第5話 拗らせ愛、ついに決着
騎士団長として再任してから数年が経ち、アシュレイは32歳になっていた。
王城にある、アシュレイの執務室。
アシュレイは、午前中に兄王エドワードとかわした会話を思い出していた。
「アシュレイ。まだ、嫁を迎えないのか?」
「……そのうち」
「毎年そんなふうに言うが、お前はもう32歳だぞ。そろそろ、本気で考えてもらわないとだな」
「兄上、兄上にはレオもセランもいるじゃないか。王家の後継ぎも万全だ。俺は独り身でもいいんだよ」
「そうじゃないよ。俺は、お前の幸せをだな…」
エドワードはため息をついたが、それ以上は言わなかった。
アシュレイは椅子にもたれ、深くため息をついた。
「……はぁ」
机の一番下の引き出しを引くと、そこには小箱が二つ。
一つには、遠征先で見つけた櫛。見事な細工で、繊細なつくりが彼女の雰囲気にぴったりだった。
もう一つには、瑠璃色のペンダント。セレナの瞳を思わせる深い青に、中央には黄色いカラーの花を模した小さな模様が浮かんでいた。
どちらも、まだ渡せていないまま。
セレナの婿が決まってくれれば、俺もあきらめつくんだがな……
それでも、まあ、もう独り身でいいんだが……
そう思いながらも、手はその箱に触れてしまう。
そのとき、扉の外から声がした。
「アシュレイ殿下。お客様がお見えです」
アシュレイは顔を上げた。
「誰だ?」
「エルネスト公爵令嬢、セレナ様です」
執務室の扉の向こうからそう告げられた瞬間、アシュレイの思考は跳ねた。
セレナ――。
まさか、とうとう婚約者が決まったのか?
俺に報告しに来たのか?
……いや、そんなことをわざわざ俺に言う義理なんて、あるはずがない。
頓珍漢な思考を振り払いながら、アシュレイは扉の方へ向かった。
久しぶりに会った彼女は、一段と美しくなり、アシュレイは激しく打つ動悸を抑えきれない。
けれど、その瞳には、何か決意のようなものが宿っていた。
「お忙しいところ、突然の訪問をお許しください」
「……いや。構わない」
アシュレイはセレナを執務室に通し、ソファをすすめた。
セレナが腰を下ろすのを見届けると、アシュレイは無言で紅茶の準備に取りかかった。
湯気の立つポットに、静かに茶葉を落とす。
その手つきは、どこか落ち着きがない。
セレナは椅子に座り、静かにその様子を見守っていた。
アシュレイはカップを二つ盆に載せ、彼女の前にそっと置いた。
「……口に合うといいが」
「ありがとうございます」
セレナはカップを手に取り、一口飲み、そっと微笑んだ。
「とても、おいしいです」
アシュレイは、ほっと息を吐く。
セレナは、ゆっくりと口を開いた。
「殿下。今日は、どうしてもお伝えしたいことがあって参りました」
アシュレイは、彼女の瞳を見つめた。
そこには、揺るぎない意志が宿っていた。
「私、エルネスト公爵家を出ることになりました。
妹が家を継ぐと申し出てくれたのです」
アシュレイの胸がざわついた。
……どこかに嫁ぐのか?
「だから、私も――自分の人生を歩もうと思います。
そして、今日は……その一歩を踏み出しに来ました」
彼女の瞳は、まっすぐにこちらを見つめていた。
「殿下。私は、ずっと――
ずっと、殿下のことをお慕いしておりました。
……私を、殿下のお嫁さんにしていただけないでしょうか」
その言葉が空気を震わせた瞬間、アシュレイの思考は止まった。
え、今セレナは何と言った?
俺のことをずっと好きだったと?
嫁にしてほしいと?
「……夢か?」
小さく、誰にも聞こえないほどの声でつぶやいた。
紅茶の湯気が、静かに揺れている。
アシュレイは混乱した。
頭の中で言葉がぐるぐると回る。
いや、待て待て。落ち着け俺。
彼は椅子の背にもたれ、深く息を吸った。
目の前には、セレナ。ああ、なんてきれいなんだ。
いやいや、戻れ、俺。
彼女の膝の上に置いた手が、かすかに震えている。
これは……現実だ。彼女は、俺に告白しにきてくれたんだ。
俺の嫁さんにしてほしいと。
アシュレイはそっと立ち上がった。
机へと歩み寄り、最下段の引き出しを開ける。
小箱を二つ取り出し、セレナの前のテーブルに静かに置いた。
セレナはきょとんとする。
「殿下、これは?」
「……これを、渡す機会をずっと探していた」
「遠征先で見つけて、君に似合うと思った」
「でも、渡す勇気が出なかった…」
セレナは、小箱をそっと開けた。
一つはみごとな細工が施されている櫛、
もう一つは瑠璃色に輝くペンダントだった。
ペンダントの中央には黄色いカラーの花が描かれている。
セレナの指先が震える。
アシュレイは意を決し、セレナが座っているソファに回り、膝をつく。
セレナの手を取り、
「俺も……ずっと、君のことが好きだった。
墓前であったときも、舞踏会で会った時も。
何も言えないまま、ただ……見ていた。
君に言わせてしまってからとは情けないが、君を手放したくない。
俺と結婚してくれないか?」
セレナは、微笑んだ。
その瞳には、涙がにじんでいた。
アシュレイは胸元から一枚のハンカチを取り出した。
白地に、淡い黄色のカラーの花が刺繍されている。
そっと彼女に差し出し、涙を拭おうとした。
セレナは息を呑み、震える声で言った。
「……まだ、持っていてくださったのですね」
アシュレイは静かに頷き、低く答えた。
「ああ。ずっと、肌身離さず持っていた」
「殿下……」
「アシュレイと呼んでくれ」
セレナは、微笑んだ。
「アシュレイ様、お受けいたします。
どうぞ、よろしくお願いいたします」
こうして、ようやく、ようやく二人に長い春が訪れたのであった。
セレナとの逢瀬から一週間。
アシュレイは執務室を出て、廊下を歩いていた。
今日は、エルネスト公爵家へ婚約の打診に向かう日。
胸の奥が、静かに熱を帯びていた。
落ち着け俺。形式は大事だ。まずは父君に挨拶を――
そのとき、廊下の先に人影が現れた。
第2王子セランの側近、ユリウス。
王都の政務を取り仕切る、冷静沈着な男。
よりによって、こんな時に……アシュレイは眉をひそめた。
「ご婚約、おめでとうございます」
アシュレイは思わず足を止めた。
「……なぜ知ってる?」
待て待て。まだ誰にも言ってないぞ。
陛下にも報告してない。これから公爵家に挨拶に行くんだぞ?
ユリウスはニヤッと笑った。
「私が知らないことは、何もないんですよ」
そして、何事もなかったかのように歩き去っていく。
アシュレイはしばらくその背中を見送った。
……空恐ろしいやつだ
深く息を吐いて、気を取り直す。
今はそれどころじゃない。公爵家へ向かわねば。
気を取り直して、アシュレイは歩を進めた。
fin
これで、このお話は完結です。最後まで読んでいただきありがとうございました。
そうそう、ユリウスがなぜ知っていたかというと――
アシュレイが遠征先で瑠璃色のペンダントを購入した際、同行していたカシウスがそれを見ていました。
(カシウスは「南辺境伯令嬢の婿探し」で出てくる人物ですが、ユリウスに仕えています。この時は王弟殿下のもとに派遣されていました)当然、彼はそのことをユリウスに報告しています。
そして先日、ユリウスが第2王子セランと共に公務でエルネスト公爵家を訪れた際(「策士王子、策に嵌まる 第3話」)、セレナがそのペンダントを身につけていたのです。それを見たユリウスは、すぐにピンときた――というわけです。
ユリウスはほんと、油断のならないやつです。
これでこのシリーズ(フェルミルナ王国)は完結です。
つたない文章を最後まで読んでいただき、
私の大いなる妄想にお付き合いいただき、
本当にありがとうございました。
皆さまが楽しめましたら、幸いです。




