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わたくしの婚約者になってください

作者: 秋月 一花

 ウェイド公爵家主催のパーティーに参加する、たくさんの男性たち。


 天井は高く、豪華なシャンデリアが吊り下げられ、全体を明るく照らしている。その(あか)りは壁に(えが)かれた絵画も柔らかく照らし、まるで幻想空間のようだ。


 今日の主役は――わたくし、ロザリンド・ノーラ・ウェイド。


 腰まである長い金髪はサラサラのストレート。空色の瞳は少し垂れているが、自身の性格とは違い優しそうに見えて気に入っている。


 今日のドレスは気合を入れるために、お気に入りの青緑色だ。身体のラインをしっかりと拾うマーメイドドレスだが、鍛えているので問題はない……と思う。


 ウェイド公爵家の一人娘であるわたくしは、次期当主である配偶者を選ばなければいけない。


 屋敷に届く求婚書は山のようにあって――多すぎて、面倒になった。


 顔も知らない相手と結婚するつもりはない、と両親に伝えたら、この規模のパーティーが開催されることになったのだ。


 そう、このパーティーは両親主催の、わたくしのお見合いパーティー。


 遠路はるばる、ウェイド領まできてくれたのだ、彼らは。


 参加者の一覧は、両親から渡された。


 男爵家から爵位が同じ公爵家まで、後継者以外の男性がずらりと並んでいて、顔をしかめてしまったのはご愛敬。


「……頭、痛くなるわー……」


 額に手を置いて、やれやれとばかりに頭を横に振る。


 このあまたの中から、一人を選べと? ゆっくりと息を吐いた。


 より取り見取りすぎて、ありがたいわ。


 ――それだけ、『ウェイド公爵』の座は、魅力的に感じるのかもしれない。


 領地は広く、作物も豊富だ。


 魔物が出た場合は、わたくしがまとめている『プリエ騎士団』が領民たちを守りに向かう。


 領に出現する魔物は、ゴブリンやスライムという小さくて数が多いものや、団体で行動するワーウルフ、一匹でも脅威なトロルまで、なんともさまざまな魔物が領民たちの暮らしを脅かしている。


 プリエ騎士団は、精鋭揃いだ。


 もちろん、わたくしも自ら剣や魔法を振るい、敵と戦っている。


 生まれて二十年。ウェイド公爵家の一人娘として、修行に打ち込んでいた。


 ウェイド公爵家は、王族と国民を守る盾。


 その家系に生まれたからには、我が身を守るだけではなく、王族と国民を守る盾になるように、剣術と魔法を叩き込まれる。


 当時のことを思い出すと、よく耐えたな、と自分でも感心するほど。


 女だからという理由で(あなど)る者も多かった。


『そんな細腕で、なにができるというのだ』


 侮蔑(ぶべつ)のまなざしと言葉を、かけられたこともある。


 ――だが、わたくしはウェイド公爵家の一員。


 鼻で笑った相手を捻り倒し、『あなたを倒すことくらいはできますわ』と笑顔を浮かべたこともある。……これはあとで両親に叱られた。


 なぜもっと痛めつけなかったのか、と。


 再起不能にするくらいで、ちょうどいいのだとも。


 幼い頃から鍛えてばかりいたので、お茶会や夜会に参加することはほぼなかった日々。


 デビュタントで華々しく伯爵家の令息を痛めつけたので、みな恐れをなしたのか近づく人がいなかった。


 それでもあの量の求婚書が届くのだから、魅力的なのだろう。わたくしではなく、『ウェイド公爵』の座は。


 果たして、理想の男性を見つけられるのか――……いや、あの一覧の中で、一人だけ気になる人がいる。


「ロザリンドさま、ぜひ一曲、いかがでしょうか?」


 物思いにふけていると、一人の男性が声をかけてきた。


 茶髪に金色の瞳を持つ彼は確か――……そう、ウィンバリー子爵家の三男で、アダム……だったか? 声が少し、震えていた。


「そんなヤツより、私と一曲お願いいたします」


 少し傲慢(ごうまん)そうな金髪で緑の瞳の彼は、アーチボルト伯爵家の四男、ダレル……だったはず。


「あ、あの……僕とも、お願いします」


 控えめな声量の黒髪、青色の瞳の男性は、デインズ侯爵家の六男、リオ……自分と同じ年齢だったはず。


 ふむ、この中で一番線が細い。


「では、あなたとファーストダンスを踊ることにしよう」


 ダンスを申し込んできた彼らの中で、一番爵位が高いリオを選んだ。


 それに――個人的に、彼に聞いてみたいことがある。


 これはチャンスだとほくそ笑み、リオの手を取って歩き出す。


「えっ、えっ? 本当に僕がファーストダンスの相手でよろしいのですか?」

「ああ、構わないさ。しっかりリードしておくれよ? わたくし、ダンスはあまり得意ではないから」

「が、がんばります」


 緊張している面持ちで、彼がこちらを見ていた。


 向かい合い、しっかりとホールドをされて、目を見開く。


 線が細いと思っていたが、触れた手は硬い。剣を握っている人の手だ。


 彼が手にしているのは筆のように軽いものだけだと思っていたが……、考えを改めなければ。


 ちなみにわたくしも剣を握っているので、手は硬い。触り心地はあまり良くないだろう。


 だが、それは今までの努力の証。


 ダンスの音楽が流れ、ステップを踏む。こちらが踊りやすいようにリードしてくれているのがわかる。


 ……こんなに踊りやすいダンスは、初めてかもしれない。


「……リードがうまいのだな。それに、手の硬さからして……剣術を?」

「自分の身を守れるくらいには」

「よい心がけだな」


 デインズ侯爵家はどちらかといえば、芸術に()けている。風景画や人物画、彫刻などを愛している家門だ。


 なので、こうして身体を動かすことは得意ではないと耳にしていたが――……彼の努力を垣間見た気がする。


 やはり、釣書だけではわからない。こうして手を取ってみなければ、わからないこともあるものだ。


 ステップを踏み、リオの瞳をじっと見つめた。その瞳に奥に、燃え上がるような炎を感じる。


 わたくしの表情一つ一つを、決して忘れない――そんな、強い視線だった。


 口元に弧を描いて、聞いてみたかったことを口にする。


「――『ウェイドの女神』という絵画を知っているか?」

「っ!」


 あからさまに、リオが息を()んだ。わかりやすくて助かるよ。


 少し前、とある美術館で発表された『ウェイドの女神』というタイトルの絵画。


 作者は匿名だった。


 銀色の甲冑を装備している乙女が、剣を天にかざし、仲間を導く――とても心惹かれる絵画だったことを、覚えている。


「あれは、きみが描いたものだろう?」

「それ、は――……」


 戸惑いながらも瞠目(どうもく)するリオに、やはりな、と心の中でつぶやく。


 彼は視線をさまよわせ、「すみません」と小声で謝る。なんの謝罪だ? と目を丸くすると、彼は頬を赤く染めて、言葉を続けた。


「僕が勝手に描いてしまったから、お怒りなのでは……?」

「いや、あれのモデルがわたくしなのかを聞きたかっただけだ」


 銀色の甲冑に身を包む乙女――遠征時に使っているものと似ていたから、ずっと気になっていた。


 あの絵画の乙女は美しく、隣にいたお父さまが『これを描いた人は、ローザのことを神聖化しているんじゃないか?』と、感心していたが……。


「……あまりにも、露骨、でしたかね?」


 リオは認めた。


 なるほど、あれが彼の目に映るわたくしなのか。


「美人に描きすぎではないか?」


 くすっと口角を上げると、彼の顔が真っ赤に染まった。おや? と凝視すると、さっと視線をそらされてしまう。


 どうやら、モデルに気づかれてしまい、照れているようだ。


 もしかしたら、女性に慣れていないのかもしれない。


 侯爵家とはいえ六男、末っ子。


 すでにデインズ家の後継者は決まっていて、成人してからも王都のアトリエに引きこもっている――わたくしにとって、とても興味を惹かれる男性。


 ダンスを終え、カーテシーをする。リオも胸元に手を添えて頭を下げた。


「ロザリンド嬢、次は私と」

「いや、俺と」


 次の曲が始まる前に、ダンスを申し込もうと押し寄せてくる令息たち。


 彼らに流されるように、リオはわたくしの傍から離れた。


 横目でそれを眺めながら、別の人とダンスをする。


 令息たちと踊っていてわかるのは、それぞれの癖だ。


 なかなか強引なリードの人、おどおどと手が震えている人、こちらに合わせようと必死な人。


 ……リオとのダンスが、一番踊りやすかった。


 何人かと踊ったが、やはり慣れないダンスは疲れてしまうな、とお父さまのもとに駆け寄る。


「ローザ、どうしたんだい?」

「さすがに連続で踊るのは疲れてね」

「そうか。……ダンスと剣術では、どちらが好みかな?」

「もちろん、剣術」


 にやりと笑うわたくしに、お父さまはまなじりを下げ、満足そうにうなずいた。


「ローザが気に入った人はいたかな?」

「ええ。今から捕まえにいくところ」

「ほどほどにしてあげるんだよ」


 ぽん、とわたくしの肩に手を置くと、お母さまに近づいていく。両親はとても仲の良い夫婦なのだ。


 ちなみに、お母さまも強い。


 お父さまとお母さま、そしてわたくし。それぞれ騎士団の団長を務めている。


 二人の馴れ初めは、剣術を習っていたお母さまの姿に一目惚れをしたお父さまが、必死で口説き落としたと何度も耳にしているし、社交界でも有名な話だ。


 社交界に顔を出すよりも、己の剣術を磨くほうを選んだお母さま。


 ――わたくしは、そんなお母さまに憧れている。


 そんなお母さま、昔からお転婆だったらしく、お父さまに口説かれてからも剣術を続けていた。


 というよりも、お父さまがお母さまに剣術を教え、気づけば彼の強さに惹かれた――……と、何度同じ話を聞かされたことだろうか。


 両親の惚気話を何度も、暗記するくらい聞かされるこちらの身にもなってほしい。


 何回も、何十回も、何百回も同じ話をされるのだ。


 もうすべて暗記してしまったので、聞き流すようにはしているが、話し出すと長いのだ、あの二人。


「さて、と……」


 辺りを見渡して、目的の人を探す。


 この場にいないので、別の場所を探そうと廊下に出た。


 リオがいないのなら、ここにいる理由もない。


 広間を出てリオを探している途中、彼がぼんやりと窓の外を眺めている姿が視界に入る。


「リオさま」


 緩やかに、彼が振り返った。


 驚いた様子もないので、わたくしの足音が耳に届いていたのかもしれない。


「――今日は満月ですね」

「――そうだな、見事な満月だ」


 空を仰いで二つの月を眺める。


 寄り添い合うような二つの満月は、淡い光で辺りを照らしていた。


「リオさま。――わたくしを、描いてみる気はないか?」

「――えっ?」

「あなたに、わたくしを描いてほしい。このロザリンド・ノーラ・ウェイドの美しさを、絵画に残してほしいのだが……」


 自分のことを『美しい』と口にするのは、少し気恥ずかしい。


 だが、わたくしは自分のことを『美しい』と思っている。


 お母さま譲りの顔立ちとハニーブロンド。


 お父さま譲りの空色の瞳。


 そしてなにより――……領民たちを守るために鍛え上げた身体。


「わたくしはウェイド公爵家の一人娘。いつかは必ず結婚し、子どもを産む義務がある。だが、その前にこの姿を残したいと……そして、描いてもらうなら、きみが良いと思っていた」


 あの『ウェイドの女神』を美術館で一目見たとき、強く惹かれた。


 あんなに繊細な筆使いで描かれた絵画に心を打たれ、この人に自分のことを描いてほしいと切望した。


「……どうして、それを描いたのが僕だと気づいたのですか?」

「あんなに繊細な絵、きみ以外描けないさ」


 ふふ、と花が(ほこ)ぶように笑うと、リオは目を大きく見開き、それから後頭部に手を置く。


「僕の絵を、覚えていたんですね」

「記憶力には自信があるんだ」


 目を細めて、穏やかなまなざしをリオに注ぐ。彼は後頭部に置いた手を下ろし、まっすぐに向かい合った。


「もう、覚えていないかと……」

「そんなに薄情ではないさ。……ここ数年、魔物から領民たちを守るために奮闘していたのは、知っているだろう?」

「それは、まぁ。プリエ騎士団の活躍は、いつも耳に届いていましたから」


 デインズ領とウェイド領は、正反対の場所にある。


 それなのに、なぜわたくしがリオと面識があるのか――……。


 簡単な話だ。王都の学園に通っていたとき、たまたま彼が絵を描いているところを目撃した。


 今でもしっかりと思い出せる。リオが描いていた戦乙女(ヴァルキリー)のことを。


 人気のない旧校舎の教室で、ひっそりと描いていた姿も。


『見事なものだな』

『あ、ありがとうございます……』


 まさか見つかるとは思わなかったのか、驚愕の表情を浮かべていたな。それが、始まり。


 彼の絵は人を魅了するものだと感じた。一目視界に入れただけで、心を奪う。


 学園を卒業してから、わたくしはプリエ騎士団を率いて領地を守っていた。


 リオは王都のアトリエで、ずっと絵を描いていたらしい。


「ただ、ひとつ、問題がある」


 自身の口から出た声は、硬い。声を震わせなかった自分を褒めたいところだ。


「問題?」


 くるりと背中を向け、長い髪を上げてみせる。


 ひゅっ、と彼が息を()む音が聞こえた。


 長い髪を下ろして隠していたが、背中には大きな傷痕が二つ残っている。


 魔物から領民を庇うときについた傷痕。この傷痕を身内以外にさらけ出すのは初めてだ。


 身体は、震えていないだろうか。どんな反応が返ってくるのかわからなくて、鼓動が早鐘を打つ。


 普段は、背中が空いているドレスを着ない。


 ただ、今日だけはどうしても着たかった。


 この傷痕は名誉の負傷だと思っているが……女性の身体に傷があることを嫌がる男性は、多いだろうから。


 果たして彼は、この身体をどう思うのだろうか――……パーティーに参加する男性一覧に名前が載っていたから、結婚するつもりはあるのだろうと判断した。


「……まるで、翼をもいだような傷痕ですね」


 自身の上着を脱いで、そっとわたくしの肩にかけるリオに、顔を上げる。


 袖を通してみると、ぶかぶかだ。これは男女の身体の違いなのだろうか。


「今日のパーティーに参加したということは、わたくしに興味があると思っても?」


 上着を抱きしめるようにぎゅっと握り、リオと視線を合わせる。


 ――そのときの彼の表情を、きっとずっと忘れない。


「許されるのなら、あなたのことをずっと描きたいと思っていました」


 リオは、とても優しい笑顔を浮かべていた。学園で見たことのない表情だったので、ドキリと鼓動が跳ねた。


「……『ウェイドの女神』を描いたのに?」

「あれは……あんなふうに士気を高めるのかと思って……想像で描いたものなので」


 彼の中の自分はいったい、どんな人物なのだろうか。


 あの絵画のような、凛々しくも美しい乙女だと思ってくれているのか、興味が出てきた。


「しっかりとあなたを見て、毎年新しい絵を描きたい」


 真摯(しんし)なまなざしに、こちらのほうが照れてしまう。


 きっと今、顔は真っ赤に染まっているだろう。だって、頬が熱い。


「――それがどういう意味か、わかっているのだな?」

「もちろん」


 わたくしの肩に、彼の手が添えられる。


 ゆっくりと目を閉じてリオの体温を感じていると、「あ」と彼の声が降ってきた。


「どうした?」

「空、すごいですよ」


 目を開けて空を確認すると――……大量の流れ星が、まるでわたくしたちのことを祝福するように、夜空を駆けていた。「流星群」と、言葉が重なり、思わず見つめ合う。


「……リオ・デインズ侯爵令息。わたくしの婚約者になってください」

「喜んで。ロザリンド・ノーラ・ウェイド公爵令嬢」


 ――流星群に見守られながら、その日、わたくしたちは婚約者になった。



―Fin―


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