トラブルの匂い
日本語が下手だったらごめんなさい。日本語は私の母国語でも第二言語でもありません。
帰り道は、思ったよりもずっと短く感じられた。
小さな籠の中で花々が揺れ、足取りに合わせて静かに踊る。
だが、ティラの心だけは――止まることを知らなかった。
『“ただのブルーノ”……?』
鼻をすこししかめながら、唇の端にふと笑みが浮かぶ。
誰がそんな返事をするのよ、と自分で突っ込んで。
小石を蹴りながら歩くたび、弾む足取りを隠すのに必死だった。
――あの人、空中で花を受け止めた。
まるで母の昔話に出てくる英雄みたいに。
思い出した瞬間、頬がまた熱くなる。
“この花は、心を休めるのにいい”――そう言って、彼は笑った。
ただの言葉。けれど、なぜだろう。
まるで、私の中の“何か”を見抜かれたような気がした。
「……しかも、“旦那様”って三回も呼んじゃったんだよね。三回!」
ティラは小声でうめく。
「ほんとにもう……雲頭、ティラ。どうしようもないわ」
風に乱された髪を手ぐしで整えながら、前を見つめる。
村の屋根が、沈みゆく陽に照らされ、溶けた金のように輝いていた。
足は痛む。
けれど胸の奥では、止まらない旋律が鳴っている――
『……お茶を持ってきたら、また来るって言ってた。』
その瞬間、胸の高鳴りが、ひやりと冷たくなった。
『村で一番の茶葉を持っていくんだから。
たとえイェルナ婆さんの畑から“拝借”することになっても!
それに、“ただのブルーノ”の正体も――絶対に確かめてやる!』
決意に燃えるその横顔には、もう迷いはなかった。
久しぶりに、世界が少しだけ輝いて見えた。
だが、道の最後の角を曲がったとき――ティラの足が止まる。
家の前。
戸口にもたれ、片肩に重い斧を担ぐ影が一つ。
夕陽を浴びて、刃が赤く光る。
村長。――彼女の父だった。
ティラは喉を鳴らし、籠をぎゅっと抱きしめながら歩き続ける。
父は、目を細めて彼女を見つめていた。
その顎は岩のように固く、何も語らない。
彼女は黙ったまま、横を通り過ぎた。
「ただいま」も言わず、「お父さん」も言わず。
ただ――静寂と、小さな鼻歌だけを残して。
ゴーラムの手が、無意識に斧の柄を握りしめる。
「……ふん。」
家の扉が静かに閉まり、音が消える。
だが数秒後、壁の向こうから、抑えきれない笑い声が漏れた。
村長の眉がぴくりと動く。
「その笑い方……名前があるな」
低く、雷鳴のような声が響いた。
「しかも、男の名だ」
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遠く、丘の上。
腕を組み、村を見下ろす影があった。
彼だ。
小さな家の窓からこぼれる灯りが、まるで秘密のように夜の風に揺れている。
その隣で、霊ケアリンが退屈そうに漂いながら、大きなあくびをした。
「二日以内に、あの父親が君を殺しに来るに賭けるね」
心配そうな声色で言いながらも、目は明らかに楽しげだった。
「それは――お茶次第だな」
ブルーノは視線を外さぬまま、静かに答える。
「君ってやつは……まったく懲りないな」
ケアリンは呆れたように首をかしげた。
「あの男、きっと趣味で斧を研いでるタイプだよ?」
「なら、話が早い」
ブルーノは小さく息を漏らし、口角をわずかに上げた。
ケアリンは長いため息をつき、腕――いや、腕のようなもの――を組む。
夜の村は、雨の匂いと、小さな問題の匂いで満ちていた。
爆発はしない。けれど、じわじわと胸を刺す――
直さなければ、静かに死んでいくような、そんな問題たちだ。




