第3話 すれ違う恋心
氷狼討伐任務を完遂し、アシュレイ率いる討伐隊は王都へ帰還した。
謁見の間には、討伐隊の隊員たちが整列していた。
別任務で離れていたレイニードとカシウス――偽聖女騒動の余波で一時左遷されていた二人も、この日だけは揃っていた。
王は威厳ある声を謁見の間に響かせた。
「我兵士たちよ――その勇気と献身に、王国は深く感謝する。
皆の働きが、民を守り、未来を繋いだ。誇りに思う」
隊員全員に、それぞれの働きに応じた褒章が贈られた。
中でも、討伐隊を率いたアシュレイには金の勲章が、
討伐戦において重要な局面を支えたレイニードとカシウスには、銀の勲章が与えられた。
勲章を受け取ったその瞬間、アシュレイはこの三年間を思い返していた。
初年は苦労の連続だった。地形も気候も魔獣も、すべてが手探り。地図は役に立たず、補給線はすぐに凍りついた。それでも、少しずつ敵の動きや風の癖が見えてきた。
――その胸元には、討伐に出る前にセレナから贈られたハンカチが常に忍ばれていた。
氷雪の荒野で息が詰まりそうになるたび、指先で布地を確かめることで、心を落ち着けてきたのだ。
どう攻めるかを考え始めた頃、レイニードとカシウスが送り込まれてきた。
初戦で、彼らの力はすぐにわかった。
カシウスは陽動に、レイニードは接敵に――
「これなら、あと二年で終わらせられる」
そう思えたのは、彼らが来てからだった。
三年目、氷狼の巣を突き止め、包囲し、討ち取った。
残すところ、残党狩りという時点で、レイニードとカシウスは別任務で離れたが、戦いは無事終わった。
最後まで、全員で成し遂げた討伐であり、胸の奥から湧き上がる達成感を味わった。
討伐任務を終えた彼は、騎士団長の任に復帰し、再び日常の務めに身を置くこととなる。
王城の自室で荷物を整理していたとき、引き出しの奥から手袋が三組出てきた。
毎年セレナの誕生日に贈ろうとして買ったものだったが、結局送れずにしまったままになっていた。
「……どうしたものか」
いまだ墓参りにも行けていない。
そのとき、ふと机の上に置いていたハンカチの刺繍を眺めてしまう。
彼女の指先が縫ったものだと思うと、胸の奥が静かに疼いた。
墓参りのついでに――そう言い聞かせて、アシュレイは手袋を持ってエルネスト公爵家を訪ねた。
応接室に通され、しばらくして扉が開いた。
現れたのは、美しく成長し、すっかり大人びたセレナだった。
整った立ち居振る舞い、落ち着いた眼差し。
十八歳の彼女は、もうあの少女ではなかった。
アシュレイは言葉を失い見惚れてしまう。
胸の奥が、静かにざわついた。
「お帰りなさいませ、殿下。ご活躍の噂は、幾度となく耳にしておりました。ご無事で何よりです」
「……殿下、か」
セレナはくすっと笑った。
「もう、昔のままじゃいられませんから」
アシュレイは手袋の包みを差し出した。
「誕生日に渡そうと思ってた。三年分、ある」
セレナは驚いたように包みを受け取った。
「三つも……?」
「同じものを三つなんて、困るよな」
セレナは首を振った。
「そんなことありません」
アシュレイは少し視線を落とした。
「……手袋なんて、子供っぽいよな…」
セレナはふわっと微笑んだ。
「いいえ、嬉しいです。ありがとうございます。全部、大切に使います」
セレナは笑みを浮かべたまま、手袋の包みを膝に置き、そっと指先で布地をなぞった。
その仕草は柔らかく、まるで思い出を確かめるようだった。
細い指先が布の縁をなぞり、時折軽く押し返すように触れる。
その細やかな動きに、アシュレイの視線は吸い寄せられる。
やがて、セレナは顔を上げ、静かに問いかけた。
「殿下は……今後は王都でお勤めになられるのでしょうか?」
アシュレイは、ふと我に返る。
落ち着け、俺。
心を奪われすぎていた自分に気づき、意識を正す。
「……しばらくは王都にいる」
意識しすぎたのか、低い声になった。
「ただ、地方に行くことも多くなる」
セレナは微笑んだ。
「殿下は、どこにいてもお忙しいですね」
「……忙しい方がいい」
アシュレイは肩をすくめるように、少しだけ笑った。
「どうか、ご自愛くださいませ。殿下のご健勝を、心より願っております」
「ありがとう。……セレナは?」
セレナは手袋の包みを膝に置き、少しだけ姿勢を正した。
「私は……、長女ですので、家のことを少しずつ学ばねばならなくて。後継ぎとしての務めを――ようやく意識し始めたところです。ミレナも、最近ようやく学園に通うようになりましたし」
アシュレイが軽く首を傾げる。
「ミレナ……?」
「三歳下の妹です」
「ああ、そういえば妹さんがいたね」
セレナは微笑んだ。
「はい。あの子の前では、なおさら、しっかりしなければと思います」
「そうか。……頑張ってるんだな」
セレナは今年、18歳。
きっと、年頃に見合う若者を婿に迎えるのだろう。
そういう未来が、当然のように待っているはずだ。
12歳も年上の自分に、出番などあるはずがない。
そんなアシュレイの想いをよそに、セレナも考えていた。
殿下から見れば、自分はまだ子供。
相手にしてもらえるはずなどない。
セレナは、ただ静かに包みを撫でていた。
ふたりの想いはすれ違ったまま、その後も、進展することはなかった。
公的な場では互いに礼節を守り、私的な言葉は交わさないまま……
月日は流れーー
セレナは20歳になり、アシュレイは32歳になった。
アシュレイは時折、ふと考える。
なぜ、セレナに婿が決まらないのか。
決まってくれれば――あきらめがつくのに。
それでも、遠征先で美しい櫛を見つければ、つい手に取ってしまう。
彼女を思わせる色合いのアクセサリーに目を奪われ、気づけば買っていた。
そして夜、机に向かうとき、無意識にハンカチを取り出して眺めてしまう。
刺繍の花弁を指でなぞりながら、渡せなかった贈り物の数々を思い返す。
贈る理由も、立場も、言葉も――見つからないまま。
セレナもまた、静かに思っていた。
殿下がご結婚なさったら、きっと……あきらめがつく。
それでも、舞踏会の夜に交わす「ごきげんよう」の一言が、胸の奥に少しだけ残る。
……じれったいにもほどがある。




