいない。まだ脱衣所か。カーテンで仕切られているそこに俺は呼びかける。
「だ、大丈夫?実は俺が町の周辺の魔族を退治したことがあって、みんなそのお礼がしたいって気合い入っちゃったみたいで」
「……ぐすっ」
な、泣いてる?どうしよう、胸がすごく痛い。でもおろおろしてたって話が進まない。
「は、入りますよ?」
カーテンをちょっとだけ開けてみると、紺色のスカートが見えた。全開にしてみる。刺繍や装飾の控えめなワンピースながら、紺色の布地が、彼女の白銀の髪を一層際立たせていた。さらりと揺れる髪……。えっ?
「髪の傷みが消えて、見違えるほど綺麗になっている。さっきのぼさぼさ頭が嘘のようだ。そんなに良い洗髪料でもないのに」
「酷い……あんなにたくさんの人に裸見られた……」
「あわわわ、泣かないで」
ぐぅ、と胃の鳴る音。彼女の緑色の目がわなわなと揺れ、顔がますます赤くなった。これは償うチャンスだ。
「ごはん食べよう。作り置きする性格だから、君の分も用意できるし」
「……食べてもいいんですか?」
「もちろん」
ニコッと笑ってみせると、突然彼女の全身がぼんやり輝きだした。
そのかすかな光は家全体に広がるほど大きく膨れ上がった。
俺はギクッとして、自分の左袖をまくった。
そこには先程魔族に受けた傷があって、ポーションを使うほどじゃなかったから包帯を巻いていただけにしておいたが、外してみると傷が跡形もなく消えていた。
「君……ヒーラーか?」
ヒーラー──基本は、味方の怪我を完治させる回復術を使う者だ。彼らの中には毒や麻痺といった状態異常を治したり、腕力や速力を上げたりできる。前者はまだしも後者の素質はあるらしく、俺自身の体調にも多少の変化が出ていた。
彼らは低級の冒険者には重宝されるが、魔王討伐に向かうような上級者には疎まれる。大抵のヒーラーは回復術の素質はあっても戦闘の素質はからっきしというのが大半で、自分の身を守るのが苦手──敵に真っ先に狙われて戦闘不能にされるお荷物とみなされるからだ。
俺達は自己紹介をする。彼女の名前はミラ・アルジェントだというのがわかった。アルジェントといえば侯爵家だ。彼らの多くは上級魔族を狩り続けている。
「私の一族は攻撃に特化した騎士や魔法使いを何人も出してきましたが、私にはそんな力はなく……。それで家を追い出されて、行くあてもなくさまよっていたところでした」
「それであんな森に倒れていたのか」
彼女がぼろぼろになって倒れていたところを俺が助けた。そのときの彼女は地味ながらも明らかに上質そうな布地のドレスを纏っていた。あの森は魔族の集落ができていることでひと月前から噂になっていた。それを教えてくれる人もいなかったのだろう。
俺は彼女に黒パン、野猪【ワイルドボア】の肉を焼いたものと、ごろごろと根菜の入ったポタージュ、サラダに、ヤギのミルクを飲み物として提供した。
「スプーンは使えるね?黒パンなんて初めてだろ。これはちょっと硬いから、スープに浸して柔らかくして食べるんだ。あぁ、手でちぎらずにそのまま浸してみて。そっちの方が食べやすいから」
スープは角ウサギ【ホーンラビット】の骨から出汁を取り、香草で匂い消しをしているが、それでも消しきれなかった獣臭さと香草の清涼感で、コクのある香りが出ている。
脂の浮いたベージュがかったスープに、ミラは薄切りの黒パンをそっと沈めた。密度の高い生地になかなか染み込まない。存分に浸し、スープから上げると、染み込みきれなかった雫がぽたりと波紋を広げた。
彼女は一瞬ためらい、はむっと小さくかじりついた。
艶やかな唇がもごもごと動く。
そういえば……貴族様って毎日おいしいもの食べてるんじゃ……?こんな庶民料理出されたって、もしかして嫌になってたりするのでは!?
俺がガタガタ震えていると、彼女の目が一気に潤んだ。
大粒の涙が頬をすべり落ちていく。彼女は飲み込まないうちに二口目を食べた。スープが染みていない部分にまでかぶりついた。
貴族様にあるまじき豪快さだ。
俺は少し言葉を失った。
料理は、誰かと食べてこそおいしい。
彼女はどうだっただろう。周りから、家族からも疎まれ、一人で食事する彼女の姿が想像できた。こんな質素なごはんでこんなにも喜ぶ理由が、それなら説明つく。
「おいしい……おいしいです……!」
泣きながらサラダも肉も口の中に押し込んでいく。頬が軽く膨らんだとき、彼女は息を詰まらせてうつむいた。
「ミラ、俺に戦闘のやり方を教わってみないか?」
俺の言葉に、彼女の目が丸くなった。
「俺もとびきり強いってわけじゃないがそこそこやれる方だ。魔王討伐に向かえるほどの協力はしてやれないが……鍛錬を積めばそれも夢じゃない。それほど強くなれば大勢から認められる」
「わ、私が……?」
「まずはやってみるんだ。俺も冒険者として多少のコネはある。君一人ががんばるわけじゃない」
彼女が息を呑み、その顔がくしゃりと泣きそうに歪んだ。
いくらでも泣いていい。そう思ったとき、彼女は花開くような笑顔になった。そうしてまた涙をこぼす。
「ありがとうございます……!本当に、ありがとう……!」
泣いたのを恥じらうような笑いを浮かべて、細い指で目元をぬぐう。
多少は元気づいたようだ。俺は口元を緩めた。俺程度じゃやれることは限られているだろうが、できるだけのことはしたい。その覚悟だけある。ひそかに決意を固めていると、ミラの顔がギクリと強張った。
「で、でも私無一文で家を追い出されたので、宿に泊まるお金が……あっ、私が着ていた服を売りに出せば……!」
「えっ、この家に住むだろ?」
「ひえっ!?」
「その前にベッドを買い替えるか。俺はリビングで寝袋を使えばいいし」
「あ、新しいベッドなんかいりません!!いいじゃないですか、一緒に使っても!!」
「よ、嫁入り前のお嬢さんがなんてこと言うの!!」
真っ赤な顔で言われてすごくびっくりした。俺まで顔が熱くなりそうだ。
だって、だって……、と困り顔になるミラはいつまでたっても答えない。意外と、はっきり自分の意志を持っているんだな。黙っていられる方が困るので安心した。でもこの先、前途多難なようだ。
妙なことを言われてちょっとドキッとした。言ったあとで気づいたが、一つ屋根の下で男女って……。
しっかりしろ、俺。邪念を振り払え。そうじゃないと、前向きになってくれたミラに失礼だ。




