第十五章 死の床の告白
1983年、初夏。上海の街は、むせ返るような湿気と、新しい時代の熱気に満ちていた。改革開放の扉がわずかに開かれ、そこから漏れ出す外の世界の眩い光に、人々は浮き足立っていた。特に、中国全土で最も早く、最も敏感に世界の風を感じるこの街では、「出国」という二文字が、まるで魔法の呪文のように、人々の心を捉えていた。第一次出国ラッシュ。それは、文化大革命の傷跡から立ち直り、再び野心に燃え始めた三十代、四十代の壮年世代が、己の未来を賭けて、大海原へと漕ぎ出していく、壮大な時代のうねりだった。
張楡生もまた、そのうねりの真っ只中にいた。金山での栄光と挫折。英雄として讃えられながらも、「利用はするが、重用はすべからず」という、生まれ持った家柄という名の見えない烙印。その理不尽な現実は、彼の心を深く傷つけ、そして、彼に決断を迫った。この国では、もう未来はない。ならば、自分の力で、新しい天地を切り拓くしかない。
行き先は、日本だった。アメリカという選択肢もなかったわけではない。だが、言葉の壁はどちらも同じくらい高い。ならば、昨年の出張で、その驚異的な技術力と、そこに宿る精神性を目の当たりにした国に、自分の未来を賭けてみたい。あの静かで、しかし揺るぎない自信に満ちた技術者たちの世界に、もう一度、身を投じてみたい。その思いが、彼の背中を強く押した。
楡生は、自分の機運と、家族の未来、その全てをこの一度の賭けに注ぎ込む覚悟を決めた。私費留学生として、日本で人生を再スタートさせるのだ。
問題は、金だった。日本への渡航費、日本語学校の高額な学費、そして当面の生活費。天才技術者と謳われた彼でさえ、国有企業からのわずかな給金では、到底工面できる額ではなかった。妻の京海も、実家の張家も、金策に奔走したが、焼け石に水だった。
絶望的な状況を救ったのは、父、洪正だった。
「……俺に、考えがある」
彼は、そう短く告げると、香港にいる従弟の既に亡くなった香港の唯一の支援者叔父徳宝の息子の張欣然に、一通の手紙を書いた。それは、兄としてのプライドを全て捨て、ただ息子の未来のために、金の無心を乞う、悲痛な手紙だった。
一ヶ月後、あの見慣れた、しかしすっかり白髪白髭の老人となった行商人が、張家を訪れた。彼は、もはや以前のようにこそこそすることなく、堂々と中へ入ってくると、洪正に一つの分厚い封筒を手渡した。中には、くたびれた、しかし紛れもない米ドル紙幣が、三千ドル分、入っていた。
楡生は、その米ドルを、震える手で握りしめた。紙幣一枚一枚に、叔父の善意と、父の嫌意と、そして自分の未来の重みが、ずっしりとのしかかっているようだった。
「父さん、叔父さんには、必ず、俺が稼いで返す。必ず……」
その言葉は、もはや息子から父への言葉ではなく、一人の男としての、固い誓いだった。
出国への道筋は、金山の同僚だった知人を通じて、あっけなく開けた。彼の夫が先に日本へ渡り、生活基盤を築き、後から妻を呼び寄せるという、当時の留学生たちの典型的なパターン。楡生は、その妻と一緒に日本へ渡り、まずは彼ら夫婦の元に身を寄せることになった。
葛大偉は、楡生の辞意を知ると、何度も引き留めた。「お前ほどの才能を、この国が失うのは、大きな損失だ」と。だが、楡生の決意が固いことを知ると、彼は深くため息をつき、こう言った。「……分かった。だが、いつでも帰ってこい。お前の席は、空けておく」。その言葉の証として、葛は、楡生に「留職停薪(職を留め、給料を停める)」という、異例の措置を取ってくれた。それは、戻る場所があるという、彼なりの最後の温情だった。金山の設備が、最終的にドイツと日本の折半採用という、玉虫色の政治的決着を見たことを、楡生は後から知ったが、もはや彼の心には、何の感慨も湧かなかった。今の彼は、ただ、新天地を切り拓くという、純粋な高揚感に満ちていた。
出発の日。上海虹橋空港。
「早ければ半年、長くても一年だ。金を稼いだら、すぐに君を呼び寄せる。義成のことは、頼んだぞ」
楡生は、妻の京海の肩を、そして息子の義成の小さな体を、力いっぱい抱きしめた。今度は、国家のためではない。己と、家族のために、人生を生き直すのだ。
海を渡った楡生が身を投じたのは、まさに日本のバブル経済が、その狂乱の頂点へと駆け上がろうとしている、黄金時代の東京だった。そこは、金と、欲望と、そして無限のチャンスが、アスファルトの至る所から芽吹いているような街だった。
だが、留学生である彼に与えられた現実は、その華やかさとは程遠い、過酷なものだった。
知人夫婦の元に身を寄せた初日の夜。川の字になって眠るその六畳間で、久々の再会を喜ぶ夫婦の、睦み合う気配を隣で感じながら、楡生は、強烈な孤独と気まずさで一睡もできなかった。翌朝、彼は、学校へ報到する前に、夜明けと共にアパートを抜け出した。そして、赤羽駅前の不動産屋の窓に張り出された無数の物件情報の中から、一番安い家賃の部屋を見つけ出した。しかしさらに安くならないだろうかと拙い日本語で交渉をしてみた。
「十条、駅から徒歩十五分、風呂なし共同トイレ、六畳一間、家賃一万七千円」
「お客さん、もうこれ以上安いところは、この東京にはないよ」不動産屋の男は、苦笑しながら言った。楡生は、その場で契約を決めた。
その日から、彼の戦争のような日々が始まった。
毎日の行動は、分刻みでスケジュールされていた。
朝五時に起床。六時から八時まで、新宿のオフィスビルの清掃アルバイト。シャワー代わりに、トイレの洗面台で体を拭き、急いで代々木の日本語学校へ向かう。九時から十二時まで、授業。午後、授業ない時は図書館で予習復習と、専門書を読み漁る。そして、夕方五時から、深夜二時まで、銀座の居酒屋「庄や」の厨房で、皿洗いと仕込みのアルバイト。睡眠時間は、毎日三、四時間。食事は、バイト先の賄い飯だけ。
それでも、当時の日本は、改革開放間もない中国から来た若者たちに、驚くほど温かかった。人手不足の折、雇い主たちは、真面目でハングリーな中国人留学生を、進んで雇用した。食事付き、時には下宿付きという好条件のアルバイトも珍しくなかった。
楡生は、とにかく金を稼ぐために、馬車馬のように働いた。キャベツの千切り、玉ねぎのみじん切り、山のような皿洗い。単調な作業を、彼は驚異的な集中力とスピードでこなしていった。その手際の良さは、すぐに厨房のチーフである加来の目に留まった。
「張さん、あんた、手が早いねえ。もしかして、本国で料理人でもやってたのかい?」
「いえ、父が仕立て屋なもので、手先は器用なんです」
そんな会話を交わしながら、彼の頭の中では、常に日本円と人民元の為替レートが、目まぐるしく計算されていた。この一皿を洗えばいくら、このキャベツを一個切ればいくら。その全てが、妻と息子を日本へ呼び寄せるための、尊い資金になるのだ。
一年後。楡生は、約束通り、百万円という大金を貯め、その半分を国際送金で京海に送った。だが、運命は、またしても彼らに試練を与えた。
その頃、上海では、B型肝炎が大流行していた。そして、息子の義成が、そのウイルスに感染してしまったのだ。高熱と黄疸に苦しむ我が子を、京海は、一年近く、つきっきりで看病した。工場の仕事も辞めざるを得なかった。ようやく義成が回復した頃には、楡生が送った金も、そのほとんどが治療費と生活費に消えていた。
だが、京海は、諦めなかった。彼女は、国有企業の職を完全に捨て、夫が再び送ってくれた、なけなしの十万円の渡航費を握りしめ、日本へ飛ぶことを決意した。
「お父さん、お母さん、義成を、お願いします」残った少しばかりのお金を養育費にして
虹橋空港で、彼女は、涙をこらえながら、夫の両親に頭を下げた。
「安心して、楡生のところへお行きなさい」洪正は、力強く言った。「俺たちが働ける限り、義成のことは、必ず守るから」
珍蓮もまた、息子の嫁の手を固く握り、「あの子に、無理をさせんじゃないよ」と、その身を案じた。
こうして、京海は、夫を追って、東京の地に降り立った。
銀座の居酒屋「庄や」。その調理場の裏口で、仕事仲間の加来が、楡生を呼んでいた。
「張さん、張さん! 今日、奥さんの兪さん、何時に来るんだっけ?」
「日本語学校が四時まであるから、八時から朝の二時までの初シフトですね」
山のようなキャベツの千切りをしながら、楡生は答えた。彼の日本語は、この一年で、すっかり板についていた。
「そりゃ助かるよ! 韓国人のユンちゃんが、今日急に来られなくなってさ。兪さんがその時間帯にホールに出てくれれば、大助かりだ。店長に言っとくからね!」
その夜、京海は、初めて日本の居酒屋の制服に袖を通した。白いワイシャツに、黒いエプロン、そしてジーンズ。鏡に映った自分の姿は、まるで活発な少女のようだった。
午後八時を過ぎると、店内は、仕事帰りのサラリーマンで、あっという間に満席になった。飛び交う注文、酒の匂い、人々の陽気な笑い声。その熱気に、京海は一瞬気圧されたが、彼女の持ち前の度胸と適応力は、ここでも発揮された。
「はい、喜んで!」
彼女は、覚えたての日本語で、明るく注文を取り、重いビールのジョッキを軽々と運び、器用に料理を配膳していく。その切れの良い仕事ぶりと、はつらつとした笑顔は、すぐに客たちの人気を博した。働いて二週間もしないうちに、彼女は店の「看板娘」となっていた。
もちろん、嫌なこともあった。ほろ酔いになったスケベな客の「豚の手」が、すれ違いざまに彼女の尻に触れようとする。そのたびに、京海は、まるで舞うように、器用にかわし、にこやかに、しかし毅然とした態度でそれを牽制した。
厨房では、夫の楡生が、汗だくになって鍋を振っている。時折、二人の視線が合う。言葉はなくても、互いの心は通じ合っていた。自分たちのため、そして、遠い上海で待つ、愛しい息子のために。夫婦は、来る日も来る日も、日本のバブルという熱気の中で、一心不乱に働いた。
一方、上海の張家にも、静かな変化が訪れていた。
義成が小学校高学年になる頃、祖父である洪正の具合が、目に見えて悪くなっていった。頻繁に胃痛を訴え、時折、血を吐くこともあった。医者の診断は、長年の無理がたたった、慢性の胃潰瘍。だが、誰もが、それがもっと深刻な病であることに、薄々気づいていた。
それでも、洪正は、日々の習慣を変えようとはしなかった。夕方、国営工場での仕事を終えると、彼は決まって、孫の義成や、いとこの明々(慧文の娘)に、雑穀店へお使いを頼んだ。魔法瓶に、ぬるいビールを詰めてきてもらうのだ。それを、ちびちびと飲むのが、彼の一日で唯一の楽しみだった。
妻の珍蓮は長年上海で心労がたたり、性格が変わりはてて、夫の体が弱るにつれ、まるで亡き姑の玉蘭が乗り移ったかのように、小言が多くなっていた。しかも、それは決まって、彼女の故郷の言葉である広東話で、ぶつぶつと呟かれるのだった。上海話しか分からない義成には、その意味は分からなかったが、祖母が、何か得体の知れない不満を、常に溜め込んでいることだけは感じ取っていた。
叔母の慧文は、真面目な電気工と結婚し、娘の明々を連れて、頻繁に実家を訪れ、両親の体を気遣っていた。
叔父の滬生は、兄楡生夫婦を追うようにして、学業を捨て、香港の叔父から金を借り、一攫千金を夢見て、遠い南米の国へと出稼ぎに行っていた。
義成は、そんな大人たちの世界を、子供ながらに冷静に観察していた。彼は、学校が終わると、石庫門の家に戻り、屋根裏部屋にこもって、ラジオから流れる「評書(講談)」に耳を傾けるのが好きだった。お気に入りは忠義当先の「楊家将」。そこから派生して、三国志、水滸伝、西遊記、紅楼夢といった、中国の四大奇書の世界に夢中になった。歴史と物語が、彼の孤独な心を豊かに育てていった。
そして、彼は、いつも不思議に思っていた。なぜ、あれほど気丈な祖父が、祖母の広東話の愚痴を、いつも黙って聞いているのだろうか。時には、下手に機嫌を取るようにさえ見える。まるで、何か大きな弱みでも握られているかのように。その謎は、彼の小さな心に、ずっと引っかかっていた。
1987年、秋。
その日、義成は、街角に新しく設置された、緑色の公衆電話の前に立っていた。手には、貯金箱を叩き割って集めた、大量の一元硬貨を握りしめている。
祖父が、倒れたのだ。大量に吐血し、病院に運ばれた。医者は、家族に、もう長くないと告げた。
義成は、国際電話の交換手を呼び出し、震える声で、日本の番号を告げた。何コールもした後、電話の向こうから、日本語の喧騒が聞こえてきた。
「もしもし、庄や銀座店です!」
「あの……パパを、パパを出してください!」
子供の声での、片言の日本語。それを聞き取った厨房のチーフ、加来が、楡生に声をかけた。
「張さん! 息子さんからじゃないのか、国際電話だぞ!」
楡生は、注文のナスの揚げ浸しを一個仕上げ、「はいよっ!」と威勢よく返事をしてから、受話器を取った。
「……もしもし?」
「パパ……」
電話の向こうから聞こえてきたのは、街の騒音に混じった、幼い我が子の、しかし、驚くほど力強い声だった。
「おじいちゃんが、倒れた。病院にいる。お医者さんが、危ないって……」
楡生の心臓が、氷の塊で鷲掴みにされたように、縮み上がった。
「……分かった。義成、落ち着いて聞け。おばあちゃんは、どこにいる?」
「病院で、付き添ってる」
「そうか。いいか、パパは、なるべく早く帰る。だから、お前が、しっかりするんだ。おばあちゃんを助けてやれ。いいな?」
息子と、男同士の約束を交わすと、彼は電話を切った。
その晩も、彼は、深夜まで、機械のように働き続けた。疲れ果てた妻と、ぎりぎりの終電に揺られ、十条の小さなアパートに帰り着いた。
翌日の夕方。最も早い便で、楡生は、軽装のまま、上海へと飛んだ。
病院の、白い、消毒液の匂いが充満する病室。そこに、父はいた。痩せこけ、顔色は土気色だったが、その目は、息子の帰りを、確かに待っていた。
「……楡生か」
か細い、しかしはっきりとした声だった。
洪正は、傍らにいた珍蓮や慧文に、「少し、二人だけにしてくれ」と頼んだ。
病室に、父と息子、二人きりになった。窓の外では、上海の街の灯が、星のように瞬いている。
「楡生」洪正は、枕元に置いてあった、一つの小さな布袋を、震える手で息子に差し出した。「これを開けてみなさい」
それは、楡生が、日本へ発つ前に、父に預けた、あのロケットペンダントだった。
「父さん、これは……」
「いいから、開けるんだ。ここに、爪をかければ、開くはずだ」
楡生は、父に言われるまま、ペンダントの合わせ目に、自分の爪をかけた。これまで、何度試みても開かなかったその蓋が、カチリ、と小さな音を立てて、開いた。
中には、二つのものが収められていた。
片方には、楡生が、赤ん坊の頃に切られたであろう、一房の黒髪。
そして、もう片方。そこには、セピア色に変色した、一枚の、小さな、小さな写真が嵌められていた。
写っていたのは、見知らぬ、若い女性だった。
藍色の地に、白い小花を散らしたワンピースを着て、大きな楡の木の下に、少しはにかむように立っている。その顔立ちは、気品に溢れ、美しく、そして、どこか哀しげな光をその瞳に宿していた。
楡生は、息を呑んだ。
この顔を、彼は、知っている。いや、知らないはずだ。だが、彼の魂の、最も深い場所が、この顔を知っていると、叫んでいた。
「……父さん、この人は……誰なんですか?」
声が、震えた。
洪正は、深く、深く息を吸い込んだ。そして、彼の生涯の、最後の告白を、静かに、しかし、一言一句、噛みしめるようにして、語り始めた。
それは、遠い、遠い昔の、南の島から始まる、物語だった。
戦火を逃れてたどり着いた海南島でのこと。恩人であった、青木信一という日本人医者のこと。そして、その妻、美佐子のこと。夫を亡くし、出生間もない幼い息子を抱え、絶望の淵にいた、気高く、美しい女性のこと。
そして、あの、罪深く、しかし聖なる一夜のこと。
息子の未来のために、自らの体を差し出そうとした母の覚悟と、その覚悟を受け止め、彼女の誇りを守ろうとした、若き日の自分の、哀しい善意のこと。
「お前の、本当の母親の名前は、青木美佐子という。そして、お前の本当の名前は、青木楡生だ」
洪正の声は、もはや、囁きのようだった。
「俺と珍蓮は、お前を上海へ連れてきた。お前の未来のためだと、信じて。だが、それは、お前の母さんとの、大事な約束を破ることでもあった。珍蓮が老いてから、俺にいつも広東話で愚痴を言っていたのは、そのことだ。『あんたは、約束を破った。美佐子さんに、顔向けができない』と、俺を、ずっと責め続けていたんだ。俺は、その罪を、一生、背負って生きてきた……」
青天の霹靂。
楡生の頭の中で、これまでの人生の、全てのピースが、一つの絵に、はまっていくようだった。
なぜ、自分だけが、周りの同級生と、どこか違っていたのか。
なぜ、あのロケットペンダントに、あれほど心を揺さぶられたのか。
なぜ、父は、あれほど苦しそうな顔で、自分を見つめることがあったのか。
そして、なぜ、日本の技術者たちに、あの時、言葉にできないほどの、魂の共鳴を感じたのか。
全てが、繋がった。
彼の体の中には、二つの国の、二つの家族の血が、流れていたのだ。
「楡生、聞いてくれ」洪正は、最後の力を振り絞るように、息子の手を握った。「お前の母さんは、必ず、お前を迎えに来ると言った。だが、時代が、国が、俺たちが、それを許さなかった。俺は、お前に、嘘をつき続けた。だが、これだけは、信じてくれ。俺も、珍蓮も、お前を本当の息子として、心の底から愛してきた。お前と、慧文と、滬生と、義成。お前たちは、俺の生涯の宝だ」
父の目から、一筋の涙が、深い皺を伝って、流れ落ちた。
楡生は、もう何も言えなかった。彼の目からも、涙が、とめどなく溢れ出ていた。それは、怒りでも、悲しみでもなかった。ただ、あまりにも巨大で、あまりにも哀しい、父の愛の形に、彼の魂が震えていた。
それから、夜が明けるまで、父と息子は語り続けた。洪正は、自分の人生の全てを洗いざらい、息子に語って聞かせた。そして、楡生は、父の言葉の全てを、一言も漏らさず、その魂に刻み付けた。
東の空が、白み始める頃。
洪正の呼吸は、次第に浅くなっていった。
「……楡生、頼みが、ある」
「何だい、父さん」
「お前の、母さんを……美佐子さんを、探してやってくれ。そして、伝えてくれ。俺は、約束を守れなかった、卑怯な男だったが……それでも、息子を、立派に育て上げたと。それだけを……」
それが、父の最後の言葉だった。
張洪正は、息子の腕の中でまるで眠るように、静かに、息を引き取った。
一つの時代が、終わった。
ロケットペンダントに秘められた哀しい真実と共に。
だが、それは新しい始まりでもあった。
楡生は父の亡骸の前で、静かに誓った。
必ず、見つけ出す。東の国にいる、まだ見ぬ本当の母を。
そして、父の最後の言葉を伝えるのだ。
二つの国、二つの家族、そして、数奇な運命に翻弄された全ての人々の思いをこの胸に抱いて。




