第4話 姉妹の決意
「お父様、お姉様。お二人にお話があります」
ミレナは静かに立ち上がった。
決意を胸に、まっすぐに父と姉を見つめる。
リークは眉を上げたが、頷き、セレナは少し驚いたようにミレナを見つめた。
三人が集まった書斎には、窓から差し込む午後の光が、机の上を照らしていた。
「エルネスト公爵家を、私が継ぎたいと思います」
リークは驚いたように眉を上げた。
「ミレナ、お前が?」
「はい。お姉様より、私の方が――向いていると思います。もう、勉強も始めています。家のことも、領地のことも、少しずつですが、理解できるようになってきました」
セレナは目を見開き、すぐに言葉を返した。
「ミレナ、あなたが抱えることはないのよ。私が長女なんだから、私が……」
ミレナは、姉の言葉を静かに遮った。
「お姉様……家のこと、真剣にお考えでしょうか?
婚約者も、一向にお決めにならないままではありませんか」
セレナが言葉を返す前に、ミレナは続けた。
「私は、婚約者も考えております。
まだ相手には伝えていませんが――心は、決まっています」
少しだけ間を置いて、ミレナは静かに言った。
「ですので……お姉様には、申し訳ありませんが――
お嫁に出ていただきたいのです。
この家のことは、私が継ぎます。
だから、お姉様も頑張ってください」
ミレナはずっと気づいていた。
姉が王弟殿下に恋をしていることを。
幼いころ、母の墓前で交わされる二人の言葉を、遠くから見ていた。
その空気に、なんとなく――邪魔してはいけないと、そう思った。
それからも、姉が殿下から贈られたショールを大切にしていること。
夏でも、殿下から贈られた手袋をそっと出して眺めていること。
3つもあるのは、笑っちゃうけど……
誰から見たって、二人は想い合ってるってわかるわ。
ふたりが、舞踏会でそれぞれを見つめていることも知ってるし。
でも姉も王弟殿下も動かない。
父に「そろそろ、婚約者を決めねばならん」と言われても、「もう少し……お時間をいただけませんか」という姉の姿に、ミレナは胸が痛んだ。
姉はずっと――自分のために、母の役割を果たしてくれていた。
優しく、厳しく、そして何より、温かく。
私がなんとかしなきゃ。姉には幸せになってもらいたい。
だからこそ、ミレナは心を決めた。
リークはしばらく黙っていたが、やがて静かに頷いた。
「……そうか。お前がそこまで考えていたとはな」
セレナは、ミレナの横顔を見つめていた。
ミレナ……ずっと、見ていてくれたのね。
母の代わりとして妹を支えてきたつもりだった。
けれど、気づけば――見守られていたのは、私の方だった。
迷いも、恋心も、言葉にできなかった想いも。
ミレナは、全部、受け止めてくれていた。
そして今、背中を押してくれたんだわ。
セレナは、父と妹をまっすぐに見つめた。
「……わかりました。ミレナがそう言ってくれるなら、私も――覚悟を決めます」
リーク公爵は目を細めた。
「セレナ、お前……」
「……私、ずっとアシュレイ王弟殿下をお慕いしてきました。子供の頃から……ずっと。でも、家のことを考えれば、言ってはいけないと思っていました」
「それに、殿下とは歳も違います。
きっと、子供としてしか見られていない――そう思って、あきらめようとしてきました。
でも、どうしても……あきらめきれなくて。
こんなふうに、気持ちを曖昧にしたままで……申し訳ありませんでした」
リーク公爵は黙って娘を見つめていた。
セレナは、静かに息を吸い込んだ。
「殿下に、想いをぶつけてきます。
結果はどうあれ、もう……自分の気持ちに嘘はつきたくありません」
その言葉に、リークは返す。
「……なに、ずっとうちにいていいんだからな。わしだってまだまだ若いんだ、お前一人くらい何とでもなるんだからな」
ミレナがすかさず口を挟んだ。
「お父様、そんな応援はだめですわ。
お姉様、絶対落としてきてください!」
セレナは思わず笑った。
ミレナの瞳は、明るくまっすぐだった。
「……ありがとう。行ってきます」
春の光が、窓辺に差し込んでいた。
その背中は、もう迷っていなかった。
まっすぐに、想いの人へ向かっていた。
ミレナ、よく言った!




