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楡の葉は大海を渡る(青木家サーガ第1作)  作者: 光闇居士


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第十八章 言葉の壁、心の壁

僕の名前は、張義成。この間、十二歳になったばかりだ。通っているのは、上海市虹口区にある中学校の「予備班」。僕たちの年代は、とにかく人が多すぎて、小学校を五年で卒業してもすぐに中学一年生にはなれない。だから、中学の校舎を借りて、もう一年六年目だけ、小学校六年生を中学で習うのだ。それが、予備班。ちょうど僕の前の学年から始まったばかりの制度なんだけど、なんだか、おまけみたいな存在で、ちょっと格好悪い。

僕には、秘密がある。クラスメートの、陳静チェン・ジンのことが、好きだ。彼女は、髪が長くて、笑うとえくぼができて、いつも綺麗な字でノートを取っている。でも、この気持ちは、誰にも言えない。特に、父さんや母さんには。

そんな僕の日常は、あの日、突然、終わりを告げた。

母さんが、日本で、事故に遭った。

父さんの、血の気のない顔。おばあちゃんの、泣き叫ぶ声。何もかもが、まるで悪い夢のようだった。僕は、父さんに手を引かれ、訳も分からないまま、日本行きの飛行機に乗せられた。

飛行機が、成田空港という場所に降り立った時、僕の目に飛び込んできたのは、見たこともない、別世界の風景だった。

空が、青い。上海の、いつも灰色に淀んだ空とは、全く違う、吸い込まれそうなほどの、深い青色だった。そして、空気が、澄んでいる。息を吸い込むと、胸の奥まで、綺麗な空気が満ちていく感じがした。

空港の建物の中は、もっとすごかった。床は、塵一つなく、ぴかぴかに磨かれている。人々は、静かに、そして整然と列を作って歩いている。上海の駅みたいに、大声で怒鳴り合ったり、人を押し退けたりする人は、一人もいない。みんな、ぺこぺこと、不思議なくらい、よくお辞儀をしていた。

父さんは、僕の手を固く握りしめ、青い顔で、早口の日本語を話す係員と、何かを話していた。僕には、その言葉の意味は分からなかったけど、父さんが、すごく焦っていて、悲しい気持ちでいることだけは、分かった。

病院へ向かう、「リムジンバス」という乗り物の中から見た東京は、僕が知っている世界とは、何もかもが違っていた。

道路は、どこまでも平らで、ゴミ一つ落ちていない。走っている車は、どれも、ぴかぴかに磨かれていて、まるで新しいおもちゃみたいだ。建物の壁には、上海みたいに、スローガンを書いた赤いペンキの跡なんて、どこにもない。代わりに、色とりどりの、奇妙な絵や文字で飾られた看板が、ぎっしりと並んでいた。

「あれ、見てごらん」

父さんが、力なく指差した。窓の外に、赤い箱のような機械が、ずらりと並んでいる。

「自動販売機だ。百円というお金を入れれば、冷たいジュースが、いつでも買えるんだ」

百円? お金を入れるだけで、ジュースが出てくる? 魔法みたいだ。上海では、ジュースを買うのだって、国営のお店に並んで、配給の切符を見せなくちゃいけないのに。人生ではじめて、コーラーを飲ませてもらえた時に、父さんと母さんは家族会議を開いたほど値段が高かったのだ。

病院に着くと、消毒薬の、ツンとする匂いがした。長い、白い廊下を歩いていく。父さんの背中が、すごく小さく見えた。

そして、僕たちは、母さんのいる病室の前に立った。ガラスの向こうに、母さんが、眠っていた。

たくさんの管が、母さんの体に繋がれていて、顔には、大きなガーゼが貼られていた。いつもの、元気で、よく笑う母さんとは、全然違う、知らない人みたいだった。

父さんは、ガラスに額を押し付けて、ただ、じっと母さんを見つめていた。その肩が、小さく震えているのを、僕は、初めて見た。

父さんも、泣くんだ。

そう思ったら、僕の目からも、涙が、勝手にこぼれてきた。

幸いなことに、母さんの頭は、大丈夫だった。事故から二日後、母さんは、奇跡的に、意識を取り戻した。

「……あなた……義成……」

掠れた声で、僕たちの名前を呼んだ。そして、こんな形で再会するなんて、夢にも思わなかった、と、力なく笑った。

父さんは、母さんの手を握りしめて、何度も、何度も、「よかった」と繰り返していた。

でも、母さんの体は、ぼろぼろだった。骨盤は、粉々に砕けていた。右足の、太ももの骨も、折れていた。肋骨は、ほとんど全部折れて、その数本が、肺に突き刺さっていた。全身、ひどい打撲で、紫色に腫れ上がっていた。

お医者さんは、「二年、少なくとも二年間は、このベッドの上で、寝たきりになるでしょう」と、父さんに言った。

その日から、僕と父さんの、日本での新しい生活が始まった。

父さんが借りていた、十条という町の、古いアパート。六畳しかない、狭い部屋。風呂はなくて、トイレは共同。でも、僕にとっては、父さんと二人きりで暮らす、初めての「城」だった。

僕の毎日は、病院と、アパートと、そして、日本語学校の三点を、ぐるぐると回る生活になった。

父さんは、僕を、自分たちが通っていたという、日本語学校に入れてくれた。教室に入ると、びっくりした。生徒は、僕以外、みんな大人だった。韓国から来た、厚化粧のおねえさん。台湾(父さんの話だと、同じ言葉を話せるが、中国とは違う国らしい)から来た、髭の濃いおじさん。タイから来た、肌の黒いお兄さん。みんな、僕と同じように、たどたどしい日本語で、「わたしは、○○です」と、自己紹介をしていた。

最初は、恥ずかしくて、何も話せなかった。でも、先生は、すごく優しかった。僕が、教科書の漢字をすらすら読めると、「義成君は、すごいねえ!」と、頭を撫でてくれた。上海では、勉強ができても、先生に褒められることなんて、滅多になかったから、なんだか、くすぐったいような、嬉しい気持ちになった。

学校が終わると、父さんと一緒に、電車に乗って、母さんの病院へ行く。日本の電車は、時間通りに、きっちり来る。すごいと思った。そして、車内は、とても静かだった。みんな、小さな本を読んだり、眠ったりしていて、大声で話している人は、誰もいない。

病院では、父さんが、母さんの体を、タオルで拭いてあげたり、食事を食べさせてあげたりしていた。僕は、その横で、学校の宿題をしたり、母さんに、上海での出来事を話して聞かせたりした。陳静のことだけは、言わなかったけど。

毎日、毎日、同じことの繰り返し。でも、僕は、不思議と、その生活が、嫌ではなかった。

むしろ、少しだけ、感謝しているような、そんな気持ちさえあった。

不謹慎だ、とは思う。母さんがあんなに大変な目に遭っているのに。でも、上海にいた頃、僕は、父さんと、こんなに長く、一緒に過ごしたことはなかった。

父さんは僕にとっていつも助けてくれるヒーローそのものだった。幼稚園でうんこをまさかガンマ出来なく漏らした時に、いつもはおばあちゃんが帰り迎えに来てくれるけど、でもその日に限って、父さんが、しかも僕がトイレでひとり泣き崩れていたところを見つけてくれた。

でも父さんは、いつも仕事で忙しくて、家に帰ってくるのは、ほとんどが僕が眠った後だった。週末に、たまに遊んでくれるだけ。それが、当たり前だと思っていた。でも、今は、毎日、父さんと一緒に電車に乗り、一緒にご飯を食べ、一緒に母さんの心配をする。父さんは、僕に、たくさんのことを教えてくれた。電車の乗り方、自動販売機のお金の使い方、そして、日本人が、なぜあんなにたくさん、「すみません」と謝るのか、ということまで。

僕は、父さんのことを、前よりも、もっとずっと、好きになっていた。

日本の、不思議なものにも、たくさん出会った。

自販機やコンビニに、当たり前のように、裸の女の人の写真がたくさん載っている本(父さんは、慌てて僕の目を隠して、『エロ本』というものだと教えてくれた)が、堂々と並べられていたのには、腰を抜かすほど驚いた。中国では、そんなもの、見つかったら、すぐに警察に捕まってしまう。

そして、僕が、上海で夢中になっていた、「ドラゴンボール」! 日本では、テレビで、「ドラゴンボールZ」という、続きをやっていたんだ! 僕が知っている悟空は、まだ小さかったのに、日本では、すっかり大人になって、結婚して、子供までいた。そして、僕が上海を発つ直前に、やっと登場した、あのフリーザという、宇宙で一番強い悪者を、未来から来た、トランクスという、髪の毛が紫色の少年が、剣の一振りで、あっさりと殺してしまった!

衝撃だった。僕が知っている世界と、日本の世界は、時間の進み方まで、違うみたいだった。

言葉の壁は、高かった。日本語学校を3か月間通い終え、普通の中学校に入った。学校の友達と、本当の意味で、話がしたいのに、うまく言葉が出てこない。テレビでやっている、面白いお笑い番組も、みんなが笑っているのに、僕だけ、何が面白いのか、さっぱり分からない。

文化の壁も、厚かった。給食の時間、牛乳を、どうしても飲むことができなかった。上海では、牛乳を飲む習慣なんて、なかったからだ。無理して飲むと、お腹が痛くなってしまう。それを、クラスメートに、「変な奴」という目で見られるのが、辛かった。

でも、僕は、強く、逞しくなろう、と思った。

父さんは、僕のために、昼も夜も、働いてくれている。母さんは、ベッドの上で、動けない体と、必死に戦っている。僕が、ここで、めそめそしていては、いけないんだ。

僕は、旺盛な探求心、というやつを発揮することにした。分からない言葉は、すぐに辞書で引いた。クラスメートの、面白いギャグは、覚えて、父さんの前で、真似してみた。父さんは、全然笑ってくれなかったけど。

牛乳も、少しずつ、飲めるように練習した。最初は、一口だけ。次は、二口。そうやって、日本の文化の壁を、少しずつ、自分の力で、乗り越えていこうと思った。

ある日、病院の帰りに、父さんが、僕に、あの「氷磚」によく似た、四角いバニラアイスを買ってくれた。

「義成、つらいだろう。すまないな」

父さんは、そう言って、僕の頭を、くしゃくしゃと撫でた。

僕は、首を振った。

「ううん、つらくないよ。父さんと、母さんと、毎日一緒にいられて、僕は、嬉しいよ」

それは、僕の、正直な気持ちだった。

父さんは、驚いたように、僕の顔を見て、そして、その目から、ぽろり、と、一粒だけ、涙をこぼした。

母さんの事故は、僕たちの家族にとって、最大の不幸だった。でも、その不幸のおかげで、僕たちは、初めて、本当の意味で、ここ日本でやっと「家族」になれたのかもしれない。

言葉の壁、文化の壁。僕の前には、たくさんの壁が、立ちはだかっている。でも、今の僕には、それを乗り越えていく、勇気と、力がある。

父さんと、母さんと、三人で。この、見知らぬ、だけど、どこか懐かしい国で、僕たちの、新しい物語を、始めていくんだ。

僕は、冷たくて甘いアイスを、もう一口、大きく、かじった。東京の空は、今日も、やっぱり、青かった。

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